"個性"ゴキブリ 作:ゴッキー
「はぁ、はぁ、はぁ、」
彼女の生命力ならば別段問題はないはずなのだが、先ほどから震えが止まらない。今にも恐怖で泣き出してしまいそうだ。
抜き身の悪意はかぶりの身体より先に心を抉った。
(どうする?)
かぶりは現在、全くもって現状を把握できていない。救助訓練に来たら突然火災ゾーンに飛ばされ、
他のクラスメイトは無事なのか?
助けは来るのか?
ここの地形は?
そもそもここは本当に火災ゾーンなのか?
分からない事が沢山だ。
そして、
どこで見たのか分からないが、かぶりは首の無い女性の死体を思い出した。
(——どうする?)
というよりも、彼女は物心ついた時にはすでに触角があり、空気の振動を感じていた。空気の振動は視覚と聴覚の両方の役割を担い、情報量は本来の目や耳より多くなった。いつしか感覚器官としての比重は、目や耳よりも重くなり、彼女の感覚の中核を担っていた。
それが制限されるというのは、耳栓をして度が全く合わないメガネをかけさせられている、と、言えば想像できるだろうか?
そんな状態で
(——どうする?)
ここの
今は、運良く一時的には振り切れているが、それだけだ。またすぐに見つかってしまう。
(——————どうする?)
ガチャリと、屋根裏と下を繋ぐ扉が開く。そこから、タンクトップを着た身長190センチほどの筋骨隆々な男が入ってきた。彼はかぶりを見るとニヤリといやらしい笑みを浮かべる。
「雄英高校、トップクラスの高校とはいえ、所詮は先月まで中坊だったガキか。まぁ、俺は女ならなんでも良いんだけどなぁ!」
(—————————-!?)
ゆっくりと近づいてくる男から離れるためにかぶりは後退りする。
既に戦うという選択肢は彼女には無く、逃げるにも恐怖で頭は上手く働かない。
「あ、……。」
背中が壁にぶつかった。男は既に目の前だ。
犯され、嬲られ殺される。そんな思考に完全に埋め尽くされてしまう。
そして、思い浮かべるのは首の無い女性。
全身から汗が吹き出し、震える。思考は停止し、心の奥底から恐怖が溢れ出す。
そして、
「……た、助けて……。ください。」
完全に折れてしまった。
膝をつき涙を流し、
ヒーローを目指す名門女子高生を屈服させた。その姿に男の嗜虐心を駆り立て、仲間を呼ばずに1人で
「いいね、いいねぇ! 楽しもうか?!」
そう言うと、男はニマニマと笑いながら右腕を掲げた。すると彼の肌はみるみるうちに石となった。これがこの男の"個性"石化だ。石になることで硬くなるほかにも炎などにも強くなる。この火災ゾーンに配置されたのも炎をある程度無視して行動できるからだ。
(あぁ、ここで、死ぬんだ。)
かぶりは全てを諦めてしまった。
「んじゃあ!何発耐えられるかな!」
その声と共にかぶりに向けて石化した拳をはなった。
————ハハハ! 頭が取れてもうごくのか! 面白れぇ!
その時、脳裏で知らない男の声が響く。
筋繊維で覆われた右腕を掲げる男を幻視する。
それが誰だか分からないが、全身を今まで感じたことが無いほどの恐怖が支配した。
(ああ、やっぱり、勝てっこない)
そんな、ことを漠然と思った。
「あ……。」
その時、視界の隅に首だけの女性を捉えた。その女性は真っ黒い髪の毛に2本の触角が生えている。その瞳は不思議と真っ直ぐにかぶりを見ている。
男の拳がかぶりへと届く間の刹那、女性とかぶりの目があった。
——貴女は生きて
そんな声を聞いた気がした。
女性の頭も、その声も全て幻だ。ただ、不思議と活力と勇気が湧いてきた。拳を握る。諦めていた想いが全て集まり、また一つになった。
しかし、拳は既に眼前に迫る。避けることは不可能で、腹部に直撃を受けてしまう。
「ハハ! クリーンヒットだ!」
その声と共に、かぶりは壁をぶち破り外まで吹き飛ばされた。
空中を舞いながら、血反吐を吐く。口いっぱいに血の味が広がり、全身から痛み以外の感覚は無い。もしかしたら骨どころか内臓に傷がついているかもしれない。けれどもそんなの問題ない。
(私は、まだ、死にたくない! ヒーローになりたい!)
