風雲の如く   作:楠乃

149 / 267
ぃ山ァ!

 

 

 

 もうすぐ春になろうとしている。

 私の家は山と平地の境にあるために、多少は雪が残ってはいるが、流石にもう雪が降ったりはしないだろう。

 

 

 

 まぁ……今、釣りをしに来ている守矢の湖とか、天魔の屋敷がある辺りは平気で降っているらしいけど。

 

 一応は大人しくしているべき身体ではあるけども、何もしないというのはいささか身体に悪いという事で、今私は守矢神社と共に幻想郷へと引っ越してきた湖にて釣りをしている。

 ちなみに守矢の神々に対して許可は何一つ取っていない。

 

 キリキリとリールを回し、ルアーを引き寄せる。

 エサ釣りは私の性格に合わないね。ただ待つだけなんて……いやまぁ、気分によっては合うけど、今はそんな気分じゃないので、私の性格には『今は』合わないと言い換えておく。

 

 完全に巻きとった所で持ち替えて、右手の指に糸を引っ掛け、良く分からない金属の輪っかを上に上げ、適度に振ってルアーを投げる。そして左手に持ち替えて半分になった輪っかを下ろす。

 それにしても釣りをするのは久し振りだ。妖怪として生まれる前だから、1449年ぐらい久し振りかな。うん、まぁ、値がおかしいのは自分でも分かっている。

 

 ちなみにこのルアーとか竿とか、そういう釣り道具は全て『彼』のものである。ま、正確には『彼』の家族の物なんだけど。

 ……世界が違っても、私と『彼』が体験して持っている物は同じ、か。

 この黒と青を基調としたロッドも、数種類あったルアーも、全部懐かしい物なんだもんなぁ……少しばかり、見惚れちゃってたよ。

 現世にいて、いつお兄ちゃんとかお父さんに気付かれるか分かんない状況で、少しばかり呆然としてしまっていた。あれは危なかった。

 

 

 

 まぁまぁ、そんな暗い話を置いておこう。

 右手の義手を動かす練習も兼ねているので、リールを回しているのも右手なのだけどもこれが案外早く慣れてしまった。

 今ではもう無意識にやれているのだから、果たしてこれは義手を動かす練習になっているのだろうか、とも思う。

 まぁ、反復運動という意味ではある意味素晴らしいのだろう。

 左目がない状態での生活にも慣れてきた。遠近感はやはりイマイチ掴みづらいけど、物の大きさを事前に把握していれば何とかはなっている。

 俗に言う『形にはなっている』という奴だろうか。まぁ、関係ないかもだけど。

 

 

 

 岸の岩に座り、かれこれ一時間ぐらいは釣りをしている。

 周囲には雪が積もっている箇所もあり、もしかすると蕗の薹とか山菜も採れるかもしれない。

 ……懐かしいなぁ。昔は家族揃って釣りと山菜採りを兼ねて山へ行ったっけ。

 あの時のニジマスは美味かったなぁ。今じゃあ味覚が変化してるし慣れもあるだろうから、同じものを食べても美味しいと感じないかもしれないけど。

 

 まぁ、今はそれほど魚を釣ろうとしている訳ではないので、ルアーが取られないように注意しつつ逃げられたら逃げられたで地味にやっていくか、というスタンスで釣りをしている。

 その気になりゃ、私が能力で湖面を叩けば幾らでも魚が浮いてくるしね。一応は私有地? だからやらないけど。

 

 もう何十回振ったか分からない竿の先、糸の先、ルアー本体からとある衝撃を受け、左手をグッと引っ張る。

 掛かったか? と思うも、その後何も衝撃を感じない。どうやら逃してしまったらしい。残念。

 

 ま、もうスキマ経由で自宅には魚が二匹ほど送られているので、今日の夕食に問題はなかろう。多分。

 

 

 

 

 

 

 どうせなら彩目とか呼んで、山菜を採ってもらうとかも良かったかもしれないなぁ。まぁ、先に諏訪子とか神奈子に許可を取ってからだとは思うけど。

 

 等と考えていると、真後ろから何者かが歩いてくる音がする。

 ついでに神々しい力も感じる。

 おやおや、どうやら管理者の方に見付かってしまったようだ。これは遊漁券を買わされちゃうパターンかしら。いやまぁ、買わないといけないんだけどね。

 

 

 

「そこの者、ここが守矢の湖と知っていて、釣りを楽しんでいるのか?」

 

 

 

 ……。

 決めた。一度シカトを決め込んでみよう。

 

 

 

 いやまぁ、ある意味仕方無いのかもしれないよ?

