"個性"ゴキブリ    作:ゴッキー

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沖かぶり:オリジン 後編

 かぶりはいつも通りふらふらと街を徘徊した。家に帰りたくない、ただそのためだけの散歩だ。いつもなら、図書館で勉強したりウィンドウショッピングを楽しんだりするのだが、今日はずっと同じことを考えていた。

 

(ヒーロー……。私はなれないのかな? なる資格なんてないよ)

 

 助けるために飛び出したあの男子生徒。勝てる負けるとかではなく助けるための行動、あれこそがヒーローだ。対して自分は何も出来なかった。憧れは叶えられないと諦めていたことだが、改めて()()()()()と実感してしまうと心にくるものがあった。

 

——お願い、誰か、助けてよ。

 

 ヘドロ事件を目撃してから脳裏に少女の叫び声がずっと響いていた。その声を聴いていると頭がクラクラとしてしまう。しかし、その声は耳を塞いでもその場から離れても聴こえてくる存在しない心の叫びだ。

 

(私は何も聴こえてない)

 

 その叫びを聴こえてないフリをしつつ家路に着いた。

 

 

 

 午後6時丁度、かぶりは家に辿り着いた。

 出来れば帰りたくなんてないが、夕飯には帰らないとご飯を食べ損なってしまう。

 

「…………」

 

 音を立てないように家に入る。

 この家において、彼女は()()()()()として扱われている。必要以上に存在感を出して仕舞えば叔母が怒り、何をされるか分からないのだ。

 自然と身につけてしまった音の出ない歩き方で家の奥にある座敷へ行き押し入れへと向かう。そこが彼女に与えられた部屋。別段、気配を消していればどこにいようが何も言われない。しかし、本当に何が叔母の逆鱗に触れるか分からないのだ。以前も目が合っただけで罵倒された経験があり、それ以来、唯一与えられた押し入れで過ごすことにしている。

 

(あ、今月分のお小遣いだ)

 

 押し入れの上の段は布団が引かれており、その上に3000円が置かれていた。叔母は彼女と会話したく無いため月に一度、お金だけを黙って置いていき、彼女はこのお金で文房具や衣服(制服などの高い買い物は別だが)を全て賄っている。休日に着る服や、ノートなどの文房具など、この辺りを買っていたら3000円なんてすぐに無くなってしまうため、常にかぶりはお金がない。

 

「はぁ、何やってんだろう」

 

 3000円を財布にしまい、押し入れに入り布団の上でため息をついた。

 家にも、そして学校にも居場所がない。誰にも相手にしてもらえず、いてもいなくても変わらない。なんとなくだが、そんな人生が延々に続くような気がした。

 

(私は何もできなかった)

 

 ヒーローならばきっと行動できた。

 避難誘導でも、活動できるヒーローを連れてくるでも、何か出来たはずなのだ。しかし、ただ、観ていることしか出来なかった。

 土壇場で行動できないようでは、きっと、ヒーローになんてなれはしない。それどころか、自分は()()()()()のだろうか?という哲学的な思考へと陥ってしまった。そこから、段々と将来のことにすげ変わる。

 将来はお金を貯めて1人で生きたい。しかし、中卒で仕事はあるのだろうか? 一人暮らしできるほど給料はいいのか? そんなことをグルグルと考え続けた。

 

(あー、先生が進路とか言うからだ。不安なことを言うからぐちゃぐちゃになるんだ)

 

 そう、身も蓋もななくぼやき、時計を見た。時刻は19時過ぎだ。

 

「ヤバ、ご飯は食べ損ねた」

 

 この家では基本的に彼女はいないものとされている。食事は出されるが、当然、呼ばれることはない。間に合わなければ処分されてしまいそれで終わりだ。勝手に何か食べようものならどんな罰が待っているか分からない。そもそも、トイレすらままならない暮らしなのだ。

 もし、まだ食事中ならば間に合うかもしれないと考え、押し入れを少し開けて空気の振動を集中して探る。

 

(この感じは台所に1人、居間に1人いる? 台所では水仕事してる……のかな?)

