"個性"ゴキブリ 作:ゴッキー
これはあり得たかかもしれない未来。そして、もう決して手に入らない可能性。ほんの少しの偶然により生まれた奇跡の時間である。
無事に仮免試験に合格したかぶりはヒーローインターンの説明として何故か先輩と戦う事になった。
もしも出久が間に合っていたら?
EP4 インターン編
A組は先輩、通形ミリオの強さをすぐに思い知らされた。まずは一瞬にして遠距離系のメンバーがやられてしまったのだ。"個性"の詳細なんて分からないが、攻撃をすり抜け、背後にワープする。その姿はまるで無敵のように見えた。
「分かる範囲で対策を立てていこう!」
出久の言葉に残った一同は頷いた。
しかし、対策なんて言われても全く分からない。探知で分かる範囲だと、彼が一瞬のうちに消えていると言うことだけだ。その存在が消え、彼がいた場所に空気がながれる。この事だけは探知でるが、それだけでは空気をすり抜けたのか、ワープで消えたのか分からない。
(対策なんて立ててる余裕ない!)
出久の言葉通り対策を立てようとしたが、そんな余裕はなかった。一瞬だった。流れるような動き、回避も反撃も全て意味をなさず瞬く間にA組の面々は倒されていく。
「ぎゃあ!!」
かぶりの前に突如、ミリオが現れた。奇妙なポーズでギリギリ見れないが、色んな意味でギリギリである。父親のものすら見た記憶が無い彼女だ。例え見えなくてもその存在が衝撃的だ。
即座に撤退を選択する。ゴキブリの回避性能。それをフルに駆使してミリオから距離を取る。
「ぐふっ」
しかし、次の瞬間、腹部を殴られた。ミリオは一瞬で地面の下へと
基本的にかぶりは四つん這いだ。その状況で腹を攻撃される事は基本ない。そのため、完全に油断していた。予期せぬタイミング、場所ならの攻撃だ。外骨格の力を発動させていなかった。
当然、かぶりは大ダメージを負ってお腹を抑えて倒れてしまった。
(痛っ、けど!)
すぐに地面に手をつく。
本来なら一撃でダウンするダメージだ。それを気合いで耐える。
(ゴキブリの生命力!)
「
起き上がった時には既にミリオは葉隠とお茶子を殴り飛ばしていた。他の生徒は既に全員倒れている。確かに轟などのA組トップは欠けている。しかし、全員でかかってここまで手も足も出ない事実にかぶりは足が止まってしまった。
仮にミリオがプロヒーローだったのなら、まだ救いがあった。彼は3年ではあるが、それでも同じ学生なのだ。
(勝てるわけがない……。)
それは今の話ではない。これからのことだ。自分が3年生になった時、ミリオと同じ土俵に立てるビジョンが浮かばない。
(けど!)
勝てる訳がないヘドロ
(止まらない!)
殴り飛ばされたお茶子と葉隠が地面に落ちる。その横を通り抜けてミリオの背後へと這い寄る。
「——
(
全裸でカッコよく決めているミリオの背後から全力で踵落としを放った。しかし、その蹴りは虚しくも何も捉えない。まるで何もないかのようにミリオの身体をすり抜けてしまう。
「凄いタフネスだ。」
ミリオは本当に関心したかのように振り返り言った。そして、さらに拳を振り上げ、放った。
しかし、その動きを探知できない。まるで空気に触っていないかのようだ。
(——-間に合わない! 外骨格!)
