久々の更新になって申し訳ございませんm(_ _)m
アルシエル編(?)完結でございます。
文と共に自宅に帰ってくると、いつぞやのキジトラ柄の猫が縁側で寝ていた。
いつの間にか消えていていつの間にかやってくるという、その猫らしい特長を持つ彼女ではあるが、いささか家主が居ない間に土足で縁側に上がられるのは困る。
そうしてまた、前足の前を持って顔の前まで上げてやると途端に暴れだすのだから、しかたのない奴である。うりうり。
引っ掻かれても別に今義足じゃないから良いもんね! 血は出てるけどね!
それにしてもこの猫。どうしようか。
我が家に初めてやってきて以来、たまに寄ってくる事はあったし彩目にもどうやら懐いているようなので別にこの付近に住み着く事に対して、私達家族の間で否定意見はないのだけれど、はてさてこの家にまで住まわせて良いものか。という事である。
たかだか一匹の猫の人生、いや、半分以上は妖怪になりかけているから妖生? そんな一生をこちらに引きこむような感じで狂わせてしまって良いものだろうか。
いやまぁ、そんな事言い始めたら存在している時点で、誰かしらの一生というのは狂っていると言い換えても良いと思うんだよね。
更にそんな事を言い出したら人生なんて予定通りに進む筈もないんだから、狂っているのが予定通りというものじゃなかろうかと思わなくもない。
という事を今咄嗟に考えたんだけど、君はどう思う? と言った感じで前足を親指でクイッと上げてやると猫は更にフシャーッと鳴いて引っ掻いてきた。
どうやら私の人生哲学についてはご理解いただけなかった様子。残念。
「さて、このぬこ。どうしようか」
「あら、ようやく名前を付けたんです?」
「………………は?」
「え? いえ、よく詩菜さんに懐いていたようですし、今もお帰りの挨拶をしていたんじゃないです? こう、抱っこしながら前足をうりうりと動かして」
「いや、それはその、見なかった事にして貰えるとありがたいけど……名前?」
「ええ。あれ? 『ぬこ』って名前。今言ったじゃないですか」
「……」
「……あれ?」
「いや、それは……ほら、外の世界でのちょっとしたスラング、いやスラングじゃ意味が通じないか。ちょっとした遊び言葉のようなものでね?」
と、そう弁解しようとして、猫に目を合わせて……気付いた。
猫の眼が、紅くなってきている。
「……おや?」
「……はぁ……」
時既に遅し。という訳らしい。
さっきまで暴れていた筈の猫は急に大人しくなり、猫の瞳も薄茶色の筈が赤銅色に近くなっている。
何よりも、私に似たような感じの妖力を纏い始めた。ついでに尻尾も二つに分かれてきた。
「……どうするのよこれ」
「さぁ?」
つまりは、私の弟子。いや、式神?
名付けて懐柔させる。名前で縛る。この猫との関係を何と言えばいいのかは分からないが、とりあえず私が縛ってしまったらしい。
ようこそ鼬塚の一族へ、ってか? ちくしょうめ。
「にゃあ」
「……ようこそ妖怪の世界へ。ぬこ」
何ともマヌケな名前が付いてしまったのに、この猫は満足そうに喉を鳴らす。
未だに手の中で暴れることもない。本当にそれで良いのか。ぬこ。
▼▼▼▼▼▼
まぁ、そんな事はどうでもいいのである。
我が家の一員となってしまった事を彩目に説明し、家に上がるのなら目覚めたばかりのその妖力や鬼火とかで肉球その他もろもろ脚を綺麗にしてから家に上がりなさいと能力を使って教えた所で、ぬこは廊下で丸くなってしまった。
……ま、夜だから寝るのも良いと思うけど、完全に妖怪成り立てなのに君は堂々としてるね。と思わざるをえない。
余談だけど、その丸くなって寝ているのをみて彩目がガッカリしていたのが見えた。
流石にね、一月前ぐらいに見た彩目がぬこと猫じゃらしで遊んでいた時に見た、その、家族にしか見せちゃいけないような顔を見てしまった事を思い出すと、うん、色々と、仕方ないね。と思う。
閑話休題。
深夜になった。具体的に言えば夜中の四時。
彩目は寝た。猫を自分の寝床へと引きこもうとしたようだが、それはぬこに可愛そうだからやめろと私が言った事と、ぬこ自身が嫌そうに縁側へ移動した事で心折られたのか、そのまますごすごと寝所に帰っていった、
文は自宅へと帰っていった。泊まっていっても良かったのだが、どうやらこの展開を先読みでもしていたのか、さっさと帰ってしまった。まぁ、彼女らしいと言えば彼女らしいけど。
そして私は、夜になって目が覚めたのかぬこと一緒に縁側で優雅に夕涼みである。
ん、夕涼みじゃあ夕方になっちゃうな。んじゃあ未明涼み? 何かコレジャナイ感が酷い。
もうすぐ夏が来る。
そういう意味じゃあ、少しばかり涼みをする季節じゃないので少し寒く感じる。
