早いものでランポスの襲撃から更に数ヶ月が経過した。寒冷期の寒々しい様子から、ほんのりと穏やかな風が吹き始め、小さな緑も見られるようになった。
あれから、村長の言っていた通りの改革が進められ、フィシ村はすっかりと様変わりした。
元々この村の柵は、かつては村の子供が迷い込まないための境界線としての役割しか担っていなかったのに対し、今では先の尖った丸太が隙間なく立ち並び、ランポス程度のモンスターならばその侵入を防いでくれる。
高さはドスランポスの跳躍を基に、飛び越えられない高さである。ドスランポス以上、つまり通常の大型モンスターともなると時間稼ぎが出切れば御の字といった所だが、この村周辺の木々のお陰でそれほどの大きさのモンスターは侵入出来ない。
最大の懸念点としては飛行能力を持つモンスターだが、空を飛ぶ相手への対策などしようがない。これだけ構築出来ていれば十分だろう。
ついでにと開拓した森まで村の一部として拡張し、新たな住居もいくつか建っている。…まあ、これに関しては伐採した木々の倉庫や干し肉の燻製作業場としても使われており、今までよりぐっと生活に余裕が出来ている。
そして、何気に生活が最も変わったのは俺だったりする。
今までのちょっとしたテントから、木造のしっかりとした家へと建て替えられたのだ。
間取りも増え、モンスターの素材などを置いておける部屋なども用意してくれたことは本当に感謝している。
「ムート、いるか?」
「何ニャ?」
名前を呼べば、部屋の片隅で武器を研いでいるムートの姿。どうやら自身の武具の管理は欠かさないように気をつけているらしい。
この通り、アイルー達はこの村の家々に住まわせて貰っており、対価として様々な仕事を手伝ったりして馴染んでいる。時折失敗したりミスをすることもあるが、その愛らしさに概ね好評だ。
アイルーたちもそれぞれやりたいことを見つけては励んでおり、ムート達から人間の言葉を教わっている途中だ。成果は…まぁ、そこそこといったところだ。
「確か、ブルファンゴが数頭いたんだっけか。それと薬用にケルビの角も頼まれてたな…」
「ニャ、ブルファンゴの方はジモとフリーダが行ってるニャ」
「お、そうなのか。じゃあ今日の獲物はケルビだな。服にも使えるし、丁度いい」
「出発ニャ?」
「準備したらな」
インナーの上から置きっぱなしの防具に袖を通す。黒い鱗をふんだんに使った中国の甲冑風の見た目で、金属をつなぎとして用いた防具。
ランポスシリーズに身を包んだ俺は、今度は壁に掛けておいた片手剣を手に取る。盾と柄をランポスの皮と鱗で補強し、刀身はドスランポスの立派なトサカを鋭く加工した得物。ドスバイトダガーだ。
ドスバイトダガーを軽く振って、感覚を元の状態に戻す。そして最後にヘルムを装着して、予め用意してあった袋を手に取る。
散々玄関で待っていたムートはジャギィネコシリーズに身を包み、準備は、万端だと知らせてくる。
燦燦と日は差し、陽気な温暖期の空気が肌を撫でる。ここ最近はずっと陽気ないい天気が続いているのもあってか、気分がいい。
そして、今ではこの仰々しい鎧を着て歩くのにもすっかり慣れた。
「お、マサミチおはよう。アランならもう着いてるぞ」
「おはよう。わざわざ悪いな」
「マサミチの兄ちゃん! 今日は何するんだ?」
「おっとと。今日はケルビの予定だよ。薬師のエストが角を欲しがっててな」
「あら、今日はケルビを狩るの? なら、その毛皮はぜひ私にくださいな。寒冷期は過ぎたとはいえ、皆さん分の服はあって困りませんもの」
「分かったよ。出来るだけ傷つけないように気をつけるさ」
道行く人々に挨拶され、その度に気さくに返す。…こっちに来てからもう暫く。これもいつの間にか当たり前の日々になっていた。
と、アランを待たせてるんだったな。
少し駆け足で目的地を目指す。そこは、かつて大タル爆弾で開いたスペースだった。ドスランポスにトドメを刺したその場所にはちょっとした屋根なんかを建てて、今や村のみんなの憩いの場として使われている。
そして余裕も出来たのか、そこには新造した机や椅子なんかがいくつも並んでいる。その一席に座り、こちらに手を振る男が一人。
「よぉマサミチ、遅かったじゃないか」
マカライトと鉄の合金で出来た防具を身に纏い、傍らにブルファンゴの頭部を模したハンマーを置いたアランが言った。
「悪い悪い。道具の整理に時間がかかったんだ。……何食ってるんだ?」
「これか? 何でも、焼いた肉に感動したアイルーが、それをもっと美味しくする方法はないかってメルトの奴らと一緒に試行錯誤しているらしくてな」
「……その被検体ってことか」
「平たく言えばそうだな。…でも意外と悪くないぞ? ほれ、マサミチも食ってみろ」