——ミルコみたいなヒーローに。
不思議と思い浮かべるミルコは学生服を着ていた。だが、そんなことに彼女は気がつかない。
痛い身体を無理矢理捻り地面を見下ろす。街には数十人の
「 おい! 見つけたぞ!」
その叫び声で、
火球、熱線、熱風、火柱。多種多様な炎が放たれた。ここは空中、飛べるとはいえ、かぶりの飛行能力は低い。回避しきれずに当然直撃を喰らってしまう。
「あっつ!い!」
両腕で顔だけは守る。しかし、そんなガード意味なんてなく全身に火傷を負う。
まだ、大丈夫。
それが彼女の"個性"。
一気に落下し、着地と同時に駆ける。持ち前の敏捷性でジグザグに走り攻撃をかわす。
熱により気流が乱れて探知はしにくい。しかし、探知できない訳ではない。
熱線をかわし、1人の
しかし、それでも全てかわせる訳ではない。
「っ!」
回避が間に合わず、全身に炎を浴びてしまった。その時、一瞬止めた足を見逃さず石化の男がかぶりの顔面目掛けて拳を放つ。なんとか両手でガードをしたが数メートル吹き飛ばされる。
彼女は激しい連続的な動きで酸欠だし、全身は既にボロボロだ。
全身は痛みしか感じないし関節からは、時々鳴ってはいけない音が聞こえる。
視界も霞み始めている。
だが、
「だ、———
ふらつく身体に鞭を打つ。石化の"個性"の男の攻撃を寸前でかわして駆け抜ける。かぶりから仕掛ける攻撃は最小限で、地面を這うように全力で走る。
やるべきことは逃亡だ。しかし、逃げる為ではなく、勝つための逃亡。
ならば、探知能力が復活する火災ゾーンの外まで逃げるだけだ。
だが、物事はそう簡単ではない。
かぶりは今まで探知能力に依存していた。それが無くなれば、
幸にして
探知能力無しでの訓練もちゃんとしておけば良かった、と、今更ながらに後悔するが後の祭りだ。
(でも、もう少し!)
出口が近づく中、かぶりは特に今と関係無いが、ミルコファンの中で語られている事実かどうかも分からない学生時代の逸話の一つを思い出した。
それは、ミルコが地下闘技場へ参加した際に事件に巻き込まれてしまった。(そもそも地下闘技場の存在そのものが事件だし、それに参加しているミルコもおかしいが)その時、彼女は自身の手には負えないと判断し、襲ってくる
(出口はアレか!)
自動ドアが目に入る。おそらく、開くのに一瞬かかる。その一瞬は今の状況には長すぎる。
ならば、と、目の前の
「った!」
歯を食いしばり、更に加速してそのまま扉に体当たりを放ち、吹き飛ばす。内臓に響く痛みが駆け抜けるが無視をして外に出る。そこでかぶりがまず感じた事は、空気の冷たさだ。実際にはそんな冷たくないのだが、今まで炎の中にいたためそう感じた。
(ああ、そうだ、この感じだ。)
そして、乱れた気流でごちゃごちゃしていたものが取り払われ探知が明瞭になっていく。まるで、砂嵐が晴れたかのように、スッキリと辺りが
(今、どうなってるの? 皆んなは?)
