風雲の如く   作:楠乃

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 計16246文字。
 多分今まで一番長いお話。






Too Late

 

 

 

「……んん~? 何よ紫……いきなり目の前にスキマなんか開いて……って博麗神社?」

 

 詩菜がスキマを通り抜けて見たものは、ニヤニヤといつもの様に胡散臭い笑みを浮かべる紫。楽しげに笑う霊夢。不安げな魔理沙という、よく分からない三人だった。

 

「……何これ、どういう状況?」

「ふふ、それはこれから分かるわよ」

「?」

 

 訳が分からない……と言った顔の詩菜は、とりあえずスキマから博麗神社へと降り立った。

 

 そのまま縁側に腰掛けようとして……紫の言葉に足を止めた。

 

「大分昔の話をするけど、貴女確か弟子を持っていたわよね? 男勝りな口調の子」

「へぇ、コイツが? ……想像も出来ないわね」

「……まぁ、自覚あるけどさ。それが一体な」

「そうよねぇ。最後に酷い別れ方までして、人間と妖怪は違うって分からないのかしら? まぁ、分かっていたらそんな弟子を取るなんてしないわよね」

「そうねー。逆にそんな事をしている時点で妖怪とは言い辛いわよね」

「お、おい霊夢」

「魔理沙は黙ってなさい」

「……」

 

 状況が良く分からない。

 どうして紫は今更そんな話題を挙げた?

 霊夢も何に乗っかろうとしている?

 魔理沙は一体何を止めようとしている?

 

「そういえば初めて逢った時にお風呂で溺れるなんて事もあったわね。それもその馬鹿な性格の一端だったのかしら?」

「分からないわね。そんな妖怪の事なんて窺い知るなんて出来ないわ」

「自分の式神なのに? 変なの」

「そうねぇ、自分でもどうして契約を結んだのか、今じゃあ良く分からなくなってくるわね」

「必要無くなってるからじゃない?」

「そうかも知れないわね。ふふ」

「あ~あ、遂に全否定しちゃった。酷いわねぇ」

「あら。それを妖怪に言うのかしら」

「私は人間だもの。人間らしい妖怪とは違うもの」

「そうよね。そんなのが居たら扱いに困っちゃうわ」

「現在進行形じゃないの? それは」

「現在も何も、進んですらいないわ」

「止まっちゃった妖怪って訳ね」

「そうね。静止した判別不能のナニカって所かしら」

「それは貴女と関係がないのね」

「当たり前じゃない。私は前へと進む妖怪の大賢者よ? そんな中途半端者とは違うの」

 

 

 

 

 

 

 詩菜が最も怒り、そして悲しむ事。それは格好良く言うならば絆の蔑ろだ。

 以前に妖怪の山で行われた、天狗の上司三人と帰ってきた裏方大将の戦いの詳細を、もし文が知っていたならば、もし紫などに説明していれば、こういう話は起きなかったかもしれない。

 だが、既に紫と霊夢によって、その禁句は彼女に届いてしまった。

 

「……」

「……ッ」

 

 紫と霊夢のまるで詩菜を無視したかのような会話に、詩菜が無言で妖力を噴出し、それに魔理沙が怯える。

 今まで魔理沙が戦ってきた妖怪達と比べれば、その妖力の量はかなりの差があったが、それでも彼女の出す迫力は恐ろしいものだった。

 迫力と共に周囲の風が巻き上がっていく。風によって髪が舞い上がって、紅く睨んでくる眼と噛み締めているような口が見える。

 そして最後に詩菜がボソリと呟いた。最後の警告だった。

 

「……それ以上言ったら、私でも怒るよ」

「紫、式神が何か言っているわよ?」

「そうね。でも私は怒る姿なんて見た事がないから、怒るって言われても分からないのよねぇ。正に私と彼女の間柄みたいだわね」

「不安定って事?」

「そうね。不安定で理解不能で、疑わしいのよねぇ。フフッ」

 

 そう言った瞬間、あれほど周囲に漏れ出ていた詩菜の殺気が、急激に収まった。

 風も収まり本人は急に頭を下げて、決してこちらに顔の表情を見せようとしていない。

 その事に疑問を持ち、先程までの嘲笑気味な笑いを引っ込め怪訝な顔をする霊夢と紫。

 

「……なーんだ。単に私を怒らせたいだけ?」

「ひっ……!?」

 

 下げていた頭を上げ、ようやく顔をこちらへと向けた詩菜。

 見た事もない程に真紅に輝く眼。それでいて顔は無表情なのがとても怖い。

 怒りの表情を見せていた顔はもう、何も表していない。何処までも無表情になっている。

 魔理沙がつい後ろへ二、三歩後ろへと下がり、それを庇うように御祓い棒を構えた霊夢が前へ出る。

 いつしか霊夢と紫は庭へと降り立ち、魔理沙は縁側に立つ形になっている。

 

「そうよ。よく気付いたわね」

「流石にあれだけ言われたら分かるよ」

「……紫、これで中止かしら?」

「あらあら、霊夢。貴女がそんな事を言うなんて」

「……私は元来巫女よ。危険な妖怪相手にお遊びなんてしている余裕はないわ」

「お遊び、やっぱり遊びだったのか。何だぁ、先に言ってくれたら良かったのに……」

「ッ!?」

 

 顔を俯かせ、詩菜の顔が見えなくなる。

 

 次の瞬間。バギン!! と音が辺り一帯に響き、霊夢が数メートル後ろへ滑って魔理沙が立つ縁側にぶつかり尻餅をつく形に、紫に至っては真横へ吹っ飛んで神社の横にある森の中へと突っ込んでいった。

 一体何が起きたのか。それを知っているのは『それ』を起こした詩菜と、勘によって何とか防御した霊夢だけである。

 

 

 