そう言って差し出されたそれを一口。
よく焼かれた肉の歯ごたえと、どこかコリッとした食感が同時に訪れ、肉の味もただ焼いただけではなく、香草の香ばしい香りが口の中に広がる。
「おお…、けっこう美味いな」
「だろ? 今のところ一番成功してる品だって言ってたからな」
「一番? じゃあ他のやつは?」
「うわぁぁぁ! ストレイの奴が倒れたぞ!?」
「何があったんだ!」
「「………」」
よし、見なかったことにしよう。
「まあ、狩りに出る俺達には評判のいいやつを作ってくれてるらしいから…。な?」
「そういうことならいいが…。ん? そういえば、アミザは一緒じゃないのか?」
早速出発しようとしたのだが、今やっと相棒の家に居候しているもう一匹のアイルーのリーダー格の姿がない。
そのまま狩猟に出ようというものだから疑問に思って訪ねてみたが、「仕方ないさ」と一言。
「他のちっこいのに迫られて言葉を教えてるんだよ。今日は別に大物が相手でもないしな」
「そうか。じゃあしょうがないか…。…にしても、随分と勉強熱心だな」
「当たり前ニャ。あいつらはやりたいことには真っ直ぐだからニャ。当然言葉を覚えたほうが便利で楽しいと思ってるからやってるんだにゃ」
確かにその通りだけど、それを実行に移して結果も出しているあたり流石だろう。
現に、今やフィシ村ではアイルー達の働きも評価されてきており、俺達の世話になっている工房でも何匹かが修行中だ。
「じゃ、早速行くか」
「おう!」
「ニャ!」
――――……
「よし、ケルビ4頭に、角は12本。これだけあれば十分だろう」
最初にアプトノスを狩猟した草原。そこには寒冷期前は見られなかったケルビなども生息しており、今回はその群れを狙った狩りだった。
毛皮や食肉としても必要なため4頭は狩ったが、角だけならば殺す必要はない。無闇に乱獲して無駄にするのも忍びないし、生態系に影響を与えるのもよろしくないため、その4頭以外は俺とアランで角だけ折って逃している。
鹿と同じなら、時間さえ経過すればまた生えてくるから問題はないだろう。……また生えてくるよな?
「じゃあ帰るか。まだ本格的じゃないとはいえ、これまでより悪くなりやすいからな」
そう。気温が暖かくなれば、その分腐りやすくなるのは当然だ。寒冷期の寒さならばそれこそ冷蔵庫いらずで長期間保存出来たが、これからそうも言ってられないだろう。
急いで荷車を牽くのは疲れる。それもいくらケルビとはいえ4匹もいれば尚更だ。
「なあ、これもうちょっと何とかならないのかよ?」
「アラン?」
「いや、だってよ。これを持って行って、狩りをして、更に獲物とか物を乗せてまた牽いて帰るんだぞ? 今はまだ近いし、そこまで難しい相手じゃないから余裕もあるが、もしもっとデカイ相手だったりしたらそれだけで余計に疲れるだろ? 下手すりゃ俺等だけじゃ運べないなんてことになったら動けなくなっちまう」
「…まあ、それは確かに」
狩りをするというだけで体力も精神力もそれなりに消耗する。確かに今の状況だと村に戻るまで少しも休憩ができないし、出来れば疲れも残したくない。初めから疲れ切った状態で大型モンスターに挑む、なんてことは避けるべきだ。
「で、マサミチ? 何か解決策はないのか?」
「あるにはあるけど…。頼るの早くないか?」
「いや、マサミチだって言ってただろ? 飛竜だって狩るハンターがいるってな。飛竜ともなると大きさも重さも尋常じゃない。ならそれをしっかり運べる何かがあるって考えるのは当然だと思うんだが。んで、それを知ってるであろう奴がいるなら聞いたほうが早いだろ?」
…この通り、アランは思考放棄の問いなんかは滅多にしない。アランがこんな風に短絡的に見える言動を取る時は、ある程度考えた末のショートカットか、本気で狼狽しているかくらいなものだ。
「アプトノスを使うんだ」
「アプトノスを?」
「ああ、アプトノスはモンスターだけあって力は強いし、移住のために長距離を移動することだって出来る。そして何よりその気質が温厚だからな。捕まえてある程度調教すれば荷車を牽かせることも出来るだろうさ」
オープニングムービーなんかじゃリオレウスだって難なく運んでたんだ。それに、アプトノスさえ歩いていればいいわけだから、俺達はアプトノスの牽く馬車……竜車で疲れも癒せるしでいいことづくめ、という訳だ。
一応、大型モンスターなどに狙われた場合のリスクもあるが、ゲームの時代のように発展しているのならともかく、ハンターすら他にいない状況下ではそう変わらないだろう。
「なるほど。モンスターに牽かせるってのは考えてなかったな…。アプトノスは草食だし、捕まえてみるか?」
