あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。
意識が戻り、身体の感覚と力が戻ってくる。
呼吸、良し。心の臓、良し。鼻腔、良し。聴覚、良し。右足、良し。左足、良し。左手、良し。右手、欠損。
……ふむ……五体ならぬ、四体満足。
うっすらと目蓋を開き、辺りを確認してみる。視覚も良しと……。
どうやら私は紫のスキマの中で寝かされたらしい。何十個もの眼と手がウネウネと動いている。
更に視界を拡げると、私の右手方向に藍が座っている。けれども紫の姿は見えない。
大方、彼女は今頃『幻想郷』に居るんだろうね。
連れ込んだ守矢の面々が何かしたのかね? 何かしらの問題を起こしたとか。
「……いつまで狸寝入りを続ける気だ?」
「……ありゃま、バレてたか」
「当たり前だ」
藍がジト目で睨んで来るので身体を起こす事にしよう。
身体の節々を動かして、感覚をのばすだけでは分からなかった部分の調子を確かめる。
……右手首の先が無い、というのは中々奇妙な喪失感があるものだ。
手首に巻かれた包帯はまだ血の染みがある。
触らないけど、触ったら物凄い激痛が走るかもね。触らないけど。
今すぐ治したいけれども、先の戦いで妖力神力はすっからかんだ。
使ってなかっただろ、と言いたい貴方。『自分』が自分を襲ってくるという状況がどれだけ辛いか体験してから言いなさい。まぁ、ムリだろうけど。
物理的な意味で、自分を殺すのがどれだけ精神的にキツいか……。
妖怪というのは人間よりも精神に存在が依存している。
だから、物理的攻撃よりも精神的攻撃の方が妖怪退治には効果がある。
妖怪のドッペルゲンガーなんて聞いた事もないけど、まぁ双方の自滅を促してそれを退治というのならば、それはそれで見事な妖怪退治と言えるんじゃないかな?
……まぁ、私の勝手な考察なんだけど、ね。
本当の事は……私や『彼』よりもお兄ちゃんが知ってるのだろう。多分。
閑話休題。
幾ら何でも、脱線し過ぎた。結論は『妖力・神力は共に無い』ってだけなのにね。
「……ふぅ」
天井へ真っすぐ伸ばして眺めていた右手をゆっくりと降ろし、身体を再度横に倒す。
別に体調が悪いとか、気だるさを感じるとか、そういうのは一切無いけど。
「……何か作ってやろうか?」
「……作れるの?」
……いや、ヒトを外見で判断するのは最低のする事だとは思うけども、
『玉藻前』って貴族に何でもやらせて、何もしていなさそうなイメージが……。
「失礼だな。お前が逃げてから数百年。紫様の世話をしていたのは私なんだぞ?」
「ああ……納得」
二百年も三食を毎晩も作っていたら出来て当然ですよね……。
……紫ェ……。
「ふぅ……とりあえず、雑炊でも作ってくる」
「あ~、ありがと」
そう言って、藍は立ち上がってスキマを開き、何処かの料理場へと向かった。
……正直に言ってお腹は結構空いていたので、藍の申し出はかなりありがたい。
兎に角、妖力の回復に専念だ。
右手の先は神力がないと再生なんて出来ないだろうけど、そんな急いで治す理由もないしね。
布団から起き上がり、身体を再三チェックする。
今度は、触れると痛いか痛くないかのチェックである。
右手は使えないため、身体の隅々まで左手で確認する。
……逆に左腕や左肩のは確認出来なくなるけど……まぁ、これは仕方無い。
……うん、特に痣とかも無いかな? そんな打撲傷を受けた記憶もないし。
「……大丈夫か?」
「ん? んー、普通」
「普通って……まぁ、いい。ほら出来たぞ」
「んー……ん?」
……調理に10分も経ってないような気がするんだけど? 早すぎじゃない?
でも湯気の立っている鍋雑炊は、物凄く美味しそうに見える……。
「……そんな急いで食べなくても、おかわりは幾らでもあるぞ?」
「ハッ!?」
いつの間に私は雑炊を食べていたんだ!?
きっ、キングクリムゾン!? まさかのスタンド攻撃……!?