「確かに、誰かにブチ切れたっていうのは無いかもね。人前でというか、一人の時もないかな? ……ま、見た事がなくてそんな珍しい物が見たいって言うなら……見せてやるよ」

「チッ……とんだ誤算ね」

 

 そう霊夢が呟きながら立ち上がり、御幣を構えて結界を張る。自分ではなく魔理沙を囲む形で。

 

「ちょ、おい!?」

「部外者は引っ込んでなさい」

 

 そう言って身体を起こし、左手に持った御祓い棒を横に払う。すると辺り一帯に結界が張られた。霊夢と詩菜はその中に居る状態となった。

 魔理沙はその大きな結界の外に居り、二重の結界越しに彼女達を見る状況となった。

 

 詩菜は、自分の言葉を終えた瞬間に飛び出し、紫を殴ろうとした。

 持ち前の巫女の勘でそれを事前に察知した霊夢は結界を一瞬で張り、自分と紫を守ろうとした。

 しかしその結界を詩菜はいとも容易く破り、結局それらを察知出来ず、そのまま紫は結界という障壁があったものの、思い切り詩菜に殴られて吹き飛ばされてしまった。

 結界を破壊された時の衝撃に押され、霊夢が地面の上をしゃがんだ姿勢のまま滑り、離れていた魔理沙は急激な風圧を感じるだけで何も被害はなかった。それでも相手がどれだけ怒っているのかは分かったが。

 

 煌々と輝く赤い瞳に、全身に漲っている妖力。口調はいつもと殆ど変わらないが無表情で内面を窺い知る事が出来ない。

 

「まぁ、魔理沙は止めようとしていたみたいだし、攻撃する気はないけどね」

「……今から無差別に攻撃するみたいな言い方ね」

「当然。ブチ切れるのは初めてだから、何分どうなるか自分でも分からなくてね。無関係な殺しは嫌だし」

「ふぅん? 何だか今から怒るって宣言しているみたいね。そういうのは本当の怒りじゃないと思うわよ?」

「だろうね。だから、今から私の能力で『ブチ切れる』んだよ」

 

 そう彼女が言い切った瞬間、霊夢の隣にスキマが開いて中から紫が出てきた。

 あれほどの威力で森の中へと突っ込んでいったにも関わらず、その姿は先程とは何も変わっていない。服にかすり傷一つ付いてはいない。

 

「ようやく戻ってきたの?」

「うるさいわね。あんまりにもいきなりで受け身が取れなかったのよ」

「へぇ、大変だねぇ。どうでもいいけど」

 

 そう言って、両手を肩幅まで挙げる。

 今から柏手でも打とうかという格好だ。

 

「さて、私を怒らしたいと言ったのはアンタ達だ……しかと眼に焼付けな」

 

 そう言われ、紫はスキマから取り出した洋傘を構え、霊夢は御祓い棒を構える。

 魔理沙は隔離された結界の中で、それを見る事しか出来ない。

 

 

 

 構えた形の通りに、詩菜の両手が合わさり、柏手を鳴らす。

 その割には、掌から金属をぶつけたような音が辺りに響き渡る。音の波が見えるかのように、一瞬だけ風が吹き渡る。

 

 音に反応して神社を囲む森から鳥達が羽ばたき、付近の妖怪は何だ何だとざわめき始める。

 決してそれらに気を取られたつもりではないのだが、次の瞬間、紫はまた自分が吹き飛んでいるのに気が付いた。

 

「がっぁッ!? ぁ……くっ!」

 

 何とか体勢を立て直し、空を飛んで詩菜に眼をやる。

 そこにいたのは、視認すら不可能な領域で結界の中を自由自在に飛び回る詩菜の姿だった。

 

「何よこのスピード……!?」

「……ふふ、天狗を凌駕する『鬼ごろし』……ね」

 

 攻撃を受けた。恐らく拳が入ったであろう腹は未だに熱を持ち、ズキズキと痛む。それでも何故か笑みが溢れる紫。

 それを自覚して、自分には幽香みたいな戦闘狂じゃないと思っていたのに。と思った。

 

 自分勝手な思いだけれども、詩菜が何もかもかなぐり捨てて真摯にぶつかってくるのが嬉しい。

 何を考えていて、どうしてそんな行動に出たのか何一つ分からなかった彼女が、こうも容易く自分の思い通りに動いてくれた。

 歪んだ感情みたいだけれども、それが何故か嬉しい。

 それはまるで、今まで自分を頼ろうとしなかった子供が、本当に切羽詰まった時に親の自分を頼ってきた。そんな時の気分。

 

「……私は子供なんて居ないのだけれどね」

「……紫。いける?」

「ええ、今度こそ本気で当たるわ」

 

 本気の相手に、本気で当たらないなんて卑怯だ。いや、卑怯云々の前に失礼ね。

 そう言ったのは、幽香か、それとも詩菜か。

 

 自身の能力は『境界を操る程度の能力』だ。

 今この結界は、外界と内界を隔てる境界となっている。

 全ての物には境界が存在しており、それはその境界がなければ『物』という存在すら失ってしまう。

 自身の存在意義を確立するのは他人、というのは詩菜の信条であるが、紫の能力もある意味その信条に従っているのかもしれない。

 

 

 

 まずは空間と線の境界を弄る。

 空間を拡げ、線を遠退かせることで、結界内を無限大に広くする。

 これで詩菜は結界を蹴って自在に跳ねる事が出来なくなった。同時に魔理沙には内部の様子が見えなくなった。結界内部が異界と化したからだ。

 彼女は壁が離れていく事に気付くと、地面に降り立った。しかし地面を蹴るその速度は先程とは遜色変わらないように見える。

 

 次に、自分自身の境界を弄る。

 正確には、詩菜に追い付けるように自身の体感速度を極限まで遅くする。

 

