「っ、フリィーーダッッ!!」
倒れるフリーダ。響く悲鳴。
尻尾の先が掠ったのか、顔には傷が走り、どくどくと真っ赤な鮮血を流している。
突き飛ばされたジモが駆け寄って声をかけるが、反応はない。
そして、わずかに遅れて駆けつけたマサミチだが、その安否を確認する暇はない。イャンガルルガは倒れたフリーダに向けて、追撃とばかりに大きく息を吸い込んだ。
再びのブレス。
巨大な火球がフリーダ諸共ジモを焼き尽くそうと迫るが、体を滑り込ませたマサミチが盾を押し出して全力で踏ん張る。
体外に排出された火炎球は、一度推進力を失えば威力は失われる。その隙に、無防備な頭へ向けて横合いから重量級の一撃が叩き込まれる。
意識がこちらに集中していたためか、再びもらった強力な一撃に怯んだイャンガルルガの注意がアランにうつる。
「今援護をっ!」
「いい!…ぐっ、それよりもフリーダだ!」
一人で何とか逃げ回るアランと後方の二人を数巡の間見比べると、「任せた!」と言いフリーダとその処置に追われるジモの下へ駆け寄る。
「状態は!!?」
「腕から顔まで傷がっ…! ううん、それよりも、血が止まらない…!」
「これは…」
思わず、思考が止まる。
フリーダは、青い顔で気を失い背後の木にもたれかかっていた。幸いにして息はあるが、それよりも目を奪われたのはその傷だ。
鋭いトゲと強靭な身体能力から放たれたサマーソルトは、前に出して防いだジャギィアームの皮を貫通し、左腕の半ばと顎から左の目尻にまで赤々とした線を残す。
涙目になりながら傷口を圧迫するジモだが、その一閃は大きく、どくどくと絶え間なく血が流れ続けていた。
「っ…!」
覚悟はしていた。人間の身で遥かに強力なモンスター達と戦うのだから、いつでもその覚悟はしていた。現に、かつてはモンスターとの交戦による傷や打撲などはありふれていたし、死ぬような目にも何度もあってきた。
ここまでの怪我は初めてだが、焦りながらも簡単な対処ならばできるほどに。
だが、ジモがどれだけ傷を抑えても、薬草や回復薬を口に含ませようと、絶えず血は流れ続け、フリーダの顔色は悪くなっていくばかり。
「っ…毒か!」
そう。イャンガルルガの尾の先の棘。そこに含まれる出血性の毒がフリーダを蝕んでいた。
毒ならば、かつて戦ったゲリョスや沼地の地面など、幾度か対面したことはある。だが、それも事前知識からの用意や、毒液という状態であったから、異常を感じた側から対処することも出来た。
しかし、此度に至っては大きな傷口から直接毒が入り込んでいる。
流れ出る血液の色はドス黒く濁り、赤紫に変色していた。
「解毒薬っ…げどく草でもいい!持ってないか!?」
マサミチは持っていない。以前の狩猟により消耗した解毒薬の在庫との兼ね合い、行動の早さを考慮して必要最低限のアイテムの準備。これが悪い意味で噛み合ってしまい、この状況を前にして最速の治療を不可能なものとしていた。
一秒ほどの感覚をもって叫んだその声は、ジモを咄嗟に突き動かした。
自らのポーチや防具の隙間をくまなく探すが、求めている物は出てこない。
「ない…ない! 前使ったので私が持ってた分は最後だった!」
「…クソっ」
ならば、周囲からげどく草を探してみるか?
