風雲の如く   作:楠乃

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遭遇

 

 

 

「……えっ……?」

 

 

 

 名前が……完璧に違う……?

 ……私の生前の名前でもないし、知っている名前でもない……。

 志鳴徒や詩菜とも違うし、過去にこんな名前でもなかった。

 

 ……転生したから?

 それなら、氏名も全部変わるのは分かるけど……じゃあ、どうしてここまで『生前の私』に似ているの?

 瓜二つ、生き写しって言われてもおかしくない筈なのに……?

 

 なに……? 何がどうなってるの……?

 

 

 

「……お前が、さっきの妖怪騒ぎの奴か……?」

「ッ……!?」

 

 顔をあげると、志鳴徒の顔が私を見ていた。

 

 …………いや、私が居るであろう場所を視ているだけか。勢い余って鎌鼬化が解けている、って事ではないようだ。

 あ~……焦った。

 

 とりあえず、『私』が痛く見られない様にする為に、ちょいと能力を発動。

 ……あんまり、能力を使いたくないんだけど……ね。

 

 何故か位置がバレているけど……後ろの東風谷は気付いていないので会話をしてみようか。

 

「そう、だけど……なんで分かったの?」

「……お前、自分で『えっ?』って呟いてたろ……」

「あ」

 

 ハハ……そうでしたね。やっちゃってましたね……。

 汗は鎌鼬状態だから流れないと分かっていても、今凄い冷や汗を感じている。

 

「……はぁ……てか、良いのか? 普通に喋ってるけど」

「え?あ、ああ……今私の声はキミにしか届かないし、キミは何かを喋っても周りには聴こえない様にしてある。でもまぁ、姿は見えるから、口元は塞ぎなさいな」

「……本当に、妖怪なのか?」

「うむ、今ちょいとキミの後ろの方の監視が厳しいから、何かを魅せてあげる事は出来ないけど、立派な妖怪ですよ?」

「……東風谷か」

 

 ……うん、話していても、やっぱり自分だっていう思いしか沸いてこない。

 『ドッペルゲンガー』は、出遭ったら互いに殺し合ってしまう。って言うけど、案外そんな気分にもなりはしない。『志鳴徒』じゃなくて『詩菜』だからかな?

 

 ……まぁ、何はともあれ色々と確認せねば。

 

「ちょいと質問するけど、良いかな? 別に何か事を起こす訳じゃない。単なる確認」

「妖怪がそんな事を言うのか?」

「ん、申し訳ないけど、今のキミに訊きたい事なんだ」

「……答えられる範囲なら」

 

 

 

 まず、自分の両親の名前。

 

「貴方の両親の氏名、教えてくれる?」

「? ……●● ●●と□□だが……?」

「……うん、そう……か……」

 

 これもかんっぺきに違う。全然違う。

 両親どころか、爺ちゃんの名前でも婆ちゃんの名前でもなかった。

 

「次……今住んでいる住所と、『引越し』する前の住所」

「……なんで俺が引越ししたって知ってるんだ?」

「ちょいとね」

「……×××市の×× ×××-×だ。その前は△△△ △-△-△」

「……オッケー」

 

 これは完璧に同じ……なんでだ?

 私の間違いが無ければ、今のは『生前の私』とおなじ住所だった。

 んん??

 ……ああ、もう!! 分からん!!

 

「……次、幼馴染の名前、違う高校に行った方の幼馴染ね」

「なんでそこまで知っている!?」

「落ち着きなさい。周囲にバレるし、私は知ってるだけだから」

「ッ……それでもおかしいだろ……○○ ○○、だ」

「ちっ、こっちは当たりか……」

「……?」

 

 これも私の記憶と違わない。実に千四百年ぶりに言葉に出した名前だけど、全く変わっていない。

 ……どうして、『私』とその周りだけが微妙に違っているの……?

 

 

 

「他に何かあるか? もうすぐ授業が終わるぞ」

「……最後、兄貴の名前は?」

「……ホント、お前どれだけ知ってるんだよ……」

 

 ――――――■■■だが?

 

「えっ!?」

 

 キーンコーンカーンコーン。

 

「はい、きりーつ」

 

 ガタゴトと椅子を引く音が鳴り響き、『私』も起立した。

 私はその音でようやく我に返り、急いでロッカーの上に避難した。

 

 ……急いでしまった所為で、途中であの早苗とやらに風が触れちゃったから、完璧に何かをしていたってバレたけど……。

 

 まぁ、仕方ない。

 だってどうしようもなかったんだもの!!

 あのまま居たら確実に『私』の前の席にいる人は倒れてたよ!?

 わたしゃ無駄に問題起こしたくないのさ!!

 

 既に睨みつけてきている早苗さんは、問題としてカウントすべきだとは思うけどね!!

 

 

 

 

 

 

 ゴホン、閑話休題。

 

「……何をしてたんですか」

「お仕事。キミには関係ないよ」

「ッ関係ないってどういう事ですか!?」

「東風谷には関係ないって事」

「気安く呼ばないで下さいッ!」

 

 だからお札を投げるなっての!! まだ一時間目が終わった直後なのに戦闘を始める気!?

