"個性"ゴキブリ 作:ゴッキー
再会
一軒家の広いリビングでかぶりは体育座りでテレビを観ていた。彼女は黒いスポブラと黒いスパッツ、白いラインが2本入っているスポーツ用の黒いショートパンツを身にまとっている。
現状、ヒーローコスチュームやサポートアイテムなんて手に入らないため1番動きやすい服は、スポーツウェアだったという理由だ。
テレビで放送しているのはニュース番組で、アナウンサーが淡々とニュースを読み上げている。先ほどまではイロモノ系な女子アナがグルメリポートをしていたが、かぶりはこのなんとも言えない空気の落差があまり好きでは無い。
『神野区の被害は甚大で…………。また、オールマイトの引退により……』
神野区の映像が映し出される。建物が崩れおち、未だに瓦礫の下にいるかもしれない誰かの救助をしている。すぐに映像は切り替わり、渋谷だか新宿だかでのオールマイト引退に関してのインタビュー映像となった。
「オールマイトの引退か……」
漠然とした不安がかぶりの中で生まれた。平和の象徴として、日本の平和を一身に背負っていた男が引退したのだ。立場関係なく、その影響は甚大だ。
(……オールマイトか……。)
ため息をついてソファーから降りる。テレビの音を聴きながら台所に移動した。ここの家主は中々にアレな人だったようで冷蔵庫の中には酒しか無かった。しかし、戸棚にはカップ麺が沢山あったため昼ごはんはある。
「
さっきまでかぶりが座っていたソファにふんぞり返りながら、ミルコが悪態をついた。その言葉にかぶりは本日2回目のため息を吐いた。
「まぁね。流石に
「いや、風呂を使えなくしたのお前だろ? 家は悪くない。それか、掃除しろ」
かぶりの言葉に冷蔵庫に寄りかかっているミルコが答えた。彼女の言葉にかぶりはイラッとしたようだが、言い返すことはしなかった。事実、この家の風呂が使えなくなったのは、シャワーを浴びている主人を襲ったからだ。
それから二日間、この家に住み着いてるがそろそろ異臭がしてきているため出ていかないと不味い。
「それ、薫お姉ちゃんが昔沢山買い占めてたやつだな。懐かしい!」
電子レンジの下にある戸棚を開けるとミルコに言った。このカップ麺はあまり美味しくないが、この家にある食料はもうこれしかない。しかし、家は広いのに食べ物はカップ麺だけとは、良い年した大人が情けない。
「良い年した大人が、小学生騙して強姦してたってこと忘れんなよ? だからなんだって話だが」
ポットに水を入れて電源を入れる。その時、ふと、かぶりは冷蔵庫の中の酒を思い出した。酒は成人してからだと順法精神に囚われていたが、今更だ。
冷蔵庫の中にはビールや、チューハイなどの様々な酒が入っているが、どれがどんな味なのかなんて判断がつかない。
「お酒か……。どれが良いんだろ? ミルコ、分かる?」
「はっ、私が知るわけないだろ?」
「そうだよね」
このミルコが酒の味なんて知るわけがない。そんな当たり前のことに落胆しているとリビングでつけっぱなしだったテレビから興味深い報道が流れた。
『東京都で新たに、
「おい、お前のことがニュースでやってるぞ」
ミルコは少し低い声で言う。その言葉通りニュースで言っている死体は2日ほど前にかぶりが殺したものだ。あの男は河原で女の人を犯していた。女性の首を絞め、手足を砕き、自分の欲望を吐き出していたのだ。そのため、とりあえず殺しておいた。
「けど、
「さぁね」
ミルコの言葉を聞きながらとりあえず、耳馴染みのあったビールを手に取った。
この2週間、かぶりは手当たり次第に
「だが、お前は何がしたいんだ?
