夏休みだ。
学生の皆がヒャッホウ!! ……と、狂喜乱舞する季節がやってきた。
……だがしかし、
どうやら『彼』は学生の身分にあるにも関わらず、バイトや恋愛・遊びに全くもって興味がないのか、家でグータラしている。しまくっている。
ああ! 我ながらなんと情けなや……。
「あぁ? ……暑くてやる気出ないんだよ……」
「まぁ……こんな家だもんねぇ」
「……その扇子、貸してくれ……」
「自分の団扇があるでしょ」
「……ケチンボ」
「ざまーみろ」
「チッ……」
私達は『彼』の部屋で、一日中ゴロゴロしていた。
うむ……まぁ、これはこれで学生の本分かもね。
「おーい。お前の部屋、何℃行った?」
「ん……3……34.5℃」
「ここも暑いなー」
と、いきなり乱入するお兄様。
今日も下着一丁で実にエコな格好だ。見てて惚れ惚れするね!!
決して憧れはしないがな!!
無論、私は兄がこの部屋の前に立った瞬間には、既に『鎌鼬』に変化を遂げているのだ。
バレたくはないし、これ以上めんどくさくしたくないしね。
「ん……なんか、嫌な空気だな」
「……そうか? 窓も全開なんだけど」
「なんとなく、違和感を感じるんだが……?」
それでも私の気配に勘づくお兄様パネェっス!!
やっぱり私が今まで出逢った人物、妖怪、神仏の中で彼が最強なのではないだろうかと思わなくもない。
「気のせいじゃないか……?」
「……んん。まぁ良いか」
「で、何しに来たのお兄ちゃん?」
「いやぁ、お前さ。ここ最近部屋に閉じ籠って何してんだ? と思ってな。こんなくそ暑い所で」
「……まぁ、色々とね……」
まぁ、いつ何をやらかすか分からない『詩菜』という爆弾が居るもんねぇ、ふふん♪
……自分で言う事じゃないか。
「……ま、水分はキチンと摂れよ。言わなくても分かっているとは思うが」
「運動せずとも水分を摂る必要があるってどういう事なの……」
「おかしいよなぁ……」
等と言って、お兄ちゃんはそのまま自分の部屋に引っ込んでいった。
……本当に室温を調査しにきただけなのね……。
お兄ちゃんらしいっちゃあらしいけど。
「……あ〜……あちぃ……」
「35℃だもん。仕方無いよ」
実体化して扇子で扇ぎながら椅子に座る。
そうやって扇がなくとも風はこちらへと靡いてくるように操作してあるけどね。
……まぁ、言わないけど……暑い暑いと言う『彼』にも当たるようにしてある筈なんだけどな。
「……神出鬼没……」
「神様ですから」
「……さいで」
「二つ名『鬼殺し』ですから」
「……さいで」
「……なんか、もうちょっと台詞に変化を加えられないの?」
「どーでもいー」
「そっかー」
「そーゆー事だー」
「そーゆー事なのかー」
でも暑いという事に変わりはない。
……ふぅ、あっついなぁ……もう……。
▼▼▼▼▼▼
そんなこんなで時間も過ぎ、いつの間にやら時刻は三時過ぎ。
ちなみにお兄ちゃんが『彼』の部屋に来たのは昼前。
……温度が一番高くなるであろう、お昼になっていないというのに36℃を記録するこの家はやはりおかしいと思う。
まぁ、そんな事はどうでもいいけど。
私は暇なので『彼』の教科書を懐かしげに読み始め、『彼』は彼でベッドに寝転がって本を読んでいる。
ここから見る限り、題名は『キノの旅』だ。私の記憶通りなら、買った覚えは無いので恐らく学校から借りてきたのだと思う。
とは言え、東風谷とか守矢神社とか、私の記憶と違う部分が『彼』の歴史となっているので、違う本を持っているという可能性もある訳だけれどね。
キノ、ねぇ……銃、旅、走るモトラド。
旅の神様をやってはいるけど、実際に旅人を手助けした記憶なんて……いや、まぁ……それなりにあるか。
思い出せばある。それだけ記憶に残ってないってだけなんだろうなぁ。私。
「そーいえばさー?」
「ん?」
「この前とある和菓子屋さんに潜入したんだよ」
「……何してんのお前」
視界の端で『彼』は一切、一ミリも動く様子はないのだけれども、意識はどうやらこちらに向けているらしく、何らかの気配を感じる。
……そういう私も、『彼』の教科書から一切眼を離していない訳けれど。
「まぁまぁ、君も覚えてない? 去年の正月に親父から『息抜きに働いてこい』とか言う意味不明な理由でバイトさせられた思い出」
「? ……いや、確かにバイトやってこいと親父に家から追い出された記憶はあるが、バイト先は和菓子屋じゃなかったぞ?」
「あれ? ……ああ、そこもなのか」
「そこ、も?」
「いやぁ、気にしないで。単なる相違点だ」
どうやら記憶違い、史実違いはここにもあるようだ。
ふぅ〜ん? バイト先が違う、ねぇ……一体何処に原因が在るのやら。
「……相違点とか言っちゃって、俺を煙に巻くのか?」
「それもある」
「おい」
「まぁまぁ、気にする必要もないよ。私の問題だしね」
「……」
「それより、去年の冬に行ったバイト先が和菓子屋じゃないなら、何処に働きに行ったの?」
『私の問題』という言葉に不満そうな顔を見せる『彼』に、変わったバイト先は何処と訊くと、今度は先程の不満の沈黙とは違い、答えにくそうな沈黙が場に流れる。
おや? とばかりに視線をずらして『彼』を見ると、どうやら彼もこちらを見ていたらしく、すぐさま顔を逸らして本に集中しているように偽装したのが視えた。
視線を合わさないようにするとは……。
……おやぁ?