「大人しいとはいってもモンスターだぞ? いきなり引っ張っていくのも警戒心を煽るだけじゃないか?」
「うーむ、そうだな…。餌付けで何とかならないか?」
「そんな単純な……。いやでも、うーん」
どうだろうか。だが、確かにそれくらいしか思いつかない。
「ま、失敗したら次の手段を考えればいいだけだ」
「…それもそうだな」
「取り敢えず、今はこれを持って帰ってやろう」
そう言って、俺達はひいこらと荷車を牽き始めたのであった…。やっぱ辛い。出来るだけ早く実行に移さなければ…
◆◆◆◆◆
所変わって、こちらはアプトノスがいる南の草原から少しズレた雑木林。フィシ村から見て北側の山脈に続く道だといえば分かりやすいだろうか。
そこには暖かい季節になるとブルファンゴが訪れ、時折フィシ村にまで下りてくる。ここにいる個体が、少し前近辺で目撃されたらしい。
そこで、ジモとフリーダは、村人の安全確保を目的にブルファンゴの狩猟に訪れていた。
この数ヶ月で武器の扱いやハンターとしての活動に慣れたのか、特に苦戦することなくブルファンゴの狩猟は完遂していた。
そしてまた、ブルファンゴから得られることの出来る毛皮は丈夫で汎用性が高いため、出来る限り持ち帰ることにしていた。
「これで全部かな?」
「ああ、念の為周囲を散策したがもういないらしい」
そう言葉を交わす二人は、数ヶ月前正式にハンターとして認められてからこのような活動を続けていた。
ジモは青い鱗を余すところなく貼り付け、ミニスカートルックスのどこか軍服を思わせる意匠の鎧。ランポスの素材から造られたそれに身を包んでいた。
同じランポスの防具を身に着けるマサミチと違う部分は、遠距離主体の弓を武器としているために動きやすさを重視しており、右半身はほぼ鱗で構成され、左半身を硬質な鉄で固めている、無駄のない配置だ。
対するフリーダは、ジャギィの色鮮やかな橙の鱗や、分厚い紫の皮を全身に使用した、まるで服の様な軽装だ。ジャギィとランポス、どちらも似たようなヒエラルキーに属する鳥竜種だが、ランポスの防具を東洋的だとすれば、こちらは近代的で西洋的な軍服に酷似している。
背負う武器はこちらもジャギィの素材と鉱石で補強した双剣、ジャギットショテルだ。
「しかし、やはり温暖期が近づいてきているな」
「そうだね。寒冷期だとこの辺にはいなかったのに」
寒冷期には枯れていた食料が現れだすのだろう。わざわざそれを求めに来たブルファンゴには悪いが、傍迷惑な話だ。
今のところ村人に被害は出ていないが、この場で放置すれば雑食性のブルファンゴは村周辺の食物を食い荒らしてしまう可能性もあったのだ。早めに対処が出来て良かった、といった所か。
「さて、剥ぎ取りは忘れないように…。ん? 何あれ?」
突然、ジモが空を指す。フリーダも追って遠方の空を見れば、何かが空を飛んでいた。
最初はゴマ粒のように見えていたそれも、段々とこちらに近づいてくる。
咄嗟に、フリーダは腰につけた双眼鏡でその影を捕捉する。この双眼鏡は、形の良い竜骨の中身を削り出し、内部にランポスの瞳の水晶体をはめ込んで造られたものだ。
生物由来の代物とはいえ中々馬鹿に出来ない性能を誇っており、横についた紐を調節することで水晶体のレンズを調整、拡大縮小もお手の物だ。
そして、そんな双眼鏡だからこそ、ハッキリとそれを視認することが出来た。
空を羽ばたく青色の翼膜、頑健にその体の全体を覆っている桃色の甲殻に、何より特徴的な丸みを帯びた嘴と巨大な耳。
間違いなく、“怪鳥”イャンクックだった。
こちらまで来るかと思われたそれは期待を裏切り、程なくして降下。ある程度遠くの林の中にその姿を隠した。
「そういえば、マサミチが温暖期はイャンクックの最も活発な時期だと言っていたな」
「じゃあ危ないんじゃ…?」
「いや、幸い縄張り外をそう動き回る様な存在でもないだろう。だが、この先に現れたという注意くらいはかけておくか…」
その口調は然程切羽詰まってはいない。己等が安全圏にいるのを理解しているが故の余裕。
しかし、イャンクックの生態を知らない彼らに察しろというのも酷な話ではあるが、敢えて情報を加えるのならば一つ。
イャンクックは大型モンスターの中では繁殖力が強く、気候が良い日がよく続いた年には大量発生する時もある。ということだ。
一生物の大量発生は生態系を荒らしかねないが、大半の場合は食糧不足で翌年には元通りになる。だがしかし、追い詰められた動物は、時に人間の想像を遥かに超える行動力を発揮することもまた、自然界の道理であるのだ。
何か最後不穏っぽくなったけどそんなに不穏なことは早々起こりません。
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