……ふわぁ……。
いやぁ……久々に布団でゆっくり寝たなぁ……。
布団を抜け出して窓からベランダへ出て日光の下、背伸びをする。
ここ最近はずっと橋の下のコンクリートとか公園のベンチだったし……ふっかふかの毛布と、都合の良いモッフモフの抱き枕とは実に良い物だなぁ、と本当にそう思った。いや、マジで。
「……人を『抱き枕』扱いか」
「いやいや、わたしゃ褒めてるんだよ?」
「そうには聴こえなかったがな!」
「あらそう? ごめんなさいわねぇ♪」
「……はぁ」
溜息を吐かれた。何故だし。
まぁ、もう夏の最中だというのに、抱きつかれても全然暑苦しくもなかったと『彼』が思う事は無いんじゃないかな。
結局『彼』が寝たのも、私が頭突きという衝撃を与えなかったらずっと起き続けて朝を迎える事になっていたであろうぐらいに、眼が冷めていたようだしね
……ま、どうでもいいか。
朝食をさっさと食べ終わり、学校の準備をして家を出る。
『彼』が、だが。
……まぁ、今日は学校が終業式らしいから、準備も何も無いみたいなんだけどねぇ。
私は昨日のように、自転車の後ろに載せてもらい、自由気儘に風景を楽しませてもらおう。
詩菜の姿じゃなくて鎌鼬状態なんだけどねぇ。ふふん♪
それでも楽しい物は楽しい。こんな体験は実に初めてである。
「……そういや、東風谷の話はどうしたんだ?」
「ああ、あれ? アレはまぁ、何とかするよ。ウン」
「……なんか、聞いてて物凄く不安になってくる返答なんだが……?」
ま、向こうからの連絡待ち。って感じかな?
神奈子・諏訪子は……早苗のあの様子からすると、相当に力を失っているみたいだね。
御柱や鉄輪をぶんぶん振り回していた、あの時代は既に遠き昔の日々、ってか……。
……まぁ、彼女達が私の事を完全完璧に忘れてない限り、早苗を説得してくれていらない労力をしなくて済むように……してくれると……良いなぁ……。
……自分でも、どれだけ図々しくて何様だよ、という内容だな。
ホント……何様なんだか私。
学校に到着。
私は例の如くロッカーの上に陣取り、鎌鼬状態で教室を見渡す。
早苗は……まだ来てないか。
それにしても……私の記憶じゃあ、生前の知り合いや知人、クラスメイトに神社の関係者は居なかったと思うんだけどなぁ……。
まぁ、苗字も名前も、生前の私と『彼』とじゃあ違うし、やっぱりここは過去の私が住んでいた世界とは違うのかねぇ……?
……それはそれで、逆に何で詩菜という私が生まれたのか分からなくなってくるんだけどな〜……。
さてさて、しばらくそんな考えに没頭している間に、早苗も学校に来て一目散に私の元にやってきた。
神奈子諏訪子に送った《メール》は、どう届いて、どう返信が返ってくるかな~?
ちなみに『彼』は学校に来た途端に私の事を無視し始めた。とは言え早苗とかクラスメイトが来た時点でもう無視は出来ないと思うけどね。
「あなたは……詩菜さん……なんですよね?」
「まぁね。あの二柱は何て言っていたかな?」
「……私と共に、社に来て欲しい。と」
「そっかそっか。まぁ、そうするしかないよね」
ホント何年振りかな、あの二人に逢うの。
え~と……千年弱ぐらいあるのかな? 逢ってなかった期間は。
「いやぁ、本当に久し振りだなぁ♪」
「……あと、伝言で《神風の説明を、ちゃんとしてくれよ?》と、神奈子様が……」
………………。
……ヤバ、完璧に忘れてた。
大体あの闇の妖怪にも再会する事もなかったし、完全に《あの事件》を忘れてたよ……。
やっちまった……。
「……あの、《神風》……って、元寇の……?」
「いや……私も元寇と関係あるのか詳しくは分からないけど……」
……あの術式が完全に暴走した後、私は手綱を離しちゃったから、《万物流転》があの後どうなったのか知らないし……。
あれ? 時代的に私が《神風》を起こしちゃった感じなの?
