"個性"ゴキブリ 作:ゴッキー
どこにでもある普通のマンションその屋上に現No.2ヒーロー、ホークスが立っていた。道路を挟んで向かい側に小学校があり、校庭で子どもたちが体育の授業を行っているのがよく見えた。
ホークスはその中の1人、富沢
(彼女か、見れば見るほど普通の子どもだ。)
狙われていることを知らないのか、それとも、精神操作を受けているのか、ホークスは頭を悩ませた。しかし、そんなことは、保護してから考えれば問題ない。
『こちら、BB、準備完了しました。』
インカムから最近
マンションから飛び降り、学校の屋上へと移動する。その動きはとても素早く、文字通り目のまとまらぬ速さだ。
「こちらホークス。こちらも準備完了している。俺が合わせるから合図を出してくれ」
どこからか流れてくるカレーの匂いを嗅ぎながらホークスは答えた。
「……給食か」
漠然とホークスは思った。口に出してしまったのは偶然か、それとも、その匂いで家族の食事風景を連想し色々と複雑だった幼少期を思い出し気が緩んでしまったのかは、本人にすら分からないだろう。しかし、なんとなく、今日の給食はカレーか、と、思った。
『……了解。カウントダウンに入ります。』
カントダウンが始まった。その直後、ホークスの脳裏にある事実を思い出す。
(この学校は給食センター方式だ!)
給食には学校に給食室がある自校調理方式と、給食センターから作られたものが送られてくる給食センター方式の2つがある。そして、この学校は給食センター方式であり、今は給食が運ばれてくるには早すぎる。
慌てて袖で鼻と口を塞ぎ、剛翼を用いて周囲の気流を探知する。近所の民家で料理をしてる可能性があるが、剛翼の探知で気流を掴みその可能性を排除する。今は超常社会、何が"個性"のトリガーになっているか分からない。どんな些細な違和感も見逃すわけには行かない。
ホークスは剛翼をさらに展開する。攻撃されている可能性、それがどんなに低くても最大限の警戒をしなくては任務は務まらない。
「カレーの匂い、これなら簡単に騙せると思ったんだけど。給食っぽいでしょ?」
女性の声が突如、響いた。
すぐさまはホークスは戦闘体制に入るが、肝心の声の主は感知もされないし、姿も見えない。しかし、攻撃をされていることは事実だ。つまり、この任務が敵側にバレていたという事、任務が失敗したという事だ。
「こちらホークス!ッ…………。電波もやられたか……。」
インカムで外と通信を取ろうとしたが、聞こえるのは雑音だけだ。外界との連絡が取れない、その事に顔を顰めた。任務は完全に失敗だ。早くアマメと合流し、仕切り直す必要がある。しかし、それより先にこの場にいる
「折角隠れてるのに声をかけたきた。何が目的だ?」
ホークスは剣のように2枚の羽を両手にそれぞれ構える。いつでも動ける臨戦体制だ。しかし、その様子にクスクスと笑え声が響く。
「ええ。確かに、隠れるだけなら声をかける必要はない。けれど、知りたかったんです。彼の"個性"が
そういうと、ホークスの前に1人の市販のマスクをつけたビジネススーツを着た女性が現れた。いや、正確にはそこにいた事にホークスはようやく
思い返して見れば、その女性は初めからそこにいたのだ。しかし、ホークスはどうしてか
「私はスメイル。彼は臼井影雄です。彼は自分とそして、触れている対象を周りに意識させなくする"個性"なんです。ああ、石ころ帽子って言えば分かりやすいかしら?」
スメイルはそういうと、足元で疼くまる男を指差した。臼井と呼ばれた男は身体の調子が悪いのか、咳き込み、吐血している。だが、不自然な事にホークスは彼の存在も、彼女に言われるまで気がついていなかった。驚いているホークスを他所にスメイルは言葉を続けた。
「元々は隠れて、時間まで待つつもりだったんですが、彼、調子が悪いのか倒れてしまったんです。元々、私の出してる匂いも貴方は感じてた見たいですし……。いつ見つかるか分からない、なんて嫌なんで、彼が"個性"の制御がどこまで出来ているかどうか調べる為に声をかけたんです。反応したらダメ、スルーされたら問題なしって感じです。」
スメイルは淡々と、少し早口気味に言う。その言葉にホークスは嘘かどうか思案した。嘘を見破る技術は彼も持っている。しかし、それはあくまでも技術、精度はそこまで高くないし、癖も何も知らない初見の相手に対しては尚のこと精度は落ちる。
(嘘は言ってない?明らかに時間稼ぎだ。何のために?)
