『お腹が空いた』
原因は解ってる。ろくに食事をしてないからだ。
最近、人を助けてばかりで、しかも其処らの小さな鼠位しか食べていないからだ。
しかしそこは恒例の『妖怪スペック』がある。妖力で身体に力はいつも通りに入る。
……だけど、その妖力とは別に何か妖怪の『源』となるような大事な栄養素が、マッハで足りていない状況。
故に『空腹』也。
誰か人間を脅かせば一発で治りそうな物だが、何分私の現在地が既に険しい山奥。
その場その場の気分で物事を決めちゃう私は、現在進行形で後悔すること山の如しだチキショー。
しかし、
しかしだ、
しかしながらも今更だったりするが。
人間を喰えば、そんな悩みもあっさり溶けるだろうし、慣れればこっちのものでもあるのだろう。
更にしかし、いくら何でも私は人を喰らってまでは回復したくはない。それは私を私で亡くしてしまうような、そんな気がするから。
まぁ、これも何処かの吸血鬼みたく、一度食べてしまえばあっさりいけちゃうのかも知れないけど。
現に妖怪を生で頂く事に違和感は無いし。
閑話休題。
とか言ってみたりしているが、別に先程の話は前振りとかいう訳でも無く、本当の『閑話』というだけ。
なのだが、お腹が空いているというのは恥ずかしながら、事実である。
…グゥ~……。
「…うが~……腹減ったぁ~…」
先程も宣った通り、現在私は人間も住まない妖怪の天下の、そして山奥の頂上近くという前人未到の地をうろちょろと、目的も無くただ歩いてみたらこうなっちゃったぜ的な状態な訳である。
コメ印、空腹の為、言語回路に一部問題が発生しております。ってか?
そしてそんな私を、傍目から見て私を『人間』と判断したのかも知れないが、私を襲おうとする辻斬りみたいな妖怪が次々と襲いに参り寄る。
なんかもやもやした感じの奴ら。
喋れないような小さな妖精達。
どこぞの四つ足獣。
大型肉食獣。
あ~……うぜぇ。
という訳であるので、即刻視界から立ち退いて頂きたいのだが、如何せん腹が減った現在の私はめんどくさがりやの頂点の如く、自分から動こうとしない。
誰かなんかぶっ飛ばしてくれないかなぁ…?
なんて妄想も光陰、矢のごとし。
つまりは私がここで動かねば、私は動かぬ死体と化しちゃってしまう訳だ。
後悔先に立たず。覆水盆に返らず。
「やれやれ……」
「グルルルル…!」
威嚇されても何の事やら、私にはさっぱり。
つまりは今の状況は、私が自ら動かなくてはいけないという事なのだ。要するに。この場合は。
攻撃開始。
飛び掛かる獣を避け、もやもやしたのやら妖精らしき燐光が光る玉を撃ち、大型肉食獣は私を追って来た妖怪を、逆に美味しく頂こうとしている。味方じゃないのかよ。
獣の攻撃を避け、相手の後ろの襟首の何かぷよぷよした肉を掴み、そのまま私を狙うホーミング弾をガードするのに使わせて頂く。
まぁ、盾として死んでくれた妖怪を私は喰うなんていう趣味なぞ持っておらぬので、とりあえず大型肉食獣にでもぶん投げておく。
あ、駄目だ…動くと余計に腹が減ってきた。
くたばっている獣を食べたい欲求を抑えて、出来るだけ動きを少なくしつつ光弾を避ける。
回避出来そうに無い奴はガードしつつ、出来るだけ妖力の消費を抑え物理で相手を吹っ飛ばす。
大型肉食獣は未だにザコ妖怪に御執心なので、とりあえず……気絶でもさせとくかな。
…んん~? ……イヤ、もっと派手に行くか。
大型肉食獣に素早く近付き、頭の横にある…耳? らしき物の近くまでよじ登る。
空腹に苛まれつつも、声を張れ。そう、もっと大きく!!
