"個性"ゴキブリ 作:ゴッキー
夕暮れ時、日本トップクラスのヒーロー科を持つ雄英高校、その近くにあるホームセンターの前に耳郎響香はいた。彼女はスマホを取り出し、地図とチャットアプリから送られてきた住所を睨めっこをしている。服装は学校が全寮制になって以来、着ることの減った私服である。
(用事ってなんなんだろう?今日は自主練禁止だから暇だけど……)
彼女が所属するヒーロー科1年A組は、仲間を1人亡くした。その事実は同じく
そして、自身の弱さ、初めて見た死、それらは彼女達を常に追い立てた。自分自身が立ち止まる事を許さなくなったのだ。その結果、休日も放課後も関係なく常に自主練に励み、自分自身を追い詰め続けるようになった。結果、クラス全員がオーバーワーク気味となり、中でも響香、出久、三奈の3名が倒れる事になった。
それ以来、担任の相澤先生は生徒一人ひとりに対してトレーニングメニューを作りそれ以外の自主練は禁止とし、守らなければ除籍とする、と言い出したのだ。そして、今日は響香のメニューでは休養日となっている。
(けど、喫茶店ってどこ?)
そんな響香はとある少女と待ち合わせをしていた。待ち合わせ場所は、ホームセンター横の喫茶店だ。しかし、周囲には喫茶店らしき建物は無く、しかし、送られてきた住所は間違いは無い。
見落としているだけかと思いあたりを見渡すと、小さな民家を見つけた。
(あそこか?)
もしかしたらあの民家が喫茶店かもしれない。そう思い、近寄ると、案の定、小さな看板があり喫茶店である事が伺えた。窓の外から中を見ると座席数はそんなに多く無いが、落ち着いた雰囲気の良い場所な気がした。
(上鳴には似合わないかな)
そんなどうでも良い思考を飛ばすと、中から1人の少女が出てきた。彼女は聖愛学院の制服を着ていた。彼女と響香は仮免試験の時に共闘しており、その時は勝気で他人を下に見ているような印象があった。しかし、今の彼女にはそのような雰囲気はない。それどころか、縁の太いメガネをかけている影響か大人しそうに見えた。
「……印照さん……。お久しぶりです。」
そんな彼女の名前は印照才子。彼女が響香と今日、この場所で待ち合わせをしていた相手であり、響香に
そんな彼女に響香は会釈をすると、才子もそれに答えた。
「ええ、お久しぶりですね……。耳郎さん……。どうそ、入ってください。」
自然な振る舞いでそう言う才子に案内されて中に入った。そんなおり、扉には「本日貸切」と、書かれた看板が目に入った。チャットアプリのやり取りから重要な内容である事は察していた響香だが、ここに来て、呼び出された要件がかなり重要そうな気がして少し怖くなった。
(ウチたちに共通してることって、沖のことだよね?)
そう察したながら才子について行くと、カウンター席に座らされた。当然、才子も横に座るだろうと思ったが当然のようにカウンターの中に入った。
「え?印照さん?」
驚いて声を上げる。貸切とは言え我々は客のはずだ勝手にカウンター内に入るのは不味い。そんな考えを察した才子はクスリと笑いながら答えた。
「ここのオーナーに無理を言って、今日、この店そのものを借りたのです。好きに使って良いって言われているので、ご安心ください。」
と、そんな事を言った。仮免試験の時とは全く印象の異なる彼女に少し戸惑ったが、響香は真っ先に「お金凄いかかるんじゃ?」と、思ったが口には出さなかった。
「……へぇ、そんな事出来るんですね。」
「いえ、ここのオーナーとは友人なんです。普通は貸切ならまだしも店を好きにして良いなんて、無理ですよ。無理。」
才子がここのオーナーと知り合ったのはかなり偶然である。彼女の"個性"であるIQは飲む紅茶によって効力が変わる。そして、現状、最も力を発揮するのがゴールドティップスインペリアルである。
しかし、この紅茶は伝説と言われるほど入手が難しく、才子には入手経路が無かった。そのため、売っている店を必死に探した結果、ここのマスターと知り合ったのである。元々はビジネスライクな関係だったが、お互いに紅茶通という事もあり、自然とマスターと意気投合して仲良くなったのだ。
「な、なるほど……。けど、友人とは言え、結構無理な頼みだったと思うんですが、そんな事してまで此処で、何の話があるのですか?」
響香は才子の顔の広さに驚いたが、その事には触れずに早速本題に入った。才子はその言葉に頷きながら紅茶をティーカップに注いだ。
「………ええ、そうね。しかし、本題に入る前に確認ですが、今から話す事は絶対に口外しないで欲しい。下手をすれば、我々は殺されます。ここを無理して貸切にしたのはその為です。まぁ、カラオケ店とかでも良かったですが……。ここは紅茶が飲めますから。」
「っ!」
殺される。才子の真剣な言葉に響香は目を見開いた。友人の死を目の当たりにし、
そんな響香を見て才子は、彼女を頼った事を間違いじゃ無かったと思った。しかし、それと同時に妹の親友を巻き込んで良いのか?という思いもあった。
(……本当にこの選択で正しいの?)
