"個性"ゴキブリ 作:ゴッキー
シロナがクソ強かったから
印照才子にとって、かぶりは大切な妹であり、大親友だった。いつも一緒にいたし、そのつもりだった。離れるなんて考えたことすら無かった。しかし、見捨ててしまった。正確には逃げた。
狂っていく母と、傷ついていく妹。その二つに押しつぶされて、その両方から逃げ出した。
立場が悪かっただけだと、自分は悪くない。と、必死に自分に言い聞かせてきた。しかし、夏休みのある日、妹は死んでしまった。
通夜には参加できなかった。アレは家族や本当に親しい人だけが参加するもので、見捨てた自分が参加していいものではない。たから、参加したのは翌日の葬儀だけだった。
印照家で葬儀に参加したのは才子だけだ。母親は興味なさそうで、父は何を考えているのか分からない。そんな状態が彼女にとって気持ち悪かった。仮にも身内が1人死んだのだ。それなのに、まるで何もなかったように回っている。それが気持ち悪くて仕方がなかった。
(なんで、私は……)
聖愛学院の制服は葬儀という場には似合わないが、学生にとって冠婚葬祭は制服で行くものだ。しかし、制服のデザインとは別の問題で才子は居づらかった。
目に入るのは妹が生きた証達だ。
かぶりの友人たちであろう雄英の制服を着た人達、
かぶりの今の保護者、
そして、保護者に頭を下げている男性、
彼ら、彼女らは心からかぶりの死を悼んでいる。しかし、その権利が自分にあるのだろうか? そんな想いがずっと彼女を包んでいた。いまさら、どんな顔で妹を弔ったら良いか分からない。
(……3回……。)
なんとなく見ることができなかったかぶりの顔を、焼香の時にようやく見ることが出来た。穏やかな死に顔だ。彼女の知っているかぶりは、もっと小さかった。身長もそうだしその体躯はとてもヒーローを目指すように見えないほど細く、幼かった。
けれども、棺桶から覗く範囲だけだが、今のかぶりは死化粧もあいまり大人びていた。かぶりが成長すればこうなるんだろうなぁ、と、なんとなく納得させる顔つきだ。
しかし、間違いなくかぶりだとは断言できなかった。その事実が、見捨ててからの月日を感じさせた。
「………かぶり」
謝る資格なんてない。きっと、彼女は自分のことを恨んでいるだろうと才子は思った。
手を合わせてその場に立つ。お経を読むお坊さんの横を通り過ぎ、参列者に頭を下げた。そして、学生服を着た少年少女や、礼服、喪服を着た大人達などの横を通り過ぎてもといた場所に戻る。
(………あれ?)
違和感を感じた。
何か見逃してはいけないものを見た気がする。雄英ではない学生?いや、別段、学外の友人なんて居てもおかしくない。初めて見る大人達?いや、薫と話していたし親戚連中だろう。もしくは雄英の教員か何かだ。
ではなんだ? 何がおかしいんだ?と、ヒーロー科での授業の癖で思考を回した。
(……何やってんのかしらね)
今は授業ではないし、弔う資格がたとえ無くても妹の葬儀だ。そんな下らないことを考えている時ではない。そう考え、自傷気味に小さく笑い思考を切った。
葬式はなんの問題もなく進み、自然と終わった。顔面蒼白で機械的に仕事をしている妹の今の保護者の手伝いをしたいと思ったが、なんて話しかければ分からず、逃げるように葬儀場を後にした。
(卑怯者だ)
ヒーローとして、いや、聖愛学院のリーダーである
(……かぶり)
自然と涙が出てきた。
もし、母親から逃げずに、妹の手を取っていればまた別の展開になっていたかもしれない。2人で聖愛学院に入って、姉妹として、親友として青春を謳歌できたかもしれない。
そんな淡い
「才ねぇ……。」
帰り道、ふと、背後から声が聞こえた。一瞬、その声の主が妹だと錯覚してしまったが、そんなことはあり得ない。
黒色のスポーツウェアを見に纏い、ネックウォーマーによって顔の半分は隠されているため、顔つきは分からないがおそらく同年代だろう。
「えっと、どうしよう」
もじもじとしている少女に対して、才子は授業で習ったように距離を置いて、反撃も逃走も出来るように身構えた。そして、思考を回した。
彼女のIQは
「……はっ!…
そこで、ようやく葬儀場で感じた違和感の正体に気がついた。
人が多かったのだ。正確には才子が知らない大人が多すぎたのだ。
親類に関しては年末年始や冠婚葬祭、母が限界に達した時に起きた親戚での会議で何度か会った事があり、彼女は顔と名前は基本的に一致させている。確かに才子が把握できている親類のほとんどが、かぶりから見て
雄英の教員だってあんなに沢山参列するはずがない。来ても代表で2、3人だけだろう。ぞろぞろ来ても迷惑だ。
(そして、私の前に現れた
(なら、大丈夫。すぐにヒーローが来る。ざっと紛れていたのは10人弱。けど、どうする?通報は無理、気が付いてくれるまで時間稼ぎ?)
