"個性"ゴキブリ    作:ゴッキー

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もし出久が間に合っていたら? 2

 これはあり得たかもしれない未来。そして、もう決して手に入らない可能性。ほんの少しの偶然により生まれた奇跡の時間だ。

 雄英高校では生徒達の安全を考え寮制となることが決定した。それによる説明などをするため、家庭訪問を実施する事になった。

 

 

もしも出久が間に合っていたら?

EP2 新生活

 

(やはり若いな)

 

 相澤先生が薫と対面した感想はこれに尽きる。

 家庭訪問では本来、相澤先生はオールマイトと2人で回ることになっていた。しかし、出久の家に行く際にオールマイトの()()により二手に分かれることになったため、現在は1人である。

 

(ほとんど歳の離れた姉妹だな)

 

 生徒とはいえ、他人の家庭事情に首を突っ込む気は無い。それでも若すぎる後見人から複雑で闇が深そうな家庭事情が垣間見れてしまい、少し嫌な気持ちになってしまった。しかし、そんなことは、おくびにも出さないで彼は口火を切った。

 

「今日はお時間を作って下さり、ありがとうございます。」

 

 相澤先生のその言葉に対面に座った薫も頭を下げた。

 

「……いえ、すいません。かぶりは今、バイトでして……。」

 

 かぶりも同席したかったが、林間合宿以前にシフトを提出してしまっていたため、うまく調整出来なかったのである。また、薫も相澤先生と2人で話したかったため、かぶりを送り出していた。

 

「いえ、急なお話ですので仕方ありません。それに、()()()()では無いので、生徒は同席する必要はございません。」

 

 今まで多くの生徒も同席していたが、本来その必要はない。確かに生徒の意見も聞きながら話を進められるので、ある意味で合理的ではある。しかし、生徒がいないからこそ出来る話もあるため、どちらが良いか、と聞かれれば相澤先生本人も、生徒と親御さんによる、としか答えられない。

 

「では、事前にお伝えした通り……。」

 

 相澤先生が話し始めると薫は、事前に配っていた説明資料にメモを取りながら静かに聴いていた。相澤先生はメモを取りやすいように少し話す早さを調節しながら説明を続けた。

 

「……以上になります。何かご質問は?」

 

 その問いに。薫は少し間を空けてから口を開いた。

 

「……合宿の事件も、全寮制に関しても、不安も不満もあります。けど、すでに、話し合って、応援すると決めました。あの子の両親を殺した犯人についても、いつか、向き合わないといけないことでした。よくは無いですが、飲み込みました。ですが、これだけは伺います、あの子はヒーローになれますか?」

 

 その問いに相澤先生はどう返答すべきか悩んだ。かぶりの成績は普通に優秀である。文武両道という表現を使うのは大袈裟だし、クラストップ、と、言えるほどでは無いが、彼女は間違いなく優秀な才能を秘めたヒーローの卵である。だが、だからといって必ずヒーローになれるというわけではない。「必ずなれます」「ヒーローに育て上げます」なんて、口を裂けても言えない。

 しかし、そんな彼の思いを知ってか知らずか薫は言葉を続けた。

 

「……すいません。技術面ではなく精神面の話です。その、先日、見てしまったんです。退院の日に迎えに行ったんです。その時、松葉杖をついている人とか、車椅子の人たち、傷ついた人たちを見て、笑ったんです。一瞬だけですが、その、なんでいえばいいんでしょう?あの……性的に興奮しているかのような表情になったんです。それが、忘れられなくて……。ごめんなさい。こんなこと言われても困りますよね? けど、あの子のこと、相談できる相手が居なくて……。」

 

(相談できる相手が居ない、か)

 

 薫の言葉を飲み込むと、相澤先生はかぶりのことを思い出した。はじめはあまりクラスに馴染めていなかったが、今では授業で大喜利を披露するくらいには馴染めている。大喜利など授業で巫山戯る点はあるが、比較的真面目な生徒だと彼は認識している。しかし、薫が嘘をついているようには見えない。

 

