- STAGE 5-x -
『嘯く者は勝てない』
三枚目のスペルカードが遂に終わった。
カードの耐久すべき時間がまだ来ていないにも関わらず、私と霊夢を囲んでいた結界が消えていく。
自身を守る結界が破壊されて吹き飛ぶ霊夢とは反対に、私は消えていく壁を何とか蹴って地上へと降り立つ。
降り立った所で、霊夢も受け身をとって立ち上がり、私へと叫ぶ。
「無理よあんなの!?」
「ま、そーだろーね」
私がした事は単純明快。
地面を蹴り、壁を蹴り、彼女が撃ってくる弾幕を足場として蹴り、結界内を埋め尽くすように跳び回っただけ。気質として勝手に発生する竜巻すらも足場として跳んだだけだ。
まぁ、その途中で何度も彼女を跳ね飛ばしてしまったが、そこは流石に衝撃を操ってダメージは抑えている。具体的には十回当たった程度では身体を守る結界が破壊されない位には抑えた。
……ま、それでも霊夢は全て避けれずに結界を壊されちゃったんだけどね。
「卑怯でしょあんなスピード!! 文の『幻想風靡』だってもうちょっとマシよ!! 大体アイツのカードそのまんまじゃないの!!」
「あ、やっぱり文も『アレ』をスペルカードにしてたんだ」
三船村で見たあの技を参考に作ったんだけど、やっぱり文もスペカにしてたんだね。
まぁ、あの時から既に大技って雰囲気だったしねぇ……予想通りというか何というか。
「聴いてるの!? あれは反則よ!!」
「聴いてるよ」
反則だって? そんなの私だって承知しているさ。
「弾幕ごっこ直前でルールを決めた時に、私は物理攻撃はしないって決めたしね。今のスペルカードは私の反則負けさ。んで、細かいルールもちゃんと決めてなかったしね。今ちゃんと決めようか」
「……ハイ?」
「今まで殆どを霊夢に決めてあげたしね。ここは私に決めさせてもらおう」
「ちょ、ちょっと!?」
「勝負形式は三本勝負。私が出す三つのスペルカードを霊夢がどれだけ突破出来るか、で勝敗を決める」
「その結果は三対〇で私の負けだね。
《扇風『
《突風『
《
そのどれもが私の負けだった。さささ! この先へとどうぞ♪」
「……」
そもそも私に勝つ気はないのである。
まぁ、強いて言うなら互いに傷付かずに終われれば一番だったんだけどねぇ……。
さて………………どう考えても嫌われるパターンだね。これ。
「……ここまで腹が立った事はないわ」
「だろうね。自分でも自分ほど嫌なヤツはいないと思うよ?」
「あんたの、そのっ……その自虐的な所もよッ!!」
そのまま走ってきた霊夢に殴られる。
こういう時は衝撃を反射しない方が良い。と考えて無様に受ける。
そして無様に受けて地べたに転がり、何もせずに攻撃を受けた理由が彼女に見通される事も分かっておきながら、それでも受ける自分が嫌になる。
……分かっていて直さない所もね。
「ふん。そしてその物理攻撃を反射しないところがまた卑怯よね」
ほぉら。見抜いてきた。
とか考えながら、横たわった姿勢のままジンジンと痛む右頬を擦る。
やれやれ……悪者になりきろうとする自分の精神。阿呆だね。
そのまま地面に身体を投げ出したまま、腕を真上へと伸ばして天を指す。
「……今回の異変を起こした奴は、山のもっと上にいるよ。咲夜と魔理沙が先に向かった」
「……」
「私はさ? ……文みたいに上手く手加減出来ないからね。卑怯だと言われようが姑息と言われようが、こうして生きていくしか無いのさ」
ほら。こうやって、また言い訳をしている。
逃げようとしている。哀れな者になろうとしている。
……それが分かっているのに、自分じゃあどうしようもない。
「ホント……クズ野郎なのさ。私は」
正真正銘、クズ野郎さ。
溜息を吐いて、腕を下ろしながら空を見上げる。
私の気分が鬱な感じになったからか、暴風は落ち着き太陽すら出始めている。
殴られた頬が痛いが、まぁ、仕方無い。他には特に身体の異常もなし。
こういうのも、現実逃避の一種。
「……あんたほど」
「ん?」
「あんたほど、何がしたいのか分からない奴も居ないわね」
何がしたいのか、ねぇ……。
……知らない。寧ろ教えて欲しいぐらいさ。