そういえばこれから虫も増える季節かぁ、と思うとちょっとげんなりする。
今日、というか昨日逢ったリグルには悪いけど、蜘蛛だけは受け付けないのでちょっと嫌な気持ちにもなってしまう。
それにしても寒い。初夏の始まりにしては寒すぎる。
ここまでして『待つ』必要もないかなぁ。私の勘も少し衰えたかなぁ。
そう考えた所で、ぬこが震えて家の奥へと走り去ってしまった。
猫も寒さには勝てないか、と考えて、いや、そうじゃないか。と思い直す。
「……ようこそ、って言えばいいのかな?」
「呼ばれて来たよ。おねーちゃん」
「あはは、そういう呼ばれ方はあんまりしっくりこないなぁ」
「じゃあ貴様?」
「それもその格好で言われてもねぇ。折角自己紹介したし、『詩菜』で良いよ。ルーミアさん」
「そう? それじゃあ『
流石に頬がヒクッと動いた。引きつった顔になるのは久々な気がする。
つーか、なんでそんな私の神様としての名前知ってるかなぁ……自分で名乗った事すらないのに……。
「それはちょっとやめて欲しいんですがアルシエルさん……」
「んー、そう?」
とは言え、対立するかのように昔の名前を持ちだしてしまうのが私という天邪鬼である。誠に残念。
残念っていうか、アルシエルって呼んでたの実際に私と文だけだから、彼女にとって思い入れのある名前でもないから、はじめから勝負にならない……いやまて、何で勝負事として考えてるんだ私。
「んじゃあ、お久しぶり。詩菜」
「……はは、お久しぶり。ルーミア」
昨日の敵は今日の味方。
千年前の敵は、現代の味方。みたいな?
まぁ、妹紅の事も大体千年前だから、そんな事は滅多に起きないんだけどね。
ルーミアが味方と決まった訳じゃないし。
「……ルーミアは随分と変わったねぇ」
「そうかしら? そう言う詩菜は変わってないね。前逢った時と変わらず天狗を引き連れてる」
「引き連れてるって……いやまぁ、あの時は引き連れてたけど、今回は寧ろ私が連れられてきたような感じだったよ?」
「そうなの? 言われたら嫌な事を言おうとしてた事実を、隣から殴って制止させてたように見えたけど」
「……まぁ、あれはね。ちょいとね」
「ふーん。まぁ、恋愛沙汰は聴いても面白く無いから聴かないけど」
「知ってるの!?」
「面白い噂があるって、みすちーから。彼女は多分八目鰻の屋台のお客さんからだと思うけど。何だっけ? 不老不死と人間の恋バナだっけ?」
「う、うわぁ……」
終わった……何だろう。色んな意味で終わった気がする……。
というか、こんなルーミアさんドSだっけ? いや、アルシエルの時から上から目線だったけど……こんな酷かったっけ……?
つい両手を地面についてうなだれてしまった。俗に言う『orz』である。ええぃちくしょう。
「………………ま、まぁ、いいさ。まだ広まって訳じゃない筈だ。うん」
「そうかもね。みすちーも友達だから私とかに話したんだろうし、お客の話を他人に教えるほど彼女も鳥頭じゃないでしょ」
「うん、色々とその文章に突っ込みたいところだけど……そう信じよう。うん」
私『とかに』とか、『鳥頭』とか。何かもうすっごく不安だけど。信じよう。信じないと立ってられないわ。
まぁ、その後は私の精神を削るような会話も特になかった。
根本的に、力は前よりも収まったとはいえ、元々の彼女は私よりも上の存在なのだから、私と簡単に会話できる間柄でもなかったなぁ、と思い至った。
今は会話できる間柄になったというだけで、昔も殺し合った仲なんだからね。考えてみりゃ当たり前でもあるって事だった。
とは言え、会話はそれなりに楽しかった。
「強かったよ? 何だっけ。万物流転だっけ?」
「……今は大分形が変わっちゃったけどね。あんな乱暴な術式じゃなくなったよ」
「そうなの? 逆にあれを制御したっていうのなら、それは誇るべきじゃないかな?」
「そうかなぁ……? この前使って死に掛けたし」
「……じゃあ、駄目じゃない?」
「だね」
「ああ、そこ認めちゃうんだ……」
「何事も認めないと先進めないよ─」
「……はは、そりゃあそうだろうけどさ」
「……そういや、そのお札、見ても良い?」
「触らないようにねー。触ったら詩菜でも弾け死ぬと思うよ?」
「えー、そこまで?」
許可は得たので、じっくり見てみる事にする。
普通の赤いリボンのようにも見えるけど、まぁ、翌々見れば確かにお札。実に良く隠されてるなぁ、と思う。
……まぁ、私がここまで近くまで見てお札だと気付けた、ってレベルなんだから触らないのは確かなんだろう。
うーむ……神力使っても大丈夫か……? いや、触らない方が確定的に安全なのは分かってるんだけどなぁ。
こう、研究者魂、的なアレが、ほら! 疼くよね!
