ガタンゴトンと体が揺れる感覚と共に目を覚ます。お世辞にも良いとは言えない寝心地の床に、振動が加わるたびに周囲の物が体に衝突する。
「いつつ…」
「お、起きたかマサミチ」
瞳を開ければ空には満点の星空が広がっており、痛む頭を抱えて顔を上げる。刺すような…とまではいかずともそれなりに冷たい空気を顔に浴びながら、見慣れた青年の後ろ姿を確認する。
俺を乗せた荷車を牽いているのだと理解した。
「アランか…。今、何処だ?」
「早速それか。ついさっき洞窟を出たあたりだ。……お前、暑さでやられてたんだろうから喉乾いてるだろ。水、飲んでおけよ」
投げ渡されたのは俺の腰にかけていた水筒。クーラードリンクを作り飲み干したはずのそれにはなみなみと冷たい水が注がれており、今更ながらに実感したカラカラの喉に一気に流し込んだ。
「んっ……んっ……んっ…、ぷはぁっ! 生き返ったぁ!」
「そりゃ良かった。歩けそうか?」
「…あぁ、痛みはあるけど問題ない」
体を軽く動かし、動けそうなことを確認すると荷台から降りる。荷台を動かすのにはアイルー達も手伝っていたらしく、突然飛び降りた俺に驚いて手を離してしまうのもいた。
「どうする、ここで一晩過ごしていくか?」
まだ道はあるぞ。と過ごしていた仮拠点に戻るかどうか問う。ここまで来るのにも結構時間を使ったため、今はひとまず体を休めて朝に出発すれば、夕前までには村につくはずだが…。
「いや、俺はこのまま村を目指したほうがいいと思う」
「?…どうしてだ?」
アランはどこか遠くを眺めながら、迷う素振りもなく答える。疑問符を浮かべる俺に対して、空を指すアランの指を追えば、そこにはここより少し上の棚田を彷徨くブナハブラの姿。
「マサミチもこの前見ただろうが、あの甲虫たちは夜になると上にまで登ってくるらしい。この寒さでも動きが鈍らないなら危険だ。あそこだって、他のモンスターはともかく甲虫なら入れる程度の空間はある。非常時ならともかく今は普通に帰れるだろ」
「そうか、確かにブナハブラは寒冷地でも活動してるな…。でも、今の状況で道を行くのも危険だ。明かりも点けられないないのにこんな大荷物を抱えてたらすぐにモンスターに見つかるだろ?」
アランの意見には一部納得したが、だからといってブナハブラが必ずしもあの場所に来るわけでもない。それより暗い道なき道を進む方が不安はある。それに、暗ければ俺たちが先に発見して迂回する…といった真似も通用しなくなるかもしれないのだ。
「いや、夜だからこそいくべきだと言ってるんだ。確かに夜の森は怖いが……今は寒冷期目前だ。この辺りのモンスターなら夜は無駄なエネルギーを消耗しないためにそう動かないんだ。少なくとも、俺が知ってる限りじゃ寒冷期の夜に活動するモンスターはこのあたりじゃランポスが精々だ。前みたいにイヤンクックに追い回される。なんてことは巣に足を踏み入れでもしない限りは心配しなくてもいい」
その意見に俺は従うことにした。生態や弱点なんかを知っていても、それはただの知識だ。それはそれで役立つものではあるが、長年ここで暮らしているアランの経験は二ヶ月と少ししか暮らしていない俺より優れている。
アランも疲れているだろうに、それでも休憩を選ばないということは、それが最も安全だからなのだろう。
「よし、この前イャンクックとアオアシラに遭遇した場所は念の為避けておこう。対策はしといて損はないしな」
「ああ、それでいこう」
ムート達にも声をかけ、俺たちは増えた荷物を抱えて前にも通った道を引き返すのであった。
◆◆◆◆◆
「……もう出来たのか。仕事が早いな」
「うわあ、本当に用意されてる……」
翌日、工房を訪れたフリーダ達の前には、新品同然の輝きを持った武具が陳列していた。
冷たい輝きを帯びる左右で形状の異なる二振りの剣と、竜骨を削った弓柄に、様々な素材を練り合わせた繊維の弦を固く張る大弓。そして、こちらは注文していないはずの防具一式が二人分。
