さてさて……今日はそれなりの気分だし、幽香に逢いに行くかね。
今日は晴天なり。実に気持ちが良い天気
まぁ、この前紫が来てから、既に三日も過ぎているけどな。
とりあえず例の如く太陽が昇ると共に起きたので、彩目と文を起こす事にしよう。
身嗜みをちゃんと整え、隣の居間の更に向こうの客間へと向かう。
文が泊まる時、というか、客人が泊まる時はその部屋に寝具を準備している。
けどまぁ、文も文でそういった寝具とかを仕舞う場所を熟知して、勝手に布団を準備して寝るのはどうかと思うんだが……。
……まぁ、別に良いけど……こっちもそれはそれで楽だし。
「オラ文、朝だぞ、起きろ」
「……すぅ……」
「……」
……駄目だ。起きねぇ。
つーか、仮にも一応は男である志鳴徒に起こされるってのもどうなんだよ……?
……まぁ、起きないなら先に彩目を起こすか。
文の寝ている客間を抜け、居間へと戻って自分の部屋の隣の彩目の部屋へと向かう。
……どうも、この家は二人だと広すぎなんだよなぁ。
「オーイ、彩目~」
「……ん……朝……志鳴徒、か……?」
「ハイハイ志鳴徒さんですよ~、だから早く起きれ」
「……意味が分からないぞ……ふわ……」
……こう簡単に文も起きてくれればねぇ……。
彩目が身体を起こしたので、とりあえず台所で今日の朝食を準備する。
朝から妖怪の肉というのはどうかと思うので、野菜メインにして計画立てて調理を開始する。
そうしている内に、着替えも洗顔も終わったらしき彩目が台所に来た。
あ、俺、顔洗ってねぇや……まぁ、いっか。
「何か手伝う事はあるか?」
「……あ~、客人を起こしてきてくれ」
「文をか……分かった」
ま、折角の三人での朝食だし。
温かい内に食べよう、温かい家庭。つってな。
▼▼▼▼▼▼
はてさて、朝食も終わって太陽もあがって、さぁ活動しようという感じの時間帯。
寝ている内に決めた計画通り、幽香の元へと向かおうと思う。
しかしまぁ、こう言うのはどうかとも思うが……。
ぶっちゃけ、『太陽の畑』の場所を覚えてない。
……いや、言い訳をさせて貰うと、人里の位置ですら結構変わっていたのだ。
それに『
花は人よりも更に移動しやすいだろ?
「知らん。それこそあの花を愛でる妖怪に訊け」
「……だろうな」
……まぁ、忘れている事に変わりはないのだから、言い訳のしようがない。
仕方ない仕方ない!
と、いう事なので。
魔理沙を拉致しようかと思う。
「……なぁ、自分の親が犯罪者ってどう思う?」
「終わってますね。全てが」
「……君達はタッグを組むと本当にえげつない事を言うようになるよな……」
「「
「……」
……いつからこんな攻撃的に……ううっ……。
「……そんな嘘泣きしても無駄ですよ」
「しかも志鳴徒の状態で泣き落としをされてもな」
……訂正、どうやら俺の周りには本当に敵しかいないようだ。
「いやさ? ちょっと言い訳をさせてくれよ? というか酷くない?」
「それならわざわざ酷い言葉で言い換えなくても『案内させよう』とか言えばいいじゃない」
「……」
ぐうの音も出ないとはまさにこの事である。自業自得とも言う。
「……魔理沙とかにレーザーの撃ち方を教えて貰おうかと思ってるんだ」
「レーザー?」
「弾幕の練習って訳? そういえば撃てないんでしたか」
「まぁ、それもある」
俺が考えてるのは、弾幕ごっこには決して使えないような威力なんだけどな。
ま、どうせ空も飛べない俺が練習したって何の意味もない。精々がロマンならやりたいじゃん、ってだけだ。
「ふむ……」
「……んで、魔理沙の家って何処にある?」
「『魔法の森』の中だ」
「私は何回か行った事があるけど……これから天狗の会議とかあるしね」
いつの間にか、文が結構上の役職に辿り着いていた事を知るのは、大分後の事だった。
閑話休題。
「げ、あの森に住んでるのかよアイツ。よくやるな」
「あの森は魔法使いにとって最適な土地らしいわよ?」
「あの瘴気が魔力を高めるだとかなんだとか聞いた事があるな」
「……むぅ……それなら森近に訊くか」
『魔法の森』の入り口に住居を建てて住んでいるなら森にも詳しいだろうし。
それに前に逢った時の様子から、結構親しい間柄みたいだったしな。
「森近……ああ、『香霖堂』の店主の事ね」
「……アイツどんだけ名前を覚えられてねぇんだよ」
「……下の名前とか、屋号で呼ぶヒトが結構いるからね」
「そういう問題じゃねぇだろうに……」
……まぁ、兎に角。
スキマを開いて『香霖堂』近くまでショートカットする。
「ああ、もしかしたら俺、今日は帰らないかも知れないから」
「……じゃあ私も今日は慧音の所で泊まるとしよう」
「行ってらっしゃい」
「おう」
そんな感じに送り出され、スキマに飛び込む。
▼▼▼▼▼▼
ま、森近がスキマを扱えるという事を知っていても、いきなり店内に出口を作って入店というのはダメだと思うので、近くに入り口を開いてそこから歩く事にする。
何処かから『そういう常識的な行動を日頃からやればいいのに……』という彩目の溜め息が聴こえてきそうだが、無視である。
衝撃音は何処までも聞き取れるが無視である。大事な事なので二回以下略。
カランカラン……。
「いらっしゃ……おや、君か」
「よぅ森近、おひさー」
「……何かあったのかい?」
「ん? いや特に何も?」
「……そうか」
予想するに、前回来た時よりも随分とフランクな感じに挨拶したから、それで何か起きたとでも考えたのかねぇ?