「……これが、貴女の世界って訳ね」

「紫……?」

「何でもないわ。行くわよ!」

 

 自分の感じる時間が早くなろうと、それは反射神経が良くなるだけであって、決して自身の筋力能力等が良くなるという訳ではない。

 しかしそこは妖怪の大賢者、そんな事は当然熟知している。何もコレが初めての体験という訳ではないのだから。

 

 先程よりも詩菜は格段に遅くなって、追い付けるというレベルには当然届かないが、視線で追う事は可能な程に落ちている。

 紫と霊夢がほぼ同時に空へと上がっていく。先程の境界を弄った結果により上への方向にも広大な空間が拡がっている。

 上空に逃げられると、詩菜にとっては攻撃手段が一挙に少なくなる。そもそも自身が飛べないからだ。

 だが、いくら空間が拡がろうと地面は土のまま。彼女にとって何ら支障はない。材料など全て元から揃っている。

 

 無言のまま、方向転換をする際に勢い良く地面へと足を叩き付ける。

 それだけで地面は割れ、反動で空中に石や岩が飛び上がっていく。

 それを次々と踏み台にし、紫に迫る。

 

「ありえないでしょ!?」

「それが、彼女よッ!!」

 

 そのまま紫に突進し、勢い良く自身の爪で両断しようとする。

 当然の如く紫も洋傘でそれを防御し、衝撃を押し流せずに地面へと叩き付けられる。

 それに見向きもせずに、また石を蹴って今度は霊夢へと神速で近付く。

 

「くぅっ!!」

「紫!? チッ!」

 

 持ち前の勘と幸運、体術によってギリギリで詩菜の突進を避けていく霊夢。

 速度は常軌を逸したものだが、石が何処にあるか、そこからどういう風に突進をするのか。それを予想して霊夢は詩菜の攻撃を避けていく。

 

 これでは何時まで経っても攻撃出来ない。

 攻撃出来ないどころか、いつ吹き飛ばされ切り刻まれてもおかしくはない。

 

「喰らいなさい!!」

 

 霊夢を狙う詩菜に向けて、紫が遠くから術を使う。

 それはスペルカードで言えば、《空餌『中毒性のあるエサ』》というべきものだが、本気なのかスペルカード宣言はせずに実力自力で発動したのだ。

 

 本来ならば見える筈の青いサイトは何処にも見えず、詩菜と霊夢を取り囲むようにスキマが開いていく。

 霊夢は紫の声を聞いて一気に詩菜から離れると同時に、御祓い棒を持っていない腕を袖に突っ込んで中から御札を取り出し、御札を弾幕として放った。

 ホーミング性能が高い、十数個もある青い真四角の弾幕は、詩菜ではなく『周りの石』を狙い、破壊していく。

 石という脆い物だからか、次々と弾幕が貫通して彼女の足場を破壊していく。

 

 足場が次々と無くなっていく。それでも彼女は霊夢に突撃を繰り返そうとする。

 最後の石も霊夢に向かっている最中に壊され、彼女に突撃も躱されそのまま何もなく空間へ飛び出す。

 そこへ狙い定めた紫のレーザーが詩菜へと命中する。計六本の青いレーザーが詩菜へと突き刺さる。

 

「……ッ!」

 

 今まで無表情だった詩菜の顔に、ようやく痛みを堪える表情が浮かぶ。

 そして、そんな表情を浮かべた詩菜は、

 

「ええっ!?」

「何処の曲芸師よ。ったく!」

 

 左手を伸ばして自分から青いレーザーを掴み、掌が焼ける音が辺りに響くのも構わずに、逆上がりの要領でレーザーの上に立ち、それを足場とする。

 回転している途中も焼けていく音は辺りに響き、立った瞬間にも彼女の履いている下駄が焦げ、焼き切られていく。

 そもそも詩菜が乗ったのはレーザーだ。当然終わりがある。寧ろ棒として考えるのならそれはあまりにも短すぎる。

 しかし、彼女はやり遂げた。

 レーザーを蹴り、速度を維持したまま更に攻撃を続けてくる。

 

「相変わらず予想を遥かに超える奴ねぇ……!」

「それが、詩菜だものね……」

「……何よ。怒らせたから今更になって反省の弁かしらッ!」

「まさか! 何処かの誰かじゃあるまいし、ちゃんと自分で犯した事柄は最後まで責任持つわよ、っと!」

 

 そう言い合う最中も、彼女等は詩菜の特攻を避け続けていた。

 紫は霊夢ほど空を上手に飛べる訳ではない。なので避けれないと判断したものは全てスキマで回避している。

 しかし詩菜の方も、スキマがいきなり目の前に出現した事に全く驚かず、境界の縁という良く分からない部分を掴んで足場としていた。

 元々紫も簡単に詩菜をスキマで捕まえるのは無理だろうと思っていた為、これは逆に朗報かしら。と考えていた。

 自身の能力がそのまま壁となるのだ。いや、相手が勝手に壁と判断してくれるのだ。これを利用する手はない。

 

 だが彼女はスキマを蹴り、霊夢の放つ弾幕を自分が傷付くのも構わずに蹴り抜き、霊夢に突進する。

 

「ッ! うっ!」

「霊夢!? くっ!」

 

 蹴り落とされ地面へと落ちていく霊夢。

 スキマを蹴り、地面へ降り立った詩菜がまた石を浮かし、それを踏み台にして霊夢を蹴ったのだ。

 傍から見ればそれはワープしたかのように見えたかもしれない。そこに居た紫は詩菜が見えていた為にそうは見えなかったが。

 

 そのまま霊夢を攻撃ついでに足場にし、今度は紫に突進を仕掛ける。地上に落ちたものには興味はないとでも言うかのように。

 

 石を蹴り、そのまま前宙して次の石に移る。

 意味の無い行動に見えるが、極限まで体感時間を遅くした紫には見えた。爪先の空気が凝縮し、鎌鼬の爪が幾つも出来た事に。

 

