風雲の如く   作:楠乃

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 連続投稿。その三。


吐露

 

 

 

 海に行くとか言いながら、結局、人の居る所は苦手だし知り合いが居そうだから嫌だ。

 守矢神社の湖に遊びに行く、という案も出たには出たけれど、向こうもそんな遊べる程の状況でもないだろうからパス。

 

 ……と言うことで物凄い山奥の川に泳ぎに来た。その名も『名も無き川』。

 当然、嘘である。

 

 

 

「……あ~、気持ち悪かった……」

「そう?」

 

 この山奥にはスキマで来たのだが、コイツはそれの通り道を『気持ち悪い』と言った。

 私の扱うスキマで気持ち悪いなんて言ってたら、紫の扱うスキマは到底耐えられないんじゃない?

 

 ……まぁ、入る事なんて無いと思うけどさ。

 無いっていうか、そんな機会なんて私が潰すんだけどさ。

 

 

 

 人里離れた山奥にあるこの川。

 私が幻想郷を離れ、二十一世紀が始まるまでの間に全国を放浪していて見付けた川だ。

 見付けてから何十年も経っているから、開発されて自然の状態のまま残っている事はまずありえないと思っていたけど、案外綺麗なままで残っていた。見付けられなかったのかしらね? 人間は。

 

「おお……凄いな」

「でしょ?」

 

 まず眼を惹きつけるのが、高さ十数メートルの滝。

 そこから拡がる滝壺に、適度に拡がる川原。

 森林はそれを蓋うようにして生えており、それでも完全に太陽光を遮る事無く、眩しい日光が降り注いでいる。川の流れも適度に緩やかで、獲ろうと思ったら魚も獲れる。まさに大自然。

 

 着物を瞬く間に脱ぎ、この為に買ってきた水着のご登場である。

 ワンピースタイプの薄い赤色をした水着が太陽の下に現れる。

 スキマから麦藁帽子も取り出し、日光対策はバッチシである。

 ……まぁ、たかがこんな帽子一つで紫外線を防御できる訳もないけど、別に日焼け云々も気にしない性格の私なので、要はこの帽子を取り出したのも場の雰囲気というものなのである。まる。

 

「……いつの間に着替えたんだお前は」

「いやん。何見てんですか! 変態!!」

「死ね」

「『死ね』!?」

「あ、ごめん。間違えた。氏ね」

「変わってないからね!?」

 

 酷い。いくら何でもこれは酷い。

 最近コイツ、やけに冷たくない? 気のせい?

 

 

 

 

 

 

 まぁ、そんな戯言も放って置いて、

 川の流れる水に、足を浸す。

 

 ……冷たくて気持ちいい。

 

「あ~……夏だねぇ……」

「よっと」

 

 後ろで着替え終わった『彼』が準備体操をしている。

 因みにオレンジの水着。『私達』は揃いも揃って赤い色合いが好みの様である。

 ……なんやかんや言って、着替えて体操をしている辺り、『彼』も素直じゃないなぁ。とか思ったり。

 

 どんどん滝壺に近付き、腰まで水に浸かる。

 これ以上近付くと足場が無くなって立っていられないので止まる。

 まぁ、足が付かない辺りまで近付くと、今度は滝の水飛沫が邪魔になる訳だけどね。

 

 それと言い忘れていたけど、私は泳げないのである!!

 前世じゃあ普通に泳げたのになぁ……。

 

 

 

 ……そこで平泳ぎしているアイツみたいに。

 

「ぶはっ! ……ふぅ……泳がねぇの?」

「……泳げないのよ」

「は? お前が?」

「…………うん」

「……何で?」

「知らないわよ……」

 

 兎に角、泳げないのである。

 ……息は物凄く長続きするのに、ね……。

 息を止めて沈んでいるだけなら、それこそ一時間以上は潜っていられる。

 けれども、泳ぐって事になると、何故か溺れてしまうのである。

 

 ……ホント、なんでだろ?

