風雲の如く   作:楠乃

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 あんまりにも最近シリアスしか書いてないもんだからちょいと方向転換したかった。






剣『劇』無双

 

 

 

 八雲一家と一悶着あった二日後程の事。

 ……こう考えてみると大騒動っぽく聞こえるけど、別に私としちゃあちょいと喧嘩しただけのつもりなんだけどねぇ。

 いやぁ、仲良くしたいよ?

 仲良くしたいけどちょっと私の精神的になにかこういたずらしたくなっちゃって、こう、好きな女子を苛めたくなるような小学生の恋愛事情的ないや別にそういう意味の好きじゃないしそんな精神レベルの1446歳ってどうなのって話になるんだけどまぁそういう事なのだ。

 

 何が? って感じで閑話休題。

 

 そして昨日は丸一日、髪の手入れについて、帰ってきた彩目からのご指導で潰れてしまった。ここ最近やけに忙しい気がするのは……まぁ、異変もあったけどそれがあっても尚、忙しすぎる気がしなくもない。

 久々に何もない日、っていうのを過ごしたいよねぇ……。

 いや、行動を起こさねばなるまいとは思ってるんだけどね?

 

 と、考えていると、やけに朝から気合が入った彩目の行動が目に写ってくる。

 いやまぁ、昨日の髪の毛事件で既に気合が入っているというのもあるとは思うけど、何か違う気がする。

 別に彩目の態度が何処かおかしいという訳ではなく、ただ単に朝から彼女の動きがいつもよりちょびっとだけキビキビとしたものになってるような気がする、ぐらいの変化なんだけどね。

 

「……センセー、彩目が気持ち悪いです」

「言うに事欠いて、第一声がそれか」

「なに? 何か今日大きな仕事でもあるの?」

「ん? それなりに大きい用事ではあるが……聞いてなかったのか?」

「え? いや、何も聞いてないと思うけど」

「そうなのか? ……いや、今日の昼にな。妖夢が来るんだ」

 

 へぇ。

 

「私に負けたのが悔しいから、って感じ?」

「さぁな。ただ久々に稽古をつけてくれと頼まれただけだ。というか……いつ戦ったんだ?」

「地震の異変の時に、紅魔館の屋上で」

「いつの間に……そして何故そんな場所で……」

「さぁね」

 

 妖夢の名誉の為に、パーティがあると言われて無理矢理、つまりは騙されて来たという事は黙っておく事にしよう。

 

 

 

 

 

 

 とまぁ、そんな会話が朝から昼の中間時ぐらいにあって、縁側でのんびり休日を過ごしていれば、そりゃまぁ生真面目な娘のお弟子さんが来るのも当然であって、私がこの家から動かなければそりゃまぁ、当然のように鉢合わせする訳であって。

 

 だからと言って、何をする訳でもなし。

 妖夢が私の腰まであるロングヘアーでまた驚いていたけど以下省略。

 ついこの間、文が持って来た河童印の煎餅を食べながら、横臥の姿勢で寛ぎながら、妖夢と彩目の鍛錬を観察しているのが現在の事。

 ……うん、まぁ、普通に普通の煎餅で良かった。きゅうり味とかじゃなくて良かった。

 

 そんな事は置いといて。

 

 彩目と妖夢の戦い方を見ていると多少なりとも思う事が幾つかある。

 まず第一に武器が同じ『刃物』であっても、戦法は誰一つとして同じものはないな、という事。

 

 妖夢の戦い方は、主に一本の刀から連撃、又は斬った跡から弾幕を飛ばしたりするもの。二本目を使った攻撃は敵に息を合わせて攻撃する時か、もしくはスペルカード攻撃等の時にしかほとんど使っていない気がする。

 弾幕もそれほど得意には見えない。ああ、剣閃から放つ弾幕以外の弾幕、という意味で、の話。

 例えばの話、私が能力を使って武器を弾き飛ばしてしまえば、彼女の攻撃方法は大分限られてしまいそうな気がする。いや、そこは対策とか奥の手とかがあって当然だと思うし、狙ってまでやる事でもない気がするけど。

 

