柱合裁判を終えた杏寿郎、伊黒、蜜璃の三人は甘味処に訪れた。
談笑を交えながら団子に舌鼓を打つと、茶を飲み過ぎたのか蜜璃は用を足しにいくといい、席を外す。
彼女が二人から離れると、伊黒はもったいぶって

「煉獄、お前になら甘露寺を託せる」

と彼に言い放った。
それを聞いた杏寿郎は……?




作者(?がらくた)からの注意と散文

煉獄さんの過去についてネタバレがあるので、注意してくれ。
あと地の文では伊黒さんの生い立ちは説明しないから、彼については本編で語られる所まで、原作に目を通しておくのを推奨するぞ。
でないと何故気持ちを伝えられないか、分からないからな。



伊黒さんは最終的に蜜璃に思いを告げましたが、現世での告白を諦めていた彼の背中を、二人と縁の深い煉獄さんが押していたらいいな(という妄想)で、本作が生まれたぞ。

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バレンタイン前に投稿できたのでよかったです。


【おばみつ】 心に燃える思いを 【鬼滅の刃二次創作】

藤の花の家紋の蜜璃行きつけの甘味処は、鬼狩りへの協力を惜しまない。

味も決して悪くないのだが、毎度同じ店ばかりだと流石に飽きがくる。

柱合裁判を終えた杏寿郎、伊黒、蜜璃の三人は、彼女がかねてより行きたがっていた府内の甘味処に向かう。

暖簾の杏月の二文字と、のぼりの梅の花が印象的な木造長屋の二階建ての建物を目にするや否や、杏寿郎と蜜璃は足を速めた。

店内は涼を求めてきた客で大変繁盛しており、一階の客たちの会話は外まで響く。

店前の赤い布を被せられた縁台に、伊黒を挟むように三人は腰掛ける。

野点傘(のだてがさ)で日差しを避けつつ、手うちわで自らを扇ぐと、一行はふぅと肩で息をする。

 

「伊黒さん、煉獄さん。ここのお団子は絶品らしいのよ~」

「この店も災難だな。煉獄と甘露寺が揃ったら、あっという間にあるだけの食べ物が食い尽くされる」

「もう伊黒さんったら、恥ずかしいわ。確かにそうなっちゃいそうだけど」

「甘露寺、先に注文してくれ。君の方が健啖家だからな」

「迷いますね~。どれも美味しそう」

 

みたらし団子、三色団子、くるみ団子。

お品書と睨めっこしながら、蜜璃はう~んと唸った。

あれもいいこれもいいと、どれを頼むか決めあぐねているようだ。

そんな彼女に伊黒は

 

「好きなものを好きなだけ食べるといい」

 

と、四季折々の花々を慈しむような優しげな微笑みで促す。

蜜璃が相好を崩して手当たり次第に注文すると、横にいた伊黒にお品書きを渡した。

たが彼は目を通さず、すぐさまそれを杏寿郎に回す。

昼時だというのに、相変わらず彼は口に巻いた包帯を外さない。

食事を摂る姿を見たことのない杏寿郎は

 

「少しだけでも口に運んだ方がいいぞ、伊黒」

 

と、投げかける。

 

「あまり腹が減らない体質なんだ。気にせず食べてくれ」

「ダメよ、伊黒さん。体力仕事なんだから、いざって時に力がでないわよ」

「いや、悪かった。無理に食べても体に毒だからな!」

「ごめんなさい、無神経だったわ」

「心配させてすまないな。遠慮せずに飲み食いしてくれ。一軒でも二軒でも付き合うさ」

「お言葉に甘えて、三軒はしごしちゃおうかしら」

 

伊黒が冗談交じりにいうと、蜜璃は桜餅のような髪を揺らして、曇りない微笑みを堪える。

結婚相手を探すという鬼殺隊士らしからぬ異色の経歴を持つ彼女は、眩いばかりの明るさを放っている。

近すぎず、離れすぎず。

適度な距離感は、杏寿郎の目には恋仲のように映った。

二人が親密なのは、人の感情の機微に疎い霞柱·時透無一郎でさえ察している。

いずれ、こんな風に誰かと添い遂げるのだろうか。

微笑ましい二人のやりとりに、杏寿郎は遠い未来に思いを馳せる。

 

「お待ち〜」

「わぁ、美味しそう!」

 