ゴキブリの外骨格。最近目覚めた能力のため使い慣れていが、彼女の必死の努力によりクラスメイト相手であればそれなりの武器になっている。回避が間に合わない時の防御にはかなり重宝する新必殺技だ。
だが、
「っぁあっ」
"個性"発動前に腹を殴られてしまった。ミリオは切島が硬化を発動させる前に倒したほどの男である。ただでさえ、かぶりは探知が使えずに反応が遅れていたのだ。間に合うはずがない。
スピードでも、反応速度でもない。
純粋に彼は何歩も先にいるのである。
「うん。ここまでにしよう。」
かぶりは痛みに耐えながら着地するとミリオはそう言った。
腹にパンチを喰らっただけだが、かぶりを含めてクラスの全員がその実力の差がハッキリと分かった。
「俺の"個性"強かった?」
その問いにかぶりも含めてクラスの全員は頷いた。攻撃が当たらない。突然のワープ、その"個性"はかなり驚異的だ。だが、ミリオの説明によれば彼の"個性"はかなり扱いが難しいものだった。
事実、"個性"を発動させれば呼吸も出来ないし目も見えなくなり、地面も通り過ぎて落下し続けることになる。さらに、(この場では語っていないが)"個性"の制御を間違えれば身体が真っ二つになってしまうほど、制御が難しい。
彼にこの制御を可能にさせているのは予測。ひいては経験である。それらが彼とA組との圧倒的な実力差として現れているのである。
「学校じゃ手に入らない一線級の経験!俺はインターンで得た経験を力に変えてトップをつかんだ」
経験の有無による差。そして、インターンで得られるものの大きさを説明した。1分で終わる話を経験を通して彼はA組に伝えた。
(経験、私も‥‥。それを積めば)
出久をチラリと見た。そして、かつて自分だけを助けたヒーローを思い出した。
◆
「えっと、ご、ご無沙汰しています。雄英高校の沖です。」
ヒーローインターンの話を聞いたかぶりは放課後、すぐさま、職場体験へと行ったエッジショットへと電話をかけた。電話に出たのはサイドキックでもない受付の女の人だったが、用件を言うと直ぐにエッジショットへと取り次いでくれた。
「まずは仮免取得おめでとう。
「ありがとうございます。」
エッジショットのその言葉にかぶりは電話越しでは意味がないのに
頭を下げてしまった。自室であるため問題ないのだが、すぐに気がついて少し顔を赤らめた。
「それで、本題だが。すまないが、今年、ウチではインターンを引き入れる事はできない。私個人としてもかなり口惜しいが、事務所として少し立て込んでいるんだ。」
立て込んでいるという言葉でかぶりは、出久から聴いたエッジショットのチームアップの噂を思い出した。確かにチームアップともなれば事務所も立て込んで学生を受け入れる余裕もないだろう。
かなり残念だが、文句を言っても仕方が無い。
「しかし、私とて君を突き放すのは申し訳ない。サクラゴゼンの
エッジショットはそういうと、1人のヒーローをかぶりに紹介した。
◆
翌日の放課後、かぶりはとある街の駅前にいた。すでに心臓は張り裂けそうなほどけたたましく鳴り響いている。
(うそ、どうしたら?いい?)
かぶりの心は自分でも分からないほど、ぐちゃぐちゃである。憧れ、と、言えばいいのか。それとも恨みとすれば良いのか、プラスともマイナスとも分からないが、長らく彼女の心の中心にいた
(やばい、吐きそう。)
プラスともマイナスとも言えない感情が混ざり純粋な強烈な
それから気を逸らすためにかぶりは周囲を見た。家族連れは少なく、道行く人の殆どが学生である。皆同じ制服のため、もしかしたら近くに大きな学校があるのかもしれない。
そんな彼ら、彼女らはかぶりの方をチラチラと見ている。理由としては彼女がヒーローコスチュームを着ているからである。この間までは1人の時に持っている事すら違法であったのだが、仮免試験を取得した事により、着用して街中を歩けるようになったのである。
しかし、コスチュームを着れば仮免でも一般人にとってはヒーローと同じである。注目と責任が彼女へと集まるのだが、今のかぶりにはそれどころでは無い。
(どうする?何を話せば良い?)