「いえ、私も担任として出来る限りのお力にはなります。しかし、受け持ってからそのような表情を見た覚えはありません。お子さ……失礼、かぶりさんは優秀な生徒という認識しかありませんでした。……林間合宿、それも今筋との再会が原因かもしれません。親の仇との対面。それが彼女の精神に影響を与えた可能性は十分にあり得ます。しかし、今は様子を見るしか無いでしょう。私も気がついたことがあればお伝えしますので、何かあればいつでもご連絡ください。」

 

「……ありがとうございます。」

 

 こうしてかぶりも無事に寮生活の許可を貰え、新生活が始まった。

 

 

 雄英敷地内に出来た学生寮、ハイツアライアンス、そこがかぶりも含めた雄英生の新たな家である。一人一部屋で広さもかぶりと薫の家と同程度(流石にロフトは無いが)という贅沢空間である。

 しかし、金銭的問題以前に家のスペースから、置き切れないためかぶりの持ち物はほとんど存在しない。というか荷物は服とギター、布団しか無い。そのため、部屋はがらんとした寂しい雰囲気となった。

 

「暇だ。」

 

 今日は引っ越し当日である。かぶりの片づけは一瞬にして終わってしまい、時間は凄い余っている。具体的には今日1日全部、空いている。

 幸いなことにWi-Fiは無料で制限がない。そのため、スマホで動画配信サイトを見ていたが、それでも飽きてくる。他のクラスメイトは引越しの片付けで忙しそうだし、暇つぶしに図書館に行こうにも雄英のものは夏休みはやっていないし、公営の図書館に行くにも交通費がかかる。

 悲しいかな、寮暮らしとなりバイトを辞めることになってしまい、林間合宿での出費もあいまり、お金はない。

 

(そうだ、多分、耳郎さんの荷物多いから手伝いに行くか)

 

 アコースティックギター片手にとり、エアコンのリモコンに手を伸ばす。ここでふと、ここの寮費は光熱費込みであったことを思い出した。つまり、どんなに使っても払う金額は変わらないのである。電源を切るつもりだったが、使わないと勿体ないので限界まで設定温度を下げ風量も最強にして部屋を出た。

 

「耳郎さん。終わった?応援に来たよ」

 

 響香の部屋に行くと段ボールの山であった。衣服などの生活用品は勿論だが、1番目を引くのは楽器である。ギター、ベース、キーバンド、果てにはDJセットまである。

 

「……ドラムも持ってきたんだ。」

 

 段ボールから覗くスネアを見てかぶりはため息をついた。何度か彼女の家には遊びに行ったことがある。そのため、彼女が音楽のことをどれだけ好きかは知っていた。しかし、持ってくるとしてもギターやベースくらいで、まさか一式全部持ってくるとは思っても見なかった。

 バンドでもやるつもりなのだろうか?

 

「沖? 助かるけどそっちは終わったの?」

 

「うん、一通りはね。だから応援に来たよ!」

 

 開けっ放しとなっている玄関から声をかけると中から響香が出てきた。にこやかに答えるかぶりとは打って変わって彼女は少し呆れた様子だ。

 

「ギター持って応援って……。ガチの応援?」

 

「うん! ついに習得した技術も見せたいからね」

 

 そう言うとかぶりはギターを床に置き、まるでピアノのように演奏し始めた。その様子に響香は目を見開いた。かぶりがギターを初めて一年にも満たない、それなのに、こんな変則的な奏法を習得するとはおもっても見なかったのだ。

 

「まさか、タッピング奏法!」

 

「そう! 夏休みの課題を徹夜で終わらせて、残りの全てをかけて習得した新境地! では、聞いて下さい。応援歌、王者だ響香。」

 

 そして、かぶりは応援歌を玄関前で披露し始めた。

 

 

『応援歌 王者だ響香』

作詞・作曲 沖かぶり

 

諦め出さないで、なぜってそうさ、君が王者!

 

この日を待っていた、いつから始まるの?

 

そりゃ、今日さ!