蜜璃は届いた皿に乗った団子を、ものの数分でたいらげる。

湯飲みの茶をごくごくと飲み干すと、彼女は恍惚とした笑みを零した。

伊黒と彼女の間に置かれた空の皿は、浅草の凌雲閣(りょううんかく)の如く積み上げられていく。

豪快な食いっぷりに食欲をそそられた杏寿郎は、三色団子を口に近づけた。

目で春夏冬を楽しみ、舌で味と食感を楽しみ、最後にはなめらかな喉越しを楽しむ。

これだけ粋な食べ物も他にない。

歯の間や口にくっついた餅を舌で舐め取り、仄かに残る甘みを茶で流し込むと、杏寿郎は口角を持ち上げて

 

「うまい!」

 

声を張り上げて叫ぶ。

辺りにいた着物を着た市民たちの視線が、一気に杏寿郎に向けられる。

着物を羽織った民衆の中で、ただでさえ全身黒づくめの詰襟は目立つ。

集団で歩いていると不審がる人物も少なくなく、警官に声をかけられるのも、片手で収まらなかった。

俺たちが政府非公認の組織だと、忘れてやしないか。

伊黒はそう言いたげに天然の蜜璃と、どこか抜けた杏寿郎を見守る。

頭に手を当てて。

三人が和気あいあいとした雰囲気で一服していると

 

「ご、ごめんなさい二人とも」

 

蜜璃は尿意を催したのか、用を足すと言い残して席を外した。

彼女が視界から完全に消えると、伊黒はもったいぶって切り出す。

 

「……煉獄は甘露寺と親しいな」

「共に研鑽を積み、鬼の殲滅を目標とする間柄だ。確かに他の柱より親しいかもしれんな」

 

唐突な伊黒の一言を、彼は否定しなかった。

筋力捌倍という天武の才能に驕らず、稽古を積んだ彼女は、柱になるまでにその才能を昇華させた。 

実践経験を積めば、いずれ自分をも超える実力を身につけるだろう。

とはいえ師として、先輩として、指を加えて抜かれるつもりはなかった。

だが大の男が体力に劣る女と張り合うのは、少し大人げないかもしれない。

自嘲してはにかむ杏寿郎に、伊黒はちらちら視線を送った。

急に黙られると妙に意識が彼に向かってしまい、杏寿郎も同じように横目で見てしまう。

しばらく沈黙を保ったまま、ふと彼らの視線が絡むと

 

「煉獄。俺はお前になら、甘露寺を託してもいいと思っている」

 

伊黒はとんでもないことを口走る。

泣き言を漏らしても鍛錬を欠かさず、鬼から逃げない持ち前の正義感は、見習うべきものがあった。

互いに柱になった時は、自分のことのように喜びあった。

杏寿郎は、人として彼女が好きだった。

だが好きは好きでも、杏寿郎が彼女に抱くそれが色恋ではないのは、彼の中ではっきりしていた。

 

「勘違いしているようだが、俺にとって甘露寺は可愛い後輩だぞ? それに託すと言われてもな」

 

蜜璃を異性として意識したことがない杏寿郎は、素直にそれをぶつけた。

甘露寺は伊黒が好きだろう、と彼は言えなかった。

仲を茶化すようで気が引けて。

 

「甘露寺に興味でもあるのか?」

「……」

「伊黒は恥ずかしがりなようだな。それとも思いを伝えられない事情でも?」

「……」

 

何の気なしに訊ねるも、伊黒は黙り込んで答えようとしない。

ただ恥ずかしいだけか。

それとも図星だったのだろうか。

色恋沙汰に疎い彼は口をもごもごさせて、どうしたものかと考え込む。

下手な進言や励ましは、伊黒の癇に障るやもしれない。

頭を悩ませていると、杏寿郎の脳裏に一筋の光が差し込んだ。

しかし彼は、それを口にするのに躊躇った。

自分にとっては苦々しい思い出で、聞いた伊黒も、突然の不幸語りにいい顔はしないだろう。

だが勇気づけるには自身の過去を曝け出すのが、一番手っ取り早い。

直感が、そう告げていた。

 

「いきなりだが俺の家の話をする。興味はないかもしれないが、聞いてくれるか」

 

意を決した杏寿郎は、こくりと頷く伊黒を確認して話を続けた。

 

「俺の母上は病弱で、若くして亡くなった。その後父上は酒に溺れ、鬼を狩らなくなった」

「煉獄が柱になると啖呵を切ったのは、不死川から聞いた。それでも俺にとって、あの方が恩人であることに変わりはない。煉獄が失望していても」

 

突然の身の上話にも伊黒は動じず、淡々と返す。

彼の中では輝かしい姿のまま、脳裏に焼きついている。

父·慎寿郎の醜態を間近で知る杏寿郎は、それが嬉しくも悲しくもあった。

父が存命していても、母·瑠火があの世に旅立った瞬間から、先代の炎柱は影も形もなくなった。

残ったのは愛する者を喪い、悲しみに暮れる等身大の人間だった。

 

