風雲の如く   作:楠乃

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 完全に夫婦漫才。



紅魔館・冬の陣 その2

 

 

 

「ふぅ、ただいま」

「おかえ、り……なさい……」

「ん、文だけか。って事は彩目と里ですれ違っていたのか。残念。とりあえず客間を片付けてくれねぇ?」

 

 

 

   【開幕】

 

 

 

「……志鳴徒さん。ついにやったんですか」

「は?」

「大丈夫です!! 今なら拉致監禁拷問強姦程度なら慧音さんの頭突き一万発ですよ!」

「死ぬわ!? 大体、そんな悪どい事なんかしてねぇし!?」

「じゃあその背負ったメイド長は何ですか!? まさかのメイド萌えって奴ですか!?」

「俺は寧ろお前がその言葉を知っている事に驚きだよ!?」

 

「……襲われたから、気絶させて担いで来たんだよ。詩菜じゃ背負えないからな。スキマに放り込むだけってのもアレだし」

「じゃあやっぱり拉致じゃないですか」

「……む……ま、主に呼ばれたから何とかで兄と妹に屋敷に来て欲しいそうだ」

「あぁー……詩菜と志鳴徒を同時にですか……それは無理ですねぇ」

「だろ? だから何とか説得しようかと思ったんだが……戦闘になってなぁ」

「あやややや……ま、咲夜さんが起きないとどうしようもありませんね」

「まぁな……で、それはやっぱり口癖なのか?」

「そんな事より、彼女どうするんです」

「(そんな事……?)」

 

 

 

「んじゃ、俺は飯つくるから、その……咲夜だっけ? そいつの看病しといてくれ」

「了解です」

 

 

 

 

 

 

  【本当に開幕】

 

 

 

 彼女が起きた頃には、既に外は真っ暗だった。

 六畳ぐらいの和室の、ちょうど中央に布団が敷かれ、そこに自分が寝ている。

 仰向けの姿勢で、視線を動かすだけで確認出来る範囲には何者も存在していない。

 

 そのまま辺りを警戒しつつもゆっくりと身体を起こし、辺りを確認しようとする。

 そこで、てっきり捕縛されているだろうと思っていた自分の服装が、清潔な寝間着に変えられていた事に気付く。

 更に枕元に、元々着ていた服装と、収納されていた銀のナイフがきちんと置かれていた。

 

「……」

 

 彼女は辺りから何かの気配を感じない事を探りつつ、着替える事にした。

 怪しいが、行動を起こさねば進まなさそうだ。

 何かの術が服装や周りに掛けられていて、彼女は自分が行動する事で何かが起きるかとも思っていたが、やはり何事もなく、詩菜と戦い負けて捕まった時と同じ格好となる事が出来た。

 

 

 

「……?」

 

 能力を敢えて使わず、寧ろ隙を見せるように着替えたにも関わらず、相手側は何もしてこない。

 

 ……何かがおかしい。

 

 そう感じた彼女は、行動を再開する。

 目の前の襖を開く。

 

 途端に音が辺りに響き渡る。

 

 

 

「オイコラ! それは俺の分のイチゴだぞ!!」

「じゃあなんで私のが二個で貴方のが三個なんですか!?」

「お前はこの前俺の苺大福を勝手に食っただろうが!?」

「あれは私に隠れてコソコソ食べようとするからですよ!! というか私の分は!?」

「どれだけアレを紫から買うのが大変だと思ってんだ!! ぼったくるんだぞアイツ!?」

「……じゃあ買うのを止めたら良いでしょうに……」

「苺大福……というか甘いものに糸目は付けないと決めたんだ。甘いものに罪はない」

「じゃあ私の分も買って下さいな。罪があるのは貴方でしょう? 罰も貴方にあります」

「閻魔かお前は。全く……ああ言えばこう言う……」

「貴方には一番言われたくない言葉ですね……」

 

 

 

「……」

 

 咲夜は、そっと襖を締めた。

 ……見なかった事にしよう。

 

