『710(南都)大きな平城京』
『794(鳴くよ)ウグイス平安京』
世界史の語呂合わせで有名な二つの言葉。
眼下に広がる碁盤の目の形をした、大きな都。
私は空中に漂いながら、呆然と……ではないけど、ただこの都市を眺めていた。
私の年齢、148歳。
この都、恐らく平安。または平城京。
つまり私は、かなり昔の日本に転生したという事だ。大体六世紀中間くらいかな?逆算すると。
まぁ、既に分かっていた事だし、それほど驚きもしない。昔の世界に産まれたって事は、既に私にとっては周知の事実だ。
天魔にも未来から来た。みたいな事を言っちゃったし、私の勘違いで終わるという事は無かったのだから、まぁ……これはこれで良かったのかも知れない。
さて、平安京か平城京か。
どちらでも結局変わらないと、私は思うけどね。偏見かな?どうでもいいけど。
兎にも角にも、私はこの日本の首都に降り立った訳だ。この時代の、昔の都。
この時代、陰陽師というのは強大な権力を持っている。
陰陽師といえば、一般的なイメージとしては妖怪退治等をしているイメージがあるが、
実際には宮中等で吉兆を占い、天文観測や暦の管理等をしていたそうだ。
けど、私自身が既に『妖怪』であり、彼等にとって妖怪は討つべき存在。式神とか契約したのならまだしも、野良の私は討たれて然るべき存在。
……まぁ、式神って事で紫と契約したって、親が人間じゃない限り、意味もないだろうけどね。
紫が人間とそんなに親しいなら別だけど。
そういう事でこの都にも、そういった陰陽師がうろちょろしており、私もそれなりに警戒をしなければならない。
だがしかし!!
私は……。
……いいや、なんか。
なんかテンション低い。
頑張って上げてみようかと思ったけど、無理だったよ……。
……今日は宿か、ぼろい小屋でも見つけて寝よう……。
取り敢えず、疲れた……。
翌朝。
陽が昇ると同時に起きて働くのは農民の仕事じゃないのか貴族共。
結局私は寝床を見付けられず、京に居るにも関わらずいつもの旅の如く、野宿をする事になった。
お陰でテンションも揚がりゃしない……。
さて、暫くの間人間の多い所で活動しようかと思い立ち、人の流れをつけて辿り着いた、この大都市。
いつも通り人間を助けるとなれば、まずは拠点が必要だ。
拠点は、流石に幽香の家にあるようなベッドが欲しいとは言わないが、柔らかい布団の所には行きたいなぁ……野宿した後だと余計にそう思うね。岩の陰、樹の上で寝るっていうのは辛いもんだ。
資金は基本的に使っていない『今までの報酬』があるので、特段困ってもいない。
要するに、
……。……あれ?
「……やる事、特にないじゃん」
要するに、宿を確保すれば特に問題もないのである。
特に急いでやる事は何も無かった。
それでもまぁ、やりたい事なのでやってしまう。そんな私。
あっという間に三年間。詩菜も志鳴徒も巧い事やっております。
「有り難う御座いました!!」
「志鳴徒様! 妖怪退治、有り難う御座います!」
「また困ったら呼んでくれよ~」
「「ハイ!!」」
「結構結構。ハハハハ」
人妖共に助ける、いつもの生活。
何処に行っても変わらないのね……とか八雲に言われそうである。
その通り! 私は何処でも変わらないのである!! と言って返してやろう。ふふふ。
「スマナイ……タスカッタゾ」
「気にしない気にしない。あ、でもまた私の前で人間を襲ってて陰陽師に逆襲されても、今回みたいに助けるとは思わないでよ?」
「ショウチシテイル……ヤハリウワサドウリダナ、シナヨ」
「うるせぇやい」
志鳴徒は陰陽師ではないが、人間では滅多におらず余りにも珍しい『能力持ち』の妖怪退治屋として有名に。
……まぁ、能力を持ってるってだけで『人外』と迫害されかける事なんて多々あるし、妖怪には恐れられ恨まれる日々。いつも通りっちゃあ、いつも通り。
詩菜は陰陽師に苦戦を強いられ、消滅させられかけた妖怪を救う、救世主的な存在として有名に。
……こっちも『助けられたら妖怪の恥』みたいな事を面と向かって言われたり、陰陽師には『逃げの大将』とか呼ばれて馬鹿にしているやら憎まれてるやら、まぁ~、どうでもいいけどね。
妖怪なら人間に勝つのが当然っていうのも分からなくもないしね。恥っていうのも分からなくもない。
二人が同一人物……ていうか同一妖怪? だと知っているのは、この都には誰一人として居ない。