きっとこれがバレればかぶりに恨まれる。しかし、それでも才子は妹を助けたい。葛藤と苦渋。そして、彼女が守れるものには限りがある。オールマイトでは無いのだから、それは仕方がない事だ。
だから、守りたいものを優先する。守りたいものの手を、もう2度と離さないために、心の天秤を
「…………ウチを呼んだって事は沖のことですよね? なら、聞かせてください。もちろん、誰にも話しません。」
その響香の言葉に才子は慎重に頷くと、早速、最も重要な秘密を口にした。
「……単刀直入に言います。沖かぶり、彼女は生きています。遺体は偽物です。」
「は?」
静寂が流れた。その中を才子が紅茶を一口飲み、カップを置く音だけが響く。しかし、いつまでもこのままでも仕方がないので、その静寂を破るように才子は淡々と続ける。
「あの子は元々
そして、林間合宿、
「…………惨殺?
「
「……何が、どうして!?」
「公安直属ヒーロー。法で捌けない悪、公表できない犯罪者達、それらを殺し、犯罪そのものを無かった事にする仕事。それが今のあの子。公安に飼われた
「ちょっと待って! 何が!どうなってるの!!」
響香は才子の言葉を遮り、叫んだ。顔面蒼白、しかし汗をかいている。頭を抱え、必死に状況を飲み込もうとしているが、全く追いついていなかった。
当たり前だ。いきなり亡くなった友人が生きていた、それも
かぶりのこと、ヒーロー社会のこと、響香の理解の範疇を超えた事ばかりだった、
「………すいません。いきなり話しすぎました。私も冷静では無かったみたいです。」
才子は言葉を止めて軽く頭を下げた。その様子を見ながら響香は気分を落ち着かせる為に出されていた紅茶を一口飲んだ。本来ならすごく美味しい紅茶なのだが、今の響香には味を認識する余裕は無かった。
そして、オウム返しのようにさっきの話を繰り返し確認していく、そうして少しずつ表情は険しくなっていき、悔しさに拳を握る。
「…………今の話、本当ですか?」
「本当です。」
響香は悔しさから奥歯を噛み締めた。
友人を死んだと勘違いしていた事、
狂気に駆られて
公安ヒーローという社会の闇に浸かっているのに何も出来ない事、
友人の為に何も出来ない、出来なかったことが悔しくて堪らなかった。
「………どうして、印照さんは平気なんですか?」
「……平気な訳が無いわ。けど、ショックで立ち止まる訳にはいかない。私はもう2度とあの子の手を離さないって決めたんです。それに、ヒーローとか関係ない。妹を助けるのが姉というものだし、親友が困ってたら手を差し伸べる。ヒーロー以前に、私はそうありたい。」
才子のその言葉に響香は「ああ、そうか」と、握りしめていた拳を一度緩めてもう一度握り直した。かぶりの姉である才子がしっかりと現実を見ているのだ。響香には才子のかぶりこの2人に過去に何があったのかわからない、しかし、それでも妹の死を隠蔽され、人殺しに加担させられているのだ。きっと、それは誰よりもショックなはずだと、容易に想像がついた。
(だったら、ウチが立ち止まる訳にはいかないよね)
「……そう、ですね。
響香はそう呟いて、言葉を続けは。
「……。それで、どうしてその話をウチにしたんですか? 印照さん、勝手なイメージですけど。他人を巻き込むタイプじゃ無いですよね?」
響香は思考を切り替える。ショックを受け、麻痺している思考を無理矢理回す。恐怖も葛藤も飲み込めていない。しかし、それでも現状から目を背けるわけにはいかない。そんな様子の響香を見て、才子は響香を巻き込む意志を固めた。たとえ、かぶりに恨まれても、響香を巻き込んだ事に後悔はない。
(かぶり、あなただけは守ってみせる。たとえ、あなたに恨まれても……)
「ええ、そうね。それに、誰かを、特にあなたを巻き込む事はあの子を望みません。けれど、それでも私1人ではどうしようもできない。かぶりを助けられないんです。」
「……何があったんです?」
「………端的に言うと、あの子は誰かに操られている……。……….可能性があります。」
そう切り出した才子は、そのまま先日、体験した事を話した。