いつの間に私は攻撃を受けていた……!? 『結果』だけが残った、だと……!?
「……あ、でも美味しい」
「それは良かった」
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そんなこんなで、藍の雑炊をペロッと平らげたわたくし。
……いや~……美味かった。
「ごちそうさまでした」
「ん、片付けるぞ」
「お願いします」
そのまま藍は食器を持ち、再びスキマを開いて出ていった。
……ふむ。
「よっと」
布団を抜け出して、立って大きく背伸びをする。
あまり関節を鳴らすのは健康に良くないとは言うけれども、気持ちが良いのでついやってしまう。
バキバキッ……っと。
「……ぅあ~……」
っふ……うし。
スキマを開いて、『彼』の様子を確認する。
私が寝過ぎたりしていなければ、今日の日付は『八月二十九日』か『八月三十日』の筈だ。
まだ夏休みは終わっていない筈だから、家に居ると思うんだけど……?
空間が割れ、そのスキマから向こうを覗き見る。
デジタル時計の表示は……《8月30日 13:17》か。
……予想以上に寝てたな、私。
どうやら心理的ショックは中々に大きかったらしいと思われる。
けれども、『彼』の部屋に彼自身は居ないようだ。御飯時かな?
でもまぁ、私が最後に確認してから布団とかも動いているし、ちゃんと生きているんだろう。
……昔なら兎も角、今の御時世に死ぬ訳ないか。
にしては……床やベッドの血の跡が無いな。うん?
騒ぎになってない様子だし、誰かが取ったのかしら? でも私、というか『彼』の家族がそんな事を騒ぎにならずにあるとは思えないし、他の誰かがやるとも思えないし……。
そこまで考えた所で気配を感じ、スキマを閉じる。
後ろを振り向くと、藍の姿が。
「……」
「……なんでございましょうか?」
「いいや別に」
「……そうですか」
……なんだろう。何なんだろうこの気分。
何か、いけない事を親に隠れてしていて、それがバレた時のような気分。
なんだろう、冷や汗が止まらないなぁ!?
「……そのまま出ていこうとしたら、紫様に『何があろうと止めて押さえ付けろ』と言われていたが、何もしなくても良かったみたいだな」
「ああ……そこまで言うかね……」
「私としては、どうして紫様はお前がそんなに心配なのか、分からない」
「……」
……やれやれ、藍とは中々に仲良くなれないなぁ。
反りが合わないというか、なんというか……。
……言うなれば、『いたずらっ子』と『学級委員長』の差って奴かね? まぁ、当然私がいたずらっ子だけど。
とりあえず布団のある場所に戻り、再度毛布を被る事とする。
……紫が私を極端に心配する理由、ねぇ……。
「……式神になる前の話だけどさ」
「うん?」
「あ、その前に『風見 幽香』って知ってる?」
「……いきなり話が途切れたな……『太陽の畑』に棲む大妖怪の事だろう?」
「そうそう」
昔は紫・幽香・私の三人でお茶会のような物を開いたんだけどね。紫の式神になってからそういうのはめっきり少なくなっちゃったから、ああいう風に呼ばれる事も滅多になくなっちゃったんだけど、
「昔は良くその三人で集まって、下らない話をしたり食事に呼ばれたりしたのさ」
「……お前が?」
「うん……まぁ……言いたい事は分かるけどさ……?」
そんな『不似合い過ぎるだろ……』みたいな顔を向けられても……。
……分かってるよ……あの大妖怪の間に挟まれていた自分が、どれだけ浮き出ていたなんてさ……。
「ま、まぁ……とりあえずそういう事があったのよ!!」
「……ふぅん……?」
……何処か信じていなさげな藍を無視し、話を先に進める。
まぁ要するに、言いたい事は単なる自慢に近いんだけど。
「昔からの付き合いと年齢身長性格も含めて、当時私は『妹』って呼ばれていた訳よ」
「……『妹』?」
「そう♪ ……ま、式神になってからは一度も呼ばれてないと思うけどね」
弾幕が得意で頭脳明晰な紫お姉ちゃん。
弾幕と格闘が物凄い得意でバトルジャンキーな幽香お姉ちゃん。
そして弾幕が苦手で格闘が大得意な、三女の私って訳。
まぁ、幽香と紫。どちらが長女だとか詳細を決めた訳でもないし、単に世話がかかる私に対しての皮肉を込めた『あだ名』みたいなモノである。
そしてもしも詳細を決めようとしたら、それは三人の仮契約みたいな感じになって、義兄弟の契りみたいな感じになるんじゃないかな? 妖力で結ばれた『死の約束』みたいな感じ?
