"個性"ゴキブリ 作:ゴッキー
脅威! 女子に迫る魔の手
職場体験後の1番初めの登校の日。
当然と言えば当然かもしれないが教室はかなり騒がしかった。誰もが新たな経験を友人と語り合っていた。
「へぇ!
「避難誘導とかで、実際の交戦はしてないけどね。」
そんな、三奈と響香の会話を聴きながら、かぶりは教室のざわつきを感じ取っていた。1週間という期間が長いのか短いのかは分からないが、なんだかこの雰囲気に懐かしさに似た安心感を覚えていた。
(あー、平和だ。平和な世界に
そう思いながら小さく欠伸をした。
職場体験の疲れがいまだに残っている。肉体的にもそうだが、精神的にもかなり消耗しており、日常に戻ったと思うとどうしてもだれてしまう。このまま、友人たちの会話をBGM代わりに眠りについてしまいたい。
「沖はどうだった?」
ふと、三奈に話を振られた。
その問いにあの現場が脳裏によぎる。
「………。一度、立て篭り事件の作戦に参加させてもらったけど……。」
(エッジショットは私の感知があったから早く解決できたって言ってた。けど)
それを誇れるほど飲み込めていない。
絶対に出る被害者。その絶望、恐怖。ヒーローとしてそれらにどう向き合うのか。その答えはまだ出ていない。
「あ、ニュースになってたこれかしら?」
梅雨がそう呟いて、スマホを見せた。そこには件のカラオケ店が映っている。立て篭もり事件なんてそうそう起きないため、すぐに分かったようだ。丁度、保須事件と重なりあまり話題になっていないがニュースをキチンとチェックしている人には知られているようだ。
「………うん、その、事件。」
かぶりがそう言うと、響香は声をかけた。
「……。沖、なんか、元気ないみたいだけど、どうしたの?」
その声に沖は、『やっぱり気付くよね』と、思った。あまり話す方では無いが、それでもかぶりは仲のいい友人に対して冗談を言うことが多い。特に響香や三奈に対してはふざけた物言いをすることもある。
しかし、今日は挨拶以外、深く話しておらず、3人の会話を聞いているだけだ。
その理由として、あの事件も上げられる。が、(彼女本人も驚いているが)その割合は低い。あくまでもアレは自分の中で答えを出さないといけない問題だ。考えると気は重くなるが、
「えっと、職場体験の疲れが残ってるって言うのもあるけど、皮がキツくて息苦しいんだ。多分、そろそろ脱皮の時期なんだ。」
「「は?」」
響香と三奈は固まった。『こいつは本当に人間か?』という、友人とは思えない思考が過ぎる。この超常社会、どんな人間がいてもおかしくはない。それを差別してはいけないし、認め合わないといけない。
けれども、脱皮なんて人間の成長に馴染みない単語が出てきたのだから仕方がない。
しかし、かぶりとしては脱皮とは死活問題である。脱皮の前は皮膚が自分の身体に合わないためキツいし、なんだか怠くなってしまう。
「ケロ、かぶりちゃん
「「も?!」」
驚きの連続で(というか、梅雨の発言はどこまで本当なのかも怪しいが)2人の思考は追いついていなかった。訳がわからない。友人2人が実は脱皮していたのだ。ビックリだ。
だが、そんな2人、いや4人にA組で、ある意味、最も
「お、おい。沖、お前、脱皮するのか? なぁ、その皮、オイラにくれねぇか? いや、ちょっと着てみるだけだからさぁ」
Mt.レディ事務所での職場体験のトラウマを乗り越え、峰田はヨダレを垂らしながらそう言った。エロのジャンルに皮モノというものが存在する。ニッチなTSFというジャンルの中の更にニッチなジャンルだが、この男が押さえていない筈がない。
かぶりを含めた4人がそんなジャンルを知るよしも無いが、峰田実という男が女子の皮を欲しがっているのだ。
通報ものだ。
((((どうしてヒーローなんだろう?))))
その時、
「…… 構えは柔らかく、力は要らない。」
女子4人の前に1人の少女が現れた。バトルヒーローガンヘッドの元で職場体験をしていた麗日お茶子だ。彼女は独特な呼吸音を立てながら、握りしめていた拳を
その様子は脱力しているのにも関わらず、不思議な圧があった。
「………リズムを意識し」
白目を向いてぶつぶつと何かを呟きながら、じわじわと峰田に迫る。攻撃を放つタイミングをはかっているようで、峰田もそんな
(ヤベェ!)