 

 

 

 

 

 【本当に本編……?】

 

 

 

 

 

 

「……ほ〜ら、咲夜さんにも呆れられてますよ?」

「どっちもどっちだろうが……」

 

 ヒトが折角楽しみにとっておいた苺大福を、何処かの食いしん坊みたいに食べた奴か。

 それとも、楽しみを食べられた事を根に持ってデザートのイチゴを減らした奴か。

 果たしてそのどちらに呆れているのか。

 

 ……俺としては、その両方に一万賭けるね。

 ああ、賭けるとも。一万ジンバブエ・ドル賭けるね。

 

 

 

 ……つーか、結局イチゴを食べられたし……。

 

 仕方無いので、六個買っておいた残りの最後の一つを冷蔵庫から取り出し、俺の皿に盛り付けて食べる。

 そもそも六個パックの奴を買って来たんだから食卓に五個しか無いってのはおかしい。

 彩目の分? 連絡もなしに外泊する子にそんな物はありません。まぁ、どうせ慧音の家に泊まってるんだろうけど。

 

「……六個あるじゃないですか」

「誰かさんが俺の楽しみを台無しにしたからな。それの呪いだ」

「酷い奴ですねぇ。一体誰がそんな事をしたのでしょうか? 呪いとは……おお、こわいこわい」

 

 ……。

 

 無言で文の皿に残っていた最後の一つをつまみ上げて食べる。

 これで二人の皿からはイチゴが消え、全て食べてしまった。

 六個のイチゴは全て誰かの胃の中である。

 俺に四個、文に二個。

 

「あー!? 何するんですか!?」

「美味しい食卓、ごちそうさまでした。合掌」

「あ、はい。ごちそうさまでした……じゃなくて!?」

「あれ、俺の場合は、おそまつさまでした。か」

 

 そう呟きながら、文を睨み返す。

 言外に、こんな感じの意味を込めて。

 

『何か文句ある?』

 

「くっ……!」

 

 大体、この季節にイチゴを手に入れられただけでも物凄い運が良かったというのに。

 あの八百屋のおっちゃんは、果たしてイチゴが嫌いだったのかね……?

 というか、半年以上もどうやって保存していたんだ?

 イチゴの旬って、確か春頃だったような……?

 

 ……まぁ、いいか。

 

 

 

「さて、と」

 

 夕食もいつも通り(?)に終わったので、そろそろこの問題にも着手しよう。

 立ち上がり、文に皿の洗浄を押し付けて客間に向かう。

 

 問題とは当然、このメイドの事だ。

 

 

 

 

 

 

「よう。身体の調子は大丈夫か?」

「……貴方達は、一体何者なの?」

 

 襖を開いて寄り掛かり、中の様子を覗く。

 例の『咲夜』とやらは、部屋の隅に寄ってこちらを警戒している。

 その手前、中央に敷いてあった布団は隅の方に畳まれ、貸して着替えさせていた客人用の寝間着もその上に畳まれて置いてある。ピシッと何もかもが丁寧に畳まれている。

 

 ……流石はメイドというか、何というか……。

 ま、どちらにせよ騙すけど。

 

 「まぁ、まずは自己紹介からかね。知っているとは思うが、俺は『志鳴徒(しなと)』。君を倒した『詩菜(しな)』と双子の妖怪をやっている」

「……私は、『十六夜(いざよい) 咲夜(さくや)』です」

 

 おぉ、ちゃんと名乗ってくれた。

 ……いや、礼儀云々の話で激怒していたから、それで名乗ってくれたらなぁ。とかは確かに思ったけど……。

 

 まさか本当に名乗ってくれるとはね。

 まぁ、これもどうでもいい事。

 

 本題に入るとしましょう。

 

「……で、詩菜から聞く所によると、俺に屋敷に来て欲しいのだとか」

「っ……ええ」

 

 懐からナイフを取り出し、構える十六夜咲夜さん。

 何とお呼びしたらいいのやら……まぁ、咲夜さんでいいのかね。

 

 それにしても……どうやら、意地でも来て欲しい様子。

 自分の主がよっぽど怖いのかねぇ?

