"個性"ゴキブリ    作:ゴッキー

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この場で言うことでもありませんが、堀越先生、10年間ありがとうございました。私の青春です



抗争

 

 

 

 

 

 

 某県某市にある住宅街の一角の雑居ビル。1階は不動産屋、2階は居酒屋、そして3階はどこかの会社の事務所になっている。しかし、この雑居ビル全体が五戒組のアジトとなっている。

 少し手狭のように感じるかもしれないが、そもそも、五戒組の正規の構成員は5人しかおらず、1人死亡したことにより今は4人だ。表立って動いているのは()()()()()()()()()全て外部の人間である。

 

「そろそろですかね。」

 

 雑居ビルのとある一室に男の声が響く。その男を囲うように3人の女性がいる。1人は酒瓶片手に中華服を着ており、もう1人は何かを怯えるようにブツブツ何か呟き続け、最後の1人はセーラー服を着崩しているスタイルの良いギャル風と女子高生である。彼女らを見て男は淡々と語る。

 

「予想通り公安は焦っている。()()()()()()()()()という強迫観念は強く、奴ら全員の精神を追い詰め、無理矢理な突入作戦を強行した。」

 

 その言葉に中華服女性が返す。

 

「………まぁ、私達は派手に暴れればいいんでしょ?ラクショーよ。」

 

 そして、大きいタイプの瓶ビールをラッパ飲み大きめにゲップをした。その光景に男はため息をついた。

 

「……。真面目に話を聴くって約束したよね?」

 

「? だから聞いてるじゃ無い?」

 

「…………………………。"個性"の弱点か……。いや、それより、すぐに、ここに公安が攻めてくる。コイツが言う通り、お前たちはド派手に対抗しろ。」

 

 そう指示を出すと、セーラー服の女子高生と男の2人だけ残して部屋の外へと出て行った。それを確認すると男はニヤリと笑った。

 

「ま、他ヒーローの応援が無いにしろ、我々が公安に勝てる道理は無いのですが……」

 

 男はそう言うと女子高生も頷いた。

 

「ですねー。けど、公安はなんでトップヒーローを呼ばないんですか?あーしなら、この場合外部からヒーロー呼びますけど。」

 

 女子高生の言葉に男は頷いた。

 

「公安は、私の"個性"についてなんとなく察しているんです。ここでトップヒーローを呼んだ場合、ヒーローは間違いなく()()()()()()()()()()()。そうなったら、ヒーローは公安の命令なんて聞かないで、正義の為に動くでしょう。その場合、公安は約束を果たすことができなくなる。だから、公安は外部から誰も()()()()のです。」

 

「へぇー。さすがパパ。けど、それって公安もことのカラクリには気がついているんでしょ?だったら何か手を打ってるんじゃない?」

 

「……。それが出来ないから私の約束は、いえ"個性"は怖いんです。………。それにしてもチーフ。もっと、他の身体はなかったのですか?」

 

 男はそういうと、女子高生は頷いた。

 

「条件に合うのはあーしだけだったんだ。親が不明で、幼すぎないで、老いすぎてない、んで、知能指数も高くて健康体、出来れば運動神経も良いと、なお良し、結構な無理ゲーじゃん?」

 

「……………………まぁ、いいでしょう。その辺はあなたがコントロールしてくれれば違和感は無くなる」

 

「任せてよ。あーしの略奪による、人生交換後の"個性"、性格、人格、記憶、それらの引き継ぎ、取捨選択は私の自由、完璧に出来る。じゃなきゃ、あーしだけ、記憶も"個性"も引き継ぐのおかしいっしょ? だから、パパも立派なギャルになれるよ❤︎」

 

 男はため息を吐いた。

 

 

 

 午前10時30分

 突如、住宅街に甘ったるい匂いが立ちこめた。それを嗅いだ人達は次々と意識を失い倒れてしまい、かろうじて意識を繋いだ者たちはヒーローや救急に通報をしたが彼らの元に助けが来ることはなかった。

 

「この"個性"、あの時とは出力が違いすぎる……。このままで良いんですか?」

 