周囲に見えるのは木々と背の高いウォータースライダー(水難ゾーンだろうか?)だけだ。何も分からない。このまま集中して広範囲を探知したいが、そんな余裕はない。
まずはやることがある。
足を止め、腰のベルトについた球状のサポートアイテムを手に取る。
「ははは!諦めたか? 外に出れば助けがいるとでも思ったか?」
かぶりはその様子、動きが手に取るように分かった。
感覚が広がる。本来の感知範囲。目で見るよりも早く、そして、多くのことが理解できる。
——負ける気がしない。
手に持った黒い球についているピンを外し地面に落とす。その瞬間、球から黒い煙が吹き出し視界を遮った。なんの変哲もない煙幕。これがかぶりのサポートアイテムだ。
本来、こんなタイミングで使ったら使用者も何も見えなってしまう。だが、かぶりにとって視界なんて無くなっても空気の振動さえ探知できれば問題ない。
黒い煙の中、かぶりは目を瞑り周囲を把握する。
(分かる。いつも通りだ。これなら……。)
そして、一気に加速し近くにいた男の顎を蹴り上げて倒す。そのまま、縦横無尽に動き回り周囲の
煙幕弾が無くなる頃には石化の
「ははは! 敏捷性は高いが攻撃力はあまり無いな。」
かぶりは、全身を石化させている様子に奥歯を噛み締めた。煙幕の中で彼女は何回もこの
おそらく、ここに居た
(でも、倒す!)
飛翔し、頭に目掛けて踵落としを放つ。しかし、目で追うだけで男はなんの反応もしない。当然、真っ直ぐにかぶりの攻撃は男に命中する。
「———っ!」
まさに、壁だった。
文字通りの石頭。石化の"個性"の防御をかぶりは突破することが出来ない。
「はっ! 中々の威力だ。流石は名門、だなっ!」
しかし、それは相手にも言える事。探知が復活した今、男の攻撃はかぶりには届かない。防御と回避。
どちらの攻撃もお互いに決まらない。そんな拮抗状態に入った。
(どうする?)
男の攻撃は遅い。一対一で、かつ探知が復活した今、かぶりに攻撃が当たるわけがない。余裕を持って回避しながらの思考する。
今、咄嗟に思いついた案は逃げる事だ。
相澤先生と合流できれば勝てるだろう。そうでなくても、三奈に溶かしてもらったり、轟に凍らせて貰らう。他にも峰田やお茶子にでも合流できれば状況は変わる。
この男に勝ちたかったが、攻撃が通らないのは仕方がない。彼女の"個性"は敏捷性は優れているが直接的攻撃力は低い。それに、不利な状況で勝てる相手に救援を求めるのは間違って居ない。プロも良くやる戦法だ。かぶりの憧れるミルコだって、やっている。逃げることは負けではない。
(逃げる?嫌だ。勝ちたい。)
だが、勝ちでは無い。
ここで逃げたら、一度折れた心が2度と戻らないような気がした。
「クソっ、避けんな!」
だから、ここでこの
理にかなっていない我が儘だ。全く
悔しさと、恐怖を噛み締めて、かぶりは男を見据える。
(でも、どうやって倒す?)