しかし、ホークスは思考する。相手の"個性"、それがわからなければ対応手段が分からない。しかし、"個性"とは得意の押し付け合い、何もさせる前に倒す。それがセオリーだ。
ホークスは"個性"を発動する。背中の翼から10を超える羽を射出し、女性へと向ける。
しかし、その瞬間、ホークスを強烈な眩暈が襲った。立っている事さえ出来ず、その場に倒れ込んでしまい、飛ばした剛翼も制御を失いその場に落ちた。
(何が……。)
「ゼーゼーゼー、……ゴホ、ゴホ……。」
全身が重く、咳き込む。さらに、頭痛、腹痛、関節痛が彼を襲った。その症状はまさに風邪と呼ばれるもの全てが襲ってきたかのようだ。しかし、ホークスは全身に鞭を打ち、立ち上がった。
「……流石はヒーロー。私を襲う前に言っておきます。私の出す
そう言って校庭を指差した。それだけで、ホークスは理解した。彼女の言葉を信じるなら、"個性"発動のトリガーは匂いだ。そして、その臭いはきっと、この小学校程度なら余裕で届くだろう。
「私の相手なんてしてる余裕ありませんよ?」
スメイルは楽しそうに笑った。事実、下の校庭では児童も教師も倒れてしまっている。心身共に鍛え上げられたホークスですはここまで苦しいのだ、子どもたちが耐えられる訳がない。
もう、猶予は無い。今すぐにでも助けなくてはならない。
だが、彼の肺は機能しておらず、もう上手く呼吸できていない。発熱や酸欠のせいなのか上手く思考も出来ていない。しかし、それでも彼は諦めない。
(まだ!動く!)
剛翼を1枚、それだけに集中し、放った。間際の一撃、窮鼠猫を噛むとも言うがこの攻撃は
その一撃はスメイルの右頬を斬り裂いた。肉片とマスクが飛び、その素顔が露わになった。
(そんな事が……!)
顕になったスメイルの顔。
それを見てホークスの彼女の運命を呪った。
未だ朦朧とする意識の中、その呪いは直ぐに怒りとなり、焦りとなった。コイツを逃してはいけない。今すぐ、公安で処理をしなくてはならない。
これ以上、彼女を追い詰めてはいけない。これではあまりにも……。
(ここで、確実に捕まえる!)
どこに向けるまでもない怒りを胸に秘め、しかし、無感情にホークスはその1枚の剛翼を操り、急所は狙わずに確実にスメイルが動けなる場所を次々と斬り裂いた。剛翼の動きは素早く、あたかもひとりでに全身から血を噴き出したかのようだ。
「ァアアア!!」
悲鳴を上げ、スメイルは膝をついた。
涙で霞んだ視界で前を見ると、既にホークスは立っていた。ゼーゼーと肺炎独特な呼吸音をしており、熱があるのか顔は赤く染まっている。明らからに本調子ではない。
(なんで……。)
スメイルはホークスが動ける理由が分からなかった。呼吸はまともに出来ない筈だし、意識を保てないほどの発熱もさせている筈だ。今までも、この状態で動けた存在はいない。
だが、人は限界を、理論上ではこれ以上無理な地点をよく超える。ホークスもそれを超えたにすぎない。しかし、それは
つまり、
「………もう、いいよ。辞めたい……。」
ポツリとスメイルは呟いた。その様子にホークスはスメイルの戦意が完全に無くなったと思った。ヒーローとしてたとえ
「……死にたくない。死にたくない死にたく死にたくない。ああ、やだやだよ。でも、
スメイルは譫言のように呟きながら歩みを進めた。
ホークスは慌てて10枚の剛翼で女性の周りに展開する。精密な制御は出来ないが壁代わりに展開した。それはいわば、翼の牢獄だ。普通、その状態で前に出るものなんていない。出られるはずがない。
だが、女性は肉が裂ける事も気にせず、剛翼にむけて歩みを進めた。展開した剛翼に足が突き刺さる。いや、それだけではない、胸に、腕に、顔に、剛翼が刺さり、肉がえぐる。それでも、歩みを止めない。
(……違う!そうじゃない!)
ホークスは内心舌打ちした。自傷覚悟の正面突破などではなく、彼女のやっていることは、ある意味戦闘とは真逆、ただの自傷行為。つまり、正面突破に見せかけた自殺である。
「ァアアア!」
スメイルは奇声を挙げながら、さらに歩みを進めた。その先には剛翼、その一つが彼女の喉元に迫る。
「ッ死なせない!」
40度を超える発熱。細胞が死滅し始める体温に近づいている。そのせいでホークスは本調子ではない。だが、彼は動いた。彼女の周囲に展開している剛翼を翼に戻す。それにより彼女がこれ以上、傷つくことはない。
「アアアア!」
剛翼の自傷が出来なくなると、スメイルは口を開けた。その動作でホークスは舌を噛みちぎるつもりだと判断した。
(間に合うッ!)
