"個性"ゴキブリ 作:ゴッキー
すいません
この回でヤクザ戦は折り返しです。
アマメは病院での検査が終わると、経過観察も含めて入院が決まった。彼女の"個性"に明るいかかりつけの医者であれば別の判断をしたであろうが、はじめての病院のためこのような処置となった。
「……ご主人様……。」
病室で1人、アマメは同じ人を愛した、富沢夏子を思い出していた。アマメは彼女の持っていた爆弾による自爆で大怪我を負った。それにより、夏子は死んでしまったが、愛する人のために命を使えた彼女のことを本気で羨ましいと思っていた。
「本当にそう思っているのか?」
ベットの横に立つ
「煩い。大好きなんだ。こんなに愛したの初めてなんだ!その為に生きて何が悪い!」
「はっ、それを私に言うのか?」
ミルコはアマメを見下ろして言う。その言葉にアマメは苦虫を噛み潰したような表情となり、黙った。しかし、すぐにその表情はだらしないものに変わる。
大好きな人を思う。それだけで全てがどうでも良くなるのだ。脳はとろけそうになり、胸はドキドキして、何かが切なくなる。布団の下で無意識に手が下着の下へと伸びる。
「救いようがないな。けと、分かってんだろ?私は……」
ミルコがそう言いかけたタイミングで病室の扉開き、ホークスが入ってきた。
「……BB、大丈夫?」
片手を上げ、それを挨拶代わりとしている彼はいつも通りにニヤけた表情をしている。しかし、目だけは笑っていなかった。けれど、その事にアマメは気がつかない。
「ホークスッ!わざわざ、ありがとうございます。」
普通以上にビックリした様子の彼女に気がついたが、ホークスは敢えて何も言わなかった。
「……いや、いいよ気にしなくて……。それよりも、何があった?」
ニヤけた顔、普段と同じテンション。しかし、彼の発する鋭い雰囲気にピンク色に染まっていた彼女の脳はようやく気がついた。どうして今まで気が付かなかったのか、彼の雰囲気は、まるで、首元にナイフを突きつけられているかのようだ。
「あ、は、はい。」
その殺気にも似た圧にアマメは必死に思考を回した。
必死に考えるが、分からない。しかし、アマメは慎重に言葉を選んで告げた。
「………わ、別れた後、爆破事件に巻き込まれました。一般人が、突然爆発していきました。……詳細は、分かりません。対象を保護しようとしましたが、彼女も爆発し、それに巻き込まれ、病院に運ばれました。」
重要なことは言わずに、報告をする。しかし、その言葉を聴き、ホークスは更に圧を強めた。
「……いつもの君なら病院に行きたがらない、と、思うけど……。どこか、大きな怪我でも?」
その言葉は暗に、
いや、それだけではない。
彼女をヒーローとして扱っていること、それそのものが公安にとってリスクなのだ。だから、彼女はそのリスクに見合ったリターンを公安に見せ続けなくてはならない。少しでも上層部に『いらない』と、思われた時点で、処分されてしまう。彼女の命、自由はとてつもなく軽いのだ。
それが分かっているからホークスは柄でもなく彼女には厳しく指導する。少しでも良い働きが出来る様に、少しでも公安のヒーローとして活躍できるように、成長させる。それが、彼が彼女のしてあげられる数少ない事だから。
「ヒーローは
「はい、分かっています。」
ホークスが言いたいことはアマメも分かっていた。
そんなことアマメも最初から分かっている。普段ならば意地でも公安の病院へと向かうだろう。しかし、今回ばかりは仕方がない。彼女の
今のアマメには大好きなご主人様に嫌われたく無い、という思考に取り憑かれている。どんなにその作戦の出来が悪くても、口を挟める訳がなく、穴だらけの作戦を褒め称え、おとなしく従うしかないのだ。
「……けど、元気そうで良かった。怪我はどんな感じ?」
ホークスのその言葉にアマメは慎重に思考を回す。彼は暗にどうして公安の病院ではなく、一般の病院に来たのか聞いているのだ。この答えによって公安からのアマメの評価は大きく変動してしまう。そうなった時、アマメが得られる情報は減ってしまう。
(ご主人様の作戦は穴だらけだ。けど、最高の成果を手に入れる!)
