「こいつは…驚いた」
「狗竜の長か……昔見かけたランポスのボスよりも体つきがいい」
「おいおい、ホントにこんなのを倒したのか……」
「アラン兄ちゃん達すごーい!」
ドスジャギィやその他を牽いて帰った際の反応だ。みな初めての狩りと同じように村の中央に集まり、口々に感想を述べていく。 流石のみんなもいきなりここまでの獲物を持ってくるとは思わず、浮足立っている。
強大な相手を打倒したという事で、再びの宴が開かれた。勿論、節約はする。よってハンター生活一日目の時ほど豪勢に行われることは無かったが、村の誰もがその偉業に驚嘆していた。
ドスジャギィは他大型モンスターに比べれば体格も小さく、脅威も低い。だが、危険なモンスターであることに違いはない。小柄で魚程度しか自力で仕留められないジャギィと違い、ドスジャギィは単独で大抵の草食種を凌駕する筋力と武器を持っている。もし同じ個体が村に現れたのならばその場からすぐに逃げおおせて、早くいなくなるのを祈るのが最善の手なのだ。
戦える者を掻き集めて挑んだところで鎧袖一触。返り討ちにされて余計な犠牲を増やすだけだろう。
草食種や甲虫とは違う、圧倒的な怪物。彼等の世界に於いて覆せない力の差がたった二人の若人によって逆転したのだから興奮するのも致し方ないだろう。
アランは昔なじみのおっちゃん達や調達組の男衆に囲まれて当時のことを事細かく語り聞かせている。そして俺が提案者だからか、はたまたアランが囲まれているからか――多分後者だろう――、村の子どもたちは俺の方に集まってきた。その純粋な目をビー玉の如く輝かせてどうやって倒したのかやら強かったかやらと聞いてくる。
流石にないとは思うが、この話から勝手に抜け出したりしては困るので、武器と防具がなければ死んでいたと、素直に答えておく。そして何もなければ人間は無力なのだから、と勝手に外に出ないように固く言いつけておく。みれば、彼等彼女等の親達はニッコリと笑みを向けてくる。……やはりこっちで良かった。
今回のジャギィ達は素材としての側面が強かったが、意外というか、村の人達は可食部をうまく探してアプトノスとは違った味を楽しんでいた。
俺からすればアプトノスの方が旨いとは思うのだが、肉などあまり食べていない人からすればどれも同じようなものだろう。それに、個人の好みもあるしな。高級なサーロインよりもその辺で買える鶏胸肉の方が好きだという友人もいた。……元気にしてるかな。
と、いかん。少しホームシックになってた。
結局、使えそうな部位はおっちゃん達に預け、体を休めていると、興味深い話が聞けた。
「そういやお前知ってるか?あの山は大昔に一度噴火してるらしい。俺の爺さんの爺さんくらいの時って話だ。今のあの様子からじゃあ信じらんねえだろ?」
この村一の大工を自称するおっちゃんの言葉を信じるなら、指したその先、今はもう禿げかけの紅い葉と灰色の岩肌に覆われた山。そこがかつては活火山だったらしい。
方向は鉱石を採取しに行ったあの岩山の奥。一人で行くならば日帰りがギリギリ可能かどうかと行った辺りに位置している。
ちらりと、アランを眺める。彼は同じ調達組の二人に絡まれており、その装備や狩りの話などをつらつらと語っている。疲れは大分残っているだろうが、怪我という怪我はない。
これはワンチャン、あるかもしれないぞ…?
翌日、朝一番に村を出る。まだ日が昇りきっておらず、冷え冷えとした冷気が肌を刺す。未だに本格的な寒波は訪れていないが、その兆候が見られる。今の内にいくつかの事はやっておいた方が良いだろう。
「にしても、今回は長いな」
「当然だろ。なんたって向こうで一泊するわけだからな」
そう、今回は初の野宿である。その距離から日帰りは厳しいと判断し、場合にもよるが、到着次第そちらで一夜を過ごすという事になった。勿論、身を隠す為の迷彩や消臭の策も完備している。
新たな土地への期待と不安が入り交じり、自然と台車を押す力も入るというものだ。それは恐らくアランも同じだろう。今まではペースがバラバラで、緩急があったが、今では同じペースを維持したまま牽けている。俺達の筋力の増加と、何回か熟したことによる慣れのお陰だ。
この調子なら、想定していたよりも早く着くことが出来るかも知れない。
「よし、このまま進むぞ」
「ああ、時間はあればあるだけいい」
幸いなのは、気温が低い為にあまり喉が乾かないことだろう。食料については燻製肉やキノコ等があるので困らないが、飲み水に関してはあまり保存できたものではない。魔法瓶、或いはガラス瓶でもあればまた違ったのだろうが、ガラス瓶を製造する知識もなければ、環境もない。よって、水を持ち運べるものといえば、少し獣臭くなる革袋(尚水漏れあり)か、木を組み合わせた枡くらいしかない。
当然、この様な有様では回復薬も拠点で貯蔵するくらいしか無く、現地調達するしかない。
「ぃよしっ!そろそろだ!」
アランが声を張り上げ、顔を上へと向ける。
その視線の先には、そびえ立つ山脈が写っている。ようやく、その麓へと辿り着いたのだ。よく見れば、斜面の土が比較的新しく、木々も目立った大樹というものは無い。
少し掘ってみると、火山灰を含む地層が露わになる。……どうやら、火山であったという話は真実だったらしい。
