風雲の如く   作:楠乃

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 ちゅうにびょうおつ。






妖精大戦争 ~ Perverseness A

 

 

 

 中ボスだぜ的なノリで戦ったら、案外あっさり終わっちゃった、今日この頃。

 いや~、まさか『緋色玉』三発で終わるとは思わなかったよ。

 

 『花と散りな!!』とか格好良く決めちゃったのにね。

 単純計算で、一人に付き一発爆弾をぶち込んで終わった訳ですよ。あっさりし過ぎでしょ。いや、そもそも妖精相手に使う技じゃないなこれ。

 

 さらば三妖精。すまないが名前は覚えられなかった。星に関係しているのは覚えているけど。

 

 

 

「さて、よっ! ほっ!」

 

 何だかいつの間にか、妖精達の弾幕を避けるのを苦に感じなくなった所で、原点回帰をしてみよう。

 まぁ、さっきの戦闘で思い出しただけだけど、思い出してちゃんと覚えておこう。

 

 元々、私がこの『霧の湖』に来たのは、そもそもチルノや大妖精、妖精ちゃんと逢う為だったはずだ。

 それが異変みたいな妖精達の奇襲で、あやふやになって、忘れちゃった訳だチクショウ。

 いや、まぁ、私が異変だからってテンションが上がり過ぎたのも要因だとは思うけどね……。

 

 

 

 そんな事をつらつらと考えつつ、地面を蹴って砂や石ころ、砂利を弾丸のように撃ち出して、次々と妖精を倒していく。

 

 また新たに出てきた妖精が横一列に並び、ナイフを私に向かって撃ってきた。

 それが脇腹に掠める形で横に避けると、今更ながらナイフが一列に並んでいるのに気が付く。

 

 ……ん? 空中で止まっている?

 

 あれ、なんだろう。何処かのメイドの弾幕が物凄いデジャヴってる……。

 

 

 

「……!!」

「うわっ!?」

 

 妖精の号令と共に、私と妖精を繋ぐ糸のように並んでいたナイフが二つに分裂し、左右へと飛んできた。

 真横にいた私は上手い事身体を捻り、何とかして避けたが……危ないなぁ、もう。

 

「さっさと異変の主催者に逢いたいもんだねェ、っと!」

「……。……!!」

「あ~、うっとおしい」

 

 

 

 ……ん? そういや、随分と簡単な方法があったじゃん。

 人間に近い姿を持つ妖精を殺さず、倒さず、目的地まで簡単に辿り着ける方法。

 

「『緋色玉』!!」

「「!?」」

 

 足裏で緋色玉を連鎖爆発させ、一挙に妖精達の間を抜けていく。

 全ての風景が水のように溶け、私の後方に流れていく。

 

 まぁ、こういうのはさっさと逃げれば良かったんだよね。あー、バカバカしい。

 変なテンションになっちゃってまぁ、私も何したいんだか……いや。

 

 何をしたいのかは、初めから決まってるんだけど、ね。

 

 

 

 さて……異変解決と行こうじゃないの。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妖精の大群に突っ込み、確実に気温が下がっていく方へと向かった。

 私の目の前には、氷に覆われて氷山が乱立している湖。

 それはブリザードでも起きたかのような吹雪の中、堂々と氷山の頂点に立っている、とある妖精が起こした物。

 背中をこちらに見せて腕を組んでいる姿はまさにカリスマ。

 

 だけどそんな空気を読まないそんな私。空気詠み人知らず。なんつってね。

 

 

 

「やっ、チルノ。久し振り」

「……今まで何処に行ってたのよ」

 

 お、覚えててくれた。

 てっきり数百年逢ってない相手を忘れているかと思っていたけど……そこは失礼な考えだったようだ。猛省猛省。

 

「いやはや、何分この身体は妖怪の身ではあるのですけれども色々と未熟な部分もあると感じ、全国を周って修行とやらをしておりました」

「嘘でしょ。やけに不自然だし」

「まぁね」

 

 流石は自然の権化の妖精というか何というか。

 嘘を見抜くと言うか何と言うか……前はこんな見抜かれしなかったけどなぁ。

 

「でも、つい最近帰ってきたのは本当だよ?」

「ふぅん? 天狗の新聞によると、去年の夏に帰ってきたみたいだけど」

 

 おのれ文。何をしてくれているんだチクショウ。

 レミリアの事件に引き続き、こんな所まで爆弾を落とすかアイツ。あとでとっちめてやゆ。

 

「い、色々あったんだって!」

「……ま、良いけどさ」

 

 

 

 というか……、

 やっぱり何だかやけにチルノが大人しいような……?

 

 

 

「あたいさ、ここ最近ずっと『戦争』をしていたんだ」

「へぇ? 誰と?」

「あたいに喧嘩を売ってきた三妖精と、その後に魔理沙と……天狗には逃げられちゃったけど、ついこないだ戦ったのよ」

「ほ~う」

 

 なるほど……文が言っていた『人間に向かわせた』の人間は魔理沙だったのかな?

