マサミチたちが火山へ出立してから二日目の夕方ごろ。フィシ村の一部では不安の声が上がっていた。というのも、二日で帰ると告げて村を去った二人がまだ帰ってきていないのだ。
順当に考えれば、道中に何らかの事故がありそのまま帰らぬ者になったと取るのが今の世では最も考えられることだ。人間の力なんてたかが知れている。いくらモンスターに対抗できる実力を示したとはいえ、まだまだ根強い畏怖や、強大なモンスターへの恐れは残っている。
トラブルで遅れているだけだと信じるものもいるが、期待することと楽観的に盲信することは違う。こんな時代だからこそ、仕方のないものは受け入れて生活しなければいけないのだ。
時間が経てば経つほど、「もしかしたら…」という声も上がり始める。今まで活発なリーダーとして親しまれていたアランと、異邦人ながら村のために行動し、成果を挙げていた青年。
その二人が揃って不在というのは、この閉鎖された村では大きな意味を持っていた。
加えて、今はその不安を増長させる問題が立ち塞がっていた。
「本当だ!いたんだよ、ランポスが!」
「そういえば…この前アラン達が持ってきたドスランポスが居たよな。もしかして、リーダーを失った残党がこっちまで来てるんじゃないのか…?」
それというのも、普段ならば徘徊ルートから外れている筈の村の近場でランポスを見かけたという報告が上がったからだ。見つけたのは調達班の一人。彼はその場をなんとかやり過ごしたようだが、そう遠くない距離ということで、この村にまで及ぶ可能性を危惧しているらしい。
モンスターに対抗できる戦力、肝心のアランとマサミチが居ないこの何とも間の悪いときに現れた脅威に、村人たちは憂いを秘めた目つきで日々を暮らしていた。
「…マズいな」
「マズいって、そりゃランポスだよランポス!なんだってアランとマサミチがいないときに来るんだよ!」
その空気の村を歩く二人組。
一人はアッシュブロンドの髪を目元で散らした男と、この世界でキリンテールと呼ばれる髪型の茶髪の女性だ。
「ジモ。声を抑えるんだ。それは村の雰囲気で分かっているだろう」
ジモと呼ばれた女性はにべもなく言い返された言葉にがっくりと肩を落とす。
「だけど、二人共帰ってこないし…みんなランポスの事でピリピリしてるしさぁ」
「まあ、それはそうだ。だが、今更喚き立ててもしょうがないだろう。第一、アラン達がドスジャギィを討伐していなかったらここら一帯が縄張りになっていてより危険だった筈だ」
「そうなんだけどさ…。こんな時でもフリーダは結構落ち着いてるよなぁ…」
「…そう見えるか?」
「………うん。いつもとあんまり変わらないように見えるけど…」
ジモはそう言葉にし、フリーダの顔が強張っていることに気づく。長年一緒に暮らしてきたのだ。何も思っていない、なんてことはありえない。
「そうだね。…フリーダも心配だよな。二人のことも、この村のことも」
はぁ…と息を吐き頭を抱えるジモ。なんともそそっかしい娘ではあるが、その根底にあるのは他者を慮るが故のことだ。
「とにかく、俺達はあいつらに対しては何もしてやることができん。備えるのはランポスの方だ」
「え?備えるって言っても…」
何を言っているのか解らない。そんな顔でこちらを向いてくるジモを意識から外し、村のある場所を目指して歩く。
「…何してんの?もう少ししたら夜が来るのに」
疑問に対して何も答えないフリーダに何かを感じ取ったのか、胡乱げに金の瞳を半分にして見つめる。その追及する視線から逃れるようにそそくさと村の中を移動する。
途中出会った村の人々も表面上は普段と変わりなかったが、目の奥には微かな不安が渦巻いていた。それは普段危険を省みず外へ出る調達組も同様のことだった。
元々、彼らのモンスターへの対処といえば、基本は見つからないこと優先だ。知恵を振り絞り、情報を共有してモンスターと鉢合わせない道を見つける。もし見つかったのなら、村にまで追ってこられないようにてんで違う方向へと逃げ、それでも駄目なら打つ手はない。といった有様だった。
この方法ならば村を不用意に危険に晒すことはないが、今回の件は話が別だ。
逃げるだけならば、外へ出ているときに出くわしたのならまだやりようはあった。ランポス達の体では通りづらいような道を選んだり、障害物をうまく利用して脇目もふらずに走れば、逃げ切ることは出来る。
