風雲の如く   作:楠乃

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東方緋想天 その7

 

 

 

「お〜い? 妖夢?」

「う、うん……?」

 

 気絶していた妖夢を屋上の欄干に寄り掛からせて、頬をぺちぺちと叩くと、ようやく彼女は気付いてくれた。

 

 ふ、ふぅ。まさかの勢いで殺っちゃったかと思った……。

 あ〜、焦った……この技やっぱりヤバすぎる。本気じゃない限り使っちゃ駄目だこれ。あと幽香用かな。

 ……まぁ、衝撃使って強制的に起こしても良かったんだけど。

 

「大丈夫?」

「え、ええ……なんとか……」

「良かった。立てる?」

「……はい、大丈夫です」

 

 そう言って、私の手を借りて立つ妖夢。

 う〜ん、とは言えちょっとフラフラしてるな……欄干に手を付いているし。

 

「本当に何ともない? 白玉楼まで送ろうか?」

「いえ、大丈夫ですよ。それに負けたのに送られるのは、私としても複雑なので」

「ああ……そう」

 

 むぅ……。

 そこは私の所為なんだから、そのままこっちとしても謝る感じだったんだけどなぁ。

 さっきまでの勝負は関係ないんじゃないかなぁ、と思わなくもない。

 

 

 

 とは言え、やはりそのまますぐに移動するのは体調的に無理という話になり、回復するまではこのまま時計台にて辺りを見渡して休もうかという話になった。

 竜巻の勢力を私が能力を使って何とか制御し、紅魔館の高い時計台から風景を眺める。

 

 う〜ん、この紅魔館の真赤な外壁が辺りの風景とミスマッチ。でもって、もうなんだかそれにも慣れている自分も居る。何がなんやら。

 柵に腰掛けて辺りを見渡すのも中々に楽しい。今度は自宅の近くに生えている巨木でやろうかね?

 

 とか考えていると、また咲夜に誰かが連れられてきた。

 結構な距離があるので誰かは分からなかった。けれども私が一度も逢った事のない人物だという事は分かった。

 私の知り合いで、赤い髪の大きな鎌を持っている人物なんて居ない。赤い髪単体なら美鈴とかがいるけどね。

 流石に鎌はねぇ……何アレ? 死神?

 

「今咲夜にさ、赤い髪で大きな鎌を持ったヒトが攫われてたけど、アレは誰?」

「はい……?」

 

 ……妖夢、本当に大丈夫か?

 気もそぞろになりすぎじゃない? すごい不安なんだけど?

 

「赤い髪の毛で、大きな鎌を持ち歩いているヒト」

「ああ、死神ですね。サボり魔の」

「……なんだって?」

「死神ですね」

「その後」

「……よく仕事を休む、死神です」

「サボり魔じゃないの」

「うう、出来れば今の失言は聞かなかった事に……」

 

 とかまぁ、妖夢の弱点をあっさりと握りつつ、再度門の所へと視点を動かす。

 そんな事を話している間に、当の本人は紅魔館内に入ってもう姿が見えないけれどね。

 相も変わらず美鈴が柱に寄り掛かって門番をしているようだ。

 

「名前は?」

「『小野塚(おのづか) 小町(こまち)』さんですよ。仕事柄、良く逢うので」

「そりゃまた……有名な方と随分名前が似ているね?」

 

 合ってるかどうかなんて本人に聞かないと分からないけど。小野小町の子孫かどうか……まぁ、どうでもいい事か。

 歌聖の娘さえも幻想郷に来てるから、そういうのもあり得なくもないのかね?

 

 

 

 とかそんな事を想いながら、相変わらず時計台でボーッとする。

 風は凄まじいが、雨は降っていないからまぁ、いい天気だろう。とか考えていると妖夢から声が掛けられる。

 

「あの、そろそろ私も白玉楼に戻ろうと思うのですけど……」

「ん? ああ、ごめんね。もう大丈夫?」

「ええ。ご心配をお掛けしました」

「いやいや、私の技でそうなったんだしね。心配するのも当然でしょ。当然というか、当たり前というか」

 

 柵から降りて、今度は寄り掛かりながらそう返す。

 ……そして妖夢のなんだか不思議な顔。

 

「なにか……アレですね。詩菜さんが優しいのって、初めて見た気がします」

「……それは褒めてるのかい?」

「褒めてますよ? 戦った相手の事を心配できるなんて」

「ああ、そう……」

 

 真面目な眼差しで言うからそうなんだろうけど……それは文字にしたら絶対侮辱しているようにしか聴こえないと思う。

 ……まぁ、いいさ。無事ならそれでいいよ。なんだか腑に落ちないけど。

 

「では、失礼します」

「はいよ〜、幽々子によろしく〜」

 

 別に何も幽々子に伝える事はないけどね。

 

 さてさて……どうしようかな。

 ……あの小野塚さんとやらが私に気付いていたのなら、話してみようか。

 まぁ、まだ帰る気にもならないから、ここで物思いにふけるとしよう。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 そう考えてまたボーッとするわたくし。

 あ〜、久々に何もしないでいるような気がする。

 こんなのは……そう、紫達が私を怒らそうとする以来かな?

