"個性"ゴキブリ 作:ゴッキー
これはあり得たかもしれない未来。そして、もう決して手に入らない可能性。ほんの少しの偶然により生まれた奇跡の時間である。
ついに、仮免試験当日となった。第一試験は勝ち抜き戦で3つのターゲットにボールをぶつけられると失格。2人失格にさせると合格というものであった。
A組はチームで動くという話になったが、かぶりは開始早々に離脱して1人で行動することにした。
もしも出久が間に合っていたら?
EP3 仮免試験
———どこ? どこにいるの?
かぶりは至る所で戦闘が起きている街(のような形をした試験会場)を這い回っていた。あたりで起きている戦闘の余波のせいで感知の範囲は狭まっている。この広い会場の中から1人を見つけるのは難しいだろう。
————-絶対に見つけてやる
元より探知に優れた"個性"では無い、ただの副次的な機能である。探知に特化した響香たちのような広範囲を安定して索敵することなんて不可能なのだ。けど、やらなくてはならない。
試験開始直前に行われた
————才ねぇ
周囲の戦いが振動として伝わる。その他にも潜伏している人たちの息遣いも何となく分かる。正しい位置関係は分からないが、隠れるだけなら問題ない。周囲の建物と比べれば背が高いマンション(らしき建物)の壁を登り、屋上腹這いに隠れる。("個性"を考えなければ)屋上に人が来なければ見つからない。
目を瞑り空気の振動を探知する。各所で起きる振動によりノイズが混じるが、周囲で戦闘が起きていることが分かる。だが、それだけだ。振動だけでは何となく体型などは分からないでもないが、それが誰なのかは分からない。
「落ち着け、出来るはずなんだ。」
未完成の必殺技。というよりも目覚め始めた新たな力だ。不意に発動することもあるが振動の探知のように常に発動させられているものではない。狙って使うためにはかなり集中しなくてはならない。
「だって、匂いを覚えてた。小さい頃からきっと使えてたんだ。」
その事実を糧に無理矢理、自信を生み出して気分を落ち着かせる。焦っても良いことはない。一つミスすれば連鎖して全てがダメになる。
深く深呼吸をして己の全ての感覚を触覚に委ねる。
視覚は無くなる。聴覚も無くなる。触覚も無くなり、嗅覚も消える。世界が暗闇に包まれるが、触角が周囲を照らす。そんなイメージが浮かんだ。
「私の
その下らない呟きで自然と気分が落ち着き、意識が切り替わった。オールマイトは彼女に元となる動物の生態に立ち返ることだと言った。事実、その通りで、彼女の探知能力は振動だけでは無かった。
(分かる!よし!)
匂いの探知。
ゴキブリの回避能力は確かに振動の探知によるものが大きい。しかし、ゴキブリの探索能力。餌を見つける力は本来、嗅覚に依存している。台所に僅かに残った餌、それを嗅ぎつける嗅感覚子。それが触角の本来の力なのである。
「………っ!」
今までに無い情報が脳に叩き込まれた。今まで振動、つまりは触覚しか感じていなかった部位が
「けど、これなら!」
周囲の匂いを感じる。その範囲は慣れ親しんだ振動の探知と比べれば狭い。しかし、それでもその探知性能は驚異的である。振動と異なり匂いは残るものだ。彼女が立ち寄った場所が探知範囲に少しでも入ればそこから追うことが可能となる。
「こっちだ。」
風に乗ってきた姉の匂い。それを追って彼女は動き出した。少しでも集中が乱れれば途切れてしまいそうな探知能力だが、それを無理矢理繋げた。
◆
「ここだ。」
頭痛を堪えつつかぶりはビルの屋上に舞い降りた。頭が痛すぎて匂いの探知は既に使えない。時たま匂いのようなものは感じるが探知としては仕事はしていない。しかし、このビルの最上階に姉がいることは割り出せた。今はそれだけで十分だ。
思い起こされるのは懐かしい記憶。仲が良かった時。そして、自身を見捨てて何処かへ行ってしまった時。その2つの記憶が混ざり、かぶりの心を打ちのめした。
会ってまた笑い合いたいのか、不平不満で罵倒したいのか、わからない。しかし、会いたいのはどちらも同じだ。
(流石だね才ねぇ。)