 

照らすのさ、君がこの部屋を

 

クラスでさ、また頑張るために、

 

諦めないで、やり切って、

 

今から始まる、王者のShawが

 

だから、歌うよいつまでも

 

響香が謳歌するために、

 

 

 

「………………。」

 

 この歌を聴きながら響香は静かに扉を閉め、ポツンと部屋の前にかぶりだけが残された。近くの部屋からは葉隠が片付けをしているのが()()出来る。

 かぶりの部屋がある2階は彼女しか居ないため忘れていたが、他の階では2人分の部屋が用意されている。謎の歌を誰かに聞かれた、その事がなんだか急に恥ずかしくなってしまった。

 

「って、耳郎さん!1人にしないで?! ボケた後って無視されるのでが1番恥ずかしいんだよ! 無視は良くないよ!反則だよ!」

 

 かぶりが激しく響香の部屋の扉をノックすると、扉はゆっくりと小さく開かれた。隙間から耳郎のジト目がかぶりを覗いている。

 

「沖、邪魔するなら帰って」

 

「………ごめんなさい。」

 

 かぶりが謝ると耳郎は頷いて部屋の中に入れた。

 

 と、こんな感じにバカをやりながら部屋の片付けを進めていると、思いの外時間はかかったが夕方には終わった。この日は片付け以外には2人とも予定が無かったので、耳郎の部屋で2人でふざけ合いながらドラムの練習をする事にした。すると葉隠がやってきた。

 

「三奈ちゃんと話してたけど、部屋のお披露目会やらない?」

 

 この言葉を聞きかぶりは瞬時に思考を巡らせ、即座に閃いてしまった。

 

(緑谷くんの部屋に入れる!)

 

「うん、面白そうだね。男子も誘ってやろう。」

 

 こうして、お披露目会は始まった。蛙吹や勝己など参加しないメンバーもいたが、ほとんどA組の面々は乗り気であった。

 まずは2階の男子からで、1番初めは出久の部屋となった。

 

(初手で緑谷くん!)

 

 部屋の中はオールマイトだらけのオタク部屋であった。とはいえ、情報過多なだけで部屋自体はキチンと整頓されているあたり、彼らしい部屋と言えた。

 

(緑谷くんの匂いだ。)

 

 部屋に入った瞬間、かぶりはそう()()()。もっとこの匂いを感じていたいという下心の所為なのか、普段よりもより濃く匂いを嗅ぐ事ができた。まるで、緑谷出久(ヒーロー)の匂いが身体の節々に広がり、彼の中に包まれているかのようだ。嗅覚なんて生ぬるい、彼の存在が脳内に直接感じられた。

 

「オールマイトだらけだ!」

 

(!?)

 

 麗日のこの大きな声に、ふと、かぶりは我に返った。ヤバい方に片足突っ込んだ思考がなんだか恥ずかしく感じ、1人でダメージを受けてしまった。

 

 次は常闇の部屋だ。なんだか黒い部屋で、かぶりにはよく分からない場所であった。

 3番目は青山である。予想通りすぎてつまらない場所であった。

 

「入れよ…すげえの見せてやんよ」

 

 4番目の峰田の部屋は闇しか感じないため、全員でスルーした。

 こんな感じで部屋を回っては女子が思い思いに批判することを繰り返していると、ついに男子の怒りが爆発し、部屋王なる戦いが始まってしまった。

 

(部屋王? 緑谷くんが私の部屋に……!)

 

 意識している異性が部屋に来るドキドキと、そして、何も無い自室の恥ずかしさが重なり、微妙な感覚にかぶりは陥った。とはいえ、辞めてほしいなんて言い出せる雰囲気ではなく部屋王は進んで行った。

 

 途中、

 

(同志だ!)

 

 障子という何もない部屋という同志がいて少し勇気づけられ、

 

(無料ならなんでも美味しい)

 

 ただで美味しい(かぶりの舌は貧弱なので、甘ければだいたい美味しいぞ)ケーキを食べさせて貰ったりとなんだかんだで楽しんでいた。

 

 そして、かぶりの番となった。

 

「………よし、うん、こんな感じです」

 

「「「寒っ!!」」」

 

 かぶりが恥ずかしながら扉を開けると、冷気が辺りを包んだ。寒い、というよりも冷たい風が部屋から溢れ出し廊下を満す。

 

「沖、エアコンかけすぎじゃない?」

 

 クラスの中で一番仲のいい響香がそう言うと、等の部屋の主人は、寒いのか腕をさすりながら良い顔で返した。

 

「寮費には光熱費が含まれているから、どんなに使っても値段は変わらない。だったら使わないと損でしょ?」

 