確かにフリーダが注文した通りの、いやそれ以上の出来栄えで、この短期間だというのに手抜きの類は見られない。無論、フリーダとて疑っていたわけではないが、あまりに早すぎる。
その疑念を読み取ったのだろう。その矮躯を傾げながらおやっさんは答えた。
「そう難しい顔をするな。もともとあの二人用に作っとったもんをちょいと手直ししただけだわい」
「成程…。いや、ありがとう。早速着てみても?」
「おう。不備があったら言ってくれ」
鍛冶師弟達の見守る中、二人はその防具を着て見せ、その感覚を掴むために武器を取る。
「俺の防具はアラン達が着ていたものに似てるが…。ああ、一部が革製なのか。今のところ、問題はないな」
「私も言うことはないけど…。ちょっと左手ごつくない?」
「そこは仕方ないじゃろ。弦を引く右手を柔軟に動かす為に手薄にしたからその分前に突き出す腕の防護はしとくべきじゃろ」
「まあそっか。いざとなってもこれで防御は出来るんだろうけど……やりたくないなぁ…」
フリーダが身にまとっているのは、レザーライトと呼ばれる防具の一式であり、その外見はマサミチ達の着ているチェーンシリーズに酷似していた。違いといえば、胴鎧の以外は必要最低限度にしか鉄は用いられておらず、ケルビの皮を加工した革鎧になっていた。
絶対的な防御力こそチェーンシリーズに劣るが、その分動きやすさでは勝っている。
そしてジモに用意されたのはハンターシリーズと呼ばれる防具のガンナー専用装備だ。先の説明通りに弓を引く腕を阻害しないように右側は革製だが、要所要所を確りと鉄で固めている防具だ。腰鎧はファンゴの分厚い毛皮を使用しており小型モンスターの爪牙程度は易易と受け止めることが可能だろう。
「…うん、重いけど、これなら引ける」
早速とばかりに二人は武器を手に取る。フリーダは何の支障もないというように双刃を振るい、ジモは革が巻かれたグリップの握り心地を確かめキリキリと小気味のいい音で弦を引く。
十分な
「問題はランポスがいつ来るかだが……」
「…まあ、そこは待つしかないだろうて」
この村を囲う樹木や草木は村の存在をひた隠しにするベールでもあったが、同時にこちらからも少々見通しづらい。故にこそ毎日見回りがあるのだが、いつ襲ってくるか分からない状況では村を手薄にするわけにもいかない。
フリーダとジモで別れるにしても、弓使いであるジモを一人にするわけにもいかない。それもモンスターとのまともな戦闘経験すらない二人だ。単独行動をして窮地に陥っては目も当てられない。
「さて、後は慣らす時間があるかどうかだが…」
「ま、そこは祈るしかないわな。他の連中に伝えて村の四方を見張らせとけばええだろ」
おやっさん言葉にこちらも頷く。今からの慣らしが村の今後、或いは生死に関わるのだ。自然と口は固く引き結ばれ、否応なくその武器の真の重さを意識する。
「ああ、これは確かに頼りになる重さだ」
「フリーダ? 何か言った?」
俺の独り言が聞こえていたのか、専用の矢を貰うジモに聞き返される。
「……いや、何でもない。そういえば、ミーニャとエイルはいないのか?」
「いんや、あやつらは工房の中で立ったまま寝とる。確か三日は寝ずに作業しておったからな。なんでもどうしても形にしてえ武具があるっつってな。いや若ぇ体はやっぱ違うな。今のワシじゃ一日も寝なければ次の日にはぐっすりよ」
からからと笑うおやっさんは惜しむように言うが、その口端は綺麗な弧を描いていた。…久しぶりに見た。確かこんな顔をしたのはミーニャが鍛冶を習いたいと言い出した時だったか。
それに、この十数日でミーニャ達はもとよりおやっさんまで活気が溢れている。今までの扱いは村のためと納得はしていても鍛冶師の血としてはもどかしいものだったのだろう。