「……表面上の怪我だけ見れば戦闘可能レベルまで回復するかと思います。しかし、ここに運ばれた時、頭を強く打ったみたいで
少し早口になりながらアマメは言い訳をした。意識を失ってしまったから、ここに運ばれてしまった。という嘘だ。それを聞くとホークスは少し考えるそぶりをした、後、頷いた。
「……うん。分かった。今は治療に専念してて。それと、怖がらせて
ごめん」
ホークスはそういうと今まで放っていた圧を消し、病室を出ていった。それで漸くアマメは冷静に思考が周り、
(ああ、バレたわけじゃなくて、いつもの発破か……。)
と、一息をついた。
ホークスは本来、後進育成に力を入れるタイプでは無いし熱血教師なんかでもない。しかし、アマメの立場、有用性を示し続けなければいつ捨てられてもおかしくない少女の為に厳しくしているのである。だが、そんなことを知らないアマメは、意外と熱血教師だなぁ、と、思うだけだった。
(それはそれ、今はご主人様がすべてだ)
気合を入れて思考を回す。
アマメに降った指示はたった一つだけ、公安のもつ捜査情報を入手し五戒組に流すことだ。
(……多分、ご主人様は初めから公安の誰かと接触するために、あそこにいたんだ。)
ふと、アマメはそんなことを思った。事実としてその考えは正しい。ラブと呼ばれるあの女性は、公安直属のヒーローと接触するためにあの場にいたのである。そして、あの場に現れた公安ヒーローを自身の手駒にするためだけに街を破壊し、沢山の人を殺し、
———-ハハハ!ハハハ!
———助けて!誰か!誰か!
久しく聞いていなかったマスキュラーの笑い声、そして、幼かった自分自身の泣き声が頭に響く。
「それで良いのか? 分かってるんだろ?」
傍に現れたミルコが冷たく言い放つ。
その声とは異なり、アマメの身体は熱くなっていく。
「……ご主人様ぁあ」
顔も知らないご主人様。彼女の事を考えるだけで全身がとろけそうになってしまう。嫌なことも、心の中の悪意も、光も考えないようにして、ピンク色の幸せに浸る。
「………お前は、それだと……。」
ミルコの言葉を無視して下着へと手を伸ばす。先ほどはホークスという邪魔が入ったが、今度こそは、桃色の世界へと沈んでいった。
◆
退院後、アマメは家に帰れると思ったが暫く帰る事が出来なかった。その理由は一重に今回の事件が別の事件と繋がったからである。
ことの発端はプロヒーローであるファットガムが"個性"を消す弾丸を入手したことだ。そして、その販売ルートを辿っていくと五戒組の親組織、死穢八斎會に結びついたのだ。そして、五戒組は富沢が仕切る麻薬販売ルートを狙っていた。
そこからの捜査により、五戒組は『"個性"を消す弾丸』の流通を拡大するために富沢を取り込もうとしたと判明した。そのため、富沢を確保している今、五戒組や麻薬販売などよりも、『"個性"を消す弾丸』の流通を阻止、ひいてはその元凶である死穢八斎會を優先することにしたのである。それに、五戒組はあくまでも死穢八斎會の下部組織だ。上が弱まれば対処もしやすくなる、という考えもあった。
それにあたり、公安は他ヒーローと協力して死穢八斎會の本拠地となる場所、そして、エリと呼ばれる少女が匿われている場所を探す手伝いをする事になった。
(で、ここもただのソープっと。)
そんな理由から、風呂屋さん、というかソープランドの屋根裏にアマメはいた。彼女は現在、26ヶ所目となる死穢八斎會関連の店に来ていた。中身は至って不純そのものだが、一般的な風俗店に過ぎなかった。
(これで、私のノルマは終わった。後は他のヒーローの仕事だ)
そんな事を思い、公安へと連絡を入れる。すると、暫くぶりに休んでいいと言われたので、言葉に甘えて久し振りに家に帰る事にした。アマメにとってあの家にはなんら執着は無い。しかし、それでもプライベート空間で眠る事ができるのはかなり嬉しい事だ。
(けど、ご主人様……。なんの連絡もくれないなんて……)
公安の情報の入手、そんな事を頼まれたきりアマメだが、ラブとの連絡が取れないでいた。そもそも、アマメは彼女の連絡先も、顔も名前も知らないのである。連絡の取りようが無い。
寂しさと、見捨てられたかもしれないという恐怖を覚えた。もしかたら、何処かで鉢合わせないかなぁ、家に帰ったら待ったてくれてたり?など、そんな妄想をしながらキョロキョロとご主人様を探しながら自宅への道を歩く。
その時、ふと、今まで感じた事がない感覚に陥った。
(この感じ、ご主人様?)