そう考えていた時、
「……。久しぶりだね、才ねぇ。……私だよ。」
その顔、その言葉に才子は今までの思考が全て吹き飛んだ。
顔つきも、体格も、すべて才子の知る彼女ではない。棺桶の彼女とも異なる。しかし、その全てが彼女がかぶりだと示しているようだった。遺体はあそこにあった。ヒーローが、警察が検屍して、薫が断定した。才子だって、棺桶から顔を見たとき、かぶりだと思ったのだ。
なのに、目の前にかぶりがいた。
顔つきも全く違う。
しかし、間違いなく彼女だ。
「だって、死んだって……。死体だって」
理解ができなかった。意味が分からなかった。だが間違いなく目の前の少女はかぶりだと才子は感じていた。ふらふらと無意識のうちに才子はかぶりの頬に手を伸ばしてしまった。
(やっぱり、かぶりだ。)
頬に触れ、かぶりの手が重なる。その質感も大きさも違うが、全く変わらないように感じられた。
「…………才ねぇ、助けて。」
今にも泣きそうな声でかぶりは言う。かつて見捨てた妹が助けを求めて手を伸ばしてきた。頼ってくれた。まだ何も分からないし、飲み込めていない。
けれど、答えだけは決まっていた。
「………ええ。もちろん。」
もう見捨てたくない。手を離したくない。その想いからかぶりを力強く抱きしめた。何もかもかつてとは異なる。けど、不思議と仲が良かった頃と何も変わらない。
このまま、見捨てたことを謝り、どこか喫茶店にでも入って懺悔し、他愛の無い話に花を咲かせたい。そんな想いが湧き上がってきた。しかし、そんな場合では無いことは分かっている。
「ヒーローに追われてるの?」
「………うん」
やっぱりか、そう思った。ヒーローを目指すのなら、騙してでも出頭させるのが良いのだろう。いや、人としても、姉としても警察に引き渡して法の裁きを受けさせるのが正しいはずだ。
けれども、才子にはそんなこと出来なかった。もう一度妹を見捨てるみたいで、裏切る行為のような気がしてならなかった。
(でも、それなら、落ちるところまで一緒に行くから。だから)
「……早く移動しよう。この葬式、かぶりを嵌めるための罠よ。」
そう言い終える前に、2人は大勢の人影に囲まれていた。その人影全員は同じ武装をしており、手に持つ盾やジャケットには『police』の文字が書かれている。警察の特殊部隊である。
「……うそ、なんで……」
突然現れた彼らにかぶりは驚いた様子だった。それもそのはずで、探知に引っ掛からなかったからだ。まるで、突然その場に現れたようだ。しかし、それもそのはずだ。ヒーロー、いや、公安委員会は
◆
「……作戦、成功です。」
ホークスはビルの屋上からかぶりたちを見下ろしながら言った。その表情は現在の作戦に対して不満があることを隠していない。しかし、通常よりも半分以下の大きさとなった両翼を見ればきちんと仕事をしている事が伺える。
「流石ね、ホークス。彼女の探知、と言うよりも逃げ足をここまで………」
ホークスの隣に立つ女性は頷いた。彼女はヒーロー公安委員会のトップを務める女性である。彼女主導の元、かぶりを追い詰める策は幾つも練っていた。しかし、そのどれもが探知能力と逃げ足から
「たまたまですよ。彼女の探知は"剛翼"のものとよく似ているんです。たとえば、振動の探知は視線や聴覚とは違って、感じただけでは意味をなさない。その振動が何を意味しているのか推測して探知しているんです。詳しくは知りませんが、共感覚?って言うんですかね?俺も、多分彼女もある程度、無意識下で行っていますが、精神が乱れると上手く行えなくなる。さらに、初めからそこにあったモノへの探知は苦手なんです。あらかじめ街中に潜伏させておけば、
公安は