 

 ……いや、まぁ、妹紅の件で身体を動かさずに考えている時期があったけど、あれは考えていた時期だからノーカウントで。

 というと、やはり何も考えず何も行動しなかったのは、喧嘩直前の日向ぼっこが最後かな?

 

 う〜ん、『泰然(たいぜん)自若(じじゃく)』が何十個目のモットーの私がなぁ……。

 あれ? 意味合ってるかな? まぁ、いいや。

 

 

 

 そう考えている内に、どうやらレミリアの犯人探しごっこも一段落したようで、例の死神が出てきた。

 出てきたからと言って、私は何もせずにその後ろ姿を眺めていただけだが、どうやら件の死神は視線に敏感らしく、あっさりと私の方へと振り向き、そして数秒私を見てからこっちへと飛んできた。

 ……むぅ、何もしていないのに、こうも簡単に物事が進むとは。

 明日辺りに何か不幸な事でも起こるのかね?

 

 

 

 そのまま彼女は時計台に降り立ち、私のジロジロと見る。

 ……そんな私、有名だっけ? いや、妖怪の山なら有名なのも分かるけどさ。あれこれやったから。

 

 青と白を基調とした服、着物に使う筈の帯を二種類もしている。全く、洋風なんだか和風何だか分かりゃしない。

 和風なら私らしく紬を着なさいよ。全く。

 

 等と意味不明な事で腹を立てつつ、相手から話し掛けるのを待つ。

 無論怒っている事など表情にはしていない。というかそもそも怒ってない。

 

「……あんた、この紅魔館の者かい?」

「いんや、わたしゃここの従者に連れてこられた容疑者さ」

「なるほど、あんたも私とおんなじってかい」

 

 そう頷いてやけに納得した様子の彼女。

 にしても随分とはすっぱな口調である。良いね。楽しくやれそうだ。

 江戸っ子っぽい気前の良さっていう物を感じるよ。一言二言交わしただけだけどさ。

 

「それで、なんでまたこんな所に? 連れてこられたのに、ここに居るって事はもう開放されたんだろう?」

「ん? 随分と始めの方に私は連れられてきたんでね。暇だからここで来る人を眺めてただけ」

「随分と自由人だねぇ……」

「そう? 噂通りそっちもそうだって話だけど」

「あらら、これは耳が痛い……」

 

 そう言って、苦笑する小野塚さんとやら。

 ……まぁ、本人の名前をこっちだけが知っているというのもアレなので、自己紹介をさせていただく。

 許可は誰にも取らないけどな!

 

「私は『詩菜』って言うんだ。最近幻想郷に来た者でね。何かあればよろしく」

「へぇ……おっと、私は『小野塚 小町』だ。まぁ、噂とか言うから知っているみたいだけれどね」

「まぁね。知ったのはついさっきだけど」

「ほう」

 

 そう言って、私の隣の柵へと腰掛ける。

 遠くからちょいと思っていた事ではあるけど、随分と高い身長の方だ。

 彩目ほどではないにせよ、その高さはうらやましいなぁ。

 

「詩菜、詩菜……ね」

「ん? やっぱり私の名前を何処かで聞いたりした?」

「やっぱり?」

「いや、単なる勘」

「勘って……何処かの巫女みたいな事を言うんだねぇ」

「私のは彼女みたいにバンバン当たりはしないよ」

 

 そもそも霊夢の勘が当たるっていうシーンすら見た事の無い私が言う台詞ではないが。

 

 けれど、小野塚さんとやらが私に見覚えがあったとしても、私の方は一切ないのだけれども……。

 訂正。『ないと、思うのだけれども。』かな。

 

「そりゃああんたとは面識はないさ。私は友人から聴いただけだしね」

「友人ねぇ……私はてっきり天狗の新聞から知ったのかと思ったんだけど」

「天狗? ああ、射命丸文かな?」

「お、やっぱり知ってるのか」

「最近逢ってないけどねぇ。彼女も三途の川まで来る事はあんまりないからね」

「へぇ」

 