 対して、彩目の戦い方は、その名の通り臨機応変。妖夢の長い方の剣に合わせて長刀を作成して合わせていたと思ったら、弾幕に合わせて虚空から投げナイフのようなものを飛ばして撃ち落としたり、長刀を弾き飛ばされたと思ったらいつの間にか短刀を二本持って連撃を突如として開始したり、絡み手に絡み手を重ねるような感じだ。

 まぁ、実戦のような形式で鍛錬しているようだから、様々な戦い方に慣れるように彩目が色々と変えてる、というのもあるとは思うけど。

 状況に合わせてころころとスタイルを変えるのは私に似たのかな、と思う事もあるけど、どちらかと言うと奇術士を彷彿とする戦い方だと感じた。これも『奇術を使う剣士』、って意味じゃなくて、『奇術のように剣を操る戦士』、って感じのニュアンスになるけど。

 そういう意味じゃあ、何処か咲夜に似た雰囲気もある。

 

 此処に居ない十六夜咲夜の場合は、単純に時を止めてナイフを投げて弾幕とする。としか説明出来ない。

 いやまぁ、本気で戦った事が一度、格闘有りの弾幕ごっこで一度で、二度ほど私も戦った事があるだけで、彼女の戦法を完全に見切った訳ではないから詳しく説明出来ないだけなんだけど。

 

 咲夜の戦い方は、ナイフを主に使った弾幕型。飛んで来る弾幕はどれもがナイフ。近接戦闘も得意。時空を操る能力で跳弾するナイフや曲がってくるナイフ、空中で回転し一挙に狙ってくるナイフまである。何処まで行ってもナイフと時空操作のオンパレードだ。

 遠距離になればナイフが飛んでくる、近距離になれば両手に煌めくナイフが襲って来る。まぁ、彩目のように臨機応変って言っても良いかもしれない。得物は一つしかないようだけどね。

 

 そして私。近付いて殴る。終わり。

 基本的に竜巻を起こして弾幕を消したりはするけど、人に当てようとは思わない。ヒトなら兎も角、粉微塵になった相手とか見たくもない。扇子も風を操る為の道具であって、物理の衝撃を与える為の武器じゃないしね。打突武器として使ったりするけど。

 前回の異変のように、相手がちゃんとこちらの攻撃に合わせた防御結界を張ってもらわないとね。どこぞの吸血鬼が相手なら再生するし、気兼ねなく斬れるんだけど。

 ん〜、文みたいに旋風の扱いがもっと巧けりゃねぇ……。

 

 まぁ、遠距離攻撃なんてほとんど持ち合わせてない私だけど、戦い方としては咲夜と彩目を極端に組み合わせた感じ、になるのかね? 超高速で近付いて、臨機応変に殴る、みたいな。

 いや、臨機応変に超高速で動いて、近付いて殴る、か。

 近付かれないようにされるとオシマイなのは、まぁ、フランと初めて逢って戦った時に充分味わったけど……そう言えば『耐久スペル』とか言って紫にもボコボコにされた事もあったな……。

 

 

 

 そんな事を考えながら鍛錬を見ている内に、妖夢が彩目から大きく距離を取って構えて、

 

 

 

 ────気付けば、彩目と鍔迫り合いをしていた。

 

「………………」

「にゃあ」

「ん?」

 

 多少なりとも驚いた。驚く衝撃を無効化するぐらいには驚いた。まだ無口なぬこが声を掛けてくる程度には驚いた。無効化出来てなかった件について。

 ……妖夢、準備すればあんな速度も出せるのか。文よりも速いんじゃないのアレ。

 

 いや……そういやこの前アイツの家に行った時に幾つかメモ書きがあったな。

 移動の瞬間を捉えるには云々って、もしかしてアレの事なのかな……?

 

 ん、でもそれにしては、その一瞬すぎる速度の剣戟を彩目が受け止めれるのはおかしいような……少なくとも、横から見ていただけの私が──油断していたとは言え──見切れなかった攻撃を、そもそも出せる速度が文より遅い彩目が受け止める事は出来ないと思うんだけどなぁ……。

 いつの間にか彩目も凄い成長してたりするのかしら? いや、その割には今、鍔迫り合いからの乱舞はさっきまでのスピードで、天と地ぐらい速度が違うし……あ、いや、この場合は雲と土か? どうでもいいか。

 

