2月14日の夕方
いつも通りの帰り道といつも通りじゃない日
苦くて、甘い、チョコレートの味

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誰ですか、バレンタインなんて日を作りやがったのは


Dark and Sweet

 

「………………」

 

「あのー、蘭さん?」

 

「………………」

 

 隣を歩く少女――美竹蘭は物凄く不機嫌そうにしていた。俺の呼びかけに応えない。無言のまま。

 

「おーい、蘭?」

 

「………………」

 

 そして蘭はその不機嫌さを俺に隠すことなく、むしろぶつけてきた。無言でもわかる。いや無言だからこそわかる。

 

「ふぅ」

 

 俺がなにをしたっていうんだ。……いやまあ心当たりはあるのだが。だけども決して俺のせいというわけではない。

 夕方、いつも通りの帰り道。まだまだ日は短く、空はグラデーションを描きながら徐々に茜色から濃紺色へと変わっていく。今はまだその中間ぐらいだろうか。

 バンドの練習が終わった蘭を迎えに行って、そのまま彼女の家へと向かっている。今日は二人乗りせず、自転車を押して歩いていた。

 いつもと違うのは俺の自転車のカゴに入った紙袋の存在。それこそが蘭を不機嫌にしている存在でもある。

 

「……よかったじゃん。いっぱいチョコ貰えて」

 

 今まで黙っていた蘭がようやく口を開いた。しかし出てきたのは今日何度も聞いた言葉。またも冷たい言葉の刃が飛んできた。

 本日、2月14日はバレンタインデーである。大切な人に贈り物をする日だ。もっと分かりやすく言うと恋人や意中の異性(あるいは同性かもしれない)にチョコレートを贈って想いを伝える日である。毎年男の子が万歳したり阿鼻叫喚したりする日でもある。ある意味天国と地獄。

 さて、それは俺も例外じゃない。まあ今年は少なくとも1個は貰えるだろう(言い換えれば1個しか貰えない)、と思っていたが想定外なことが起きた。

 蘭を迎えに行った時のこと。蘭の幼なじみ――すなわち彼女を除くAfterglowの4人からチョコレートを貰ったのだ。

 当然義理だ。渡された時そう言われた。……わかりきっていたことなのでがっかりしてない。本当だ。

 

「………………」

 

 そしてこれである。不機嫌状態。4人からチョコを貰った時から蘭はむすっとしていた。

 だから、原因はなんとなくわかる。4人からチョコを貰ったこと。

 

「……なに」

 

「いや別に」

 

 つまりおそらくだけど、蘭は嫉妬しているのだろう。

 

「ニヤニヤして……気持ち悪い」

 

「ひでえ」

 

 そう思うと罵倒されてもニヤけてしまう。マゾじゃない。

 

「そんなにみんなからチョコ貰えたのが嬉しかったの?」

 

「違うって」

 

「ふーん……あ、そう」

 

 俺の否定は信じられていないようだ。あっさりと流されてしまった。ニヤけてるからか。

 というか蘭も4人からチョコを渡された現場にいたんだけどなぁ。『当然義理』というのを目の前で聞いていたはずである。……乙女心は複雑怪奇だ。

 

「……どうだか」

 

 さてはて、どうしたもんかね。どうやってご機嫌を取ろうか。

 まあ正直言うと蘭が嫉妬してくれるのは嬉しい。好かれている実感が湧くから。

 だが行き過ぎるも困る。俺の思いは決まっている。変に拗れるのは良くない。

 

「というか、そんなに貰ったならあたしからのチョコはいらないよね?」

 

「えっ」

 

 突然の蘭の言葉に困惑。寝耳に水だ。むしろ一番欲しいのに。

 

「いやいやいや」

 

「もうたくさん貰ってるし、十分でしょ?」

 

 突き放すような蘭の言葉。それに俺は必死に食い下がる。じゃないと貰えない。……それどころか不味い気がする。

 

「なに? あたしからのチョコも欲しいの?」

 

「欲しいよ」

 

「強欲」

 

 沢山チョコが欲しいと思われているみたいだ。違うのに。

 

「ふーん……いっぱいあるのに?」

 

「ああ。蘭のが一番欲しい」

 

 恥ずかしい。けどはっきりと伝えた。蘭にはちゃんと知ってほしいから。

 

「…………そう」

 

 蘭はそれだけ言って顔を明後日の方向へ向けた。表情は窺い知れない。

 

「……じゃあ、仕方ないから。はい」

 

 少し間が空いてから蘭が言った。鞄から取り出した箱をこちらに向けて差し出してきた。派手じゃないけど綺麗なラッピングがされていた。

 

「本命?」

 

「馬鹿……義理だから」

 

 冗談めかして聞いてみるとそんな罵倒が返ってくる。蘭の顔は未だに、明後日を向いていた。耳が赤いのは時折吹く冷たい風のせいだろうか。

 

「……俺自転車押してるから受け取れないんだけど」

 

 俺の両手はすでに埋まっている。片手でも押さえられなくはないが、車体がかなり不安定になってしまうのでNG。

 

「いや知らないけど。いいから受け取ってよ」

 

