風雲の如く   作:楠乃

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 東方とはあんまり関係のないかもしれない話。
 旅の間に主人公が何をしていたかという話で、それほど今後の伏線は張らずに好き勝手書こうかな、と思い至った結果がこの話であります。




 
幕間 


 

 

 

 幻想郷から、逃げてきた。

 いやまぁ、あの世界から逃げてきたと言うよりかは、むしろ外に出て『逆の営業』をしに行く。と言った方が正しいような気もする。

 とは言え藍にあれほどの啖呵を切ったのだから、やっぱり彼女から逃げ出してきたと言うのが正しいような気もする。

 

 何はともあれ、今の私は、

 ・八雲紫の能力を借用出来ない。

 ・式神特有の念話を使えない。

 

 という縛りを持っている。

 使ってしまえば私の位置がバレるし、一応は逃げてきたのだからとことん逃げるという形に収めてやるという意気込みである。

 

 

 

 ……まぁ、境界を扱うのを縛ったという事は、私は自身のトラウマを思い出して自暴自棄になっても、どうにかする術がないという事である。

 私をよく知る人物から逃げ出したという事は、私を止める人が居ないという事でもある。

 

 平安を求めて私は逃げ出したのではなくて、寧ろ逃げた事で自身を逆境に置いたという事だ。

 

「何やってんだかねぇ……ふふん♪」

 

 ま……既に覚悟は出来ている。

 私が幻想郷に戻れず戻らず、

 戻る前に自暴自棄になって自爆したのなら、『私はそこまでだった』という事だ。

 特別な事も出来ない、特別にもなれない、単なる長生き出来た妖怪って訳だ。

 

「……そうだったら、イヤだねぇ」

 

 生きているからには、特別で居たいじゃん?

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 とある神社にやってきた。

 何の事はない神社だ。

 

 町中にあって、中に誰かが住む事もなく、近所の人が時たま清掃してくれるだけ。

 周囲の人が居るからこそ、その場に存在出来ている……よくある神社だ。

 

「ふぅ……」

 

 今時の服を着て、背負った鞄を揺らして掻いてもいない額の汗を拭う。

 とある夏の日差しの中。観光で来た小中学生の女の子………………という身なりをしているのは、私である。

 

 着物姿なんてしていたら怪しまれる時代だからね。

 いやまぁ、鎌鼬状態になって姿を消せばそんなの関係ないのだけれど、それじゃあ意味がないってなものだ。

 妖力を消費しない、っていう面で言えば、それは至極真っ当な手段で最善とも言えるんだけれどね。

 

 まぁ、そんな事を言いつつも姿を表しているのは、侘寂(わびさび)とか情緒を楽しむ以外にもちゃんとある。

 

 

 

 ゆっくりと境内を進む。通っている参道は当然真ん中だ。

 そのまま真っすぐ進んで賽銭箱の横を通り、拝殿への階段の所にそっと腰掛ける。背中の鞄も揺らさず音を立てずに置くのがコツである。何のコツかは知らないけど。

 

「よっと……さて、と」

 

 そう言って拝殿を通して本殿まで見通しながら、両手を胸元まで挙げる。

 柏手というのは感喜を意味したり、神様を喚ぶ為の合図でもあるとのお話だったり。

 

 

 

 まぁまぁ、そんな事はどうでもいい。

 

「遊びに来ましたよーッ!」

 

 真横に真っすぐ伸ばした腕を、勢い良く身体の目の前でぶつけて叩く。

 衝撃は操らないけど、そんな事をしなくとも良い音が境内に鳴り響く。

 そしてそれと同時に私は全身から、思いっ切り神力を解き放つ。

 

 私流の、神様をお呼びする作法みたいなものさ。

 

 

 

 

 

 

「……ほぅ、誰かと思えば、詩菜徒比売神(しなとひめのかみ)ではないか」

「その名前はあんまり好きじゃないんだけどな……ハハハ」

 

 数分もしない内に、神々しい気配が辺りを包んで物々しい声が響く。

 姿は現さないが、この神社に祀られている神様の声だ。

 

 と、言うか……姿を現さないんじゃなく、『現せない』んだろうね……力、信仰がなさすぎて。

 

 そんな私の思いを見透かす事もなく、この神様は話を続けていく。

 もしかしたら、既に見透かしているのかもしれないけど、触らない、触られたくない事なのか……。

 まぁ、私もそんな事に触れるつもりはない。

 

