"個性"ゴキブリ 作:ゴッキー
2月26日、本日、かぶりは雄英高校一般入試実技試験に挑むため雄英高校に来ていた。
この日に向けて彼女は必死に努力してきた。走り込みや筋トレといった体力づくりは無論のこと、図書館から借りてきた本や動画サイトを見ながら戦い方も学んだ。さらに、幸運な事に薫もかつてはヒーローを目指していたらしく、格闘技についてはそれなりに明るかったため最低限の攻撃方法は学ぶことができた。
また、"個性"の扱いの練習もした。"個性"は公の場所では使用禁止だが私有地なら問題ない。大雑把に車の運転と同じようなものだ。とは言っても、基本的にアパートの一室でできる事だけのため、あまり訓練らしいことは出来ていない。("個性"なしでの格闘訓練はその辺の公園で行った。)そのため、実技の方は不安しかないが、対して座学の方ならば自信があった。
薫に買ってもらった参考書(教科ごと一冊ずつ)と、ネットで公開していた過去問(過去3年分は雄英が公開していた)で勉強していたが、意外とすんなりと理解できた。元々、家にいたくなく年齢的にバイトも出来なかったため散歩か図書館に引きこもるくらいしかしていなかった。
図書館では本を読むか勉強しかやる事がないため、勉強時間だけは元々アホみたいに多かった。幸いにも毎年、義理の姉が捨てた参考書や教科書をゴミ箱から手に入れていたため(雄英の問題ではないが、姉が目指した高校も偏差値がかなり高い)中学の内容は前倒しして勉強していた。家から逃げていた事がこんなところで役立つとは思ってなかったが、そのおかげで座学の方は自信がある。
(早く来すぎたかな? ど、どうしよう。緊張してきた……。こ、こういう時は……。えっと……。し、試験管で試験する! だめだ、クソ過ぎる……。)
開場まであと10分だ。雄英バリアーとも呼ばれる門は閉まっており、中を見る事は出来ない。かぶりの他にもかなりの人数の受験生が今か今かとか門を開くのを待っている。
受験生達は精神統一する者や、筆記試験に備えて単語帳をめくる者など様々だ。かぶりはというと、側から見れば単語帳を見ているようだがその実、全く勉強なんて出来ていないでいた。
間もなく人生が決まる試験がはじまるのだ。緊張でまともに思考が出来るわけがない。そんな状態は開場後も同じだった。
時間丁度に門は開き、誘導に従い講堂へと向かい受験番号で指定された席へと着いた。その間も彼女の心臓はバクバクで、落ち着きなくあたりをキョロキョロ見渡していた。
何かしなければ、という焦りと、何もする気にもなれない緊張が押し寄せる。
すると、知っている男子生徒がやってきたのに気がついた。
「お、おはよう……。」
「うるせぇ、話しかけんな。クソ触覚」
かぶりがとりあえず挨拶をすると、彼はギロリと睨みながら流れるようにそう言った。彼の名前は爆豪勝己だ。
以前まではお互いに面識すら無かったが、ヒーローを志すにあたり、『見捨てた』事を謝りに行ったことがきっかけで知り合った。
その時、かぶりはトラウマレベルで怖い目にあったことは言うまでもなく、勝己は彼女が最も苦手な人物となってしまった。
——ギャハハ!昆布だしの熱湯でしゃぶしゃぶして食ってやる!!