とはいえ、ホークスもここまで効果的とは考えていなかった。想定では陣が完成する前には気がつかれて、足りない分はホークスが羽で埋める予定だった。しかし、現実では完全に包囲でき、なおかつかなり接近しないと気がつくことは無かった。
(それだけ、彼女にとって……)
「ホークス準備は良い?」
感情を感じさせない女性の声にホークスは言葉を詰まらせた。彼もこの作戦の意義について理解している。
この"個性"社会はヒーローへの信頼で成り立っている。ヒーローという正義の存在を軸として、人の型から超越した人々の秩序が保たれているのである。
しかし、オールマイトの引退による穴は大きすぎる。現状、埋める目処は立っていない。それは自然とヒーローへの不満に繋がってしまうのは間違いない。そこにきて、
さらに、
だから、公安はリスクを負ってでも沖かぶりが
「ええ、問題ないです。」
その言葉とともにホークスは翼からさらに無数の羽を飛ばした。
"個性"を使いつつ彼は心が痛んで仕方がなかった。
それどころか、公安は更生させるどころか、その歪みを利用しようとしているのである。
「作戦開始」
女性は無線機を使い短く指示を飛ばした。その言葉とともに、かぶりを囲っていた特殊部隊が一斉に銃を構え、引き金を引いた。弾丸は的確にかぶりの急所を狙って放たれた。
(っ!)
かぶりは反射的にビルの壁へと飛び移る。振動を感知して才子の安全を確認した。才子の周りは、まるで台風の目のようになっていた。銃にも狙われないどころか警官達も避けるだけで何もしないし、近寄らない。それにより、かぶりは警官は自分だけを狙っていると判断し、駆けた。
しかし、ビルの屋上には既に狙撃手が数名おり一斉に弾丸を放った。同時に放たれた弾丸はまるで壁のようで、たまらず地面へと戻る。
「才ねぇ……。」
かぶりはここにきてようやく才子を巻き込んでしまったことに気がついた。会おうと思わなければ、自分の葬式なんて放っておけばこんな状態にならなかった。幸にして警察達は才子について無視している。しかし、それでも巻き込んでしまったことには違いない。
(私のせいだ。私が……)
姉に会う。少し前までは浮かれるほど素晴らしい決断なような気がしていた。彼女に会えば全てがうまく行く、そんな根拠の無い確信に支配されていた。しかし、蓋を開けてみれば、どうしようもなく間抜けな選択であったのだ。
もう
(……早く、早く、才ねぇだけでも!)
かぶりは、めちゃくちゃとなった精神で周囲を見渡す。いつもならば、集中して周囲広範囲の状況を探知するのだが、少しでも早く才子の安全を確保する、という思考に囚われてしまい頭から抜け落ちていた。
——-少しでも早く、アイツらから離れないと、
——何をしても才子を安全な場所に送り届けないと、
(どうすれば……。)
「簡単だよ。2、3人殺れば、楽になるだろ?」
連射される銃弾をかわしつつミルコがそう言った。確かに、警官達の銃弾は高い連携の上に成り立っている。それ故に、人数が減れば、連携の穴が生まれれば対処は容易になる。別段、気絶させれば殺す必要なんてないが、相手の生死を気にしている余裕なんてない。
(けど、彼らは……)
(……才ねぇ)
「ああ、そうか!殺すところを見られたくないか!なら、アイツから殺そう!才ねぇを殺したかったんだろ?」
ミルコのその言葉にかぶりはハッとしてしまった。確かに才子が居なくなればこんなに悩む必要がなくなる。この場の全員を殺して仕舞えば何もかも丸く収まるのだ。
——それに、それはとても楽しそうだ。
自然とウエストポーチの中の包丁へと手が伸びる。
その時、
「かぶり!紅茶はある?!」
才子の叫び声が響いた。その声により、かぶりの思考は一瞬止まった。それにより反応が遅れて、太ももに銃弾が掠める。痛みが走るが、思考がスッキリとした。
(そうだ、私は!