ただ、今回はランポスの方から人間の生活圏へと入り込んできたのだ。普段ならば通用する逃げの一手も、拠点である村の近くに位置取っているために下手に使えない。そもそも、もともとの縄張りを離れた個体だ。次の行動が予測できず、ここにいるのが気まぐれなのか、それとも長期滞在するのか。はたまた村にまで活動範囲を広げるのか。それが分からない。
「だから、ただ待つだけでは駄目だ」
「ここってマサミチの家じゃん」
そう、目指していたのはマサミチの拠点としている掘っ立て小屋だ。
何に声をかけるわけでもなく、暖簾のように垂れ下がった出入り口を通過するフリーダ。その遠慮のない行動に戸惑いながらも続く。
「…あれ、意外と綺麗だ」
ジモが驚いたのはまずその内側の空間の使い方だ。粗末とは言わないまでも、外から見れば通常の一軒家よりもずっと小さく見えるが、色々な道具。すり鉢や箱、薬草やキノコ類などがしっかり分けてまとめて保管してあるためこぢんまりとしていながら、圧迫感を感じさせない配置になっていた。
そしてよく見れば、家財道具にもモンスターの皮などを使ってより少しおしゃれに仕上がっていた。
「うおぅ、このベッド、私が使ってるのと全然手触りが違う…。後で真似しようかな」
沢山の素材の山が積まれた木箱が部屋の隅に追いやられ、作業用にしていたのだろう机が軽くホコリを被って鎮座していた。裏手の広場へと繋がる出入り口も風にたなびくばかりで、家の主が今は居ないということを如実に表していた。
彼女はベッドに腰掛けると、何かを探しているらしい相方へ視線を向ける。最初は表面を軽く触る程度だったが、ある一角を見つけてからは半ば荒らすように物資を投げ出している。
「ちょ、ちょっと何を!?」
これに驚いたのはジモだ。いつもは真面目にかつ冷静にしているフリーダが突然そんな暴挙ともとれる行動をしたのだ。問いただしたくなる気持ちも理解できる。
「アランとマサミチが出発する前に、緊急時は自由にどれでも使っていいと言われている。俺も、まさかすぐ使うことになるとは思っていなかったがな」
「わたし何も言われてない」
「信頼の差だ」
フッと鼻で笑う仕草を見せ、ぷんぷんと怒るジモにも漁った素材を投げ渡す。
「ちょっ、危ないって!」
慌てながらも危なげなく竜骨を掴み取り、はたと、並べられた素材の共通点に気がついた。
「モンスターの素材…ってことは、もしかして…」
「ああ、あいつ等が出来るんなら、俺達でも、やれないことはないだろう。ボスが統率した群れではなく、はぐれ程度なら…何とかなるだろう」
嫌な予感が当たったとばかりに、うへぇ…と顔をしかめる。それもそのはず。フリーダが言っていることは今の今まで成し遂げた者がいなかった未知の世界だ。
だからこそアプトノスを狩って食糧事情に新たな光明を齎したマサミチ達へは素直にすごいと思ったし、ドスジャギィを討伐した日にはどこか遠いお伽噺の人の様な羨望を覚えもした。
だが、それは同時に己の身を弁えたものだ。いずれ。そう、いずれはそんな時が来るのかもしれないと思ってはいた。もっと訓練をして、もっと学んで。経験のある二人に教えてもらう形で、この村に必要な『ハンター』を育成する。
アランとマサミチだけに依存せず、そしていざという時の選択肢を増やすことのできる立場。
ただ、それに慣れるための時間がなかった。もう少しだけ時間をかけて、1から始めたのなら、恐らくは抵抗なく受け入れていた。しかしアプトノスを狩ったのがたったの七日前。
彼らの活動を受け入れ感謝こそしているが、自分がそれを行うなどと、心の準備が出来ているはずもなかった。
「いや、いやいやいや! 確かにアランとマサミチはやったけどさ、相手はモンスターなんだし、一旦アラン達が帰るのを待ってさ…? やるとしても、わたしよりいい人いるって」
フリーダの発言を、即座に否定。自分なんかに出来るはずがないと主張するが、フリーダは言葉を返さない。
それが何だか、失礼だろうが少し不気味に感じた。
いつもならこの時点で情けない姿を晒すなとか何とか言って己を叱咤して動かそうという彼が、顎に手を当て深慮しているのだ。
「確かに…お前に相談もなく、気が逸ったな」
ホッと息をついた瞬間
「俺一人でやろう」
「なんで!?」
