"個性"ゴキブリ 作:ゴッキー
築数十年のボロアパートの駐車場で、アマメは黒い中型バイク、"ハイパーフォア"を洗車していた。ここのアパートはボロの割には広い駐車場があり軽い洗車くらいなら出来る。流石に水を盛大に使うことが出来ないため、水を使わずに洗車をするセットを使用しなくてはならないが、それでもそれなりのスペースがあるのはとてもありがたい。
(免許を
バイクを磨くアマメの手は重い。
このバイクは比較的に人気のあるシリーズだ。このバイクは超常黎明期以前、その乗り易さから絶大な人気となったシリーズの後継にあたる。元々は超常黎明期以前に法律の改訂に伴い生産終了してしまったが、数年前、現在のニーズに合わせた形に進化して発売されたのがこの一台である。
以前同様にとても扱い易く、乗り心地も良い。そのため、根強いファンが多く、中古とはいえそれなりの値段となる。しかも、このバイクはアマメにとって生まれて初めての大きな買い物だったのだ。当然、思い入れはある。
(んー、バイクで事故起こせって、せっかく買ったのに………。私物だぞ、公安……。)
はじめてヒーロー公安に対して芽生えた殺意を抑えながら、アマメはバイクを磨く。そんな彼女に背後から20代前半の女性が話しかけてきた。彼女は
彼女は元々長身で今はヒールを履いていることもあり、見た目の上では170センチほどの身長がある。そんな彼女はブラウスの上からエンプロンのようなベストを重ね着している。
「アマメちゃん、今度ツーリングでも行くの?」
優しげな声色にアマメは作業を辞めて振り返った。
「はい、今度、江ノ島まで行こうかと思いまして。」
「へぇ、良いねぇ。江ノ島かぁ、アタシ江ノ島行ったこと無いんだよね。確か、高尾山と洞窟が繋がってるんだっけ?」
何かを思い出しながら話す愛にアマメは少し頭を捻った。言われてみればそんな話を聞いた覚えがあるような気がしたのだ。
実際には江ノ島の洞窟が富士山の洞窟に繋がっている、という伝説はあるが、アマメはその手の話に明るくない。そのため、どうしても適当な返事しか出来なかった。
「えっと、そんな話、言いますよね……。洞窟に落ちないようにしないと……。ところで、最上さんはこれから大学ですか?」
伝説の話をしても、これ以上の引き出しがないのでアマメは違う話題を振った。公安から会話術を訓練は受けているか、それでも彼女はコミニュケーション系の能力はまだまだ低い。
「ええ、今日は午後からの授業なんだ。」
(授業か、大学ってサークルで合コンしているだけじゃないんだ。)
と、そんなふざけたことを考えながら適当に愛と会話をした。と言うよりも、今回は洗車をしている様子を住人に見せることが目的である。彼女はプライベートでツーリング行く時は直近の休日にバイクの洗車をしていた。そのため、任務である今回もいつも通りの行動を取る事にしたのである。
もしかしたら、ここまでの偽装工作をする必要は無いかもしれないが、相手はヤクザだ。少しでも不審な点は減らしておきたい。
「………大学って楽しいですか?」
雑談の流れでアマメは聞いた。彼女にとって、大学とはかなり遠い存在である。仮に
「んー。そうね。楽しいよ。自由度も高いし、遊びも、学びも、何でもできる。けど、大学行くことが全てじゃないから……。あ、そろそろ行かないと電車遅れる!」
そう言うと愛は足早に去っていった。その背中を見送った後、どうせ壊れるバイクの洗車を再開した。
◆
翌日、朝9時過ぎ、アマメは私服である黒いスラックスと無地のTシャツででバイクに跨っていた。そして、白いフルフェイスのヘルメットを被りエンジンをかける。
「予定通り出発します。これより国道134号線に向かいます。」
アマメは周囲に聴こえない程度の大きさで呟いた。すると、ヘルメットに内蔵されているスピーカーから目良の声が返ってくる。
『了解、標的は予定通りの行動をとっている。作戦開始。』
その言葉と共にアマメは加速した。慣れた手つきでバイクで走行し、道を縫うように走る。そして、134号線に入った。
『標的も134号線へと入りました。予定通り逗子方面に向けてランニングをしています。』
『了解』
アマメはアクセルを回して加速する。バイクを走らせながら歩道を見る。ヘルメットのせいで感知能力は使えないが、公安の訓練により感知
が無くても問題なく活動できるようになっている。
そして、歩道をランニングする小太りの男性を見つけた。彼は先日アマメが捜査した物流会社の社長だ。あの事務所で見つけた家族写真と比べるとひとまわりほど痩せている。
『目標確認、行動開始!』
『了解』
アマメは男に向けてアクセルを回す。そして、不自然にならないように
(体を捻ってっ!)