「………そうかよ。」
包丁ではなく、紅茶が入った水筒を手に取って才子に向けて投げた。才子はそれを受け取り蓋を開けつつ、必死に状況を整理していた。
(おそらく、かぶりは
これだけの騒ぎが起きているのに野次馬の1人もなく、耳をすませば悲鳴のような声が聞こえるが住民の姿はない。既に避難させてる、今しているのか?この超常社会、住民の避難を一瞬で可能にしてしまう"個性"の持ち主くらいはいるだろう。
(薫さんもグル? 違う。雄英は?分からない、どこまでが
何がどうなっているのか、判断材料が少なすぎて分からない。けれど、ひとつだけ確かな事がある。
(私はもう!見捨てられない!)
「これが
警察組織への攻撃。かぶりと同じ
(こ、これはっ!)
いや、それどころでは無かった。IQが引き上げられる倍率は紅茶の種類により変動する。倍増、つまり2倍になるのは一般的な紅茶、というよりも"個性"届を提出する際にIQを測定した病院が用意した紅茶によるものだ。そのため、彼女が普段使っている1キロ1000円ほどのインスタントの紅茶("個性"を使う度に買い足すためかなり安いものを使っている。お嬢様学校に行ってるわりに印照家の財政は厳しいのだ。)では(正確には分からないが) 1.1倍未満、誤差程度でしか上がらなかったりする。
そして、かぶりが今回用意した、ゴールドティップスインペリアルによる倍率は2倍や10倍ではおさまらない、今までにないほど、彼女のIQを引き上げた。
(公安、報道、違和感、
まず、彼女が知っている事柄の全てを整理した。知っている事柄が頭の中を飛び交い、因果関係があるものを繋げていく。次にその繋がりに仮説を含めていく。
(かぶりが、
仮説を重ねる。知らない情報を推察し、"もしも"を脳内でシミュレートを繰り返し今の状況に合致する仮説を導き出す。
その間、0.01秒。
(けれど、そんなの……。)
そして、導き出した答えは考えたくないものだった。社会の闇と言うべきものだ。しかし、その考察が最も今の状況に合致していた。考えたく無い。今まで享受してきた平和の裏にあった現実だ。
「かぶり!これは! え?」
気がついたこと、推理から状況の突破方法を伝えようとした瞬間、才子の身体は宙を舞っていた。制服の両肩の部分が何かに引っ張られているようだ。
(この"個性"、そういうこと!だから、この場は安全なんだ! 避難も私たちの死角でやっていたんだ!)
「才ねぇ!」
かぶりは才子を取り戻そうと手を伸ばすが、間に合わない。というよりも、
全力で走り手を伸ばす。何故か銃撃が止んでいる。しかし、その事にかぶりは気がつかない。それほど必死に地面を這う。
「かぶり!これは試験!だから!私は大丈夫!」
空中へと引っ張られつつ才子は精一杯に叫んだ。伝えられる事は少ない。しかし、少しでも力になれればと考えたのだ。伸ばした手が離れ、かぶりは地面に取り残され、才子は空中に近くのビルの屋上へと連れ去られてしまった。
「返せ! お姉ちゃんを返せ!」
その叫びと同時にかぶりに向けて銃撃が再開された。それを回避しつつかぶりは地面を這った。
(私のせいだ!私が!)
———だったら、コイツらを殺してでも彼女の元へと行くべきだ。巻き込んだのは自分だ。ならば、この手が汚れようと駆けつけるべきなんだ。
「そして、才ねぇを手に入れる。もう
——-けど、ここにいるのは警察官だ。きっと、彼女を連れ去ったのはどこかのヒーローだろう。だったら、もう安全だ。ここまで追い詰められたのだから潮時だ。捕まって裁きを受けるのが筋だ。そうすれば、きっと、もう誰も殺さずに済む。
「それで良いのか? もう2度とお前の欲望を吐き出せなくなるぞ?偽り続けるのか?」
思考が多極化する。焦りだけが募るばかりで何も出来ない。何も選べない。攻撃も出来ないし、諦めもできない。
「は!何やってるんだ!殺せば良いだろ?皆殺しだ!」
ミルコは怒っている。笑っている。泣いている。ミルコの表情は数秒毎に変わり、言っていることも支離滅裂だ。
(早くしないと!)