逃げ出そうとするが、もう遅い。握った拳は小さく振りかぶり、お茶子は前に飛び出した。自身よりも明らかに小さな相手を狙うためフォームはかなり崩れているが、その拳は足、腰、背中、肩、拳、と全身の力が乗る。
「体重を乗せる!」
お茶子渾身の強烈な拳は峰田を襲い数メートル吹き飛ばした。
「コォオオオオオ」
「目覚めたのね、お茶子ちゃん。」
「バトルヒーローのとこだっけ?」
「ガンヘッド? 私も指名来てた。」
「さすが300件」
と、そんな事をやっていると、飯田天哉が大声を上げた。
「さァそろそろ授業だ! 席につきたまえ!!」
A組の面々は「うるさい」と茶化しながらもそれぞれの席についた。
かぶりはその声を聞いて席に戻りつつ、保須事件を思い出していた。ニュースで見たあの事件は悲惨だった。そして、ネットに公開されたヒーロー殺しの動画。
英雄回帰。
ヒーローとは見返りを求めずに人を助けるべきだ。今のヒーローは俗物化しすぎている。その考えは彼女とて
(それでも、人を傷つけて良い理由にはならない。)
襲われたヒーローが感じた恐怖、絶望、怒り。それを思うと沸々と怒りとも悲しみとも言えない想いがかぶりの奥底から込み上げる。
その想いがどこから出るのか分からないが、それでも、彼女の内にあるものだ。
(アレはただの
信念があろうが、誰かを傷つけた時点でただの犯罪者。その思いに共感できる部分があろうとも彼女とは相容れない。
◆
「ハイ、私が来た」
その日のヒーロー基礎学はぬるっと始まった。オールマイトはいつも(滑る時も多いが)エンターテイメントに富んだ始まり方をするのだが、今回は何もない。いや、もしかしたらこの何もしないというのも、あえて周りからのツッコミを貰うという一種のネタなのかもしれない。
(あえてボケない。そういうボケか……。生徒たちのツッコミありきのボケだから、ある程度真面目に構えている授業には向かない?)
と、かぶりが謎の分析をしているソバから話は進む。
「今日は、救助訓練レースだ!」
今回の授業は密集工業地帯を模したフィールで行われるレースだった。フィールド内のどこかからオールマイトが救難信号を出す。その合図で街外から一斉にスタートして、誰が早くオールマイトの元にたどり着けるかというモノだ。無論、街への被害は最小限に留めなくてはならない。
第一走者は、緑谷出久、沖かぶり、飯田天哉、芦戸三奈、瀬呂範太である。
(なるほど、どこから、そして、いつ、救難信号が出るか分からないということか)
かぶりがどう走るか考えつつスタート位置へと移動するなか、クラスではこのレースの結果を話し合っていた。
「クラスでも機動力が高いやつらが集まったな」
切島の言葉はクラス全員の感想であった。飯田は無論のこと、空中での移動を得意とする瀬呂や、身体能力の高い芦戸、さらに、敏捷性に秀でたかぶりだ。出久の評価は"個性"の都合上ついていないが、それでも組が違えばトップでゴールできただろう面々だ。
「俺、瀬呂が一位だと思うぜ」
切島の発言は的をいている。このような入り組んだフィールドでは"個性"を使って上を移動できる彼が有利だ。しかし、上鳴は別の意見を口にする。
「沖もあり得るぜ。入り組んだフィールドはゴキブリの得意分野だろ?」
その意見も最もだ。かぶりにとって入り組んだ場所は得意分野だ。今までの戦闘訓練でも、このようなフィールドで彼女が逃げに回った時に追いつかれたことなんてほとんどない。
とはいえ、今回は追いかけっこではなくてレースだ。根本から異なる。
生徒たちは各々、どうなるか話し合っているが、一方、走者たちはそれぞれ準備していた。
4人は準備運動とも言えるストレッチだが、かぶりはそうで無かった。
(そよ風がある。感知するにはコンディションは悪くない。)
完璧な無風だと空気の振動が存在せず、地形を探ることはできない。だが、今日はそよ風やフィールドを移動しているオールマイトのおかげで地形を探知可能だ。
複雑に入り組んでいる地形を読み取り、オールマイトの位置とそこへ行くための最短距離を探る。
そして、
「start!!」
そのコールと共に、一斉に飛び出した。
殆どの走者はまずは上を目指した。この複雑な地形でも上にさえ出て仕舞えばどうってことない。だが、かぶりは
(オールマイトの位置は分かっている。そのための道順も読み取れる)
振動探知による地形の把握。
本来、敵の動きにいち早く反応するための能力だ。だから
(まずは、あの隙間を通って、パイプ?にジャンプ。そして、タンクっぽいやつの下を通って……)
何処に行けば次のステップに行きやすいか、それを考えてゴールを目指す。今まで目の前の出来事に反射的にしか行動していなかった。今は違う、エッジショットの元で学んだ事は確かに生きている。
(この次は?違う。あのパイプの隙間なら通れる!)