 三妖精と戦った後、文に勝負しようと求めたけども跳ね除けられて、そして魔理沙と戦った、と。

 

「それで?」

「……でも、魔理沙やあの天狗はいつもあたい達を見縊(みくび)ってるんだ。天狗は見下してるし、魔理沙だって本気でぶつかってこなかった」

「ふむふむ」

「それをずっと考えていたらさ、昔逢ったアンタの事を思い出したの」

「ふむふ……え?」

 

 何で?

 何故に?

 Why? なぜ?

 

「……あの時はライバルだなんて言ったけど、妖精らしい変な事を言っちゃったよね。あたいも」

「???」

 

 あ……れ……? チルノが……なんか……賢くなってない?

 いや、賢いって言ったら元がアホの子って言っているみたいだからおかしっちゃあおかしいけど……。

 どうした、何か変なキノコでも食べた?

 

「でも、アンタはあたし達を妖精だからって馬鹿にしたりはせずに、一個人として扱ってくれた」

「……そりゃあねぇ」

 

 わたしゃ差別は嫌いだからね。分別とかなら良いけど。

 

 さて……何だかようやく展開が読めて来たかな……?

 

「だから、私と戦って」

「……」

 

 ごめん、やっぱり分かんない。

 

 どうしてこうなった。

 脳裏にナンテコッタイのAAがオワタのAAに変わっていく映像が何故か流れていく。

 

 いや……まぁ、そんなふざけた考えは何処かに置いといて……。

 

「……まぁ、別に良いけどさ。私は空も飛べないし、弾幕も上手く撃てないよ?」

「いいよ。真面目にぶつかってきてくれれば、それであたしは満足だから」

「……ふぅん? ……良いのね?」

「うん」

 

 

 

 チルノがようやくこちらへと振り向き、こちらへ────私へと向き直った。

 

 ……赤い眼。昔のような青い眼じゃない。妖怪に近い眼の色。

 

「……やれやれ、異変で力が増えすぎちゃったのかしらね。まぁ、別にどうでもいいけどね」

「……」

「そこまでして来るのなら、私もそれ相応の力で返すよ? これから先は弾幕ごっこじゃなくなるだろうね」

「うん。平気」

「そう……そうかい」

 

 それならここからは、妖怪同士の至極真っ当な戦争だ。

 やれやれ、異変解決どころの話じゃないなぁ、こりゃ。

 

 

 

 ……まぁ……それを若干楽しいって考えている私も、まだ狂気側に引っ張られていたり、異変の影響に当てられていたりするのかしらね。

 

「なら、私もちゃんと状態で戦わないとね」

 

 左腕で右腕を掴む。触られているという事だけしか分からない擬似的な感覚を、ある筈のない右肩の先から感じる。

 そのままスイッチを押しながら腕を回してカチリ、という音を鳴らし、腕を引っこ抜く。

 

「……腕、無くなったの?」

「ちょいとね。今は再生中なのよ」

 

 引き抜いた腕を開いたスキマに投げ込み、スキマを閉じる。今頃私の寝室に落ちている筈だ。

 ……まぁ、いきなり落ちてきた腕を見て、彩目とかが何かしらの異常事態だと気付くかもしれないけど、どうでもいいや。どうせまだ寝ているだろう。

 

 

 

 自然には、自然で対応しないとね。

 

 嘘は、人生を彩る装飾のようなもの。

 たまには、嘘偽り無く全力を出すってのも、良いものじゃない?

 

「……うし、行くよ!」

「それはこっちの台詞よ!!」

 

 

 

 叫ぶと同時に、吹雪が一層激しくなる。

 チルノの冷気と、私の衝撃が一緒くたになった影響だろう。

 風は吹き荒れ、飛んできた樹の枝や石が氷山に当たり、それらが更に凍ってぶつかって……まるで宇宙の小惑星群のような、そんな状態になっている。

 あんな人ぐらいの大きさの物も浮いて飛ばされるような風が吹いているというのに、私は風の影響を受けないから良いとして、チルノは普通に氷山の頂点に立っている。

 

 ……それだけ、彼女の実力は上がっているって言う事だ。

 

 まぁ、何にせよ、私は弾幕の撃てない体質。近付いてボコボコにするのが私の流儀だ。

 地面を蹴り、彼女の放つ弾幕は全て避けきって、一気にチルノの立つ氷山へと肉薄し、左拳を握る。

 

「がっ!?」

「……殴られたら一発で終わるからね。そんな事はさせないよ」

 

 が、氷山を蹴り上がろうとした瞬間に、接地した足先が凍り、私の身体を固定してしまった。

 まずい、これじゃあ私の機動力を活かせれない。

 ……それに、動かないと、このブリザードの中じゃあ体力がどんどん削られる。

 

「チッ!!」

 

 つい舌打ちをしながら、衝撃で足元の氷を削っていく。小型竜巻が氷をガリガリと削っていく間にも、チルノは何もなかったかのように弾幕を私に向かって撃っている。

 

