風雲の如く   作:楠乃

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   Paeonia suffruticosa   

 

 

 

 私は……私の名前は『神代(こうしろ) 牡丹(ぼたん)』と言います。

 種族は《死神》、能力は《記録を再生する程度の能力》を持っています。

 

 ……え~と、私は元々《人間》でした。

 周りに居る《大切な人々》のお蔭で、今の私があると思う。

 

 

 

「おや牡丹、アンタも仕事かい?」

「……うん」

 

 同僚が私の隣で仕事の準備をしている。

 ……でも彼女はこの後寝るんだろうな。周期的に考えて。

 

 

 

 ……今日も私は、罪人の罪を数える。

 うってつけの能力を持つ私に、うってつけの職場が私を待っている。

 

 

 

 

 

 

 一言で『死神』……って言っても、様々な種類・役職がある。

 魂をあの世へ導く『お迎え』……それらを彼岸へと運ぶ『船頭』……。

 地獄の裁判で罪を書き記す『冥官』……地獄で罪人を取り締まる『獄卒』……。

 

 私は『冥官』の役職に着いた死神。

 閻魔の隣で、魂達がどういう生き方をして、どのような罪を重ね、そして彼等は天国行きか地獄行きかを閻魔帳に書き記す、地獄の役人。

 

 ……こうやって、罪を数え始めて、既に700年が過ぎた。

 あの時、彼女に話した夢は……今はもう、夢じゃない。

 こうして過ごしていく内に、現実が漸く視えてきた。

 『完全な相互理解の出来る関係』など、有り得ないって。

 

「牡丹、次、お願いします」

「……はい」

 

 今、私に次の魂を呼ばさせたヒトが、私の上司の『四季映姫(しきえいき)・ヤマザナドゥ』という方だ。

 彼女は『閻魔』で、能力の『白黒はっきりつける程度の能力』を使って、死者を裁いている。

 

 

 

 友達の上司、そのヒトの交遊関係を伝って、私は映姫さんの下で働く事になった。

 あっ……別に私は今の環境を悪くは思ってないよ? ……寧ろこのヒトの下で働けて、本当に良かったと思う。

 自分の間違いが正せたと思うし、気軽に話せる友人も出来た。

 

 ……自分がこんなに変われたのは、映姫さんや同僚のお陰。

 無論、切っ掛けを造ってくれたあのヒトも。

 詩菜さんや皆に、お礼を言いたい。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 ……私は、ここ『あの世』に来て、『死神』となって彼岸に住み始めて、見る事やる事、そのどれもこれもが始めて知る事ばかりだった。

 簡単な力で跳びはねれる身体の使い方、意識せずとも自由に空を飛ぶ術……魂の行方、罪人や天界に行く魂について、死神としての魂の刈り方など、色々教えてもらった。

 役職に就く事が出来る、一人前の死神として、私は私の鎌を手にする事が出来た。

 

 今までは単なる『保護者』だった映姫さんが……私が冥官になった事で『上司』にもなった。

 

「これで貴女も一人前です。前のように優しい態度では接しません。『一人の上司』として、貴女と接しますからね?」

 

 ……なんて、厳しい事を言いながら、目元にうっすら涙を浮かべてたのはよく覚えてる。

 ……本当、あのヒトは素直じゃない。

 

 

 

 映姫さんの下で働き始めて、同僚も何人か居た。

 ……何でも話す事が出来る同僚、『小野塚(おのづか) 小町(こまち)』に逢ったのは、ちょうどその時だった。

 

 私達は性格も体格も正反対で……なのにすぐに意気投合した。

 私は無口無表情で真面目な性格なのに、小町はマイペースで良く仕事を放棄して休もうとしちゃうヒトだった。

 映姫さんは『小町も貴女のようにしっかりしてくれれば……』なんて度々愚痴ったりしている。

 

 

 

 ……ほら、また怒られてるし。

 

「小町っ!!」

「ひゃあっ!? えーき様!?」

 