その言葉にかぶりは少し間を置いて答えた。
「……少しは役立ててると思いたいよ。
「はっ、だったら、殺す必要はないんじゃねぇか? そもそも、現場を荒らしているだけだろ? お前はヒーローや警察の邪魔をしている。」
「…………黙れ。そんな事、お前に言われなくても分かってる。私は
「どーだかな。
「うるさい! 黙れ!」
ミルコの言葉にかぶりは叫んでしまった。ハッとして辺りを見渡すと、
当たり前のことだ。
「………なにやってんだろ。」
ため息を吐いた。なんとも言えない虚しさに包まれるが、今の彼女には出来ることがない。いつの間にか沸いていたお湯をカップ焼きそばに注ぎ、この家の主人が使っていたスマホでタイマーをセットした。
(けど、ロックしない人って結構いるんだなぁ。)
そんな事を思いつつ、男のスマホを弄る。とりあえず、ソシャゲのガチャを全部回してみた。やった事がないゲームでも高レアが出ると結構テンションが上がるものだ。
その時、ピーンポーンと、若干、気の抜けたインターホンの音が響いた。この家にいついてから度々なっていたが全て居留守を使って誤魔化していた。
しかし、今回ばかりは異なる。
(……警察)
ドアモニターに映っているのは警察官だった。ヒーローの活動ばかりが目立つが、地道な捜査は警察官の得意分野である。と言うよりも警察達がいるからヒーローが戦えるのだ。どちらが欠けても今の平和は成り立たない。そのことは学校の授業でも習っていたが
外にいる警察にバレないように逃げる準備をする。スポブラしか着ていなかった上に黒いジャージを纏う。さらに、絶妙にダサい大きめのウエストポーチを肩にかけ、マスクにもなるネックウォーマーをつけて鼻の上まで覆う。
(焼きそばは、諦めよう)
そっと裏口から外に出て、逃げ出した。
◆
「また、根無草か」
ビルの屋上に腰を下ろしてかぶりはコンビニで買ったおにぎりを頬張った。あの家にあった現金は10万円ほどで、切り詰めればそれなりに過ごすことは出来るだろう。やっていることは完全に強盗殺人なのだが、既にその感覚は麻痺してきている。
(それにしても……)
街を見下ろすと楽しげに歩いている家族や、夏休みのためかかぶりと同年代のグループが私服で歩いているのが見える。
平和な街だ。しかし、それと同時に薄寒く感じてしまった。
かぶりは何度も人を殺して感じたのは『こんなものか』という、お手軽感である。殺す相手が誰でも良いのならば難しい事はない。例えば、母親の手を繋いで楽しげに歩いている小学校低学年ほどの少年でも包丁か何かが有れば人を殺せるだろう。殺人に"個性"も年齢も技術もいらない。いるのは悪意だけなのだ。
この平和な街はそんな悪意を考えていない。だれかが悪意を振るえば壊れてしまうのに、誰も怯えていない。その平和が当たり前のように過ごしている。
「あぁ、脆いなぁ」
ヒーローが来るまでに自分なら何人殺せるのだろうか?そう考えてみると意外なほど沢山殺せてしまった。最悪、その後、ヒーローが来る前に移動してしまえば逃げ切れる。
(っ!)