かぶりを見る勝己の視線は今にも殺しそうなほど鋭く、彼女は自分がしゃぶしゃぶされ、高笑いと共に食べられてしまう光景をイメージしてしまった。
「ご、ごめん! あ、ああ、謝るからた、た、食べないで!」
「食べるか!! ふざけんな!死ね!!」
「ひ、ひぃ」
頭を両手で覆い姿勢を低くする。今すぐにでもここから逃げ出したいが、座席は決まっているし人の流れを逆らうことになるため移動することができない。ぶるぶると震えているかぶりに興味を無くしたのか勝己は視線を外した。
勝己は元々、地元中学で唯一の雄英合格者になるつもりでいた。しかし、まさか自分とは別に2人も受験生がいるとは思っても見なかった。
しかも彼女は『あの事件で勝己を見捨てたことを謝りたい』と頭を下げたのだ。自尊心とプライドの塊である勝己にとって、かぶりの行動は侮辱に他ならなかった。しかも、幼馴染とは違い見ず知らずの女子生徒に詰め寄るわけにも行かない。チクられたら内申に響く。そんな、思い通りにならない現実にイライラを募らせていた。
「お、おはよう。かっちゃん。沖さん。」
受験とは違う謎の緊張感を漂わせている2人にもう1人の受験生である緑谷出久が話しかけてきた。彼は勝己の幼馴染であるが、性格は全く異なり、かぶりがあの事件で自身が動けなくなかったことを謝りに行ったときも(お互いに吃りがちだったが)キチンと話を聞いてくれたりと優しい少年だ。また、お互いに雄英志望であったため、たまに会話するようになっていた。
特に出久から何度か参考書を借りたり出来たのはかぶりにとっては幸運だった。
「おはよう。緑谷くん。」
出久の席はかぶりとは反対側の勝己の隣だ。そのためお互いに話そうにもイライラしている勝己越しに会話する勇気はなく。さらに、座席は受験番号で決まっているため、移動する事も出来ない。
そして気に食わない2人に挟まれイライラが募る勝己にヒヤヒヤしながら2人は試験時間まで待った。
◆
時間になると、講堂に1人の男性がやってきた。彼は一度息を吸うと大声で叫んだ。
「今日は俺のライブにようこそー!!!」
そして、華麗にコールアンドレスポンスを求めるが、今は受験日。言ってしまえばこの先の将来が決まる大切な場所だ。誰も答えなかった。
この男は雄英高校で教員をしているプロヒーロー、プレゼントマイクだ。ラジオ番組を持つなどかなり有名なヒーローで、出久もかなり興奮しているのか、ブツブツとなにか呟いている。
(……確かに)
勝己の呟きにかぶりは激しく同意した。
コレから行われる試験の概要は出来ることなら一語一句逃さずに聞きたいところだ。確かに概要を纏めた用紙は配られているが、それでもキチンと聴きたい。そんな状態での出久のブツブツは耳障り以外の何者でも無い。
「実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!!!」
プレゼントマイクはノリノリで実技試験を説明し始めた。かぶりはプリントをめくり、試験内容のページを開き、黄色い蛍光ペンを構える。
(よし……。)
試験の内容は単純だった。会場の中には3種類の仮想敵、つまりロボットが多数配置されており、それぞれ強さ毎に1点から3点が割り振られている。受験生はそれらを
また、試験会場は複数個あり、雄英がそれぞれに割り振っている。そのため、友人同士での協力は不可能である。
そこで、ふと、かぶりは数ヶ月前に薫から聞かされた話を思い出した。
『かぶりちゃん。このご時世、入試の実技試験で対人戦闘なんてありえない。私もヒーローを目指してたから
この情報社会、例年の試験の傾向を調べるのは意外と容易い。ネットをうまく使えば過去に受験した人とコンタクトを取ることは割と頑張れば誰でも出来る。仮に試験内容はバラさないようにみたいなことを行なっていたとしても話す人は話してしまう。
そのため、ネットで調べれば過去の実技試験をまとめたサイトなんかもあり、試験内容の予想をつけている受験生はかなり多いだろう。
(薫お姉ちゃんが言ってた通りだ。索敵と素早さ、それと戦闘能力が試されているのかな? 大丈夫、素早さには自信があるよ。)
ゴキブリといえばその俊敏性である。かぶりもそれには少しだけ自信があった。だから大丈夫と、自分に言い聞かせる。
そんな時に男子の声が響いた。
「プリントには4種の敵ヴィランが記載されています! 誤載であれば、 最高峰たる雄英において恥ずべき痴態!!」
男子生徒はさらに「ついでに」と前置きして出久がうるさいと注意をする。プレゼントマイクはそれを「オーケーオーケー」と、なだめて応える。
「4機目は0P、お邪魔虫だ!」
倒してもポイントにならないギミックだという。
各会場に一体ずつ配置されており、大暴れする存在らしい。
(
そんなことを考えていると、プレゼントマイクは言った。
「
◆
(広っ!)