 警察官はそう言った。声からして男性だが、ガスマスク含めた全身を特殊部隊の装備で武装しており、見た目では性別どころか体型さえはわからない。そんな男にガスマスクをつけたホークスが応えた。

 

「ああ、富澤とその娘の救助……。それが今回の最優先事項だ。」

 

 ホークスは険しい表情で言う。約束を違えた、それによる罪悪感と、約束を守らなければならないという強迫観念、これが彼を、いや、公安を襲っていた。

 

(……くそ、分かってる。ヤツは……この"個性"の持ち主は…….。)

 

 ホークスは"個性"により縛られた思考の中で必死に抜け出す方法を探していた。この"個性"の持ち主は想像できる。そして、その目的も予想できる。

 だが、約束には逆らえない。約束を守るために、破ってしまった約束をリカバーしようと勝手に思考が回る。

 

(事実、約束を果たす。それが……ッ!)

 

 ホークスが"個性"を使おうおした瞬間、ビルの窓を突き破り人影が現れた。その人影は一瞬でホークスの目の前まで現れ全力でホークスを殴り飛ばした。

 その衝撃で彼は吹き飛ばされ、隣のビルの窓を突き破った。

 

「くっ厄介な!」

 

 吹き飛ばされた先はオフィスビル。中には一般人がおり気絶している。まだ、全員、息があり、今病院に連れて行けば間違いなく助かるだろう。

 

(だが、それだと約束を果たせない。たから早急にこの戦いを終わらせる!)

 

 ホークスは翼を広げた。

 その時、ホークスが突き破って来た窓から1人の女性が現れた。

 

「ニャハアハハハハ!!! さすがホークス、我が渾身の左ストレートを受けてノーダメージとは!さては貴様! "個性"を使ったな!!!」

 

 チャイナドレスを着た女性ヒーローだ。片手には4.5リットル入る瓶を持っており、パッケージにはスピリタスと書いてある。

 

「………へべれげ、また、厄介な人が相手だ。一応、聴きますが、我々も一応はヒーローとして来ているのですが、退いてくれます?というかなんでここにいて平気なんですか?」

 

「HEROか!つまりはHでERO(エロ)、変態だ! ここで止めないと主義に反する!!」

 

「…………ダメだ、話が通じない。」

 

「話!そんなものは必要ない!サラダバー!」

 

 そう言うと、へべれげはビルから飛び降りた。その訳のわからない行動にホークスはあっけに取られたが理解するのを辞めた。彼女はヒーローの中でもトップクラスの問題児だ。酔っ払いに何を言っても意味はない。

 そう思い直してビルから飛び立った。瞬間、へべれげがホークスの前に現れた。振るわれる拳、それをギリギリで回避し近くのビルの屋上へと着地した。

 対してへべれげは向かいのビルの屋上に着地し、その場に蹲りリバースし始めた。

 

「なんなんだ……。ふざけてる場合じゃないんです!!何が目的てすか?! こっちには約束があるんです!」

 

 怒り混じりのホークスの言葉に、へべれげが答える。

 

「奇遇ですね。私も約束があるんです。あぁダメだ。出したら酔いが覚めた。くそ……。」

 

「…………………。へべれげ、あなたも約束が……。くそ、やはり、この戦いは飛んだ茶番だ。」

 

 ホークスの言葉に、へべれげは頭を抑える。先ほどまでの様子とは異なり真っ黒な瞳で、ホークスを見ていた。

 

「ハハハ。茶番か。けど、ホークス。神野の悪夢、悪の帝王はまだ終わっていない。ここから本当の混沌が始まる……ってボスは本気でそう思っている。だから、善と悪、ヒーローと(ヴィラン)が手を組む必要がある。混沌と戦う為に、闇と光が手を組むのが必要……なんだってさ」

 

 淡々と語るへへれげにホークスは眉をひそめた。神野での事件、オールマイトが引退し、悪の帝王を倒したことは記憶に新しい。この事件は確かに良い意味でも、悪い意味でも世間に衝撃を与えた。

 だが、オールフォーワンは捕まえた。タルタロスから出ることは出来ないだろう。

 