いや、アレって……確か……。
「……ねぇ、《元寇》って何年?」
「え~と……1274年と1281年だったかと……」
「ああ、じゃあ違うね。私じゃないや」
「は、はぁ……年数で分かるんですね……」
神風を起こしたのは四百歳位なんだから、そりゃ私じゃない。
私の年齢で四百歳って事は、ちょうど十世紀頃だからだ。
ふぅむ……その頃は、十三世紀頃なら私は基本的に『妖怪の山』から出なかった筈。
となると、神風を起こせそうな文とかも変な行動なんかをしてなかったように思うし、私の知り合いとかが元寇に対して神風は起こしてないとは思う。
……まぁ、直接見たり訊いた訳じゃないけど。
とか考えているとキンコンカンコンとチャイムが鳴り響いた。
いつの間にやら教室には生徒全員が集まり、先生を待って自身の席に座っている。
今日は終業式らしいから、まず初めに大掃除かしらん? と、そんな事を考えつつのんびり眺める。
ん……そういえば、早苗が警戒している様子がない。
さっきも、話の途中でチャイムが鳴ったから普通に席に戻ったけど……あまりにも普段通りの動きすぎて気付かなかったや。
昨日みたいに霊力が立ち上がっている様子もなく、平常心で先生を待っているようだ。
……あの二柱に色々言われて、私を警戒するのを止めたのかね?
まぁ、それはそれで私も気が楽だから良いんだけどね。
気分的には、そんなあっさりと警戒を解いてしまっても良いものだろうかと思わなくもない。
▼▼▼▼▼▼
「大掃除だからな~? 三十分もあるんだから、いつもよりも入念に掃除しろよ~」
そんな先生の、いつも通りのやる気の起きない号令を受け、生徒達が掃除に向かい始めた。
『彼』や早苗等も掃除に向かったので、私は暇潰しに学校を廻ってみる事にする。
唐突に昔の事を思い出したが、あの先生の『三十分もあるんだからいつもより掃除を入念に〜』という所で、私は『三十分も無駄にあるんだから』と脳内変換したのを思い出した。
まぁ……『彼』が同じ事を考えついたのかは分からないけど、顔を見た感じではいつも通り、何を考えているのか分からない無表情である。
『彼』と生前の私が在席している、そしてしていたクラスは一年A組だ。
校舎の最上階に一年生が居て、その下に二年生三年生……と続くのは、多分何処の学校も同じだと思う……まぁ、これは人間の時の私の経験からそうだと思っているだけだから、他の学校には逆だったりするのかも知れない。
まー、どうでもいいけど。
とりあえず生徒が掃除をして、先生が細かい所を掃除しろと喚く廊下の天井を滑るように移動して、学校見学をしてみる。
こうやって見てみると、チラホラと《知り合いだった奴》が掃除をしている。
中学の知り合いがトイレ掃除をしていたり、部活仲間が友人らしき人物と話していたり。
……こうやって見ていると、やはり生前の私が一度も見たことのない人物が、普通に校内を歩いているのに気付いた。
いや、記憶は薄れちゃって覚えてないに等しいんだけど、それでも銀髪で碧眼の外人なんていない。
あんなツタンカーメンの仮面を被った先生なんていない。うん。何処の世界史の先生だ。
う〜ん……やっぱり、過去の私が妖怪の『私』になった事で、色々と歴史が変わったりしたのかしら?
早苗なんて名前の女子は、クラスメイトや近所には居なかった筈だし、守矢神社なんて妖怪になって初めて訊いた名称だし。確かだけど。
それに仮に私が覚えていなかっただけだとしても、こんなに校則は緩くなかったという事は覚えている。
なんだあのスカートの短さは。破廉恥すぎるぞ……と、何度思ったか……。
そんなにチラチラさせたいかゴラァ!!
……まぁ、決して指摘はしないし、叫ぶ事もしないけど。
気を取り直して。
閑話休題。
ぶらぶらと探索している間に、『彼』を発見。
……プラス、一緒に掃除をしているらしき、東風谷早苗も発見。
なんだ……君達は案外親しいのかい?
昨晩、モテモテだと言ったのは案外真実だったのかい?