かぶりを追って会いに行ったこと、
『かぶりの恋人』を名乗る女性がいたこと、
そして、その女性相手にかぶりの様子がおかしかったことなど、その時の様子、受け答えを事細かに説明した。それを受けて、響香は腕を組んだ状態で固まった。
「………えつと、ちょっと、すいません。沖って、その、そっち、だったんですか?」
顔が真っ赤になり、先ほどまでのシリアスな雰囲気は何処へやら、ぐるぐると目を回してしまっている。自分と仲良かったってことは、もしかしたらそういう目で見られていた?そんな、考えがぐるぐると巡る。
そんな、その様子に才子は呆れたように首を振った。
「そんなの、知らないわ。あの時は適当に話合わせたけど……。それに、今はそんな事気にしてる余裕はありません。」
ピシャリと言う才子に響香は頷いた。とはいえ、頭では納得出来ても、気になるものは気になる。友人の恋愛事情、対象は誰なのか? 前までは出久を第一候補にあげていたが、ここに来て自分もその対象になってしまった。色んな意味で響香の心を逆撫でしている。
とはいえ、今はそれどころでは無い。
「………印照さんが、沖、あの子のことで嘘をつかないって事は信じています。けど、今の話で、どうして操られているって、分かるんですか?」
その言葉に才子は頷いた。
「色々あるけれど、1番は私を姉として紹介したことです。私とかぶりの繋がりは、
「でも、こ、……こ、恋人に紹介したかっただけっていうことは?」
「無いわ。それなら、今日、私がしているように、確実に外に漏れないようにする。あんな、玄関先でバラす事は絶対にしません。そんな事をすれば周りに危害が及ぶ事は分かってるはずだもの。だから、思考の誘導、制限、感情の操作、詳細は分かりませんが、あの子は何らかの"個性"で
根拠としてはそれだけでは無いが、大きな根拠としてはこれである。沖かぶり、そして、五木アマメ、どちらとしても行動して不自然すぎる。ただの凡ミス、そんな可能性はあるが、才子の直感がそれは無い、と、言っているのだ。
根拠としては薄い、しかし、この2人にはそれで十分だった。
「………けど、それを公安に話すっていうのは?」
耳郎のその言葉に才子は首を横に振った。
「それだと、良くてタルタロス、最悪殺される。どんなに取り繕うとも、かぶりは
その言葉に響香は息を呑んだ。
「ということは、公安にバレる前に、洗脳を解くってことですね?」
「ええ」
ヒーローならば
「無免許でのヒーロー活動……。」
響香の呟きに才子は首を振る。
「それより酷いわ。普通に
響香はかつて攫われた爆豪勝己を取り戻したクラスメイト達を思い出した。あの時、自分自身は何も出来なかった。行方不明のかぶりを心配するだけで、行動に移さず、生徒が亡くなった事による批判を一身に受ける先生達を見ていることしか出来なかった。
(…………あの時の緑谷達の行動は
それでも、アレが、アレこそが自分が憧れたヒーローだったのではないか? 確かに何の責任もなく、根拠もない、何の裏打ちもない行動だった。しかし、それでも、あそこに響香はヒーローを感じた。
「……ヒーローは無責任、か」
ふと、かつて友人が口にしていた言葉を思い出した。その言葉を聞いた時はよく分からなかったが、ここにきて、漸く少し分かった気がした。
かぶりを助ける為に法律を破るのも、
法律を守る為にかぶりを見捨てるのも、
どちらも、無責任だ。法律を破る権限なんて響香には無いし、法律を守るという理由で、友人を見殺して良いわけがない。どう転ぼうとも響香の中の正義は崩れ落ちる。
「だったら……ウチは……」
大切な人を守りたい。
素直にそう思った。覚悟なんて決まっていない。この選択を一生涯後悔し続ける自信が彼女にあった。しかし、それでも、この選択肢しか選べなかった。
「……わかりました。印照さん。協力します。」
その言葉を聞いて、才子は今にまで泣きそうな表情で答えた。
「ありがとう、耳郎さん。」
◆
夜、響香は学生寮の共有スペースでテレビを見ていた。すると、友人の八百万 百が話しかけてきた。彼女は紅茶をクラスメイトに振る舞っていたのか、片手にお盆を持っており響香の前に最後の一つを置いた。
