風雲の如く   作:楠乃

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 現代編終了。(ようやくかよ……)

 幻想入り編がこの次の話から始まります。(ようやくかよ……)





物語の終わり

 

 

 

 この世界は腐ってしまっている。

 けれども私はこうしてその世界で生きている。

 

 ……という意味を持つ歌を、唐突に思い出した。

 別に私は、今の現代社会や人間を嘆いているつもりもないし、妖怪の身に産まれ出でた事を後悔しているつもりでもない。

 

 ……ただ、世界は絶えず腐敗が進んでいるのかな? と……ふと考えついただけである。

 衰退していくしかない世界で、私達は死にに行く為に生まれてきた……みたいなね。

 ……まぁ、死にに行くんだったら、派手に行きましょうや。というのが私の意見。今の気分の私の意見。

 

 ……そんな実にどうでもいい、お話だ。

 

 

 

 

 

 

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 私はスキマから、『彼』の部屋へと降り立った。

 

 もしかしたら、紫に後でキッチリ怒られたりするのだろうなぁ。

 でも、彼女が現れるのをゆっくり待っていたら、夏休みが終わってしまう。

 夏休みが終わり、二学期が始まってしまえば……本当に私は『彼』から離れられなくなってしまうだろう。それこそ紫が言っていたような状態になる。

 磁石のようにくっついて、そのままになってしまう。

 

 ……それは、駄目だ。

 私の為にも、『彼』の為にも、何の意味にもなりはしない。

 だから……だから私は……。

 

 

 

 

 

 

 思考を止め、部屋を見渡す。

 先程覗いた時から何一つ変わらない部屋。『彼』はまだ部屋に戻ってきていないようだ。

 

 《8月30日 15:22》

 デジタル時計は、そんな時刻を示している。

 藍がさっさと薬を渡してくれれば、私も無駄に時間を浪費せずに済んだモノを……。

 そう思った所で、それは単なる言い訳かと思い直し、更に辺りを見渡す。

 

 

 

「……」

 

 部屋には誰も居ない。

 

 耳を澄まし、衝撃音を拾う為に能力を展開する。

 目も閉じて風の動きを感じれるように静止し、周囲を探りとる。

 

 足音が……一つ、二つ……。

 ……音の鳴り方で判断してみると、どうやらこの家には『彼』の兄貴と母親しか居ないみたいだ。

 

 居ないな……『彼』は何処に行ったのかな?

 

 夏休みの宿題は始めの二週間で終わらせたとかで、特に課題なんて残っている筈がないから、友人の家で勉強会なんて事もやるとは思えないんだけど……。

 後は……部活で学校にいるとか? でも部活なんてしてたかなアイツ?

 私の高校時代はは写真部だったけど、『彼』が写真部に在籍しているとは限らないし……まぁ、とりあえず行ってみるか。学校に。

 この家近辺に居ないのは確かな事のようだし。

 

 変化、鎌鼬。

 

 

 

 窓から飛び出し、風になって『彼』が在籍している学校へと向かう。

 今日は三十日だから、夏休みが終わるまでは今日も含めて『残り二日』という事だ。

 そんな時に部活をやるのは、それこそ運動部ぐらいだろうし。

 

 実際に、グラウンド上空を通り抜ける時にはラグビー部と野球部の威勢の良い掛け声が聞こえているからねぇ……元気が良いなぁ……。

 青い空に白球が輝く。ってね。

 この学校の運動部はそれほど強くなかったような気もするけど。

 

 

 

 

 

 

 校舎に到着。着陸。足はないけれど、着陸。

 玄関を素通りし、まずは教室へと向かう。『彼』の教室は『1─A』だ。

 

 やはり校舎内は閑散としていて、前に見た時とは大違いである。

 廊下の端から端まで何も遮る物はなく、教室には椅子と机しかなく、人影は全くない。

 ……いや、先生方とかは居るから、『全く』は語弊があるか。

 

 

 

 教室にも『彼』は居なかった。

 夏休み前に来た時と席の配置は変わってないだろうから、机の中も確認したけど何も残ってない。

 

 となると……部室かな? いやそれとも、部活の顧問の所かな?