頭を低くして周囲の振動を探知する。あたりの建物には見張りと思われる受験生が配置されている。
(というか、よくくぐり抜けた。自画自賛しても………)
「え?」
しかし、ここに来て、言ってしまえば経験の差というものが出てきてしまっていた。かぶりは
「………かぶり、よね?」
屋上から下階へと行く扉が開いた。そこには聖愛学院の制服を着た才子が一人でいた。
かぶりの探知能力は優秀だが、しかし、弱点が幾つもある。その一つが彼女自身の処理能力である。当然だが、探知に引っかかった全てを把握する事なんてできない。目視でも一点の場所を注視したら、他の部分がおざなりになるように、彼女の探知も何処かに
そして、その弱点を義姉である、印照才子が知らない筈がないのである。かぶりがここに近づいていたのは仲間の"個性"で既に知っていた。そのため、わざわざかぶりが
普通はそんなこと出来ない。しかし、癖を知り尽くす彼女1人でなら近づける。
「……才ねぇ。」
5メートル。
その距離を空けて2人は静止した。才子もかぶりも、衝動的に会いに来てしまったが、出会った後にどうするかなんて考えていなかった。仲が良かった小さい頃、そして、見捨てた、見捨てられたこと。罵倒、謝罪、和解、様々な想いが交差するが、何を言うべきなのかどちらもわからなかったのだ。
そんなおり、かぶりは口を開いた。もう、自分の気持ちにちゃんと向き合うと決めたのだ。
「才ねぇ。なんで、私を置いて行ったの?」
その言葉を発するかぶりは捨てられた子犬のようだった。寂しそうな、今にも泣きそうな顔だ。才子はそれを直視できずに自身の足元を見下ろした。
「……………かぶり。私は、怖かったの。お母さんが壊れていくのも、貴女が傷つくのも、見たくなかった。家族が家族を傷つけてるそんなの見たくなかった。悪い夢だと思いたかった。」
才子は話しながら震える自分の身体を抱きしめた。妹への罪悪感、そして、壊れていく家族達を見ていることしか出来ない恐怖を思い出したのだ。
「……でも!私は!才ねぇと一緒に居たかった。怖かった。絶望しかなかった!助けて欲しかった!」
かぶりは叫んだ。そのまま、ズカズカと才子の方へと向かっていった。
「私は見捨てられたこと、怒っているし、恨んでもいる。才ねぇを1発ぶん殴りたいとも思ってた。」
その言葉をひとつひとつ聞きながら才子はかぶりの想いの全てを受け入れる覚悟をした。恨まれて当たり前のことをしたのだ。殴られ、罵倒されるのは当然のことなのだ。
「でも!それ以上に寂しい!私にとって
かぶりは才子の目の前で立ち止り涙を流していた。彼女の心の中はさっきまでは罵倒したいのか、なんなのか分からなかった。けれど、自分の気持ちを口にしているうちに自然と心の整理がついてきた。
「だから、才ねぇ。また、昔みたいになりたい。私のお姉ちゃんに、戻って欲しい。………。私がいけないことをしちゃってたら直すし、謝るから……。仲直り、したい。」
既にもう、恨みなんて
才子はされるがまま抱きつかれた。
罵倒されると思っていた。殴られると思った。だが、実際にはそれとは全く逆のことだった。どうしていいのか分からなかった。
「………………。私はあなたを見捨てたのよ。そんな、ダメな人が姉で良いの?」
「うん、才ねぇが良い。才ねぇの妹がいいんだ。」
「…………。怒ってないの? 恨んでないの?」
「怒ってるし、恨んでる。けど、そんなの関係無い。私は、また、昔みたいになりたいんだ。」
「………」
才子はいつの間にか泣いていた。彼女自身、泣く権利なんて無いと思っている。しかし、一度、溢れてしまったものは止められない。感情に流されるままにかぶりを抱きしめた。
「……かぶり、ごめんなさい。本当に見捨てて、逃げて……。ダメなお姉ちゃんで、……ごめんなさい。」
これで本当に良いのかなんて才子には分からない。けど、今、この時が、かぶりともう一度やり直せる。姉妹に、親友に戻れる最後のチャンスなように感じた。
「………才ねぇは、お姉ちゃんはダメなんかじゃないよ。だって、勉強道具とか、私が拾いやすいように捨ててくれてたんでしょ? 他にも、家から出て行った後も、私が困らないように、色々残してくれた。だから、私はお姉ちゃんの妹でいたい。」