まぁ、別にいつも通りだと森近が気付くのはいつになるやら……。
「……それで、今日はどうしたんだい?」
「ああ、魔理沙にとある場所を案内して欲しくてこの店に来たんだが……居ない、か」
店内をいくら見回しても、人はいない。
逆に言えば、店主以外の気配なら微かに漂っているんだが、それは妖力の匂いだし魔理沙と比べ物にならない程の弱さだから、絶対に関係無いと断言出来てしまう。
「……冷やかしか」
「まぁ、そうとも言う」
「……はぁ……」
「で、アイツの家、知らないか」
「……知ってはいるけど、多分そろそろ来るんじゃないかな?」
「何だ、逢う約束でもあったのか?」
それなら案内は無理か……。
まぁ……仕方無いし、紫に逢って案内して貰おうかねぇ……。
そう考えた時に、『ッガシャーン!』といった感じの音が辺りに響き渡った。
まぁ、見る必要もないような気がするが……入り口を見れば玄関が半壊した状態になっており、その手前には魔理沙が堂々と仁王立ちをしている。
……何だこの無駄な格好良さ。
「お邪魔するぜ!」
「……だから魔理沙……店に来る時は箒で突っ込むなと何度言えば……」
「お、志鳴徒じゃないか。どうしたんだ?」
「……」
……後で森近は慰めておくべきか……?
まぁ、そんな事は兎も角として、」
「……君もある意味、酷い」
聴こえない聴こえない。
なーんにも聴こえない。アーアーアー。
「……香霖」
「……魔理沙」
「ひねくれた奴に、溜め息は逆効果だぜ!!」
「イェーッ!!」
「……君達は敵に回したら駄目だ、という事が良ーく解った……」
そう言って立ち上がった森近は凄く疲れた表情で玄関を修復し始めた。
見た感じでは凄く慣れた手付きなのが哀愁を漂わせてくる。
あと、どれだけ小声で言っても『いつの間にそんな仲良くなっているんだ……』という言葉は聴こえてくるので注意しよう。
閑話休題。
「なぁ、魔理沙。『太陽の畑』の場所って分かるか?」
カウンターの席で、隣の魔理沙に要件を伝える。
森近は修復作業が終わるとカウンターの向こうで本を読み、さっきから声を掛けても返事がない。
……でもまぁ、俺や魔理沙にお茶を出している辺りが何だかなぁ。とか思いつつ。
「知っているが、あの幽香に何かあるのか?」
「(あの、って……)……まぁ、知り合いに逢いに」
「へぇ。あんなドSとお前が?」
……ドSって言葉が、幻想郷に知れ渡っている方が俺的には驚きだよ……。
「……ま、そういう事で案内してくれないか、って話なんだが……」
「友人なんだろ? それなのに場所が分からないのか?」
「……ここ数百年で人里も随分場所が変わってるんだぜ?」
「覚えてないんだな」
「……ハイ」
「まぁ、別に良いぜ。ちょうど暇だしな」
「ありがたい」
あっさり教えてくれた。
もっと何か報酬を要求するかとも思ったんだが……ま、良かった良かった。
ついでに、年がら年中暇なのではないかとも思ったりしたが、黙っておこう。
「なら、今すぐ頼んでもいいか?」
「ちょっと待ってくれ。その前にここに来た用事を済ませないとな。香霖、私のミニ八卦炉はどうなってる?」
「……ハァ……出来てるよ。ちょっと待っててくれ。持ってくる」
「頼んだぜ」
八卦炉、というと……アレか、あの小さくてとんでもない兵器の事か。
以前に撃ち合った、というか弾幕勝負をした時に、マスタースパークを撃ったりしていた、魔理沙の武器とも言える小型の炉。
……あの破壊力は『炉』ってレベルじゃないと思うんだが……。
というか、小型のくせにあの威力は絶対におかしいって……。
「……ほら。修理もしておいたし、補強もしておいたよ」
「サンキュ」
「……それから君もね。あまり本気で殴らないように」
「へ? 俺?」
俺……いや、まぁ、確かにスキマの中で魔理沙と戦った時にぶん殴ったけど……。
「まさか緋緋色金にヒビが入るとは、ね……」
「こいつどんだけ馬鹿力なんだよ」
「……いや、そんな本気で殴ったつもりでも無いんだが……」
大体、その八卦炉を持っていた魔理沙の腕を痛めるのはヤバいって分かっていたから、結構手加減して打ったつもりなんだが……アレでも不味かったのか?