 その頓珍漢な考えにクラスの中に微妙な雰囲気が流れた。しかし、その空気をぶち破るかのように声を上げる生徒がいた。

 

「確かに!」

 

 麗日お茶子である。彼女もあまり裕福とは言えない家庭で育っており、節約術に関してはかぶりにも勝るとも劣らない知識がある。そんな2人の目があった。たったそれだけで2人は根本的な部分で何かが通じ合ってしまった。

 

「……かぶりちゃん。トイレのタンクと、お風呂の湯船。何が入ってる?」

 

 クラスメイトの微妙な視線を無視してお茶子はそう口にした。それに対してかぶりはニヤリと笑みを浮かべた。

 

「無論、ペットボトル。」

 

 その答えと共に2人はがっかりと堅く握手をした。

 

 その後も部屋王は進んでいった。

 

(恥ずかしがっている耳郎さん可愛かったなぁ。)

 

 と、そんなことを考えていると、なんだかんだですぐに周り終わり投票が開始され、

 

「ケーキが美味しかったー!」

 

 と言う、女子票を独占した砂藤が優勝となった。

 また、数日後、エアコンの設定温度は雄英側で制限されるようになってしまった。

 

 

 夏休みも残り10日、多くの高校生達は残りの期間を思う存分に満喫している頃だが、雄英高校ヒーロー科の面々ならそんな余裕は無い。来る仮免許取得試験に向けて残りの期間を使い、必殺技を作ることになった。

 

「とは言っても……。どうするか……。」

 

「イメージ ハ 出来テ イルノカ?」

 

 エクトプラズム先生(の分身)は悩むかぶりに声をかけた。現在、A組の各々はエクトプラズム(の分身)とマンツーマンで必殺技を考えていた。

 

「イメージ、ですか? はい、林間合宿で少し見えた気がするんです。」

 

「ドンナ イメージ ナノカ説明出来ルカ?」

 

「えっと、今まで、ミルコの真似ばかりで、極端に攻撃によっていました。けど、その、私の"個性"って攻撃ではなくて逃亡。隠れ潜み生き残ることに特化してるんですよね。だから、攻撃と逃亡を繰り返すと言うか、何というか……。」

 

「ヒットアンドアウェイ?」

 

「……はい、そんな感じです。なんというか攻撃を当てて逃げて、隠れてを繰り返して、()()()()()()()()()()()()()()()()()()って感じにしたいんです。よしんば不意打ちで終わらせるって感じで……。」

 

「………イヤラシイ 闘イ方ダガ……。」

 

「………………ゴキブリは嫌われてなんぼですから」

 

 かぶりもイメージを固めていき、順調に必殺技を定め始めていると、ガリガリとなってしまったオールマイトが以前通りの笑みを浮かべながらやってきた。

 

「沖少女。私がアドバイスに来た。」

 

 オールマイトからのアドバイスは動物系の異形型は()()()()()()()()()()()()()()()ことが大切だという。動物に出来ること、つまりは、ゴキブリに出来ることが彼女の力なのである。

 

「ゴキブリっぽいこと……。」

 

 分かっているつもりではいたが、いざ、そう指摘されるとゴキブリについてあまり詳しくは無かった。顎が強い、上手く飛べないなどの、今の彼女の能力に関わることは知っていても、それ以外は何度か軽くネットで調べたくらいである。

 ゴキブリについて、自分の能力とキチンと向き合うべきだとかぶりは思った。

 

 

 翌日、夜。

 必殺技の訓練が終わり、かぶりは部屋でギターの練習をしていると出久から電話がかかってきた。突然の電話に半ばパニックになってしまったが、(今は辞めてしまったが)バイトでの経験が生きたのか表面上は普通に対応が出来た。

 

「緑谷くん?どうしたの?」

 

「うん、実は蹴り技について教えて欲しいんだ。」

 

 なんでも腕を酷使出来なくなってしまったためキック主体の闘い方に移行したいそうである。

 

(緑谷くんが頼ってくれた!やったー)

 

 憧れのヒーローと言える出久に頼られることは、今までに無いくらいにめちゃくちゃに嬉しいことである。しかし、それと同時に疑問が生じる。

 

「その、頼ってくれるのは嬉しいけど。蹴り技なら飯田くんの方が上手いと思うよ?私のはミルコの見様見真似だし……。」

 