 とは言え、私が覚えている限りの最高速度は、私が文とやりあった時の戦闘だ。あの時の速度が実は今見たようなのと似たような速度だったかもしれない。

 実体験している者だけが観測出来る、一瞬を引き伸ばした時間の狭間、って感じかね。

 ……ま、割と私もよく体験しているし。最大限まで引き伸ばされたのが三船村での時、か。

 

 そういう意味で考えれば、体感時間を引き延ばした事例が近くにあった。私が座禅して気質を抑えた時だ。

 あの時は咲夜が来たから一時中断したけど、あの後再開して今何時かなと思った時にはまだ三十分も経ってなかったからヤバイな、とか思った記憶がある。

 ん〜、まぁ……私の鬱状態も、過度な集中状態、って言えるような気もしないでもないし……寧ろ思考の暴走状態、って言った方が正しいような気もする。精神の速度と身体の速度のバランスが合ってない状態、みたいな? いや、場合と状態にもよるんだけど。

 

 

 

 ふむ。

 

 ちょうど妖夢と彩目の模擬戦も一段落したみたいだし、試してみるかな?

 若干テンションがおかしい方面に伸びつつあるし、やりたいと考えてる事は多分出来るでしょ。戻れるかどうかは怪しいけど、まぁ、その部分は日頃の成果という奴を発揮しないとね。

 

 

 

 立ち上がって伸びをして、下駄を履いて二人に近付く。

 彩目が怪訝な顔をしているのは……こっちのテンションに薄っすらと気付いているからかね?

 

「私も混ぜてくれない?」

「混ぜる、って……一応鍛錬なんですけど」

「ん、ちょいと試してみたい事があるんだ」

 

 そんな危険なものじゃないよ。スキマから木刀を取り出して、ブンブンと軽く振り回す。

 あたしゃ二人みたいに武道を扱える訳でもないから、武器なんて使わない方が強いだろうけどね。まぁ、コレも余興の一つだ。

 

 ……うん、まぁ、不慣れな木刀も、これだけ扱えりゃ充分。

 寧ろいつも通りの拳でも良かったかもしれない。

 

「妖夢ってさ、視力それなりに良いよね?」

「良い方だとは思いますけど……」

「うん、まぁ、弾幕ごっこに興ずる少女達の視力が悪い訳なかろうと言う至極どうでも良い話なんだけど」

「は、はぁ……?」

 

 結局下駄を履いた意味なかったな。無意識の癖ほど侮りがたいものはない。

 とか何とか考えつつ、下駄を脱いで妖夢から距離を取る。およそ40mぐらいの距離。

 

「おーい、何処まで行く気だ?」

「この距離で私の眼の色分かるー?」

「今黒色ですよね?」

「じゃあこの色」

「金色だ。それは分かる」

「んじゃこの色」

「赤色ですか?」

「ん、緋色のつもりなんだけど、分かるか。じゃあコレ」

「……黒色、にしては若干青いような」

「見えるみたいね」

 

 オーケーオーケー。

 それにしても、三次元で高速攻撃を躱し切る彼女達の総合視力は一体どれほどのものなのか、という疑問が深まったけど、まぁ、それは置いとこう。

 私も人の事言えないしね。

 

 木刀を構えて、ゆっくりと息を吐く。

 

「んじゃ、ちょっと今から気分を落とす」

「……オイ」

「大丈夫。予防線は張ってる」

 

 彩目が心配、と言うか困惑した声を掛けてくるけど、まぁ、大丈夫な筈。

 

 寧ろこんな機会は早々ないと思うから、思い付いた今、この場ですぐに試してみたいくらいなんだ。

 

 

 

「今から私が最高速で妖夢に攻撃を仕掛ける」

「ッ! はい」

 

 私がそう告げると、妖夢の態勢が一気に整った。

 実戦慣れ、というか、稽古慣れ、みたいな感じなのかな。昔の武士とかはその場その時が合戦場みたいな警戒してた人も居るぐらいだったけど。あれらは別か。

 

「私が攻撃するのは、妖夢が警戒を私から逸らした時。私から見て、君に隙が出来たと思ったら攻撃するから、妖夢はそれを防御、又は回避してね。一撃、いや、決定的攻撃の寸止めで終了」

「……継続の特訓、受けの防御ですか?」

「まぁ、そんな感じかな。私にも隙が出来たと思ったら、妖夢からも攻撃しても良いよ」

 