 包帯というか眼帯というか頭に白い物を巻いて、ポニーテールになって、黒マフラー着けて、右手はぎこちない動きをしていて、妖怪になって初めて釣りをしている。

 それに回復のために力を抑えているから、力で判断も出来ない。

 

 でも、さ……いくら姿が変わっても、昔からの友人で気付かないのはどうかと思うんだ。

 ねぇ? 神奈子さん?

 

「……」

「無視か……その齢にして神を差し置いて道楽を勤しむとは、中々肝が座っている」

「……」

 

 見た目で年齢言われても、この身体二百年に1センチ伸びるとかそういう肉体ですし。

 

「そしてやっている事も釣りとは……度胸の上に粋というものも分かっているようだ」

「……」

 

 いや、別にねぇ? 体調を考えて何かやれる事はないかと考えた結果が釣りな訳ですし。

 それにルアーフィッシングですし。ウキ釣りとかの方がまだ粋に見えると思うよ? 多分。

 

「神域を侵したという事でやってきたが……中々に面白そうな少女だ。ここは見逃してやろう。好きにやって、釣果は持ち帰るが良い」

「……」

 

 そう言って、足音が遠ざかっていく。

 

 

 

 とりあえず……言わせてほしい。

 

「………………仕事しなよ。あと気付けや。バカタレ神奈子」

 

 足音が消え、どうやら飛んで神社まで帰っていった神奈子の存在を確認してから、そう言う衝撃を無理やりにでも彼女に届かせる。

 

 上位の神にそんな暴言吐いて良いのかって? ハッハッハッ、良い訳無いじゃないか。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

「……申し訳ない」

「良いって良いって。気付かれなくてカチンと来た私も私だしね」

 

 すぐさま飛んで来て、そう言ってきた神奈子。

 頭を下げるこの神様を、山の妖怪が見たらどう感じるのだろうと思った。

 

 私は別に笑って許す立場でもないのだが、予想以上に神奈子が真摯に謝ってくるので何でだろうとは思いつつ、とりあえずここで釣りをしていても良いかと訊いてみる。

 まぁ、予想通りと言うか先程の焼き直しと言うか、普通に許可を貰う事が出来たので思いっ切りロッドを振ってキャスティングしてみる。

 

 あ……ん、これは根掛かりしちゃったのかな? しょうがない。衝撃当てて何とか開放するか。

 

「……それにしても、一体どうしたの? その怪我」

「ん、ちょいとね。幻想郷で強大な力を持つ、一つの勢力と戦ってきた代償」

「アンタが? それは八雲の関係で?」

「いや、単純に私が目的だったみたい。こっちに来てからようやく落ち着いてきたじゃん? それでとある天狗が私の事を新聞に載せちゃってね」

「……それで呼び寄せられた、って事かい」

「ま、そんな感じ。ところが変な誤解をされてたみたいでねぇ。うし、取れた」

「引っ掛かってたのなら言ってくれれば取ってあげたのに」

「諏訪子、私を驚かそうったってそう簡単には行かないよ」

「あれっ!? いつの間に!?」

「「ついさっき」」

「……全然気付かなかった」

「「衰えたねぇ神奈子」」

「………………アンタ達は逆に何なのよ」

 

 地面の中をもぞもぞと動く音が聞こえるなと思ったら諏訪子でした。

 相も変わらず奇妙な術を使いおる。

 

 根掛かりが取れたので急いで巻き取ってルアーを確認してみる。

 うーん、茶色い変な皮が付いている。木の皮かな? 実に気持ち悪い。

 感覚が上手く伝わらないっていうのはこういう時便利だよねーと、右手でぎこちないながらも掴み取ってそこらに投げて捨てる。

 そして再度振ってキャスティング。

 

 料理をした時に気付いたのだけれど、この義手、実は完全防水なのである。

 アリスの技術力、恐るべし。実に末恐ろしい。

 

 

 

「で、その義手って事か」

「幻想郷の技術力は世界一、つってね」

 

 河童も凄い技術力を持っているけど、私に知っている限りではそれほど実用性のある発明をしているようには感じないなぁ……。

 いや、現代でも十分通用する電化製品を作ってくれていたりするんだけど、奇特な作品も大量に作っているから印象が薄いと言うか何と言うか……。

 

 そうして何もなかったかのように釣りをする私に対して、諏訪子と神奈子は呆れたように顔を見合わせている。

 ……ま、二人が考えている事は何となく想像付くけどね。

 

 

 

 そうして数分間、沈黙の時間が過ぎた。

 釣りに興じているのは私だけで、そこの二柱の神様はただ私の釣りを見ているだけだ。楽しいのかね?