才子の元へと急ぎたいが、銃弾を避けながらのためかなり遅い。目算だがビルまでおおよそ15分はかかり、そこからさらに屋上へと上がらなくてはならない。
焦りが募る。恐怖が膨れ上がる。自分のせいで酷いことをされていないか不安と後悔が溢れかえる。
(どうする?)
———
———彼らは悪いことをしてない
———才ねぇ
(どうする?)
脳裏で騒ぐミルコは支離滅裂な言葉を発しているが、全てかぶりの本音だ。しかし、矛盾ばかりだ。殺したいのか、殺したく無いのか、自分がどうしたいのかすら分からなくなっていく。
だが、人は追い詰められた時、その本質が現れる。
向けられる銃口を探知する。移動速度を落として回避を優先すれば問題ない。だが、それではいつまで経っても辿り着かない。
だから、止まらなかった。
「——っ!」
右肩を銃弾が貫通する。血飛沫が舞い、焼けるような痛みがかぶりを襲う。しかし、それでも止まらない。近くの警官の顔を踏み台にして建物の壁に着地する。絶え間なく無数の弾丸が迫るが、速度を落とさず駆けぬける。
回避は最低限。移動するのに不都合な場合や致命傷だけは避けるが、それ以外は無視する。
「———-っ!」
全身を弾丸が貫き、痛みで気を失いそうになる。
もう、逃げたい。皆殺しにしたくてたまらない。しかし、そんなことをしている場合ではない。
(今は才ねぇの安全を確保する。それだけだ。)
今はどんなことよりも、一刻も早く巻き込んでしまった義姉を助けに行きたかった。相手が本当に警察官ならばそれで良い。才子は安全だ。しかし、警察官の格好をした
(もう、家族がいなくなるのは嫌だ!)
10年前の事件を思い出す。
両親は死んだ。それなのに、自分は何も出来なかった。あの時の絶望、恐怖。そして、不安と悲しさ。もうあんな思いはしたくなかった。
腰のバックルを外し、ウェストポーチを地面へと落とした。ガチャリとそれなりに大きな音を立てたポーチを置き去りにして加速する。
——前へ
————前へ
——————-前へ
殺している暇はない。避けている暇など無い。致命傷以外の銃撃を無視してかぶりは這う。もう少しだ。ビルはもう目と鼻の先だ。
しかし、どうしようも無い、回避不能、無視も出来ない必殺の攻撃は存在する。
(羽?)
無数の小さな刃が空気を割くように飛び交う。その一つ一つが素早く、そして、バラバラに動いている。
「—————っ!」
眼前に羽が現れる。ギリギリで回避する。が、次々と無数の羽がかぶりを襲う。縦横無尽に飛び交うそれはまるで花吹雪だ。
しかし、それでもかぶりは止まらない。止まりたくはない。
だが、
「…………ホークス。」
かぶりは足を止めてしまった。羽が彼女を囲うようにドーム状に配置されてしまう。これでは身動き一つ取れない。負けが確定した瞬間であるが、不思議とかぶりに恐怖は無かった。
「才ねぇは、印照才子は無事ですか?」
かぶりは
「……彼女は無事だよ。」
それだけ聞くとかぶりは意識を失った。
◆
数日後、とあるビルの応接室。
異様に座り心地の良いソファに腰を下ろしている才子は、机を挟んで向かい側に座るヒーロー公安委員会の会長を睨んでいた。
「…………恨みますよ。選択の余地なんてないじゃない」
才子のその言葉に会長は小さく頷いて答えた。
「ええ、恨んでくれて構わないわ。それだけのことをしているのだから」
感情を感じさせない表情。この女性は全てを受け入れていた。平和を維持するための犠牲。薄氷の上の秩序。そして、綺麗なものだけを見せる
「あとは、彼女次第、次第。
才子はそんな彼女に怒りを覚え、殴りかかりそうになってしまったが必死に堪えた。彼女自身、我慢出来た理性の強さに内心かなり驚いていたが、表情には出さなかった。
「…………失礼します。」
そう答え、才子は足早にビルから立ち去り、タルタロスへと向かうのだった。