そこまで仲の良いという友人がこの三年間、上手い事出来なかった。いや作れなかった。
これはなんとも寂しい。参った参った。
「しかして、そこまで深く考えてもないんだなぁ。これが……」
「? ……詩菜の姉貴、何言ってるんですかぃ?」
「ん、いや。どうでもいい事」
「……姉貴の口癖ですよね、『どうでもいい』」
「とある人物の影響でね……ていうか姉貴って呼ばないでよ」
「いえ、姉貴は姉貴ですから」
……意味が分からないよ……。
閑話休題。
人妖大戦勃発。
陰陽師が一気に妖怪を殲滅しようと、近隣の国々から『力のある妖怪退治屋・陰陽師達』を収集し、大軍勢を作った。
それに反応して、都に住む妖怪の内、血気盛んな妖怪共が集まり、それに対抗する為の妖怪軍。のような物を作り出した。
元々気性が激しい妖怪達。集める人物がいなくとも勝手に集まり徒党を組む。
……そういうのを他にも活かせばいいのにねぇ。
そして今回、私は妖怪側についた。
いつもの如く理由もへったくれもないけど、ないんだけど……。
……な~んか、嫌な予感がするんだよねぇ……。
ん~……スキルコマンド『直感』ってか?
……そんなのあったらどれだけ生きていくのが楽になるやら……。
まぁ、そんなどうでも……よくはないけど、とりあえず置いといて、
時刻は丑三つ時。既に真っ暗。人間もわざわざ妖怪の時間に合わせてくれるとか、何やってるんだか……。
都の周りに陰陽師が集い、妖怪共は今こそ反乱の時、と無茶苦茶気合いが入っている。
私は当初の予定だと、上空にて観戦するつもりだったけど、たまたま仕事を受け取って解決させた妖怪達が一斉に仕事の依頼として持ち込んだので、こちら側にいる。
まぁ、心底どうでもいいというのが私の本音だけどね。
それにわたしゃ陰陽師とは不仲だし? これは志鳴徒の方の話だけどね。
ていうか、何時まで向かい合ってるつもりよ?
せっかく妖怪が一番力の出せる時間なんだから、さっさと行こうよ!
え? 始まりの挨拶は私が!?
……じ、じゃあ……わたくしが能力を使って鼓舞したいと思いま、す……?
「フゥ〜……『行くよ!!』」
「「「「「「「ウオオオオォォォォォ!!!!」」」」」」」
……あれ、私リーダー?
とは言っても、私は攻撃に参加するつもりは毛頭ない。
せいぜいが救助の為の威嚇射撃位だ。
……私の力加減が巧くいかない弾幕は、迂闊に相手に当てると腕とか切り刻んじゃうからね…妖怪なら再生するかもだけど、人間相手には、ねぇ……?
妖怪組である私は、妖怪側にいるのだけれども、正直に言ってこの戦いに決着は着いて貰いたくない。
妖怪が負けて全滅ってのも嫌だし、人間が負けて都が壊滅ってのも困る。
だから中間、中立。立場は違くても、行いはあくまでも真ん中。
……妖怪の皆にとっちゃあ、裏切りとも言える行為だろうけど……ね。
まぁ、そんな行いを簡単に見せてやるほど、私も未熟ではないつもりだ。
御札が飛び交い、色鮮やか過ぎて眼が痛い妖怪の弾幕を避け、救助に走る。
『妖怪を助ける妖怪』として陰陽師さんにそれなりに有名な私は集中砲火を浴びてるけど、そんなの幽香とか紫がキレかけた時に比べれば……ふっ。
のらりくらりと避けてる内に昔のゲームのとある場面を思い出した。その名も荒野乱戦。
救助ゲーだった。あれは、うん。
人間の時の記憶は思い出せなくなった部分もあるんだけど、何かの拍子にフッと思い出すんだよねぇ。
人妖共に命懸けって言うのに、なぁに考えちゃってんだか……。
だから私は何処か不抜けているのである。
戦争が始まって、既に一時間程。
数と技術の陰陽師軍に、圧倒的な体力と妖力を持つ少数精鋭の妖怪軍。
今のところ、妖怪軍が押しつつある。
人間には罠や策略という手段があるが、妖怪にはそれを超える回復力がある。
そして私が傷付き消滅しそうな妖怪を、攻撃が届かない安全な場所に連れていき回復させるという役目を持っているから。
人間が死んだ数に対して、妖怪が死んだ数は圧倒的に少ない。
そんな回復役をしている私を必死に倒そうと、さっきからしつこい陰陽師がわらわらと追ってくるんだ、また……。
いやまぁね? パーティーを潰すのは回復役からっていうのは分かるけどさ……。
ああもう、めんどくさい……。
大体、音速を人間が超える事がまず無理なんだって……。
そんなのはよくある最強な安倍晴明とか、霊力で完全にガードした紗英とか、そういう人ってレベルじゃないのしか出来ないって……多分。
……ん?