夏休み以降、A組の雰囲気は一気に暗くなった。しかし、それも少しずつ改善はしていっている。少し前まで雑談すら無かったメンバーだが、今では紅茶を飲んで談笑できるようには回復していた。
ただ1人を除いて……。
「どうぞ、実家から送っていただいたものです。青山さん、今日も部屋から出てきませんね。」
百は響香の隣に座りながら呟いた。ふと見ると流し台にはティーカップが一つ余っている。あの事件以降、青山優雅は部屋から出てこなくなった。無論、授業は出ているのだが、クラスメイトとも話すのをやめ、淡々と課題をこなし、その後は直ぐに部屋に閉じこもってしまうのである。いい意味でも悪い意味でもマイペースな彼はどこかへ消え去り、今いるのはまるでロボットのようである。
「……まぁ、こればかりは待つしか無いよ。……けど、青山が沖と絡んでるところ見たことある?」
響香のその言葉に八百万は頬に手を当てて答えた。
「……私もあのお2人が話しているところ見たことがありませんけど……。それでも、クラスメイトが、あんなことになったら……」
悲しそうにそういう八百万を見て、響香は叫び出しそうになった。
(けど、沖は生きている。)
授業以外では外に出ない青山、必要以上に自分を追い込んでいる出久達。前に進み始めたとは言っても、完全には復活していない。もし、此処で全てを話したら、みんなの気持ちが楽になるのだろうか?
(けど、それだと、沖は……。)
ヒーローとして、友人として、どうするべきか。
罪悪感と正義感、我が儘。それらが心の中で混沌を作り出していた。
「耳郎さん、どうされました?」
突然黙った響香を心配して八百万は言った。それに対して響香は首を横に振り誤魔化した。
「……何でもない。ちょっと、外の空気吸ってくる。」
席を立って寮から外に出た。あの場にいることが耐えられなかった。クラスの全員が沖かぶりの死を受け、変化した。乗り越えたられたかどうかは響香には分からない。しかし、それでも、皆、それぞれの方法で受け止めようとしているのだ。
「なのに、ウチはっ!」
罪悪感に負けそうになる。
しかし、それでも、負ける訳にはいかない。
「……沖」
その呟くと、ふと、背後から誰かが来るの足音が聞こえた。テンポよくランニングをしているようだ。辺りは暗くなっており、こんな時間まで走っているのは1人だ。
(緑谷、か……。ある意味、1番会いたくない)
「耳郎さん? こんな時間にどうしたの?」
案の定、出久たった。響香にとってはクラスメイトではあるが、しかし、今ではトップクラスに罪悪感を抱いてしまう相手である。
(今思うと、多分)
沖かぶりという少女は緑谷出久に惹かれていたのかもしれない。まだ、クラスメイトだった頃を思い出し、響香はそんな事を思った。
2人がお互いにどう思っていたかなんて分からない。しかし、それでもお互いに大きな存在だったのは間違いない。
しかし、この2人の関係は、もう、発展する事はない。
「………うん、ちょっとね。緑谷こそ、やり過ぎると先生に怒られるよ。」
当たり障りのない返答をして、その場から、出久から逃げようとした。普段であれば、出久は彼女の事を追ったかもしれない。いや、間違いなく出久は響香に手を差し伸べていた。それほどまでに、彼女は
「……うん。分かった。」
しかし、出久は見逃してしまった。
理由は単純だ。極道の家に囚われた少女のことで頭がいっぱいだったからだ。
ヒーローインターンで助けるべき相手を見て、出久の心は限界を超えていた。もう2度と助けられなかった、手遅れだった、なんて事は避けたい。そんな想いが心を占めており、思考も視野を狭めてしまっていた。
◆
そのまま、何も起きないまま1週間ほどが過ぎた頃、適当な理由をでっち上げて、響香は朝早く外に出ていた。近くの駅で才子と落ち合い、公衆トイレでフリマサイトで買った何処ぞのセーラー服へと着替えた。
「耳郎さん、後は任せます。インカムを通じて常に答えられるようにしていますので、何かあれば、全力で何とかします。」