 氷柱(つらら)のような弾幕が水平に飛ぶ様は、何だかおかしいように感じなくもない。けれどもそんな観察をしている間にも、彼女の手や並行に浮かんでいる魔法陣から氷柱が発射されている。

 上体だけを傾ける事で何とか弾幕を躱し、体勢をズラしても避けれないと判断したものは鎌鼬の爪や衝撃刃で切り刻む。

 下駄がいきなり凍った事から、直に触れるのは危険過ぎると判断。拳で殴るとかそういった感じの応戦の仕方はしない……そっちの方が楽なんだけどね。

 

 ザリザリと氷が削られる音が鳴り止み、足が解放された瞬間に一気に後退。まだ安全っぽい草原へ降り立つ。

 幸運だったのは、凍っていくスピードよりも私の竜巻の削りの方が早いって事。それがなかったらあの場で終わっていた。

 

「……やれやれ。近付かせてくれない、って訳?」

「それが一番アンタに効果的だと思った」

「……まぁ、外れてはない」

 

 一応、遠距離攻撃も出来るのよ? 威力がおかしいけどね。さっきみたいに。

 

 空間を圧縮し、緋色玉を作る。

 それだけの作業に時間は掛からない。ものの一秒で出来る。邪魔はされない。

 

「喰らいなッ!」

「……」

 

 BB弾よりも更に小さく、埃のような玉を親指で弾き、チルノへと発射する。

 手元で見てもいまいち実感すら持てない緋色玉をチルノは────

 

 吹雪が急激に強くなった、その一瞬。

 パキンッ!

 

 ────辺り一帯を全て凍らせて、防御した。

 

 私の緋色玉は全く持って爆発する様子はない。

 んなバカな。緋色玉に掛かってた封印とか術式とかを丸ごと、更に封印したのか。んなバカな。

 

「《パーフェクトフリーズ》、()(こお)れ」

「……全く、格好良いッたらありゃしないなッ!!」

「おっと」

 

 チルノの決め台詞にちょっと鳥肌が立ちつつ、衝撃刃を飛ばす。

 かなりの高速で彼女に飛んでいく筈なんだけど……途中の冷気でか、それとも吹雪いているせいか、威力がどんどんなくなっていき、チルノの所に到達する頃には単なる風になっちゃっている。ありえん。

 打撃も駄目、緋色玉も駄目……後は何がある……?

 

 

 

 大型竜巻を起こしてみる。

 竜巻に煽られ、そこらの石や木の枝、巻き込まれた妖精が辺りに吹き荒れる。あ、空中で全部凍るのか。恐ろしいなおい。

 それに呼応するように、チルノから発生する冷気もどんどん強くなっていき、氷山は更に大きくなりつつある。

 

「行けッ!!」

 

 凍り付いた地面を蹴り、土を弾幕としてみる。

 けどそれらも凍り付いていたからか、チルノの能力でいきなり溶けたり氷が巨大化したりして、半分も飛ばない内に地面に落ちる。

 

 ……あれ? 八方塞がり?

 

「……なんだ、こんなものだったのアンタ?」

「五月蠅いな。今は起死回生のアイデアを練ってるんだから」

 

 ……何がある? いやホントまじで。

 《ベクターキャノン》……発射までに凍らされるのが眼に見えてる。

 《スキマ》、時間が掛かり過ぎる。それにこの惨状を見て紫とかが動きそうだからダメ。

 

 そんな考えをしている間にも、当然弾幕は飛んできている。

 氷柱などは風で操り返してチルノに反射させているけど、当然のように効果は薄く殆どが途中で溶かされてしまう。まだ蹴り飛ばした土や石の方がまだ効果がありそうだ。

 

 う~ん……いっちょやってみます? 『彼』の家にあった本で思い付いただけで、まだ実践した事はないけど……。

 ハァ、と深呼吸し、冷たい吹雪の中、白い息があっと言う間に流され消えていく。

 

「【君は】【氷を】【生み出せない】」

 

 パァンッ!!

 

「えっ!? くっ!」

 

 私が呟いた瞬間に、チルノの足元にあった氷山が一気に砕け散る。

 それと同時に雪も収まり、ただ暴風雨の天気となった。まだ吹雪の時よりかは視界が開けた。

 

 足元が崩れていき、遂に立てなくなる程に砕けて湖へと沈んでいくと、チルノは中に浮いた。

 ……まぁ、能力が使えなくなっても、空は飛べるか。

 

「さぁ、これで能力は封じた。近付かせてもらうよ!!」

「ッッ!!」

 

 霜だらけになっていた地面はどんどん溶け始めていたので、躊躇なくそれを蹴り飛ばす。

 

 弾丸のように飛んで行った石飛礫を、チルノは空を飛んで避けているが、散弾銃のように飛んできている弾の全てを避けきれる筈がない。

 ……霊夢とか魔理沙なら出来そうな気もしないでもない。実際に魔理沙は避けてた。あり得ん。

 

 たまたま蹴ったこぶし大位の大きさの石が猛烈な勢いでチルノに当たり、両腕のガードを吹き飛ばす。

 その勢いで体勢を崩し、草原に叩き落される。

 

「痛っ!?」

「貰ったッ!!」

 

 そんなチャンスを逃す訳もなく、一気に近付いてそのまま頭部を蹴り抜く……!!