 そう思い直し、教室から出る。

 教室があるA棟から、職員室等があるB棟へ渡る。

 更にB棟から、部室や大講義室等があるC棟へと渡る。

 

 

 

 人間だった時の記憶は、曖昧模糊として中々思い出せない物もあるし、強烈に覚えていて今でもすぐに答えられる物がある。

 例えば覚えている物として、親や友人の顔、愛読していた小説、好きなゲームや漫画、などがある。

 例えば覚えているけどほぼ思い出せない物として、クラスメイトの名前、隣家に住む人、この辺りの地理に……学校内の造り等がある。

 

 

 

 ……部室、って何処だっけ?

 

 いやッ、覚えてるよ。覚えているんだよ! でも思い出せないんだよチクショウ!!

 ……そんな風に、心の中でさめざめと泣きつつ、部室を探す。

 

 この学校は部室が全て一ヶ所に纏まっており、男子の運動部の為の部屋が二部屋も並んでいたりすると、互いの部屋でシャツの交換や乾燥をしている始末だからなぁ……。

 不潔過ぎて、女子や先生とかからは止めろと言われていたのを覚えているけど……こりゃ見た感じ、直ってないわな。

 汗臭い臭いがプンプンしてやがる。ああ臭い。

 

 

 

 ……ま、結論としては、『彼』は部室には居ない。なんだけどね。

 部室に寄る前に職員室も覗いてみたけど、顧問の先生も居ないみたいだし。

 ……というか、顧問がもし違う人になっていたりしたら、私に判断はつけれないんだけどね。

 逢った事もない人を、どう区別しろと……?

 

 殆ど覚えていなかったけれども、何とか探し当てた写真部にも『彼』の姿はなく、これまた衝撃を使って探してみたけれど学校には居ないという結論になった。

 

 

 

 

 

 

 ……はてさて……一体『彼』は何処に居るのやら……?

 

 ……いや、ここまで来たらもう『あそこ』に居るんだろうなぁ……とは予想出来ちゃうんだけどねぇ……。

 でも『その場所』に居るという事は、既に色々と気付いているって事なんだよねぇ……。

 

 説明、というか話す事があったんだけど……そうなるとどうも逢いにくい。

 

 

 

 まぁ……逢いに行くしかないんだけども。

 学校から出ていき、跡地へと向かう。もはや隠れる必要もない。

 

 変化、詩菜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 『彼』が自転車を停めて、ある建物の跡地を眺めている。

 その跡地は、つい先日にとある妖怪の大規模な術式により、何もなくなってしまったのだ。

 

 しかし、その跡地に元々『何が建っていたのか』

 それを知る者は、この街にはほぼいない。

 

 

 

 『彼』は、その事をちゃんと覚えている一人であった。

 

「……」

 

 

 

 妖怪『八雲 紫』が行った術式により、街に住む人々は入れ換えられたのだ。

 それにより、跡地に何が建っていたのか? 何故跡地となっているのか?

 誰も知る者は居ない。

 もしかすると、知ろうとすら思わないような術式が掛かっているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「……やっぱり此所にいたのね」

「……よう。もうお前も居なくなってるのかと思ったぜ」

「ははは……」

 

 『彼』が佇んでいると、そこに詩菜がやってきた。

 カランコロン、と下駄の音を鳴らし、袖口を揺らしながらやってきた。

 しかしながら詩菜は優雅に歩いているが、その表情はけして明るくはない。

 

「……守矢神社、の引っ越しか……『コレ』自体が引っ越しとは、な」

「神々は《幻想》になり、《向こう》に引っ越しした、ってね」

「『二度と逢えない』……成る程ね」

 

 跡地……つまり、『守矢神社』の建っていた跡地を眺めている彼の横に立ち、詩菜も跡地を眺め始める。

 

 

 

 守矢の神々は、幻想郷に移転する事を望んでいた。

 自らを保つ為に、信仰を得る事が出来ない現世を捨てたのだ。

 それを手伝い、人々を神社に関する記憶を持たない人々と入れ換え、守矢神社に関する記憶・記録を消したのは自分等である。

 

 ……と、詩菜は『跡地』をずっと見ながら説明した。

 決して彼の方を見ず、そして彼も決して詩菜を見ようとはしなかった。

 

 

 