 他にも自分よりも飯田の方が仲が良く同性なのだから頼みやすいのでは?というのもあるが、それは口にしなかった。

 

「……その、飯田君からもアドバイスを貰ったんだ。けど、戦闘スタイルから突き詰めていくと沖さんからも話を聞きたいんだ。」

 

 そう言われて仕舞えば納得できる。出久は最近では小回りを活かした勝己のような動きをしていることも多い。

 

「うん、分かった。この時間なら中庭だよね?ちょっと待ってて今から行くから」

 

 そう言うと、勢いよく靴を手に取り窓から飛び出した。壁を這うように駆け、ものの数十秒で中庭へと着地した。

 

「おまたせ。」

 

 中庭には体操着を着た出久がおり。上から降ってきたかぶりに少し驚いたようだが、すぐに何をやったのかは分かったのか納得した様子だった。というのも女子には他2人、あまり玄関を使わない生徒がいるため、上から女の子が降ってくる事にはこの数日で慣れてしまっている。

 

「お、沖さん。ありがとう。」

 

「ううん。気にしないで。私でよければいつでも力になるよ! で、蹴り技だよね。何が知りたいの?」

 

 かぶりがそういうと出久は少し考えた後に言葉を()()した。

 

「えっと、電話で言った通り腕に爆弾を抱えていて今までのように酷使出来ないんだ。そこで、足技を主体にして戦いたいんだ。だから飯田君からアドバイスを貰ったけど、戦闘スタイルから沖さんの意見も参考にしたいんだ。………ブツブツ………僕のフルカウル……全身を強化して……ブツブツ………小回りの利いたうごきをするんだ。…ブツブツ………その動きはゴキブリの……………ブツブツ」

 

「えっと、つまり、爆豪くん()()()のあの動きに蹴り技を取り込みたいってこと?」

 

「う……うん」

 

 頷いた出久に対してかぶりは少し考えた。自分の理解が間違えていなかったことは良かったが、それ以上に蹴りを教えられるか不安になった。しかし、出久に頼られたら応えたい。

 

「……分かった。自信は無いけどやってみるよ。あと、それから、その代わりとかじゃないけど、良かったら、パンチのコツとか教えてほしいな」

 

「う、うん、分かった。僕でよければ。」

 

 これがきっかけで出久の自主練に定期的にかぶりが加わるようになった。クラスでは普段から絡む訳ではないが、それでも雄英への入試対策の時にはお互いに情報を交換し、協力し合っていた。そのためなのかお互いにさほど違和感なく、蹴りとパンチを教え合うという時間は生まれた。そして、あっという間に時はすぎて仮免試験まで1週間を切った。

 

「ねぇ、緑谷くん。キックは正直使いにくいよね。」

 

 夜、いつも通り2人で中庭で自主練をしているとかぶりはふと呟いた。その言葉に出久は何とも言えない表情となった。その様子を無視してかぶりは話を続けた。

 

「パンチなら走りながらでも出来るけど蹴りは無理だ。どうしても、隙が生まれてしまう。片脚を地面から上げるから、バランスも不安定になるし……。軸足狙われたら終わりだよ。なんか、私。最近、ここぞって時以外使わなくなってきたし……。それに、オールマイトは言わずもがな、エンデヴァーも赫灼熱拳、(こぶし)だ。」

 

(それ、今さら、言う?!)

 

 唐突にキックに対して酷評を始めたかぶりに出久はなんだか微妙な気持ちになった。彼はようやく付け焼き刃とはいえ、蹴り主体の動きを身につけられたのだ。それなのに、使い勝手が悪いなんて言われたくない。

 

「……どう?緑谷くん。特に理由は無いけど不安にならなかった?ぶっちゃけ、この辺好みだと思うから安心して。ミルコも蹴り主体だし、エンデヴァーも拳とか言ってるけど実質ビームだし」

 

 意地悪な笑みを浮かべるかぶりに出久は小さく笑みをこぼした。

 先日の病院での告白、彼女の中に満ちる悪意について聞いてから彼も不安だった。しかし、その後起きた変化と言えば今回のようななんとも言えない悪戯をして、ニヤニヤと笑うだけで、大々的な悪いことはしていない。それも、その悪意が向くのは秘密を知っている出久だけである。それはつまり、かぶりはまだ自分の悪意を制御出来ているということだ。それが分かり、安心してしまうのである。