ラブを探知した。振動ではない、別の感覚だ。強いていうなら臭いだ。本来なら鼻で感じる五感を、触覚を通して感知した。本来、彼女の"個性"なら持っていてもおかしくない能力、ゴキブリの嗅覚だ。その片鱗が、ご主人様と会いたいという想いから目覚めはじめたのである。
しかし、そんな事知る由もないアマメは、首を傾げながらその感覚を辿った。
その結果、辿り着いた場所は自宅であった。
「ご主人様!!」
最愛の人が家に来ている。その喜びのまま、鍵を開けて自分の部屋に入った。部屋に入るとラブの臭いに満ちていた。甘くて、幸福に包まれる、そんな臭いだ。それをたどりリビングに入る。
そこには、
「最上さん?」
最上愛がいた。
アマメと同じアパートに住む彼女は、普通の女子大生のはずだ。理解が追いつかない。しかし、もし、彼女がご主人様、最も愛する人だったら、きっと、素晴らしいことだ。だって、愛する人が元々同じアパートに住んでいたのだ。それは、きっと、神様が導いてくれた運命なのだ。そんな事をアマメは思った。
「おかえり、アマメちゃん。」
「あ……そんな……。」
その臭い、声、そして、アマメの心を支配する"個性"が伝えてくる。目の前にいる相手は、仕えるべき相手だと、心から愛するただ1人の存在だと、理解してしまう。細胞一つ一つまで染まってしまう。
「ご、ご主人様……?」
アマメの言葉に愛は優しく頷いた。
「ええ、そうよ。おかえり、私のアマメちゃん。お仕事お疲れ様。」
その言葉に自然と涙が流れた。愛が発した言葉は今まで誰かに言って欲しかった言葉だった。もう誰かから言われは事がないだろうと思っていた贈り物だったのだ。
だから、その一言でがたまらず嬉しかった。
「おいおい、ここまでかよ。」
アマメの後ろにいたミルコはみるみるうちに向こう側が透けて見えるほど薄くなっていた。その突然の出来事にミルコは驚いているが、アマメは気にした様子はない。
「ど、どうして、ここに?」
その問いに、愛はゆっくりと立ち上がると立ち尽くすアマメを優しく抱きしめた。
「当たり前だよ。かぶりちゃんの家は私の隣だもん。私はあなたが死ぬまでずっとそばに居る。だからここにいるの。」
その言葉はアマメの脳を優しく溶かす。顔が赤く染まり、目が、とろんとなる。その様子に愛は釣り上がりそうな口角を必死に堪えなが、アマメの顔を優しく両手で包んむ。
背後のミルコの足が消え、バタリと倒れてしまう。しかし、床を這いながら必死にアマメに向かって叫ぶ。
「くそ!しっかりしろ! お前は誰だ!!」
だが、その声はアマメには響かない。
「だから、安心して、私に全てを委ねて。」
ミルコの両手と下半身が消滅する。
そんな様子を無視してアマメと愛の顔はゆっくりと近づく、そして、口と口が重なった。愛は迷いなく舌を入れ、アマメはそれを自然と受け入れた。
「沖かぶり!
ぎこちないアマメを、愛がリードしていく。行為どんどん進んでいき、ヒートアップしていく。それに合わせて、ミルコの身体はみるみるうちに消えていく。
ミルコの叫びを、涙も、アマメには響かない。見ないし、聞かないし、考えない。自分の想いを全て捨てて、ただ一つの愛に染まっていく。
(………。この、匂い……?)