 それに『鎌鼬』状態でそういう攻撃を受けちゃったら、一気に『肉体』が消滅するんだってば!? 今の速度ならまだ避けれるけど!

 

「えぇい、もう、めんどくさいなぁ」

 

 

 

 変化、詩菜。

 

 実体化した腕に妖力を強く纏い、飛んできたお札をぶん殴る。

 妖力と霊力が相殺され、ジュボッ! という音が鳴り響き、お札が赤と緑の気味が悪い二つの色に焼き焦げて地面に落ちていく。

 無論の事、私の腕には一切の傷が無い。お札に籠められている霊力が少な過ぎなのさ。

 身体にある霊力は大量にあっても、術にそれが込められていない。減点ッ!

 

「うッ、そんな!?」

「力の差をいい加減悟りな。私は攻撃しないって何回も言ってるんだ。それをアンタは無視して一方的に攻撃して……慢心してんじゃねぇ。【お前は私に勝てない】」

「ッッ!?」

 

 更に能力を追加。

 この娘に『衝撃』を与えて、私には勝てない。というイメージをすり込む。

 

 効果は覿面。『衝撃』を喰らった東風谷は膝から崩れ落ち、一気に顔面が青褪めている。

 

 

 

「お前……家の前に居た……!?」

「……姿は現さないつもりだったのになぁ……」

 

 『詩菜』の姿を見た『私』は、今日の朝に見掛けた人物だとすぐに気付いたようで。

 ……しっかし、どうしたものかね。

 

「く……ッ、私じゃなくても……の『神様』……なら……!!」

「? 『神様』……?」

「ッ早苗!? 大丈夫!?」

「テメェ、早苗に何した!!」

「ハァ……何もしてないよ? その娘は単にショックを受けただけ。落ち着こうと思ったらその動悸は治まるよ」

 

 息切れを起こしながら物凄い量の汗を掻いている早苗は、青い顔でこちらを睨んでいる。

 ……私の『衝撃』を受けて、まだ敵意を持てるのか。立ち向かう意思があるから、そんなに苦しくなるのに。

 いやはや、流石だよ。ホント。

 

 

 

「ほら、次の授業が始まるよ。早苗も保健室に行くなら早くした方が良いよ」

「ッ……!」

「……さて、どうしたものかね」

 

 まぁ……とりあえず、

 

 変化、鎌鼬。

 

「……っ、消えた!?」

「何処行きやがったテメェ!!」

「……ずっとここに居るよ。単に姿消しただけ」

「……妖怪……」

 

 お、意外にも『私達』の存在をまだ認める人々は居るんだねぇ。

 皆からの恐怖が私を強くする、ってね。実に美味しいです。

 

「ご名答。私は妖怪『鎌鼬』。まぁ、さっきも言った通り、危害を与える気は無いから安心して」

「……鎌、鼬……」

「……でもまぁ……さっきの早苗みたいに、『余計なちょっかい』をしたら、私は安全な存在じゃなくなるかもねぇ……ハハハ♪」

「「「……」」」

 

 教室に沈黙に広がり、聴こえるのは早苗の荒い息と、廊下や隣の教室から聞こえてくる声だけとなった瞬間に、チャイムが鳴り響いた。

 それでも皆、誰も動けずに氷像のように直立したままで、次の授業の先生、つまりは現代社会の先生が来て、

 

「……おい? どうしたんだ?……東風谷!? お前、大丈夫なのか!?」

 

 と叫んだ事により、ようやく皆の硬直は解けた。

 

「大……丈夫、です……」

「……本当か? おい皆、一体何があったんだ?」

「「「……」」」

 

 ま、そりゃ『妖怪の仕業です』なんて答えられないよね。ふふん。

 いや〜、わたしかんぜんにてきやくですわー。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 さて、これで今日一日の授業が終了した。

 早苗は結局、保健室に行かずに、そのまま私を見張る為に教室に残った。

 体調も、私がそばに居る。って事で良くなかっただろうに、ご苦労なこった。

 

「……」

 

 放課後。

 各々が部活や委員会、はたまた自分の時間を確保する為に、生徒の皆様方は次々に帰って行く。

 

 ……まぁ、妖怪が居ると分かった部屋に、何時までも残りたくないんだろうね。

 それでも残りたい奴は、興味が過剰にある奴か、死にたがりか、それとも関係のある奴か。

 

 

 

「……ま、残ろうとするのはキミ達だけか……当たり前っちゃあ当たり前か」

「「……」」

 

 片や『私』、片や退治屋の子孫。

 なんだこの状態。

 私は勿論姿を隠しているけれど、この第三者視点から見て、何このよくあるラブコメ状態。

 

 

 

 それはさておき、二人はよく残ろうと思うなぁ。『私』も形だけ見れば質問されただけだろうに。

 特に、早苗はもう心が折れかけてると思ってたんだけど……案外耐えるもんだねぇ。

 