「ははは……そうだね。何がしたいんだろうね、私は」
過去から成長したと思っても、この有様さ。
……まぁ、私は私の仕事っぽいのをやろう。
ようやく立ち上がり服についた土を払っていると、いつの間にか腰の帯に指していた扇子が無い。
殴られた際に飛んでいったのかな? 辺りを見渡しても見付からない。
茂みの向こうに落ちたかな? 霊夢が行った後に探そうっと。
「兎に角、異変を起こした奴は上に居るみたいだよ。身体から立ち昇る気質、それらが集まる場所が異変首謀者の場所らしい……ってまぁ、ここまで来たなら霊夢も分かってるか」
「当たり前でしょ。巫女の勘を舐めないで」
「ふふっ、なるほどね」
それを勘で説明するとはね。
だからこそ博麗神社の巫女、ってか。
「さて、と、これで本日の営業は終わりかな」
「営業って? あんた何か仕事してた?」
「一応人里で何でも屋紛いの事をしてるんだけどね」
「へぇ」
「で、営業ってのはそれじゃなくて、これで今日は山を登ろうとする奴は終わりかな、って」
「……なんで?」
「勘」
当たる時もあるし、当たらない時もある。
まぁ、大体嫌な予想ってのは当たるけどね。今回は嫌な予想ってのじゃないから、当たらない可能性の方が高いのかな?
「……私の真似じゃないわよね?」
「真似てないよ。もともと私の勘は鋭い方なのさ。時と場合に依るけどね」
「じゃああんまり意味ないじゃないの」
「……そう言えるのは霊夢だけだと思う」
「あっそう」
最後に能力を使って服の内側から衝撃を起こし、土を完全に落としてから、もう一度辺りを見回して扇子を探す。
ん〜? ないなぁ。そんな奥まで飛ばされたのかしら? 腰からそんな遠くに飛ぶかねぇ?
そうやって探していると、前から感じる鋭い視線。
まぁ、どう考えても霊夢からの、睨みつけるような眼。
睨みつけるというか、呆れたというか、どうでもいいけどイラつく、みたいな顔。
「人間で……妖怪を退治する立場の巫女である私が言うのもおかしいけど、そういう態度は治した方がいいわよ?」
「……」
流石は巫女、私の深層心理までお見通しか。
やれやれ……元人間が人間から心配され、妖怪が人間から心配され、捻くれ者が巫女から心配されるとはね。
情けないよ。自分がね。
「……分かってる、つもりなんだけどね」
「つ」
「『つもりじゃダメ』って……それも、分かってるさ」
でも、どうしようもなく『つもり』になってしまうんだな……これが……。
「勘弁してよ……ホント……」
「……」
結局、霊夢はそれきり何も言わずに飛んでいってしまった。
私も何も言わずに、ただ彼女を見送った。太陽が実に眩しい。
そういえば、彼女の気質は『快晴』だったかな。それなら日が出るのも納得。
……羨ましいね。霊夢の『全てから浮く能力』っていうのは。
太陽に手をかざして霊夢を見送り、見えなくなった所で手を降ろして扇子を探す作業を再開する。
頬の痛みは既に治まっている。
まぁ、これもいつもの事。
……にしても扇子が見当たらないなぁ……どれだけ遠くに飛ばされたんだか……。
結界があった場所の周辺をなぞるように歩いて探してみても、扇子は何処にも見当たらない。
……なにか、おかしい。
「見付からないなぁ……ここまで見付からないとは」
これじゃあ寧ろ、誰かが隠したと言われた方が納得する。
あまりにも吹き飛び過ぎでしょ。机の上から消しゴムを落とした訳じゃあるまいし。何処のアニメだよチクショウ。
……まぁ、そんな考えは置いといて……。
誰だ。私の扇子を隠したのは。
「やれやれ、それなりにお気に入りだったのになぁ……」
そんな事を喋りながら、歩いている足の先から衝撃を辺りに広がらせる。
衝撃にはごく僅かに妖力を混ぜ、扇子を探すと同時に近くに誰か居るのか、探査の術式を波紋のように広げていく。
私が歩く、その足跡から広がっていく波は地面を伝い、植物を伝い、幹を伝い、樹々の先まで伝って────そして跳ね返ってくる。
跳ね返ってきたモノは、その先に何があったかを如実に教えてくれる。
「……どうなってるんだか」
どういう事になってるんだ?