 

 

 

 ……でもって、こういう時は大抵失敗するのが私クオリティ。あれ? 何だろう、泣けてきた。

 

 チルノの側頭部目掛けて放った私の右脚は、チルノの左腕でガードされ、更には触れて凍り付いた状態で止まってしまった。

 あ~……やっぱ能力を使うのが既に条件反射となっている奴には効果が薄いかぁ……。

 

「……っ!?」

「おっとォ」

 

 自分が普通に能力を使えている状況にチルノが驚いている間に、チルノの腕と私の脚を繋いでいた氷と切り裂き、一気に離れる。

 能力が使える事に気付かれた以上、もう二度と近付けない。

 氷が地味に肌を傷付けていく。もう身体のあちこちは凍傷間違いなしだろうね。

 

「……何をしたの?」

「ちょっとした催眠術。名付けるなら……『偽典・統一言語』って感じかな?」

 

 厨二乙! なネーミングセンスだと我ながら思いつつ、意見もなしに飛んできた氷を避けていく。

 要は、単純な詐欺である。私の『言葉』に衝撃を受けて、『本当にそうなのだろう』と考えてしまって、実力が出せなくなるだけ。

 氷山は単に地面と湖に衝撃を伝わらせて内から砕いたって言う単純な(?)話。

 まぁ、もう彼女に掛けていた『氷の生成を不可能とする』封印はもう無効化されてしまった。

 その所為でさっきまで土砂降りだった雨は雪へと変わり、また視界が悪くなってきた。

 

 ん~……それにしても……案外使えるね、これ。

 ある意味、洗脳? ……そう考えるとあまり使いたくなくなってくるな……まぁ、今はどうでもいいけど。

 

「【君は】【空を】【飛べない】【飛ばない】」

「グゥッ!?」

 

 私の言霊により、チルノの氷のような六枚羽に罅が入り、地上にゆっくりと落ちてくる。

 ……まぁ、本当に単純なプラシーボ効果で、思い込みなんだけどね。衝撃を受けて信じちゃうっていう。羽にヒビが入るのも、もしかしたら自分自身でやっているかも、ってぐらいなんだけど。

 

 地上に落ちてきた所を、扇子を構えて突っ込み、至近距離で衝撃刃を撃ち込む。

 

 扇子を振りかぶり、勢い良く叩きつけるも何層もの氷の壁でほとんど衝撃が逃された。いつの間にそんな幽香の根っこバリアーみたいなのを覚えたんですかチルノさん。

 

 ついでとばかりに、氷の壁の向こうにいるチルノが右手をグッと握ると、壁に触れていた扇子が凍らされて砕かれた。

 ついでに私の指も凍って罅割れが走る。地味に痛い。ていうか痛い。結構痛い。

 そんな事をされて、というか至近距離でそんな事をされて呆然としている暇もない。即座に下がって体勢を整える。

 

「あ~あ……お気に入りの扇子だったのに」

「残念そうに聞こえないけどねッ!」

「いやぁ、普通に落ち込んでるよ? ただそんな隙は作ってあげないもんね」

 

 再度地面を踏みしめ、彼女の何十もの氷の壁の層を内側から衝撃で破壊する。

 ついでとばかりにチルノ自身も空中に打ち上げてやったら、今度は空中で氷塊を作って綺麗に乗った。氷なら何でも操作出来るのかい。空中に氷を浮かべてそれに乗るとは。

 

 流石に空中に留まられると困る。物理的に衝撃を届かせれない。

 砕かれた扇子と氷を竜巻で集め、大体固まったらそれを緋色玉で射出する。

 チルノの氷に包まれて、この気候の影響もあってかなりの硬さとなったその弾幕がチルノへ恐るべき速度で飛んでいく。

 

「チッ!!」

「……でも流石に、弾幕ごっこじゃあ勝てないかな~」

 

 空間圧縮で撃ち出された弾幕は、音速に近い筈なのに、ギリギリで躱される。

 ……まぁ、これでギリギリじゃなかったら、寧ろ勝てないって降参するけどね。

 

 とんでもない勢いで射出された破片は、彼女の二の腕を切り裂いて後ろへ通り過ぎ、先程創り出された氷塊には撃ち出した扇子の一つが当たって粉々にしてくれた。

 破片の威力は、破片自体に反射が付与されているからそれこそまたとんでもない威力へと急上昇している。

 