「ッッ!! 危険な技を使うわね!!」

「やってくれるじゃないの!!」

 

 飛んできた衝撃刃をスキマで移動する事で避けようとした瞬間、目の前に霊夢が躍り出て結界を張る。

 正方形の青い結界。何かが書かれているが少なくとも日本語ではない物が書かれたその結界は、鎌鼬の爪を防ぎきった。

 その結界が消えて行くその前に、御祓い棒を握った左手と青く発光した御札を指で挟んだ握手を胸元で構えて力を溜め、結界が消えると同時に御札を飛ばす。

 御札は指から離れると同時に、大きく正方形に巨大化し、詩菜に向かって飛んでいく。ホーミング弾だ。

 詩菜はそれらに怯えもせず、浮いている石を蹴って結界が消えた直後の所に突っ込み、それらを足場にした。

 

 当然、その御札は弾幕なのだから、目標に到達したと同時に爆発してダメージを与える筈なのだが、詩菜はそのダメージを喰らってもそれを無視し、それどころか爆発の衝撃すら操って霊夢へと突撃する。

 先程とは段違いの速度。異常な程の推進力を得た詩菜はそのまま霊夢へと突進。一瞬過ぎて反応すら出来ない世界にも関わらず、勘で防御までした彼女を再度地面に落とし、そのまま紫も思い切り蹴飛ばした。

 

「ぐあっ!?」

「ッぐ!? ──────」

 

 霊夢は地面に叩き付けられ何度かバウンドしてようやく止まり、紫に至っては遥か彼方まで蹴り飛ばされてしまった。

 

 

 

 今度は石を蹴る事もなく、自由落下のまま地面へと落ちていく詩菜。

 彼女が降り立つ前に何とか起き上がった霊夢が、再度迎撃の体勢を整える。

 御祓い棒は蹴られた瞬間に何処かへ手放してしまったのか、両手に御札を構えている。しかし既に口からは血が溢れ、何度も地面に叩き付けられたせいで全身は土まみれ。破れた服の隙間からは蹴られた際の痣が見えている。

 

 それを何かするでもなく、ただ見ている詩菜。表情は変わらず、全身に滾らせた妖力は止まる気配がない。

 

「ふっ、ふっ……何よ……あれだけしといて、もうやらないって訳?」

「……」

「いい加減にしなさいよ……私は、やられたらやり返す主義なのよ!!」

 

 霊夢と詩菜の距離は弾幕をするにはやや近すぎる距離で、寧ろ格闘するには丁度良いと言える距離。それでも詩菜にとっては距離などそれほど関係無い。

 

 両手の御札を一気に放ち、当の本人も一気に空へと飛び立つ。

 黄色く発光する御札は詩菜の下へ殺到し、そしてそれらを避ける為にまた詩菜が高速移動を開始する。

 素早いレミリアですら紅魔異変の時に、御札の誘導性能と速度から逃げ切れずに弾幕で相殺したにも関わらず、詩菜はまるでおちょくるかのように全て避け切っている。

 弾幕ごっこでは決して使わない、いや使えないような威力と量、性能の弾幕を。

 

 当然、今の詩菜もやられてそのまま避け続けるだけではない。

 霊夢の弾幕からは避け続け、その合間に両手両足から衝撃刃を上空の霊夢に向かって撃っている。

 当たれば人間の身である霊夢は、恐らく場所によっては致命傷となるであろうその爪を、御札や結界によって全て捌いていく。

 

「ったく! 本気の妖怪退治なんていつ以来かしらねッと!!」

 

 小さな手から出る鎌鼬の爪は、その掌のサイズからは考えられない程に大きく展開され、霊夢の弾幕を削り取り、撃ち続ける本人へと向かっていく。

 真っ直ぐ飛ぶだけとはいえ、一度爪を振るえば四本の爪痕が出来る。しかもその爪の大本が超高速で移動している為に数秒で何十本も空間に衝撃刃が出来ていく。

 

 大きな青い弾幕を撃ち、爪を必死に身体を捻って避け、結界を張って防御し、針のような弾幕を爪や地面に撃って迎撃する。

 どちらも攻撃しつつ、攻撃を重ねる。片方は防御を放棄して、片方は防御をそのまま弾幕へと変えて。

 

 

 

 そんな中、飛ばされた紫がようやく戻ってきた。

 地上の詩菜。その上を飛ぶ霊夢。更にその上空にスキマを開き、そのスキマから降りてきた。

 

「遅いわよ」

「ごめんなさい。あそこまで蹴り飛ばされるとは思わなかったわ」

「何処までッ! 飛ばされたのよ?」

「結界の端よ! 行きなさい!!」

 

 境界を弄り、中心で戦う紫達には結界の壁自体が見えない程に広大な空間となっているにも関わらず、紫は詩菜の蹴りでその端まで飛ばされていた。

 結界にぶつかり、地面に落下するまで本人は気を失っていたのだから、どれほどの威力が込められていたのか。

 

 それほどまでに彼女は怒っているのか。それとも霊夢の弾幕による偶然か。

 

 紫が高速で地上スレスレを飛び初め、飛んだ後からスキマが開き始める。

 中からは先程の青い高速飛行物体。今度も元はスペルカードで、名前を《幻巣『飛光虫ネスト』》と言う。

 弾幕ごっこで使う際では本人は動かないのだが、高速で動いている今は本気だという事の表れなのか

 

 あくまでそれらは真っ直ぐに飛ぶレーザーで、それと同等以上の速度で動く詩菜には当たる事など殆ど無いのだが、それら一本の長さが長ければ長いほど、彼女の進路を防ぐ事になる。

 しかも放たれる角度が様々で本数も多ければ、それは更に彼女を追い詰めていく。

 