……というか、何故『今』? どうして今日?
そして、その手の先にある『扇子』はどういう事なのかな?
扇子を探している振りを止め、曲げていた腰を起こして身体を起こす。
顔を動かし、視線を大木の後ろに居る相手へと向ける。
「どういう事かな?
「ッ!?」
ザッ!! と彼女が一気に場を離れて飛び始める。
……まぁ、逃げるのも分からなくはないけど、とりあえず追う。
地面を蹴って更に樹の幹を蹴って跳び、地面を蹴る度にどんどん加速する。
山の中、森の中を彼女を追って私は跳ぶ。彼女は私から逃げるように飛ぶ。
チラリと相手の背中が見えた。やっぱり妹紅だった。特徴的な服装と髪の毛、それに御札のような大きいリボン。
見間違えようがない……あの時、あまり目を合わせなかったとはいえ、因縁のある彼女だ。よーく覚えている。
木々を駆け抜け、途中で何人か妖怪と擦れ違うも全て無視して妹紅を追う。
……今は森の中だから私の方に分があるけども、これで彼女が高所へと飛び立ったら、追う手段はほぼ無い。
私は彼女を追い掛けているけども……追い掛けて捕まえたとして、私は彼女に何を言えばいいのだろうか。
霊夢の行動によって飛んでいってしまった扇子を探し求めていただけなのに、いつの間にかこうなってしまった。
……ははは、何だろ。魔理沙と初めて逢った時みたいだな。コレ。
「『妹紅』っ!!」
「っ!」
衝撃を含んだ声を発し、彼女を止める。
声は何とか間に合ったようで、崖の一歩手前で妹紅は止まってくれた。それ以上先に飛ばれると私が追い付けないからね。
地面へと降りて、振り向いてこちらを見る妹紅。その顔は……睨んでいるような、悲しんでいるような、複雑な顔。
木を蹴って勢いを殺し、私も彼女の前へと立ち止まる。その距離5m。
正直に言えば、本気の高速移動をして扇子だけ掻っ攫う事も出来た。でもしなかった。
相手が妹紅だったって言うのも大きいし……何よりさっき彩目と霊夢に色々と話した通り、向きあう為だ。
……まぁ、さっきの霊夢の会話でちょっと心折れそうだけどね。
「……まさかそっちから来るとは思わなかったよ。てっきり人里で擦れ違うかと思ってたけど」
「……不穏な噂を聴いたからな。ちょっと気になってお前の家に来たんだ」
人里で擦れ違うのは慧音が居る寺子屋か、私が居るカフェかと思ってたんだけどね。
それにしても不穏な噂ねぇ……大体予想は付くけど。
「お前が今回の異変を起こしてるっていう噂をな」
「あー、やっぱりそれなのね。それは私じゃないから。関係者でもない」
どうしてどいつもこいつも私を異変の首謀者扱いするかねぇ。
そんな能力を私は持ってないし、術式を創る程の頭は持ってない。大体異変を起こす理由がない。
「異変ならついさっき霊夢が解決しに行ったよ。妹紅も解決したいのなら山の上へと目指せば良い」
「……証拠は?」
「そんなに皆、私を疑いたいのかね……」
人の話を聴かない奴ばっかり……って、まぁ……私もか。
「理由がないじゃん。別に今の生活に困ってる事なんて無いしね」
「……最近のお前はやけに悩んでいるように見えたって、彩目から聴いたぞ」
「悩んでいるのは彩目もだろうに……まぁ、確かにそうかもしれないけどさ?」
まぁ……確かに目の前に居る君との関係性には悩んでいるけど、それで異変を起こすなんてのはお門違いにも程がある。
もし起こすのなら、妹紅を確実におびき寄せれるような手段を使って……って、いかんいかん。また考えが脱線している。
何はともあれ、