ミルコの首から下が消滅した。その時、来客を知らせるチャイムが鳴った。その音に反応し、2人の行為が止まる。数秒の静止の後、アマメの上に覆い被さっていた愛がどいた。
「邪魔が入っちゃったね。うん、続きは夜にしましょう?」
「……はい。」
アマメは呆然としながら頷いた。愛の手を借りて立ち上る。愛に促されるまま、衣服の乱れを素早く直すと、玄関を開けた。
「……才ねぇ?」
そこには才子が居た。
アマメの思考は停止し、全てが吹き飛んだような気がした。対してここを訪れた才子も驚いている様子だった。才子がアマメの家を訪れたのはこれが初めてではない。しかし、会えた事は無かった。才子が訪れると、毎回留守だったり、すでに引っ越した後だったりで、いつもアマメは才子から逃げおおせていた。なので、今日も半ば諦めていたのである。
「………久し振り……。避けられてるかと思ってた。」
泣きそうになるのを堪えながら才子は笑顔を作った。しかし、アマメは何も答えられない。"個性"に縛られた心がパニックを起こしフリーズしてしまったのだ。
「ねぇ、アマメ、この方はどなた?」
そんな2人に割って入るように、愛が口を開いた。満面の笑みの彼女に停止していたアマメの心は動き出した。悲鳴を上げる心が口を動かす。
「………この人は…………。」
僅かに動く思考が、消えかけているミルコを捉えた。既に右目しか残っていない彼女は、視線だけで何かを訴えている。
「……この人は、私の姉です。久し振りだね、才ねぇ。仕事が忙しくて中々、会えなくて、ごめんね。」
その言葉に、才子の笑みは消えた。しかし、2人は気がつかない。アマメはご主人様を才子にどう紹介をするかを、ほとんど回らない思考で考えており、愛も自分の立場をどう
「ええ、問題なくってよ。あなたの仕事は知ったますもの……。ところで、こちらの方はどなた?」
才子の言葉にアマメは答えられなかった。やろうと思えば適当に繕うことは出来るが、今の彼女には愛の命令を待つことしか出来ない。どうすれば良いか、愛を見ると彼女は小さく頷いた。
「お
「………つ!」
その言葉にアマメの顔が真っ赤に染まる。対して才子はそんな様子のアマメを冷たく見ていた。その様子に愛は気がついた愛は次なる一手を打った。
「お姉様、その、女同士でって思うかもしれませんが……。私たち……!」
激しい言葉を才子は冷たく遮った。
「私、この子が両刀なのは、昔から知っていましてよ。けど、だからこそ、悔しいんです。もし、疎遠にならなければ、あなたのいる場所は私だったかもしれない、と、思えてしまうんです。」
と、言いつつ才子は両手で顔を覆った。肩を震わせて泣いているようだ。その様子を見て、愛は自然と口角が上がってしまった。彼女の"個性"の発動条件は触れることだ。しかし、ただ、触れれば良いという訳ではなく、憎しみでも、怒りでも良いのだが、相手が自分に強く意識を向けてる必要である。
(そして、今、この子は私に嫉妬している。)
これなら十分だ、と、思った。なので、右手を動かした。
「……私からは何も言えない。謝るのも違うと思うから……。だけど、私はあなたとは仲良くなりたい。」
そう言いながら自然に才子の肩に手を乗せて、抱きしめる。そうして、もう1人奴隷を増やせば誤魔化す必要はない。愛はそう考えたのだ。
しかし、そうはならなかった。アマメが愛を遮るように才子に抱きついたのだ。そのいきなりの行動に愛は内心、舌打ちをした。自分の事を大好きにするだけで、行動を操れる訳ではない。その"個性"の性質上、仕方がない事だ、と、割り切った。
「……ごめんね。才ねぇ。……ありがとう。今までずっと助けられた。けど、……もう、大丈夫だから……。」
「うん……。うん、私こそ、ありがとう。あなたには、いつも、救われていましてよ……。………………。もう少し、こうしていたいけど、もう、帰るわね。少し、気持ちの整理がしたいから」
「うん、バイバイ、才ねぇ。」
アマメは才子から離れると泣きながら手を振った。才子は俯いたまま、2人に背を向けて歩き出した。その様子を愛はため息をつきながら見ていた。
(奴隷は増えなかったけど、まぁ、良いか。増えても管理が大変だし)
そう思う事にした。それに、増やしたければアマメを通して呼び出せば良い。そんなに難しい事じゃない。
一方、才子はアパートからある程度離れたところまでくると、水筒を取り出して紅茶を一杯飲んだ。
「………なんらかの精神操作、条件は触れること、でして?」
ふと、そう呟いた。
その目は怒りに燃えていた。