 あのスピードを活かして行けば良いだろうに。

 ……ふむ、今度行ってみようかね? 暇だったら。

 

 おっと、小野塚の解答をそもそも聴いていなかった。

 友人から聴いたって事は、もしかしたらその友人と私は出逢っているかもしれない。

 

「それで? その友人ってのは? 申し訳無いけど、その人と私は逢っているのかを思い出せないんだ」

「ん? 死神の友人、ってだけで思い出せないのかい? そりゃああいつも悲しむってもんだ」

「……死神の友人?」

 

 いや、死神に知り合いなんて覚えがないんだけど……せいぜい亡霊の幽々子ぐらいだと思う……ん? 幽々子?

 そういえば、幽々子が亡霊になって、その時になにか聴いたような……?

 

 ……えっと、そう、幽々子が冥界の幽霊達を管理する云々の話を聴いた時だ。

 あの時は……そうだ!

 

「……あー、『神代(こうしろ) 牡丹(ぼたん)』?」

「そうそう、正解♪」

 

 思い出した思い出した。いやー、そうか死神になったあの子か。

 私が見付けて保護(?)して、んで紫の知り合いのつてを使って地獄へ行って死神になったんだっけ。

 能力が、そう、『記録を再生する程度の能力』だっけ? 鍛えれば最強じゃないかっていう能力だった筈。

 

「へぇ、彼女……元気?」

「それは勿論さ。いやー、あの子の救世主に逢えるなんてね、今日は良い日だ」

「救世主って……そんな崇高な存在じゃないよ私は」

 

 神でもあるけど、神もそんな綺麗な存在でもないだろうし。

 元は妖怪だ。もし死んだとしてもあの世での裁判は地獄で決定だろうね。

 

「いやいや、牡丹から色々と聴いていたし、彼女もかなり逢いたがっていたよ。今度逢ってあげなよ」

「そうだねぇ。それは決めているけどさ」

 

 寧ろ、忘れていてゴメンナサイと謝らないといけないんじゃね?

 とか思いつつ、小野塚に向けていた顔を空へと向ける。

 

 そっか、牡丹かぁ。懐かしいね。

 大体千年経ってない位かな? 牡丹と友達になって別れてから。

 ん〜、懐かしいねぇ。

 

 

 

 ……幻想郷に来てから一年が経とうとしているけど、ほんと、過去の話が色々と浮き上がってくるよ。

 良い記憶も、悪い記憶も……怖い怖い。

 

 

 

「さて、私もそろそろ帰るとするかな」

 

 そう言って寄り掛かっていた柵から身を起こす。

 もうすぐ日が落ちそうな頃合い。まぁ、天候は相変わらずの暴風だけど。

 

 もうちょい幽々子みたいに完全に操れればねぇ……まぁ、操る方法も大体察しがついているけどさ。

 

 とは言え、今すぐ試せる様なものでもないし、今日はさっさと自宅に帰りましょ。

 

「帰るのかい?」

「私は風雲の神様。ただ目的も定めずフラフラするだけさ」

「おやおや、そんなんじゃあ死んでも大変だよ?」

「逆に訊こうか。『死んだら楽』なんて誰が決めたんだい?」

 

 死ぬのは逃げ、っていうのは分かるさ。死人に口なしって言うしね。

 ……そんな言葉は冥界にないって咲夜伝に幽々子から聴いちゃったけどさ。

 

「……それは」

「ああ、別に小野塚さんは答えなくても。私の単なる考えだしね、合っているかどうかもどうでもいい事さ」

「あんた……私の上司からとことん怒られそうだねぇ」

「死神の上司、和風に考えると閻魔かな? まぁ、その時はその時の気分さ」

「やれやれ、こりゃあ厄介者だという話も本当みたいだ……そんな生き方じゃあ気を付けないと足を掬われるよ?」

「足が地に着かない生き方を性分としているのでね。ではまたいつか。牡丹によろしく」

「……はは、分かったよ」

 

 呆れた感じで苦笑する小野塚さん。こりゃあ本当に閻魔っていうのは怖そうだ。

 

 でもま、躁だったら問答するだろうし、鬱だったら聴かないだろうねぇ。

 いやはや、単純な私である。馬鹿みたいだ。

 

 

 







 ようやくの小町登場でございます。
 彼岸の向こうはまたシリアスの連続になるだろうなぁ……。

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