 

「………うん。けど、それは本当だから。脚力は腕力よりも強いのは事実だけど、その分、隙が大きくなる。難しいよ。」

 

 かぶりの意地の悪い言葉に出久は真面目に返した。

 

「はは、真面目だね。さすが緑谷くん。…………ねぇ、緑谷くん。私の悪意ってずっと制御し続けられると思う?」

 

 楽しげな声色が突然悲しげなものに変わった。その変化に出久は驚いて、仮想(シャドー)相手の闘いを止めてかぶりの方を見た。すると、彼女は体育座りで俯いていた。その様子が、その顔が出久にはなんだか助けを求めているように感じられた。

 

(沖さん……。何が安心だよ……。)

 

  悪意が自分の方に向いているから制御出来てる。出久はそんな甘い考えをしていた事がなんだか恥ずかしくなってしまった。必殺技を考え、蹴り技の相談にも乗って、いつもと同じように過ごして、そんな中、彼女は心の中でずっと悪意と戦っていたのだ。

 

(友達が苦しんでるのに気がつかないで何がヒーローだ。)

 

 沖さんを助けたい。けど、出久にはどうすれば良いのかなんて分からない。単純に(ヴィラン)を捕まえれば良いわけでも無い。安全な場所に逃げれば良いわけでは無い。

 どうしようもない無力感を感じ、そして、こんな時、オールマイトならどうするか? そんな事が脳裏をよぎった。

 

「………沖さんなら大丈夫だよ。僕が守る……から。悪意が溢れても僕が止める。約束するよ……。沖さんを(ヴィラン)になんかにさせない。」

 

 出久の言葉を聴いたかぶりは小さく頷いた後にゆっくりと立ち上がった。そして、先ほどと同じようにニヤリと悪戯っぽく笑った。

 

「ハハは、その言い方だと、なんだか愛の告白みたいだね。」

 

 その言葉に出久は顔を真っ赤にして頭を両腕で包むようにして縮こまってしまった。

 

「いや、その、あれは、その言葉のあやというか、守るというか止めるって言うのは本当だけど、その、そんなつもりじゃなくて……。沖さんのことは……。」

 

 かぶりはぶつぶつと言い訳のような事を必死に言っている出久を楽しげに見た後、声を出して笑った。

 

「ははは!分かってるって。緑谷くんはヒーローだから、誰でも助けてくれるんだよね。」

 

 そんな切り返しについてこれずに半ば困惑している出久を置いて彼女はさらに続けた。その表情はふざけたものでは無く真剣なものだ。

 

「うん、ありがとう緑谷くん。君が守ってくれるなら安心だよ。ホントだよ。君は私のオールマイトだから。それじゃあ、今日は上がるね。おやすみ。」

 

 かぶりは少し顔を赤らめ、後半に連れて早口になりつつそう言って、そのまま部屋に戻ろうと歩き出した。その時、不意に寮の室内(おそらく共有スペースだろう)で空中に浮いたお茶子が丸まりながら、かぶり達を見ている事に気が付いた。それは何気ない視線だ。だが、それでもその意味はかぶりには分かってしまう。

 

(…………。)

 

 胸の中に今までに無い種類の悪意が生まれるのを感じた。

 

 すぐにお茶子を視界から外して触覚を掴んだ。そして、お茶子の視線に気がつかなかった事にして真っ直ぐに部屋に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




真面目な情報

・トイレのタンクにペットボトルを入れると節水になる。というのは間違いでは無いが、タンクの故障や詰まりなどのトイレの故障の原因になったりします。否定でも賛成でもなく、故障に繋がるという事実をお知らせします。

どうでも良い情報

・このルートでは部屋王がかなり重要な回となります。

・本ルートの続き(第二部)として原作と絡まない公安編を書こうか悩んでいます。やっぱこの主人公、好きなんだ。プロットが上手くできたら書きます。

・エクトプラズム、書キニクイ。変換シニクイ。

・かぶりの披露した弾き方はラップタッピングという弾き方に近く、本来なら椅子に座り膝の上にギターを置いて演奏するものです
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