涙を流しながらかぶりを抱きしめる才子の次第に力は強くなった。しかし、それとは逆に足の力を抜けていき、いつしか膝をついてしまった。
「……ごめんなさい。許されるとは思わない。けど、約束する。もう、あなたを見捨てない。」
「……。うん、信じるよ。」
才子も許されるなんて思っていない。かぶりも未だに許せていない。お互いにわだかまりは残っているし、無くなる未来は来ないかもしれない。
しかし、それでも仲良くなる事はできる。恨みも罪悪感も超えて手を取り合うことは確かに出来るはずなのだ。その事を確かめるように2人は強く抱きしめあった。
その時、
「さ、才さま!」
小太りの女子生徒が屋上へと上がってきた。一瞬、抱き合う2人を見て固まってしまう。というよりも、3人が固まってしまった。
何とも言えない空気が流れた。
しかし、それをぶち破るように才子はゆっくりと立ち上がり大きめに咳払いをした。
「何のようでして? ここは私1人に任せるように言ったはずでしてよ?」
口調は優雅だが、その声は低く怒気を帯びていた。しかし、完全に照れ隠しであり、八つ当たりである事はかぶりには分かった。とはいえ、かぶりにはどうする事も出来ず、才子の背後に控えている事にした。
「……い、いえ、すいません。しかし、至急、お伝えしなくてはならないことがありまして……。」
そう言うと女子生徒はかぶりの方を見た。その視線の意味は言葉にせずとも伝わり、才子は頷いた。
「よくってよ。続けなさい。」
かぶりは初めて聞く才子のその口調に気が付き少し吹き出しそうになった。さっきまでの雰囲気の余韻が無ければ間違えなく笑ってしまっていただろう。
「……雄英が4人でビルに侵入してきました。現在、一階で足止めしておりますが……。」
「時間の問題ね。」
顎に手を当てて悩む才子はチラリとかぶりの方を見た。完全に和解できた、とまでは言わないが妹の同級生との対決だ。かなりやり難いし、変に攻撃して、また気まずくなるのは避けたい。
「いいよ、お姉ちゃん。そんなこと気にしなくて。私のことは良いから全力で戦って。」
才子の考えを察したかぶりは首を振った。そして、少し楽しそうに笑みを浮かべた。
「違うね。私のことは気にしなくて
「————!」
かぶりは姉の口調を真似て言い直した。そのモノマネに才子は耳まで真っ赤になってしまった。そんなやり取りをはたから見ていた女子生徒も肩を震わせている。
「冗談はさておき、才ねぇ。本音を言えばどっちを応援して良いか分からない。どっちも受かって欲しいんだ。けど、手を抜いてってお願いするのは違うと思う。だから、私の友達だからって手を抜かないで。そんなことしたら、今度こそ絶交するよ。……それじゃあ、またね。これ以上は迷惑かけられないから」
そう言うとかぶりはビルから飛び降りた。
(来たのは、峰田くん、葉隠さん、芦戸さん、か)
来たメンバーを確認すると、かぶりはそのまま離脱した。
「私も頑張んないと」
対して、ビルの影へと溶けるように消えたかぶりを見て、残された才子は小さく頷いた。
「………紅茶の準備は出来ていて?」
どこか憑き物が落ちたかのように笑い、才子は女子生徒を引き連れて下に降りていった。この後、才子は峰田たちも含めた複数の受験生を誘導し、乱戦に持ち込むことに成功。そして、ダメージを負った受験生を回収し、得点を稼いで合格、無事に漁夫の利を決めた。
◆
そこから、数分後、かぶりは無事にクリアした。 街というフィールドはかぶりにはかなり有利に働き、隠れ放題であったのだ。そのため、隠れて観察して"個性"を把握、危なそうで無ければ背後から襲い掛かり、ポイントを稼いだ。
「あ!沖! 良かった無事だったんだ!」
かぶりが控室に行くとそこには14人のクラスメイトが既にいた。その中で響香はいち早く気がついてかぶりの元へと駆け寄った。
「……うん。探知系の"個性"の人に運良く会わなかったから、何とかなった。」
