私が目覚めたのは、丁度部屋に彼女達が入ってきて、猛烈な殺気に当てられた時だった。
目を開けなくても、四人の内、二人は即座に分かった。
『
過去に行った仕事での、依頼人の二人。
幻想郷に来ていたのは知っていたけど、何もこうして入院する形で再会するなんてなぁ……。
なんて、実に呑気な事を考える。
そして猛烈な殺気を私に向けている人物。
それを探ろうとして、直後に勘が私に告げる。
『決して動くな。反応を一切するな』
……私は、何はともあれ自分の勘だけは信じるようにしている。
他人が信じられない、自分が信じられない、そんな事は日常茶飯事だけれど、自分の第六感だけは信じていた。
だから寝返りも打たず能力も使わず、ただ本気で寝たフリをした。
それが幸いだったのか、災いだったのかは今でも分からないけれども、この場では最善の手だったに違いない。
……この手が、後に最善から最悪に変わるとしても、あの場では最善だった。
『相手は怪我人……なんて甘い事を言うつもりはないけど、一度冷静になって話を聞きなさい』
『ッ……どれだけ私がそいつをっ!』
『相手は不老不死じゃないのよ。私みたいに一度復讐を遂げればそれで終わりよ……復讐が詰まらないものって、もう分かっているでしょう』
『でもッ、私は! そいつは私と師匠を父親を殺した!!』
『……まだ、それでもまだ言って行動に出るつもりなら……貴女を一度殺してでも止めるわ』
『……ッ』
(……!?)
自身の衝撃を能力を使って全力で封じる。
けれども、此処にいる四人の内、二人は私が知っている中で最も長生きをしている二人だ。気付かれているかもしれない。
でも、当の本人には一番気付かれちゃいけない。
此処で、私と『妹紅』は会っちゃ駄目だ。
彼女が目覚めた私を見てどんな行動に出るか予想もつかないし、私も一体どんな暴挙に出てしまうか分からない。
何もかもが、分からない。
(何で? 何で彼女が居るの? 何で生きてるの? どうして?)
頭の中は、既に疑問で一杯。
私がこうやって入院している理由、紫と霊夢との大喧嘩もいつの間にか忘れてしまっていた。
それ程迄に、私は混乱していた。
混乱する私、寝ている私は会話に入る事が出来ず、そのまま進行していってしまう。
『……さて、何処まで私達が話しても良いものか……』
『そうね……うどんげ、もうここは良いから、何処か行っていてくれる? 内容が気になるのなら……まぁ、後で詩菜にでも聞くといいわ』
『は、はぁ、よろしいのですね? 分かりました……』
そう言う会話があって、誰かがこの部屋から出ていったみたいだ。その声は一度も聴いた事がない女性の声。
輝夜達と一緒に住んでいるみたいだから、人間では無いと思うけど、声の質からして結構な若さに感じる。
襖が閉められる音がして、遂に部屋には当事者だけとなってしまった。
『……本当なら、こういう事は本人が言うべき事なんでしょうけど、どうせ詩菜はウダウダと悩んで結論を先送りにするから、私がさっさと言うわよ』
『……どういう事だ?』
『まず一つ。アンタの眼の前に居るこの妖怪『詩菜』は、志鳴徒を殺しちゃいない。そもそも逢ってすらいない』
『……は?』
輝夜の声が聞こえ、それに返事をするように妹紅の声がする。
大きさと気配から、どうやら私が寝ている場所のすぐ横に立っているみたいだ。
ついでに寝ている高さがベッドの位置だと気付く。此処は和室なのか洋室なのか、どちらなのだろうか。
ふすまの音がしたのに腰の高さのベッドとは一体……。
……とか考えて、そんな現実から目を逸らしかけている事に気付く。
輝夜の話す事は、どれも本当の事だ。
結論の先送り。私は志鳴徒に出会ってない事。
そもそも私が志鳴徒だから、出逢うも何もない。っていう話なんだけど……。
……妹紅の声。本当……久々に聴いたな……。
あの時から、何も変わってない……。
『次、アンタの親友。彩目について』
ああ……それも言われちゃうか……。
なんて、つい苦笑してしまいそうになる。
自分の事だというのに。
代理で、私がやらなければいけない事を、輝夜にやってもらっている立場だというのに。
『……なんで……彩目が出てくる。関係ないだろ』
『まぁ、私は本人と慧音から聞いただけで、詩菜からは聞いた事がないんだけど……彼女の母親が、詩菜』
『なっ!? それこそあり得ないだろ!?』
『……まぁ、そうでしょうね。性格が正反対だし、似ても似つかないし』
酷い言われようだ。
でも……まぁ、そうだろうね。
私にゃあ、あの子は勿体無すぎる。
けど……どうして彩目が出てくるの?