試験会場に連れてこられた、かぶりはまず1番にそう思った。
移動時間から思っていたが、この学校の敷地はいったいいくらほどあるのだろうか? 同じことを他の受験生も思っているのか、かなりざわついている。
しかし、そんなことを悩んでいても仕方がない、と、思い直してかぶりはアキレス腱を伸ばしたり、屈伸したりと準備運動を始める。
(でも、背中がスースーする……。恥ずかしい……。)
今、かぶりの着ている服は中学のジャージである。靴は履き慣れた普通の運動靴(靴底には小さな穴が空いており蒸れないという製品、冬は寒い。)だ。けれど脱げないように靴紐はこれでもかってくらいにキツく固結びだ。また、ジャージの背中には大きな穴が空いており、背中が丸見えだ。彼女の背中には
また、胸やお腹、腕、脚など至る所にバイク用のプロテクターをつけているため、普通の運動着が多い受験生の中で少し異彩を放っている。
しかし、持ち込みが自由なこの試験では特に問題はない。
(恥ずかしくてもやるしかない。私は、ヒーローになるんだ!)
「ハイスタート」
気合を入れ直していると、どこからかプレゼントマイクの声が響いた。
その声に反応できず他の受験生は硬直した。
(え? 何? 始まってる?)
「賽は投げられてるぞ!」
(始まってる? 始まってる! やばい、急がないと!)
その言葉に受験生たちは次々と走り、試験会場へと入っていく。かぶりも慌てて走り出すが出遅れてしまった。最後尾とは言わないが、明らかに後ろの方だ。
しかし、かぶりの足は速い。本気で走れば多くの受験生よりも素早く移動できる。
だが、それは道があった場合だ。
今、かぶりの前には多くの受験生が走っており道を塞いでいる。どんなに足が速くても道がなくては追い抜く事はできない。
(……どうする? この位置を走ってても意味ない。仮想敵の場所に向かわないと)
かぶりは周囲を見渡したあと、背の長いビルの前で脚を止めた。そして、深く、深く深呼吸をしたのち両手両脚を壁につけ、四つ足で這うように壁を登り始めた。
「こんなに高く上ったの初めてだ。怖っ」
屋上にたどり着くと、高所からあたりを見渡した。会場の広さも見て取れるが、そんなことを考えている余裕は彼女にはない。急いで空気の振動を感知する。
ビルの上からのため距離がある事や、自然の風、他受験生の戦闘による余波により正確には分からないが、だいたい、おおよそのことは分かる。
(大きな物体が動いてる? 多分、アレが仮想敵!数は……分からないけど、多分、沢山だ!)
居場所を見つけた。あとは、仮想敵の場所へと行くだけだ。彼女の"個性"ならば出来る。
(飛んでけば……)
だが、足は止まってしまう。
「高い……!」
下を見ると、地面は思いのほか遠い。下に見える受験生なんかはまるでジオラマのようだ。落ちたらひとたまりもなく、下手したら死ぬ。出来るとわかっていても、それでも恐怖が無くなるわけがない。
(……………行かなきゃ。私はヒーローになるんだ!)
思い出すのはヘドロ事件、薫との出会い。そして、貸付型奨学金の申請用紙。
5歩、後ろに下がり覚悟を決める。
ヒーローになりたい。その覚悟で足を動かす。すくみそうな足を無理やり動かして、地面を蹴る。
「とぉ、ぶよぉおおおお!」
ビルからとび降りる。その瞬間、かぶりの背中のスリットが開き、皮が
鳥のような羽ではなく昆虫のもので、生物用語では
(よし、飛べた! このまま!)
しかし、かぶりの飛行能力はそこまで高くなく、下から上に飛ぶ事は出来ない。出来るのは落下を緩やかにすることと前方に移動する事だけだ。飛行というよりは滑空に近く、飛行性能のイメージとしてはハンググライダーやムササビに近い。
「発見!」
探知の通り、仮想敵が5体いた。1点と2点が2体ずつと、3点が1体だ。周囲にはまだ受験生はいないためか激しく動いておらず、ひと塊で道をゆっくりと走行している。
仮想敵はかぶりには気が付いておらず、今なら完全に奇襲を仕掛ける事ができる。
(今なら!)