倒すと決めても倒し方なんて分からない。あの男には攻撃は通らない。コミックの世界であれば、何か咄嗟に罠を作り
考える。どうすればいいのか、模索する。
ふと、ミルコのインタビューを思い出した。
「はは、そうか単純なことだったんだ。」
そのインタビューの内容が単純すぎてかぶりは笑ってしまった。ヒーローは逆境の時ほどよく笑うものだと、誰かは言った。しかし、今回の場合は仕方がない、ミルコのインタビューから思い浮かんだものは本当に単純で策もなにもあったものじゃない。
しかし、だからこそミルコに憧れたのだ。
「ねぇ、ヒーローにとって……。1番大切なことってなんだか知ってる?」
「はっ!知るかよ!」
かぶりのその呟きに男は心底興味なさそうに応え、拳を振るった。一直線に放たれるその攻撃をかぶりは簡単にかわす。そして、男の腕を踏み台にして一気に飛翔した。
———ヒーローに大切なモノ? そりゃ……
「キック力だよ!」
男の頭上目掛けて全力で左の踵落としを放つ。男も"個性"を発動させて全身を石化させる。当然、普通に蹴ってもダメージなんて入らない。
だからかぶりは
勝つための策なんて無い。
ただ、全力で倒す。それだけだ。
硬い壁を蹴り飛ばした時のような反動が足へ響く、下手をすれば骨が折れる。だが、気にしてなんていられない。
「ァァァア!」
力を込める。
メリッと痛みと共に足から変な音がした。だが、臆さずに力を更に込めた。
「——っがぁ!!」
潰れた蛙のような声と共に男は地面に倒れた。そして、かぶりは今の踵落としで左の踵は砕けたことが何となく分かった。彼女の身体は男の防御に負けたのだ。
羽を使い身体を捻り男の頭を見る。かろうじて脳天の石にヒビが入っただけだ。そして、起きあがろうと手を地面についている。
(もういっちょ!)
空中で羽を広げ身体を更に捻る。そして、今度は右足を振り上げる。
(見様見真似だけど!)
——
真下の男の頭に目掛けて更に蹴りを放った。全力の蹴りだ。
「グァアアア!」
男の叫び声が響いた。それと同時に石が砕けた感触を覚えた。かぶりはそのまま一度空中へと跳び、両手と膝で地面へと着地した。左足の踵と右足のつま先、その両方の骨が砕け腫れ上がってしまっている。もはや、まともに動ける状態じゃない。
(倒した?)
石化の男は白目を向き、うつ伏せで倒れている。どうやら倒せたらしい。「よかった」と、安心したようにため息をついて仰向けに寝転がった。
(今、どうなってるの?)
目を瞑り周囲の状態を探知する。
まず感じたのはUSJ中央のセントラル広場での戦いだ。誰かが戦っている。かなり激しく、肉体と肉体のぶつかり合いのようだ。動きから生徒とは思えないため、他の雄英の先生が助けに来てくれたのだと予測した。
(それなら、私はここで休んでいてもいいよね)
そんな甘い誘惑が湧いて出る。
だが、そんな思いは捻じ伏せる。
(私はヒーローになるんだ。)
「ここで、動かなくて、何が、ヒーローだ」
ヒーローになるなら何も出来なくても動くべきだ。そう思い、四つ足で這うように走るが、左の踵と右の爪先から激痛が走り思うように速度が出ない。というか、もはや、全身が痛い。火傷もそうだし、全身がボロボロだ。それを無理矢理動かしてセントラル広場が見れる所まで移動した。
「っな!」
(なんか来る!)
もう少しで、見える場所に着く、その瞬間、風の壁と言えばいいのか暴風がかぶりを襲った。突然の出来事でその風に身体を攫われて数十センチ浮いてしまうが、ギリギリ地面と吸着し堪える。
何が起きたのか分からない。まるで台風のような風により空気の振動なんて読めるわけ無い。
暴風の中、匍匐前進で進みセントラル広場を見た。
そこにはNo.1ヒーローがいた。
巨大な
(これが、No. 1ヒーローの力……)
もはや、唖然とするしかない。
かぶりは憧れだとか、目標などより遥か先にいるそのヒーローにただ安心感を覚えるだけだった。
そして、すぐに雄英の教師陣が到着し、この事件は幕を下ろした。
どうでもいい情報、
かぶりの怪我は数時間で問題なく動けるようになり、翌日には完治している。
どうでもいい情報2
薫の苗字はプロット段階では「瀬田(せた)」であった。いい名前が思いつくまでの仮の名前のつもりでいたが、投稿の直前まで変えるのを忘れていた。
かなり、危なかった。
どうでもいい情報3
オールマイト引退までのプロットは決まっている