ハンターの基本 草食竜の狩り
生い茂る木々の隙間を縫い、村周辺の森を抜けた先にその草原はあった。
緑豊かな野原が広がり、二分するかの様に流れる川とその周りで草をはむ草食獣の姿は見るものに牧歌的な印象を与えるだろう。
実際、普段の草原は温厚平和そのものといった様子で、草食の生物からすれば楽園の様な場所だ。とはいえ、弱肉強食のこの世界。何日かに一度、ランポスの群れが現れ、平穏に暮らしている生物たちに襲いかかる事がある。
子分だけであるなら彼らもやりようはあるが、襲撃の中にはリーダー格である個体もいる為に抵抗は難しい。
しかし、それでもここにいるメリットが遥かに高く、そんな光景はこの草原に生きる者としてのであった。
そこへ足を踏み入れる影が二つ。何を隠そう、マサミチとアランである。現在二人は背の高い草むらに身を隠し、今正に獲物へと目をつけていた。
視線の先は、水場で休憩しているアプトノスの群れ。15頭程の大人子供が入り混じり、その中でも、一際大きなリーダーと思わしき個体が巡回する様な行動を見せている。
(参ったな、アイツ、ずっと見回ってるぞ?)
隣でアランが呟く。普段であれば、アプトノスの群れに統率者と呼べる個体はいない。それぞれが一斉に逃げ出し、反撃が無いこともないが、基本は自分優先なのだ。しかし、リーダーがいれば、その個体が積極的に防衛に入る為、戦うことを余儀なくされる。ゲームであればなんの痛痒も無いが、ことこれが現実となると急激に難易度が上がってしまう。
「どうする…?一度出直すか?」
「いや……続行しよう。ああ言った手前出戻りなんてかっこ悪いし、何よりもランポス達がいない。いつもは最低でも2、3匹くらいはいるもんだけど、それが何故か影も形もない」
この平原は村の北部に位置し、平原の先はランポス達の縄張りとなっている。逆に南部にはジャギィ達の群れがおり、お互いにこの平原を超えることは基本的には無い。
「…確かに、言われてみれば…。でも、大丈夫なのか?いつもと違うってことは何か起きてる可能性もあり得るだろ?」
「ああ、勿論移住なり縄張り争いなり候補はある。でも今の俺達にとってはチャンスだ。これまでは何かあるときは先んじてランポスが複数頭偵察に来てたはずだ。それが無いってことは多分向こうにとっても急な何かがあったんだろう。今から悪化するのか、このままなのかは分からないけど、悪い条件じゃないとは思う」
こう言った説明もあり、特に異論はなく話は進んでいく。
「よし、仕掛けるのは俺がやる。するとほぼ確実にあのリーダーが迎撃に来るから、それをアランが」
「不意打ちで仕留める…って事か。ああ、大体分かった。モンスターを殺した経験なんか無いが、やってやるさ」
アプトノス達を刺激しないよう、俺はゆっくりと茂みから身を晒す。警戒されないためにも慎重に歩みを進め、群れの直ぐ側で立ち止まる。
近くに現れた自分たちとは別種の存在を感じたのか、付近の数頭が顔を上げてこちらを一瞥する。
目と目が合い、どちらからともなく動きを停め、鏡合わせの様な状態となる。暫くそうしていると、興味を無くしたのか草を喰む作業に戻る。
そののほほんとした顔に罪悪感を覚えないわけではないが、生憎とこちらにも事情がある。
草を咀嚼し終え、動きを止めたその柔らかな首元へと一閃。一息に振り抜いた鉄刃は寸分違わずアプトノスの喉を切り裂き、血しぶきが飛ぶ。
「よしっ、後はリーダー格をっ!?」
突如、側面からの衝撃。不意打ち気味の重い一撃に俺の体は弾かれる。
何が?
