---カイロス視点---
カイロス・サンドモールは不機嫌だった。
息子のジャスティンがラノア魔法大学を卒業してからもうすぐ4年が経とうとしている。
サンドモール家初の宮廷魔術師として素晴らしい仕事ぶりをしているのは、王宮内の知人から聞き及んでいる。
魔術の才能があると知らなかった幼少期には、2人の兄に木剣で叩きのめされるジャスティンを見て不憫に思ったものだ。
ならば軍師としての道もある。そう思い勉学に励ませてみたものの、成績は並み程度。
ジャスティンが10歳になるまで。
どこぞの魔術師に言われるまで。
その才能に気付かず。
その苦悩と努力に報いることが出来なかった。
ラノアに行かせた時も、あんな頼りなく細い身体で大丈夫かと心配したものだ。
たまに届く手紙を読んでは、ラノアまで飛んでいって抱き締めてやりたい衝動に刈られていた。
しかし、10年の時を経て帰ってきた息子は頼りがいのある一人前になっていた。
妻となる女性も連れてきて、子どもも作った。
宮廷魔術師として大活躍している。
剣術などなくとも。
騎士になんぞならなくとも。
ジャスティンはどこに出しても誇らしい、自慢の息子となっていた。
立派に育った息子を見て、カイロスは後悔した。
思えば、ジャスティンにはなかなか父親としての愛情を注げてやれなかった。
甘えたい年頃にも関わらず、必死になって剣術の自主鍛練に励み、机にかじりついて勉学に勤しんでいた。
それもこれも、ジャスティンの才能を見抜けずノビノビ育ててやれなかった父親の責任だ。
そう、だからこそ。
10歳まで誉めてやれなかったからこそ。
その後10年も会えていなかったからこそ。
もっと親としての愛情を注いでやればいい。
酒を呑み交わし、腹を割って話し、息子の悩みには手を貸してやりたい。
これからは、父親らしくジャスティンの傍にいてやりたい。
もちろんジャスティンだけではない。
義理の娘にも愛情を注ごう。
産まれが孤児だなんてことは関係ない。
もう彼女も我が家族の一員なのだから。
そして産まれてくる孫にも。
魔術の才能に恵まれているのか。
それとも剣術か。
はたまた、もっと違う何かの才能か。
今度こそは間違えない。
祖父として、一家の長として、孫が順風満帆な人生を歩めるように手助けしてやろう。
あぁ、楽しみだ。新しい家族たちと暮らすのが楽しみで夜も眠れない。
そう、期待に胸を膨らませていたというのに。
「なぜ会えぬ!? 早く連れてこんか!」
「……まだ長旅に耐えられる年齢ではありませんゆえ」
「ほんの数日だけ馬に揺られることの何が長旅か!?」
孫娘が産まれてもうすぐ3年。
息子が孫に会わせてくれない。
カイロスは激怒した。
---
「父上。ソフィアは天才かもしれません」
「……ほう? 今度は何が出来るようになったんだ?」
ジャスティンが、満面の気色悪い笑みを浮かべて話しかけてきた。
手紙が来る度、嬉しそうに妻と娘のことを話すジャスティン。
その中でも今回は格別に嬉しそうな様子で報告してきた。
「なんと水系統の上級魔術まで習得したそうです!
家の壁が半分なくなったと書いてあります!」
大丈夫なのかそれは。
カイロスは我が耳と息子の神経を疑った。
上級魔術ともなれば、危険度A級の魔物すら一撃で屠ることが可能な攻撃ではないか。
そんなものを屋内で練習させて、万が一の事故でも起こったらどうするつもりか。
そもそも義娘のレオナは母親として止めなかったのか。
というか孫娘も家の外に出してやれば良いものを。
そろそろ遊びたい盛りだろうに。
「そんな、外で遊ばせて何かあったら危ないじゃないですか!」
家で上級魔術ぶっ放すのは危なくないのか。
息子の基準が分からずカイロスは唸った。
唸ったついでに、閃いた。
「……そうだな。3歳で上級魔術まで使えるというなら、一度見てその実力のほどを確かめねばなるまい」
「ダメですよ。呼びませんよ」
「たわけ。ワシの方から出向くに決まっておろう」
ジャスティンが、キョトンとした顔を浮かべた。
簡単な話だったのだ。向こうが来れないならこちらから会いに行く。
どうしてこんな単純なことが思い付かなかったのか。カイロスはこの3年間の苦悩を悔やんだ。
「し、しかし父上。お仕事の方は──」
「あんな雑務、他の奴に任せておけば良い!」
この男、新人騎士の教育を雑務と言い放ちやがった。
「そして本当に魔術の才覚があるというなら、王都まで連れてくる!