ちょいと脅かしてやろうかと近付こうとすると、近くでサボっている男子学生から『興味深い話』が聴こえてくる。
「……なぁ、お前、知ってるか? 東風谷の幼馴染みの話」
「ああ知ってるよ。あそこで一緒に掃除してる奴だろ?」
「声でけぇよ!」
「おっと……」
……幼馴染みだって? 早苗が?
……いや、そんな記憶は……私には、ない……。
この高校に幼馴染は、私が覚えている限りでは一人しか居ない筈。
その一人も、さっき教室を掃除していたのを見掛けていたから……んん?
良く話が聴こえるように、彼等の真上に陣取って耳を澄ませる。
「……何でも幼稚園からの縁って奴だろ?」
「……すげぇな……腐れ縁って聞いたが、そこまでとは……」
「……幼稚園から、小学、中学、高校まで一緒なのか……」
「……妬ましい」
「……んで、クラスというか学科まで一緒なんだろ? どんだけだよ」
「……出来すぎだろ。あいつら……ソレで付き合ってないのも凄いが」
「……だよな……実は裏で出来てたりしてないのか?」
「……いや。ないらしいぞ? 中学からの知り合いに訊いてみたが」
「マジかよ……」
「……ホモ?」
「「「……」」」
いや……そこは否定してあげなよ。
……いや、両性具有とも言える私が言うべき事じゃないかもしれないけど……。
「……ま、まぁ、あんなのが幼馴染みにいて、なんでそういう関係にならないんだろうな」
「……幼馴染みだからこそ、逆にそういう感情が出ねぇとか?」
「……それはそれで、なんか……ムカつくな」
「……ああ、そういえば朝に、『昨日アイツを見た』って話が話題になってたぜ?」
「どんな噂だ、それ?」
「何でも着物を着たロリを自転車でニケツしてたって噂」
「「「ないわぁ」」」
うん、それ私だけど……。
他人から見た話を聴くと……ないわなぁ……。
……ロリを否定したいけど否定出来ないもんなぁ……。
「しかも時間帯的に学校帰りなんだよな……」
「うっわ。それ何処かから誘拐して来たんじゃねぇ?」
「小学とかからか? 犯罪じゃん」
「そんな奴が学校に……意外に身近に居るんだなぁ。ロリコン」
……。
ま、まぁ……思惑通りというか、何と言うか……。
何はともあれ……ふむ、そういう背景が実は後ろにあったのか。成る程ねぇ……。
確かに、そういう事を考えて昨日の事を振り返って見れば、色々と説明出来る部分も出てくる。
どうして早苗が『彼』の家に真っ直ぐ来れたのか、とか。
どうして早苗が変な行動なんかをしているのに『いつもの事だろ』とでも言う風にこちらを見ていたのか、とか。
どうして『彼』に私が憑いて行くって言っただけなのにあんなに動揺したのか、とか。
どうして『彼』の為にあんな夜更けにまで助けに来たのか、とか。
……ん?
あれ、なに?
やっぱり『彼』って結構モテてる訳?
ガチで?
……あ~……こういう所でも、『生前の私』と『今の私』との違いが見付かるわけね……。
リア充爆発しろ!!
私の妬み及び逆怨みにより、身体から一挙に溢れ出た妖力に気圧されて、サボタージュしていた三人の男子学生は、泡を吹き、顔を真っ青にして、唇を紫色に染め上げて、次々に倒れていった。
……イカンイカン、一般人には手を出さないって早苗に言ったのに……すまん、ありゃ嘘だった。
とりあえず、この場を去る事にする。
話を聴き終わる頃には、早苗と『彼』は居なくなっていたけど、いつ早苗が私の妖力を感知して来るやら……。
……ま、とりあえず……問い詰める存在が、どうやら出来ちゃったみたいだ。
▼▼▼▼▼▼
学校も終わり、放課後の時間。
というか終業式なのだから、今から夏休みが始まった訳だ。
みんなこれからの予定を楽しみにしているのだろうか、一年A組教室には私と二人しか居ない。
というか一年生全員が居ない。
何となく先生の姿も視えないような気がする。
決して『祟りにあった男子』という噂のせいではない。
気の所為と言ったら気の所為なのである。
誰が何と言おうと、気の所為だ。
「……現実逃避」
「うっさい」
「……何してるんですか……」
事故だったんだよ……アレは……。
閑話休題。
「で、守矢神社に向かえば良いの?」
「ええ、神奈子様と諏訪子様が待っています」
「……そんな神様を祀っていたっけ?」
「ええ。一般的には違う名前の方が有名なんですけどね」
俗に言う『建御名方命』と『ミシャグジ』だろうね。
……でも、あの二柱の使い魔って、蛇とか蛙とかじゃなかった気がするんだけど……?
