連続投稿。その四。
守矢神社の今後の予定が決まりそう。
……と、いきなり紫からの念話が来たのは、高校の夏休みも残り半分といった時だった。
……まぁ、いきなりとはいえ、内容自体は予想出来ていたから別に寝耳に水という訳でもないんだけどね。
何にせよ、その報告は私と『彼』がとりとめのない、言うなれば本当にどうでもいい事をグダグダと話していた時だった。
「だからさ? 私が言いたいのは『死ね』は直訳し過ぎだから、もうちょっとソフトな感じにしようって事なのよ」
「……んだよ、まだ泳ぎに行った時に俺が言った事を根に持っているのかよ?」
「……いや、まぁ、それもあるっちゃあるけどさ……」
「あるのかよ……やれやれ……」
「ま、まぁ! 取り敢えず聴いて下さいな」
「ハイハイ」
「……だからさ? 私が言いたいのは『死ね』は直訳し過ぎだから、もうちょっとソフトな感じにしようって事なのよ」
「大事な事なので、ってか」
「
『
「お前今どこからホワイトボード出した?」
「気にするな」
「いや……」
「気にするな」
「……ハァ……召されてろ、って……アレか? 《天に召します、偉大な神よ》って奴?」
「神が天に召してどうするのよ、バカ」
「……台詞、逆だろ。お前が言われる方じゃね? 格好とか顔立ち的に。体格は兎も角として」
「うるさいな。ロリは仕方ないんだよ……」
「……一応は認めてるんだな……」
「……ゴホン……というか、そんな式に似てるってこの状況で言われてもねぇ。じゃあ何? キミは鮮花な訳?」
「知らん。つーか性別が違うわ」
「そりゃそうでしょうよ……おっと、話が脱線してたや」
「チッ」
「……ま、要は、私は『死ね』に置き換わる単語として、『召されてろ』って言葉を提唱しますって事なのよ」
「『召されてろ』ねぇ……そんなのよりも、もっと敬った感じにしてみたら?」
「敬った?」
「『
「……いや、いきなり言われても分からないわよ……おお……何だって?」
「『大殿籠る』だって。天皇が亡くなった時に使うらしいぞ?」
「位が上がりすぎでしょ!? 尊敬語のレベルじゃないわよ!?」
「大殿籠りやがれ!!」
「婉曲表現にも程があるわよ!!」
「むぅ……駄目か」
「……もう『召されてろ』で良いじゃない……」
「『召されてろ』ねぇ……」
「ほら、何かこう……キュンとしない?」
「しない」
「……あっそ」
「召されてろ!!」
「う、五月蝿いわね! めっ、召されてろって言う奴が召して、えっと、召すんだからね!!」
「何そのツンデレ口調」
「ノリで」
「さいで」
「『えっと』って言ってしまった所がわたし的にはポイント」
「……さいで」
「以上、私からの《『死ね』に置き換わる新たな単語》の発表でした~♪」
「発表会だったのか……」
「発表してみたよ」
「……うん、まぁ、何かあったら使うよ。『召されてろ』」
『お楽しみの最中、悪いのだけれど……守矢神社に動きがあったみたいよ?』
いきなり頭に響く、紫の声。
『彼』が全く反応してない様子から、私だけに聴こえる声だと気付き、つまりは念話による紫からの連絡だと気付く。
……まぁ、楽しんでいるから、否定はしないけど……。
『……始めから聴いてたのね……』
『ええ♪ 暇だったから少し覗いていたのよ。フフ……『召されてろ』ね。私も今度使ってみるわ』
『……さいで』
……何だろう……友人と馬鹿話をしていて、それを親に盗み聞きされて、御近所に言い振り回されている気分。
つまり、何だか恥ずかしい。
「……? なんかお前、顔が赤くね?」
「いやっ、大丈夫! 気にしないで!! ねッ!?」
「? ……」
私の慌てた反応に首を傾げつつ、『彼』は視線を私から外して、手元の『日本の神々 ‐完全ビジュアルガイド‐』という、何だか胡散臭げな本をまた読み始めた。