教育はより早いうちからより良いものをだ!」
「ちょっと待ってください!?
ソフィアに長旅は早すぎます!
それに道中で賊にでも襲われたらどうするんですか!」
「王都周辺で賊など出るものか!
もし出てもサンドモール家が誇る護衛部隊を付けるから心配はいらん!」
「そもそも教育だって聖級魔術師のレオナが教えてるんだから問題ありません!」
「いや、教師が1人では価値観が凝り固まる。ならば複数の家庭教師を付けて多角的な視野を養った方が良い!」
この息子にしてこの父あり。
ああ言えばこう言う。
頑固一徹はサンドモール家の血筋である証拠だ。
かくして、決闘が始まった。
絶対にソフィアを外に出したくない過保護すぎる息子と、絶対に孫娘と一緒に暮らしたい強欲な父親の大喧嘩である。
これが、後世に伝わらなかった事件『サンドモール家の激闘』だ。
---ジャスティン視点---
ジャスティンは嘆いた。
父に勝てない己の無力さを嘆いた。
妻の願いである「静かな場所で慎ましくも幸せな生活」を叶えられない絶望に泣いた。
ついでに筋肉馬鹿のクソ親父を呪った。
あんにゃろう、いつかギッタンギッタンのメッタメタに叩きのめしてやるからな。
クールな風貌とは裏腹に、超が付くほどの負けず嫌い。それがジャスティン・サンドモールという男だった。
負けたジャスティンは、泣く泣く妻と娘に手紙を送った。
「ワシが行くってことはソフィアには内緒にしておけよ。
孫の驚き喜ぶ顔が目に浮かぶわい!」
アンタまだ孫に会ったことないだろ。
心の中でツッコミを入れつつ、ソフィアが読む用とレオナが読む用の2枚の手紙をしたためた。
そして1週間後。
ジャスティンは、愛しい妻と娘が待つ我が家へ帰るために王都を出発した。
…………両手いっぱいの手土産を抱えたカイロスと共に。
---レオナ視点---
「父がソフィアの魔術習得の成果を見たいと言っています。」
その文章を読んで、レオナの胸に不安が込み上げてきた。
孤児である自分が貴族に嫁入りしたという負い目は、この4年間ずっとレオナの心を蝕んでいた。
魔法大学で恋に落ち、その相手が貴族だった。
小説の世界だったらどれだけ素晴らしいことだろうか。
しかしこれは現実。身分違いの恋愛は悲哀に変わるというのをレオナはよく知っている。
きっとサンドモール家の人たちはこう思っているに違いない。
「末息子を誑かした娼婦」
「厚顔無恥で身の程知らず」
それはレオナの思い込みであり、サンドモール家の人々はむしろ義理の娘・妹が出来たと大喜びしているのだが、もちろんレオナはそのことを知らない。
わざわざお義父様が足を運ぶ。
それはつまり、私がちゃんと母親として娘を育てられているか見定めるだ。
ソフィアの魔術の習得度を測るのはあくまでもついで。
何かしら貴族の嫁らしからぬ点を探して厳しく糾弾してくるに違いない。
それだけならいい。
もし本当にソフィアが魔術の才能に恵まれていると分かれば、きっと王都で育てようと言い出すに違いない。
不出来な妻と引き離して本家の恵まれた環境で教育していこうと言うに決まっている。
そうなればきっと自分は用済み。どこへなりと消えてしまえ、と縁を切られてしまうに違いない。
冒険者になんか戻れない。傭兵なんてもっての外。あんな殺伐とした戦場に戻りたくはない。
愛する夫と娘と引き離されたら、一度知ってしまった安らぎと幸せを失ったら、自分はもう生きていけない……………………。
レオナは思い込みが激しい性格だった。
そしてその思い込みが中途半端に当たっているのがまた、質が悪かった。
「おかーさま?」
「大丈夫よソフィア! どれだけ離れ離れになっても、ママの心はずっと貴女の傍にいるからね!」
「???」
コテンと首を傾げる愛娘を抱きしめて、レオナは涙を流した。
(えっなに!? ママ死ぬの!?)