なんだろ、この気配?
物凄い速度で私に追い付いて来てるんだけど。
私に追い付いているって事は、音速に近いって事なんだけど?
猛烈に嫌な予感がするんだけど?
この雰囲気は…知ってるけど、さぁ……。
……どうしてこういう時に逢うかなぁ……?
「ッ! 詩菜ァ!!」
「……やっほー? 久しぶり、だね」
「待ってたよ。私の元凶!!」
『
私の黒歴史(?)の犠牲者。
槍からジョブチェンジしたのか、刀を私に振り被ってきたので、爪で難なく受け止める。
あえて能力を使って『弾き合わない』ようにする。いつもとは逆に衝撃を無効化。
話したい事が向こうにもあるだろうしね。
なんでこんな所にいるのさ?
「……ここにいるって事は……陰陽師になったの? よく周りが良しとしたね?」
「フン!」
鍔迫り合いから突き飛ばされる。
ここでようやく彩目の全体像が視界に入った。
陰陽師と変わらない平凡な(?)服装。上が白で下が黒で動きにくそうな格好なのに、刀を正眼に構えているのはある意味何かの冗談に見えてくる。
黒髪は背中に垂らし、霊力が普通の白色ではなく微妙に赤い。
ていうか……足ながっ!!
あれ!? こんな身長でかかったっけ!?
現代の外国人でもこんなでかい人はいないよ!?
……もしかしたら天魔とおなじぐらい……? いやいやそんな馬鹿な……。
え? 何? 元が人間だから、百年でこれだけ身長が伸びたと?
だったら私も身長伸ばせろよぉ!!
とかまぁ、そんな事は置いといて、
「私を妖怪の身に落としてくれた時の怨み。今こそ晴らす!!」
「……えー? 私が肉をあげたから、妖怪を倒すのが楽になったんだよ?それで今も生きていられるんだしさ」
「それとこれとは話が別だッ!!」
「……霊力しか出てないみたいだし、妖力を気に入っては……まぁ、くれないよねぇ……」
はてさて……参った。
こんな時に彩目と逢うとは思わなかったし、謝ろうにもこれだけの妖怪が居ると、両方から嫌われてしまう。それは勘弁。
んー……。
まぁ、なんとか……ならない、かなぁ?
「姉貴ッ! 何やってんすか!? そいつを早くやっちまいましょうよ!?」
「ッ!!」
後ろから妖怪に声を掛けられる。声からして開戦の時に近くに居た大柄の妖怪だね。
そいつからの声に、彩目の身体が微妙に強張るのが一瞬だけ見えた。
……殺す? ふざけんな。
「『ソイツは私の獲物だ。邪魔すんな、下がれ』」
「ヒッ! ……はっ、はい!!」
……いかんなぁ……精神安定。
何事にも集中すべし、だね。
とっさに能力まで使って脅しちゃったし。
……まぁ、あいつならいっか。
私の衝撃を伴った声に、どうやら微妙に放心しているみたいなので声を掛けてやる。
「…それじゃあ、仕切り直しかな?」
「……ふん」
私のその言葉に、彩目が刀を構えなおす。
ハァ、いやだいやだ。
「……はぁ……」
「死ッ、ねえぇぇ!!」
的確かつ素早い動きで、私の身体を切断しようとする刀。
爪で受け止め、回避し、受け流す。場合によっては衝撃ごと弾き返す。手加減して尻餅をつく位には衝撃を打ち返すけど。
私は初めからこの人を殺すつもりも、傷付けるつもりもない。
いくら後悔しているとしても、見捨てたり自分から決着をつけたりするつもりもない。
甘いぼっちゃんだからな、私は。
「……何故攻撃してこない?」
そんな私に疑問を持った彩目。
けど、憎む相手に殺し合い中に話し掛けるのは色々とおかしいような……?