 ……いや、そんな様子もないし……信じられているから約束を果たさなければいけない、って感じかね?

 

 ……ま、別に元から行くつもりだったし、どうだっていいんだけど。

 面白そうだから行動するのはいつもの事。

 

「いいぜ。でも流石に明日の方が良くないか?」

「……え?」

「『もう夜更けだし、朝の方が良くないか?』という意味で言った。あ、でも夜行性の妖怪って可能性もあるか……」

 

 俺は元々人間だったのもあってか、どちらかというと昼行性なんだが……。

 まぁ、別に徹夜も辛いって訳でもないし、大丈夫かな?

 

 

 

「……来てくれるの?」

「お前なぁ、来いって言ってたのはどっちだよ?」

「……脅迫したのに何故簡単についてきてくれるんだろうか、って事でしょう。疑問なのは」

 

 後ろから声が掛かる。

 ……まぁ、この家に他に居るのは文だけなんだけどな。

 

「あ、そんな事で?」

「……それはそんな事で済ませれる事じゃないでしょうに……」

 

 脅迫されたのなら、その理由も含めてちゃんと状況を知ってから、その要求に頷くもんじゃね?

 相手が切迫した状況の中で行動しているのなら、こちらもちゃんと背景事情等を知ってから行動すべきだと思います。

 

「……というか、貴方達はどういう関係なの?」

「……ん~……何と言うか……腐れ縁的な?」

「まぁ、上司で師匠で、相棒? 寧ろコンビとか?」

「ない」

「ですね」

「……」

 

 色々な意味を込めて『ない』と断言し、それに即座にそうですねと返ってくる辺りが完全にコンビじゃないか、というツッコミが彩目が居たら飛んでくるに違いない。居ないけど。

 

 というか……何故黙る。で何故唇を噛む。

 

「……ま、とりあえず、詩菜はついてはいけないが俺はついていける。それで良いか? というか、どっちについて来て欲しいよ? どちらかしか行けない」

「……本当に、二人ともは駄目なのかしら?」

「企業秘密があってね。俺らは共に行動出来ないのさ。兄妹だと言うのに、ああ嘆かわしい!!」

「……志鳴徒さん」

「ハイハイ。で、どうする?」

 

 後ろからの冷たい視線が痛いので、そろそろちゃんと本題に入るとしよう。

 

 まず、俺と詩菜、どちらに来て欲しいのか。

 そして、相手側がいつまで来て欲しいのか。

 

 ……まぁ、相手の事については、文に訊いた方が早いかもな。

 どうやら、かなり詳しいみたいだし。

 

 

 

「……とりあえず、一度帰らさせてもらえないかしら?」

「どうぞどうぞ。俺もその間に色々と準備でもするから」

「……準備って、何をするんです?」

「ん? 死なない為の準備」

「……」

 

 こんな強い人がメイドやってるんだぜ?

 かなり準備しないと、そりゃ俺だって死んじまうぜ?

 

 

 

 

 

 

 さてさて、そんな感じで咲夜を一度屋敷に戻した。

 気絶させて俺の屋敷に運んでしまった為、現在位置が解らないというハプニングもあったりしたが、それは文が途中の人里まで案内する事で事なきを得た。

 

 ……途中で文が何かしら吹聴しないと良いんだけどねぇ。

 まぁ、どうでもいいか。

 

 食事も終わったし、今日はさっさと寝るに限る。

 いつものように周囲一帯に衝撃探知の術式を張り、足音や風の怪しい動きがあれば即座に俺が起きるように設定して、布団を敷いてお休みの時間って奴である。まる。

 

 ……どうせ文が帰ってきたら、一度起きちゃうんだけどな……。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 あれから三日が過ぎた。

 

 太陽が完全に沈んだのを確認してから、門の開いていない人里へと向かう。

 この三日間は特に何事もなく過ぎて行った。

 

 強いて言うなら、あれから二日後に人里で咲夜と逢って、今日の約束を取り付けた事。

 そして家に帰ってきて、彩目と文から紅魔館の事を訊いて、その実態を少なからず調査した事。

 ……まぁ、それぐらいかな?