と、そんな事を考えていると、爆発の様な振動を感知した。そして、次いで女性の引き裂く様な悲鳴だ。慌てて食べかけのオニギリを口の中に詰め込んでジャージの上を脱ぎ捨てる。
「また、ヒーローごっこか」
視界の端にミルコが映るが、無視をしてネックウォーマーを鼻の上まであげる。最後にウエストポーチを腰にしっかりと取り付ける。
「人を助けてもお前は
ミルコの言葉を無視してかぶりはビルから飛び降りた。羽を広げて滑空して現場近くのビルの壁に着地する。探知と目視を駆使して周囲を探ると、3メートルほどの身長の男が銀行のATMを担いで笑いながら道を走っている。走ってきた方を見ると出入り口が壊れた銀行があり、そこから持ち去ったのだと想像できた。
(最近、
ニヤリと笑みが溢れた。
オールマイトの事実上の引退。それは社会に大きな変革をもたらした。彼により抑圧されていた
とどのつまり、日本の治安はかなり悪化してしまったのである。元々、オールマイトの力により世界トップクラスの治安の良さを実現してきた日本だ。ヒーローも市民もその突然の悪化に対応できていない。これも、治安悪化に拍車をかけてしまっている。
「
走る
彼女の名前はレスリーナ、身体能力全般を強化することができるプロヒーローだ。
「パワー勝負!じゃ、負けないよ!」
レスリーナが男に向けてタックルを放つ。その瞬間、乾いた銃声と共に彼女は転がるように倒れた。見れば右足が撃ち抜かれている。彼女は自身の横を通り過ぎる男を睨みながら立ちあがろうとする。しかし、反対の足も銃声と共に撃ち抜かれ、倒れてしまう。
「ははっ!大抵のヒーローなんてチャカで十分なんだよ!」
男の笑い声が周囲に響く。声の元は路肩に停めてある軽トラの荷台だ。そこには小柄な男がおり拳銃でレスリーナを狙っていた。ATMを担いだ大男が荷台に乗り込むと、小柄な男は荷台を軽く叩いた。すると、車は薄らと光り勝手にエンジンがつき走り出した。
これがこの男の"個性"、自動運転である。
「クソッ! 負けねぇよ!」
レスリーナは撃ち抜かれた両脚の代わりに腕を使い逆立ちで車を追った。もはや、いくら"個性"とはいえ逆立ちで軽トラに追いつくと言うギャグのようなその光景に小柄な男は驚いた様子だった。しかし、すぐに拳銃を構えた。
狙うのは眉間。彼とて人を殺すのは嫌だ。両足を潰して追ってこなければそれでいいと思っていた。だが、それ以上は別だ。
「死ね」
口ではそういうが、男は一瞬、引き金に指をかけるのを戸惑った。
しかし、その一瞬の躊躇い、葛藤なんて意味のないことだ。
視界の隅が赤く染まる。
何が起きたのかと、その方を見ると、彼の相棒である大男が首から血を流して倒れていた。そして、その傍らには1人の少女が立っていた。
「は? 何が……。」
その光景を理解出来なかった。
この日本において殺人が起きる事はかなり稀である。ニュースでもたまに誰かが殺されたというのも目にするが、そんなものは対岸の火事だ。それは
よっぽどのことがない限りヒーローは
「———逃げろ! 殺されるぞ!」
逆立ちで駆けるレスリーナが叫んだ。その声は現れた少女ではなく、
「ははは! 拳銃か!良いね!私も欲しい!」
少女は楽しそうに笑っていた。右手に持った血だらけの三徳包丁を逆手に構える。さらに左手でウエストポーチから出刃包丁を取り出して順手で構えた。
「さぁ、死んで!」
楽しそうに叫ぶと少女、かぶりは一気に駆け出した。小柄な男は慌て弾丸を放つが当たらない。かぶりは引き金を引く指の振動を探知して撃つよりも早く回避しているのである。
「ははははははは」
男の眼前に迫り出刃包丁を振るう。その時、かぶりの視界の端にミルコが現れる。笑い声や周りの喧騒でその声はかき消されそうなものだが、しかし、彼女が小さく呟く声はハッキリと聴こえた。
「楽しそうだな。」
「———-っ」
その言葉にかぶりは顔を顰めた。しかし、彼女の振るう包丁はブレない。真っ直ぐに男の喉を突きさした。包丁を介してとても気色の悪くて愉快な感覚が伝わってくる。
「ははっ」
既にミルコの言葉で濁った表情はない。ひと時の愉悦に身を任せ、包丁をさらに深く突き刺し、引き抜いた。それにより噴水のような血液と共に小柄な男は倒れた。
直後、車は制御を失い、ガードレールに車体を擦った。男の"個性"により制御されていたため、既にこの車を操る者はない。いつ大事故に繋がってもおかしくない状態だ。
「………さて、ブレーキって右だっけ?」
かぶりがそう呟くと、車は何かにぶつかったかのように急停止した。その衝撃でかぶりは転んでしまうが、元から四つ足での行動も得意としているため問題ない。