 100%無いと思うけど。

 と内心で呟いた直後に、縁側に座った彩目が「無いだろ……」と呟いてちょっと笑う。

 

「『前回』みたいな、私の能力で隙を作るような真似もしない。全力で隙だけを突く」

「分かりました。弾幕に関しては……?」

「ん、まぁ、今回は無しかな」

 

 隙を作らない、と言うのに、隙を突く、とは何だか不思議な語感がするけど、まぁ、そんな事は置いといて。

 

「そして、この距離から開始、と」

「うん、さっきの鍛錬よりもっと本気で来て構わないから。彩目に合わせた速度より、もっと速くないと……この鎌鼬は切れないぞ?」

 

 ニヤリと笑えば、妖夢が少し震えたのが分かった。

 そういや、妖夢との決闘はどれも私が有利になって終わってるのかな?

 

 もう一回、大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。

 

「じゃ、私が瞼を閉じて、開いてから十秒後に試合開始」

「え、十秒も後に、ですか?」

「多分だけど妖夢が驚くと思うからね。それの対応時間」

「……分かりました」

 

 おうおう、何やら不服そうな顔してるねぇ。

 まぁ、相当虚ろな眼をしてるだろうから、驚くのも無理はないと思うんだよねぇ。いや、私自分で見た事ないんだけどさ。

 さてさて、果たして一刀で足りるかしら? まぁ、何回でもしてあげるつもりだけど。

 

 

 

 よし。

 

 視界を閉ざし、呼吸を非常にゆっくりにする。

 イメージとしては、自分の内にある衝撃を極限まで小さくする感じ。

 ただ、おちる。自分だけが、ただ、落ちていくイメージ。

 何も見えない真っ暗闇に見えない自分の見えない心臓がストンと、何処までも落下していくような、そんな心象風景。

 

 おちる。

 

 墜ちる。

 

 堕ちる。

 

 落ちる。

 

 

 

 おちろ。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 妖夢は、彼女が驚くと言った理由を、彼女の眼を見てようやく理解した。

 彼女の瞼を開かれた瞬間に、違和感を絶え間なく覚え、相手を観察して────そして、一気に肌が粟立った。

 

 あまりにも、何も映らなすぎている、詩菜の眼。

 真黒で、風景をただ反射して観測しているかのような、無我の境地のような、そこに居てそこに居ない、底に居るような、眼。

 

 

 

 ──……師匠(彩目)から聴いていた、鬱の時の様子とは完全に違う。

 

 ──()()は、私を見ていない……。

 

 周囲の光景や様子を、何も思わず見ている。

 見ていないというよりも、視ていないし、視ようともしてない。

 

 眼の前の自分すら──もしかすると娘の彩目ですら、立ち塞がった時に邪魔だとすら考えずに、斬って避ける。ぐらいにしか考えてないような眼。

 

 

 

 冷や汗が、ポタリと、顎から垂れて、楼観剣の柄に落ち、

 

 

 

 ハッ、と気付けば、喉元に木刀が突き付けられていた。

 暗黒色の瞳が至近距離から、じっと見詰めている。

 

「ッッイ!?」

 

 咄嗟に木刀を弾き飛ばし、大きく距離を取る為に後退して白楼剣も取り出し、完全に戦闘態勢に移る。

 

 ──あれは、間違いなく殺されていた……!

 

 

 

 止まっていた呼吸を再開し、視線を上げてみれば、のんびりとした動作で木刀を拾っている。

 荒い呼吸をしながらも追撃に来ない事を疑問に思うが、そう言えば鍛錬なのだと思い出す。それぐらいに頭が咄嗟の事で塗り潰された気がする。

 

 息を整えながら考えてみると、普段の彼女ならば武器を取り上げるような攻撃を許すような真似はしないだろう。扇子を弾き飛ばす面の攻撃なんかしてしまえば、間違いなく真正面から跳ね返されるのに。

 

 詩菜が、ゆったりと木刀を拾い、元居た場所まで歩いて戻っていく。

 

 無防備な背中を見せて、斬り掛かれば間違いなく地に落とされるような反撃が来る予感をさせる態度で、ゆっくりと、元の位置へと戻っていく。

 

「────もう一回」

「はっ……ハイ!」

 