意を決して、右肩から先を妖力ゼロ神力全開にして、お札に触れる。
触れた瞬間にビリリという感覚が走る。
見てみれば指の先からだんだんと焦げていくのが見える。
いやいや、ビリリといった感覚じゃないよ。溶けてるよ。
……と変な所で冷静になりつつも、更にお札を引っ張って良く見てみる。まぁ、解かないようにだけど。
「………………ふぅん……なるほどね」
「え? 分かったの?」
「何が?」
「え?」
「え?」
「いや、今なるほど、って……」
「『なるほど』と『理解した』は等価じゃないと思うよ?」
「え、あ……そう?」
「まぁ、分かったと言えば分かったし、分からないと言えば分からない」
「ええー……?」
具体的に言えば、神代牡丹の時に見た妖怪払いの結界と似たような構造で、更に改良したり極めたりする所はこれ以上は無いなと分かった事と、これは私が真似できるシロモノじゃないという事が分かった。
まぁ、細部まで理解して復元するのは私では無理だ、という事が分かった、かな。
「いや〜、流石だね。その一言ですよ」
「へ、へぇ……?」
「骨まで焦がしちゃって、もう……」
「いや、私のせいじゃないよ? 何で悪い子を見る目で私を見るの? 自業自得だよね?」
「まぁ、こんなの息を吹き掛ければ大丈夫でしょう」
「そんな簡単に治る訳が………………治ってるし」
「ね?」
「……あれ、詩菜って私と同じバケモノだっけ?」
「妖怪鎌鼬兼風神兼式神ですが何か」
「ああ、うん、詩菜を理解するにはまだまだ私も精進しないとなって理解したよ」
「ルーミアがアレ以上精進したら誰も止められないからやめてね?」
とか何とか言っている間に、そろそろ太陽が出てきそうなほどの明るさになってきた。
流石に即座に完治はしないけど、この調子なら太陽が私を照らす前に傷は一つもない状態になるだろう。
さてさて、宵闇の妖怪は太陽が出る前に、ここでご退場かしら? とばかりに視線を合わせてみる。
「……そろそろ彩目が起きてくるから出てって欲しい、って感じ?」
「いや、流石にそこまでは思っちゃいないよ。大体は合ってるけどさ」
そういえばあの寺子屋に通っているのなら彩目にも面識があって当然か。
私と死闘をして、私の娘から寺子屋で教えられている……あれ? 何だこの状況。
とかまぁ、そんな事を思っている内に闇を纏ってふわふわと浮かぶルーミア。
「まぁ、そろそろ私も住処に戻らないとね」
「あらそう。また今度何処かで」
「ふふふ、何そのお別れの言葉。じゃあね」
「ん、じゃあね」
そのままフヨフヨと浮かんでいた闇が、木々の向こうに消えていった。
まぁ、途中で聴こえた『あでっ』という声は聞こえなかった事にしよう。闇の中に入ると能力者自身も見えなくなるのはどうかと思うけど。
こうしてただ彼女を見送り、いつの間にか戻ってきていたぬこの背中を撫で続けて数十分。
ようやく出てきた太陽が私を照らし出した。
実に眩しい。
「ふわ……まぶし……おはよう彩目」
「おはよう、ずっと起きてたのか?」
「ん、来客が居たからその相手」
「………………全然気付かなかったが、お前何かしたか?」
「したけど? いやぁ、彩目は皆から慕われてるねぇ」
「? いきなり何の話だ?」
「こっちの話〜。さて、私はそろそろ寝ようか」
「は?」
徹夜した所で体調は別に崩さないけど、傷の回復のために寝るのも良いかもしれない。
と、いう建前を考えてみた。特に意味は無い。いやまぁ、騒ぐ彩目を黙らせる嘘にはなるかもしれないけどね。
「おやすみ。あ、ぬこの事ヨロスク」
「お、おう……うん? すく……?」
お次は緋想天編。
< そーなのかー。
To Be Continued ?