 空中から引きずり下ろせたものの、今度は砕かれた氷の塊が彼女の周囲を周って防御している。

 隙を作りはしなかった、か。残念。

 ……もっと近くまで行けれれば、驚くっていう衝撃を操れるんだけどね……些か、彼女に触れていきなり氷結粉砕されるのが怖い。

 

 

 

 また新たに扇子を取り出す。今度は後ろの帯から。これが今持ち歩いている最後の扇子。一番のお気に入りだ。正直に言えばあまり使いたくはない。

 指が痛いだなんて事も言ってられない。そんな泣き言は相手に失礼だし、今はたった一つしかない腕だ。使わないとヤバイ。

 遠過ぎず、近過ぎず、適度な中距離まで近付いて扇子を振るう。

 

「くっ……!」

「ほらほら、逃げないとどんどん削られちゃうよ?」

 

 チルノは未だに空を飛べないらしく、衝撃刃から逃げる時にジャンプしているが、それでも受けずに着地してしまう。

 その内諦めたのか、氷を手に集め……氷剣のような物を作り出し、衝撃刃をガードしている。

 

 年月さえあれば強大な一枚岩すら削る衝撃、風化作用。しかもそれを意図して作ったものだから氷なんて簡単に切断出来る。

 ……と、思っていたけど……どうやら手元にある氷は異常な程の強度を持っているらしく、こちらが放つ衝撃刃が分断されている程だ。

 

「アイスブランドって奴?」

「さぁねッ!!」

「あっそう。《心技『ザムクレート』》!!」

 

 スペルカード宣言をし、私の周りに眼に見えてしまう程の風が集まる。

 悪く言えば見た目輪切りにした胡瓜が、私の周りに15個、浮かんでいる。

 

 だけどもこれも見た目に反して、ほぼ何でも切り裂ける程の威力がある。

 ……大分昔に萃香の角をちょっと斬っちゃった事があって、あの時は酷かったなぁ……。

 

 ……って、回想なんてしてる暇はないか。

 

 

 

 スペカ宣言をすると、相手に『遊びのつもりか?』とか誤解を招くかもしれない。

 そんなつもりは毛頭ない。これはただ単純に私が宣言する事で私の自己意識を高める、いわば術の詠唱だ。

 

「行けッ!!」

「喰らっちゃえ!!」

 

 私の言葉と共に、ビュンビュン唸る風の刃が、チルノの下へと殺到する。

 チルノもまた私の言葉と同時に、何十もの氷柱を無数に作り出して、私へ向かって発射し始める。

 

 15の内、3つが先行して先頭集団の氷柱を唐竹割りのように真っ二つにする。

 残り12の内、2つがまだガラスの破片のように危ない氷の断片を更に粉々にしていく。残り10。

 残り3分の2。でも今のでほとんどの氷柱が砕け散っている。

 

「くっ……!! 《氷塊『グレートクラッシャー』》!!」

「スペルカード? 別に本気ならチルノは宣言しなくても、って……」

 

 彼女がスペルカード宣言した途端に、チルノの所へ一挙に冷気が集まり、巨大な、それこそ文字通りの『氷塊』を作り出した。

 チルノが一気に近付いてくる。まだ飛べないようで走って持ってきているけど。

 

 ……まさかそれで殴る気?

 

「……私に物理は効かないって、忘れたの?」

「アンタこそ忘れてない? これは『弾幕』よ。それに、氷に触れたらどうなるか、アンタも実感したでしょ?」

「ッそういう事!?」

 

 地面を踏み締め、また握り拳位の大きさの石を真上に蹴り上げ、左手でチルノへと押し出す。

 押し出すと言っても、それは勿論の事衝撃で撃ち出した。と言った方が正しいのだろうけど……まぁ、どうでもいい。

 

 問題は、その石には『物理反射』の効果が付与してあるって事。

 狙い違わず、氷塊に剛速球の石は命中し、

 

 そして氷塊には、ちょっとした罅が入るだけで弾き飛ばされ、何事もなかったかのように私へとチルノは迫ってくる。

 

「おいおい、マジですか……」

「喰らえぇ!!」

「チッ!! がっ!?」

 

 必死に後ろへと下がろうとして、直後に脚がまた氷漬けになっている事に気付く。

 足元を見てそれを確認し、再度前を見た時には既にチルノは目の前に居た。

 

 もう確実に避けられない。

 

「ッいつの間に!?」

「スペルカード中も気は抜かない。弾幕ごっこの常識よ!!」

「くっ!? ならッ、応戦するまで!!」

 

 残った全てのザムクレートを全て氷塊へと迎え撃つ。

 

 全てを切り刻むその風の刃は、氷塊に先程の石よりも確実にダメージを与えていく。

 けれどもその攻撃力故に、刃が全て貫通してしまい、氷塊を分断するだけに終わっていく。割れて割れて、そしていびつにくっついていく。まずい。余計に避けにくく範囲が広がった……!

