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「イャンクックを見た?」
ケルビを狩り、依頼の品を届けた俺達を待っていたのは、ブルファンゴの掃討を終えたフリーダ達から齎される、怪鳥の目撃情報だった。
俺と同じく目を剥いたアランは、すぐにフリーダへ事実確認を取る。
「ああ、あちらの林の、更に奥だ。距離は離れているが、今はあまり近づかない方がいいだろう。向こうには一度行ったことのあるお前たちには伝えておこうと思ってな」
「…今のところ鉱石を採りにいく予定はないが、ありがとう。念の為他のみんなにも通達しといてくれないか? 実際に見たなら説明もしやすいだろうし」
「そのつもりだ」
言うが早いか、狩りの成果を置いたフリーダ達はまず真っ先に村長宅を目指していった。
その後ろ姿を見送りつつ、俺はイャンクックと初めて出くわした数ヶ月前を思い出す。
イャンクック。怪鳥とも大怪鳥とも呼ばれる大型の鳥竜種。ゲームでは比較的序盤に登場。今までと毛色の違う戦い方をし、初心者ハンターの登竜門として立ちはだかる。その行動から飛竜種への予習にもなり、そういった理由から「先生」と親しまれていたモンスターだ。
けれど現実で、しかもハンターのいない村からすれば強大な脅威だろう。
今思えばあのときはかなり無謀なことをした。いくら鉱石を得るためだからといっても、当時はジャギィすら狩っていない様な状況であんな場所まで歩いていったのだから。
帰りにはイャンクックの他にもアオアシラにも追われたし、無事帰り着くことが出来たのだって偶々イャンクックが混乱するほどの音が出せ、偶々標的がアオアシラだっただけなのだから。
「怪鳥か…。あの時は逃げるしか出来なかったが…。今出くわしたら戦えると思うか?」
「今…今かぁ。確かに何かしらの理由で近場まで来るかもしれないが…」
どうだろう。大型モンスターの狩猟経験はないけど、数カ月間鍛錬は怠らなかったし、イメージトレーニング、地形の把握にも努めた。装備の類もしっかり強化しており、もしこれがゲームだったならイャンクックに挑む準備は十分以上揃っている。
「…うん、そうだな。絶対とは言い切れないが、イャンクックが相手でも遅れを取ることはないと思う」
これは驕りや自惚れではなく、正当に評価したものだと思う。いや、これが驕りだと言われれば言い返すことなど出来ないけど。これでも数ヶ月の間、ほぼ毎日ハンターとして活動しているんだ。それに足る実力くらいは身につけている…はず。
「まあ、フリーダの話では早々出くわすこともないだろう。ま、念の為聞いてみただけだよ」
「とりあえず、今のところはアプトノスだ。なんとかして飼い慣らす方法を見つけないとな…。卵から育てられたらそれが一番確実なんだろうが……」
そもそもアプトノスの卵の産卵場所なんて知らないし、それを無事に孵す方法も分からない。孵ったとして、ケアの方法も知らない。そもそもミルクがない。等などと、問題がありすぎて現実的じゃない。
「よし、取り敢えず一回やってみようぜ」
「試しにってお前…」
「ここで考えたって仕方ないさ。取り敢えずやってみなきゃ改善策も出ないだろ」
…アランの言う通りだ。やってみなきゃ分からないなら、やって次を考えればいい。別に生死がかかっている訳でもない。トライ&エラーだ。ハンターだって、これは変わらないさ。
―――…
「よし、先ずは餌付けだ」
「より美味い飯が食えれば、こっちに懐く可能性もあるってことだな」
早速、あの草原まで戻ってきた俺達は手当たり次第に試してみることにした。
用意したのは牛を参考にした粗飼料。出来るだけ刺激しないように近づいた俺達は、その内の一体の口元に持ってきたそれらを差し出す。
俺達が危害を加える存在ではないと察しているのか、アプトノスはスンスンと匂いを嗅ぐと、むしゃむしゃと咀嚼を始めた。
「! 食った!」
「おお!」
アプトノスは安心した様子で粗飼料を頬張ると、俺達を少しだけ見つめ……またすぐに草原の草を食み始めた。
「あれ?」
「…まあ、そりゃそうか。よく考えなくても元々近い場所の草だ」
食料に困っている訳でもないんだから、それで懐くことがあれば寧ろ驚きだ。
「…次だ次!」
アランが仕切り直すように意気込んだ。
―――…
「んじゃ、次は誘導だ。移動する時に上手いこと追い立てて村まで連れてくぞ」
そう言って、草陰に隠れて様子を見る。
暫くすればアプトノスも食事をやめて移動を開始するだろう。その時が狙い目だ。上手いこと武器で追い立てれば……。
隠れ観ながら、今か今かとその瞬間を待ちわびていたのだが……。
「……寝たな」
「寝たなあ」
アプトノス達はどれほど経っても移動することはなく、とうとうその場で眠り始めてしまった。
既に太陽は沈み、星の光が指す宵闇に包まれていた。
流石にこれ以上は粘ったところで無駄だと、また後日別の手法を試すことにした。
―――…
「こうなったら実力行使だ!」
「うおおおお!!」