『それこそありえない……って感じでしょうね』
『……つまり、彩目はずっと隠していたのか』
騙す?
……彩目と、妹紅は、知り合いだった……?
自動で、また自身の衝撃を封じる術が作動したのが、せめてもの救いだったのかもしれない。
何で!? 彩目だって私と都で起こった事件を知っている筈でしょ!?
一回目の記憶消去だって、元はといえば彩目と妹紅を出会わせるという企画だった筈!
それを今となって……妹紅と彩目が知り合い?
おかしい。色々とおかしすぎる。
何でそんな大切な事を私に教えてくれなかったの!?
ここには居ない、彩目に怒る私。
そんな感情も、次の言葉で霧散した。
『……彼女は、自分が居る事で親と親友を騙し続けている事にずっと耐えていたわ。詩菜が幻想郷に来たのはちょうど去年の神社騒動と同時期』
『それからずっと二人を会わさない様に。二人が傷付いたりしないように、彼女達は行動していたわ。何度か私の所に相談しにも来たわね』
『彩目も、これが結論の先送りだって事は気付いていたわよ』
『彼女は貴女を騙すつもりはなかった。けれども、どちらも守ろうとするにはどちらも騙すしかなかった』
『……』
輝夜と永琳の言葉。それで語られる彩目の言葉。
……そっか。
そうだったね………………彩目は、そういう性格だった。
『ま、本人に訊くのが一番でしょうね。あの子の心の中は、あの子しか分からないから』
『私達が語っているのは客観的事実だけ。そこから貴女がどう行動するかは貴女次第よ』
……どうやらこの会話から察するに、妹紅は納得していないらしい。
私は……親だから分かると、自惚れるつもりはないけども、何となくは納得出来た。
幾ら私の血液で妖怪化したとしても、そこまで命令をしたり縛っていない彩目は、その気になれば私を殺す事も出来る。私が抵抗しなければの場合だけども。
けれども、私だけに教えていないのならば兎も角、妹紅にも言っていないというのなら、それは彼女を信用出来る証左になる。
だから、信じる。信頼する。
『……そして、貴女にとって一番これが辛いでしょうけど……訊く? 良かったら永琳に頼んで精神安定剤を用意させるけど?』
『……そこまで驚くような事なのか』
『ええ。勢い余って私達二人を相手に無駄な特攻をしてしまうでしょうね』
『……いいよ。驚く準備は出来た。何が来ようとも驚きはしない』
『……無駄な決意でしょうけどね』
『なんだって?』
『いいえ、じゃあ言うわよ?』
何度も言おうとして、結局言えなかった事を、告げられる。
もしかしたら、幻想郷に来て詩菜と志鳴徒は別人物だという事にしたのは、もしかしてこのトラウマがあったからなのかな……と、ぼんやり考える。
もう、どうにでもなれ。みたいなそんな気持ち。
自力で説明している訳でもないのに。誰かに助けてもらって、ここに居るというのに。
何処までも甘くて、質の悪い甘えがある私。
どうしようもない。何処まで行っても、どうしようもない。
そして告げられる。詩菜と妹紅の間にあった、千年以上隠された秘密。
『彼女、実は志鳴徒なのよ』