しかし、今まで感じたことのない緊張が全身を走った。
(攻撃? 出来る? 勝てる? 怪我……)
決めて居たはずの覚悟が一瞬揺らぐ。漠然とした不安が全身を駆け巡る。しかし、ここで引き返すわけにはいかない。
「もう、なるようになれ!」
そんな緊張から開き直り3点に目掛けて限界まで加速する。
「標的発見!」
「ブッ殺ス!」
仮想敵がかぶりに気がつき攻撃体勢に入った。
たが、すでに、もう遅い。彼女はすでに3点の真上まで移動していた。加速した力をそのままに、空中で一回転回る。
「たぁああ!」
全身全霊の踵落としを放つ。ワンルームで練習し続けたため、身体の動きはかなりコンパクトだが、それでもそれなりの威力はある。
そして、3点の状態など確認などせずその反動を利用して跳躍する。飛行能力と合わせてかなり高くまで飛び上がり、ビルの壁へと飛び移った。
(
壁にへばりつきながら仮想敵を見る。3点は今の一撃で潰れるように壊れている。残りの4体はビルの壁にとまっているかぶりを取り囲もうと移動した。そして、壁の上の方にいるかぶりに目掛けて届かない攻撃を繰り返しはじめた。
(意外と頭が弱い? これなら……)
壁を蹴り1番近くに移動してきていた1点の仮想敵めがけて飛ぶ。まさに飛翔だ。羽を広げ、先程と同じように踵落としを放ち破壊する。そして、そのまま、両手両足を地面について着地する。
その瞬間、背後から2点の仮想敵が襲いかかる。だが、空気の振動を探知できる彼女は視界に入らない動きも把握している。そのため容易く、その攻撃をかわすことが出来た。
(これなら!)
「てりゃあ!」
2点敵目掛けて飛翔する。羽を羽ばたかせることで跳躍距離と速度を上げ、その速度を乗せて2点敵の頭部を蹴り上げた。2点の頭部は外れ、中の配線数本だけでぶら下がっているだけの状態になり停止した。
(よし!)
地面に四つ足で着地する。
既に残り2体の敵はかぶりを挟み撃ちにする様に待ち構えいた。
「目標!」
「再捕捉!」
「「ブッ潰ス!!」」
物騒な音声と共に仮想敵は再度攻撃を仕掛ける。2体の攻撃をそれを地面を這うように走りかわす。
幸にしてあの大きなロボットが動けば空気は激しく振動するため"個性"での探知はしやすく、視界に入らなくても動きは手にとるように分かる。敏捷性に長けたかぶりならば攻撃を避けるのは簡単だ。
しかし、その反面、火力がない。
確かにその素早い動きを可能にしているのは
仮想敵を確実に倒せるあの踵落としも攻撃をかわしながらでは出すことはできない。
連続して3体倒せたのはあくまでも奇襲が成功したからだ。
(だったら!)
1点の攻撃をかわし、2点の股の下へ潜り、胴体にへばりついた。そして這うように首の付け根へと移動する。2点は彼女を振り払おうと動き回るが、"個性"でくっついているかぶりはそう簡単には落とされない。
「……………お腹を壊しませんように」
そう呟くと、かぶりは口を大きく開け、2点敵の首を噛みちぎった。
あまり重要ではないし、かぶりも自分の"個性"でなければ興味すら持たなかっただろうが、ゴキブリの顎の力は体重の50倍と言われている。その特性は彼女の"個性"にも現れている。
ゴキブリの顎。それにより、2点の首は噛みちぎられ、活動を停止した。
あとは1点のみだ。
(さっき倒した時の感触から、1点は脆い!)
停止した2点の上から目と鼻の先まで迫る1点を見る。全神経を集中させ1点の攻撃が来るタイミングに合わせ飛翔して、頭部に膝蹴りを放ち破壊した。
(よし、どうにかなった。私は戦える!)
停止した1点の上に立ち倒した仮想敵を見すえる。不思議と気分は落ち着いていた。
薫より習った戦闘技能。あくまでもヒーロー科を目指した人の技術止まりだが、それでも今のかぶりの役には立っていた。
「次だ。もっとポイントを稼がないと。」
口に残った破片を吐き捨て、かぶりは次の敵を探し始めた。
◆
「よし、28点……。」
試験終盤、かぶりは順調に得点を稼いでいた。彼女は知らないがレスキューポイントというものがあり、それを合わせると40点ほどの得点を稼いでいる。
基礎能力があまり高くない、かぶりがここまで点数を稼げた理由として、この試験が彼女にとってかなり有利だったからだ。
この試験では機動性、索敵、判断力、戦闘力、自己犠牲の精神、などなどヒーローとしての基礎能力を見られている。
その素質を全てみる性質上、特化型ではなく幅広い器用貧乏の方が有利なのである。
確かに索敵に特化した人よりも見つけるのは遅い、しかし、彼らよりも早く駆けつけられる。
足の速さに特化した人達よりも移動速度は遅い、しかし、彼らよりも早く見つけられる。
戦闘に特化した人よりも倒すのは遅い、しかし、彼らよりも会敵の間隔は短い。
このように現在一位の爆豪勝己でさえ、その判断力で十分に補っているが索敵では苦戦しているのだ。けれど、かぶりは自己犠牲や判断力はともかくとして、この試験で必要なことをだいたいこなせてしまう。これが、索敵特化や戦闘特化の試験だったらこうはいかなかった。例えば対人戦などだったらかぶりは落ちていた可能性が高い。
本当に試験内容に助けられた。
(ここは?)