 

 

 

「……バタ足とかも出来ないのか?」

「『泳ぎ』に関しちゃあ何も出来ないよ? 『鎌鼬』だからかね?」

「さぁな? 詳しくないし、俺に訊かれても困る」

「ですよねぇ……詳しくないのは嘘でしょ」

「バレたか」

「あたしを誰だと思ってるのさ」

「お、おう」

 

 何にせよ、泳げないのである。

 浮く事なら出来るけどね。

 

 という訳で、全身の力を脱力して身体を浮かせる。

 軽くて小さい私の身体は簡単に浮き、見上げた木々の向こうの太陽はとても眩しい。

 暑い日差しと、冷たい水の間で、プカプカ浮く私達。

 

 ああ、気持ちいい……。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

「……なんでまた、泳ぎに行こうなんて言い出したんだ?」

「ん? 何でそんな事をいきなり訊くの?」

「質問に質問で返すなよ……」

「別に意味はないよ。適当に遊びたかっただけ♪」

「……あっそ」

 

 枯木を集め、私が妖力で火を起こして昼食となる魚を焼いていると、『彼』がそんな事を訊いてきた。

 水から上がった時に、タオルを忘れた事に気付いたなんて下らない話もあったけど、スキマがあれば無問題。なんだってやって行ける。うむ。

 

 

 

「……ほい、出来たよ」

「……魚の塩焼きって、本当にその場で出来るんだな……」

「刃物と火を起こす方法と自然があればね」

 

 うむ、塩加減もバッチシ。

 因みにこの魚に振り掛けた塩もスキマから取り出した物。

 

 ……むぅ、スキマが使えるようになると、一気に堕落した生活になっちゃったなぁ……。

 幻想郷から抜け出て百数年。今まではちゃんと荷物背負って生活していたのが……およよよ。

 

「美味い!」

「そりゃ良かった」

「自然の味、って奴だな」

「うん。美味しい」

 

 まぁ、こういう幸せそうな顔が簡単に見られるという事で、今は良しとしておこう。

 

 

 

 そんなこんなであっという間に完食。十匹ぐらい獲って来たのになぁ……。

 二人で十匹だし、それなりに小さいニジマスだったから、仕方ないと言えば仕方ないのかしら? まぁ、どうでもいいとして。

 

 『完食』といえば、そもそも『完食』という言葉自体が最近生まれた言葉という事を知っているかな?

 何処かのテレビ番組で大食い選手権をやっていて、その中の『○○さん、完食しました!!』というのが始まりで、それがだんだんと巷に広まって行ったのだとか。

 ちょいと昔の広○苑とかの大事典には載っていないのだから、アレを発見した時は本当に驚いた物である。

 

 

 

 ……まぁ、これこそどうでもいい話である。

 

「本当にどうでもいい事だな」

「まぁね〜」

 

 

 

 そう言って、何とはなしに沈黙になる私達。

 

 空が気持ち良い程に蒼く染まっている。

 太陽の位置からして、正午を過ぎて二時間といった所かな?

 実に暖かい日差しだ。

 

 

 

 

 

 

「……そういや、悩み事に対しての相談センターはやっているかな?」

「……回りくどいなぁ……要は相談にのって欲しい訳だろ?」

「いやはや、御見逸れしました」

「人をバカにし過ぎだろお前……」

 

 では、『彼』に相談をしよう。

 その場のノリで、相談を、しよう。

 

「大分昔にさ? 弟子が居たんだよ」

「……お前が?」

「……うん、まぁ、私も自覚しているから怒らないけどさ……」

 

 酷くね?

 つーか、流石にこの姿で教えたりはしてないよ? 女の師匠なんて無いって。

 

「……ま、まぁ、兎に角居たのよ。仕事で師弟を頼まれた、って感じかな?」

「へぇ」

「で……まぁ、重くなる話なんだけどね……」

 

 

 

 

 

 

 当時、私は自分が『妖怪』だという事を偽って人間の陰陽師という事で、とある貴族に稽古を着けていたのさ。

 一年間という短期間なら、妖怪だという事も歳をとらないという事も隠し徹せると思ったからね。

 

 ……まぁ、その点については良いのさ。

 問題は、弟子と私が互いに異性だった事と、弟子の親がある貴族に入れ込んでいた事だ。

 ……いや、親については私が責任転嫁して逃げてるだけかな……?