私は彩目にとって、呪いを掛けた相手の筈なのにね。
……まぁ、私にとっては嬉しい事だけどさ。
「色々とあってね。そんな気分じゃないし、そんな時期でもない」
「ふざけるなッ!! 私と戦え!!」
「やなこった。私の娘みたいなのを誰が殺すか」
「むす……!? なな、なんだそれはッ!?」
「え、私の血肉を分けたじゃん」
「あれは強制でだろッ!?」
「言っておくけど、妖怪の上下関係は厳しいよ?」
「話を聞けッ!!」
聞いてるよ。それを言うなら子は親を選べない。だよ?
まったく、五月蝿いなぁ。
「『上』である私の命令は絶対って訳でもないんだけど、強制権はあるのよ? 《伏せ》」
「ッ、ぐっ!?」
命令が下り、『地面に這いつくばった』彩目。
それでも右手に持った刀は、離さない。執念だね。
「とは言っても、それじゃあ意味ないしね」
「ッッ……!」
命令を解除。彩目にかかっていた重力は、跡形もなく消し去る。
すぐさま立ち上がり、刀を構え直してまた相対する。
「くっ……意味がないとは、どういう事だ?」
「……ふむ」
それに答えず、周りを見回す。
妖怪が押され始め、ちょうど均衡な具合に攻めぎ合っている。
今回集まった奴等は、力でごり押ししか能のない妖怪の集まりだ。統制していた私が戦闘に出てしまえばその統制も崩れ、そこを人間に攻撃されてしまっている。
……退き時、かな?
「……んじゃ、また逢おっか? 彩目」
「っ逃げるのか!?」
「そうだよ? 勝てそうな戦況に見えないしね。それに私は『逃げの大将』だからね。引き際は回復役が判断、ってね」
「……逃がすと思うのか?」
そう言って、刀を構えて一歩、また一歩と距離を詰める。
でもまぁ、鎌鼬の私とその影響を受けている彩目、これぐらいの距離なんて簡単に詰めれるだろう。
ふふふ、それでも私をなめちゃいかんぜよ?
「『撤収』!!」
「「「「「「「了解!!」」」」」」」
「なっ!?」
私の一声で妖怪の軍勢が、一挙に引き返し始めた。
人間と接近戦を行なっていた妖怪は、地面を叩いて煙幕を作り出したり、相手を弾き飛ばして距離を取ってから逃げ始める。
救助をしている時に、既にこのタネは植え込んでいたのだ。
私の言葉の一部に『衝撃』を受け、陰陽師を根絶やしにしようとしていたのを、急遽取り止めにして引き返すようにする。
私の一言で妖怪全員にこっそりと埋め込んだ術が発動して、衝撃を受けるという仕組み。
無論、伝えれなかった妖怪も中にはいるけど、敵軍の中に一人取り残されるのは誰だって嫌でしょ?
「さて、
「貴様……ッ!!」
「アバヨ~とっつぁん! 『ザムド』!!」
私の周りに馬鹿にでかいキュウリを薄く輪切りにしたような、緑色の円形のカッターが浮き始める。
1、2、3、4、5……6、7。
数は微妙に増えたけど、まだまだ上位級『ザムクレート』には届かないな。
まぁ、自分の力量不足って事で精進しないとね。
「行けッ!」
「くっ!?」
彩目の目の前を高速回転する鋭利な刃物が横切り、彼女の後ろに居た兵士に致命傷とまではいかなくても、足を止めるぐらいの怪我を与える。
そして残りの奴で、妖怪を後追いしようとした他の退治屋の足元をガリガリ削ってやる。これが最後の警告って奴である。
それより進んだら、自分が削られるよ?ていうか削るよ?まだまだ作り出せるし。
一度に出せる量の限界が七つで、複数回に分ければ幾らでも出来る。
「んじゃ、アディオス!!」
「……くそッ!!」
憎々しげな声を後ろから聴きながら、私と妖怪共はまんまと逃げ仰せたのだ。