相変わらず私と趣味が似ているなぁ……まぁ、どうでもいいし当たり前の事だけども。
『それで? 守矢の神々は何て言っていたの?』
『それを今から訊きに行くのよ。私は『動きがあった』としか言ってないわよ? フフフ』
めんどくさっ。
……けどまぁ、私もヒトの事を言える性格じゃないけどね。
『……りょーかい、今から向かうよ。向かえば良いんでしょ?』
『ええ♪』
「と、いう訳で、ちょっと出掛けてくるよ」
「ふーん。何がという訳なのか知らないけど、行ってらっしゃい」
「行ってきまーす」
そう言ってスキマを開き、『彼』の部屋から出ていく。
出入口となったスキマが背後で締まり、守矢に続くスキマを開く為に少しばかり歩き出す。
そして歩き始めてすぐに、スキマの壁や床、天井などに眼や腕が生え始めた。
紫のスキマに繋がった証拠である。
「……で、動きってのはどんな感じなの?」
歩きながら声を掛ける。
気配や音は感じないけれど、どうせすぐ近くに隠れているんだろうし。
「そうね、東風谷早苗って娘が親に泣きながら別れの挨拶をしていたわよ?」
ほら出た。予想通りに、いつの間にやら隣に紫が歩いている。
声や足音が聴こえたから隣を見て確認したけど、音がする前は絶対に居なかったと思うけど……まぁ、紫だし、何でも有りだよね。
「紫のそういうプライバシーの侵害とか完全に無視している辺りが妖怪の大賢者らしいよね~」
「あら、そんなに誉めないでよ」
「いやいや、凄い凄い」
「フフフ、そう見えるかしら?」
「見える見える」
端から見たら胡散臭い会話なのかてきとーな会話なのか、でもまぁ結論としてどうでもいい感じの会話をしている私達。
いつの間に横に居て歩いていたの? とか、そんな野暮な事は聴かないし気にしない!
そんな会話をしながら、守矢神社に繋がる出入口を開いて、スキマを通り抜ける。
にゅるんとスキマが開いた先は、ちょうど鳥居の真下だった。
「そういえば、藍は?」
「今日はあの子、お留守番なのよ。幻想郷の結界をみてもらっているの」
「ふぅん……私が居た時よりも実力は向上してる?」
「ええ♪ あの子も努力家だもの」
そうかそうか。そりゃ良かった。
これで私よりも使える人材が居るから、私の労力も減るかな?
とか、そんな会話をしている間にスキマから降り立って、参道を歩き出す。
紫が何の意地悪なのか、降りる直前にスキマの位置がかなり上昇したけど、それぐらいなら意地悪にすらならないので能力で無事着地。
彼女は彼女で宙を飛びながら降りるものだから、なんだかなぁ、と思わなくもない。
ずんずん進んでいく私達。
私は参道の真ん中を歩き、紫は参道の端を歩くという、良く分からない律儀をしている私達。
そんな感じで歩を進ませている私達に、驚いたような声が掛かる。
「しッ、詩菜さん!?」
「ん? おや、早苗じゃないの」
神社の本殿の横にある住宅から、早苗が慌てて出てきた。
今日は学校とかじゃないからか、前に『彼』の家の前で見た、腋の開いた巫女服らしきモノを着ている。相変わらず……何で脇の部分が開いてるのかしら?
あと今にして思ったけど、私は良くあの緑と青を基調とした服で『巫女服』だと分かったな……まぁ、どうでもいいけど。
隣の紫は、いつも通りの胡散臭い笑みを浮かべているだけなので、とりあえず私が訊いてみる事にする。
「結論は出た? 『幻想郷に神々と共に向かうか否か』」
「ッ……全てお見通しって訳ですか」
「そういう訳でもないんだけど……まぁ、いいか」
別に誰も早苗は幻想郷に向かうべきだとかは言わないし、こういうのは本人がちゃんと自分の意志で決めるべきだと思う。私はね?