 

 まぁ、当時の私は陰陽師として色々な所から依頼を請けて、妖怪退治したり暗殺したりしていた。

 そうやって依頼をこなしていると、とある依頼が私の元に舞い込んできた。

 『とある有名な貴族がどのような御方なのか、是非とも調べて来て貰いたい』って依頼がね。

 その有名な貴族ってのは、今で言う『誰もが振り向く美貌の持ち主』って感じの人でね……ああ、当時の話でだけどね? ま、現代でも通用するとは思うけど。

 んで、その依頼の途中で私はその弟子の親と知り合ったのさ。

 私達はその貴族がいる屋敷に向かう道中で、すっかり意気投合したんだ。

 

 でもその親は、子供がいるってのにその美しい貴族に逢って一目惚れして、家庭をあまり省みない、大馬鹿野郎だった。

 後から考えてみたら、自分という親の代わりに、私という代役を子供に与えようとしたのかしらね……?

 ……ま、どっちにしてももう遅いんだけどね。

 

 私は『一年間』という契約の元、その弟子に主に妖怪退治のやり方とかを教えたよ。

 師匠と弟子……何処でどう間違ったのか、その弟子に惚れられてね。

 私はこんな性格だし、まだ前世の時の記憶も強かったしね……同姓で愛しあうなんて無理だと考えてたのさ。

 未だに結婚なんて重い事はしたくない。って考えてる馬鹿だからね……断ったのさ。

 

 ……一年が過ぎて、その親と弟子と別れてから、とても大きな仕事が私の元に来た。

 例の貴族、その美人さんを異形共から護れ。っていう依頼だったんだ。

 優れた美貌が人間以外にも知れ渡っちゃったみたいでね、妖怪やら怪異やらが襲い掛かってくるってんで、(みやこ)中から陰陽師やら退魔師やらが集められたのさ。

 その中には私も居たし……あの馬鹿親も居た。

 

 私と親は、親の子供、つまり弟子と、親が惚れ込んでいる貴族、そのどちらが大切なんだっていう喧嘩をしてね……結局、仲直りも出来ずにアイツは死んじゃったけどね。

 喧嘩をして、大戦争が起きて……生き残っているのは当事者の貴族と私ぐらいになった。

 貴族はこのままだと周りから怨み辛みで殺されるって事で、私に『依頼』して逃亡生活を何週間か手伝ってあげた。

 

 逃亡生活が終わって、都に戻ってみれば戦争の爪痕なんてひとっつも残っちゃいない……皆、忘れ去られたか消されたか。

 後に残ったのは、随分とねじ曲げられた可愛らしい童話だけ。ふざけたもんだよ。

 

 

 

 ……以上が、この相談のあらすじ。

 相談したいのは、その会話中に出てきた弟子について。

 

 

 

「……私は、あの弟子にどうしてやれば良かったのかな? ……どうすれば……もっと良い感じに終われたかな……?」

 

 空を見上げ爪先を川の冷たい水に浸して、『彼』に問い掛けてみる。

 この話をする前はあんなに気持ち良さそうに見えた青空なのに、今はこんなにも虚ろな青に見えてくる。

 

 ……なんでいきなり、こんな話をしたのか。自分でもいまいち解っちゃいない。

 多分、『彼』の宿題の中に《竹取物語》があった事により思い出した事。

 私と『彼』という、同じ起源を持つ、同じ存在に相談したかったから……かな?

 

 

 

「私は……あの子の為に、何をすれば良かったのかな?」

 

「あ〜……もう過ぎ去った事なんだろ? 単に後悔しているだけなんだろ?」

「……単に後悔って何さ。過ぎ去ったって何さ。そんな単純な話じゃない! あの事件はまだ終わってないのよ!!」

 

 

 そんな……、

 

 

 そんな簡単に言葉で言い切れる問題じゃ、ないッ!