 一つ、また一つ被弾していく。時間は掛かっているが、着実に詩菜を彼女達は追い詰め始めている。

 真横からは自身の動きを制限するようなレーザー、真上からは性能の高い誘導弾。

 彼女もその弾幕の間をすり抜けているが、如何せんまさに弾幕と言うべきその量の全てを避ける事が出来ずに、一発また一発と当たっていく。

 

 

 

 そして遂にレーザーが、詩菜の右手を貫いた。

 右の手首を貫き、手首から先が一気にバラバラになる。あたかも木片が散っていくかのように。

 

「……なるほどね。話に聞いていたのに腕があったから嘘なのかと思っていたけど『義手』だった訳か」

 

 手首から先が無くなった義手に、どんどん罅が入っていく。しかし決して壊れはしない。

 そこまで重要な部位が欠損し、しかも造られて既に半年はもうすぐ経つというのにそれほどの強度をまだ保っているというのは、流石は人形遣いのオーダーメイド作品だからか。

 

 しかしもうその腕は使えない。攻撃するどころか、詩菜の超高速移動にすらついていけるかも怪しい。

 腕を撃ち抜かれ、遂に動きを止めた詩菜。使い物にならなくなった右腕をぶらりと垂らし、相変わらず表情は見えない。

 それを見て弾幕を止め、地上近くまで降下してきた二人。しかし臨戦態勢は決して解かず、いつでも動けるように構えている。

 

「……よ」

「……?」

「喋った……?」

 

 何か、詩菜が呟いた。

 だが距離が遠すぎるし、呟くその声量も小さすぎた。

 

 

 

 しかし次の瞬間に、そんな問題は一気に氷解した。

 

 

 

「【邪魔よ】!!!」

「がッ!?」

「くうっ!?」

 

 詩菜が叫ぶ。ただそれだけで彼女を中心に地面は抉れていき、目に見えない衝撃波は二人を思いっきり吹き飛ばす。

 彼女の髪をポニーテールに纏めていたゴムも弾け飛び、右腕の義肢も根本から吹き飛んだ。

 義肢と素肌、傷を守る為の包帯さえ千切れ飛び、未だに生々しい傷痕が露出する。

 肘まで再生しているが、前腕の三分の一辺りで噛み千切られたような傷。

 

「くっ! ……ようやく妖怪じみてきたわね」

「アンタそこ喜ぶとこ? ……まぁ、私は誰だろうが倒すだけだけどね」

 

 地面に叩き付けられはしなかったものの、数十mも飛ばされた紫と霊夢が戻ってきた。

 全身から妖力と神力が溢れ、右腕は途中で千切れており、髪は纏められていたのが外れ、長い髪が自身の発する風に靡いている。

 

「やれやれ……何処の凶悪魔王よアンタは!!」

「ッ……!」

 

 御札を構え、霊夢自身の周りに紫に光る陰陽玉が現れ、急速に回転し始める。

 陰陽玉からは高速で真っ直ぐに飛ぶ針が、霊夢自身が持つ御札は詩菜を追い掛けて飛んでいく。

 それをあっさりと回避していく詩菜。先程よりも更に速度が上がっている。

 

 ようやく眼が慣れてきた感じだったのに!! と内心で怒りつつ、弾幕を絶えず撃ち続けて詩菜に近付く。

 針と針の隙間はとても通れるようなものではなく、誘導弾は先程よりも格段に早い。

 吹き飛ばされる前と後では、明らかに霊夢の弾幕の質が違う。

 しかし詩菜もそれらを避け続けている。先程の衝撃波で荒れに荒れた地面を蹴って高速で移動し、ついでとばかりに砂利を蹴って霊夢に飛ばす。

 恐ろしい勢いで飛んでいく弾丸のような石も、霊夢の針で粗方撃ち落とされ、避けられる。

 

 石を避ける為に空中で身体を捻る。幾ら能力で自由気儘に空を飛べるとは言え、既に受けた傷はどうしようもない。

 喉から上がってきた血でつい咳き込む。決してそれで詩菜から視線を外したりはしないが。

 

(……骨が逝っているのかしら……多分、地面に蹴り落とされた時かな……厄介ね)

 

 空中で宙返りをするかのように回転し、詩菜の鎌鼬の爪を避ける。

 こっちは人間で向こうは妖怪。向こうは耐久力がそれなりにあるがこっちは無い。

 回復力だって向こうの方がある。ましてや本気の鎌鼬の爪など、人間が耐えられるものではない。幾ら霊夢であっても、何もせずに受け止めるのは不可能だし死んでしまう。

 

「いい加減にッ! 倒れなさい!! 『夢想封印』!!」

 

 霊夢のスペルカード宣言。実際には彼女はカードを取り出していないし、弾幕ごっこのように手加減したりはしていない、本気の技だが。

 色とりどりの玉が霊夢の周りに浮かび始め、詩菜の放つ衝撃波を打ち消して彼女へと飛んでいく。

 当然のようにそれらを避け、霊夢に近付こうとする詩菜。

 だが、

 

「それらはそんな簡単に避けられるような代物じゃないわよ?」

 

 目を閉じ、その状態で詩菜の蹴る石を全て避けきった霊夢がそう呟く。

 その呟きを聴いたのかどうか、詩菜がいきなり霊夢から離れるような軌道を描き始めた。

 

 霊夢は夢想封印を放った後も針などの弾幕を撃ち続けており、詩菜の後ろからは先程避けた筈の夢想封印が彼女をずっと追い掛けてきていた。

 今まで霊夢が放っていた誘導弾は、一度ギリギリまで引き付けてから避ければもう追い付けなくなっていた。

 だが、この夢想封印は何処までも追ってきている。普通の誘導弾とは性能が違い過ぎるのだ。

 