「私は異変を起こしてなんかいないよ。寧ろ異変解決を手伝いたいくらいだね」
「さっきの、霊夢との試合か?」
「あ〜……まぁ、あれはちょいと失敗してるけどね。うん」
霊夢を二回も怒らせちゃったからね。怒らせちゃうのは慣れてるけど、誘導させるのは私にとっては難しすぎた。
「信じてくれる?」
「……ああ、分かった」
「ん、良かった」
そう話している内に、思う事が一つ。
なんだ。私、妹紅と普通に話せてるじゃないか。
……まぁ、妹紅も同じかどうかは分からないけど。
「で、そう。私の扇子を取ったのはなんで?」
「……」
本題に入るとしよう。
未だに返そうとしてくれない、妹紅の手の内にある扇子。
「別に……こっちへ飛んできたから拾った。それだけさ」
「ふぅん?」
そう言って彼女は私へと扇子を投げて返す。
投げられた私の扇子は綺麗な放物線を描いて、私の左手へと収まった。
……そういえば、
「思い出したよ」
「……何を?」
遠い昔、妹紅と志鳴徒、師匠と弟子の関係だった頃の思い出の一つ。
そう、あの時は講義みたいな形で話をしていて、その最中にとある約束事をしていたのを思い出した。
ま……その直後に妹紅の記憶を消したりしたんだけどね。彼女も覚えているのか覚えていないのか……。
「昔にした約束。覚えてるかな?」
「……約束……志鳴徒と私がした約束?」
「そう。でもその様子だと、約束を覚えてないかな」
今私が持っている緑の扇子を後帯へと仕舞い、スキマを開いて中から新たな扇子を取り出す。
あの時私が持っていた扇子は全て壊れてしまっているけど、あれと似たような物なら何個かある。
その中で……あの時の扇子と似たようなのを、君にあげよう。
「ほれ」
「うわっ、と」
こちらも扇子を放り投げて妹紅へと渡す。ちょっと照準が狂って右に逸れてしまったが、何とか彼女も落とさずにキャッチしてくれた。
薄く淡い赤の背景に、赤と黄色の小さな紅葉が描かれた扇子。
昔見せたのは……背景がクリーム色だったかな。それに紅葉もあんなに小さくなかった筈。
「あげるよ」
「……え?」
「霊力とか神力の解説をしてた時だったかな? 妹紅に霊力の才能がどれだけあるかって話になったんだけど、その話の最中で妹紅に扇子を見せたのさ。覚えてない?」
「……覚えてない」
「そっか……残念」
やっぱり、覚えてないか。
まぁ、記憶を消したのは私だし、悔やむ資格なんて私にはない。
「いいのか? その……貰っても」
「良いよ。コレをきっかけに……」
私としては、もうちょい仲良くなりたいもんだ。
「……きっかけに?」
「いんや。何でもない」
こんな事、わざわざ本人を目の前にして言う事じゃあない。
さて……そろそろ霊夢が異変の首謀者に辿り着いている頃かね?
家に戻って、そうさなぁ……まだ何か一波乱起きそうな気がするけど、まぁ、一休みしよう。
「んじゃ、私は自宅に帰るよ」
「あ、ああ……」
「じゃあね。ここは妖怪の山の内に入ってるから、見付からないように気を付けて帰るんだね」
「……ああ、じゃあな」
妹紅に背を向け、森の中へと歩き出す。背後で妹紅が空を飛ぶ為に地面を蹴る音がして、それっきり音は聴こえなくなった。崖から降りるルートでも取ったのかね。
ふむ……それにしても、
……至極まともに、普通の別れの挨拶を交わせた事が、こんなにも嬉しい事だったとはね。
鬼人正邪とか出したいけど、キャラがいまいち掴めてない上に、どう考えても共闘して敵側とか、BADEND一直線とかばかりになりそうな気がしてならない。