紫はどう考えてるかは知らないし分からないし理解出来ない。もしかしたら霊力や能力を買っていて、幻想郷の勢力のバランスを執る為に彼女を迎え入れようとしているのかも知れない。おお怖い怖い。
……まぁ、正直な所、彼女が『
来るなら来るで仲良くはしたいと考えているし、残るのなら残るで『彼』と仲良くして貰いたいね♪
そんな私のどうでもいい考え。
閑話休題。
「私は……私も、神奈子様と諏訪子様と共に、幻想郷に向かいます」
「……そっか」
正解とかが無い問題に関してなら、その本人が必死に悩んだ末に出した解答・答えに、他人による反論の余地など無い。と私は考えている。
親と二度と逢えないし、妖怪退治というもしかしたら死ぬかも知れない世界で、自分は生きていく。
そういう決断をした早苗に、誰にも反論など出来ないのだ。
本人から、早苗も幻想郷に来る事を聴いたので、今度こそ本題に入ろう。
本題とは、『守矢神社の移転』及び『神奈子諏訪子の信仰・神力の復活』である。
元々は信仰の減少を危惧して相談した事なのに、いつの間にか早苗という人間が妖怪と神様と現実の狭間でどう動くか、という話になってるんだもんね。
「私は『
「落ち着きなさい。此処はまだ現代よ?」
……何だか早苗の将来が不安になってきた。
紫からのフォローなんて、そうそう人間がもらえるものではないよ?
▼▼▼▼▼▼
まぁ、何はさておき、
今後の事を、神奈子や諏訪子を含めて話し合う。
「《守矢神社》と《風神の湖》をわたくし達の力で幻想郷に移します。無論貴女方もそれらと共に送りますわ」
「……よろしく頼む」
「今の私達じゃあ力不足どころか邪魔者になるからね」
紫と藍と私がスキマを操って、この敷地一帯を幻想郷に移して彼女等を招き入れるという計画だそうだ。
私としては、彼女等がこの地から『消え去った』後、この土地や人々の記憶はどうなるのかが知りたい。
……『彼』の為にも……というか、『彼』の為にね。
「神奈子達が幻想郷に来た後、無くなった神社とか人々の記憶の処理はどうするの?」
「……そうですね。記憶は消す事は簡単に出来ますけれど……記録、証拠等はどうしても残るでしょうね」
「ふむ」
「……まぁ、仕方無いだろうね。そんな簡単にデータとかは消せないよ」
「現代の科学は凄いからねえ」
幾ら人々の記憶から《何か》が消えても、紙や映像、電子の世界等から消す事は難しい……って事か。
「ええ。ですから私は『記憶している人々を、記録されていない世界に移す』つもりでおりますの」
「……何だって?」
「《記憶》は消せても《記録》は消せない。ならば《記録》のない所へ行けば良い、という事ですわ」
「ああ……なるほどね。《記憶》の無い世界にでも送るって訳だ」
「ええ♪」
「……」
……《記録》の無い所……ね。
なんだろう…………何だか、嫌な予感がする……。
というか、それでも……いや、それだと何か矛盾点が出るんじゃないのかな……?
例えば、A君という人がB君の居ない、平行世界に送られたとして、その世界で《自分》というかA君というか、とにかく別次元の自分に出逢ったりしないのかな?
無数の平行世界の中から《B君だけが居なくて、歴史も何も変わらない世界》を一つ見付けるだけでも相当に難しいと思うし、あったとしてもその世界には自分と完全に一致している、まさに『ドッペルゲンガー』が居る筈。
逆に、《A君とB君だけがおらず、歴史が何一つ変わらない世界》に、A君を送るとしても、それでも問題が出てくるでしょ?
《自分》が居ない世界に送られるというのは、向こうの世界では自分を証明する手段が何も無い。という事。
『父親のKさんと母親のQさん、その息子のJです!!』と主張しても、両親は息子を産んだ覚えも無く、歴史も資料も、それこそ《記録》《記憶》が何一つない世界の筈。
…………考え込んでたら脱線してた。
今話していたのは、本人である『早苗』を移動させるんじゃなくて、その『彼女を知る周りの人々』の話だったよ。
……つまり、私が言いたいのは、紫の言っている『平行世界に送る事での証拠隠滅』だと、自分と自分が出会っちゃったりしないかな? ……それに、もし出逢ったとしたら、出逢った二人はどうなっちゃうの? という事だ。
何処かの大統領のスタンド能力みたいに、スポンジ状のようになって、自分に何が起きたのかも解らずに、簡単に死んでいくのかしら?
というか、この世界から違う世界に移動した人々を『記憶している人々』はどうなるの?
これだけ何百人もの《神隠し》が起きるとなると、社会的にというかなんというか、テレビとかで取り上げられて問題になると思うんだけど……?
……単に記憶を消すだけで良いんじゃないかな?