それは望んでいた返答ではなかった。ジモとしては、そもそも狩りを行う時点で危険が伴い、また自分なんかではなくもっと力仕事のできる人の方がいいと伝えたはずだが、何故か彼の脳内では「わたしは参加しない。一人でやってくれ」と受け取られたのである。
「何で方針は変えないんだ?もっとこう…村の周りの柵を補強するとか、ランポス達が村に来ないように色々仕掛けたりしてさ…」
「悪いが、そんな時間はない。不安を煽るから言わなかったが、あのランポス達の活動範囲はとっくに俺たちの村も含まれている。現に、他のやつが見たのは少数のランポスが去っていくところ。……これは既にこの村付近を偵察しているということだ。何でもない木々の中で、急にとんぼ返りをする習性でもなければな」
ハッと息を呑む。確かに、目撃例ではこちらに背を向けて走るランポスの姿だと聞いている。背を向けているということは、どの程度かは定かではないがこちらから戻っているということに他ならない。
「縄張り争いに負けたばかりの奴らは、自分たちの縄張りを取り返そうと消えたドスジャギィの穴も含めた、この地域の支配者になるつもりなんだろう」
「……本格的にこっちに来るまでは、どのくらいかかるの」
自然と固くなる表情と引き結ばれる口。次に放たれる一言を決して聞き逃さないようにと耳を傾ける。
「ランポスの群れがどの程度残ってるかによって変わるが……最短で明日の昼頃といったところか」
「あしっ!?」
いくらなんでも早過ぎる。絶句するジモを尻目にフリーダは落ち着けと目で促す。
「まあこれも本当に最短で、かつごく少数だったら、の話だ。この場合は多くても三匹が限界だろう。わざわざ偵察までするんだ。その上で群れを動かすんだから、それなりの時間は必要だからな。実際は、明後日かその次くらいだと俺は見てる」
期限は伸びたかのように思われるが、圧倒的に足りない。そもそもからして、村人全員で移住するにはそれなりの準備と検証が必要不可欠で、最長である二日を目安としてもあまりに短すぎる。
完全に村を放棄するなら検討に入るが、今は既に寒冷期に差し掛かっている。生活圏もなく、家も食料もすべてを放棄してはそれこそ自殺行為だ。
よって、取れる対処としてはこの村にランポスが襲いかかるよりも早く準備を整え、何とかランポスたちを退ける。ということになる。
「なら尚更みんなに知らせないと…!」
村の周囲には木で作られた柵がある。しかし時間を稼ぐことこそ出来るだろうが、それだけ。本格的にモンスターの進行を止められるかと言われればまず無理だ。
「分かってる。その上でお前に声をかけたんだが…まあ、命の危険がある以上強制するわけにもいかない。悪いが他の連中にこのことを知らせてほしい」
スッパリと諦めたように、いや、実際に納得しているのだろう。意見を求める暇もなく決めつけた。これに苦笑するのはジモ。提案されたときは咄嗟に断ったが、どの道抗わねば生活が脅かされることに間違いはない。彼女とて村のために、故郷のために奮いたてる心は持っていた。
「いやいや、そこまで言われたら……ねぇ?やるしかないでしょ。でもその前に、一つ聞いていいか。…何でわたしを選んだんだよ?もっと力の強い男ならいるでしょ」
そう。それこそが唯一脳裏に引っかかっていた。この作戦も、対抗も、やらねばならないからやる。それは理解出来た。しかし、何故自分が誘われ、他の連中が選ばれなかったのか。それが気になった。
「何故…か。簡単な話だ。お前は目がいいし、弓の扱いもこの村随一だ。近づかれる前に倒せるのなら、それが一番だろう」
「わたしが使ってる弓は小動物とか鳥用。モンスター相手にはとても敵ったものじゃないのは知ってるでしょ」
これは事実だ。どれだけ弦を引き絞ろうと、与えられる威力には限界がある。モンスターの硬い鱗や皮膚を貫いて致命傷を与えることなど出来やしないのだ。
何の痛痒も与えられない弓を放つなど、徒に身を危険に晒すだけだ。流石に無駄死になどしたくはない。それがジモの見解だったが、フリーダはその懸念に対して不敵に笑ってみせた。
「―――モンスターに対抗できる武器が無いなら、造ってもらえばいい。少なくとも、俺達はその前例を知ってるはずだ」
鉄鍛冶場にて、新たな鎚の鳴る音がした。
どうかこの乞食に感想、評価を…。それが一番の応援だって古事記にも書いてある(激ウマギャグ)