 

 そう考えた時に、諏訪子が急に喋り始めた。

 

「そうそう。参拝客が沢山来てるよ。表立って信仰を集めるのは神奈子の仕事じゃないの?」

「……神様にも時には休息が必要なのよ」

「その結果が湖で釣りをしている私の所に来るって事?」

「……いや、それは、ね? 信仰心が感じられない人間が湖で何かしていたら気になるじゃない?」

「神奈子が好きな信仰心溢れる人間は神社に大量に居るから、ほら、さっさと行ってくる」

「あと私人間じゃねぇから」

「ごめんなさいッ!!」

 

 そう勢い良く謝って、神奈子は神社の方へと飛んでいった。

 何だろう。捨て台詞ならぬ、捨て謝罪かしら?

 やっぱり神奈子は昔に比べて丸くなったなぁ……と思いつつ、また魚を逃してしまった。言い訳としては騒ぎで魚が逃げたんだ、が最適だと思う。

 

 

 

 神奈子を見送ってから、これまた諏訪子と話さずに時間が過ぎていく。

 そうしている内に本日三匹目を釣った。すぐさまスキマに保存である。これも……ニジマスかな?

 ここ、そんな川に近い場所でもないと思うんだけどな……私が知らないだけで湖にも生息出来たのかな?

 

 『おめでと』と言ってくれる諏訪子に『ありがと』と返事をしつつ、スキマを使って上手い事ルアーを魚の口から取り外し、スキマに戦果を放り込む。

 さて、これで彩目と私の分、もしかすると来ているかもしれない文の分も手に入った訳だけど……まぁ、まだ夕方にもなってないし、もう少しやるかね。

 

 

 

 

 

 

「……詩菜」

「何?」

「あー、アンタが望むなら、祟ってあげようか? 呪い返しを、その傷を付けた奴に」

「要らないよ。これは私の問題だし……」

 

 そう言いながら、ルアーがちゃんと着水したのを確認してからリールを巻く。

 別に諏訪子への返事が釣りよりどうでもいいという訳ではない。ただちょっと思考をする時間が欲しい。

 

「何て言えばいいかな……この傷は自業自得だし、本人との折り合いは後でキチンと付ける予定だよ。彩目や紫とも話してあるしね」

「……」

「それに、そう言うだろうと思って名前を言ってないんだから」

 

「……そこまで見抜いていたの?」

「いやぁ、単なる勘だよ。長年培ってきた勘。昔懐かしい友人に対しての先手、って奴かな?」

 

 そう言って諏訪子を見やる。若干ドヤ顔を混ぜつつ笑い掛けてみる。

 

 言われた諏訪子は放心した様子で私を見ていたが、少しして苦笑いしながら両手を挙げた。

 

「はは、降参。流石『詩菜徒比売神(しなとひめのかみ)』には敵わないなぁ」

「その呼び名、そんな好きじゃないんだよなぁ……それに、日本最古級レベルの神様が何を言いますか」

「冗談だよ……良いんだね? 手助けは、要らない?」

「要らないよ。大丈夫だって、神奈子にもそう伝えておいて」

「ふふ、了解了解。それはそうと、それ、獲物が掛かってるんじゃない?」

「何で竿を握ってないのにそういうの分かるかな……」

 

 

 

 そんな感じで、久々の友人との談笑は辺りが夕焼けになるまで続いた。

 本日の成果は七匹。

 

 後半からやけに釣れまくったのは不思議だな─、と棒読み口調で考えてみる。まぁ、誰がやったかは一目瞭然だけどね。

 いかんいかん、こんなにニヤけている顔で家に戻っては何かあったのかと変な誤解をされてしまう。直さんとなぁ。

 

 

 







 あれ、何か書き方違う? と感じたらそれは私が新規で書いたからです。
 諏訪子様が主にメインのつもり。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。