……まぁ、実際にそんな事は一つもなかったし、幻想郷があるこの時代に紫もそんな無茶な事はしないだろうけどね。
要するに、どうして紫は私の事をそんなに心配するのか? という問題に対して、私の答えは、
「私の事を『見ていられない』、『危なっかしい』って感じてるからじゃないかな?」
「……自分で言う事じゃあないだろう……それは」
「ま、そうだけどさ」
単なる私の勝手な妄想であり事実とは大いに異なる可能性もあります。ご注意を……ってね。
はてさて。
そんな事よりも、どうしたものか……。
「とりあえず、今日一日は寝ていろ」
「……それも紫からの?」
「……まぁ、そうだ」
「はぁ……」
つまらないの。
じーっと、何もせず一ヶ所に留まり続けるのは性分じゃないってのに。
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「あぁ、紫様から手渡すように言われていた物があった」
「んー?」
「『妖力回復剤』」
「……そんな薬が幻想郷にあるの?」
明治時代で文化は止まっているって聞いていたんだけど……?
結界を張った時に、外来からの文化の継承はほぼ止まったとかなんとか。
「まぁな。だがこの薬は別物だそうだ」
「……別物?」
「『渡せば分かる』と言っといたが……ほら」
藍から手渡されたのは、よくあるドリンク剤のような茶色い小瓶。
小瓶には『なにそれの効果がある』等という事は書かれておらず、
蓋に手書きで、『
「ははっ、『医者』に『八意』。月のお姫様も無事に幻想郷に辿り着いたって訳か」
「……まさか本当に知り合いだったとは」
「ちょいと色々手伝った事があってね。まぁ、仕事相手?」
そう藍に返して、その小瓶を一気飲みする。
何と無く、甘い。
「……む!」
想像していたよりも早くに妖力が戻ってきた。流石は天才。
一人の人間を驚かして殺しきる時に回復するよりも効能はよろしいんじゃないのこれ?
「うん、妖力は完全に回復したかな。流石」
「……」
まぁ、神力はどうしようもないけどね。
アレは努力しないと無理だし、信仰を得るのは大変だし。
幻想郷に戻るとして……まぁ、天狗相手の信仰はあるから尽きる事はないかもだけど。
さてさて、
「これだけ回復しても、まだ私を閉じ込める?」
藍に向き直って脅してみる。
私はさっさと『彼』に逢いたい。
妖力を身体中に充満させて、臨戦態勢に肉体を持っていく。
正直に言えば、相変わらず藍にも妖力の量で負けているんだけど、そんな事は些細な事だ。
……扱いも恐らく、向こうの方が巧くなってるだろうけど……まぁ、そこはどうでもいい。
藍はじっと此方を睨み付け、十数秒の後。
「……ふん。勝手にしろ」
と言って、私に背を向けた。
紫からの命令と言っていたけど……はてさて、こんな簡単に引っ込んでしまう辺り、どうなのかね……。
「どうも」
「……幻想郷に帰ってきたら覚悟をしておけよ」
「……藍も、その時まで爪でも研いでおくんだね」
売り文句に買い言葉。
どうも私は、仲良くしようとしているのに喧嘩腰になってしまう。
……まぁ、100%、私がひねくれているせいだろうけど……。
スキマを開き、この空間から逃亡する。
最後に振り返ってみれば、藍もスキマを開いて、この空間から出ていく所だった。
九尾の尻尾がふんわりと揺れて、そしてスキマが閉まっていく。
……何と無く悲しい気分になりつつも、前を見据える。
私には、『彼』に言わなくちゃいけない事がある。
それが私の、外の世界でやるべき最後の仕事だ。