何事かと前を見ると、レスリーナが車にタックルを放ち止めたのだ。彼女の両足の怪我は既に完治とまではいかないが治っている。彼女の"個性"は身体能力の強化、治癒力を強化すればこれくらいの事はできる。
「………、ゔぃ、
レスリーナは息絶え絶えにそう言った。彼女は"個性"を使うと単純に疲れるのである。逆立ちで車を追いかけて、走る車を止め、本来ならもっと時間をかけて治す怪我を無理矢理治した。今の彼女はいつ倒れてもおかしくないほど、疲憊している。
「……プロヒーロー、レスリーナ。そんな状態でも諦めないなんて、ちゃんとヒーローだ。尊敬するよ。」
かぶりがそう言った瞬間、レスリーナはタックルを放った。しかし、今の彼女のパワーもスピードもかなり遅い。これならばA組の砂藤力道の方が強いだろうな、と、漠然とかぶりは思った。
彼女はレスリーナの攻撃を楽々かわし、小柄な男が持っていた銃を拾う。
「じゃあ、また、」
そう言って街の中に姿を消した。
◆
数日後、かぶりは高級マンションにいた。
人を騙した挙句に使い捨てて金儲けをしていた男の家だ。マンションの最上階全てが男が借りている部屋だというのだからその財力は驚異的だ。
そんな部屋のリビングで傷だらけの男は地面に倒れていた。両足と左腕はあり得ない方向に2、3回ねじ曲がっており、唯一残った右腕は床に置かれたパソコンを操作している。
かぶりはその前に座り込んでおり、パソコンの画面を注視して怪しげな行動をしていないか監視している。
「……。これが、証拠だ。………マスコミ各社に、メールした。」
男は媚びた目でかぶりを見上げた。目が合うとかぶりはゾクリと不思議な快感が走った。今まで誰かを食い物にして、陥れていた存在が自分の手のひらの上にいる。その事実がたまらなく快感で、気持ちよかった。
「そう、ありがとう。」
かぶりは頬を染めながらそう言うと男は少し期待したかのような表情をした。これで助かる、と、淡い期待が胸いっぱいに広がった。
しかし、現実はそんなに甘くない。かぶりはウエストポーチから以前くすねた拳銃を取り出した。その行動で男はこの後どうなるのか悟り、かぶりに縋り付くように叫んだ、
「…………。や、辞めてくれ! 悪い事は、もうしない!だから! 助けてくれ!匿ってやるから!そうだ!サポートアイテム!ヒーローが使ってるようなのも用意する!だから!命だけは!命だけは助けてくれ!」
涙を浮かべながら男は叫んだ。死にたくない、と、命乞いをしている。その様子を見て、全身を快感が駆け巡った。
この男は適当な
今回、この男の
そんな事をした男が、今、情けなく涙を流し、命乞いをしている。その光景を見るのがたまらなく心地よく、楽しくて、倒錯的な快感なのだ。
「ねぇ?私って昔からラブコメってイマイチ分からなかったんだ。壁ドンとかされても怖いだけじゃん? でもさ、キュンキュンするってこういう事なのかな?」
「あ、ああ、きっとそうだよ! だから、な、一緒に居てやるから、それを置こう、な?」
恋する乙女のような表情で聞くかぶりに男は必死に頷いた。しかし、そんな言葉は彼女の耳には入らない。いや、今の彼女には言葉なんて意味をなさない。すでに、理論も理性も存在しないのだ。
そこにあるのは純粋な悪意だけだ。
「はは、ありがとう!」
銃口を額に押しつけて躊躇いもなく引き金を引いた。その後、死体を数秒間楽しげに見ていたが、飽きたのか暗い顔になった。
「人を殺して、貶めて、楽しいか?」
ミルコがかぶりの横に立っていた。その目は感情を感じさせない冷たい目をしている。その様子にかぶりはため息をついた。
「———-っさいなぁ。」
「うるさい? 笑わせる。それより、日に日に過激になってるよ。そろそろ
そう言うミルコを無視してかぶりはソファーにふんぞりかえりテレビをつけた。適当に回した局ではニュース番組がやっていた。特にやることも無いのでニュースをBGM代わりに男のパソコンでネットサーフィンをすることにした。
かぶりにとって世間の情勢を知る機会はかなり限られている。自分用のスマホなんて持っていない。毎朝コンビニで新聞を買えば良いのだが、なんとなく読むのが面倒なのでやりたくない。そのため、最近では上手く
(え、なにこれ)
ネットニュースを見ていると、とある記事を見つけた。その内容は彼女にとって衝撃的なものだった。
『雄英高校1年A組 沖かぶり死亡』
そんな見出しの記事だ。慌ててこの記事の信憑性を確認したが情報元は、しっかりとした外郭団体である。訳がわからないまま記事を見ると、なんでもヒーロー公安委員会が『
(どういうこと?)