 その声にも、色を感じない。感情が見えない。

 墨が一滴垂れるような、ぼんやりとした不透明感だとしか感じられない。声を掛けられるまで透明過ぎるとしか感じない。

 

 ある意味、悟っているようにも見える。完全無欠な神々しさすら感じそうだ。

 

 ただ無心で、もう一度こちらに対し木刀を構えるその姿勢が────例えその姿勢が自己流で、軸が歪んでいて、構えの手足が逆で、風で髪が顔に掛かっても────身動ぎもせずに、唯一つの物事に集中している。徹頭徹尾の芯を感じる。

 

 それが何処か、悟りを開いて失踪してしまった、『魂魄妖忌』の姿と被った。

 

 

 

 ──……頓悟した祖父に勝った、師匠の母親の、本気。

 

 

 

 ざわり、と髪が逆立つのが分かる。また鳥肌が立った。

 脈拍が上がるのも分かる。頬を汗が垂れていくのも分かる。

 

 でも、腕の震えは止まった。息も落ち着いた。肌は緊張感を保ったままだ。

 両手に持つ剣の重さが、自分は確かに此処に居ると、教えてくれる気がする。

 身体の隅々にまで血と神経が通っていくような、全身の状態が分かり、そして整っていくのも分かる。

 

 二刀を再度構え直し、一呼吸入れて、スイッチを入れる。

 

 ──今度は、油断しない。

 ──眼の前の(詩菜)を、斬るだけだ。

 

 

 

 それを見て、詩菜がもう一度瞼を閉じる。先程とは違い、今度はすぐに開く。

 相も変わらず何も写してないかのような眼で、────より一層、瞳は漆黒に近付いたような気もしたが────こちらをジッと視ている。

 

 ソレを眼にして、妖夢は緊張感を増して、さりとて身体の硬直は少ないままに、対立し、

 

 彼女は妖夢を前に、何も視ず、何も感じず、ニコリともせずに、ただ隙を待ち始めた。

 

 

 

 

 

 

 縁側に座っているだけの彩目も、隣でただ見ているだけだった猫も、いつの間にか緊張感に取り込まれてしまい、身じろぎできなくなっていた。

 今日は風も全く吹かない日。客も妖夢以外は来ない予定。

 

 隙を突く鍛錬は、何も起きないままで一時間程、過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 いつものように新聞作成を終わらせ、この家に来た射命丸が、詩菜に影を作った。

 

「あ

 

 

 

 射命丸が見た次の瞬間には、詩菜の姿が立ち消えており、

 彩目が見えたのは、妖夢が振り下ろされた木刀を楼観剣で受け止めてからで、

 

 上段からの振り下ろしを峰で受け切った筈が、巻き込まれるように剣先が上へと跳ね上がり上体を右腕ごと引っ張られる。

 それも予想の内と流れに乗って身体を勢いよく回転させ、迫る刃がスカートの端を切り裂く前に潜り抜け、左脇後ろから白楼剣で敵の首筋を狙う回転斬りを描く。

 

 最高速のまま剣撃の方向を空中で120度変えて相手の脇下から反対側のこめかみを抜ける剣筋が、肉体の触れる直前で止まる。

 吹き飛ばされかけた楼観剣の勢いを回転だけで引き止め、何よりも素早く振り下ろしてやろうとも意気込んでいた右腕も、首の皮一枚斬って再度切り返そうとした左腕の動きも、それで止まった。

 

 

 

「……私の負け、ですね」

「────」

 

 まだ剣戟を続ける事もできた。速度の加減速が一切ない方向転換も予測して避ける事もできた。そう来るだろうとも思っていた。事実右足には避ける為の力が入ったままの状態で身体を硬直させた。

 ただ、それよりも先に服を斬られ、方向転換の前にはまだ首筋へ刃が触れておらず、また白楼剣の刃先に皮膚が付いた時には既に妖夢の肉体に木刀が沿っていた。

 

 ──動きを止めたのは彼女が先だった。

 

 ──私は、まだ、風すら斬れていない。

 

 

 

 全身の力を抜き、剣気を開放して、ようやく詩菜が瞼を閉じた。

 妖夢は両手共に下がり、既に鍛錬を続ける気は微塵もない程疲れているが、彼女はまた違う。

 

 

 

 相手に木刀を突きつけたまま、十秒ほど経った後に、瞼を開く。

 