事実、探知系の"個性"というのはかぶりにとって弱点ではある。正面戦闘に持ち込めれば勝てるかもしれないが、そう上手く行くとは限らない。
他にも集団で攻められた場合は無論だが、例えばB組の宍田獣郎太のような
(才ねぇも受かったんだ。)
探知とか関係なく普通に才子を発見したかぶりは小さく手を振った。すると、才子も返してくれた。しかし、それだけで声をかけることはしなかった。一つの関門は突破したが今は試験中なのは変わりない。邪魔をする訳にはいかない
「どうしたの?」
かぶりの行動に気がついたのか響香が首を傾げた。
「え? うん、知り合……。姉が居たんだ。」
「? 沖、お姉さんが居たんだ。」
響香は親戚の人と2人で暮らしていると知っていたため少し疑問に思ったが、それ以上は踏み込まなかった。半年以上共にして時々見え隠れする沖家の闇は生半可な覚悟では見ることはできない。
と、そんな話をしているとかぶりは、『緑谷……裸……女の人といた』、という声を
「え? 緑谷くん! 女の人と2人で全裸で会ってたの?!」
かぶりは楽しげに大きな声を上げた。そのせいで、A組メンバーの視線が集まった。
「ちょ、沖さん? それだいぶ意味が変わって!」
騒がしくしていると突然サイレンが鳴り響いた。次の試験が始まったのだ。唐突な始まりは雄英の授業で慣れている。A組メンバーはすぐに思考を切り替えた。
(始まった)
試験内容は救助である。設定としてテロ行為による被害が出たので現場で救助活動をする。というものだが、そのような設定はすぐに頭の隅に追いやられてしまう。
(ちゃんとやらなきゃ……。)
雄英高校がいくら最高クラスのヒーロー科だとしても一年生である。他ヒーローの動き、要救助者の状態、周知の建物など幅広い視野を必要とする今回の課題は経験がものをいう。つまりは訓練だ。
かぶりも含めたA組メンバーは対処できる範囲を大きく超えた驚異に立ち向かった経験はある。確かにこの経験はヒーローになる上で欠かせない。だが、基礎的な訓練は当然だが2年、3年には劣る。
「なるべくチームで動くぞ!」
飯田の言葉にかぶりは頷いた。しかし、授業の内容を反芻するように思い出すが、どれも
(訓練通りに……。)
唾を飲んだ。その時、かぶりは子どもの泣き声を探知した。
——— た、助けて! お父さん! あ、お母さん!
探知した声と、いつかの自分の声が重なった。
誰も助けてくれない恐怖。助かってしまった絶望。それらを思い出し現実と交差する。
「怪我人を探知した! 急いで!」
奥歯を噛み締めて先行した。周りに合わせて走っている飯田を先行させればもっと速いのだが、そんな考えは無い。これが試験だと頭では分かっていても、どうしようもないトラウマが溢れ出す。
(いた!子ども)
かぶりは他のメンバーよりも一足早く子どもの元へと辿り着いた。そして、頭から血を流している少年(実年齢不明)と同じ目線になるように視線を揃えた。
「両親、家族は?」
かぶりは咄嗟にその言葉が出てきた。その様子に少年は泣きながら答える。
「おじいちゃんが!潰されてぇええ!」
泣きながら叫ぶ少年。その声が演技だと分かっていてもかつての自分と重なる。両親を失った恐怖。誰も助けに来ない絶望、そして、自分だけ助かってしまった事実。
「……分かった。おじいちゃんも絶対に助けるから!君を1人になんてさせない!」
1人だけ助かってしまった彼女にとってこれは1番優先したいことだった。子ども1人を助けても意味なんてない。助けるなら家族もいなくては、助けたことにならない。
その言葉が終わるか終わらないかの時に爆豪を含めた3人を除いた他のメンバー達が合流した。
「子どもが……! 沖さん!」
合流した面々を見るなり、かぶりは捲し立てた。
「飯田くん!この子を避難させて、振動探知した感じ多分歩けるはず、意識はしっかりしてるみたいだけど、呼吸も変だし、
「ああそれは良いが沖くん、状況の説明をしてくれ」
飯田は右手を振り上げてそう言った。かぶりは今ので充分に説明したつもりでいた。しかし、ついたばかりの彼らは即座に彼女の言葉に飲み込むことが出来ないでいた。
