風雲の如く   作:楠乃

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 - STAGE 7 -
  『理解、可か不可か』





東方緋想天 その17 ・理解、可か不可か

 

 

 

 『比那名居(ひなない) 天子(てんし)』は天人である。

 

 遠い空の上、天界という所に住んでおり、彼女自身には『大地を操る程度の能力』という力があり、彼女が私物化している緋想の剣には『気質を見極める程度の能力』があるという。

 天界は(妖怪や人間から見れば)非常に退屈な世界で、この天人は下界で行われる『弾幕ごっこ』に興味を持ち、それから博麗神社に目を付けた。

 彼女は幻想郷で最も大事な場所の一つとも言える博麗神社に手を出し、比那名居一族との縁を結びつけようとした。退屈しのぎも兼ねて。

 結果、それで妖怪の賢者の怒りを買い、計画は全て踏み潰されている。

 

 とは言え、博麗神社を表立って管理している霊夢が許しており、それほど何かあっても許してしまう幻想郷の住民によって、彼女はこの宴会に立っている事が出来ている。

 

 ……というのが、後から聴いたこの天人のお話。

 正確に言うなら、この宴会の後から聴いたお話。

 

 

 

「さてさて、実際の所はどうなのかねぇ……?」

「……何か言った?」

「いんや、独り言」

「言った事は否定しないんだな……」

「詩菜だからな」

 

 そんな呆れた声を出す魔理沙と、いつもの事と言った感じの彩目の声が聞こえるが、そんな事はどうでもいい。

 いつの間に彩目、アンタは来たんだ。とも思うけど、それもまぁ、どうでもいい。

 後ろで見守る二人には、ちょっとした酒の肴として扱われているようだが、まぁ、それもどうでもいいとしよう。

 

 

 

「何なのよ貴女。さっきは戦わないとか言っておいて……」

「ん、気が変わった」

「……変な奴ね」

「良く言われるよ」

 

 比那名居を置いて少し距離を取ると予想通り彼女が追ってきた。まぁ、衝撃による思考停止状態は解除されているから、追ってもらわないと困るんだけどね。

 止まって振り返った所で、天人と私を包む結界を張って、さぁ、戦闘準備完了だ。

 

 けれども私の方は敵意を出さないし、向こうはさっきの事もあってか若干引いた状態だ。

 うーん、今となっては若干やり過ぎたと思うけど、その時点で直せなかったのだから仕方ない。

 まぁ、そんな諦める事ではないと思うけどね。

 

 今回の異変であった、人物の気質が表れて天候が変わる。それ自体は既に終わっていた筈。

 けれども、目の前に居る異変の首謀者が原因の剣を出しているからか、私が張った結界の中の天気は少々変わってしまっている。

 天候は竜巻模様。結界の天井とその向こうに見える上空では何かがうごめいているように見える。天子の気質かね? ああ、そういやそれ調べてなかったや。

 まあまあ、何とかなるでしょ。多分。

 

 さてさて、流石に動かなさすぎるのも駄目でしょ。

 後ろの二人の、せっかくの肴にならないじゃないか。

 

 

 

「動かないなら……私から行くよ!」

「ッ!」

 

 

 

 今回の勝手に決めたルール。

 1,拳や蹴り、自身の肉体を使った物理は使わない。

 2,楽しめるように努力すること。

 3,遊べ。

 以上!!

 

 意味もなく接近。比那名居の目の前に堂々と立つ。前言撤回、意味はあった。今作った。

 能力発動。どうもやる気が出ないようなので、少しばかりそこらを弄ってやる事にする。

 

「さぁ、【遊ぼう】! 折角の祭だ。天人なら天人らしく舞を【踊れ(戦え)】!」

「ッッ!?」

 

 一瞬だけ真紅の瞳に黒が混じった彼女は、数秒瞬きした後に突如として剣を振るってきた。

 まぁ、余裕を持って躱し、無駄にバク転しながら後ろに下がる。

 

 うむ、組成した右手の調子も万全。いけるね。

 体勢を元に戻し……さぁて、種は仕込んだ。

 

「……お前、今何をした……? 私に何を仕込んだ?」

「ちょいと仕掛けを一つ。大丈夫さ、ちょいと心を弄っただけだよ。この結界と同時に消える」

「……」

 