 

 さらに集中して空気を探り、普段の生活習慣から台所で叔母さんが食器を洗い、居間では叔父がテレビを見ているのだろうとあたりをつけた。それはつまり、ご飯を食べ損ねたと言うことだ。

 

(今日はご飯抜きか……)

 

 数年前までならこういう時は叔父か義姉がかぶりに食べ物を分けていた。しかし、それがバレて叔母がヒステリーを起こし暴れ回り家中を破壊して回った事があった。それ以来、叔父も義姉もかぶりに関わることをやめて叔母同様に無視をするようになってしまった。

 義姉は家を飛び出して一人暮らしをしているが、もしかしたら、こんな空気の家から逃げたかったからなのかもしれない。

 

「ホント、何やってんだろう。はぁ、お風呂は逃してたまるか……」

 

 この家では湯船のお湯は洗うとき以外は基本的に張りっぱなしのため、逃すことはない。しかし、追い焚きすると怒られるため、出来るだけ全員が入ってすぐに入らなくてはならない。

 お風呂を逃さないために、空気を探りながら図書館で借りたライトノベルを手に取り読み出した。

 その後、いつもの通り家族と顔を合わせる事はなかった。

 

 ◆

 

 翌日、朝起きたかぶりは朝の支度を手早く済ませると台所へと向かった。台所というよりはダイニングキッチンと言ったほうが正しく、調理台とは別に食事用のテーブルと3つの椅子が並べられている。四角いテーブルに3つの椅子というアンバランスなレイアウトだが、かぶりが座る椅子を作らないという叔母の意地が伺えられる。

 叔母と叔父は既に食べ始めており、今日の献立は白米と納豆、貝の味噌汁だ。机の隅には賞味期限が数日切れたアンパンが1つ置いてある。

 

(アサリの味噌汁……。()()()()してる)

 

 机に近づくと叔父は一瞬かぶりの方を見たが叔母に話しかけられてすぐに逸らした。その後は一切かぶりには気に留めず夫婦の会話をし続けている。完全に居ないのと同じだ。かぶりにとってこれはいつもと同じ日常であるため、特に気にしたこともなくアンパンを手に取る。

 

(パンか……。パンダの好物は()()()。……うん、二つ連続だ。今日は調子が良い。……?)

 

 パンを持ち上げると、そこにメモが置いてある事に気がついた。

 叔父も叔母もかぶりとは会話しないため、必要最低限の連絡事項はこうやってメモで渡される。ここに書かれた内容は絶対でかぶりに拒否権はない。

 

「……え?」

 

 メモを読んでかぶりは声を漏らしてしまった。その途端、ガンッと叔母が机を殴った。警告だ。これ以上は不味いと考え、アンパンとメモを持って自室である押し入れへと戻った。

 押し入れ入り扉を閉めて、電気スタンドをつけてもう一度メモを見る。

 

(君は加世 薫(かぜ かおる)さんに引き取ってもらう事になった。詳しくは午後、彼女が来る事になっているからその時に)

 

 短くそう書かれていた。

 加世薫はかぶりの再従姉妹(はとこ)にあたる女性だ。

 親戚全般に嫌われていたかぶりを唯一可愛がってくれた人で、2、3回しか会った事がないが、かぶりにとって数少ない良い思い出だ。

 

(でも、薫お姉ちゃんって今年就職じゃなかった?)

 

 あくまでも養ってもらっているかぶりには拒否権はない。そもそも、家にも学校にも居場所と言えるものがない彼女にとって、どこで住んでも変わらないだろうという、なげやりな考えとなっている。

 けれど、薫からしたら働きにも出れない子どもを背負い込む事になる。それが、本当に申し訳なかった。

 

 そしてその日の午後。薫は家にやってきた。

 彼女は180センチほどの長身の女性だ。大学を卒業したばかりのためかパンツタイプのスーツは着ているというよりも、着させられていると言った方しっくりくる。

 薫は居間の座卓に叔父夫婦と向き合う形に座り、かぶりもその隣に座らされた。

 

「薫ちゃん、久しぶりね〜。ええ、この子を引き取ってくれるそうね。ありがとう」

 

 叔母は真っ先に満面の笑みでそう言った。

 その様子にかぶりは特に何も感じなかったが、薫は薄ら寒いような微妙な感覚を覚えていた。

 

「い、いえ。お礼を言われるような事は…………。…………それに、今日はかぶりちゃんとお話しをしに来ただけで、私が引き取るかまだ、決まって居ません。どうするかは、彼女が決める事です」

 

 薫はかつてヒーローに憧れていた。しかし、数回だけだがかぶりと接して家庭環境が良くない事は察し助けを求めていることはすぐに分かった。しかし、学生の自分に何も出来ないと諦めてしまった。