「ふむ? それがおぬしの真名ではないのか?」

「私の本当の名前は誰にも明かした事はないよ? まぁ、こんな旅をしている神様は人とも良く接するし、そういう意味でも真名が知れ渡ると良くない事が起きちゃうから」

「そんなものなのか。では何と呼べば良い? 詩菜徒比売神が嫌ならば、違う名は何と申す?」

「詩菜で良いよ。寧ろそっちの方が有名な筈だし」

「そうか。では詩菜と呼ばせてもらおう」

 

 詩菜は私の名前だとしっくり来るけれど、詩菜徒比売神は自分の名前って感じがしないんだよね。

 物々しすぎて、私には似合わないというのと、何となく奪っちゃったという印象を受けてしまうのが、大きい理由の二つである。

 まぁ、自分で詩菜徒比売神と名乗った記憶が私にはないから、二つ名みたいな感じで私は扱っているけれど……神様としての通り名だったら、こちらが正式な物になるんだろうな、とは思う。

 

 

 

 閑話休題(それはともかく)、置いといて、

 何はともあれ、閑話休題。

 

「有名な道祖神(さえのかみ)が、一体どうしてこの場へ来なされた?」

「……そこまで有名かねぇ。私は単純にこの世の中でも旅を続ける一柱なだけなんだけど」

「ハッハッ、今どき自由に動ける神など滅多に居らぬ。そういう意味でもおぬしは有名だぞ?」

「やだねぇ。昔から目立たないように行動しているつもりなんだけど、変な所で無駄に跡が残る」

「そういうものだろう」

「そういう物かねぇ?」

 

 そんな会話をしつつ、先程階段に置いた鞄を開く。

 辺りに感じて神々しい雰囲気がグッと近付く感覚がするから、恐らくは彼も私の近くに寄って、鞄を見ているのだろう。

 まぁ、そうしてくれればある意味説明がなくなるってなもんだ。

 

「別にこの場へ来た大きな理由ってものはないよ。悪く言えば特に理由はない」

「ほぅ?」

「でもまぁ、近くに同じご職業の御方が居るってんなら、挨拶しないとな。と思ってね」

 

 カバンから取り出したるは、一本のお酒。

 神様の呑むお酒。つまりは御神酒という物だ。

 

「ほぉ……」

「宴会と、洒落込みません?」

「ほほほ、このような霞と化した翁に注いでくれるのか?」

「無論。どの世も愉しまなきゃあ損って事さ」

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 実体化出来ていない者に物質を渡すというのは些かユーモアがありすぎるとは思うけれど、その問題は実にあっさりと解決する。

 力の有り余っている私が渡せば良い。

 

 当然の事だけど、そんな事をすれば私が持っている力は薄くなる。

 妖力のように使ってしまっても放っておけば回復する力とは違い、神力は使って無くなればそこまで。回復するには信仰を得るしかない。

 言うなれば、神力は使ってしまったら二度と戻ってこない。まぁ、妖力も自分を構成出来なくなるほど無くなってしまえば消滅するしか無いけど。

 

 そんな大切なモノをそう安々と他人に渡して良いものなのか?

 

 一般的には『NO』なのだろうけど、私としては『YES』である。

 

 根本的に、私という存在を構成しているのは妖怪の力だ。

 今は妖力を体外からほぼ出さずに消費を抑え、代わりに神力を身に纏う形になっているけど、私は妖怪である事に変わりはない。

 だから何かしらの力で周囲から守っていなければ、妖怪を信じない『常識』に身をすり潰されてしまう。

 

 今、目の前に実体化している神様は、その身を守る力さえも薄れてしまい、霞となってまで存在を維持していた。

 

 

 

「ほほ、酒を呑むのも久し振りじゃの。最近では捧げられた御神酒すらも触れる事が出来ぬ」

「……どう? 最近の情勢は?」

「ん? それはおぬしの方が詳しいであろう?」

「いや、此処ら一帯の事を聴いたんだ。わたしゃ土地を転々としているから、詳しい情報までは聴けなくてねぇ」

 

 私は賽銭箱に座り、彼は実体化して階段に座っている。

 物体に触る事が出来なかった彼は、御猪口にすら触る事を一時躊躇っていたけれども、今では私の持ってきたお酒をガブガブと呑んでいる。

 

「そうさのう。奴等の言う『科学』が常識と成り代わった今、悪しき者が我のような弱い翁を襲う事もなくなった。悪い妖怪とやらも見なくなったもので、ある意味では此処ら一帯は平和だぞ」

「……それを平和と呼べる?」

「ふむ……では、ジワジワと忍び寄る静寂と呼ぼうか。意識もなければ意思もない、悪でも善でもない、無と呼べる静寂が我等を消そうとしておるよ」

「まぁ……やっぱり何処もそんな感じか……」

 