 困った。どうやって受け取ろうか。

 悩んでると蘭は顔を明後日の方向からこちらに向けた。俺の顔を見た。不安げで、窺うような表情。

 

「……それともいらないの?」

 

 いつも通り、ちょっとぶっきらぼうでクールな声。だけども決していつも通りの声にはなぜか思えない。

 蘭のその言葉に焦る。冷や汗が出る。

 

「いるいる!」

 

 必死になって即座にそう答える。いらない訳がない。

 

「そ」

 

 蘭の反応は素っ気ない。だけど顔はほころんでる。俺は少しだけほっとした。

 

「じゃあ、あげる。そこの、カゴの紙袋の……みんなのチョコが入ってるところに入れといてあげる」

 

 蘭はそう言いながら少し機嫌が悪くなった。『みんなのチョコが入ってる』の部分を強調していた。

 やっぱり蘭は気にしているみたいだが、俺にとって特別なのは蘭からのチョコだけだ。

 

「あのさ」

 

 馬鹿馬鹿しいことを思いついて、俺は口を開いた。きっと罵倒されるだろう。そう思いつつも口は動く。

 今まさに自転車カゴの紙袋に自分のチョコを入れようとしていた蘭の動きが止まった。

 

「なに」

 

「……どうせならさ、蘭に食べさせてもらいたんだ」

 

「? ……なにを?」

 

 蘭は眉をひそめ、怪訝そうな顔をした。

 

「その、蘭のチョコ」

 

「………………は?」

 

 今度はぽかんと口を開けて蘭は呆気に取られていた。

 ちゃんとわかってもらうためにもっと正確に言おう。

 

「蘭にバレンタインチョコを食べさせてもらいたんだ」

 

「馬鹿?」

 

 俺がもう一度言うと、蘭はなにを言ってるんだこいつは、とでも言いたげな顔をした。軽蔑の眼差しというおまけ付きだ。

 

「食べさせてくれたらきっとより美味しく味わえると思うんだ」

 

「それはなに? あたしのチョコが美味しくないって思ってるの? ……義理だから市販のやつだけど」

 

「いや美味しいと思ってるけど」

 

「市販のだから当然でしょ」

 

 ……市販のなんだ。蘭から貰えたってことだけで嬉しいからそこは別にいいけど。

 

「……恥ずかしいから、嫌なんだけど」

 

 心底嫌そうな顔をしている蘭。だろうね、こういうことやりそうなタイプじゃなさそうだし。

 

「でも両手塞がってて食べれないし」

 

「別に今食べなくてもいいでしょ。家に帰ってから食べなよ」

 

 まったくもってごもっともである。だが引く気はない。

 

「なんでそんなに必死なの?」

 

 呆れ顔の蘭に問われる。決まっている。

 

「好きな人にバレンタインチョコを食べさせてもらいたいから」

 

 正直に言ってやった。呆れ顔、罵倒、蔑みの目、その他諸々は覚悟の上だ。

 

「……今回だけ、特別だから」

 

 少しの間、黙り込んでそれからそんな言葉が聞こえた。蘭の顔は赤い。

 包装を解き、箱を開ける。一口サイズのチョコレートが数個入っていた。整然と並んでいた。星やハート、丸形など色々な形のチョコレート。

 

「美味しそう」

 

 その一つ一つが綺麗で、喉が鳴った。

 

「……市販のだから当然でしょ」

 

 蘭はそう言うが、俺はその言葉を信じていない。だって彼女の口元は嬉しそうにニヤけていた。隠そうとしているみたいだが、俺は見逃していない。

 

「で、どれ食べたいの?」

 

「ハート」

 

 俺は即答した。蘭のハートのチョコが食べたいのだ。

 

「……それ以外」

 

 それに対して蘭は嫌そうな顔をしていた。だが俺の答えは変わらない。

 

「ハート」

 

「それ以外」

 

「………………」

 

「………………」

 

 二人して沈黙した。沈黙しつつ、俺たちはお互いの主張を譲らなかった。

 蘭は凄んで俺にハート型以外のチョコを選ばせようとしていた。女の子がする表情じゃない。

 俺は蘭のそのボディーランゲージならぬフェイスランゲージを無視した。ここは譲れない。

 ……傍から見れば睨めっこだこれ。

 

「…………はぁ、わかった。ハートね」

 

 結局蘭が折れた。周りからのあの子達なにやってるんだ的な視線が耐え難かったのかもしれない。辺りはだいぶ暗くなったが人通りはそれなりにあった。

 蘭は俺の要望通り、ハート型のチョコを指で掴み取る。

 

「……はい、あーん」

 

 そしてそのチョコを俺の方へと差し出してくる。俺はそれをぱくりと口に含む。少しだけ蘭の指を舐めてしまったのは仕方がないことだろう。噛んで溶かして、舌で味わって、それから喉へ流し込む。

 

「……どう?」

 

 俺がチョコレートを嚥下したのを見て、蘭は尋ねてきた。不安げな顔を隠すことなく、そのままにして。

 俺の感想は決まっている。ボキャブラリーが貧弱なのは勘弁を。だけどこの言葉が一番相応しいと俺は思う。口を開く。

 そのチョコレートの味は苦くて、甘くて……蕩けそうなぐらいに美味しかった。

 

 


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