「……………まぁ、信じられないか?けどさ、あの男は本気で信じてんだ。公安からしたら、真面目にやって欲しいだろけど、付き合わされる私としちゃあ、呑まずにやってられないだろ? ハハ、飲み屋で絡まなきゃ良かった。面白い与太話だと思ったんだけどなぁ……。」

 

 そう呟くと、へべれげは片手で持っていたビンに口をつけてお酒を一気飲みした。中のお酒はスピリタス、度数90%を超える超絶な酒だ。

 

「………というわけで、ホークス、私もやけっぱちなのた!!」

 

 瞬間、へべれげは消え、ホークスの目の前に現れた。瞬間移動のような移動速度、そして、それの速度を上乗せした拳が迫る。

 

(……………ッ!)

 

 回避は間に合わない。無数の羽で壁を作り、拳の速度を緩める。それだけではない、拳と同じ方向、後ろへと飛ぶ事で威力を殺す。だが、それでも防げない。

 顔面が命中し、ホークスはまたもや吹き飛ばされた。

 

「………さすが、戦闘力だけはトップクラス……。」

 

 ホークスはなんとか起き上がりながら言った。

 

 

 同時刻、少し離れたビルの上に仮免ヒーローのインテリジェンス、印照才子がいた。才子はビルの一室に身を隠し、双眼鏡でホークスとへべれげの戦いを見ていた。無論、ガスマスクをつけて臭いの対策をしている。

 

「……………へべれげとは思わなかったけど、読み通り」

 

 公安の戦力はホークス頼りで、数名の公安直属のヒーローはいるが正直レベルは低い。そのため、戦力のほとんどがヒーローではない公安警察である。

 その状況で、五戒組の"個性"による広範囲攻撃により、ガスマスクという弱点を作られている。限られた戦力で、ガスマスクを庇いながら、そして、ガスマスクの使用可能時間内に倒さなければならない。それが現在の公安の状態だ。

 

「対して、五戒組は……。」

 

 素行以外はトップヒーローであるへべれげでホークスを抑え、それ以外の構成員達は銃を使い公安と対峙している。この超常社会において下に見られがちな銃だが、その殺傷能力は侮れない。そんな武器を何人もの男女が構え連続して放たれる。さらに追撃として、火の玉やビームなどの"個性"も使用している。

 一見すると圧倒的な暴力のように見えるが、しかし、その実はビルを囲うように固まって出鱈目に攻撃しているだけで、着実に公安に迫られている。

 

(さすがは公安、"個性"なんて使わなくても強い。特殊部隊ってやつね。このままいけば公安は勝ってしまう………。そして、その後に待つのは……)

 

 才子は水筒に入れた紅茶を飲む。

 

『直感になるが、俺は五戒組の目的は公安を手に入れることだと考えている。印照、これを前提条件として推理してくれ』

 

 相澤から聴いた推理。推理とするには直感と経験則頼りにな言葉だったが、不思議と矛盾はなく、どんなに彼女が考えても辻褄があった。あってしまった。既に、事態は姉妹の問題ではない。1人の少女を巡る戦いには収まらない。

 

(五戒組が持つ、推定、人を操る"個性"が()()()()()()()()()()()そういう個性だったら?)

 

 相澤のの直感から思い浮かべた才子の仮定。そして、そこから導いた、当てずっぽうな推理。

 

(当てずっぽう?けど、イレイザーヘッドの直感には矛盾はない。)

 

 約束。今の公安を見てみれば分かる。精神的に余裕がない。作戦もかなり強行で、無理をして焦っている。この理由は約束を破ってしまったからなのだろうか?

 

(仮に、約束を破った場合、心的負担から普通じゃ考えられない行動を取らせる事ができたら?)