 

 視界の端では、既にチルノは氷塊から離れて、風の刃から逃げている。

 攻撃してきてない様子を見るに、もう終わったかとすら考えていそうだ。ナメてくれる。

 

 全ての風の刃が消え、その直後に分断された氷塊が私へと落ちてくる。

 まだ脚は氷漬けのままで急いで竜巻で削っているけど、もう間に合いそうもない。

 

「くううっ!!」

 

 隕石のように落ちてくる氷塊を何とか衝撃や打撃で回避していく。

 左手は氷塊に触れた瞬間に、体温が一気に奪われたかのように痺れる。実際に割れた部分が再度凍っていくのが見える。

 それでも身体に直接当たった時よりかは、この痺れのダメージも少ない筈。

 

 そうやって何とか凌ぎ切った。飛んで来る氷塊はもうない。

 息は既に荒く、肩で息をしつつチルノを睨みつけようとした。

 

「……詩菜も詰めが甘いね」

「がああっ!?」

 

 私は私に命中する軌道を描いていた氷塊だけを迎撃した。

 なのにダメージを受けた。全身から体温が逃げていく。寒い。痛い。

 

 ……それも、足元から……ッ!?

 

「なっ!?」

 

 足元を見ると、先程までは足首まで覆っていた氷が、今は着物の裾を超えて膝まで凍り付いていた。

 ていうか、地面そのものが凍り付いている!? さっきまでは霜ぐらいしかなかったのに……ッ。

 

「この環境は、あたいにとって有利に働く、それを忘れたのがアンタの敗因よ」

 

 ……分断された氷塊は触れた物を凍らせてしまう力まであった。

 殴ったら拳が凍るのは分かっていたけど……まさか地面も凍り付かせれるとは。

 

 周囲には私に命中しない軌道を描いてそのまま地面に落下した氷塊が5~6はある。

 その全てから強烈な冷気が出ていて、それが地面を凍らし、私の脚までも、全身をも凍らせていく。

 

「ああああッ!!」

 

 反射的に巨大な竜巻を作り出し、私を中心に何もかもが宙に浮き始める。

 氷塊がミキサーにでも掛けられるかのようにガリガリと削れ、かくいう私も肌に引っ掻き傷が出来ていく。風や氷が肌や服を傷付け抉っていく。

 

 

 

 咄嗟に、無意識で出した条件反射の防衛だったからか、その間の記憶がぼんやりとしていてまるで覚えていない。

 ただ思いっ切り叫んでいたのは覚えている。息継ぎもせず、肺の中にあった空気を竜巻へ百%還元して変換していたような気も、する。

 

 

 

 バシュッ!!

 

 竜巻が消え去り、辺りの吹雪はようやく弱くなっていった。

 天気は風が弱まり、大きな雪が降っている……はっ、正しく今の戦況を表しているね。

 

 チルノは……と顔を上げると、十メートルぐらい先に『浮いていた』。羽を動かし、飛んでいた。

 ……そっか、その催眠術も解けちゃったか。

 

「……アンタの負けよ」

「……」

 

 確かに、この惨状を見ればそうだろう。

 

 チルノは所々に切り傷があるけども、至って正常。

 私は全身凍傷だらけ。おまけに妖力も底を尽きかけている。

 

 ……でも、

 

 

 

「私は誰かの手によって諦めたりはしない……諦めるのは、自分からだよ」

「……途中まで格好良かったのにね」

「ふふ、私はいつまで経っても捻くれ者なのさ……」

「……どうやってその状態で勝とうと言うの? 私と違って、アンタはそれ以上やると死ぬよ? 妖怪」

 

 ……チルノの言う通り、私は確かにもう満身創痍だ。

 

 

 

 でも、満身創痍だからこそ、出来るものもある。

 それこそ文字通り、火事場の馬鹿力。

 

 

 

「……? ッッ!?」

 

 身体の内側から、今まで抑えていた神力を出す。

 代わりに妖力が完全に尽き、今の私は神様となっている。

 ……ま、今からやるのは、神様と言うか何と言うか……何処か高次元の存在って感じかねぇ、アレは。

 

 ……というか、ようやく真正面からチルノの驚いた顔を見れたというか何というか……。

 

 

 

 さて……と、

 袂からカードを取り出す。無論それは『スペルカード』だ。

 

「……卑怯だとは思うけども、速攻で終わらせるよ」

「……またスペルカード?」

 

 何だか物凄く呆れた顔というか……がっかりしたような顔をするチルノ。

 ……ふふ、その余裕も今の内さ。

 

「これを舐めちゃあいけないよ? ルール破り上等の、最後の非公式スペルカードさ」

 

 そんじょそこらの『普通のスペルカード』とは一味違う。おんなじにして貰っちゃあ、困るよ?

 

 カードに力を通す。カードは真っ赤に染まり、それから粒子状になって溶けていった。

 溶けていった粒子は、私の全身にまとわりつき、吸収されていく。

 

 さて……このラストワードでどこま、でいけるかな……?

 

 

 

 

 

 

「っ……ぁ?」

 

 な、んだ?