しかし、まだ覚えたての事だ。当然、穴はある。
(っ????!!!!)
突如、上からの落下物を探知した。
遠くの事ばかりに集中しすぎて、近くで動いているものに意識を割いていなかった。突如、上から落ちてきたソレを見る。
(緑谷くん?!)
気がついた時には遅い。
慌てて回避に移るが、既に目と鼻の先。いつもなら回避できたかもしれない、今は脱皮前、皮膚はキツく常に窮屈な服を着ているようなものだ。動きはかなり鈍い。
そのため、かぶりのまるで蛙が潰れるかのような声がフィールドに響いた。
結果、一位は瀬呂であった。
「ご、ごめん、沖さん……」
「う、うん。大丈夫……。もっと早く気が付くべきだった。」
落ちてきた出久よりも潰されたかぶりの方が怪我が少ないという不思議な現象になっていたが、2人とも大きな怪我はなかった。
けれども、口では何も言わないかぶりだが、内心少し残念に思えた。
ゴールできていればおそらく、瀬呂と大差ない結果だった。だとすると、もしかしたら一位になれた可能性もある。
それに、現実の救助でも
こうして、授業が終わった。
更衣室にて。
(空気の流れが……)
ふと、かぶりは唐突に空気の流れが変わった気がした。何処からか空気が入ってきている。特に意味もなくその方を見ると、
そこには……。
「穴だ。」
その呟きに、八百万が反応した。
「穴……。ですわね。」
「…………………この横には男子更衣室があるね。」
「……………………………………そうですわね。」
その会話に女子たちはギョッとした。いや、まさかそんなことがあるわけがない。たとえこの穴が隣に繋がっていても、ここはヒーロー科だ。そんなことする馬鹿が居るとは思えない。
そんなやつ相澤先生でなくても除籍する。というかして欲しい。このまま着替えて先生に報告すれば明日には埋められているはずだ。
普通に何も問題がない。
「オイラのリトル峰田はバンザイ行為なんだよ!」
そんな声が隣から響いた。
女子更衣室は一気に静まり返り、同時に全員が穴の死角へと移動した。
壁や天井に張り付いたり、敢えて脱いだり、ロッカーの後ろに回ったり様々だが、瞬時に退避できたのは今までの訓練の賜物だ。
しかし、響香は穴の横に立った。心配する面々を手で制して"個性"のイヤホンジャックを構えた。
(お願い、耳郎さん!)
(響香ちゃん……)
(耳郎さん……)
(……耳郎)
小さな穴越しに対処できるのはオールラウンダーな八百万を除けば響香のみだ。そのため、全員の期待と不安と心配が混じった目線が集中していた。そんな中、片方のイヤホンジャックを壁に当てて壁越しに音を聞く。職場体験で避難誘導をした経験がこんな所で生きたのだが、全く嬉しくない。
更衣室に本当に嫌な緊張が流れる。
「八百万のヤオヨロッパイ!!芦戸の腰つき!!葉隠の浮かぶ下着!!沖のロリ!!麗日のうららかボディに蛙吹の意外おっぱァアアア」
隣からあり得ない叫び声が聞こえた。
イヤホンジャックが無くても丸聞こえだ。1人を除く女子全員に鳥肌が立った。しかし、響香は冷静にタイミングを見計らいイヤホンジャックを穴に思いっきり刺した。
もともとあった不意打ちと正確さ、さらには爆音による火力が武器の凶悪なコンボが職場体験での経験を経て更に磨きがかかっていた。今回の授業ではあまり活躍の場面は無かったが、今後、かなりの武器になるだろう。
しかし、そのお披露目がコレとは全く嬉しくない。
「目がぁ! 目がぁ!」
その叫び声でこの騒動は幕下ろした。
(ウチだけ何も言われなかった……。)
(ロリ……、ロリかぁ)
一部に深い傷を残したが………。
どうでも良い情報
響香「………次やったら殺す」ボソ
出久「ひぃっ」
授業後に、こんな展開も考えていたけど、キャラ的に無いなって思い省いた。
かぶりの脱皮。
脱いだ皮は日焼けでめくれた皮みたいな感じのため、着ることなんて出来ない。たとえ着ることができてもそれで変身なんて出来ない。
とはいえ、皮を欲しいとかせがまれるとか本人からしたらとても気持ち悪いだろう。
梅雨の脱皮
そんな設定、原作には多分ない