 

 矛盾はない。約束を破った時の罪悪感で心を支配する。そんな"個性"であっても不思議では無い。それなら、公安はいつ、誰と約束したのだろう? この事件の始まりは?そんなの分からない。いつから五戒組が動いていたのかなんて分からない。だが、『もし』、と仮定を引いていくことはできる。

 

「矛盾がない。でも、コレが本当だとしたら……。」

 

 才子は目を閉じる。

 努めて、心を平常に戻す。

 

(イレイザーヘッド、こんな人のもとで学べる雄英が羨ましい。)

 

 あえて馬鹿みたいなことを考え、緊張をほぐし、耳に取り付けた通信機に触れる。

 

「……………じろ、いえ、イヤホンジャック、状況は?」

 

 その短い問いに響香は応えた。

 

『…………銃声が煩いけど問題ない。索敵は任せて……』

 

 単純に索敵能力だけなら響香の方がかぶりよりも高い。また、最近かぶりは触角から臭いを感知してしまうことが多く、今の臭いが蔓延してる場所ではその影響を受けてしまう可能性が高いため、離れた場所で待機している。そのため、今は響香は索敵役の要となっていた。

 

「………………ええ。お願いね。イヤホンジャック、そして、イレイザーヘッド。」 

 

『ああ、分かっている。耳郎……。イヤホンジャックの"個性"ならば誰にもバレずに侵入できる経路を見つけ出せるだろう。』

 

 イレイザーヘッドとはこの超常社会においての切り札だ。ジョーカーと言ってもいい。彼さえいればおよその"個性"は無に返る。最上愛のような例もあるが、しかし、それでも彼が見ている間は少なくとも発動はできない。

 だから、彼が敵を見て公安より先に捕獲する。公安にも、ヤクザにも目的を達成させる訳にはいかない。そのためには、この乱戦の中、誰にも見つからずに敵の本拠地に侵入する。これが今回の作戦だ。

 

「こっちです……。」

 

 五戒組が囲むビルの隣のビルを相澤と響香は進んでいた。無論、このビルにも沢山の五戒組のメンバーが見張っているが響香は"個性"を使い敵の配置を確認し、隠れながら進む。戦闘になっても相澤が即座に気絶させている。

 すんなり進む様子に相澤はゴーグルと臭いに対抗するためのガスマスクの下で眉間に皺を寄せた。

 

(やはり予想通り、とんだ茶番だ。)

 

 この戦いにはおそらく大きな意味なんてないことを彼は痛感していた。大きな理由は一つ、公安、五戒組、共にやる気がないのだ。

 今回の任務の特性上、進む道すがら公安と五戒組の両方を倒し、気絶させて来た。それで分かったことだが、どちらも連携が取れていない。作戦はなく手当たり次第に攻めているだけだ。まるで、慌てて感情的に動いているかのようだ。

 

「先生!上!」

 

 相澤は後ろに飛び退いた。瞬間、天井を突き破り大男が現れた。しかし、相澤が視るだけで身体は萎み、痩せ細ったしまった。あとは顎に蹴りを入れて終わりだ。サポートアイテムを使うまでもなく、呼吸も乱れない。

 

「どちらも、弱い。唯一、へべれげとホークスだけは群を抜いているが……。まるで茶番だ。」

 

 ため息をつく。

 その言葉に反応したのは通信機越しの才子だった。

 

『ええ、茶番でしてよ。おそらく、この戦いは公安が敵と約束するためのもの。ジワジワと互角に戦いいずれ公安が勝ってしまう。そしたら、終わりでしてよ?』

 

 才子の言葉に響香は首を傾げた。

 

「けど、どうしてわざわざこんな戦いを起こしてるのでしょうか? 五戒組は富澤って人とその娘が攫ったんですよ? それなら、攫った時に人質にして約束を強制出来たのでは?」

 

 響香の言葉に相澤は首を振った。

 

「……いや、当日、現場にに公安以外のヒーローがいた可能性がある。今思うと最上愛の役割は公安内部の調査だった、と考えれば辻褄があう……。それに、公安なら人質を見捨てる選択も取る可能性もある。だから約束を破らせる必要があったんだ。」

 

 つまり、相澤の考えはこうだ。

 五戒組はなんらかの方法で公安に富澤やその娘を護るように"約束"をした。その後、公安に"約束"を破らせる事で、"個性"による心理的負荷を与え、新たにより凶悪な"約束"を結ぼうとしている、ということだ。

 

(なんらかの方法で約束? そんなの一つしかない。)

 

