風雲の如く   作:楠乃

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怨敵

 

 

 

 逃がした。逃がしてしまった。

 私を畜生道に陥れた妖怪。アイツを。詩菜を。

 

 だけど今の、この気分はなんなのだろう?

 憎しみを持って相対したハズなのに。

 必ず殺してやる。と決意して、酷い目に遭いながらも決死の覚悟で陰陽道に踏み込んだハズなのに。

 

 何故、私はこんなにまた詩菜と逢う事を楽しみに待とうとしているのだろう?

 何故、殺してやるという思いと、今すぐ逢いたいという気持ちが同時にあるんだろう?

 

 

 

 ……いや、こんな気持ちは捨てるべきなんだ。

 アイツを殺して、最期を見届けてから私も死ぬ。

 そう決めた。そう決めたのだ。この半妖と私がなってしまった時に。

 二度と私のような人間が現れない為にも、詩菜を許す訳にはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦が終わり夜が明けて、自宅に帰る事が出来た。

 それなりにお世話になった先輩の陰陽師は、『逃げの大将が号令を掛けてくれなけりゃあ、朝まで延々と続いていただろうな』と言っていたのが何故か耳に残っている。

 

 こちらは妖怪の手によって殺された人が、約半数にも登った。

 逆に言えば、帰る事が出来た人数は、生き残った人数だけだ。

 それだけの大損失。帝はこれを何と言うだろうか。

 

 そしてその中で、私が生き残れたのは……明らかにアイツの、手抜きのせいだ…。

 

「……ハァ」

 

 奴に一太刀も浴びせる事が出来ず、むざむざ逃がしてしまった。

 何度も斬り合いを交わしたにも関わらず、すべてアイツの爪に防がれてしまった。

 槍から刀に変え、アイツに追い付く為に身体を鍛え上げ、更に陰陽道を習い始め、それでも……。

 それでも…私は詩菜に追い付けないのか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ただいま」

 

 誰も居ない家に響く、虚しくて意味の無い声。

 親元を離れ、全国を回り妖怪退治をしていたのは、既に遠い昔、百年も前の話。

 今や私の陰陽術の師匠も亡くなり、非常にゆっくりと時が進むこの身体。

 

 只でさえ妖力の影響で『濁った霊力』を扱う事で避けられているのに、この妖怪の身体が皆、懇意にしてもらっている近所のおばさんや妖怪退治屋に知れ渡れば……どんなに恐ろしい事が起きてしまうのだろうか…?

 果たして、私はそれに対抗出来るだろうか……。

 

 

 

 狭い部屋にひかれたボロい布団。それに飛び込んだ私。

 疲れた…足が痛いし……何より徹夜でとにかく眠い…。

 ……それ以外にも、精神的に疲れた……詩菜に遭うだけでこんなに疲れるとは思わなかった。

 

「…おやすみなさい……」

 

 誰に言うでもなく、虚空に呟いたつもりだが。

 ありえない筈なのに、おやすみなさい。と返事が返ってきた……ような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼が覚めた。思考力が急激に戻っていくのを感じる。

 朝日が上り、私へと降り注ぐ。

 

 しかし、私が起きたのは眩しさからではない。

 私が起きたのは、身近に感じる何かの気配からだ。

 

「…なんだ?」

         かたん……

 

 昨日は着替える気も起きず、そのまま寝てしまったので、幸い武具は手元にあったりする。

 

 ……寝癖が酷いが、今は無視だ。緊急事態にそれを整える暇など無い。

 刀を鞘から抜き、物音の居場所を探る……明らかにこの部屋から物音がする。ここは……土間?

 左手で戸を掴み、右手はいつどんな時にでも刀を振り抜けれるように構える。

 

 深呼吸。

 ……よし。

 

 

 

 ガラッ!

「誰だ!!」

「ぬおっ!?」

 

 部屋…『厨房』には見た事もない無愛想な若者が一人。

 料理をしている。

 

 …料理?

 

 ……何故に…?