それは難しい。今はアランが何とかイャンガルルガの注意を引き付けているものの、いつ注意が向くかも分からない今そんなことをする余裕はない。
傷口を薬草で抑え、せめてもの治癒を図るが、それも焼け石に水。刻一刻と失われていく血液と、体内を駆け巡る毒の成分がそれを上回る速度でフリーダの体を傷つけていく。
タイムリミットは僅か。このまま放置してはフリーダの命の灯火が消えてしまう。
打開策をいくつも考えるも、どれも運が絡み、仮にわずかでも行動に遅れが出ればフリーダ諸共あの世行きのものばかり。フリーダには悪いが、村のみんなのためにも、これ以上の損失は出せない。
「ぐあああぁぁっ!?」
そんな時、一人で健闘していたアランがタックルに突き飛ばされ眼の前に転がる。そして、大きく口を開けて追撃の火球を放たんとするイャンガルルガの姿。
「不味い…!」
立ち上がろうとするアランの前に乗り出し、タックルするように火球を盾で受け止める。強烈な衝撃が襲い掛かり、踏ん張った地面に跡が残る。イャンガルルガはそれを見て不機嫌そうに地面を掻くだけだ。
「抑えきれなかった。スマン! 突進の予備動作がなさ過ぎるぞアイツ。気付いたら巻き込まれてた」
起き上がり、腰を軽く叩いたアランは、吹き飛ばされた衝撃こそ残っているものの、致命的な怪我はない。
唸る一匹狼を警戒しつつも、己が抑えきれなかったことに詫びながらも、背後のフリーダを気に掛ける。
「フリーダは大丈夫なのか?」
「……いや、傷が大きい上に毒が入り込んでる。血が止まらないんだ。今は回復薬と薬草で何とか誤魔化してるが、直ぐに処置しないと…。命が、助からない」
「……そう、か。解毒薬は?」
アランはマサミチの言葉を神妙な顔で受け止める。眉をしかめ、返ってきたのはふるふると首を横に振るマサミチのジェスチャーだけだ。
「お前は、何か持ってないのか?」
「……どうだったかな。前の時のやつをそんまま着てきてるから……期待するなよ」
片手で素早くポーチをまさぐるアランだが、彼の言ったとおりにポーチは依然として変わりはない。駄目だ。と目で合図しようとして、ポーチをかけたゲリョスフォールドから何かが覗く。
違和感を覚えたアランが引っ張り出すと、それはヤオザミの未発達な水袋に目をつけたミーニャによって造られた水筒。水筒は結び目の形で内容を判別できるようにしてあるが、それに則るとこれの中身は解毒薬だ。
「何でこんなとこに…?」
一瞬何故、という疑問が過る。しかし、アランは幾日か前の狩猟のことを思い出していた。
飛竜フルフルを狩猟するために近くの沼地へと向かったその時だ。例えフルフルに毒がなくとも、毒の沼に入ってしまった場合を考えて一行は人数分の解毒薬を持っていっていた。
振りわけの際にアランはゲリョス装備の抗毒作用があるため他で使ってくれと譲ったものの、万が一を考えてと渡された解毒薬をしまっていたのだ。
結局その狩猟では使わなかったが、あまり意識していなかったために、幅のあるゲリョス装備に挟んだまま気づかずここへ来てしまった、ということだ。
「いや、そんなこと今はどうでもいい。ジモ!」
「えっ、わ!」
「解毒薬だ。傷口にかけた後飲ませてやれ」
振り返らず投げ渡された水筒を慌てて受け取り、言われたとおりに処置をする。
すると、少しずつではあるが血色がよくなり、流れる血も勢いを落とす。これで毒の問題は大丈夫だろう。
だが、依然として深い傷は残ったまま。このまま放置しては命が危ぶまれる。この場ではその処置を出来る程の環境や道具を用意できない。
ならば、取るべき選択は一つだ。
「アラン」
「ああ、分かってる。撤退だ。早くフリーダを連れて村に戻れ!時間は俺達が稼ぐ!」
「二人とも……。うん、ごめん、任せたから!」
一瞬視線が俺達とフリーダを逡巡し、覚悟を決めたようにフリーダを抱き上げ背を向け村への道を歩みだした。
『グルォッ!』
だが、眼の前でみすみすと背を見せる獲物を一匹狼は見逃さない。過剰なまでの攻撃性を持つ本種の特性か、逃げ出す獲物を双眸に収めた瞬間、追撃のために駆け出した。
――――瞬間、世界が白く瞬いた。
『ギィャォ――ッ!!?』
「やるぞ!」
「応ッ!」
マサミチの不意の閃光玉がイャンガルルガの網膜を焼く。
急な閃光に驚いたイャンガルルガは頭を仰け反らせ、混乱しながらも視力が戻るその瞬間を待ち望む。
そこへ、一気呵成にと躍りかかる二人。並のモンスターならば、視界を奪われた状態では下手に動けずその場で適当に攻撃を繰り返すか、闇雲に暴れ回るか。そうなると次第に行動も読め、安全地帯や攻撃の隙を作り出すことが出来る。
それ程までに視界を奪うというアドバンテージは大きい。
だが、殊更イャンガルルガという種にとってはそうとも限らない。
最も柔らかい部位である頭部へ駆ける二人の内、小回りの効くマサミチが先に到達する。
そして、イャンガルルガは未だ白む視界のまま、その足音を、気配を感じ取っていた。
これが一時の間をとるためならばイャンガルルガにも効果的だろう。だが、イャンガルルガは種族として賢しく、またそれを戦闘という手段に費やしている。
たとえ視力がなくとも、自身の近くであれば類稀な戦闘勘から迎撃するのは、決して不可能ではない。