 赤、青、黄、白、様々な色に輝く大きな玉が、詩菜へと迫って来ている。

 彼女はそれらを次々と高速移動で避けていくが、夢想封印も追うに連れて速度が上がっていっている。それこそ詩菜に追いつける程に。

 

「■■■■■!!」

「いぎっ!? な、んていう大声よ!?」

 

 詩菜がそれらに取った対処。それは自身の声にぶつけて相殺するというもの。

 大きく息を吸い、目標に向かって放たれた声とも言えない叫び声。空気を振動させて見えない衝撃波は壁となって夢想封印を止めてみせた。

 

 ついでに霊夢の動きも一時的に遅くなり、一気に詩菜に近付かれる。

 

「くっ!」

 

 『一撃でも喰らってしまえばもう終わる』

 その強迫観念が、霊夢の勘と体術の冴えを更に高めていく。

 拳を避け、爪を小型結界で方向を逸らし、時には小さく結界を爆発させて詩菜にダメージを与える。

 至近距離で振るわれる竜巻よりも荒れている暴風、必死に抗い受け流し立ち向かっていく。

 

 いつしか結界内だと言うのに天候が変わっており、風が吹き荒れている。

 地面は割れ、時たま詩菜が着地してまた罅割れ大地が浮き上がる。

 石が吹き飛び、石と石の間を何かが飛び回り、霊夢が飛んで避けた空間は衝撃波で歪んですら見える。

 

 

 

 その遥か後方。紫が自分の体力の回復を兼ねて、誰かと話していた。

 

「……無理だよ。私じゃあ勝てない。私どころか、『鬼』は勝てないだろうね」

「……貴女が、そんな事を言うの……?」

「あの二つ名『鬼ごろし』を付けたのは私等『鬼』だよ? 幾ら彼女が理性を失っているとはいえ、一度負けた身だ。しかも手加減されてね」

「……」

 

 洋傘を開き、肩に掛けて霊夢と詩菜の戦闘を見守る紫。

 その横に小さな鬼、伊吹(いぶき)萃香(すいか)が立っていた。

 幻想郷から姿を消した筈の鬼。そして今まで彼女と詩菜が出会わなかったのは偶然か。

 

 この結界は外からも中からも出入り出来ないような構造になっている。そういう頑強な結界としたのは紫だが、では何故萃香はこの結界内に入る事が出来たのか。答えは簡単。紫がスキマを使って招き入れたからだ。

 

「……しっかし、普段怒らない奴が怒ると怖いってのは本当だったんだねぇ。こりゃああの天狗も止める訳だ」

「……貴女でも、止められないと?」

「止めるのは可能だろうさ。私も無事じゃ済まないだろうけどね」

 

 どちらにせよ、萃香の能力で詩菜に対抗出来るかどうか以前の話に、鬼の力強さと天狗の素早さを兼ね備えた彼女に、鬼である萃香が対抗出来るのか、という話になる。

 密度を操れば、確かに彼女を止める手は幾つか存在する。だがそうした瞬間に彼女は照準を必ずそれを行なっている術者、つまり萃香を狙い始めるだろう。

 今の霊夢とのやり合いですら難しいのに、ギリギリの状態に追い込まれた詩菜がどれだけのスピードでどれだけのパワーで攻撃してくるか。

 問題は、それに対抗する為に鬼の力で反撃しようとすれば間違い無くそれ以上の威力を持った攻撃が帰ってくるという事だ。

 今は、人間という非力な存在である霊夢が攻撃しているからこそ、この状態で均衡状態を保てているのだ。

 攻撃を受け流すだけでも微量ながら発生する衝撃は、鬼ならば相当な量となってしまうだろう。

 

「強い相手と戦いたい。それは鬼の本能だろうさ……でも、以前の山での仲間、命の恩人が本気で怒っている。そして怒らせた本人から彼女を止めてくれと頼まれてもね。そりゃあ筋違いって奴じゃないかい?」

「……」

 

「……ま、珍しい紫からの真面目な頼みってんなら私も断らないさ。それが正真正銘の本音ならば尚更、ね!!」

 

 そう言い切り、萃香が臨戦態勢に入る。鬼の本気だ。迫力ならばここに居る誰よりも優っている。

 自身の周りに力が萃まっていく。彼女の能力【密と疎を操る程度の能力】だ。

 そして、詩菜の周りに漂っていた見えない妖力が薄まっていき、全て萃香の方へと流れていく。

 本気で注視しないと見る事さえ叶わない、うっすらと大気に漂う妖力。それが詩菜の周りから消え失せていく。

 

「あとどれだけ霊夢が耐久出来るかどうかだけど、これでアイツはどんどん力が無くなっていく筈だよ」

「……なるほどね。本人の妖力回復を防止しているの」

「むっかしから詩菜の回復力は異常だしねぇ……」

 

 普段ならば、そんな事をされれば幾ら詩菜でも術者、この場合は萃香を真っ先に倒そうとするか、今対峙している霊夢を突き放してこの術式を止めるであろうが、今現在、その当本人は全くそれらを気にせずに霊夢と戦っている。

 彼女を支えているのは妖力と神力。その内妖力は押さえた。

 神力はそれほど急激に回復するものではないから、この場合は対処を考えなくても良い。

 ……それでも回復しそうな気がするのだけれどね。と一瞬紫は考えたが流石に心配しすぎだろうとその考えを振り払う。

 

「更に追撃! っと!!」

「ッ、萃香!?」

 

 萃香の周りに重力が発生し、近くにいる紫や混戦状態の霊夢は引き込まずに、詩菜だけを吸い込み始める。

 高速移動していても、結局は地面の上を走っているだけ。詩菜も地面を蹴って逃げようとしているが、半永久的に引き付ける攫鬼からは逃げられない。

 