「……で、早苗はこの『鎌鼬』に何の用かな? 私が用があるのはそこの彼なんだけど?」

「やっぱり、俺にはあるんだな……?」

 

 でなけりゃ、誰がそんな『他人』の情報なんて知ろうとしますか。

 他人というか、知り合いというか、というか、自分というか。

 

「……くっ……」

「あ、そういえば、貴女の『信仰する神様』って、誰なの?」

 

 でもまぁ、ちょいと興味はあるので少しばかり質問。

 あの時はキミの友人に邪魔されて結局訊けなかったけど、今一度訊いてみよう。

 

「……貴女に話す事などありません」

「じゃあなんで此処に居るの? 本当に信仰している『神様』なら、今すぐ呼んで私を討滅すれば良いじゃん。ほら、呼んでみなよ?」

「……ッ……」

 

 ま、無理なんだろうね。その様子だと。

 いつぞやの神様のように、神社から出掛ければ神力の供給と需要の分配が出来ずに、消滅してしまうから。

 助けを呼べば、呼んだ相手が消えてしまう。それはなんて矛盾。

 

「……神様も、居るのか?」

「居るよ。ただ信仰心が足らなくて、消滅しかけているんだろうね、その様子だと」

「ッ、貴女に何が分かるんですかッ!!」

 

 分かるよ、私も神だからね。

 私も神の一柱……と、答えても良かったけど、これ以上やったら本当にいじめの現場になりそうな気がしたので止めて置く。

 ……何だかなぁ……すっかり悪者になってるな私。

 

 

 

 妖力とか神力とか、存在を保つ為の力が複数なければ、私が今日まで持つ事は有りえなかっただろう。

 だから私は、能力をあまり使いたくない。

 疲れるし、その疲れを解消する為にこれまた力を消費するからだ。

 

 旅をしてその道中で人を何度も助けていなければ、今頃私もか細い存在になっていただろう。

 私は妖怪と神様を兼任していて、更に強大な主の元にいる式神だから、こうして無事に存在出来ている。

 

 

 

「で、どうするの?」

「「……はい?」」

「だから、この三人、集まってどうするの?」

「……お前が、俺の事について訊くんじゃねぇの?」

「そりゃ訊くけどさ……言っとくけど、キミを此方側に引き込むつもりは一切ないからね」

「……『こっち側』、って……」

 

 幻想側、って事。

 人間は人間らしく、激しく燃えて激しく死になさいな。

 彼女のようには、この子をさせるつもりはない。

 

「あ……でも、お兄ちゃんには逢いたいかな」

「……俺の、兄貴にか?」

「うん、■■■兄ちゃんを、ね」

「ッッ!?」

 

 なんで呼び方まで知ってるのかって?

 そりゃあ、私と同じ存在なんだし、気付かない方がおかしいでしょ?

 気付かないってか、知らない方がおかしいのよさ。

 

 

 

「……さて、帰りますかね」

「……憑いて来る気か?」

「そりゃあね」

「だっ、駄目です!!」

 

 ……まぁだ言うかこの娘は。

 

「そっ、そんな不埒な真似は駄目ですッ!!」

 

「「………………」」

 

 

 

 ……うし。

 

「放って置こう、それがベストだって今直感した」

「奇遇だな。俺もだ」

「帰ろ帰ろ!」

「オッケ、把握」

「ちょ、ちょっと!?」

 

 ……まぁ、私は未だに『鎌鼬』状態なんだけどね。

 だから、他の人から見たら、『私』を引き留めようとする早苗、という図になっちゃう訳だけども……。

 ……その辺り、別に深く考えてたりしてないんだろうなぁ……この二人……。

 

 

 

 

 

 

 

 ま、そんな事は別にどうでもいいんだけどね。

 そのまま早苗を振り切り、私と『私』は自転車を漕ぎ出し、校門から出て行く。

 

「……さて、と」

「ん?」

 

 今の状態だと『私』が虚空に話し掛けている、非常に痛い少年になってしまうので、

 

 

 

 変化、詩菜。

 

 

 

 定位置(後ろの荷台)に姿を現す。

 

「おうわっ!?」

「ほらほら、倒れないように自転車を漕ぎなさいな♪」

「いきなり荷台に現れるなッ!?」

「あによ。折角の女の子との二人乗りよ? 嬉しくないの?」

「妖怪だろ」

「妖怪でも女の子でさぁ」

「……まぁ……う、うれしい?」

「ふふん♪」

 

 ま、真相を知っている私としちゃあ、『同じ魂を持っていた者がイチャついているだけ』っていう、まさにカオスって状態なんだけどね。

 ワイシャツ姿の男子学生が自転車を漕ぎ、その後ろに紺色の着物を着た小中学生が乗っているという。

 う~む、もしかしたら明日、『私』には物凄い男子からのいじめを受けるかも知れぬ。

 

 ……。

 ワッハッハッハ、ザマァww

 

 

 


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