「……分かりました。まずは、
「ええ、そもそも、参加しているかすら分からないですが、高確率で参加しているはず。だそうよ。」
才子の言葉に響香は先日見せてもらった、最上愛の顔写真を思い出した。
「了解、けど、犯罪者が、文化祭が……」
そう呟きながら響香は今日の作戦を思い出していた。作戦内容は単純で、文化祭に乗じて学内に侵入、最上愛を観察する、というものだ。
作戦といっても相手の状態、状況が分からないため、細かい部分までは決まっておらず、適宜才子が考えることになっている。とはいえ、才子は顔を知られてしまっているため、校内には入らず遠距離からのサポートになる。
また、観察の他にもう一つ、やりたい作戦もあるのだが、これに関しては実現が可能かどうかも怪しいため、決行するか決めかねている。
「けど、私はいる可能性が高いと思っています。あんがい、お店とかやってるかもしれません。」
才子は最上愛の人物像について、かぶり本人からメールで聞いていた。
(けど、そんな情報を流すのは、おかしい。罠?)
才子は頭の隅で常に考え続けていた。
普通に考えれば、ことの大小に関わらず犯罪者が自分の行動パターンを他者に流すとは考え難い。ならば、かぶりから教えて貰った情報は嘘か……。
(それとも、かぶりからのSOS?)
精神を操られる中、それでも出来る限りの助けを求める悲鳴。そんな、論理的ではない可能性を才子は捨てられなかった。しかし、他に手掛かりが無い以上、罠でもSOSでもやれる事は一つだ。
「罠かもしれないけれど……。というよりもその可能性が高いけど、お願いします。」
と、才子に送り出され、響香は真っ直ぐに大学へと向かった。
受付から校内の地図を貰い、適当に練り歩く。中は様々なお店、というか飲食店が多い。フランクフルト、綿飴、りんご飴、などなど、どれも美味しそうだ。
(いや、それより最上愛の手がかりは……。)
そう考えながら、携帯用音楽プレイヤーのような機械に彼女の"個性"である右耳のプラグを挿した。そして、電源を入れる。 瞬間、今まで聴こえなかった小さな音、数十メートル先の足音すら聴こえるようになった。急速に増えた情報量に軽く眩暈を起こしそうになったが堪えた。
(……これなら……。でも、こんなサポートアイテムどこで?)
響香が使ったサポートアイテムは、簡単に言うならば集音器である。彼女の"個性"が持つ能力の一つである
(なんにしろ、使った以上、ウチも共犯か……。)
そう思い直して、音へと意識を向ける。
———何食べようなぁ
———-思ったより沢山店あるな
———午後から知らんがアイドルが公演するんだって
———チア部は明日か〜
———-漫研が同人誌出してるって
衣擦れから、会話まで周囲の音を漏れなく聴く。そして、それと同時に不審にならないように校内を練り歩いた。学校見学も兼ねて学園祭に来た高校生を演じているのである。
———-最上さん!シフトは午後まで、よろしく。
そこで、ふと、男の声が聞こえた。場所はおそらく、学生課の方である。響香は地図を思い浮かべて声の場所のあたりをつけて急足で向かった。
そこには広めのカウンターがあり、響香はホテルのフロントをイメージした。そして、受付の前にはスーツ姿の10代後半から20代前半の男女が横一列に並んでおり、その前には40代ほどの男性がいた。
「……大学の駐車場には一般車は停めることは出来ません。普段であれば来客用のスペースはありますが、文化祭中は………。」
男性職員が何やら話している。どうやら、有志の生徒を集めて文化祭中の見回りをするみたいである。担当箇所を細分化して駐車場、校舎の中、大門、など、それぞれ1人か2人ずつ配置されるらしい。
(……最上の担当箇所は……。)
耳を澄ませる。"個性"をフルに使い声を拾う。一見、彼女はスマホを弄っているだけの高校生に見えるだろう。しかし、その表情はすごく険しくなる。
「それで、最上さんは、立ち入り禁止箇所の見回りをお願いします。一般人の立ち入り禁止エリアのリストを渡しますので、そちらの確認もお願いします。」