 足を踏ん張ろうにも、能力故に踏ん張れない。彼女に出来るのは衝撃が出るその一瞬だけ。

 衝撃で思い切り跳んで逃げようにも、何処に居ても引き寄せられる萃香のあの技では、空中に浮いたら余計に引き寄せられる。

 ならばいっその事近付いて壊してやれ、とでも言うかのように彼女が一気に近付く。

 

 引力と衝撃が合わさり、まさに瞬間移動かと思うほどの速さで萃香に近付いた詩菜。

 予想以上の速さで近付かれ、一瞬だけ身体が固まる萃香。そこを狙って詩菜が腕を振り被り、

 

「させないわ」

「っと!?」

 

 鬼を守るように出た紫が、手を前に出して結界を張る。

 手から出た赤紫色の結界。《結界『魅力的な四重結界』》が詩菜を捉え、継続してダメージを与える。

 この結界も敵を引き寄せる性能を持つ。萃香の攫鬼も合わさり、空中に浮いている彼女は弾き飛ばされ引き寄せられを繰り返される。何も出来ない。

 

 

 

 萃香の技も終わり、紫の結界も消え去り、最後に吹き飛ばされた詩菜。

 しかし、まだ彼女は立っている。吹き飛ばされ着地もままならず。それでも立ち上がる。

 

「……アンタの負けよ」

「……」

 

 霊夢がそう言い切る。傍から見れば、それほどどう見てもそうだろう。

 詩菜は満身創痍。着物はボロボロ、右手はない、残った左手は構えられているが立つのさえやっとに見える。

 霊夢はそれなりの痛手を受けているが、それでも詩菜と戦えるほどには体力がある。

 紫もまだまだ余裕があるように見えるし、萃香もあまりこの戦いに乗り気ではないが、傷一つ無い万全の状態だ。

 

 

 

 どう見ても、彼女の負けだ。

 だがそこから開き直って、相手をうんざりさせながら負けるのが彼女の常。

 

 

 

 今まで無表情で、ダメージを受けてもその瞬間だけつらそうな顔をしていた顔が崩れ、にへらと笑う。

 気の抜けたような笑顔。それ故に昔から親交のある紫と萃香が危機を察知し、一番近い霊夢が不思議そうな顔をする。

 構えを解き、左手を上にあげる。

 

「何よ……降参の証かしら?」

「はは、まさか」

 

 確かに、傍から見ればそれは降参のポーズにも見える。

 それよりも霊夢は詩菜が普通に口を利いた事に不意を突かれ、その直後の彼女の行動に反応が遅れてしまう事になる。

 

「……ッ!? 霊夢! 逃げろ!!」

「霊夢!?」

「えっ」

 

 上に挙げた両の掌を真っ直ぐ地面に落とす。

 発生させるのは衝撃ではない。衝撃を起こすのではなく、衝撃を使う。

 

 掌と地面で挟んで圧縮する。

 ブチ切れていたからこの技は使わなかった。けど今は違う。

 ……言い訳だな。と考えつつ、その技の名前を叫ぶ。

 

「《『緋色玉』》!!」

 

 地面が詩菜を中心にして紅く光り始め、広がっていく。

 霊夢が言われるままに数歩下がり、それでは絶対足りないと萃香が霊夢を引き寄せる。

 霊夢もそれに気付き、今度は自分から下がり始める。その為に詩菜から視線を外し、後ろへと振り返る。

 

 振り返れば、全速力で後退する鬼と幻想郷最強の妖怪。

 

「ちょ、どういう事!?」

「逃げなさい霊夢!! あれは人間が耐えられるものじゃない!!」

「そういえば昔、妖怪の山の地形を作ったっていうのを聴いたね……天魔から」

「はぁ!?」

 

 仮にも『空を飛ぶ程度の能力』の持ち主である。飛ぶ紫と萃香に追い付く事は簡単に出来た。

 後ろを振り返れば、既に詩菜の姿は見えない。けれどもその方向から脅威を感じる勘が働く

 

 

「じゃ、じゃあアイツは!? そんな威力、彼女にだって耐えられないでしょ!?」

「っ」

「自分の式神はどうするのよ!?」

「助けようがないもの!! スキマで作った空間にすら傷を付けるような技よ!?」

 

 以前、詩菜が初めて体験した命名決闘法(弾幕ごっこ)。それはスキマの中で行われた。

 その対決の最後に、詩菜が放った空間圧縮砲。実は紫が隠しただけで見えない空間に傷を付けていた。

 あくまで傷。されども異空間を傷付ける威力がある事はこれで明白となった。

 

「じゃあ余計に助けないといけないでしょう!? 発動する直前に開いて発動する前に彼女を引き込めば良い! そもそもこんな言い合いをしている場合じゃないわよ!!」

「霊夢の言う通りだ。早くした方が良い……今それを出来るのは、紫。アンタだけだ」

「ッどうなっても知らないわよ!!」

 

 そう叫んで、スキマを開く。開き先は勿論詩菜の所。

 紫達がいる場所は、結界端まで残り半分といった場所。スキマを開くには止まらなければならない。

 今いる場所は、緋色玉から逃れられたと安心できる場所ではない。そう紫は判断している。

 だから、まだ逃げるべき。発動した本人を見て見ぬ振りまでして。逃げるべき。

 

「くっ……」

 

 スキマの向こうに、完全に気絶した詩菜が横たわっている。

 辺りは真っ赤で、床には緋色玉が埋め込まれている。辺りに響くほど鼓動しており、いつ爆発してもおかしくない雰囲気だ。

 手を伸ばし、服を掴む一歩手前で止まってしまう……けれども、その迷いを振り切るようにしてまた手を伸ばして彼女を掴む。

 スキマに引き込み、閉め、そして抱えてまた浮かび上がる。

 萃香もまた浮かび上がり、逃走を開始する。彼女はこの中で最も至近距離で緋色玉の爆撃を受けた者。その破壊力がどれほどのものか身を持って知っている。知らないのは、霊夢だけである。