激しい衝突と共にバイクから放り出されるアマメ。空中で一回転しながらガードレールを飛び越える。空中で体を捻り男の方を見る。彼は唖然としており、身動きを取れていない。当たり前だ。彼からしてみれば突然、バイクが現れたように感じたのだろう。
(死なない程度に……)
バイクから飛び出たアマメは空中で考える。向かう先は男だ。しかし、事故の衝撃は激しすぎる。考え無しにぶつかればアマメはともかく男は死んでしまう可能性がある。そのため、人体の急所を敢えて避けて男と衝突した。
激しい痛みが男とアマメを襲い、数メートル2人は吹き飛び地面に倒れた。
(……肋骨が逝った。内臓は多分平気、左腕はダメだな。)
アマメはゆっくりと起き上がると、男の方を見る。彼も手足があり得ない方向に曲がっており、意識が無いようだ。
『これより、救急を呼びます。手配を』
『手配は既に完了しています。』
その言葉の後にアマメはヘルメットを脱ぎ捨てる。それと同時に感知能力も復活し、意識せずに周囲の状態を探る。道行く車の動きが手に取るように分かる。その中に、こちらに凄い勢いで接近している存在を見つけた。
(ヒーロー? 公安がこの辺りにヒーローが来ないように手回ししてたのでは?いや、それよりも。)
ポケットからスマホを取り出す。公安使用のそれは見た目は普通のスマホではあるがかなり頑丈だ。今回は敢えて画面は割れているデザインにしている。そのスマホを慣れた手つきで操作し電話をかける。
『救急ですか? 消防ですか?』
男性の声だ。その声にアマメは冷静に慌てたふりをして返事をする。
「き、救急車を、お、お願いします。こ、小太りの男を引き……こ、殺しました!」
あらかじめ、決めていた文言だ。これで救急には公安の作戦である事か伝わる。アマメの演技はそこまで上手く無いが、周囲で監視しているかもしれないヤクザを誤魔化せれば良い。大声と、吃りで混乱しているように思わせれば勢いで多少はどうにかなる。
(あとは……。この人を……。)
倒れている小太りの男の肩に手をかける。死なれては困るし、不自然では無い程度には応急処置はしておくべきだ。公安で習った応急処置の方法を思い浮かべた。
その時、
「らいじょーぶ!! アタシが来たにょら♪」
どっかで聴いたことがあるセリフを呂律が回らない口調で放たれた。
その言葉と共にツンと鼻を刺すような酒の臭いが充満した。アマメは臭いに少し顔を顰めながら振り返った
「ひ、ヒーロー?」
(酒の臭い。中華風の衣装………。泥酔ヒーロー、へべれげ)
直接的な面識は無いが、雄英高校の先輩で制服などを譲って貰った人だ。お礼を言いたいが、アマメという少女の正体を明かすわけにはいかない。
「そう、よーー。ヒーローだよー。うん、そこの子、事故っちゃった?」
「は、はい……。救急車に連絡したので………。」
千鳥足で小太りの男に近寄るへべれげを見ながら返事をする。へべれけは、男の横へ跪くと軽く肩を叩きつつ声をかけて意識の有無を確認。その後、素早く怪我の状態を確認したあと、応急処置をしていく。その様子は先程の酔っ払った様子とは異なり的確だ。
(……この人、
へべれけの応急処置を見ながらアマメは考えた。目の前にいるヒーローは
売春、詐欺、殺人。その中には
だから、アマメは無意識の内にヒーローを疑ってしまう。ヒーローと