村自体もそうだ。何か異常事態が起こってしまえばすぐに崩れてしまうだろう安定しながらも危険を孕んだ日々の連続だった。
なにせ人がモンスターとまともに争おうなどと考えたこともなかった。モンスターのせいでうまくいかなくったことなんて数えて余りあるほどで、だからこそ彼らの領域から外れて多少の不便より安全をとった暮らしをするしかなかった。それこそが、この村ではずっと前からそうして生き抜いてきたのだから。
だからこそ、マサミチには感謝している。あいつらが草食とはいえモンスターを倒したことで、この村の何かが変わった。モンスターを軽視する訳ではないが、いざというときの選択肢が一つ増えた。
果てには中型の、とはいっても俺たちなんかより圧倒的に大きな肉食竜だって仕留めてみせた。マサミチのお陰で、この村で停滞していた何かが動き出した。そんな気がしてならない。
俺とてそれに当てられた一人だ。かつてならランポスの接近など、確認した時点で村から離れている。それが寒冷期であっても、ランポスの群れに襲われるよりはマシだと村民全員路頭に迷う。
ただでさえ食糧に乏しい寒冷期であろうが、ランポスの襲来ともなれば明日の生活よりも今の命を優先する。たとえ餓えようが、凍えようが、ランポスに襲われるよりは生存の目がある。
だが、モンスターから怯えるだけの生活も脱却を迎えようとしている。ジャギィの群れとその首領を討伐してみせたマサミチとアランのおかげだ。先陣を切ってくれた二人がいるからこそ、この行動は無謀な自殺行為ではなく、前例ある行いだ。
ならば、俺達がやるべきだろう。村のために尽力するあの二人の帰る場所を守るためにも、この先も生き残るためにも。狩猟という道を選ぶのだ。
その日、一日中慣らしに時間を費やした二人はいつもより早く床に就いた。いつ襲い来るか分からないランポス達への警戒と、疲労を残すわけにはいかないとのことであった。
そして、翌日。アラン達の出発から数えて四日目になる。
やや冷たい空気が顔を出し寒冷期の訪れを人々に意識させる。
新たな一日を迎えたことに安堵と、それ以上に来る可能性の最も高い懸念に神経を研ぎ澄ませる。
先日から続いた緊張状態。村外れにはいかないよう注意を呼びかけ、確認に残っているのは普段調達に身を費やしている者達だ。
「イルルク、ワット、様子はどうだ?」
「ん、フリーダ。今のところこっちは問題ないよ。むしろいつもと変わらなすぎてちょっと気が抜けてたよ」
ややおっとりした口調の見張り役に声を掛け、寝ていた際の異変や兆候なんかを尋ねる。が、齎されたのはランポスどころか変わったこと一つないらしいということ。
夜中に起きたからか眠そうな眦を擦る彼に嘆息し、ひゅうと冷ややかな風が通り過ぎる。薄くなってきた草木をガサガサと揺らしてその体を震わせる。
「おお寒。もうちょっと厚着したほうがよかったか…。それじゃ、もうそろそろ俺らは交代の時間だからな…」
ワットがそう言い撤収の準備を進めていると、再び木枯らしかと気にも留めず…。
「いや待て…」
「?」
しかし、フリーダはそこに何かを察知したらしい。静かにとジェスチャーを送ると、再び木々の擦れる音が、風のたたないその最中に聞こえた。
「!…これって」
「ああ、予想は当たってたらしいな」
そうしている間にも、ガサガサという音は近づき、その頻度も数も徐々に把握しやすくなる。
やがて、少し先の茂みの前で何かが止まり、隠れていた存在が姿を現した。
青と黒の縞模様に、獰猛そうな黄色の目。縦に割れた瞳孔がこちらを眺め、朱のトサカと鋭い爪牙が特徴的な肉食竜。それが3体。
「ラ、ランポスだあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
その存在を一刻も早く伝えるための、全力の怒号が村中に響き渡った。
ランポスくん何だかんだで3回目の登場。
感想とか批評とか待ってます。