 

「まだ逃げるの!?」

「この結界で抑えきれるかすら分からないわよ!!」

 

 この結界。おおよそ半径が四キロ。どれだけの範囲を圧縮したかにもよるが、結界全てを巻き込むのは可能である。

 

「どんだけなのよそいつ!? もう妖怪じゃないでしょ!?」

「そりゃあ風の神様だし」

「私の式神だし」

「アンタ等何気に余裕ね!?」

「……着いたわ。結界の端よ」

 

 そんな事を言い合っている内に、結界の端に到着。

 振り返ってみるも、まだ爆発してはないようだ。だが、空気を伝わってくる振動とあの緋色の光はここからでも見える。

 

「……ここで結界を張るわよ。コレを外に出す訳にはいかないわ」

「勿論よ」

 

 そう言って霊夢は札を取り出し、紫も準備に入る。

 萃香は邪魔にならないよう、けれどももし間に合わなかった時の為に彼女達の前へ出て、様子を見守る。

 二人が詠唱に入り、辺りに結界の為の境界線が引かれる。

 だんだんと結界が構成され、二重にも四重にも八重にも結界が重なっていく。

 

「ッ、来たよ!」

「こっちも出来たわ!!」

 

 結界の完成。それと同時に赤黒い衝撃が一挙に襲ってくる。

 霊夢と紫は必死に詠唱を続けて結界の強度を保ち、萃香は結界の強度・密度を高めて防御する。

 それでも結界内は揺れ、体勢を崩しつつも霊夢が詠唱を続ける。

 彼女等は自身を守るだけでなく、緋色玉を外に出さないためにも、一番外の結界の保持もしなければならない。二人で保ち続ける結界の数・質は一体どれほど、そしてどれだけあるのか。

 

 一瞬で爆風は通り過ぎ、けれども体感としては永遠に耐え続けるのかと思えるほどの時間が過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 外に居た魔理沙は、中の様子を全く窺い知る事が出来なかった。

 だが、自分を守っていた結界がいきなり解除されたのを見て、終わったのだろうと思った。

 

「……やれやれ。詩菜の奴もとばっちりだろうになぁ……ッわぁっ!?」

 

 そう呟き、結界に近付いた瞬間に、緋色玉の爆風を受けて吹き飛んだ。

 空中で姿勢を立て直し、箒に乗って八卦炉を結界に向けて構える。

 

「何だ何だ一体!?」

 

 結界自体は壊れていない。だが隙間を通るように緋色の何かが溢れ出ている。あれが私を飛ばしたのかと直感で気付くと共に、詩菜がどれだけの攻撃をしているのかに気付く。

 

「……本当に大丈夫かよ……」

「……予想通り、と言った所かしらね」

「うわっ!? 文!?」

「……ま、例の緋色玉を使ったって事は、終わったのでしょう」

「そうなのか……?」

「……多分ね」

 

 吹き飛んだ魔理沙の隣には、いつの間にやら文が居て、何をするでもなく結界を見ていた。

 いや、何をするでもなくというのは違った。

 少なくとも、文が居なければ魔理沙はもっと吹き飛んでいただろう。彼女が風で衝撃を逸らしたのだから。

 

 

 

 結界が遂に元々の青色から緋色が混ざって紫に近い色になり、一瞬だけ完全に緋色に光って、次の瞬間にはひび割れが走って行く。

 魔理沙と文が構えるも、中から予想したような衝撃波は来ない。

 代わりに結界が解けて、中から霊夢を先頭に、萃香、そして詩菜を背負った紫が出てくる。

 結界が解かれた中は荒れに荒れており、参道はもう跡形も無い。

 

「霊夢! ……大丈夫か?」

「大丈夫な訳ないでしょ……今から永遠亭に直行よ」

「あれ。萃香さんも居たのですか?」

「……私がスキマを使って呼んだの。とりあえず……霊夢とこの子を病院に運ばないとね」

 

 結界を敷かれた為に内部の様子が分からなかったとは言え、詩菜の様子は激変していた。

 右腕はない……のは文と魔理沙、二人共知っていたが文が見た感じ、前よりも傷が酷くなっている。

 髪は纏められていたのが解け、血に染まって顔にくっついている。着ている和服に至っては見るも無残な状態になっている。瞼は閉じられてその顔は安らかだが、呼吸は激しい。

 

「……とりあえず、私とそこの魔法使いは此処の片付けをしてるからさ。行ってくると良いよ。文も連れ添いにね。紫も見た目は隠してるけど実際酷いだろ」

「うえ? 私がか!?」

「あったりまえじゃん。アンタも原因の一部だよ」

「いやまぁ、そうだが……分かったよ」

「……分かったわ。お願いね」

「勿論。大事な私の住処だしね」

「勝手に荒らさないでよ……まぁ、留守番は頼むけど」

「了解。ほら行くよ」

「へいへい……」

 

 

 

 こうして、詩菜の激怒を見たいという、冗談にも程があるという言葉を体現した一連の騒動は幕を閉じた。

 幕を閉じたが、それは決して今後、詩菜がどういう態度を彼女等に取るか。

 紫がどう詩菜に対応するか。取り決めがあるにも関わらず、博麗の巫女にもしかしたら死んでいたかもしれない攻撃を行った詩菜にどういった対応をするか。

 そう言った問題は全く解決されていない。

 

 何にせよ、

 彼女、詩菜が目覚めなければ、今問答しても解決は出来ない。

 

 

 







 ・投稿が最近遅れている理由は何ですか?
 A,TRPGがいけないんよ……いや、それが理由の全てじゃないんだけどさ……。

 まぁ、今回の話は色々と意見が来そうで怖かったから、というのもあったり。

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