まだリーダーは近づいていない筈だ。他のアプトノスにしても、来るのが早すぎる。驚愕に埋め尽くされる思考の元、下手人の姿を捉えた。
それは、いま先程俺が喉を裂いたアプトノスだった。傷口から血を流しながらも、猛々しく大暴れしている。浅かったのか、はたまたあの程度では即座に死に至るほどの体力はしていないのか。
(くそっ、見誤ってた!ゲームならともかく、これは現実。傷を与えれば即座に動けなくなるなんてあるかバカ!)
ともあれ、仕留められなかったという事実は揺るがない。痛みの残る腕を上げ、再度片手剣を構える。横目に見れば、群れ全体にこの騒ぎは伝わったようで、ドシドシと大きな音を響かせながら立ち去ってゆく。
その中に居た。唯一こちらへ猛進してくる大型の個体だ。距離にして30m程先。もう間もなくこちらへ辿り着くだろう。アランは顔を出し、いつでも駆け出せるようにしている。その表情が優れないのは、最初の一匹を仕留められていないからだろう。
(その為にも、まずは目の前のヤツを仕留めなければ…!)
身を乗り出すアランをハンドサインで止め、暴れるアプトノスに集中する。
「ふぅー…」
冷静に、慎重に。時折こちらへ向く攻撃を少々大袈裟に、余裕を持って躱す。出血の上、我武者羅に暴れたら、何であれどうしても疲弊する。そこを狙って一息に踏み出す。
当然、アプトノスは迎撃に移る。最も硬い部位。即ち頭部を用いた頭突き。これを右に構えた盾で受け流す。通り過ぎざまに傷口へと捩じ込む。
手のひらに伝わる肉を貫く感触。今度こそ、か細い鳴き声を上げて崩れ落ちた。
だが、まだだ。
今まさにこの瞬間、群れのリーダーたる個体が到着し、勢いそのままに躍りかかる。
「ふっん、ぬぁっ!!」
回避は不可能だと判断し、正面から受ける。逸らされることのない衝撃はそのまま体へと流れ込み、俺の身体は2m程後ろへと吹き飛ばされた。
少し腕が痺れるが、目立った怪我はない。ひょっとしたら打撲くらいにはなっているかも知れないが、大型の動物の突進を受けたと考えれば、それも安い。
眼前の驚異が健在な事を確認したアプトノスは、尻尾をムチのように振るう。それを屈んで避け、後ろ足の健を裂く。
『ブモォッ!?』
アキレス健を断ち切られた事により、バランスを崩したアプトノスは悲痛な叫び声を上げる。
そこへ走り寄る影が一つ。
「うおおおぉぉぉぉぉらぁっ!!」
身を潜めていたアランが円盾でタックルする様に側頭部を捉える。予期しない方向、予期しない勢力からの強襲。フラフラと体全体を揺り動かし、倒れ込んだ。
「おい、大丈夫か!?」
「ああ、…目立った怪我は無い」
「なら良かった。…いや、一応薬草は使っておけ」
言葉に甘えて、予め持っていた薬草を口に含む。噛みしめるほどに青臭さとエグミが複雑に入り混じった苦味が口内に染み渡り、思わず渋顔になる。
「おえぇ、苦っが!エグみもすごいし、よくこんなもの食った奴いるな」
「……まあ、割かしみんな思ってる」
苦笑交じりに応えるアランの手を取り、いざ参らんと再び構える。今度こそ隙を晒さない様にアプトノスの一挙手一投足に細心の注意を払う。
あれほどの巨体。沈むにはまだ早い。僅かに痛みの残るその腕で簡素なグリップを握り込む。慣れない事をした緊張からか、いつも以上に動悸が荒れる。どうやら自分が思っていた以上に体力を消費しているらしい。しかしその顔に浮かべたのは苦顔でなく笑みだった。
ハンターの見ている景色。ようやくスタートラインらしきものが見えてきたのだ。
今、俺はこの世界に来て最も興奮しているといっていいだろう。これがハンター、これこそが狩猟生活なのだと――。
「来るなら……来い!」
『………』
が、肝心のアプトノスは予想に反して怒り狂い暴れる事も、逃走の為に背を向ける事すらなかった。
「……なあ、コイツ気絶してるぞ?」
「………そうだな」
マサミチの頬に朱が差した。