「ん!」
そんな中、かぶりは何かが上空から急接近するのを探知した。慌てて上を見て一歩飛び退くと、その場に見覚えのある影が着地した。緊張で頭が回っていなくても反応できてのは日頃の訓練の賜物だろう。
「よう、
長い髪をかき上げながら、その影は言った。その言葉を受け、かぶりは呼吸を忘れてしまうほど、全身が硬直してしまった。 亡き母が、父が脳裏を過ぎる。あの日、全てが壊れた事件を象徴するもう1人が目の前に現れたのだ。
「み、ミルコ。」
「ああ、私のこと、思い出したのか?」
ミルコは少し心配そうに言った。テレビやインタビューでは強気なイメージが強いため、その様子にかぶりは違和感を持ってしまった。しかし、ミルコが気を遣ってくれているのは事実だ。真摯に応えなくてはならない。
「……はい、あの時は、あ、ありがとう……ございます。」
彼女の心はまだ複雑だ。ミルコに対する想いを決めかねている。しかし、それは自分の問題で、己の力で決着をつけなくてはならない事である。ミルコ自身は関係ない。それに、今はもっと大切な追いつきたい憧れがある。
「……いや、礼を言われる資格なんて私にはない……。」
ミルコはそう言った後に、頭を掻きつつ言葉を続けた。
「よし、早速だが、今から私は泊まっているホテルに戻る。ついて来い!」
それだけ言うとミルコは跳んだ。
「え? まって!?」
かぶりは一瞬遅れて走り出した。しかし、すでにミルコはビルの上だ。壁を蹴り、這い上がりミルコを追いかける。
「思ったよりも速いじゃねぇか。そら、行くぞ!」
ワンテンポ遅れたが、かぶりは何とかミルコの元へと追いついた。おそらくミルコも追いつけるように手加減はしているのだろう。
「沖!いや、ブラッタ、走りながら聞け。お前の"個性"はヒーローには向かない!」
街中をパルクールのように走りに抜けながらミルコは言った。かぶりには突然のその言葉に驚いたが、反応する余裕は無い。離されないようにするのがやっとである。そんなかぶりの事に気が付いているのか、いないのか、ミルコは言葉を繋げる。
「その探知も、脚力も、全部、外敵から逃げるためのものだ。戦うための"
ミルコのその言葉は実体験からくるものである。彼女の兎の"個性"も、戦いには向かない。その聴力も脚力も、全て逃げるためのものだ。自分が生き残るための"個性"である。
それを今ではヒーローとして一線で活躍できるまでに昇格したが、それでも向かない事には違いがない。
「…………はい! ヒーローに、なりたい、です。」
ミルコにかけられた言葉に、かぶりは自然と答えていた。思い出すのは出久の背中。中学の時、はじめて見た人を救う現場だ。
「……そうか、だったら!」
そう言うと、ミルコは方向転換し、さらに加速した。ビルの壁を蹴り、連続で跳び移ることでまるで空を飛んでいるかのようだ。慌ててかぶりも追いかけたが、すぐに離されてしまう。
(アレは!)
ミルコが向かった先ではコンビニから数名の男がレジを持って飛び出してきていた。彼女は先頭で走っていた男に飛び乗るように着地し、頭を地面に叩きつけて気絶させた。そして続け様に男達を蹴り倒してしまった。
「ミルコ……、はやい……」
遅れてやってきたかぶりへと振り返りながらミルコは続ける。
「私
「本質……。」
ミルコの言葉はかぶりの胸にストンと落ちてきた。今まで気にしていなかったが、彼女は正面戦闘での勝率は決して高くはない。体育祭でもそうだった。上鳴戦のように速攻で決めればまだしも戦いが長引けば勝ち目が薄くなる。それは偏に彼女には戦いのための能力が一つも備わっていないからである。
「ああ、兎も同じなんだ。戦いに向かねぇ。間に合わない事も、勝てない事も多くある。
そう呟くミルコは少し悲しげであった。彼女の"個性"である兎では倒せない
「……だが、ブラッタ。お前はヒーローとして大切なものを持っている。」
「大切なもの?」
かぶりがオウム返しをするとミルコはニヤリと、勝気に笑った。
「ああ、キック力だ。」
◆
「すまないが、インターンの許可は出せない。」
その翌日、ミルコとかぶりは雄英の応接室にて、相澤先生から耳を疑う言葉を突きつけられた。事実上、かぶりが持つ唯一のツテを駆使し、プロヒーローの中でもトップクラスの実力を持つミルコからインターンの許可を貰えたのだ。