駆け出した俺達はアプトノスが驚くのも構わず、ツタの葉を編んで作ったロープを一頭のアプトノスにかけて引っ張っていく。
『ヴモォ―――ッ』
「暴れるなっ!」
「っと、うわっ!?」
ロープを引っ掛けたところで、アプトノスとて必死に抵抗する。流石モンスターだけあって、膂力だけならかなりある。
頭を左右に、尻尾をバタバタと振るたびに俺達は苦心しながら抑えつけようとするが、異変を察知したアプトノスが決死の覚悟で俺たちに攻撃してきたことで断念する。
「これもダメか…。アプトノスもみんな逃げちまったし、また明日だな」
「抵抗される以上力尽くは厳しいな…。それに手間取ってる間にも仲間を呼ばれて邪魔されちまうな…」
そう。死体を運ぶのとは訳が違う。相手だって必死で抵抗するし、いざとなれば反撃だってしてくる。
「寝てる間を狙ったら……あんだけかかるなら起きて暴れるか…」
「相手も野生で生きてるんだ。いつどんなときでも起きられるように警戒しながら寝てるんだろうな」
だがそうなると余計にどうやっていいのかが分からない。ゲームによる狩猟に欠かせない情報は俺にはあっても、こういった世界特有の話ともなると途端に分からない。
もっと時代が後ならその方法も確立されているのかもしれないけど……。生憎と、この時代にはハンターすら存在していないような時期だ。発祥の地も時期も分からない以上、出歩いて学びに行くことも出来ない。……いや、そもそもその長距離の移動に欠かせないんだけど。
逃げてしまったものは仕方ない。少なくとも今日は戻ってくることはないだろうから、俺達は大人しく村へと引き返す。
項垂れながらも、こうなりゃ意地だ。俺の家で作戦会議を続けるけど、未だ実用的な意見は出ない。
俺たちが散々頭を悩ませて、何なら他の人にも相談してみても、結果は芳しくない。…いったいどうすればいいんだろうか。
「もういっそのことさ、ぶん殴って目を回してる時を狙って連れてっちまおうぜ。あれなら抵抗もされないし…」
「いや、それは駄目だろ。殴ったら起きたときに相当警戒するんじゃないのか?」
アプトノスは温厚な性格で、周囲に他の生物がいても警戒はしないが、自らに危害を加える可能性アリとみるや、一斉に逃げ出すほどだ。
さらに、どれほどの間気絶させられるかなど分かったものではない。
その案はあまりに強引過ぎる。
確かに、意識さえなければ騒がれないし、暴れないから楽に済むんだけどなー…。そう何度も結論を出してはいるものの、そのせいで頭を抱えるというジレンマ。
互いに顔を見合わせてうーんと唸っていると、家の外から俺を呼ぶ声がする。
「おーい、マサミチ〜! 何かエストがお前のことを呼んでるぞ」
「エストが?」
エストとは、この村で唯一の薬師を担っている若者であり、先日のケルビの角も当人から依頼された物だ。
薬師、とはいっても狩猟に用いるような代物ではなく、現実的な意味での漢方や薬を取り扱っていた。
そう、今までは。俺達が狩りの終わりに飲んでいた回復薬を気にかけたエストに、その他の薬の調合レシピを伝えれば早速とばかりにとりかかってくれたのだ。当然素材は俺達の持ち込みで。
エストは回復薬のより効果の高い適切な調合方法などを見つけてくれた実績もある。…多分、こっちの方が後世にも伝わっているようなレシピなんだろう。流石本職は違う。
「何だろう。また素材を集めてほしいとかか?」
「とにかく行ってみたらどうだ」
考案は取り敢えずアランに任せ、言われたとおりにエストの家に向かう。
エストの家は調合場などと一体化しており、中に入るとツンとした匂いや薬草の青々しい香りがたちまち広がる。
そこには数々の薬草が丁寧に籠ごとに分けて鎮座しており、家主の几帳面な性格が垣間見えていた。何の用かと呼びかけると、すぐに気配がこちらに向かってくる。
奥に続く道から現れたのは、スラッとした手足に整った目鼻立ち、濃い灰色のショートヘアーを右に整えている女性。
「マサミチさん、お忙しい中わざわざありがとうございます」
「いや、いいよ。ちょうど暇してたところだし。えーと、それで何か用があったんだよな?」
「ああ、そうですそうです。前に教えてもらった薬をいくつか調合出来ましたので、よかったら持っていってください」
「本当か!?」
案内されるまま中に入ると、今度は表の薬草とは少し違った素材が見えてくる。釜やすり鉢などの道具には混ぜ合わさった代物が満たしている。
「何か、いい匂いがする」
表の状態から、もっと様々な素材を扱っている内部はさぞ臭うだろうと思っていたのだが、予想に反して匂いは無臭に近いフローラルな香りだ。
「ふふ、採ってきてくれた落陽草の香りですよ」
「そうか、落陽草…」
消臭玉の調合素材としてしか思っていなかったが、中々いい。むしろこの世界じゃ臭うのが当たり前みたいに思ってたから衝撃だ。
「それで、こちらになるのですが…」
そう言って、差し出されたのはやや青みがかった粉と、薄い青の液体。黄色い飲料に、最後は回復薬か…?