訳がわからない。かぶりが
(何?陰謀?)
公安の勘違いなのだろうか? しかし、仮にも政府の機関がそんな死体の取り違えなんてミスをするとは思えない。だとすると、何か、陰謀めいた、敢えて間違ったことを発表した可能性が高い。
『続いてのニュースです。先程、ヒーロー公安委員会が……。』
タイムリーな事にテレビのニュースでもかぶりのことが放送され始めた。コメンテイター達は雄英の体制や、ヒーローの実力の欠如などを指摘していた。しかし、一方ではオールマイトを引退に追い込んだ
その他にも、テレビでもネットでも様々な人がいろんな意見を述べている。しかし、どれもが彼女にとって訳がわからないことだった。
なぜなら今、彼女は生きているのだ。死んでる前提の話をされても困る。ただ、理解が出来ない。
『告別式は本日、執り行われ……。』
アナウンサーがそう告げたのがかぶりの耳に入った。しかし、有名人ならまだしも、一般人の葬式の日取りを伝える事は滅多にない。この、本来あり得ない報道がされていることにかぶりは気がつかなかった。
ただ、困惑と混乱、そして、焦りだけが彼女の心を支配し、今すぐ葬式に行くことを決めた。
「……行くのか?」
慌てて出かける準備をするかぶりにミルコはそう言った。
「行かなきゃ。私が死んだ事になってるなんておかしいよ。」
「たしかにな。で、行ってどうする? 自分の葬式に来てくれた友人達に会うのか?」
その言葉にかぶりは首を横に振った。実際に行ってどうするかなんて分からない。というよりも、薫やA組のみんなに今更どんな顔して会えば良いのだろう。
「分からない。それでも……。」
何がどうなっているのか気になる。そして、何よりも、もう一度みんなに会いたかった。たとえ遠目に見るだけになるだろうけど、それでも、友人達が来るかもしれないのなら、行ってみたい。 今起きているおかしな事態と同じくらい、もう会えない人たちへの想いも込み上げてきていた。
だから、行く事にした。会場はSNSを駆使すれば
(………もう一度、みんなに……。みんな?)
もしかしたら、あの人にもう一度会えるかもしれない。そんな淡い希望が彼女の脳裏によぎった。
「もしかしたら!」
玄関に向かっていたかぶりは慌てて台所へと戻る。棚などを開けて漁ると、目的の物はすぐに見つかった。それも、想像以上の逸品だ。
「ご、ごご、ゴールドティップス!インペリアル!ま、まさか!お目にかかる日が来るとは!」
実物を見たこともない伝説の紅茶を見つけ封を開けた。茶葉の香りが慌てていた精神を沈めて幼い日々を思い出した。
まだ
(あの時は楽しかったなぁ。)
思い出しながら紅茶を淹れる準備を始める。
義姉の"個性"に紅茶が必要不可欠だった。そのため、かぶりは
いい紅茶を使ったからか、かぶりの腕前でもかなり良い香りがしている。一口飲んでみると、不思議と涙が溢れてきた。
本当の家族との記憶を思い出した。大好きだった両親との生活はとても暖かで、大切なものだ。しかし、今までの人生の半分以上は叔父夫婦との生活に占められている。彼女達は本当の家族ではない。しかし、それでも、生活を共にした人たちだ。
中でも義姉はあの家の中でも唯一、対等に接してくれた
(でも、カデンの方が好きだな)
かぶりの淹れ方の問題なのか、単純に彼女の味覚が子どもなだけなのかは分からないが、幸にして義姉の"個性"はブランドにより差異は大きいが出来栄えや味による差異は少ない。そう思うことにして、棚から探し出した保温の水筒に入れて家を出た。
(才ねぇの知恵を借りれば何か分かるかもしれない。)