「……じゃあなんで、俺を向こうに送らなかったんだ?」

「……正確には、送ろうとして失敗したのよ」

 

 八雲一家の術式は、市町村一つまるごと包み込んで発動するという巨大な術式で、例外として入れ換えられない人物は居ない筈であった。

 しかし、移転先がまさか詩菜の元居た世界だとは、誰も予想する事は出来なかった。

 過去の自分と出逢い、互いに殺し合う。

 そんなイレギュラーが起きてしまい、争っている間に術式は終了してしまい、彼を『向こう』に送れなかった。

 

 その事を詩菜は説明しようとはせず、口を閉ざしたままで。

 『彼』は彼女が言いたくないのだろうとと、隣を見ずに、そう単純に感じた。

 

 

 

「……まぁ、夏休みも終わり、物語も終焉を迎えた訳よ」

「終焉て……」

 

 詩菜がそう言い、彼が呆れた感じに相槌を打つ。

 こちとらまだ生きてるよ。

 そう呟いた『彼』に、彼女は生きて物語を終えれた登場人物じゃん。素晴らしいね。とどうでもよさそうな口調でそう返した。

 

 

 

「……腕は?」

「……案外気付くもんだね。袖に隠しているから気付かないと思ってたけど」

「それなら右手がないのに俺の左側に立つなよ」

「ご(もっと)も」

 

 右腕を前に出し、袖を少し引っ張ってみればそこにあるのは包帯だけ。

 けれども長さはどう見ても手首の手前までしか無い。

 

 前に出した腕を袖の中に仕舞い互いの袖に腕を入れて腕組みをしつつ、フフッと彼女は笑った。

 

「ま……そろそろ行くよ。非常識の世界に」

「……お前とも逢えなくなるのか?」

 

 この台詞で初めて彼は詩菜へと振り向き、その横顔をみた。

 

 しかし詩菜はその台詞を聞くと、笑いを堪えきれないかのようにクックックッ、と声を出していた。

 

「……なんだよ」

「ふふふ……いやさぁ? なんだか恋人が遠距離恋愛を始める時の別れの挨拶みたいでさ?」

「……」

 

 茶化すなよ。と彼は返してやろうかとも思ったが、実際に自分の言った台詞がどれだけ恥ずかしい台詞だったかを再認識し、赤い顔を隠す為に再度跡地を見る事とした。

 

「……ま、気が向いたら逢いに来てあげるよ。運が良かったらね」

「……そうかい」

 

 詩菜は跡地を最後に一瞥し、そのまま神社とは逆方向へと歩き出した。

 角を曲がり、詩菜の姿が見えなくなるまで彼女を見送り、また守矢神社跡へと向き直る。

 

 

 

 これにて『彼』の体験した妖怪のお話は終わりで、詩菜の言う通り、終焉である。

 

 ……もうこの地を去ってしまった《東風矢 早苗》や《詩菜》の事を思い出す事は、二度と無いのかも知れない……。

 ……等と思いつつ、自転車に跨がり、何もなかったその神社を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自転車で街を走り抜け、自宅に到着。

 今擦れ違った人々や、自分の家族、東風谷早苗を通じて知り合った人物も、誰もあの神社の事を覚えていないのかと思うと、やはり寂しいと思うし悲しく感じる。

 

 入り口の戸を開き、自転車を玄関に仕舞う。鍵を締めて靴を脱ぐ。廊下を進み階段を登る。

 どうやら両親も兄も居ないらしく、ここでも何となく寂しいと思ってしまった。

 そんな気分で足下を見ながら階段を登っていくと、最上段に裸足が見えてくる。

 何かと思い、『彼』は足を止めて顔を上げると、いきなり何かが自身の顔に覆い被さった。

 

 

 

「……。……頑張ってね。私が過ごせなかった残りの人間生活を。私の為にも……ね?」

 

 

 

 顔を離され、階段の一番上の段に立っていたのが詩菜だと分かる。

 彼女は微笑み、正しく風に融けるようにその場から消え去った。

 

 

 

 

 

 

 唇の感触を思い出し、しばらく彼がその場でボーッとしていると、兄が帰ってきた。

 

「なんか神社が消えて……って、何真っ赤になってるんだお前?」

「……え?」

 

 

 


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