 ──瞳に、暗い緋色が灯っている。

 

「私に勝ちたきゃ心臓の鼓動音を超えないとね」

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 ────あやややや……」

 

 

 

 鍛錬開始の合図を決めてくれた烏が頭上からようやく降りてくる。

 相も変わらず謎の口癖を喋ってくれる。まぁ、もう聞き慣れた感じはあるけど。

 

「詩菜……アンタ、そんなに速かったっけ……?」

「一瞬一瞬なら、ね。まだ最高速度にゃ程遠い気はするけど」

「ええぇ、まだ上があるんですか?」

 

 呆れたような、それでいてまだ上の段階がある事に興奮したのか、少しばかし食い付き気味に妖夢が聴いてくる。最高地点はまぁ、一応三船村の事なんだけど。

 ……うん、なんか、若干妖夢の中で私の評価が若干変わった気がする。いやまぁ、それぐらいの変貌は、してたか。

 寧ろよく妖夢を斬る前で止めれたと自分を褒めたいぐらいだけどね。いや、予防策は張ってあったつもりだけどさ。

 

「そうねぇ、レベルで言うと28って所かな」

「微妙な値ね」

「……最大値は、どんなのになるんですか?」

 

「ん〜……鬱状態で、偏在アリで、万物流転内で、式神付与状態で、封印解除状態で、妖力神力全開で、武器アリで、目標が相手の消滅で、あと、境界使用可能状態? でレベル100って所かな?」

「「……うわぁ」」

「本気ってそういうもんでしょうに」

 

 とか、何とか言い返しながら彩目の元へと歩き出す。脱ぎ残していた下駄は地面を蹴ってこちらへと吹き飛ばし、ハイ無事キャッチ。

 流石に履く前に一度足についた泥は何とかしないとね。

 

 歩きながら木刀の状態を見てみれば、刀身の半分にまで切り込みが入っている。

 ……相手は峰で、しかも能力で弾き飛ばしたつもりだというのに、ここまでくっきりと跡が残るって事は、まぁ、本気の妖夢というのも末恐ろしいものだ。

 

 

 

「どうやってあそこまで加速するんです?」

「ええ? 天狗の貴女が私に訊くの?」

「いやぁ、気になるじゃないですか。事前に準備が必要とはいえ、半人半霊が私達に追い付いているんですよ? 必要とあらば、おっと」

「……え? 必要とあらば、なんですか? 何を言おうとしたんです!?」

「失礼。私にしては珍しく口が滑りました。忘れて下さい。関係のない事でした。妖夢さんには。ええ、『妖夢』さんには」

「なんで私の名前を強調するの!? 何をするつもり!? ッ、言わないと……」

 

 

 

 隣で何やら揉め事が起こりそうではあるが、私はもう疲れたので鍛錬はお断り。

 彩目も苦笑いしつつ濡れた雑巾を手渡してくれたので、私が混ざるのもここまで、だ

 

「いやぁ、若い人達は血気盛んで良いねぇ?」

「何と言うか、彼女達はいつも通りのような気もするが」

 

 そう彩目が言った次には、二人共ほぼ同時に飛び上がって弾幕ごっこをし始める。

 ああ、なるほど。そういう『いつも通り』ね。

 

 若干怒りに乗せられた剣撃は、多分、私が今あの時の心理テンションの時に受けた攻撃速度よりも格段に落ちているように見える。

 けれどもまぁ、羽団扇で受け止める天狗の彼女も、斬撃の軌跡から弾幕を飛ばしている彼女も、両者ともに楽しそうなのだから、別に本気じゃなくても良いか。とも思う。

 害する為の本気と、遊ぶ為の本気の差、って奴かね。まぁ、どうでもいいか。

 

 

 

「……ブームは去った、か」

「ん?」

「いんや」

 

 なんでもないよ。と言いながら、また私は昼時と同じように、彼女達を観察するように縁側にて横臥の姿勢で寛ぐだった。

 

 

 

「私に勝ちたきゃ心臓を消してから来な、って感じ」

「意味不明だ」

「『理解不能だ』とお言いなさい」

「……理解不能だ」

「よろしい」

「………………理解不能だ」

 

 

 

 




 


 方向転換……したかった……。



 平成28年3月24日 午後1時34分
 字の修正──偏在 → 遍在




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