「さぁさお立ち会い!! 御用とお急ぎの無い方は、御覧あれ! これから魅せるは衝撃の魔法、摩訶不思議の顕れ也や! 未熟な渡世を致す者。とは言え感心期待に合う演技であれば、釣り銭投げ銭を無下に断る必要も無し! まぁま御覧あれ!!」
頭を彷徨く小さな虫を振り払おうと頭部をぐるんぐるん揺らすも、大声に変化は無し。
演説も最後まで止まる事無く、恙無しに無事終了致せり。
さぁて実演販売の時間である。
「未熟な料理人とは私の事!! 外聞気にせず、羞恥も解らぬ田舎者故、摩訶不思議なゲテモノをば…作らせて頂きたく候う!」
「先ずは解説をばさせて頂く!!」
「肉を斬らせて骨を断つは昔のお話!! 今は肉も骨も全て丸ごと頂くがこの世の習わし也!」
「故に今時の料理人には道具が必要!! しかしなれどこの田舎者、そんな物を持たずに上京! 周りからは白い目の白眼だらけ!!」
「さぁさこの大物相手に田舎者はどう立ち向かうかが今日の目玉也!!」
「周りに観客!! 野次や座蒲団! 果てには弾幕!! 逃げる場所は何処にも無し!!」
「しかしながらもこの田舎者! 単なる田舎者では無い!!」
「さぁさ私の手には何も無し!! 我は小さき者! 故の手の可愛さ! 其処には健康的な指が。あ、一つ? 二つ? 三つ四つ五つと存在致す!!」
「包丁、刀に剣! 刃に鉋、鑿! 鋸、鍼、鑢に鎚等は何もありゃせぬは御覧の通り!! 其れこそ周知の事実也!!」
「摩訶不思議な実験は此処からが本番! 故に得と御覧あれ!! 既に得物は我の手の内に在り!! コトワリ持たぬ料理人! 刮目せよ!!」
「先ずは危険な部分を裂く作業! しかしながら危ない所にこそ、何かがある!! 虎穴に入らずんば虎児を得ず!! 能ある鷹は爪を隠すは今日の格言! 爪や牙は大事に遺し、次なる機会に遺すも良し!!」
「今回の獲物は余分な肉無し筋肉型の大型!! 大事な部分も大量販売!」
「脅威は早くに去るに越すことは無し!! 腕や手、脚に足は脅威の権化!」
「血肉を喰らい、血肉と致せ!! 骨も骨を骨と骨になされい!!」
「背骨こそ最大の難関! 図体を支える物は精神、肉に骨と根性!! 故に頑丈頑強強固に強力!!」
「五臓六腑に内臓逸物! 肉体を肉体足らしめる物が臓物!! 苦味旨味甘味に辛味に色んな思ひ出!!」
「田舎者には田舎者の理有り!! 郷に入れば郷に従え! 料理は完成、脅威は去り驚異で無くなる!!」
「血みどろに染まる地に伏せ頂け血肉!! 派手に如何や夢の国!!」
……フハァー……!
…やりきった…!
なんか途中からよく解んなくなったけど…気分は最高……!!
「……貴女、物凄く恥ずかしくなかった?」
「ぅおう!? 八雲さんじゃあらしぇんか!」
「…口調が直ってないわよ。それとも噛んだのかしら?」
「おっと、こりゃ失礼致しやした……ん、良し。それで何か用事? 式神はいつも通りお断りだよ」
「……まぁ、今はいいわ。たまたま妖怪をその場で『料理』する妖怪、を見つけて暇潰しに眺めてたのよ」
「…ふ~ん……」
「…ふ、ふーんって貴女…もうちょっと、その…さっきの調子は続かないのかしら?」
「…ムチャイウナヨ…ムリダヨ、モウ……」
「一体誰なのよ……」
ハイテンションで空腹を乗り越えられるかなと思ったけど……無理でした。
「…そういえば八雲さんの、その術? 能力? って移動とか物置に使ったりしてるよね?」
「能力よ。『境界を操る程度の能力』…まぁ、私はスキマと呼んでるわ」
だからなんでどうして『~程度の能力』なの?
境界を操るってそれもう『程度』っていうレベルを越えちゃってるから!
ていうかスキマって……スキマ、か…。
言われてみれば……スキマにしか見えないな…あれは。
…まぁ、いいや。どーでもいー。
「…頼みがあるんだけど…さ?」
「…? 何よ? 改まっちゃって」
「あ~……ご飯、おごってくれない? 人間以外でね」
「……」
…おおっと、笑顔が凍り付いた~!!