男の声を聞き、響香は素早く校内のマップを思い出す。雄英による訓練により、現場の地形は把握の重要性は徹底的に叩き込まれている。そのため、大学に入ると決まった段階で校内の地図は把握済みだし、受付から貰った地図に書いてあった立ち入り禁止の場所も既に覚えている。
(……思ったよりスムーズに行きそうだ。)
そう考えると響香はその場を後にしつつ、ある程度離れると才子に電話をかけた。
「彼女は文化祭の運営側で立ち入り禁止エリアの見回りをするそうです。例の作戦も実現可能かと」
響香のその言葉を聞くと電話口に飲み物を口に入れる音が聞こえた。そして、才子は次の指示を出す。
『………ええ、私の方程式も完成ししてよ?耳郎さんは引き続き、尾行をお願いします。例の作戦は体育館で行いましょう。準備はこちらでやります。』
「……了解」
短く返事をし最上愛の尾行を続ける。
彼女は見回りをしながら、時々出店で遊んでいた。友人なのか、誰かと雑談もしている。その様子はまさに普通である。普通の人が普通に文化祭を楽しんでいる。それ以上でもそれ以下でもなかった。
そして、見回りも順調に進み、体育館へと差し掛かった。響香は最上愛に続いて立ち入り禁止の張り紙を無視して中に入る。そこは、(雄英高校と比べたらかなり小さいが)大きな体育館があった。中には舞台があり、パイプ椅子がぎっしりと並んでいる。大きなスピーカーなどもあり、これからライブでも開催するような面持ちだ。
しかし、中には人は居なかった。準備が終われば後は放置、セキュリティの面から言ってもガバガバである。
(午後からアイドルが来るって言ってたけど……。)
と、そんな事を考え、ひとまず体育館二階にある観覧席に移動した。そこからはフィールド全体が見渡せる。しかし、パイプ椅子が並んでいるせいでアリーナと言うよりは講堂にみえる。スマホを取り出して時間を確認する。午前11時だ。
——-本当にこれで良いの?
そんな思考が過った。
その時、スマホに着信(バイブ)があり、表示を見ると才子の名前があった。
「はい」
電話に出る。数秒の無言の後、才子は静かに言った。
『耳郎さん、最後のチャンスです。本当にこの作戦で良いんですね……?』
「………ええ、問題ありません。」
『今からやる行為は完全なる
才子の言葉に響香は一度考えた。
友人は
——-けど、今からやることは犯罪だ。
どんなに綺麗事を並べても犯罪なのだ。本来なら操られてる可能性をヒーローに伝えるべきなのだ。たとえ、そのせいでかぶりが殺されたり、投獄されることになっても、それは彼女が
———それでも、ウチは……。
友達の為に
正義の為に友達を見捨てるのか、
辞めても続行しても、響香のヒーローは崩れ落ちる。どう転んでも響香は2度と胸を張ってヒーローを名乗れないだろう。
———けど、それでも!
「………大丈夫です。かぶりを、助けましょう。」
『………ええ、作戦を開始するわ』
その言葉と共に響香はスマホから適当な音楽を大音量で流した。
体育館中に英語のラップがこだまする。突然流れた音楽に最上愛は驚いた様子だだが、音源を探しに体育館内を彷徨い始め、パイプ椅子が並ぶフィールドの中央付近までやってきた。
(………っ!)
そして、作戦の本番が開始する。
15人の男達が最上愛を取り囲むように現れた。彼らは才子によって雇われたチンピラである。
(ごめん、みんな)
響香は今にも泣きそうな顔でスマホのカメラを構えた。
どうでも良い情報
口調について
耳郎→才子 年上なので基本は敬語。
才子→耳郎 初めて会ったときが敬語だったので、そのまま敬語。しかし、年下だし仮免試験の時にそれなりには親しくなったので、割と崩れることが多く、敬語とタメ口が混在している。とはいえ、お互いあまり気にしてない。
「〜でしてよ」みたいな口調は(書くのが面倒なので)基本は使わない。ヒーロー活動や気合を入れるときにのみ自己暗示的に使う。
かぶりを振る
→頭を左右に振って否定を意味する言葉。作中何度も使いそうになっては別の言葉に変えている。だって、かぶりって間際らしいし