 それ以来、ヒーローになる夢は諦めていたのだ。しかし、サポートアイテムの会社に勤めはじめヒーローと接する事が増えたことにより、忘れたふりをしていた夢を思い出してしまった。

 かつて諦めて、そして今も苦しんでいるかもしれない少女。ヒーローにはなれないが彼女なら助けられるかもしれない。

 そう思い、かぶりの叔父や親戚たちに話を聞き、今の彼女がどんな状態か知り、引き取ろうかと考えたのだ。

 だが、それはあくまでも彼女自身のエゴだ。新卒一年目の給料なんてたかがしれており、生活は絶対に苦しくなる。奨学金(ぶっちゃけ借金)を借りれば別だが、高校に通う余裕はない。

 そんな暮らしに行くかどうかはかぶりが決める事である。

 

「いいえ、決まったのよ。他に引き取り手がいるのなら、私はもう関わりたくないわ。だって、家族以外が家にいるのって嫌じゃない?」

 

 叔母は笑顔で言う。

 彼女がかぶりを嫌う理由はこの一点に尽きた。彼女も家族がいないかぶりのことをはじめは仲良くなろうと頑張った。しかし、どうしても家族でもないのに家に潜む害虫のように感じてしまった。

 手を差し伸べたいという良心、気持ち悪いという本心。この2つが攻めぎあった結果が今の関係なのだ。

 そんな叔母を見かねて叔父は頭を下げた。

 

「本当に申し訳ない。家内はもう色々と限界なんだ。それに、私の収入では()1()()高校に通わせるのも、正直、しんどいんだ。少ないが援助はする。どうか、かぶりを頼む」

 

 この言葉が決定打となった。薫はかぶりの状況を飲み込めていないため2人でもう少し話し合いたかったが、もはや2人には決定権は無かった。そして、とんとん拍子で話は進み、翌日にはかぶりが自分の荷物(そんなに量はないが)を背負い薫の家にやってきていた。

 

「…………いらっしゃい。まぁ、思うところはあるし、狭いし、散らかってるしお金もないけど、これからよろしくね。ほら、座って座って!」

 

 薫は苦笑いをしながら出迎えた。彼女の家はボロアパートの一室だった。広さは6畳ほどのワンルーム(風呂トイレ別)だ。手狭だがロフトもあり、駅から徒歩5分で家賃は月3.5万円という、日()()()()()()という事を除けば比較的良い物件である。

 部屋の真ん中には丸い座卓があり、家具は最低限のものしか見当たらない。

 また、部屋のあちこちには中身が入ったままのスーパーの袋が転がっており、部屋の隅にある段ボールにはカップ麺がぎっしりと入っている。

 

「は、はい」

 

 促されるまま、かぶりは座卓の前に座った。対して薫は一度時計を観ると少し考えた。時刻は12時過ぎだ。

 

「んー、まずはご飯にする? 外食するお金もないし、料理も出来ないから、………………。これで我慢してもらうしかないけど……」

 

 そう言って取り出すのは醤油味のカップラーメンだった。また、メーカーも聞いた事がないものである。

 しかし、日頃から菓子パンや、残飯くらいしか食べさせてもらえていないかぶりにとっては、カップ麺でも全く気にならないどころかご馳走に見えた。そもそも、養ってもらうのだから文句を言う事が筋違いとも思えた。

 

「いえ、ご飯をいただけるだけで…….」

 

 そううつむきながらかぶりは言った。その様子に薫はなんとも言えない表情でため息をついた。薫自身、あの家と自分の家、どちらがかぶりのためになるかなんて、正直分からない。しかし、この家に住む事になってしまった以上、少しでも幸せに暮らしをしてほしい。そのためにはまず、かぶりがわがままを言える程度には心を開いて欲しかった。

 

(気長にやるしかないのかな?)