「だとしても母上も父上も、お互い出逢ったことを後悔してはいないはずだ! 俺がそう思いたいだけだがな!」

 

行き場のない感情が溢れそうになるのをぐっと我慢して、杏寿郎は唇の両端をわざとらしいくらいに吊り上げた。

言わんとすることを察した伊黒はハッとした表情で、彼に釘付けになった。

 

「甘露寺を好きになったことを後悔しているか? 会わなければよかったと思うか? 運命を憎んでいるか?」

 

問いかけに、彼は静かに首を横に振る。

蜜璃が異質なら、杏寿郎もまた異質だった。

鬼殺隊士の多くは、親族を鬼に惨殺されている。

その中で代々炎の呼吸を使う家系に産まれたという理由で、鬼殺隊に入った杏寿郎も、少々浮いていた。

伊黒が多くを語らずとも、鬼に狂わされた人生だったのは容易に想像がつく。

弱き人々を守る。

母から託された使命を支えに鬼を狩ってきた自分でも、彼の苦しみに寄り添えただろうか。

 

「ありがとう、煉獄。胸のつかえが取れた気がする」

 

感謝の言葉に、杏寿郎の心の重荷は幾分か軽くなる。

思いを告げるのは、二人なりの歩みで進めばいい。

これ以上、口を出すことはない。

杏寿郎はおもむろに立ち上がると、彼の手を取る。

 

「俺は伊黒と甘露寺の恋路を全力で応援する! 心を燃やせ、わっしょーい!」

「……わ、わっしょーい」

 

伏し目がちに伊黒が呟いた。

彼の手はひんやりとしていて、まるで蛇の鱗に触れているような感触がした。

しかし心の中には、熱く滾るものがある。

気持ちが深ければ深いほど、好意を顔色を変えず伝えることなどできない。

赤面して目を逸らす伊黒の一挙手一投足に、杏寿郎は彼の愚直な思いを知った。

友人と愛弟子の仲睦まじい様子は素直に喜ばしく、顔が自然と顔が綻ぶ。

 

「そ、それより煉獄。次の任務、心してかかれよ」

「うむ! 40人以上の行方不明者が出ている無限列車での任務。おそらく十二鬼月が絡んでいる」

 

十二鬼月。

鬼舞辻無惨直属の配下で、より彼に近い力を持つ鬼。

人間からすれば、自然災害のような脅威である。

館を支える柱といえども、折れるのは一瞬。

数年もの間、館の一部として身を粉にしてきた伊黒は、そんな姿を山ほど見てきたのだろう。

その単語を耳にした彼は、黄色と濃い緑のオッドアイを細めた。

眉を八の字にしていて、表情からは不安の色が窺えた。

 

「俺も煉獄と共に、任務に参加できればよかったんだがな」

「案ずるな。俺は悔いのないよう、この一瞬を生きている。伊黒とは違ってな!」

「からかうな」

「ハハハ、すまんすまん。さて甘露寺が戻ってきたな」

 

杏寿郎がそう言うと、胸元からはだけた乳房を揺らして、蜜璃は駆けてくる。

彼女が二人の目と鼻の先まで近づくと

 

「すまない、用事を思い出した。また次の柱合会議でな」

 

嘘をついた杏寿郎が、伊黒に目配せした。

彼は眉尻を下げて、達者でなと返事する。

蜜璃と共にいられる時間をくれた感謝の念。

恋路を応援してくれる友人への親愛の情。

その一言から一言で言い表せない感情が、ありありと伝わる。

 

「ええ~っ、せっかくの三人のお食事が……」

「残った団子は食べていいと煉獄が」

「わぁ、ありがとうございます」

「甘露寺は色気より食い気だな。恋愛も結婚も、まだまだ先になりそうだ!」

「ちょっと煉獄さん。私、結婚できないの気にしてるのよ~」

「悪かったな。だが気の合う相手というのは、案外身近にいるものだぞ? ではな甘露寺、伊黒」

 

彼は手を振りつつ、二人に満面の笑顔を浮かべた。

 

 

 

―――それが蜜璃と伊黒の見た、最後の杏寿郎の笑顔となった。




本編でこそ絡みはないですが、煉獄さんの父・慎寿郎に助けられた(おそらく)伊黒さんは、息子の煉獄さんも一目置いていたと思います。
煉獄外伝の柱が集まるシーンに伊黒さんはいなかったので、柱の中では新参者なのかもしれません。
任務で不在だった可能性もなくはないですが。

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