「ドスジャギィ…!」
口をついて出た言葉はすんなりと身体に入り込み、群れの長の風格に気圧される。 しばらくそうして眺めていると、ドスジャギィがある一定の期間で特定の行動を取っている事に気づいた。
「何だ…?何をやっているんだ…?」
「おい!マサミチ、あれを見ろ!」
またもやドスジャギィが鳴き声を上げたかと思うと、離れたジャギィ達が数匹まとめてボスの元へと向かっていく。
この方向からでは中々見にくく、気づくのに遅れたが、順番に獲物を食わせているらしい。ジャギィには食事の順番が決まっているらしく、初めにドスジャギィ、その次にジャギィノス。そして最後にジャギィ達。どうやら丁度その食事のタイミングに出くわしたというだけだ。何の問題も無い。その獲物の正体を知るまでは……。
「あれって…まさか!」
ドスジャギィの足元、ジャギィに貪られているその『餌』は青と黒のストライプ模様を持ち、姿形はジャギィ達によく似ている。これは同じ走竜下目である鳥竜種、ランポスの代表的な特長だ。 しかし、臓物がまろびで、鱗もボロボロの状態でも殊更目を引く物が見えた。
それは、後ろへ伸びる立派な朱色のトサカ。食い千切られた腕から覗く鉤爪は朱く染まり、通常のランポスと比べあまりに長い。つまるところ――
「――ドスランポスが、食われてる?」
「ああ。多分、ここの前のボスだろう。近頃ランポス自体を見ないと思ったら、成程、縄張り争いをしていたからか…!」
苦々しげに語るアランの額には、脂汗が浮かんでいる。
「これはマズいぞ…」
「…どうしてだ?確かにドスランポスが負けてたのには驚いたが、それは首がすげ変わるだけじゃないか?」
しかし、アランは首を横に振って否定した。そう簡単なものじゃない、と。
「マサミチはあのジャギィ達が何処から来たか知ってるか?」
「…確か、南から北上してきたって聞いたけど」
「ああ、そうだ。俺達はそれを確認したから北のランポス、南のジャギィとして捉えていたんだが…。…事情が変わったな」
「事情?」
「あの平原の両端が縄張りの境目の役割を果たしてたんだ。だからあの平原から一直線、横のラインはどちらの縄張りでもない空白地帯。そこにフィシ村も含まれていたんだが…。…こうしてランポスの群れが負けたとなると……」
フィシ村は縄張りの範囲に含まれてしまう。
続く言葉は容易に想像出来た。
「…となると、村までこの群れ。下手したらもっと多くのジャギィが来るかもしれないな」
今はまだ新たな縄張りを手に入れたばかりで気付いていないが、そう遠くない日にそれは来るだろう。ドスジャギィによる統治が行われた肉食モンスターの群れ。フィシ村に対抗出来る術は無い。
「…笑えないな」
「全くだ」
どの道襲ってくるのなら、今の内に知れるだけでも良かった。少なくとも、急な襲撃で身構えてもいない内に蹂躪される事態だけは避けれたとも考えられる。
「……どうする。一回、じいちゃん達に知らせるか?」
「そう、だな。………いや、ここで仕掛けた方がいいかもしれない」
どうして…と目で訴えかけるアランに俺の考えを話す。事実、このままでは無防備な村へと襲撃が起こる。しかしこれに対する設備も戦力も整っておらず、またそれをするための猶予もない。それならばいっその事、相手の不意を突く形でこの見晴らしのいい草原で相手するのが得策かもしれない。
「幸いにもこっちは風下だ。匂いで気づかれる様な事は無いだろう。 周りのジャギィ達も厄介だが、それは纏めて叩けるアランに任せる。その間にドスジャギィを俺が引き受けて、大方終わったら一緒に戦う。細かいことはまだ分からないが、取り敢えずの方針はこんな感じだな」
特に、今はジャギィ達が餌に集中しており、その見張りはドスジャギィが行っている。ボスがいるが為の油断。分断するには丁度いい。
「…よし、それじゃあバラけろ!出来るだけタイミングは合わせたい!」
「おう、気を付けろよ!」
「そっちこそ!」
俺はドスジャギィから死角になる位置へと身を隠し、アランは森と平原の境目を大きく回り込む。
(さて、初めての大型モンスター狩りだ。現実的に考えれば、首を何度も斬られて生きる脊椎動物なんざ居ないが、かといってゲームみたいに石ころの様なチマチマとした傷だけで死ぬ筈もない)
順当に考えればゲームの仕様としか言えないが、それだけ未知数なのだ。小型と比べて、あらゆる能力が桁違いになる大型モンスター。それがどの程度までなのか判断が難しい。
「気づいてくれるなよ…?」
完全に忍び足でゆっくりと近づけば、食事は終わってしまうし、何かの気まぐれで真後ろを見られてしまえば終わり。遮蔽物の少ないこの場では即断即決が必要だ。
自らの命の賭かった『だるまさんがころんだ』状態だ。普段は気にしない僅かな音にも敏感になってしまうのは仕方ないだろう。
さりとて、急がない訳にもいかない。ここから先は影になりそうな物は一切ない。出来る事は唯一つ、素早く駆け寄り斬りかかる事。
「罠とか大タル爆弾が欲しかったな…」
そうぼやくが、無いものは仕方がない。緊張で乾いた喉を潤し、自らの手が痛くなる程に強くグリップを握り込む。さあ突撃だと己を奮い立たせて勢いよく岩場から飛びだした。
(約20メートル…いける!)