 ギリッ、と、奥歯が噛みしめる音が聴こえる。

 まぁ、聴こえないようにしているんだろうけど、私相手じゃあそんなの無駄無駄。指摘しないけどね。

 

 それにしても、ほんの少し闘争心を煽っただけなんだけど……少し操られたと即座に察知されたというのは流石天人様の実力といった所。

 

 忌々しい、腹立たしい、と言った感じで睨み付けて来る比那名居。それとその後ろで縁側の軋むかすかな音。

 何も嘘は吐いてないさ。

 だからそう、後ろの彩目は腰を浮かせたりしないで欲しい。暴走はしないからさ。

 

「……良いわよ。やってやろうじゃない!」

「おおっ、やっとやる気になってくれたねぇ。良きかな良きかな」

 

 声と共に踏み込んで振るわれた緋想の剣を、身体を横に逸らして避ける。

 ああ、そういえば大きく斬られたら即死するんだった。まぁ、今は結界あるから多少は大丈夫だと思うけど、最後の攻撃で決着が決まる時に、緋想の剣で守りの結界が破られると死んじゃうだろうなぁ。

 ふふん、良いね! 久々の感覚に血湧き肉躍るって奴だ!

 

 返して来た刃を取り出した扇子で防御して、そのまま押し出される形で後ろへと跳ぶ。

 というか剣が不定形だから防御も大変かもなぁ、コレ。

 そんな事を跳びつつ考えていると、今度はレーザーが飛んできた。ほほう、そっちも出来ると。厄介だねぇ。

 まぁ、何とか直撃する前に結界の壁に辿りつけたので、一気に加速。天井を経由して反対側へと跳ぶ。

 

「なっ!?」

「まだまだ甘い甘い。さぁさ、こっちだ!」

「〜〜ッ! 言われなくても!」

 

 扱い易いなぁ。いや、そうでもないのかな?

 

 今度は石が飛んできた。いや、要石かな?

 尖った石にはしめ縄が絞めてあり、弾丸のようにこちらへとまっすぐ飛んできている。

 はてさて、はたき落とすのは能力を使えば簡単だけど、どうしたものやら。

 まぁ、普通に飛び越えるか。

 

「そこッ!」

「だからどうしてそう叫んじゃのかねぇ?」

 

 叫べば位置がバレるだろうに。まぁ、弾幕ごっこという『遊び』だから良いのかしらねぇ?

 

 とは言え、流石に要石を飛び越えたせいで滞空時間が発生してしまった。

 空中という不安定な状態で、飛び込んできた彼女の緋想の剣を扇子で受け止める。

 まぁ、当然だけど空中姿勢維持なんて事は出来る訳がないので、そのまま地面に叩き落とされるようにして振り抜かれて落ちた。

 行動の速度上昇という意味なら、まぁ、ありがたいのかね。

 

 地面に着地した瞬間の衝撃を使い、ありえない方向へと吹っ飛ぶ。具体的には比那名居の真下を潜り抜ける。

 格闘ゲームで言えばめくりと言えば良いのかね? あんまり知らないけど。

 

 とは言え、逃げるつもりでもない。

 彼女だって、私から視線を決して離してないし、不意を付くという作戦をするつもりは今の所なし。

 

 これまた結界の端まで来て、最初のスペルカード発言宣言。

 

「まず一枚目! 《地震『流連荒亡(りゅうれんこうぼう)』》!!」

「ッ! ────なっ!?」

 

 スペルカード出して使った、という事で息を呑む声が一つ、いや二つか。

 その後に、信じられないというような息を吐く声が一つ。

 ふふん、何も君だけの特権じゃないんだよ。地面操作系の技っていうのはね!

 

 地面を左拳で叩く。

 そこから地走りが幾つも走っていき、ランダムな場所で地面ごと上へと勢い良く爆発し、地面を隆起させる。

 どんどんと地面がおかしくなっていく光景なんて、彼女は見慣れてる筈なのに、驚きすぎてか何も行動が出来てない。紫の時に見てる筈なんだけどね。

 

 さてさて、驚いて止まっている所、悪いけど……もうすぐ君の足元も荒れるよ?

 もう二回ほど地面をたたき、ちょうど良く彼女との間に出来た、地中からの石柱を隠れ蓑にして行動を再開する。このスペルは三回叩いて計九個の石柱を立てるからね。

 

「っ、ぐぅっ!?」

「ほれみたことか」

 

 まぁ、そんな事を呟く私も、相手に対して聴こえないようにしてない辺りが捻くれ者を象徴してるよね。とか思いつつ空を仰ぐ。

 

 彼女は……何処に吹き飛んだ?