剣のようにした剛翼を片手で握りしめ、飛行能力の後押しもあり、ひと蹴りで一気に距離を詰め、剣の柄でスメイルの首の裏を殴り気絶させた。すると、周囲に漂っていたカレーの臭いが消え、症状が波が引くように無くなっていった。
「……色々、調べる必要があるな」
経験上、信念のある者は気絶してくれない。特に自分の命をかけても情報を守ろうとする
(だが、まずは……。)
校舎から飛び降り、倒れている児童達の元へと向かった。スメイルの気絶で症状は治まっているようで、子どもたちの命には別状はない。中には既に起き上がり初めている子もおり、目的の富沢炎も含めて命には別状がないようだ。
「……ホークス、子供たちは?」
女性教師はふらふらと起き上がると、そう言った。
「…………命には別状はない様ですが、病院に連れて行った方がいいでしょう。俺は警察や救急に連絡をとってみますので、子ども達をお願いします。」
そう返事をしながら脳内で優先順位を整理する。教師も意識はハッキリしている様子だ。ならばこの場は任せてしまっても問題ないだろう。
(今は公安と連絡することがベスト……)
耳につけた小型の無線機を操作する。しかし、相変わらず雑音だけで繋がる様子はない。と、思われたが、唐突にノイズが消えた。
『ホークス、聞こえます?ホークス!』
「はい、聞こえます! 良かった。」
先ほどまで障害が嘘のように通信が復帰した。その事にホークスは怪しんだが、今は連携を復活させる事が優先だ。そう判断して、現在の状況を説明し始めた。さすが教師や児童達が周りにいるため、公安関係のことは濁してはいるが、それでも状況くらいは伝えられる。
『おそらく、何者かの"個性"でジャミングされていたのでしょう。解かれた原因は解りません。また、BBとの連絡が取れていません。ジャミングではなく、単純に応答がありません。また、彼女の担当エリアで爆破が………』
淡々とした公安職員の言葉を聴きながらホークスは奥歯を噛み締める。
だが、この短期間でアマメは幾つもの危険な任務をこなしていた。その実績から見れば彼女が殺されるとは思えない。たとえ、何かあったとしても、ある程度は自分でどうにかするだろう。
そして、ヒーローは一般人を守る事が必須だ。
未だに気絶しているが、スメイルは目覚めたら何をするのか分からない。そのため、公安に引き継ぐまでは見張っておく必要がある。
「……了解。会敵した
『分かりました。』
そういうと通信は切れた。
その後、ホークスは公安の息のかかったヒーローや警察、救急車の到着を待ち現場を引き継いだ。その際にスメイルの身動きを完全に封じておくようにと指示を出した。
(次はBBだ。)
引き継ぎが終わると、ホークスは急いでアマメの元を目指して高速で空を駆けた。
(……落ち着け……)
慌てる心を無理矢理沈め、引き継いだ公安職員から聞いた話を思い出す。アマメがいる当たりで大規模な破壊活動が行われ、既に一般の警察やヒーローが駆けつけているという。公安も現場のヒーロー達と協力し事態の収束を優先にしたいとのこと。
(……自爆テロ、という証言もある、か)
厄介な相手だ、と、奥歯を噛み締める。その時、酷い血の臭いを感じた。飛行をやめてあたりを見渡すと、爆散したような人の死体があった。それも一つでは無い、何体、何十体も人の死体が横たわっていた。
その光景にホークスは背筋に嫌な汗が流れた。
「ホークス! どうしてここに?」
その声の方を見ると、制服を着た警察官が1人立っていた。目が合うと警官は慌てて敬礼をした。
(確かに俺の活動地域から遠く離れているが……。これでもNo.2、いたら驚くのが普通か)
そう考え、嘘を付かずに誤魔化す事にした。
「……とある事件を追っていたのですが、サイドキックと連絡が取れなくなってしまって……。それで、ここに」
その言葉に警察官は何かを思い出すように言葉を続けた。
「ああ、生存者は全員、偶壮総合病院に運ばれたはずです。彼女もおそらくそちらにいるでしょう。」
その言葉にホークスの表情は一瞬だけ消えた。しかし、すぐに普段通りの様子に戻る。いつも通り、平常心を努めて作る。
「分かりました。ありがとうございます。怪我の様子とかって分かります?」
「……意識はあったみたいですよ?」
「……分かりました。
「逃げられたようです。目撃証言も取れています小太りの……。あ、申し訳ないですが、いくらホークスといえど協力体制にない相手に、操作情報を伝える訳には……。」
「ハハ、そうですね。では、俺はサイドキックが心配なので病院に行きます。」
ホークスはそう言うと翼を広げた。そのタイミングでわざと思い出したかのように言った。
「………失礼ですが、警察手帳を見せて頂けないですか? 一応は決まりなので」
「あ、はい」
警察官は自身の職務を務める時は警察手帳を見せなくてはならない。今回の場合は微妙なラインだが、ホークスはそれをついた。警官は慌てて手帳を見せた。
(
「ありがとうございます。」
そう言ってホークスは病院の方へと飛び去った。その途中で、爆散した富沢夏子の死体を発見した。