加えて、その奪われた視界で感知するのは付近の生物に限るためか、大掛かりな飛行や火球などよりも啄みを多用し的確にこちらを捕捉してくる。
故に、この個体もその本能に従って迫る気配へ向けて勢いよく嘴を振り下ろした。
―――当然、その情報を知っている相手からすれば、無策に近づく筈もない。
「おおっ!」
イャンガルルガの体が飛び上がる寸前、肉体を急停止させ、背後へ転がる。マサミチの狙いは啄みによる一撃の誘発。遠ざかるマサミチに距離感を狂わされたイャンガルルガは数度槌のような嘴を叩きつけるが、いずれも当たりはしない。
それどころか、躍起になって放った一撃によって抜けなくなり、その大きな隙を眼の前で晒してしまう。
「「おおおおおおおぉぉぉっっ!!」」
無防備に弱点を差し出すイャンガルルガに、二人は雄叫びを上げて得物を叩きつける。最大まで力を溜めたハンマーが頭蓋を揺らし、剣と盾の種類の違う衝撃が連続して襲いかかる。
もがいて頭が抜けたその瞬間には、アランの連携の締め、これまでの遠心力を乗せたアッパーが直撃。これには堪らず悲鳴を上げて大きく仰け反るイャンガルルガ。
手応えのある一撃に心中で喜びを浮かべるアランに、その隙に果敢に斬り込むマサミチ。
不明瞭な視界が邪魔をし挙動を制限されるイャンガルルガは、しかして飛び上がるように暴れまわり付近の二人を遠ざける。土煙を立てるそれから逃れ再び構えると、イャンガルルガはこちらを把握して突進を繰り出す。
駆け出す瞬間を見た二人は左右に飛び出す。視線がアランを追いかけた瞬間、その背後をとって斬撃に弱い尻尾を斬りつける。
フリーダを倒したように、毒に気をつける必要はあるが気を引く程度に抑え直ぐに離脱する。
片方が引き寄せ、その隙に叩き、どちらかが視界に入ることで注意を引くこと数分。
ギリギリの近接戦を繰り広げた二人は消耗し、息も切れかかっている。足は幾度の加速と急停止によって疲労が蓄積し、パンパンに膨れて、腕は硬い鱗をひたすらに殴ったせいか痺れも残っている。
そしてイャンガルルガはそんな二人を相手にし、ひたすらに追撃を加えんと猛然と襲いかかる。
最早、先に逃げた二人のことなど考えてもいない。今はただ、向かい合ったその生命と戦うことのみを目的として動くだけの狂戦士。
「…っ、もう十分引き付けたよな!」
「うしっ、俺等も退却だ退却!」
だというのに、それらは今まで
その眼光は鋭く二人を睨みつけ、大きく息を吸って火球を撃ち放つ。3発続けて放たれた火球は若木を折り砕き草木を灰と化す。
衝撃も火力も十分な自慢のブレス。だが、その範囲から既に二人はいなくなっていた。
『グァ…?』
見失ったかと周囲を眺めながら、スンスンと鼻を鳴らし探る。
暫くの間そうして待っていたイャンガルルガだったが、ついぞ二人を捉えることはなく、やがて諦めたように歩行を再開したのだった。
――――――…
「はっ、はっ、はぁっ…大丈夫か?」
「何とかな…。アイツは…追ってはきてないな。まさか、試したすぐ後に使うことになるとは…」
そこから更に離れた距離に、二人は息を切らして地面に座り込んでいた。かすり傷や打撲をいくつも負っているが、動きに支障はない。
戦闘からの離脱に喜ぶ二人だが、何もただ逃げたわけではない。これはマサミチが興味本位で作っていたとあるアイテムの効果によるものだった。
「モドリ玉…モドリ玉でいいんだよなこれ」
そう、モドリ玉だ。
ゲームにおいては素材玉とドキドキノコで調合でき、戦闘中だろうがなんであろうが離脱してキャンプに帰還する摩訶不思議なアイテム。
原理が不明でその効果にも疑問を覚えいくつかの素材を消費して製作した。
試した結果としては、撤退用の煙幕に近い、ということが分かった。
けむり玉はツタが導火線になり、ネンチャク草の成分とともに燃えることで大量の白煙を発するもの。対して、モドリ玉はこれにドキドキノコの乾燥胞子を混ぜ、煙とともに小範囲に散布させるというものだった。
煙幕にもなるが、何よりドキドキノコの乾燥胞子により相手の興奮状態を一時的に抑制し、視覚や聴覚、嗅覚などを誤魔化している内に撤退する、というものだった。
これもドキドキノコの不思議な毒素が、ごく短時間ではあるが大型モンスターに通用することによるもの。
モンスターは当然だが、この世界はただの菌類すら非常に逞しいと、再度認識させられるのであった。
「撒けたことだし、早く戻ろう。フリーダが心配だ」
「ああ、それにアイツの対策もしなきゃいけないしな」
重い腰を上げ、二人は足早にフィシ村への帰路につく。
脳裏で、仇敵たるイャンガルルガへの闘志を燃やしながら。
今回出てきたモドリ玉はおそらくこうであろうという憶測によるものです。公式の効果とは異なる恐れがあります。
これはあくまでマサミチが再現しようとした結果なので、公式で判明した場合は、ここから更に発展してその設定になった…という解釈でお願いします。
なので便宜上これをモドリ玉として扱いますが、モドリ玉(オリジン)ということになります。
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