 直撃した柱の上には、誰も居ない。

 

 嫌な予感がして、扇子を体の前に持ってきて構える。

 即座に風の動きを確かめて、比那名居の位置を確かめてみる。

 

 まぁ、あっさりと簡単に見付ける事が出来たけれど……違う柱の、隆起した地面の上?

 即座に地面を蹴り、石柱を蹴って蹴りまくって上へと跳ぶ。

 

 気配を感じた石柱の隣の石柱へと登り、そこで私も多少は驚く事になった。

 

 

 

「……おやおや、ようやく笑った」

「ハッ、言ってなさい! 《地震『先憂後楽(せんゆうこうらく)の剣』》!」

 

 スペルカード宣言をして、石柱へと緋想の剣を刺している彼女の姿。

 どうやらようやく火が付いたらしく、私が唆した闘争心を飲み込んで戦意を大きくしてきたらしい。

 ははは、良い事じゃないの。

 

 私がスペルカードによって生み出した石柱に、緋想の剣が刺さった事で崩壊し始め、一気に地面へと戻り始める。

 それと同時に周りの石柱も一気に地面へと戻りだす。

 

 そして、それと同時に感じる、地中からの大きな力。

 

 こりゃヤバイ、と感じて地中へと引っ込む石柱のギリギリの部分を蹴って、一気に壁へと離脱する。

 まぁ、そんな隙を待っていたのか、当然のようにレーザーが飛んできた。

 扇子を開いて何とかガードはしたけど、結界の力は大分削られた。まぁ、跳ぶ勢いは更に大きくなったから良いけどさ。

 

 壁に到着した際の衝撃で更に天井へと飛んだ時に、私が出した石柱群は完全に地中へと戻り、大きく地面が揺れて、力が開放された。

 多少は耐久力を削られている私の結界では、まず間違いなく破られるであろう、非常に大きな力だ。

 どれだけの馬鹿力を込めてんだ馬鹿、と言いたくなる。言わないけど。

 

 

 

 そして数秒の後に、その大きな力の放出が弱くなり始めた。

 彼女は地殻変動が起きて大きく揺れている筈の、その地面に立っている。揺れに動かされもせず、揺るぎない信念を持っているかのように、威風堂々と。

 まるで、何も起きていないでしょ? みたいな顔をして、その真っ赤な瞳で私へと微笑っている。

 

「そんな蝿みたいに天井の隅っこで飛んでないで、こっちに来なさい? 止能止衆止。落ち着きなさいよ」

「はっ、冗談! それはそっちこそどうなのさ?」

 

 エネルギーが収まった所で壁蹴りを止めて地面へと降りる。まだ反射は使わない。

 相手は堂々と剣を地面に刺して、私が歩いてくるのをじっと待っている。

 まぁ、彼女の瞳が真っ赤に染まっているなら、私の瞳も緋色に染まりきっているだろう。

 

 身長差は、彼女の方が上だ。

 武術に関しては、こちらがやや上だと見ている。受けた教育は多分向こうの方が上だろうけど、私には年齢差で培ったものがある。

 戦闘意欲に関しては、それに関しても、ほぼ同等。心を折られるなんて事はありえないと言った感じに溢れ出てくる自信。

 

 いいねぇ、暴走はしてないけど、実に良い気分。

 ここまでテンションが高いのはいつ以来だろう、ってぐらいに清々しい気分だ。

 

 

 

「さぁ~てさてさて……どうなる事やら、ってね!!」

「あんたが地に落ちて、私だけが天に向かって立つだけよ!!」

 

 叫ぶと同時に、一気に天子へと近付く。

 迎え討つように振り下ろされた緋想の剣を、扇子で止めてみせる。

 一瞬だけ驚いたような波を感じたけれど、それも戦闘意欲で消えていった。

 顔を上げて見てみれば、獰猛な笑顔を浮かべる敵が居る。

 

 衝撃完全反射は使わない。

 そんなのは、今は無粋だ。

 

 妖力を隅々まで通した扇子で、能力を若干使って剣を押し弾き返す。

 力もそれほど加えてないから、すぐに次の斬撃が襲いかかってくる。

 その攻撃も扇子で受け止める。弾き返してこっちも攻撃をし始める。

 