 

 その間に戦闘とかそんな争い事とかは一度もなかった。

 精々が慧音が子供を叱っているのを見たぐらいだしね。

 ……というか、いつ見てもあの頭突きは異常だと思います。ハイ。

 

 

 

 人里の入口に到着。

 門番さんが居る部屋の窓の横に咲夜が立っており、こちらが近付くとすぐに気が付いた。

 

 ……奥の門番がデレデレした顔をしてるのは、美人さんが隣に居るからかね。

 何やら楽しそうに話しているが、私が近付いた瞬間にキッと睨みつけるような顔に変わるのは何とかして頂けないだろうか。無理か。

 

 

 

「待たせたかな?」

「いいえ。時間通りです。では行きましょうか」

「ん」

 

 二人揃ってある方向に歩き出す。

 こちらが飛べない、という事も前日の内に話してある。

 その時に私、『詩菜』に来て欲しいのだとも言われたので、詩菜になっている訳で。

 まぁ、今後も同一人物だと明かす予定はないかな? 妹紅の時みたいな嫌な状況にならない限り。

 

 

 

 真っ暗な中、二人とも全く明かりとなる物を持たずに歩く。

 

 満月が見えているから平気なのである。

 私は妖怪だから平気なのである。

 咲夜は吸血鬼と共に住んでいる人間で、夜目に慣れているから平気なのである。多分。

 

 

 

 そう、私が今から咲夜に連れていかれる屋敷は、

 

 『吸血鬼』が住む真っ赤な屋敷、なのである。

 紅魔館とは、これまたキラキラしたお名前ですね、と突っ込みたくなるが……その場所に住んでいるのは吸血鬼や魔女とか、どれもネームバリューだけで判断するなら強そうなヒト達ばかりだ。

 

 吸血鬼、成程。

 そりゃあ確かに夜行性の妖怪だ。

 

 文(いわ)く、『古参妖怪を除いた妖怪の中で最も強大な力を持つ種族』だとか何とか。

 そりゃあまぁ、世界で有名な怪異の一つだ。強大じゃない方がおかしい。

 

 ……死亡フラグビンビンですね、分かります。

 あ〜、やだやだ。何でこう強い妖怪に目を付けられちゃうかね私は。

 

 

 

 ……ま、そんな事は良いのである。

 自分が諦めが早い性格だとは知っている。ならその諦めが来るまで足掻けば良いだけの事。

 

 大きな湖を横に二人して歩く。珍しく妖怪や妖精にも襲われない夜。満月だっていうのにねぇ。

 ……そういや、この湖。多分『霧の湖』だよね? 妖精たちにも逢いに行かないとなぁ……。

 

 

 

「……いやぁ、ごめんね。わざわざ案内する為に歩かせちゃって」

 

 喋る事なく歩き続けるのもおかしいと思ったので、何となく喋りかける。

 

「いえ、こちらこそ屋敷に来て下さってありがとうございます」

「そういえば、君の主は結局私に何の用なのかしらね?」

「……さぁ……私にも分かりません」

 

 ……嘘かな? 勘だけど。

 まぁ、間違いなく面倒な話だろうなぁ……。

 

 ……というか……話が続かない……!

 

 

 

 とか何とか考えてながら歩いていると、ようやく屋敷が見えてきた。

 

 

 

 

 

 

 ……まぁ、当面の問題は……吸血鬼なんかじゃなくて……。

 

 

 

「……詩菜……さ、ん……?」

 

 

 

 この門番。

 『(ホン) 美鈴(メイリン)』の方が問題……かな。

 

 

 


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