幾ら記録が残るって言っても、監視カメラぐらいじゃないの? それぐらいなら、覚えていない人が見ても気付かないと思うんだけど? あ、いや、戸籍とか結構重いものもあるか。
……と、そういう考えを紫に伝えてみる。
「そう。それでは貴女は『ヒトの記憶の中から特定の記憶のみを削除する』という事と、『ヒトを金星に転送する』という事と、どっちが簡単かしら?」
何故に『金星』?
……いや、まぁ、紫の能力《境界》、スキマを操ってやるのなら……そりゃあ『移動』の方が楽……あ……。
私の気付いたような顔を見て、紫が頷き話を進め始めた。
「移動先さえ分かれば『転送』の方が楽なのよ。今度は《次元の壁》っていうモノがあるのだけれど」
「……じゃあ、送られた奴等は……どうなるの?」
「? ……何が言いたいのかしら?」
だから、もし《Bさんが居ない、Xという世界》と、
《私達が居る、Yという世界》があるとして、
AさんをYの世界からXの世界に送るとする。
するとBさんが居ないだけでYの世界と何ら変わらないXの世界には、送られたAさんと元々居たAさん、同じ人物が二人いる事になると思う。
「そうなると、二人が出逢ったりしたらどうなるの?」
「……珍しい……ね」
「ああ、詩菜がこんなに物事について深く考えて、それを話すなんて……」
「五月蝿いな。今の私は真面目なのさ」
茶化してくる守矢の神々は無視して、紫をじっと見詰める。
守矢神社、更に詳しく言うなら守矢に関わった者達を別次元に飛ばすというのなら、その範疇の中には当然『彼』が入って来る事になる。『もしそのせいで彼が死ぬとしたら』
それは……。
「……貴女が心配なのは、『彼』だけでしょう?」
「……そうだよ。悪い?」
「いいえ。仮に貴女の大切な『彼』を別次元の世界に移動させたとしましょう。貴女の言う理論なら、『向こうの次元』にも『彼』が居る事になるわね」
「……貴女は、その『彼』も守ろうと言うの?」
「ッ!」
「いい加減にしなさい。妖怪と人間は相容れない。それは真理と同じ、根本的な事なのよ?」
「……」
……それは、そうなのかも知れない……。
けど……。
「……守るって、決めたんだ」
「……ハァ」
溜め息を吐かれて、心底呆れた顔をする紫。
神奈子や諏訪子は、完全に口を閉ざして会話をただじっと聴くだけ。
早苗に至っては誰の事なのか、何の話をしているのかさえ分かっているのかいないのか。
……この場には完全に、私の味方は居ない。
まぁ……当然か。
今度こそ、私は思いっきり怒鳴られるかと覚悟をした。それほど紫の表情は呆れたを通り越して怒りすら浮かんでいるような表情だった。
けれど、紫の口から出てきた言葉は案外優しい物だった。
「……好きになさい。何をしようが私は止めないわ。邪魔をしない限り」
「…………え?」
「そして貴女は自分が妖怪だと言う事を、ちゃんと自覚しなさい。そして全ての踏ん切りがついたら幻想郷に必ず来る事。いいわね?」
「あ……はい……」
「……それに、何も私だってそこまで考えていない訳じゃないわ。この世界の住人を移動した時に、送った先の同一人物も此方へと来る為の術式も出来ている。出遭ってしまう事はまずない。だから安心して協力しなさい」
「うん……ありがと」
「……はい、この話は終わり」
私が紫に深々と礼をして、黙り込む。
それを切っ掛けをして、神々と妖怪の大賢者が『何も無かった』かのように、会議を再開した。
私はその間に、紫の式神として彼女から一部譲り受けている能力を使用。
自身の《人間と妖怪の境界》を操り、妖怪側に更に精神を片寄らせる。
「……」
この場に居る紫だけが、その能力の使用に気付き、此方をチラリと見たが、何も言わず、段取りを進めていく。
……この『処置』は、私の覚悟の証だ。
私は、この世界に住む『彼』だけを助ける。
……一ヶ月間、共に過ごした『彼』だけ。そう決めた。そう決めたんだ。
もし違う次元の同一人物が出逢って、何かしら双方に危害が加わるのであれば。
私はこちらの『彼』を守れば良い。それで良い。
……それで、良いんだ。