彼我の差が着々と縮み始める。決して速いわけではない、慎重に慎重を重ねた動き。けれどそれでいて最低限の速さは保っていた。
10m、9m……。こちらに気づく様な素振りはない。
8m、…7m…。 鼻を地面に埋め何かに夢中になっている。
(よし…!後は一息に駆け…?)
6m……目が合った。
(――気づかれている!?)
ゾクリ。その様な衝撃に襲われ思わず立ち止まるマサミチ。格好は頭を下に下げたままだが、その冷ややかな視線は間違いなくこちらを観察しており、ゆらゆらと揺れる尻尾が今は何か恐ろしい物に見えてくる。
(……ッ!気付かなかったら、間違いなくこっちが不意を突かれていた…!)
傍目から見れば、虫と戯れようとする犬のような動きを見せていたが、その意図は愚かな獲物を誘い込む為のものであった。隙を晒したように見せかけ、近づいた所に強烈な一撃を叩き込む。「自分が狩る側だ」と思い込んでいる存在にはこれ以上無い程に効く事だろう。
実際、今立ち止まれたのも偶然だ。思っていたより、ずっと強いかもしれない。
この中途半端な位置で止まっていると、ドスジャギィは気付かれていると察したようで、こちらへと顔を向けた。グルルルと低い唸り声を上げ、その凶相をより一層歪ませる。
ゴクリ。突如湧き出した生ツバを飲み込み、目の前の存在に注視する。鼻息は荒く、ジャギィよりも遥かに強大なプレッシャーだ。
(そういえば、俺がこの世界に来た時もドスジャギィと出会ったな…。少ししか見えなかったけど、多分アレと同じ個体だろう)
どれほどの間そうしていただろうか。きっとそう時間は経っていない筈だが、喧しく脈動する心臓のせいで正確な時間は分からない。決して瞬きはしない。この距離では自分は兎も角、相手の攻撃の射程に直ぐにでも入ってしまうから。
さて対するドスジャギィといえば、こちらもまた目の前の生き物を警戒していた。今までに見たどの生物からもかけ離れた姿を持ち、体を奇妙な鱗で覆っている。
元々住んでいた砂漠でも見かけなかったそれは、ドスジャギィからすれば直ぐにでも殺せそうな存在だ。しかし、ジャギィ時代の経験から考えた。こういう妙な形の奴は大抵何か最後っ屁を持っていたり、体が毒だったりと、死ぬ程じゃないが面倒くさいのが多いというイメージがあったのだ。 そこに自らがやられるかもしれないという心配は無く、この均衡も攻められない訳でなく、仕留めた際の処遇を決めかねているだけであったのだ。
そして、ドスジャギィは思った。先に子分で確かめてみればいいと。思い立ったが吉日、未だに餌を貪っている子分達を横目に、二度地面を蹴り上げる。
(しまった!)
それが咆哮の前動作と気づいたマサミチは阻止する為に慌てて駆け出すが、人の肉体では厳しいものがある。
天を見上げ、空気を肺に取り込んだドスジャギィは、鳴嚢様の様な機関、鳴き袋を盛大に震わせ遠吠えを放つ――!
「おぉぅらぁあぁぁぁぁぁっっ!」
声高々に猛進してくる何か。ドスジャギィの咆哮よりも早く現れたそれに、ジャギィ達は向き直る。間もなく下からの重い一撃が一匹を吹き飛ばし、それにジャギィはかかりきりになる。
そしてこの時、思いもよらない襲撃と、子分が吹き飛ばされた事に少しばかり注目したドスジャギィは、たった一瞬、目の前の存在をいないものとして扱った。
「っ…!ぜえぇりゃぁっ!!」
無防備な体に、渾身の一撃が走る。
「グワォォウ!?」
ドスジャギィにとって、あまりに軽い一撃。されど一撃。何も出来ないと思っていた矮小な生物は、己に痛痒を与えたのだ、と。それに怒りを覚えたドスジャギィは踊りかかった奇妙な存在を睨みつける。
――今この瞬間、ドスジャギィは初めて戦闘態勢に入った。