 この"約束"は公安などの集まりにも有効だが、逆を言えば外部の存在には無力である。そのため、作戦が外部に露見した場合、即作戦失敗に繋がる。

 だからわざわざ公安以外がいない状況を作る必要があった。本来、その役割は最上愛だったのだろう。公安に誰もいないタイミングを探り、静かに富澤とその娘を害し、"約束"を結ぶはずだったのだろう。

 しかし、最上は死亡し公安内部の情報を探る難易度が上がった。だから、今回のような作戦を急遽用意した。もしかしたら、公安が約束を断る可能性を加味すると、庇護対象の拉致など、何度も約束を破らせて"個性"による支配を強める目的も今回の作戦にはあるのかもしれない。

 ともかく、仮に約束の"個性"の持ち主が相澤の推測通りならば公安はヒーローに裏工作をしてでも外部の応援は呼ばないし、近づけさせないだろう。

 

(つまり、外部の応援を我々が用意する。確かにそれも一つの手だが…………)

 

「…………沖……」

 

 顔を手で覆い小さく呟いたが、声は誰にも届く事はなかった。切り替えるように相澤は隣のビルから見られないように隠れながら外の様子を確認する。

 隣の雑居ビルまでの距離は1メートルもなく、隙間はほぼない。

 

「見える範囲にはいない。イヤホンジャック?」

 

 相澤の言葉に響香は"個性"を使い周囲の音を聴く。戦闘音が響く中、必要な音だけに意識を集中させる。

 

「窓際にいるのは10人です。監視している様子はありません。」

 

 その問いに相澤は「だろうな」と、頷いた。おそらく、ビルからの移動を監視していたのは先ほど倒した男なのだろう。

 監視がいないのなら、さっさと作戦を進めた方がいい。そう思った瞬間、銃声が通信機から響いた。

 

「「っ!」」

 

 2人に緊張が走るり、慌てて才子に呼び掛けると返答が帰ってくる。

 

『プランB! かぶ…B.Bはその場に待ッーー!』

 

 途中で途切れた才子のその言葉に相澤と響香は一瞬アイコンタクトをとったのちに頷いた。

 

「この状況も想定の範囲内だ。打ち合わせ通り俺は先に進み臭いの元を視る。イヤホンジャックは救援に戻れ!」

 

 理想としては才子には護衛をつけるべきだったが人手不足であった。かぶりを護衛にという案もあったが、探知が使えない今、"個性"をフルに使った才子(守る対象)より弱いためただの足手纏い、言葉を選ばなければいない方がマシだ。

 そのため、才子がフリーになってしまうが、一分一秒でも早く匂いの元に相澤を届け確保することで、薫とかぶりを接触させずに倒す、という作戦を取ることになった。

 

「はい!」

 

 響香は才子の下へと走った。それ見送らずに相澤は隣のビルに飛び移った。

 

 

 

(っ、このパターンも計算してたけど……流石に……)

 

「………なんでここに? これだから理論的に考えられない人は……」

 

 右肩を抑えながら、才子は立ち上がり目の前の人物に向き直った。そこには拳銃を構えた1人の女性がいる。黒いパンツタイプのリクルートスーツを着ている彼女は静かに才子を見ている。

 

「流石に親類を手にかけるのは気分が悪い。逃げてくれない?才子ちゃん。」

 

 冷静に放つその言葉。しかし、彼女は拳銃を真っ直ぐ才子の胸を狙う。頭を狙うより多くは的の大きな胸、つまりは肺や心臓を狙ったほうが当たりやすいということだろう。脳ではなくとも肺にあたれば即死ではないが人は死ぬ、そういう考え方だ。

 

「……親類だからこそ、ヒーローとして捕まえる、とっていう考え方もありましてよ。」

 

 才子は右肩を抑えながら言う。肩に開いた銃創からは血が流れ出ており小さくないダメージであることが伺える。さらに、右耳は酷く腫れ上がっており壊れた通信機がついたままだ。

 

(……右手はまだ動く、右耳は……耳鳴りが凄い)

 

 才子は痛む右手を動かし、ガスマスクへと添える。

 

(この人の確保は最優先。かぶりの為にも、ついでにヒーローとしても)

  

 彼女のガスマスクは義爛と呼ばれるブローカーに無理矢理用意させた特別なものだ。左耳の下にあるレバーを回すことでその場に応じた丸薬を素早く服用することが出来る。

 