それに加えて、公安がこの辺りにヒーローが来ないように、
(いやぁ、けど、へべれげって、色々アレらしいからなぁ。酔っ払いだし……。それより、救急車が来た)
5分ほどして救急車が到着した。乗っているのは公安の息がかかった隊員たちだ。彼ら救急車から降りるとマニュアル通りにへべれげと連携を取り小太りの男を救急車に乗せた。
(問題ない。このまま、私も救急車にのって……。)
順調だった。
後はアマメも怪我人として救急車に乗るだけ。※問題なく任務は進んでいた。問題なく終わるように見えた。しかし、彼女の最後の最後で言った。
「心配だから、私も行くよ。」
その、へべれげの発言にその場にいた全員の内心が凍りついた。
今回の作戦の概要は単純明快だ。あの男と接触する事だ。しかし、彼はヤクザに監視されている可能性の高いし、事務所の写真を信じるのなら家族を人質に取られている可能性もある。そのため、公安が接触したことをヤクザには知られないようにしなくてはならない。
初めは誘拐などの方法も考えた。しかし、それだと大騒ぎになりかねないし、ヤクザがなんらかの行動に出る可能性があった。だから、多少強引でも事故を起こす事にしたのだ。事故を起こし、救急車に乗せて公安の息がかかった病院へと運び、病院内部で接触する。そう言う作戦だ。
そのため、救急車には部外者を立ち入らせる訳にはいかない。彼女がヤクザ側の存在かもしれないし、そうで無くとも内部を見られたら不自然な箇所も多すぎる。
(どうする? いや、これしか無い!)
公安の息がかかった救急隊員とアイコンタクトを取って、アマメは路肩に寄せておいたバイクに乗ってエンジンをかけた。あのヒーローを遠ざけなくてはならない。今はそれが全てだ。
「それじゃあ、後はよろしく!私は逃げる!」
その言葉と共にアマメは事故現場から逃げ出した。それを見た救急隊員のリーダーは一瞬の間の後、へべれげに言った。
「って、轢き逃げじゃないですか?私たちは彼を病院に連れくので、あの人を追ってください!」
「え?うそ、ぁあー!、了解!」
へべれげはそう言うとアマメを追って走り出した。普通ら人がバイクに追いつくことなんて出来ない。しかし、走り出した彼女はたった10歩目には時速100キロを超えた。
「ナハハハハアハハハアハ、ははっー!!!」
彼女は全身を強化されるが全身の細胞がアルコール漬けになっていく。およそ身体機能の全てを強化されるが酔っ払ってしまう"個性"、それが"彼女"の泥酔強化だ。
「ニヮハハハハハハハ!!!」
へべれげは高笑いをしながらみるみるうちに加速する。そして、それと比例して酔いが回っていく。酔いにより理性は薄くなる、しかし、その強化された身体能力はヒーロー回でもトップクラスだ。
そのため、すぐにバイクに乗ったアマメへと追いついた。
「どうだ!ノンヘル轢き逃げ犯!!どうだ!この、カレーなコーナリング!まさに中辛! へべれげがトップに躍り出た!」
しかし、並走する訳では無かった。
へべれげはアマメがカーブで速度を落とした隙に、高笑いをしながらアマメを抜いていった。捕まえるわけでも、攻撃する訳でもなく、ただ、抜いていった。
そして、そのまま加速して去っていった。
「…………は?」
意味か分からない。
いつからレースをしている事になったのだろうか?