そのわりには魔理沙自身が平然としてるしな……分からん。
「……聞かなかった事にしよう」
「……お前、鎌鼬じゃないのか?」
「鎌鼬だが?」
「じゃあなんでそんな馬鹿力なんだよ?」
……うーん……。
……能力のお蔭としか言えないんだけど……。
ここは一つ、はぐらかしてみよう。意味もなく。
「……俺の二つ名、紫とかから聞いてるかい?」
「……いいや?」
「俺の二つ名は、『鬼ごろし』」
「……」
ワカッテクレタカナー?
『理解不能』は伊達じゃあないんだぜ─?
▼▼▼▼▼▼
まぁ、そんなこんなで、これからは威力の調整には気を付けろ。という事で。
魔理沙と二人、空を飛んでます。
例の如く、らんでぶーな二人乗りである。互いに意識してないので何もないが。
「いやはや、空はやっぱり良いもんだねぇ」
「……なぁ」
「んー?」
「『鬼ごろし』って、どうして付いたんだ?」
「んー、誰が付けたかは覚えてないな。鬼と同等以上の力に、天狗以上の速さ。それが俺って訳さ。鬼と戦った後だから、付けられたのは……一三〇〇年前か?」
「……なるほどな。つまりお前は危険人物って訳だ」
「失礼な。俺は人間を食べないぞ」
「それだけしか否定する部分がないのかよ……」
「うん」
「……まぁ、そんな危険じゃないってのは、溺れた所からも分かってるけどな……」
「……溺れた件については、もう忘れてくれない?」
「無理だな」
「……はぁ……」
そんな事を言い合っている内に、どんどん景色が過ぎていく。
……ん?
下の花畑……鈴蘭か? あれは?
これまたすげー煙……いや、霧? あんな場所で?
「……下に見えるのは『無名の丘』って所だ」
「……『無名の丘』、っていう名前なのか?」
「まぁ、分かりにくいけど、そうだな」
下を見ていると、誰かがいる。
金色の髪と赤っぽい服が見える。
その眼は憎々しげに、恨めしそうに、そして羨ましそうにも見える表情で、こちらを見ている。
……どうやら魔理沙は彼女には気付かなかったみたいで、話を進めている。
「ここの鈴蘭には毒がある。私達は結構上空を飛んでいるけど、あんまり深呼吸はするなよ」
「……俺は『鎌鼬』だぜ? 風そのものが毒でやられるとでも?」
「(チッ)……それもそうか」
「舌打ち、聴こえてるからな」
……それにしても、毒……ねぇ……。
既にあの鈴蘭畑、『無名の丘』は過ぎ去ってしまっている。
……あの少女も、既に見えない。
……『毒』……ああ、思い出した。
以前、というか前世の兄貴の話を思い出した。
「なぁ、魔理沙」
「なんだ?」
「『毒』って書いて、どういう読み方をすると思う?」
「? ……そりゃあ『どく』以外にあるのか?」
「色々あるね」
深呼吸。
鈴蘭の匂いがまだ漂っている。
つまり、それは毒。
「『毒』って書いて、『ウソ』って読むのさ」
「……へぇ」
既にあの草原が見えない所まで来た。
兄貴もなんでこんな事を知っているのやら……。
「……もうすぐ『太陽の畑』だぜ」
魔理沙が陰鬱とした空気を振り払うように声をあげる。
……そうだな。位置も覚えたし、今度暇な時にあの少女に逢ってみるか。
あの表情は、なんか……気に入らん。
……まぁ、
「本人曰く、嘘らしいけどな」
「嘘かよ!?」
「意味的にはほぼ合ってるから良いじゃないの」
「……はぁ」
どっと疲れたぜ、とでも言うかのように溜め息を吐く魔理沙の更に向こうに、ようやく向日葵が見えてきた。
さてさて、どんな事になるやら。
……怒った時の幽香はやけに怖いんだよなぁ……やけにと言うか、無駄にと言うか……。
あぁ、やだやだ。
「……頼むから、私を巻き込むなよ」
「だが断る」
「……」