 ……あ、れ? 魔理沙の、時は……こんな虚脱感、なかった……筈なのに……。

 

 て……か……寧ろ、いし、き……? ……──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 彼女は困惑していた。

 

 詩菜が『最後のスペルカード』を使った後に、急に意識が遠くなったのか、ふらついて倒れてしまった。

 それも演出の一つかと思って観察していたが、眼を閉じる直前までこちらを見ていた顔は驚くような表情になっていた。

 彼女に想定外の事が起きたのか、それともスペルカードが発動する際の力が根本的に足りなかったのか? 力が足りなくて気絶したのか?

 いや、彼女の手にあったカードは確かに発動していたのが見えた。その力が詩菜の体に還っていくのも見えた。

 

 まだ、彼女の技は続いている。

 そう気付いた瞬間、風が彼女の倒れている場所に集まってきた。

 

 

 

 風、というよりも、何か力が集まってきている。

 未だに吹雪いているこの湖のほとりから、風が詩菜の周囲に集まって竜巻のようになっている。

 辺りから何か色の付いた物を識別して持ってきているのか、単なる風の集まりだったのがだんだんと赤黒く染まっていく。

 その内、詩菜の体から妖力や神力が目に見えて、その竜巻に吸い取られていくのが見え始めた。

 

「……詩菜?」

 

 その光景は、どう見ても、彼女の力が『何か(竜巻)』に奪われているようにしか見えなくて、

 つい、声を掛けてしまった。

 

「──────莫迦だな」

 

 今、聴こえた声は、彼女の声なのか?

 

 今、目の前で浮かんでいる竜巻が、喋ったのか?

 

 

 

 倒れている彼女には、一切の動きがない。

 少しだけ見える目蓋も動いた様子もなく、同じく声を出した様子もない。それどころか息をしていないかのようにも見える。

 

 けれども、今の声は彼女の声の筈だ。幻聴かもしれないが、今この場にチルノ以外に喋れる者は居ない。

 

 

 

「こいつは本物の莫迦だ。『秘めたる潜在能力を発動』って技を真似たんだから、意識が薄い状態でそんな事をやればどうなるか、予想出来ただろ」

 

 やはり、声は詩菜の上にある竜巻から聴こえる。

 吹雪の中で、その竜巻は赤黒く渦巻いていてとても目立っている。

 

 声は……その竜巻の中から聴こえて来ている。

 詩菜のようで、詩菜のような喋り方でない、謎の声。

 

「……アンタ、誰?」

「オレ? オレは私。『彼』でなく、『私』でもなくオレ。オレは私。だが私じゃない」

 

 そんな良く分からない事を言った後に、竜巻が一気に晴れた。

 

 晴れた先に、これまた風が渦巻いている。蠢く風の表面には、先程吸い取った色が混じっている。

 モザイクが掛かったように蠢く色のついた表面は、そこで倒れている詩菜の姿そのままだった。

 顔の部分は肌色の何かが蠢いているだけでのっぺらぼうに近い。髪もそれほど模倣するつもりはないのか黒い髪だと判断出来るだけで、動きや風で動いたりしていない。着物も紺色は真似ているがやはり表面だけという感じで、偽物や人形といった雰囲気を受ける。

 

 風が、詩菜を模したような人形のように、動いている。

 これが……詩菜の言う『最後のスペルカード』?

 

 

 

「潜在的なモノを呼び起こす。まぁ、こいつは分身という点だけを重視したから忘れたが、元は内に在るモノを発現させるって技だ──────だから、オレという願望が表に出てしまう」

「……なに? 詩菜を乗っ取ったって訳?」

「そうじゃない。元からあるモノが外に出ただけだ。キッカケがなければ、ありえない事だったんだけどな」

 

 周囲で荒れ狂っていた風もいつの間にか収まり、今の天候はチルノの冷気で雪が降っているだけとなっている。

 その中で、人型の竜巻が倒れている詩菜の前に立って、彼女を守るようにチルノの前に立っている。

 

「莫迦な奴だ。だが拠り所なのは間違いない」

「……私と戦う気?」

「私からの依頼(命令)だしな。断る理由もない」

 

 

 

 そう答えて、ザッザッとチルノに向かって歩き始めた。

 地面は雪が積もっていたり凍っていたりしている部分も多い。不安定な地面に対して、風は足音もなく跡を残す事もなく、歩いている。歩いているように見せている。

 

 気が付けば、風が吹いている。

 彼女と共に歩んでいるかのように、風が向かいから吹いてきている。

 

 それが、理由もなく、恐ろしく感じる。

 

 

 

「『凡てのモノには綻びがある。それはつまり何物にも何事にも死があるという事』」

「ッ!」

 

 彼女の右腕が地面と平行に、真横にまっすぐ伸びた。

 本体には無い右腕の先に、これまた赤黒い風が周囲から集まってきた

 

 何か、してくる。

 詩菜の体から奪った力で何かしているのか、辺りが力で圧されていく。

 