逆………………まぁ、どうでもいいか。
「という訳で、先に帰っちゃってて」
「いや、あたかも俺がいつも待っているような雰囲気を出すな。昨日が初めてだろが」
「ナイスツッコミ。説明口調過ぎて吐き気がしてきたよ」
「吐くな」
「淡泊すぎて、逆に気持ち悪い」
「お前は俺に何をさせたいんだ」
「ボケ」
「じゃあツッコミをさせる状況にするなよ……」
「だが」
「断んな」
「チッ」
「……」
……とまぁ、こんな漫才をしていても無駄な時間が過ぎていくだけなので、
「という訳で、先に帰っちゃってて」
「天丼をさせる気か?」
「……はぁ」
「溜め息吐かれた!?」
「……早苗、行こ」
「は、はぁ……では、お先に失礼します……」
「……おい、なんで俺が悪いような雰囲気なんだ?」
さぁ、ねぇ♪
▼▼▼▼▼▼
守矢神社に向かう私と早苗。
学校からそれほど遠くもない位置に守矢神社はあった。
『彼』が自転車なのは引越しをしたからで、彼女が歩いて学校に行くのはまっこと自然な事。
……何の言い訳……?
まぁ、閑話休題。
本題に入ってやる。ああ、入ってやるとも。
「早苗ってさ? アイツの事が好きなの?」
「へっ? 何の事ですか?」
ん〜……外したかな?
それとも、本当にその線がないのかしらん?
「いやさぁ、『彼』の事、好きなのかなぁって」
「……何の話かと思ったら、そんな話ですか?」
「ほらほらぁ、言っちゃいなyo♪」
「……詩菜さんは本当に妖怪なんですか……? 何千年も生きていると話には聴いているんですが……」
しまった。
つい地が出てしまった。
勿論嘘だけど。
「気にしない気にしない。で、好きなの? 『アイツ』がさ」
「……まぁ、幼馴染という事もありますから、多少好意的に見ている所もありますけど……」
「……ふぅん?」
「仲の良い、異性の友達ですよ」
……そっか。
……『つまんない』、と感じている自分は、そうそうにくたばれ。
とか思いつつ、こんな話題を出すんじゃ無かったよと微妙に後悔。
「まぁ、それなら良かった。仲良くしてやってよ」
「………………詩菜さんって、案外優しいんですね」
「ながっ、な、何を言っていルるのヲカワカらナイナァ……」
「いやいや、動揺しすぎでしょう……」
「……いやぁ……あんまり褒められた事が無いから……ちょっと動揺しチャベッ!?」
ひ、し、舌噛んだ……痛い……。
「……動揺しすぎですって……」
テキトーに思い付いたどうでもいい事。
《 お題:『お前は何でも知ってるな』と言われたらどう返す? 》
詩菜
「何でもってのはおかしいと思うんだよね。例えば私にとっての『何でも』とあなたの『何でも』は違うよね? だからまぁ、その言葉に私はこう返すかな? 『何でもは知ってるよ。私のは何でも。でもあなたの何でもは知らない』」
志鳴徒
「何でもは知らない。知ろうとして識ったのが知識だから、俺は知識ならしっている。他は知らんしどうでもいい」
彩目
「何でも知っている訳がないだろ? 知っている事だけを知っていると言って良い。そういうものじゃないのか?」
天魔
「知らないものは知れば良いじゃろう? じゃから今は知らぬ。知る事になるが今はその時でない」
牡丹
「……? 知ってるけど?」
『彼』
「それは何だ。俺にあの超人の真似をしろと言うのか?」