「…もしもーし?」
「……ほんと、妖怪らしくないわね…貴女は……」
…自覚してますよ、ええ…。
「どうせ貴女の事だし、しばらく人間を襲ったりもしてないのでしょう?」
「…ハハ、大当たり……」
「……はぁ~…ま、良いわよ? 一緒に幽香の家にでも行きましょう」
「あ、そこは幽香に頼るんだ…」
「なんで私が料理しなくちゃならないのよ。めんどくさい」
「……料理が出来るとモテますよ…」
21世紀の日本だけの兆候かも知れないけど。
「…誰に?」
「そりゃあ……料理の出来ない、大妖怪?」
「……良いヒトって何処かに居ないかしらね…」
「…ハハハ」
「ま、こんな話なんてしてないで幽香の家に行きましょうか」
「…いきなり行って、色々迷惑にならない?」
「もともと今日は幽香の所に行くつもりだったのよ。途中で貴女を見付けたのだけど、ね」
「ふぅん…」
「二名様、ご案内~♪」
「……ツアー?」
「『スキマツアー』よ♪」
「…なるほど」
不覚にも納得しちゃったよ、チクショー。
紫が扇子を縦に振り『スキマ』を開く。
外からスキマを見ると、何処と無く某錬金術師の『真理の扉』を彷彿と……いえ、なんでもないです。いきなり振り返らないで下さいよ八雲さん。
「何か変な気配を感じたのだけれど……?」
「…ちょっと、中身があれだなぁ……と、思いまして…」
目玉に何本も手がうにょうにょしてたら、そりゃあ……ねぇ?
「こんなのは慣れよ」
「…そりゃあ、その能力を持っている貴女からすりゃそうでしょうよ……」
「強制送還♪」
「いきなり足場に穴が!? でも浮けば無問題!!」
静止だけなら (物凄い頑張って) 浮けるんだぜ!!
「堕ちなさい♪」
「それ漢字ちゃううぅぅぅ……」
扇子で叩かれ落下中。
だから『静止するだけ』ならなのに……。
「着地成功!!」
「…代わりに地面がひび割れてるわよ?」
落ちてみると場所は幽香の自宅前。
……向日葵の上に落ちなくて良かった……。
前ちょっと、向日葵を折りかけたら物凄い怒られたからなぁ…くわばらくわばら。
「ん、能力の制御までおかしくなったかな?」
「……制御出来ない、ってどういう事よ?」
「お腹減ったからよ…この子は……」
「…ああ、納得ね」
「納得された!?」
そんな私って単純……だな…。
幽香にいつも見透かされてるからなぁ……。
ぐぅ……。
「……テへ」
「ハァ……ま、良いわ。早く入りなさい。詩菜も限界みたいだし」
「有難う御座います!!」
「お邪魔するわ♪」
「あ、詩菜は裏で身体洗ってきなさい。私の家を血だらけにしないで」
「……了解」
そういや料理したまんまでしたね。うふふ。
「「御馳走様♪」でした」
「御粗末様でした」
「いや~……こんなに食べたの久し振り」
「どんだけ食べていなかったのよ?」
「え~と…天魔の所を出てからずっと野宿だったから……二年弱位かな?」
年齢は……もう少しで40歳か?
つまり人間の時と合わせたら60前?
……ロリババァだな。うん。
まさか自分がなるとは……。
「それは…やり過ぎだわ」
「…うん。今回は自分でもかなり痛感して居ります…」
今度からは計画的に旅路を…!!
「……旅に出るのは止めないのね」
「一ヶ所に留まって何をしろと?」
「天魔とイチャイチャすれば良いんじゃないかしら?」
「ブッ!? ゴホッゲホッ! いきなり何を言うのさ!?」
思いっきり咳き込んだじゃないか!?
んがッ!! 鼻がっ…!!
「へぇ……貴女にもそういった話があるのね…紫、本当?」
「相手はかなりの本気よ?」
女子会!? 女子会のノリなの!?
ちくしょう! こんなキャッキャッウフフは男子の時に体験したかった!!
「なんでも詩菜ちゃんに勝負を吹っ掛けたら、良い感じになっちゃったのが切っ掛けだったそうよ」
「なんでそんな色々知ってるの!? ねぇ!? しかも細部が微妙に違うし!」
「え? 天魔本人から聞いたわよ?」
「てんまあぁー!!?」