 

 

「『始まりがあるのなら終わりがあるのも当然。

  死があるって事は、寿命があるという事。

  寿命とは、生から死までの一つの流れ』」

「くっ、つっ……!」

 

 詠唱にも似たような、辺りの状況にそぐわない歌うような喋り方に、ついチルノが氷柱の弾幕を彼女に向かって撃った。

 彼女は避ける素振りを全く見せず、それどころか氷柱は身体をすり抜けていった。

 

 弾幕が通用しない。詩菜の鎌鼬状態なら抉り取られる筈なのに。表面を取り繕っている色素は凍っているのに、本体には何らダメージを与えていない。

 それどころか、彼女は攻撃が通用しない事に驚いているチルノを見て、微笑を浮かべた。

 

 

 

「オレの身体はさ、風と粒子の属性をとても強く引き継いでいるんだ。妖精によく似た特別製でさ。だから────こんな事も今だけなら出来る」

 

 言葉と共に、今度は左腕が上がる。これまた赤黒い風がその先にも集まってきている。

 そして腕が挙げられると同時に、辺りが真っ暗になる。

 

 辺りが急に暗くなった事に驚き、チルノはすぐさま上を見た。

 視界に入ってきたのは、自分達を閉じ込める、とても大きな、風の檻。

 

「いつの間に!?」

「おまえが気付かない内にさ」

 

 

 

「『凡てのモノには、流れがある。静止しているモノなんてない』」

 

 彼女が宣言すると同時に、両手の先にある赤黒い風の玉が大きくなる。

 それはどんどんと大きくなり、彼女よりも大きくなってもまだ止まらない。

 

 歩くスピードは遅くとも、長く歩けば目的地には辿り着ける。

 もう彼女は、チルノの前に、すぐそばまで来ていた。

 

「な……ッ!?」

「さ、前回出来なかった事だ。邪魔は入らない──────行くぜ?」

 

 そう笑う彼女を見て、チルノは反射的に後ろへ飛んだ。

 だが、背後にも風の檻がある。逃げられない。

 

 

 

「踊れ、『万物流転』」

 

 

 

 急激に、風の檻が狭くなった。

 いや、風の動きを察するに、檻の中が圧縮された。と言った感じだ。

 

 両手の先にあった赤黒い暴風は、いつの間にやら彼女自身も巻き込んで大きくなっている。

 もう詩菜でない彼女の姿は見えない。本物の詩菜に至っては風で少しずつ動いている。このままだと風に乗って吹き飛んでいきそうだ。

 だが、そんな心配をしている余裕はない。アイツを助ける暇なんて無い。

 

 前門の虎、後門の狼。ならぬ、前門の紅、後門の黒。

 どうしようもなく、逃げ場がない。

 

「っ……本当にッ、むっかしから卑怯すぎるのよアンタは!!」

 

 自身を氷で防御する。

 何mもの氷の層で自分自身を取り囲み、全てから身を守ろうとする。

 更に内側から常時能力を働かせ、内部から氷を常に強化していく。

 

 それでも妖精特有の勘か、脅威から鳥肌が立ってくる。

 

「『この世の全てのモノは、常に居場所を変えて、流れ移り変わっていく。

  この世に在るあらゆるモノは、絶え間なく変化していく。例外は許さない』」

 

 何処からとも無く、声が響く。

 声は何処から聴こえて来ているのか。

 この迫ってきている風の檻そのものか。

 ──それともチルノを包む氷の塊を削る赤黒い風の中からか。

 ──────はたまた荒れ狂う風の中でただ振り回されている詩菜の身体からか。

 

「『いかなるモノでも行き着く先は、絶対の終わりだ』」

 

「終わらせよう。何もかも時代に取り残されて、風化して終われ」

 

 そして、何もかもが見えなくなった。

 まだ守ってくれている氷の外では、何もかもが見えない。

 ノイズのように、霧が出ているかのように、布で抑えられているかのように、目蓋を閉じているかのように、何も見えない。

 

 必死で能力を展開して、氷の防御を後押しする。

 けれども、そうして操作しているからこそ分かる。どうしようもない。

 氷が削れていく感覚が分かる。自分が立っている地面がじわりと抉られて行くのが分かる。圧縮されているのかだんだんと潰されるような感覚がある。

 

「アンタ……ッ、卑怯、よ……!」

 

 そう最後に呟いて、風の檻の中から氷は消えた。

 妨害していたモノが無くなったからか、檻の圧縮は一気に進み始め、

 

 そして最終的に人間大の大きさまで圧縮されて、それからようやく風の様に撒き散って消え去った。

 

 

 

 その中から、血塗れの詩菜が落ちてくる。

 けれども彼女には意識がない。着地も体勢も整える事なく、落ちていく。

 チルノの姿はない。また妖精として復活するだろう。今はただ『一回休み』となっているだけだ。

 そのまま雲の上から落ちていき、とある妖精が下敷きになって、彼女の初めての異変は、幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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