「さ、方程式の計算をッ!」

 

 口の中で薬が溶けて紅茶の味が広がる。"個性"を発動しようと目を瞑った。しかし、何も起きない。"個性"が発動されなかった。

 

「—————っ!」

 

 才子にとって"個性"とは物心ついた時から既に使えていた。あって当たり前のものだ。それが突如無くなり、思考はフリーズしそうになる。しかし、あの弾丸の存在は相澤から聴かされていたし、想定の範囲内だと無理やり納得する。

 

「"個性"消失弾の販売ルート拡大。八斎會より任された私達の仕事です。当然、多くは無いですが、在庫はある。」

 

 薫は淡々と続ける。

 

「……….逃げて。あの子を連れて。あなたの"個性"なら海外に行ってもどうにかなるでしょ?」

 

「………海外に逃げればどうにかなるほど世の中、甘くなくてよ?それに、逃げただけじゃあ、あの子は幸せにはならない。」

 

 才子はそう答えながら必死に思考を回す。"個性"が無くても彼女に出来るのはそれだけだ。

 

(………後は耳郎さんが来るのを時間稼ぎするだけ)

 

「それにね。私たちは初めから"個性"を消す弾丸の存在は知っていましてよ?あなたたちに指示を出す八斎會は公安に完全にマークされてましてよ?」

 

 挑発的に言いつつ、痛む右手でポケットの中のサポートアイテム、コンパクトレイピアを取り出し、変形させる。対して薫は銃で才子の胸を狙う。しかし、その手は震えていた。アレではまともに使えないだろう。

 

「そんなの関係無いです。…………………お願いです。私は……、私はあなたを殺したくない。夢現でしたが、しっかりと聞こえていました。あの子は、まだ、生きてるのでしょ?だから、せめて逃げてください!ヤクザもヒーローもヴィランもないか!どこか呑気に静かに暮らせる場所に!………。」

 

(あそこまで手が震えていたら、多分当たらない可能性がきっと高い、と思う。)

 

 一か八かのカケだ。"個性"の使えない才子には逆立ちしても銃には勝てない。

 

「……夢物語ですね。呑気に暮らせる場所なんて無いですよ。それにね、かぶりの歪みを知らないの?あの子は、普通じゃ無いんですよ?どこに居ても、きっと、もう平和には耐えられない。」

 

「………何を言っているの? あの子は優しい子でしょ。あんた達家族のせいで傷ついだ。あんたが逃げたから私が引き取って育てた!心優しい、普通の女の子!! あんたたちのせいでついた変な習慣を言って………」

 

 薫は少し怒りをあらわにし、それを見て才子は安心した。

 薫がここに来た時から考えていた疑問、それがなんとなく解けたのだ。

 

(どう考えてもこの人は主力だ。広範囲攻撃で敵に対して常に行動を制限できる。前線に出ていい人じゃ無い。だから私たちは彼女が敵の本拠地にいると考え、行動していた。けど、違った。彼女は私に会いに来た。その理由は考えるまでも無い。)

 

 何故、この場で薫が出てきたのか、それはかぶりが大切だからだ。才子に対して逃げてくれ、と、伝えるためにやってきたのだ。それが分かり才子は言葉を紡ぐ。

 

「そうかもしれませんね。けど、事実としてあの子は狂ってしまった。今更どうこうすることは出来ない。私はあの子を幸せにするために全てを賭ける。あなたはどうします?」

 

「………それが、あなたの……。けど、私は、約束を……。破れない!!」

 

 薫さん震える手で引き金を引いた。しかし、弾丸は明後日の方向へと飛んで行く。その瞬間、才子は一歩前に出て痛む右手で握るレイピアで突きを放つ。だが、その攻撃はいとも簡単にかわされてしまう。

 

「遅い」

 

「----------ぁあっ!」

 

 突如、腹部に激痛が走った。そこからすぐに口の中になんとも言えない味が広がり、腹に膝蹴りが入ったのだと分かった。だが、それが理解出来ても何も出来ない。

 

「だから、逃げれば良かったんだ」

 