「おやおや? おやおやおやおや? おやおや、おやおや? おやおやおやおやぁ?」
「うぜぇ……」
「で? それで? バイト先は一体何処なんですか?」
「お前はよくあるバイト中に訪れて迷惑を掛ける奴か何かなのか?」
「いいじゃない。そのバイトも既に正月限りでもう終わってるんでしょ?」
「いやまぁ、確かにそうなんだが……」
「で、何処なのよ? 教えなさいよ〜?」
「……お前、そういう所で女子っぽい所見せてくるよな……」
詰め寄っていた私を押し退けて、『彼』は私と入れ替わりに椅子へと座る。
まぁ、位置も入れ替わって話す気になったという奴だろう。というか、話してもらわねば困る。
いや別に困らないけど、困る。
「話さないと駄目か?」
「何を今更」
「今更……? はぁ……お前がこの前行って来た所だよ」
「……と言うと、守矢神社にバイトしに行ったの?」
「ああ……」
「……何、家族公認で交際でもしてんの?」
「してねぇよ……単に家族同士で仲が良いだけだ」
『彼』曰く、
互いの親に、私達は付き合ってません。という話もしたのだという。
「付き合いなよ、それ」
「そんな仲じゃねぇんだっつの……」
何はともあれ、『彼』がそう言うのだし、早苗もああ言っていたのだから……まぁ、そういう事なのだろう。
本当にそれで互いの親もそう思うのかしらねぇ……私だったら思わないけど。
……お。ここで私と『彼』の考え方の違いも出たか。
まぁ、これは子供を持った事による認識の差だと思うけどね。彩目が居るからこその差だ。
「何にせよ話を戻すけど、和菓子屋に行って来たんだよ。あの商店街にある奴」
「商店街って……町北通りか?」
「そうそう。あ、バイトに行ってないから場所が分かんないのか」
「和菓子屋って言われてもな。そんな店あったっけ?」
「地元じゃそれなりに有名なんだけどね……まぁ、これも当時の私が親に言われた事だけど」
「やっぱりお前も知らなかったんじゃねぇか」
「まぁ、気にしない気にしない」
日も暮れて、時刻はそろそろ夕飯が出来そうな頃合い。
ベッドに寝そべる私には、能力を使わなくとも居間の音が聴こえてくる。まぁ、これは『彼』も同じだとは思うけど。
『彼』も『彼』で、チラチラと時計を確認しているので、話をそろそろ切り上げるべきだと考えているのかもしれない。
「それで? その和菓子屋がどうかしt
「おい、メシ出来たぞ」
「……お。おう」
いきなりの兄者乱入。流石やでぇ……。
当然、私は鎌鼬に変化している。
結果的に教科書を枕元に置くという奇妙な光景が出来てしまったけど、お兄ちゃんはそういう所には気付かずにそのまま階段を降りて居間へと向かった。
……私の気配に敏感なお兄ちゃんが、鎌鼬の私を無視するというのも何だか変な話だけどね。
いやまぁ……鎌鼬状態で妖力も何も抑えてる筈の私に気付く時点でおかしいも何もないんだけど。
「……会話でも聴かれていたかね?」
「え、マジで?」
「いや、そういうのは術式で聴こえないようにしてる」
衝撃封じはここに住み始めた時からしてあるんだけど……。
……まぁ、それはそれで、お兄ちゃんなら聴こえそうな気もしないでもない。
「……ま、俺は食事しに行くぞ? 話は後ででもいいか?」
「いんやぁ、すぐにでも終わるよ」
「……終わるのか? あれだけ会話を伸ばしておいて」
「うん、終わる終わる」
「で、その和菓子屋に行った時にたまたま
「へぇ。まぁ、考えてみりゃ商品になる前だったら、中の餡子と殻の部分は別だよな」
「そうそう。その殻のダンボールにさ」
「《衝撃禁止》って書かれていたんだけど、これは私に対して喧嘩を売っていると考えて良いよね?」
「どーでもいいわ!!」
あのセリフは某闇の妖怪とは何ら関係ありません。一応念の為。