 

 

「後悔しているだけ!? ええそうよ!! あの藤原だって、もしかしたら私がもう少し頑張るだけで殺されなかったかも知れない!! 妹紅だって私がもう少し接し方を変えるだけで結末だけでも変えれたかも知れない!! 私はッ、私はどうすれば良かったのよ!?」

「……」

 

 こうやって、何も知らない『他人』に全てをぶちまけて……私が相手に酷い事をしているのは分かってる。理解している。

 

 けど、防波堤は既に決壊している。

 気付けば駄々っ子のように『彼』の上着を掴み、泣き喚いている私が、そこにいた。

 そう気付いていても、どうしようもなく、自分の行動が止められない。

 

「どうしたら良かったのよ!? なんであの家系は自分の好きなヒトの為にッ、全てを捧げるような真似が出来るの!? どうして自分が死に向かっているだけだと解ってるのに行動出来るのよ!!」

「……」

「どうして死ぬのに笑えるの!? なんでもっと生に執着しないのよ!? どうやったらこんな奴が好きになるのよ!? どうして、好きなモノのためにッ、そこまで命を賭けれるのよッ……!?」

 

 藤原も、あの娘も、

 どうしてあの家系は、自分の意思を貫き通す事に、躊躇なく突き進めれるの……?

 

 

 

 

 

 

 私は半刻ぐらいの間、ずっと『彼』を掴んだまま、そのままの姿勢で泣き続けていた。

 『彼』は何もせず、何も言わず、此方を睨み付けるだけだった。

 

 

 

 

 

 

「…………ゴメン。八つ当たりだった」

「……泣き終わったのなら、今から俺の感想言うが大丈夫か?」

 

 ……此方を心配するような言葉を掛けつつ、本音は厳しい言葉なんだろうね……。

 

 うん……泣いたからスッキリしたし、大丈夫。

 多分、大丈夫。

 

「……大丈夫、だよ」

「それなら言うが……お前、どれだけ自分勝手なんだよ」

「ッ……」

「最後の本音だけ聴いてみりゃあ、どれもこれも自分と価値観が違うから反発して怒ってるだけ。『自分はどうすれば良かったのか』だぁ? 知るかよ。幾ら俺がお前の前世だとしても、体験すらしてないこの十五歳に、そんな相談を持ち掛けて答えを獲ようとするのが間違いだろ」

「……」

 

 ……そう。確かにそうなのだ。反論の余地もない。

 

 私は誰かに相談する事で、この後悔から早く脱け出したい、臆病者の卑怯者なんだ。

 

 

 

「過ぎ去った悔やんでいる話なんだろ? 凄い後悔している苦い過去なんだろ?」

「……過ぎ去った事だし、単に後悔しているだけよ……」

「なら、どうでもいいじゃねぇか。清算なんて妖怪のお前なら幾らでも出来る。長い年月を掛けて忘れて、その妖怪の有り余る力で生きていく事も出来るだろうが」

 

 そう言って『彼』は立ち上がり、私の手を引っ張って、

 

 

 

「妖怪様なんだから、シャキッとしやがれ」

 

 と、言った。

 

 

 

 立たされた私は、未だに赤い筈の紅い眼をぱちくりと数回瞬きし、

 感想とか言いながら、『彼』は励まそうとしている事に気付いた。

 

「……ありがと」

「……帰るか」

「そうだね。戻ろうか」

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 ……本当、ありがとう。

 清算なんて、したつもりでしていなかっただけかも知れない。

 文や彩目に弟子の事を話した時も、『踏ん切りがついた』とか言って、結局思い出して辛い思いをしていたんだ。

 

 でも、今回キミに話した事で、本当に、本当にちょっとだけ、スッキリ出来たかも知れない。

 だから、ありがとう。

 

 

 


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