薫や友人達とは違い、どうしてか義姉には会おうと思えた。その理由はかぶりにも分からない。しかし、あの姉ならば生きているのに死んだ事にされた理由を考え出してくれると信じられた。
◆
葬儀会場はかぶりにとっては地獄だった。
見たこともない親戚だと思われる人達。顔面蒼白でまるで感情のない人形のように動いている薫や、泣いている三奈や響香、そして、
(……みんな……)
天井裏でその光景を見ているかぶりは、今すぐ飛び出したい気持ちでいっぱいになった。今までやったことを白状して、楽になりたかった。
「今更、そんなこと許されるわけないだろ?」
ふと、横からミルコの声が聞こえた。天井裏は暗くほとんど何も見えないし、ミルコが入れるスペースは無い。しかし、怪しげに笑っているミルコの表情だけは見てとれた。
「それに、今、アイツらに会ったら殺したくなっちまうよ?」
「…………っ」
「顔見せ出来ないなんて言い訳しても、お前が恐れているのはソレだ。お前は既に壊れてる。
「………。そんなことあるわけない。」
「いや、あるさ。
ミルコが指差す方向を見る。そこにはかぶりの義理の姉、印照才子がいた。
(才ねぇ……。)
懐かしさと言い知れぬ不安感が押し寄せてきた。そして、今すぐに会いたいと、もし叶うなら、かつての時のように過ごしたいという思いが溢れかえってしまう。あの幼い日々は、かぶりにとっては輝かしい幸せな毎日だった。もう、戻れる事はなくても、姉と触れ合いたい。もう一度笑い合いたかった。
あの家では半ば見捨てられたと言えるかもしれない。しかし、それでも、会いたいと思ってしまう。
けれど、今はダメだ。彼女が1人になるタイミングでなければならない。
(式が終わってからだ)
そう考え、かぶりは自分の葬式を静かに見物する事にした。
葬儀は順調に進み、かぶりの遺体が出棺された。薫は火葬場に行ったようだが、才子はそのまま帰るようだった。
「チャンスだな、殺せ」
ミルコの言葉を無視して1人になった姉を追う。そして、空気の振動を探知して人目が無くなった瞬間、彼女の後ろに降り立った。
「才ねぇ……。」
姉はすぐに後ろに誰かが現れたことを察知し振り返った。目が合い、2人に微妙な空気が流れる。
「えっと、どうしよう……。」
なんて話せば良いか、分からない。無言の時間が続く。その時間に才子はなんだか微妙な表情をしている。しかし、かぶりとは距離を置いており、いつでも動けるようにしている。
「……はっ!…
その言葉にかぶりはなんだか、悲しくなってしまった。確かにネックウォーマーで顔の半分を隠している。それでも、気が付いてくれないのは悲しいことだ。
「……。久しぶりだね、才ねぇ。」
かぶりは姉に会ったら何を話すか色々考えていた。どういう会話をして、なんの話をするか、色々気が重かったが考えていた。けれど、いざ、向き合ってみると全てが吹き飛んでしまった。
「……私だよ。」
悪意が研ぎ澄まされていた心に久方ぶりに別の感情が溢れ返った。涙が込み上げる。知らない感情がぐるぐるとかぶりを包んだ。感情がぐちゃぐちゃになるが、不思議と不快ではなかった。
「…………え? かぶり? どうして………。」
そこで才子はようやくかぶりだと思い至った。先程遺体は出棺され、目の前にいるなんてあり得ない。
しかし、その顔、その声、泣き顔、間違いない。
幼い頃から一緒にいたのだ。確かに見捨てた。けれど、忘れたことなんて一度もない。だから確信を持てた。
「だって、死んだって……。死体だって」
震える手を伸ばし、かぶりの頬に触れた。記憶よりもやや硬いが、間違いなく本物だ。かぶりはその姉の手に自分の手を重ねた。
「…………才ねぇ、助けて。」
その言葉は自然と出てきた。