「なるほどな、これが山って奴か…」
アランは初めて見る山に興味を示しており、その山頂を仰ぎ見る。顔はいかにも……以前の岩山も一応山の部類には入ると思うが…まあ、言わないで置こう。
「取り敢えず、ある程度の所まで登ろう。どの辺りに目当ての物があるかも分からないしな」
立ち並ぶ樹木を避け、時には息づく自然に目を奪われながら二人はずんずんと上へ上へと進んでいく。
馴染みのある岩石、馴染みのない小動物。数多もの環境に感慨を覚えながらも、目的地に着いた。
「下から見た限りだと……、この辺か。確かに遮蔽物もあるし…この分じゃ入れてカンタロス程度か。うん、ここでいいな」
そこは岩と岩壁の隙間に出来た狭い空間だった。身を屈めなければ入れないような小さな隙間のその奥に、小規模ながらも簡易的な拠点とするには十分な小部屋。外からは見えず、折り重なるように上を這う岩岩は光を取り入れながらも飛竜を阻む壁となっている。
先にマサミチが安全を確認し、その後に荷物を運び込んだ。剥き出しの岩肌に毛皮を敷き、いつでも火をつけられるように途中で拾った枯れ木をかやく草と共に配置。最後に出入り口に少しカモフラージュをすれば完成だ。
「まさかこんなにお誂え向きの場所があるなんてな…」
ケルビの皮の敷物――座布団兼布団用――に座り、登山の疲れを癒やしながらポツリと口に出す。
正直あまり期待はしていなかった。よくて多少入り組んだような場所や突き出た岩の下など、最悪カモフラージュだけをして壁際で潜む気だった身からすればラッキーと言わざるを得ないが、流石に都合が良すぎるような気もしてくる。
と、頭を悩ませているとアランがあっさりと答えた。
「うーーーむ。どうだろうな…。多分ここは前まで何かの住処だったんだろうけどな。冬が近いからどっか行っちまったのかねぇ」
「ん?なんでそんなこと分かるんだ?」
思いもよらぬ、と顔に出ていただろう俺を見るなり、アランは指を指した。それは一見してただの岩肌の様にも見えたが、注視して見るとあることに気がついた。
「あ、これ。わざと削られてるのか」
「そうだ。牙でも研いだのか、はたまた腰でもかけたかったのか。うまく平らになってる。ひょっとしたら過去に住んでたヤツは几帳面な性格だったかもしれないな」
冗談めかして言われるが、この弱肉強食の世界で小さな生物が生き残るには知恵が必要となる。ひょっとしたらそんな生物がいたとして不思議はない。今の俺たちにできるのはこの場所に感謝をしてあるものを持ち帰ることだけだ。
「さて、日も傾いてきたんだが……。どうする?この辺でも見て回るか?それとも明日に備えて早めに寝支度を済まるか?」
「いや、明日に備えるとしてもまだ早すぎないか?俺としては最低限周囲の事とか色々と見て周りたいんだが…。まあ、そこら辺はマサミチに任せる。確かに明日は忙しくなりそうだからな。どっちでもいいぞ」
と、アランは言ってくれる。正直な所、前からの疲れも残っているため早めに休んでしまいたいが、それを疎かにして痛い目を見るのもバカらしい。
よって妥協案として直通している通路と用がある場所までの経路確保をすることに。
「よし、いいぞアラン」
「分かった。先に武器だけ送るぞ」
こういった狭い場所を通る時は、何かあってもきちんと対処出来るように小回りの利く俺が先だ。そして安全を確認次第アランと合流する。
景観は麓とは違って植物が少なく、代わりにゴロゴロとした岩が増えてきた。遮蔽物としては頼もしく感じるが、それが予期せぬ遭遇を果たしてしまいそうで恐ろしくもある。
幸いというべきか、この山には小型鳥竜種等は徘徊していないようで、ちょっかいをかけられる心配はなさそうだ。
探索に意識を裂けるのは大きい。聳え立つ岩壁、不揃いな足場。見通しの悪い地形ということも相まって、自然と慎重になっていた。
亀裂の入った岩壁から覗く緑の輝きに惑わされそうにもなるも、今回の目的を思い出してグッと堪える。今回の主な目的は鉱石ではない。ましてやただの偵察なのだ。余計な荷物は無い方がいい。
ひんやりとした冷たい感触の岩に手を当て、恐る恐る顔を出す。周囲に動く生物の気配はない。念を取って数分動かずに息を潜めていたが、それでも何の反応もないことに安堵する。
「ふぅ、大丈夫そうか…?」
潜めていた岩陰から姿を晒し、もう一度キョロキョロと辺りを見回す。僅かな草葉を踏みつけにし、ジリジリと亀裂の先へと顔を出す。
「あった…ここだ。なあマサミチ、探してるのはこういう所だろう?」
それは深く奥へと続く一本道であった。亀裂から差す僅かな光量では入口付近を照らすのが精々で奥は到底見渡せない暗黒が広がっている。
一度踏み出せば引き返す事は出来ないと、根源的な恐怖を呼び起こすそれに、二人は知らず息を呑んだ。
「い、行くか」
絞り出すように声を上げるが返事はない。アランも緊張しているのか強張った表情でただ頷き返すだけだ。
無言の首肯を受け止め、静かに足を踏み出す。盾を掲げ、腰を低く落として身構える。
じゃり。足元で小石が擦れる音がする。この些細な音にすら過敏に反応し、時に足を止める。そしてまた一歩、また一歩と暗闇の中を降りていく。―――身につける鉄の冷ややかな重さに頼もしさを感じながら。