試験という緊張が無かったり、 2年生や3年生のように救助訓練をもっと積んでいれば今の説明で通じたかもしれない。だが、今の彼らには出来なかった。
「説明って……。」
———泣き叫ぶ自分の声が聴こえる。
これは試験だ。そんなことは分かっている。しかし、彼女の心を焦らせる。
———職場体験で
1人になってしまう子がいる。
絶望、孤独、恐怖、世界の全てが砕け散ったあんな想いはもうしたくない。誰かにさせたくない。手遅れになる前に助けなければならない。
殺したい。こんなことをした奴らの命をこの手で奪えいたい。
「————っ。そんなの避難させるんだよ!急いでよ!1人だけ救っても意味がないんだ!早く動いて!」
カッとなり、かぶりは怒鳴ってしまった。その様子にA組の全員は驚いた。彼女が感情を捲し立てることなんて今まで無かった。訓練の時は常に周りに気を配っていたし、自分の意見を言いつつ他の考えも尊重しようとしていた。なのに、今の彼女にはそんな様子は全く見て取れない。今の彼女の中にあるのは苛立ちと焦りだけだ。
そんな様子の彼女を見て要救助者役の少年はため息をついた後に大声を上げた。
「何やってんだ!減点だぞぉおお!」
その唐突の声にかぶりは口を閉じた。少年の声は年齢不詳で、子どもにも大人にも感じられ、異質だ。しかし、だからこそなのか彼の声は良く響いた。
「情報交換、状況説明は基本だろォ!1人で突っ走って、怒鳴り散らしても何も始まらないよぉ。それに、
その言葉にかぶりは少しずつ現実に戻されたような気分になった。焦っていた心に余裕が生まれたわけではない。しかし、狭まっていた視野が広がり、思考には余裕が生まれた。
そんなかぶりに少年は続けた。
「早く助けようという想いは良い。私の状態への対応
かぶりはその言葉を聴きながら、ふと、出久の方を見た。あのヒーローならば、きっと、完璧とまでは言わないまでも、子どもを不安になんてさせないだろう。と、彼女は勝手に思った。
「……ごめん。焦ってた。」
かぶりは頭を下げた。その様子にA組のメンバーを代表して飯田が返事をした。
「構わないさ。試験ならば焦って当然だ。それを補い合うのかチームだ。沖くんを止められなかった俺にも責任がある。では、状況を説明してくれ」
「………ありがとう、飯田くん。……子どもを見つけたんだ。この子は頭から
その説明を落ち着いて聴いた飯田はすぐに返事をした。
「了解した彼の避難は俺が引き受ける。これより索敵に長けている、沖くん、口田くん、耳郎くん、障子くんの4人を主軸にして救助に当たってくれ!」
そういうと、飯田は少年を抱きかかえて、揺れないように、しかし、A組の誰よりも素早く駆けて行った。その背中を見ながら八百万が声を上げた。
「それでは、行動を開始しますわ!」
その声を聞いて、それぞれ持ち前の"個性"を活かして、活動を開始した。とはいえ、チームワークの取りやすいA組のメンバーだけで固まっていると、何も出来ない人たちも出てきてしまう。そのため、自然とバラけ、他校とも共闘するようになった。
「瓦礫の下に赤ちゃんがいる!誰か瓦礫を退けてくれ!」
「そ、その必要はありません!」
どこの学校かは分からないが、目がライトのように光っている受験生にかぶりは応えた。空気の振動、そして、まだ、うまく制御は出来ていないが匂いの感知を駆使し、
「私が引っ張り出してきます。」
瓦礫を退けることにはそれなりのリスクがある。順番を間違えれば崩れるし、そもそも作業に時間がかかる。そのため、退けずに助けられるのならそれに越した事がない。
狭い隙間に入り込み這う。成長し、身長が伸びた今でも、ある意味、この"個性"の十八番とも言える能力は健在だ。
「いた!」
かぶりはすぐに赤ちゃんを見つけた。しかし、何を言って良いのか分からなかった。かぶりは赤ちゃんと接したことがない。ヒーロー科で授業をしていけばその手の訓練、災害現場等で犠牲者にかけるべき言葉なども、習うはずである。しかし、一年生である彼女にはその訓練を殆ど受けて居なかった。
(どうする? なんて声を……。いや、通じる?)