 ふふふ、なんやかんやでこれが日常になってる私。

 なんだ……いつの間にか、夢は夢じゃなくなって、夢は現実になってる。

 ……楽しい……。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 映姫さん、小町、私は八雲紫という妖怪が創った《幻想郷》という場所を担当する事となった。

 それも……つい最近の話。

 

 私達は休憩の時間がちょうど重なり、一緒にお茶を飲んでいた。

 

「八雲さん、という方はどのような妖怪なんですか?」

「そうですね……彼女は《境界を操る程度の能力》を持ち、万物の創造と破壊をも司る事の出来る、神のような能力を持った妖怪です」

「……凄いですね」

「……胡散臭い、底知れない妖怪だった……」

「え、牡丹も遭った事あるのかい?」

「……ここに連れてきてくれたヒトが……八雲さんだったよ……?」

「あれ? 詩菜って妖怪が連れてきたんじゃないのかい?」

「……あのヒトは、八雲さんを紹介した……してくれたヒトだよ……?」

「そう、だったっけ?」

「……そうだよ……」

 

 小町に何回も話したと思うんだけどな……?

 ……それとも……話す度に忘れちゃっているのかな……?

 

 

 

「その詩菜さんは逢ってみないと分かりませんが……八雲さんには充分に注意しなさい」

「……やっぱり、危険なんですか?」

「危険、という訳ではありませんが、些か面倒な事になるやも知れませんよ」

 

 でも、そんなヒトの部下である詩菜さんは、そんな面倒な顔をしてなかったような気がする。

 胡散臭い笑みを浮かべていた八雲さんを、更に煙に巻いていたからかな……?

 

「……さて、休憩もそろそろ終わりにしましょうか」

「えぇー……」

「……ほら、小町……行こう?」

「やる気出ないわよ~……わぁ、分かりました分かりました!! 分かりましたから映姫様!? 懺悔棒振りかぶらないで下さい!?」

「貴女はさっさと仕事をっ、しなさいっ!!」

「あいったぁー!?」

 

 『怠惰』と『サボリ』といった文字で真っ黒になった懺悔棒で、小町が思い切り叩かれる。かなり良い音が辺りに響く。

 ……うわ……痛そう……。

 

「懺悔滅罪!! 反省しなさい!!」

「……はい……」

 

 

 

 ……とか言って、結局小町は明後日辺りには、性懲りもなく休んじゃうヒトだ。

 そこが小町らしいんだけどね。

 

 さ、仕事仕事。

 

「はぁ……牡丹、行きましょうか」

「はい」

「……どうかしましたか?」

「え……?」

「何やら面白い事でもあったのですか? 笑ってますよ?」

 

 ……自分の顔を触ってみるも、特に歪んでたり笑ったような形にはなっていない。

 

「ああ、いえ。表情ではなく、楽しげな雰囲気が出ていましたよ? と言いたかったのです」

「……私が、ですか……?」

「……何百年付き合っていると思っているのですか……それくらい、視ずにでも分かりますよ」

「……」

 

 ふふ……なんだろ、この気持ち。

 笑い合える友達、通じ合える……家族。

 温かく、とても嬉しい気持ち。

 

「……私は……いえ、私にとって映姫さんは……母のような存在です……」

「なっ……!?」

「……でも私には、親殺しの罪があるから……迂闊にそういう事を言うのは、罪かも知れません……」

「……」

「でも……」

 

 でも、ここまで親身になってくれた保護者の映姫さんには、本当、感謝し尽くせない程の感情を私は抱いている。

 けどそれを誤魔化そうとするのは、私の能力が許してくれない。

 全てを再生するには、一度記憶しないといけないのだから。

 

 だけど私は……、

 

 

 

「……映姫さん……急がないと、遅れますよ……!」

「えっ……? あっ、そうでした! 急がなくては!」

 

 

 

 

 

 

 ……単なる上司だけど、単なる保護者だけど、親殺しの罪がある私だけど、血の繋がりも魂も関係無い、本当に赤の他人なんだけども、

 

 だけど私は、私の中でだけで良いから映姫さん、貴女の事をこう呼ばさせてください。

 『お母さん』……と。

 

 

 


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