 冷たい言葉が耳に入ったような気がした。しかし、その言葉の意味を才子が理解する前に顎をアッパーカットのように銃身で殴り上げられた。骨が砕ける音が脳に響く、ガスマスクが壊れてずり落ちるのを感じる。

 だが、それでも才子には何もすることが出来ない。格闘戦なら互角とは言わないまでも時間稼ぎ程度なら出来ると踏んでいた。しかし、実際には大きすぎる実力差がそこにはあった。

 

「私は約束を破れない。………だから………。」

 

 才子はたった一瞬の攻防でズタボロになってしまった。骨は砕け、内臓にもダメージが入り、ガスマスクが外され、薫の"個性"の影響をモロに受ける。

 

「逃げて欲しかった。」

 

 そんな言葉をボソリと言いながら薫は連続で攻撃を放つ。銃で殴り、蹴る。対抗しようにも、才子が攻撃できる隙なんて無かく、飛びそうになる意識をかろうじて繋がることだけだった。

 しかし、薫の残虐性なのか、それとも約束とやらに抗っているのか、才子への攻撃全てが急所から外れていた。

 

「……………けど、私も、限界なんだ。」

 

 攻撃が止まる。

 才子は今にも崩れ落ちそうになりながら気力だけで踏みとどまる。"個性"が無くても時間稼ぎが出来ると思っていた。臭いはガスマスクで封じていたため条件はほぼ同じ、たとえ右腕にダメージがあっても時間稼ぎ程度なら出来ると考えていた。

 だが、実際にはここに天と地はどの開きがあった。単純な戦闘能力、"個性"を使わない戦闘経験、この差が広すぎたのだ。

 

「だから、ごめんね。」

 

 銃を才子の額に押し付ける。これならどんなに手が震えようと外すことは無い。確実な死だ。

 

(どうする?)

 

 朧げな意識の中、才子は思考する。自分の運命、未来、そして、義妹のこと、しかし、解決策は思い浮かばない。だが、諦めるわけにはいかない。 

 

「へぇ?撃つんだ。やめといたほうがいいよ。これでも色々仕込んでましてよ?」

 

 何の意味もない煽り、少しでも時間稼ぎをする為に声を出す。その言葉で薫の手は大きく振るえた。瞬間、人影が2人の間に現れ薫の腕を切り落とした。

 

「え?」

 

 腕を失った痛みでうずくまる薫をよそに才子は目を疑った。

 

「大丈夫、才ねぇ?」

 

 そこにはかぶりがいた。

 両手にはここに来るまで何人殺したのか分からないなど血塗れな包丁を握り、全身は返り血だらけだ。しかし、そんなこと気にせず安心したように笑った。

 

「無事で良かった。通信が切れて心配してたんだ」

 

「………かぶり、なんで……?」

 

 才子は半分パニックになりながら口を開くとかぶりは応える。

 

「んー?慣れた?心配でこっちに向かおうと思ったんだけど、探知使えないから、触角を解放したんだ。最初は風邪みたいになってキツかったけど、なんか、平気になった。」

 

 才子は耐性ゴキブリにも効く!みたいなテレビの宣伝を思い出した。ゴキブリが薬品に耐性を持つように、彼女は薫の"個性"に耐性を得たのだ。

 無茶苦茶だ、と、才子は思った。が、しかし、今はそんな事を考えている余裕はない。

 

(この子を、薫さんに会わせるわけにはいかない!)

 

「わ、私は大丈夫だから!耳郎さんがもう直ぐ来るから!」

 

 才子の言葉にかぶりは触覚を震わせた。

 

「うん、確かにもうすぐ来るね。けど、耳郎()()()()されてるけど……、戦いには向かない、()敵向きだ。だから、私が()()っと倒してくるから任せて」

 

 そう言って包丁を構え直す。

 

(どうする?考えろ!"個性"はまだ使えない。けど、それでも何か何か!)

 

 必死に考える才子を他所にかぶり包丁を構え直す。彼女は自由に生きると決めた。もう迷いは無い。溢れ出す悪意は姉の為に、指標はある。だから、(ヴィラン)になろうとも、彼女の心はもう迷わない。

 深く息を吸うと地面を這うように駆け出した。

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