 だんだんと、その剣戟が早くなっていく。

 彼女が袈裟斬りをすれば、左手に持ち替えた扇子でそのまま跳ね返す。

 跳ね返した際の反動はすぐさま消し去り、武器はすぐに左手から右手へと持ち帰る。

 

 ガンガンガン、という金属音が続いて、辺りに鳴り響いている。

 緋想の剣と私のほぼ全力が込められた扇子がぶつかり合う余波で、地面も少し吹き飛ばされていて、私達の周囲1m以降の地面が少し低くなってしまっている。

 手数の多さは、私の方が多い。

 威力の強さは、天子の方が強い。

 重さは向こうの方が大きい。身長差もあるけどね。

 速さはこちらの方が上。それが負けてたら私は何者って話になっちゃう。

 

 実に、楽しい。

 

 彩目とだと身長差がありすぎて勝負にならない。

 文とだと単純に速さの勝負になってしまう。

 紫とだと如何に相手を騙せるかになる。

 幽香とだと総合火力の比べ合いになる。

 妖夢とだと剣の実力の差がありすぎて駄目。

 フランとだと能力の差がありすぎて駄目。

 咲夜とだと時間と時間の隙間を突く試合になる。

 霊夢とだとそもそも比べ合いにならない。

 天魔とだと向こうが手加減してしまう。

 魔理沙とだと私が手加減してしまう。

 

 良い。

 非常に良い。

 

 別に、実力が拮抗した相手という訳じゃあない。

 闘争心が心地よいとか、敵意がジャストとか、そんな事でもない。

 

 ただ、何と言うべきか、戦っていて面白い。そう感じる。

 面白い、相手。

 ただ、面白い。

 

 

 

 大きく薙ぎ払われた緋想の剣で、遂に私の扇子が破壊されてしまった。

 ま、向こうの剣とは違って私の武器は武器じゃないから、しょうがない事だ。

 砕け散った破片が私の方へと弾け飛ぶ前に、地面を殴ってその場から引いて立て直し、天子から距離を取る。

 

 スキマを開けばまだ代えの扇子はあるけど……彼女の力を今この場では使いたくないなぁ。う〜ん……。

 

「あら、愛用していた扇子も砕けちゃって勝負は私の勝ちかしら?」

「うん? んー……まぁ、引き分けって所じゃない?」

「………………へ?」

 

 いよいよまさにこれから本気の勝負、って感じの雰囲気が漂い始めた所だけど、流石にこれ以上は危ない。

 危ないっていうか、私の理性とかが主に危ない。これ以上本気でやりだしたら、いくら私でも私を抑えられなくなっちゃいそうだ。

 

 思い切り気が抜けてしまったような顔をしている天子が、こちらへその間抜け面を晒しているけれどそんな事は関係なく結界を解除する。

 私だって少々物足りないけど、これ以上は流石に本気になれないよ。

 いや、弾幕ごっこでやる以上は本気になれないし、なってしまったらそれは弾幕ごっこじゃなくなっちゃうだろうからね。

 

 とは言え、私としてもこのまま終わってしまうというのは面白くない。

 

「そうだなぁ。私の負けで良いかな。いやー、流石天人だね。理解不能の神様って自称している私に勝つなんて。すごいすごい」

「ッ、馬鹿にして……! 神様のくせに逃げる気なの!?」

「逃げる逃げる〜。なんて言うかねぇ? これ以上本気でやるには『今この場』じゃ不相応かなぁ、と思ってね?」

 

 要は、簡単な事だ。

 けれども、私としてはそんな簡単な事を簡単に伝えるつもりはさらさら無い。

 

【殺し合いなら何時でも受けるよ? 地面を這い蹲る泥くさい妖怪の一匹は、いつでも貴女の土地のずっと下で待っているから】

 

「ッ!?」

 

 そんな事をわざわざ声に出さず、衝撃で天人にだけ伝えるというのが私である。

 

 

 

 まぁ、緋想の剣で斬られたら幽霊のように消滅・存在が消えてしまう条件があるという身だし、それぐらいの譲歩は欲しい所だよねぇ。

 とか、そんな自分でも良く分からない理論的でない事を考えながら、娘と魔理沙の元へと戻る事にした。

 

 

 







 卒研提出迄残九日←完全莫迦



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