 

「…誰だ、貴様?」

 

 とりあえず刀を構えて正体を探る。

 見た感じ、陰陽師という風には見えないし、妖怪退治屋にしても痩せ過ぎである。

 

 脅したつもりなのだが、相手は刀を向けているのが私だと分かるとへらへらと笑みを浮かべ始めた。

 

「あ、とりあえず、御早う御座います」

「え…? あ、ああ。おはよう……いや、貴様は一体…」

「今、お昼のお食事を作っておりますので、今暫く御待ちください」

「あ、ああ。すまない……いや、だから貴様は……」

「あ、いえ。手伝っていただかなくてもよろしいですよ? わたくし、自炊には自信あると思いますので」

「『思う』なのか……いや、だから…」

「居間にて御待ちくださーい♪」

「……」

 

 …ヒトの話を聞け。

 

 ……ここで折れる、私も私だが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いただきます♪」

「…いただきます」

 

 見知らぬ男が作った食事を見知らぬ男と共にいただく。一体何なのだこの状況は…?

 

 しかし、食卓に並ぶ皿には美味しそうな香りと湯気が立ち上っている。

 

 『毒が入っている』という事も考えたりはしたが、向こうはパクついているし、二人分に分けられた時から一目も離さず見ていたが、そんな隙は無かった。

 

「あれ、食べないのですか?」

「……」

 

 催促されるがまま、食べてみる。

 

 ……うむ『普通』だ、な。

 不味くもないが、取り分け物凄く美味しいという訳でもない。

 

「美味しい?」

「…あ~……まぁまぁ、じゃないか?」

「そっか。そりゃ良かった♪」

 

 ……。

 …どうやら物事の感想に対する感覚が違うようだ。

 

 

 

 いや…いやいや。いやいやいや!!

 なんで私はこんな唯々諾々と食事を楽しんでいるのだ!?

 

「…オイ。なんでこんな事になっている?」

「えっ? 味付け間違えた?」

「違うわ! 貴様は一体誰なのかをハッキリしろ!!」

「ああ…それね」

 

 おい、なんだその呆れた顔は?

 やめろ、イラッとする。というか斬るぞ。刀は手元にあるからな?

 

 

 

「でわでわ、自己紹介をさせていただきます。私、嫌われ者の『志鳴徒』と申します」

「!! …貴様が噂の……」

 

 

 

 霊力等に頼らず、能力で妖怪を倒す陰陽師。

 陰陽術は使っていないそうなので、厳密には陰陽師ではなく妖怪退治屋なのだが、能力を使う所が陰陽師と似ているそうだ。

 

 嫌われ者。というのはその能力しか扱わないにも関わらず、

 お金が無い町民からは多額の料金を取らない。

 貴族には無駄に冷たい。

 仕事の依頼をしに行っても居ない事が大半。寧ろ居る時の方が珍しい。

 等と色んな噂がついて回っているのだ。

 

 基本、陰陽師は貴族から仕事を貰う。

 その為に、懇意にしていただいている貴族様がいれば家族は勿論、貴族に成り上がる事も出来る。

 そして貴族に付き従う陰陽師は、長く付き合ったりすると貴族と同じような価値観を持ってしまう。

 

 だから貴族に冷たい志鳴徒は、大半の陰陽師にも嫌われている。

 

 私は詩菜を殺す為に陰陽師になった。貴族になろうとも思わないしな。

 だから市民に優しい庶民派の志鳴徒には好感を持っている。

 

 まぁ……私は一度も会った事もなかったし、性格も知らなかった。

 

 

 

 …だから、こんなひねくれた奴だとは思わなかった」

「…心の声がおもっくそ出てますよ? 傷付きますよ? 傷付きましたよ?」

「……で? 結局、なんの用なんだ?」

「無視ですか、おい?」

「いきなり口調が悪くなったな」

 

 まず、なんで私の家に居る?

 次に、なんで御飯を作った?

 

「ん~? いやぁ、たまたま昨日の戦でし…あぁ~……(自分をこう呼ぶのは嫌だけど)…詩菜ちゃん、と戦っているのを見たから。さ?」

 

 詩菜……『ちゃん』だと?

 …なんだ……なんなんだそれは…!?