その思考の直後、赤ちゃんでも気持ちは通じるはずだと思い直した。
「えっと、だ、大丈夫だから、きっと!お母さんも……」
言いかけて、言葉を止めた。あくまでも役とはいえ、ここは仮免試験だ。出来る限り現実に忠実なはずである。ならば、
実際には子どもを見捨てる親は非情な事に一定数存在するのだが、彼女にとっての親は文字通り死んでも子どもを守る存在なのである。
(匂いの探知!)
子どもを抱えながら精神を集中させる。既に一次試験で酷使しすぎた脳が悲鳴を上げているが、そんなことは無視をする。
「いた。瓦礫の隙間か……。」
瓦礫の中に埋もれた女性を一人見つけた。赤ちゃんを置いていけば辿り着けるが、女性を背負って抜け出す事は難しいだろう。さらに、周囲の瓦礫は大きく、とてもかぶりでは動かせない。
(どうする? いや、まずはこの子の救助か)
「すぐに、お母さんも助けるからね。今は逃げるよ!」
そう呟いてかぶりは赤ちゃんを連れて地上へと出た。そこには、すでに誰も居なかった。目が光る受験生はかぶりに任せて次の現場へと行ってしまったのだろう。
(この子をどうするか?)
その時、かなり大きな爆発音が響いた。
大気を震わせるほどのその振動は、少し離れた場所にいたかぶりの探知を一瞬だけだが塗りつぶすほどであった。たまらず、そちらを見ると、そこには鯱のような
(そうか、シナリオの! そう言う試験か!)
しかし、
——-ハハハハハハハ!
男の、
その時、現れた
「いや、今は女の人を助けないと。」
思考を切り替え、高揚した気持ちを堪えた。完全に無くなる事はないが、この悪意に飲まれる事はない。
赤ちゃん役の審査員は彼女の変化を目の当たりにしてどう評価していいか悩んでいた。
(なんだ?)
少し口角が上がったように見えたが、戦闘を好む受験生も多くおり、
あれはまるで……。
(だが、
少女を導くのは教師の役目だ。ここで変にチャチャを入れるのは、少女にとっても良くない結果になりかねない。だから、他の受験生と同じように採点をすることにした。
そんな審査員の判断を知る良しも無くかぶりは周囲を探知していた。
(この瓦礫を退けるのは私には無理だ。誰かの助けがいる)
目を瞑り1秒ほどの探知ですぐに見つかり、赤ちゃんを抱えて走った。
「し、障子くん!あっちの瓦礫を退かしてほしい!下にこの子のお母さんが1人いる!」
耳を複製し、周囲を捜索していた障子に話しかけた。彼の"個性"は探知ばかり目立つが、その実、パワー型でもある。複製された腕の力はかぶりを易々と超え、"個性"把握テストではゴリラのような握力を発揮していた。
とはいえ、障子に頼んだのは瓦礫を退かす事ができるパワーを持っているメンバーの中で1番初めに見かけたからである。そのため、彼を使うことにより生まれる、探索要因が1人削られるというデメリットを彼女は考えていない。これは早く助けたい、という焦りのせいだ。
「……了解した。案内してくれ!」
この辺りの救助は既にあらかた完了している。彼も含めて数名の受験生は
「これならば、1人で問題ない。沖は
元いた場所に戻り、かぶりは状況を説明すると障子は少し考えた後に答えた。彼の"個性"ならば状況を把握しながら瓦礫の撤去を行うことが出来る。それならば、切羽詰まっているであろう場所へかぶりが向かった方が良いと判断したのだ。この判断の良し悪しは彼らには分からないが、かぶりを遊ばせておくよりマシだろう。
「分かった。任せたよ!」
かぶりはそう答えて赤ちゃんを障子へと託した。彼は複製腕のうち2本で背負うように抱えると救助作業へと入った。
(
かぶりは
(けど!やらなきゃしょうがないよね!)