しかし、雄英側は首を縦に振
その重たい空気の中、校長は「僕から説明するよ」と、口を開いた。
「雄英高校は昨今の
今が平時ならば大手を振って応援した。しかし、時期が悪かった。
「そもそも、雄英からブラッタをインターンに出すか検討している、って訊いたんだが?」
事実、かぶりは雄英を通してミルコに会っている。たとえ、雄英側の扱いが
プロヒーローとはいえ外部に伝えるということは、内々にほぼ決定しているのだろう、と、勝手に考えていたのだ。
「本当に申し訳ない。話が二転三転していることはわかっている。けど、恥ずかしながら僕たち雄英も意見が割れているのさ。僕は君ならば生徒を任せられると考えた。しかし、他の先生方から
そう頭を下げる校長にミルコとて何も言い返すことは出来なかった。事実、校長の言い分もわからないではない。元より雄英がインターンを許可するのは
きっと、他にもかぶりのようにツテはあるが条件に当てはまらないという生徒はいるだろう。そんな中、1人でも特例を出して仕舞えば収拾がつかなくなりかねない。
「……来年は貰うぞ。」
こうして、かぶりのヒーローインターンは始まる前に終わってしまった。
◆
時は流れ、A組でも数名がインターンへと向かった。彼ら、彼女らはかなり充実しているようで、かぶりからしたらとても羨ましいもので、焦りを生むには十分だった。
「……古い知り合いに、沖に似た動きをする奴がいた。……そいつは、姿勢の低さを利用して……。」
授業の他にも休み時間、放課後を使い訓練を重ね、相澤先生など教師陣からも、より積極的に話を聞くようになった。インターン組に負けないように、憧れの背中が少しでも近づくために、努力を重ねていた。
しかし、出久のインターンが本格的に始まってから浮かない顔が増え、授業でも集中をかき始めた。かぶりは初めは疲れているだけかと思ったが、しかし、明らかに
「緑谷くん。ごめん、夜遅く。でも、その、気になったから……心配で。えっと、大丈夫? じゃないみたいだけど、インターンで何かあった?」
夜、かぶりは意を決して出久の部屋を訪れた。異性の部屋を訪れるという行為で彼女の心臓は既に破裂寸前のレベルで高鳴っている。しかし、必死にその様子を押し殺して平静を装った。
「沖さん……。うん、……ありがとう。」
突然の来訪に驚いた出久だが、かぶりの様子から自分のことか心配でわざわざ来てくれたことを察して申し訳なくなってしまった。昼に飯田や轟といった面々にも気を使わせてしまったこともあり、自分の情けなさを痛感してしまった。
「でも、本当に大丈夫、なんだ。僕が乗り越えないといけないことだから……。」
そう言う出久は、無理をしているのが目に見えて分かった。しかし、そんなことを言われて仕舞えばかぶりから強く言う事は出来なかった。
「……そんな事いうのは卑怯だよ。……でも、本当にダメになったら、頼ってよ! ヒーローだって泣いていいんだ。みんなも、その、私も、ヒーローを目指してるんだから、ここでは無理しなくていいんだよ。」
かぶりはそれだけ言うと部屋を後にした。彼の力になりたい、しかし、どうしようも出来なかった。それが悔しくて、悲しかった。
それから数日間は力になりたいけど何も出来ない、そんな悶々とした日々を過ごすことになった。
だが、ある日、報道で出久達、インターン組が巻き込まれていた事件を知ることになった。
「うそ、マジかよ……。」
上鳴の呟きは共有スペースに溶けていった。報道ヘリにより映し出された惨状。道路は砕け、穴が開き、起きていた戦いの大きさを物語っている。さらに、アナウンサーのコメントもどれも重々しいものだ。
(……そうか、だから緑谷くんは……)
最近の出久の様子を思い出し、自分の力の無さを痛感した。彼の力になるには、今のままでは足りないのだ。背中を追うだけではだめ、横に立たないと、同じ場所で助けることは出来ない。
その日の夜遅く、インターン組が帰ってきた。意外な事に勝己までもが帰ってくるのを待っていた。クラスメイトに囲まれる出久にかぶりは声をかけた。
「み、緑谷くん。お疲れ様」
思う事は沢山あった。してあげたい事も、やりたい事も、数えきれないほどだ。しかし、今のかぶりに出来るのは労いの言葉をかける事だけだった。