母の必死の形相を見て、ソフィアは愕然とした。
---
カイロスが訪ねてきた。
レオナは心中の不安を隠そうとしたが、夫のジャスティンにはすぐ看破されてしまった。
「ハニーの心配した通りにはなりませんよ」
どれだけ慰められても。
どれだけ甘い言葉を囁かれても。
あれだけ待ち望んだはずの口づけであっても。
レオナの胸に立ち込めた暗雲が晴れることはなかった。
そうこうしているうちに、目的地の草原に着いた。着いてしまった。
道中、ソフィアは初めて会った祖父カイロスと笑いながらおしゃべりしていた。
自分が最も警戒している相手に懐いてしまった愛娘の姿を見て、レオナはショックを受けた。
一方のジャスティンは、祖父と愛娘が仲良さげなのを見て嫉妬の炎に燃えていた。
今なら俺も火聖級魔術師になれるぞ、と言わんばかりに憎しみの籠る瞳であった。
そんないつになく余裕のない夫の様子を見てレオナの不安は加速した。
いよいよ始まる。
持っていた杖をソフィアに渡しながら思う。
どうか失敗してくれと。
才能なんかなくたっていい。
魔術なんか使えなくたっていい。
ただ穏やかに、幸せに暮らしたいだけなんだ。
この王都から少し離れた場所で、慎ましく生きていこう。
そういう思いを込めて、ソフィアに杖を渡す。
失敗を願う自分が母親失格であると分かっていても。
どうか願わずにはいられなかった。
---
1つ。2つ。鼻から吸って、口から吐く。
大きく深呼吸を繰り返していたわずか3歳の少女は、瞑っていた両目をカッと見開いた。
「――行きます!」
祖父は願う。成功を。
父は願う。安全を。
母は願う。失敗を。
そんな大人たちの思惑を振り切るように。
まだ舌足らずで子ども特有の甲高い声で、呪文の詠唱を始める。
「……『雄大なる水の精霊にして、天に上がりし雷帝の王子よ!』」
そんな馬鹿な。
ジャスティンは驚愕に目を見張った。
すぐさま横にいる妻を見る。
しかし、その妻も同じく驚愕の表情を浮かべながら首を横に振るばかりだ。
「『我が願いを叶え、凶暴なる恵みをもたらし、矮小なる存在に力を見せつけよ!』」
なおも続く詠唱。
ざわつく風の音。
何故? レオナは困惑する。
何故その呪文を知っているの?
私もジャスティンも、教えたことは1回もない。
魔術教本にだって、各系統の上級魔術しか載ってない。
なのに、何故?
なんで聖級魔術を詠唱できるの!?
「『神なる金槌を金床に打ち付けて畏怖を示し、大地を水で埋め尽くせ!』」
ほぅ。
カイロスは自慢の顎髭を撫でた。
風が泣き喚き、迫りくる濁流の気配を感じる。
なるほど。これは息子が自慢するわけだ。
ほんの幼子が天変地異を引き起こそうとしている。
その常識外れた光景に、カイロスはただただ感嘆のため息をついた。
「『ああ、雨よ!』」
ソフィアは必死に杖を握る。
うろ覚えながら必死に手繰り寄せた記憶の糸。
自分の大好きだった水色の髪の少女が使っていた、あの魔術を。
制御不能で大暴れしそうになる魔力を、懸命に抑える。
抑えて、形作って、想像して、創造する。
解き放つ瞬間は、今! この瞬間!
「『全てを押しにゃがし――!
……
…………
………………
……………………
…………………………噛んだ。
「――きゅむろにんばすぅ!!」
強引に言った!!
次の瞬間、大嵐が4人を襲った。
「ギョエエエエエエエエエエエエエエ!?
つ、積み荷がああああああああああ!?」
運悪く通りかかった行商人も襲った。
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水聖級魔術『豪雷積層雲』。
ソフィアの唱えたそれは、厳密には失敗した。
持続時間はわずか数十秒。
規模も小さく、本来の聖級魔術には到底及ばない。
それは『豪雷積層雲』を実際に目にしたことがあるジャスティンとレオナにもよく分かっていた。
ジャスティンの先輩ロキシーには遠く及ばず。
レオナの師である魔法大学の水聖級魔術師とは、比べるのもおこがましい。
だが。それでも。
「わずか3歳の少女が積乱雲を発現させた」という事実は、魔術師の歴史を紐解いても前例がない。
ましてや自分たちの娘がその規格外のことをやってのけたのだ。
親としては誇らしく。
魔術師としては末恐ろしい。
自分たちの予想をはるかに上回る才能を目にして、おしどり夫婦は思考停止状態にあった。
「……………………ふむ」
カイロスが唸る。
驚愕を隠そうともしない、いや隠せない2人の聖級魔術師がハッと我に返る。
「ジャスティンよ」
「は、はい……」
先ほどまでの暗雲立ち込める空とは一転、雲1つない晴れ渡った青空を見上げ、カイロスは決断した。
「この子を王都に連れていく」
魔力を使い果たした幼女は、青空の下で立ったまま白目を剥いて気絶していた。
あまりにも目がかゆいので皮膚科行ってきます。
あと、今朝見たら日間ランキングに載っててビックリしました。
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- 追記 -
コレジャナイ感がすごいので、大幅に書き直すかもしれないです。
ご迷惑お掛けして申し訳ありません。
文才が欲しい(切実)。