しかし、来てしまったものは仕方がないし、探知が無くても戦えないわけでない。それに何より、そろそろ悪意を解き放ちたい。
「よっし! 行くよ!」
同じ装備をつけた無数にいる
「スマッシュってね!」
だか、大きなハンデを負っているとはいえ、彼らも本来はプロだ。かぶりにやられ、倒れた身体を起こすと、セメントガンと呼ばれる唯一使える攻撃手段でかぶりを狙った。
「しまっ!」
かぶりの回避能力は探知能力によるところが大きい。訓練により多少は改善しても、普段使えているものが使えなくなり大きく弱体化していた。彼女が気がついた時には既に遅く、セメントガンにより放たれた攻撃はかぶりの右足を地面にくっつけて固めてしまった。
「今だ!畳み掛けろ!」
周囲から迫る弾丸。足を止めて仕舞えば、かぶりにはなす術がない。しかし、まだ、大丈夫である。
「謎汁!」
かぶりは足から油分を多く含んだ汗を分泌させた。それにセメントが完全に固まる前に隙間を作りヌルリと抜け出した。これも"個性"伸ばしにより身につけた技である。あまり戦闘には役に立たないが拘束された時には便利である。
「スマッシュ!」
かぶりが抜け出した瞬間、出久が現れて
「緑谷くん!」
「沖さん! 救助もう?」
「うん、ほとんど終わったみたい。後はこいつらをどうにかすれば……。けど……。」
そう言いながらかぶりは触覚を指差した後に、
「…………それに、凄い人数だ。轟くん達が閉じ込めているけど、いつ出てくるのか分からない。」
集まっている
そう思っていると、三奈や峰田、そして他校の受験生の面々などが合流した。
人数が増えていけば、戦いやすくなる。多人数相手にキツかった戦いも、少しずつではあるが楽になっていった。
けれど、そう思ったのは一瞬だった。
「で、次は?」
鯱のような見た目の男はそう言った。かぶりは彼の強さは知らないが、倒れている轟、雄英の推薦入試トップだと言う夜嵐を見れば強大さの想像がつく。
万事休す。そのはずなのに、しかし、かぶりは不思議と笑みが浮かんだ。
(あいつを殺したらどんなに……。)
しかし、そんな思考は刹那で消え去った。出久が動いたのを探知したのだ。皮肉にも
「2人から離れてください!!!」
出久は叫びながら踵落としを放った。しかし、その攻撃はいとも簡単に防がれてしまった。
(緑谷くん!合わせる!)
しかし、かぶりは既に動いていた。出久の攻撃により一瞬だけ生まれた死角、そこを這うように移動し接近したのだ。
「———!」
下から突き上げるように拳を振るう。狙うは脇腹だ。しかし、当たる瞬間に
事実、かぶりは死角を移動していた。しかし、死角に入る瞬間は見られていたのだ。ならば、どこが自分の死角になっているかを把握していれば、かぶりの動きの予測くらいできる。"個性"なんて関係ない。これがプロとの圧倒的な実力差だ。
「良い連携だっ!」
そんな声を聴きながらかぶりと出久は吹き飛ばされた。なんとか受身を取り着地した2人だが、この強敵の前にどうすれば良いのか分からない。
その時、サイレンが響き、放送が流れた。
『えー、ただいまを持ちまして仮免試験全工程、終了となります。』
こうして、試験が終わった。
◆
そして、結果発表となった。
公安職員の男は採点について話しているが、緊張のあまりかぶりは内容の半分も理解できていない。おそらくだが、彼女のような状態の受験生は多くいるだろう。
「では、ご覧ください。」
その言葉とともにモニターへと名前が映し出された。ここに名前が在れば合格ということだ。
(えっと、五十音順だから……)
上から名前を見る。まず目に入ったのは印照才子という名前だった。義姉が合格している事は嬉しかったが、彼女はそれどころでは無い。
「い……う、え……」
五十音を飛ばしていく。そして……。
「あった!沖!」
かぶりは見事に仮免試験を合格した。