しかし、アマメはとりあえず冷静にUターンして元来た道を戻り、男が運ばれる病院を目指す事にした。
その時、バイクで走るアマメの真横にヌッと人影が現れた。
「逆走ですか? それでも走り屋か!恥を知れ卑怯者! 私も勝負をしたいが、しかし、悲しい事に私には任務があるにょら!また今度にゃ!はははは!はっするー!」
「……何を言っているんです?」
「ニョホロロロロ!そんなのわかる訳ないでしょ!!考えるな!感じろ!!」
その言葉と共にヘベレゲはバイクの後輪を素手で掴んで無理やり止めた。そのせいで、アマメはバランスを崩してしまい、慌ててバイクから放り出される。
「キャハッ!捕まえたのら!轢き逃げ犯!☆」
へべれげは空中のアマメを掴もうと手を伸ばす。その動きにアマメは気がついていた。しかし、回避が間に合わない。単純に速度がアマメを大きく上回っているのである。分かっていても回避不能な攻撃。へべれげはアマメの腕を掴むと引き寄せて姫様抱っこをした。
「ご無事ですか?お姫様?」
その言葉と同時に後輪を破壊され、操縦者を失ったバイクはそのままガードレールへと衝突して大破した。
(……訳が分からないよ。)
その時、へべれげは青白い顔になった。そして、そのまま、何を、とは言わないが口からリバースした。お姫様抱っこをされていたアマメがどうなったかは語るまでも無いだろう。
◆
例の男は、とある病院の個室のベットへと寝かされた。驚くべき事に応急治療しかされておらず、医師にすら見せていない。さらに、その部屋には黒いスーツを着た男女が数人おり、重苦しい雰囲気である。
「回道さん、お願いします。」
黒スーツの1人である目良がそう言うと、1人の女性が返事をして前に出た。彼女は感情を感じさせない表情でベットで寝ている男の顔を掴んだ。すると、みるみるうちに男の傷が治っていった。しかし、それと同時に髪の毛が白くなっていき、さらには抜け、顔の皺も増えた。まるで、5年ほど歳を取ったかのようだ。いや、事実、男は老けた。これが彼女の"個性"、触れた相手の傷を"寿命と引き換えに"治す"個性"、強制回復である。
「………ここは?」
回道が手を離すと、男が目を覚ました。目の動きだけで周りを見渡すと、何かを察したのか小さく笑った。
「ハハ、なるほど。あの事故はあなた方の仕業でしたか……。公安。」
その言葉に周囲の黒スーツは少し騒ついた。そんな中、1人の男、目良は気にした様子もなく一歩前に出た。
「我々の正体にすぐ気がつくとは、流石は、
「それほどでもありませんよ。
その言葉で、目良の表情が強張った。その言い方、まるで、公安が動いていることをあらかじめ知っていたかのようだ。しかし、目良はそんな事はあり得ないと、確信していた。
作戦の全容を知るのは公安委員会会長のみ、目良ですらその全てを知るわけではない。そのため、誰かから情報が漏れたとしても公安の動きの全てを把握することなんてそうそう出来ない。
しかし、富沢の態度を見ていると全てを見透かされているような気がしてならなかった。
「……公安の動きを知っていたのですか?」
目良のその言葉に男は笑った。何もかも見透かすような、全てが彼の掌の上にあるかのような錯覚を覚えるほと優雅な笑みだ。事実、既に目良はこの男に呑まれかけていた。しかし、富沢は個性"など使っていない。カリスマ性と言えば良いのか、ただ、この男が放つ雰囲気に目良は負けてしまいそうなのである。
「知っていたも何も。私は、敢えて証拠を残して、公安を誘導していたのですよ。」
その言葉に目良は目を見開いた。その発言を信じるなら、この男は公安の動きを把握していたわけではない。予想していたのだ。自分に関する証拠をわざと残すことで、そこから公安がどう動くのか、それを予想していたのだ。
(……不可能ではない。今は超常社会。何が起きてもおかしくない。)
「………それで、あんたの目的はなんだ。我々を誘導していたのなら、なぜ捕まった。」
目良は富沢が放つ雰囲気を壊すために敢えて強い言葉を使って言った。しかし、それの効果は無く富沢は困ったように笑うだけだった。
「ええ、私は捕まりたかっただけなんです。」
ハハ、と、笑う富沢だが、目良には少し悲しげに見えた。