「左から増強剤、栄養剤、元気ドリンコと回復薬グレートです」
「こんなに…!?」
「ええ、どうぞお役に立てて下さい。その、効果の程は実物を知らない以上判断できませんけど…」
「いや、俺なんかよりよっぽど上手いんだ。エストが作ったんなら間違いないさ」
それらを纏めて有り難く頂戴する。確かに、これから温暖期が来る以上、活発になるモンスターなんかもいる筈だ。実に心強いアイテムとなるだろう。
栄養剤はゲーム通りなら体力の最大値を上げてより粘れるし、元気ドリンコは眠気を消しながら疲れも癒せる。回復薬グレートは言わずもがな。増強剤だって様々なアイテムを調合するのに必要なものだ。
「ありがとう。是非有効活用させてもらうよ。何か必要な物があったらいつでも言ってくれ」
「で、でしたらもっとハチミツをお願いします! あ、いえ違いますよ。決して私が食べるためとかではなく、何かと多く使うのではと思いまして…! …本当ですよ?」
「ああ、そう…」
まあ、どの道これから先ハチミツがあって困ることなんて無いだろうからいいけど…。出来れば養蜂なんかを確立させて安定供給を目指したいところだ。
踵を返して去ろうとしたその時、一匹のアイルーの悲鳴が奥の部屋から響いた。
「な、何だ!?」
「まさか…!」
慌てた様子で奥の部屋に向かうエストに追従していくと、そこには惨状が広がっていた。
「これは…」
その一室には、倒れ伏したアイルーと、そのアイルーが落としたのであろう、籠から散らばった草が散乱していた。
よく見れば、草はネムリ草で、その部屋には毒テングダケやマヒダケなどの危険物が整列している。
とりあえず、そこに倒れ伏すアイルーを助けようと部屋の中に踏み出した瞬間、エストが叫んだ。
「マサミチさん吸わないでください!」
あまり声を荒らげない彼女の声に驚きながら、慌てて口と鼻を手で塞ぐが、それでも微かな眠気と指先が痺れるような感覚に陥る。
息を止め、急いでアイルーの元まで駆け寄って部屋の外まで引っ張りだすと、エストが直ぐ様症状を診る。
「よかった…。どうやらネムリ草の効果で眠っているだけのようです」
ホッとした様子で語るエストに、今の部屋を尋ねる。
「ええ、実はあちらの部屋には取り扱いの危険なものなどを置いているんです。有効活用出来るものや、毒素に効果のある薬を作るためにも欠かせないものでして…。それにしても、危険な毒でなくてよかったです。ネムリ草を摂取した程度なら……えいっ!」
突如、アイルーの頬を思いっきりビンタする音が響くが、しかして何も起こらない。突然の暴挙に驚いていると、エストも困惑気味にこちらに顔を向ける。
「あ、あれ? おかしいですね…。えいっ! えいっ! まだまだっ!」
「ちょちょちょっ、待って、待ってあげて…!」
そのまま往復ビンタをかますエストを宥め、何故そのような暴挙に至ったのかを問い質す。
「ネムリ草による睡眠は浅いものなので強い刺激を与えればすぐに起きる筈なのですが…。あの状況から見てもそこまで多量に吸ったとは思えません…。余程疲れていたのでしょうか…?」
ゲームでも、俗に言う睡眠状態は衝撃で起きていたが、どうやらそれよりも深度の深い眠りについてしまっているらしい。命に別条はないが、それだけが不可解なのだとか。
強いて言うならば、元々疲れていたりすればその浅い眠りがきっかけとなり、そのまま熟睡してしまうこともあると言う。
「そういえば俺も少し吸ったんだが、指先が少し痺れた。これはネムリ草の効果なのか?」
ゲームとして知っていようと、その効果の程は実際に試してみなければ分からない。ありのまま思ったことを聞くが、エスト曰くそんなことはありえないと言う。
そこで原因を探ってみたら、すぐにそれは見つかった。マヒダケを乾燥させた粉末だ。どうやらこのアイルーが転けた拍子に同じくその入れ物を散らばらせてしまったらしい。
とんだお騒がせアイルーだ。
「それにしても驚きました。まさかネムリ草とマヒダケを同時に摂取すると効果が高まるとは…」
エストの見立てでは、ネムリ草とマヒダケ、二つの成分によって相乗効果が発生し、深い眠りに麻痺が重なってこのような状態になってしまうのだとか。
確かに、ネムリ草とマヒダケは捕獲用麻酔薬の調合に必要とされる素材だ。通常の眠りとは違うということだろう。
「…ん? 捕獲用……。これだっっ!!!」
思わず立ち上がり叫ぶ。エストが何事かと見てくるが、そんなことも今は気にならない。
いよいよアプトノス捕獲に光明が差してきたぞ……!