空気の振動を探知して走り回っていると、多量の仮想敵がもがいているエリアに出た。そこにいる仮想敵たちは紫色の玉のようなものが全身にくっついており、それらがキャタピラや稼働部などの動きを阻害しているようだ。
(そうか、試験内容は
そんなおり、何かぷにぷにしたものを踏んでしまった。空気の振動の探知や周囲にいる仮想敵に気を取られすぎて足元がお留守になっていたのだ。
「へ?」
踏んだのは仮想敵を動かなくしている紫色の玉だ。それを理解した時にはすでに遅い。かぶりの右足は地面とくっついてしまった。
全力で走っていたかぶりは、バランスを崩して顔面から地面にダイブしてしまった。
「痛ったぁ」
涙目になりながら起き上がった。幸にして鼻血などは出ていないが、それでも痛いものは痛い。
慌てて試験に戻ろうと右足を引っ張るが全然取れない。
(でも、くっついているのは靴だけだ。脱げば問題ない………。?
「やば」
空気の振動を感知した。
仮想敵が3体、おそらくすべて1点だ。真っ直ぐかぶりに向かっている。
正直、1点は弱い。これまで何体も倒してきて、倒し方というかそういうコツは掴んでいる。しかし、それらは脚が自由だった場合だ。かぶりはゴキブリ、素早さが売りだ。片足が封じられた状態では勝ち目なんてない。
「急いでッ!」
(っなんで、固結び! 私の馬鹿!)
運動靴を慌てて脱ごうとするが、靴紐が解けず脱げない。
ここでリタイアなのか? と、脳裏によぎる。
1点の敵は目の前、身動きは取れない。だが、諦める訳には行かない。
「やってやる!」
立ち上がり、動かない右脚を軸に左脚を構える。
無謀だ。一体倒してる間に二体目に攻撃されて終わりだ。
その瞬間、仮想敵達へ何か粘液みたいなものが降り注いだ。それによりみるみるうちに外装は溶けて変形、キャタピラも溶けて稼働力に耐えきれずに千切れ空回りし始めた。
「たすかった?」
「大丈夫?」
そう呟くと、かぶりの横に駆け足で桃色の肌をした少女が駆け寄ってきた。
「は、は、はい」
試験中に突然話しかけられ、かぶりは戸惑いながら応えた。
かぶりも何人かの受験生を助けている。しかし、制限時間もあり声かけということはやっていなかった。不思議とかぶりはこの世界に1人みたいな感覚になって居たのだ。
「あ〜、やっぱコレか……。アタシもこれ踏んで危なかったんだ。」
受験生はそういうと手から粘液、もとい酸を出してかぶりが踏んだ玉を溶かした。
「あ、ありがとうございます! これで、まだ、戦えます!」
「うん! それじゃ、お互い頑張ろう!」
これで別れて試験再開だ。そう思った時、地面が揺れた。
幾つかのビルが崩れ、地面から巨大なロボットが這い出てきた。
かぶりも含めた受験生達はすぐに0点の仮想敵を思い出した。プレゼントマイクが逃げることを勧めた得点にならないギミックだ。
勝てるわけがない、圧倒的脅威がそこに居た。
「あんなの、反則でしょ!君も逃げよう!」
「あ、はい!」
かぶりは助けてくれた受験生と共に0点の仮想敵から逃げた。しかし、走りながら何か後ろ髪を引かれるようだった。
(これが、正解……?)
思い出すのはヘドロ事件。
しかし、これは試験だ。事件では無いし、まずかったら試験官達が助けてくれる。
なんとも言えないモヤモヤに、かぶりは足を止めた。
——誰か、助けて!
ここにはいない筈の幼い少女の声が脳裏に響く。
ヒーロー科に合格するのが目的なら、ここは逃げるのが正解だ。
思考にノイズが走る。かぶりの中の何かが、逃げるという選択を取らせようとしない。
——ハハハハハッ!