 私も持ってきたお酒をちびちびと呑みつつ、彼の言葉にそう生返事を返す。

 随分とこの神様は詩人だなとかとも思いつつ、やっぱり現代はこうなってしまったかと、考えていた。

 

 生前の私が居た時と、今の私が居る現代は何も変わらない。

 変わらなすぎて、変わってしまった私の居場所がない。

 変わりすぎて、変わらない私まで変えられて、消え去ってしまいそうだ。

 

 非常識を常識から守るべく、境界から離れるとそこは常識の中だった。

 今の私の現状は、まさにそんな感じだ。

 

 お陰様でと言っていいのかどうかは分からないけれど、幻想郷を狙っていた者を私が気付いた限りで粛清してやると、本当に幻想郷の存在を知る者は居なくなっていった。

 外でその名を知っているのは、そこに移住しようか考えている者か、常識に慣れてしまい常識に中で住む事を決意した非常識なモノだけとなった。

 まぁ、存在が消えそうで、何処にも居場所がないと知っていても諦めていないモノには、幻想郷の存在を私が教えているけど。

 

 私が口外しなければ幻想郷を知る者が増える事は一切ない。

 そして私も、迂闊にその名を広めようとは思わない。

 

 ま……私以外にも幻想郷の名を広めれる人物は居る事には居るんだけどね。境界の賢者とか。

 

 

 

 何はともあれ、そういう考えもしながら彼と世間話をしていく。

 

「ここから北にはまだ信仰の深い場所もあるが、ここ(神社)を離れてしまえば消滅してしまう。移動は無理であろうな……そういった事をこの前、此処へ参った妖怪と話したの」

「へぇ、そいつも消滅しかけてたの?」

「我が消滅させた。最後は正反対のモノに滅されたいと、良く分からん欲望を出しとった」

「ふぅん、そいつはまた奇妙な妖怪だね。妖怪も似たような状況って訳だ」

「何やら希望の地を目指して百鬼夜行していたが、辿り着けず最後の一匹が我の所に辿り着いたそうだ」

「……へぇ。希望の地、か」

 

 何者かに幻想の地の存在を囁かれた妖怪かしらね。

 集団で疎開をしようとしたけれど、全員が間に合わなかった……って事か。

 嘆かわしいとか悲しい出来事だと言うべきなのかか……助けられなかったという事を悔しく感じるべきだ、とでも言うべきなのかもしれないけれど、私の内心はそれほど何か感じている訳でもなかった。

 そんな妖怪も居る。助けられなかった。本当にそれ『だけ』なんだ……そう感じて、思ってしまっている。

 

 今の話を聴いた私は……どうやら珍しく、感傷的な気分らしい。

 憂鬱な訳でもなく、ただ、静かに波立つ海面のような、そんな詩の一節ような気分。

 

「……行けるのなら、貴方もそこに行きたい?」

「我か? いや、このような翁が行くような場ではないであろう。新たに世を作る、若い非常識の世界に我が行くべきではない」

「そう、そんなものなの……」

「うむ、そんなものだ……」

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 日が暮れてきた。

 現代風なファッションをして、人間らしく振る舞うつもりの私は既に宿も取ってある。いつまでもここにいるつもりはない。

 

「そろそろ行くよ。情報有難う」

「なんの、こちらも酒を頂いたしの。翁の話を聴いてくれただけでも既に充分過ぎる程に恩恵は頂いたわ。これでは返し切れぬ」

「ハハハ……まぁ、また今度逢った時に、その時の貸した分を返しておくれ」

「そうじゃな……『また逢った時に』の……」

 

 また鞄を背負い、神社から出て行く。

 今日の宿は山の上にある神社からは少し遠い距離の、山の麓の街にある。位置設定を少しばかり間違えたとは私も思っている。

 

 ……背中に伝わった衝撃に関しては、あえて無視する事にする。

 

「それじゃ、私は行くよ」

「──────」

「……じゃあね」

 

 返ってこない返事に関しても、何も言う事はない。

 私が渡した神力が切れてしまったとか、実体化が急に解けてしまったからとか、色々と言い訳も出来る。

 

 例えるなら……真実が例えどんなに酷いものだとしても、真実のみを追い求める人もいる。

 ……私はただ単に、昔から真実に気付いたとしても見て見ぬ振りをする。そんな卑怯なヒトだという事だ。

 

 

 

 とは言え、

 

 

 

 私の旅の目的は、そういった腐りかけの性根を叩き直す、という物。

 

 

 

「……他人の振りは、これ以上出来ないんだよねッ!!」

 

 

 


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