 

 そんな事を考えつつ、カップ麺にお湯を注いでいく。最近のポットは進化しており、2人分のお湯くらいならすぐに沸くのである。

 そして、待つ事3分。

 

「よし、いただきます」

 

「い、いただきます」

 

 蓋を完全に剥がして、2人は麺を啜り出した。

 麺もスープも全てが微妙だ。味は微妙に薄く、麺もゴムみたいである。しかも、なんとも言えない後味が残り、ラーメンというよりも化学調味料をそのまま食べているような感じだ。

 

「どう、まずいでしょ? でも、一食35円って考えればそこそこだと思うんだ。どう?」

 

「…………はい、美味しいです」

 

 かぶりにとってこの微妙に美味しく無いカップ麺は今まで食べた何よりも、美味しく感じられた。今まで味わった事がない不思議な感覚が溢れ、自然と涙が出てきた。

 思えば、今まで誰かとご飯を食べた事がなかった。給食だってかぶりと机をくっつけるものはいなかったし、家では言うまでもない。

 

「…………薫お姉ちゃん。助けてくれて……。ありがとう…………」

 

 自然とそんな言葉がでてきた。それと共に涙が溢れる。温かな心とは裏腹に感情が制御出来ていないみたいだ。

 薫はそんなかぶりをみて、優しく頭を撫でた。その手がとても温かく、不思議とかぶりは今までにないくらいの安心感を覚えた。

 

 ◆

 

 その日の夜、かぶりはロフトで寝ていた。と言うよりも、ロフトをかぶりのプライベート空間として好きに使って良い事になった。

 

(今日は楽しかったなぁ)

 

 今日は他愛のない話をしているうちに終わってしまった。しかし、かぶりにとってそんな話が出来る相手なんて今までおらず、今までで1番楽しい時間と言っても過言ではない。なんたか、本当にここが自分の居場所のような気がした。

 

「薫お姉ちゃん……」

 

 ロフトから下を見下ろすと薫がお腹を出して寝ていた。そこから少し離れた所で布団が丸まっている。一体どういう寝相なのだろうか……。

 かぶりにロフトを渡したのはこう言う事情があるのだろう。2人で並んで寝たら大惨事だ。

 ロフトから壁をつたい(はしごではなく、"個性"で壁を歩いた方が早い)に下に降りる。起こすのは申し訳ないため、掛布団だけでもと彼女にそっとかけた。

 

(あまり眠くないなぁ)

 

 不思議と眠く無かった。前の家よりも安心感はあるが、それでも今日初めて来た場所だ。枕が変わると眠れないと言うが、彼女にもそれに当てはまるらしい。布団の中でうだうだやってても良いが、なんとなく外に出てみる事にした。

 玄関を開けると4月とは言え少し肌寒かった。しかし、その冷たさが心地いい。薫の部屋は一階であるし、周囲も背の高い建物に囲われているため眺めがいいわけではない。けれども、夜の静けさはかぶりは好きだった。

 

(今日は楽しかった。それに、こんな気持ちはじめてだ)

 

 物心ついた時から、愛情というモノに飢えていた。家には居場所がなく、そのせいなのか分からないが暗い性格になったせいで学校にも居場所が無い。そのため、誰かに助けられた経験が無かった。

 ある意味、叔父夫婦に助けられていたのだが、そこには想いは無かった。誰かに助けられる。愛情を与えられた。

 その経験は、かぶりにとって大きなきっかけとなった。

 

「私も、誰かを助けたい」

 

 今までヒーローに憧れていたのは自分に無いものを持っていたからだ。しかし、誰かに助けられた事により、()()()()()()()()()()という動機も追加された。

 漠然とした憧れは、確かな目標へと変わり()()()()()()

 

(でも、私は)

 

 あの時、動けなかった。しかし、ノートの生徒は助けるために飛び出した。

 思い出したその背中はあまりにも遠くて、自分自身の身の丈というものを見せつけられているようだ。

 

「ヒーローになんてなれないよ。なれっこない」

 

 そう呟くと、玄関が開いて薫が出てきて、かぶりの顔を見るとホッとしたようにため息をついた。彼女はたまたま目を覚ました時にかぶりがいない事に気がついて、慌てて探しに出てきたのだ。

 

(うそ、起こしちゃった?)