男の笑い声も脳裏に響く。ただの幻聴だ。かぶりにとって昔から良くあった事で慣れている。しかし、最近では治ってきていたのだが……。
(逃げる? でも?)
巨大なロボットに怯える受験生を感知する。きっと、すぐに試験監督が助けてくれるだろう。
けど、今、怖がっているのだ。
「ねぇ!何やってるの?! 早く逃げなきゃ!」
わざわざ、呼び止めてくれた受験生に、『ヒーローだな』と、よくわからない感想を覚えながら頭を下げた。
「助けてくれて、ありがとうございます! けど、私はアレを止めます! ほっとけないから」
そして、ロボットに向けて駆け出そうとしたら、受験生に肩を掴まれた。彼女は少し悩んだ表情をした後、真面目な表情で言葉を紡いだ。
「本気?! あんなの倒せるわけないよ!受験なんだよ? ヤバくなったら先生が助けてくれるって!」
確かに彼女の言っていることは正しい。それはかぶりもはっきりと分かっている。けど、それでもかぶりは逃げたくなかった。もう、誰かを見捨てるなんてしたくない。
それに、誰かが怖がっている。その絶望は助かると分かっていても見捨てる事なんて出来ない。
「それでも、ほっとけないんです。私は、妥協してヒーローになんてなりたくない。」
それだけ言うと、かぶりは駆け出した。
取り残された受験生は1人その背中を見ていた。そして頭を掻きむしり、かぶりを追いかけた。
「……………私も手伝うよ! そんなこと言われたら、ヒーロー志望として、手伝わない訳にいかないからさ!」
「え?」
まさか、手伝ってくれるなんて思っても見なかったかぶりは答えに詰まった。しかし、そんな彼女に受験生は笑顔を向けた。
「私は芦戸三奈! 君は?」
「………沖かぶり」
◆
「ねぇ? 沖、大丈夫なの?」
「大丈夫。人ひとりくらいなら問題ありません。」
着実に近づいてくる0点を見上げながら、かぶりは三奈を背負った。
三奈は20センチ近く身長差があるかぶりが、なんだか潰れてしまいそうで少し不安だった。しかし、超常社会。見た目と能力が大きくかけ離れている時代だ。かぶりが問題ないと言うのなら信じるほかない。
対してかぶりは、三奈が協力してくれると聞いて少しテンションが上がっていた。誰かと何かをする。そんなこと生まれて数えるほどしかやっていなかった。そのため、誰かと協力するというのが楽しくて自然と頬を緩ませていた。
「じゃあ、行くよ!」
「うん!」
かぶりは四つん這いで駆け出した。
人1人乗せて走るため、その敏捷性は本来のものからは大きく落ちる。しかし、0点もその大きすぎる図体のせいなのか、他の仮想敵に比べたらかなり遅い。戦闘になればその質量によりかなりの難敵だが、ただ走り抜けるだけならかなり難易度は下がる。
「芦戸さん!」
「おっけー!! 全力の強酸ブッパだ!」
0点が崩したビルが瓦礫となって降る。それらを探知能力を利用してかわしつつ、0点の股の下を走り抜ける。
背中の三奈は0点の右のキャタピラに向けて全力で酸をぶっかける。
それにより、みるみるうちにキャタピラは溶けて変形していく。彼女の"個性"では一瞬で完全に溶かしきることは出来ない。しかし、あの巨体を支えているのはこのキャタピラだ。少しでも溶かせば、自重で大きく変形する。変形してしまえばキャタピラは回らなくなり、駆動しなくなる。2人が0点の下を潜り抜ける頃には、右側のキャタピラは完全に動かなくなっていた。
片方のキャタピラが止まれば、以前のように動くことは出来ない。まだ手が届く範囲で建物は壊してはいるが、それでも被害はかなり減る。
おそらく逃げる時間くらいは稼げるだろう。
「よっし! もう片方も行こう!」
「うん!」
背中にいる三奈の言葉にかぶりは頷き、またもや駆ける。
その時、0点の動きは完全に止まり、同時に会場にプレゼントマイクの声が響いた。
「終ーーー了ーーー!!!」
こうして、試験は終わった。
どうでもいい情報
ゴキブリが壁にくっつけるのは足の爪からスライム状のモノがついているからです。それを利用して壁にくっついて登ります。
主人公の"個性"もそれと似ており、手や足からスライム状の粘液を分泌して壁にくっついています。
足は靴に穴が空いているため、そこから出して居ます。