 

 対してかぶりはいきなり現れた薫に驚いてテンパっていた。かぶりは前の家の時もたびたび、夜に抜け出していた。その時は誰もかぶりのことなんて気にも止めていなかったため、気がついても無視をしていた。

そんなことを知らないかぶりは、まさか見つかるとは思っても見なかったのだ。

 

「こ、こんばんは……?」

 

 かぶりはなんて言えばいいのか分からず、とりあえず挨拶をした。その様子に薫はクスリと笑うと、かぶりの頭を撫でた。薫はなんだかかぶりのことを妹のように思えていた。昔に数回、今回も出会ってそんなに長くは無いが、なんだか危なっかしくて放って置けないのだ。

 

「はい、こんばんは。かぶりちゃんはヒーローになりたいの?」

 

 ふと、薫がそう言うと、かぶりの顔はまるで茹で蛸のように真っ赤に染まった。ヒーローになりたいなんて今まで誰にも言ったことがない(言う相手が居なかっただけだが)ことだ。

 

「き、聞いてたんですか?」

 

「うん、ごめんね。でも、聞こえちゃったから。どうして、ヒーローになれないって思うの?」

 

 薫も、かつてはヒーローに憧れていた。しかし、諦めて今に至っている。そのため、夢を追うことだけが()()()()()()し、挫折したからって()()()()()()()()()()()()()()と思っている。

 しかし、それでも、夢があるなら最後まで諦めないで欲しい、と言う思いもある。

 

「……そ、それは……」

 

 自分のことを話し慣れていないかぶりは、混乱していた。

 自分の夢がバレていた恥ずかしさ。そして、諦めたと言う現実、なりたいと言う想い。それ以外の思い、それらがぐるぐると、頭の中を巡る。目が回りそうだ。

 

「……無理に言わなくても良いよ。でもね、かぶりちゃんの歳でヒーローになる資格がある人なんていないよ。だから、ヒーロー科があって、ヒーローになるための勉強をするんだよ」

 

 薫の言葉は優しくかぶりを包み込むかのようだった。しかし、それでいて背中を押すかのようだ。

 その言葉を信じて良いのか、ヒーローを目指しても良いのか、かぶりの中で大きく揺れた。

 

「……でも、私は見捨てたんです。こないだのニュースにもなったヘドロ事件。私は動けなかった。でも、同い年の男の子は助けに入ったんだ。それなのに、ヒーローになるなんて言えないよ。私は見捨てたんだ」

 

 その言葉を聞いて薫は少し驚いた。ヘドロ事件は確かにニュースになったし近所であったため知っている。しかし、まさか巻き込まれていたとは知らなかったのだ。だが、それ以上に彼女の挫折の大きさは心に響いた。

 助けたいと思いつつそれを自分の意思で放棄する。それは、薫自身がかぶりに対して行ったことだ。だからこそ、言えることがある。

 

「…………。夢を追うことだけが全てではない。けど、一度助けられなくても、次、助けちゃいけないなんて事はない、と、私は思うよ」

 

 薫は以前、彼女を一度見捨てたことを言おうか悩んだが、結局言えなかった。単純に嫌われるのが怖かったからだ。それがとっても汚らしく感じ、薫は自分で自分が嫌いになった。しかし、それでも彼女の言葉に嘘はない。

 誰かを助けなかったからって、その次、助けられないとは限らない。その考えは薫の本音だ。

 

「なら、私はヒーローを目指して良いの?」

 

「目指したいなら目指せば良い。夢を追うことだけが人生ではないけど、無理に諦める必要もないと思うよ。目指すなら私は全力で応援するよ」

 

 かぶりにとって薫はヒーローのような存在だ。あの家から引っ張り出してくれた恩人である。

 そんな彼女が目指して良いと言ってくれたのだ。踏ん切りがつかないわけがない。

 

(私は!)

 

「……私はヒーローを目指します。ヒーロー科に行かせてください」

 

 自分の決心を口にすることが苦手なかぶりは必死に言葉を紡いだ。

 その言葉を受け取り薫は大きく頷いた。

 

「よし、分かった。だけど、目指すなら雄英だ。国立だから学費が安いからね。私立だと、まぁ、結構辛い。応援すると言ったが、申し訳ないが、ウチには高校へ行かせるお金は無い。奨学金を借りる事になる。つまるところ借金だ」

 

「……承知の上です。それでも、ヒーローになりたい」

 

 揺れていたかぶりの想いが定まった。

 




奨学金
平たく言えば学校へと通うための支援金。もっと簡単に言えば借金。
大きく分けて給付型と貸付型の2種類がある。
給付型は、返済の必要のない支援
貸付型は、返済の必要な支援である。利子がある場合も多い。

作者も奨学金には助けられたが、考えなしに使うと将来かなり困るのでよく考えて利用しましょう。


恥ずかしながら、中学生の頃は特待生と区別がついていなかった。
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