 

「…貴様、詩菜と仲良くしているのか!? おいッ!?」

「ぅんがぁッ!? 止めろォ!! 首をヲ揺らすなぁあ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 志鳴徒と詩菜は同一であり、まさしく一心同体。

 どちらかが何やらとか言うのは無い。あってはならない。

 

 そして今、彩目の家にお邪魔している。

 此処で出逢ったが数十年目。という訳でも無いが、些かほったらかしにしすぎたかなぁと、ちょいと懸念していたのだ。もともと。

 

「で? 貴様と詩菜はどういう関係なんだ?」

 

 けど、

 なんだこの不倫について詰問されてるような状況は?

 

 

 

 しかし、このまま説明する訳にもいかない。時期や時間というものは、とても大事な物である。うむ。

 

「えーと……知り合い、か?」

「知り合いは解った。というか私に訊いてどうする。私が訊きたいのは『どういった状況』で『どういう風に出逢い』そして『どういう間柄か』という事だ」

 

 間柄の中に知り合いも入ると思うんだが……。

 

「えー…仕事でたまたま知り合った。まぁ、酒を呑み交わす仲? …物事を躊躇なく言える間柄とも言える」

「……随分と親しげだな…」

 

 自分だもの。嘘はつけないさぁ。

 

「…まぁ、いい…それで、アイツは何処にいる?」

「……復讐かい?」

「ああ。悪いが、やめろと言われても止まる気はない」

「ふぅん? …まぁ、知らないけどな」

 

 嘘だけどな。

 目の前にいますぜ?

 

「なんだと?」

「昨日たまたま逢ってさ? 暫く隠居するって」

 

 こうもすらすら嘘が出てくる辺り、詩菜とは性格も変わったのかね?

 ハッハッハ…笑えないなぁ…。

 

「……すると、なんだ? 私を見た後にアイツを追っ掛けたのか?」

 

 ……墓穴掘った。

 盛大に墓穴掘った。チクショウ。

 

「いや。町中で逢ったぞ? ここに来る途中で」

「…そんなバカな…私は……私が、見回って……」

 

 まぁ、街中歩くのは志鳴徒の方なんだがな。

 

 

 

 ……しっかし、見ていて飽きないなぁ…この子。

 見事な百面相だ。

 

「……まぁ、良い」

「あ。良いんだ」

「また遭った時に始末すれば良いだけだからな」

「おお、恐い恐い」

 

 ちょいと鳥肌たった。滲みでた殺意。当の本人が目の前にいるにしては、方向が定まっていない無差別の迫力。

 

 フム、どうやら血肉による強制的な友愛・主従関係は、本人が本人と認識しなければいけないようだな。

 研究♪ 研究♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方。

 

 彩目からの誘導尋問……いや、尋問を誘導させていたから…尋問誘導か?

 

 まぁ、どちらにせよ変わるまい。

 とりあえず質疑応答タイムも一段落つき、水を一服。

 特段美味くもない、普通に普通の水。

 

「でもゆっくりする事は大事なのだ。善きかな善きかな♪」

「ヒトの家で何をのんびりしてんだ貴様は…」

「家……というか宿、ないんだよねー…」

「知らん」

「…野宿はこりごりなんだよねー…」

「……うちに泊まる気か?」

「たの 「断る」 ぅぅ……」

 

 これもまた嘘である。

 

 実際には、都の外れの外れ。むしろ妖怪のテリトリーの入り口に、今にも崩れかけているボロい家があり、そこに住んでいる。

 無論、能力全開で補助をしているため台風が来ようが妖怪が押し潰そうとしても、全て無効化するので留守もバッチリ!!

 

 まぁ、至極どうでもいい事だが。

 

「金がないんじゃ~」

「働け。というか貴様は貴族から大量に奪っているだろ」

「あんなはした金、あっても無駄なんじゃよー」

「……おまえ、今かなりの数の庶民の敵になってるぞ」

「おろろ」

「……はぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 何がしたいんだコイツは……。

 私は…まぁ、口調はこんなのだが立派な女性だ。自分で言うのもなにやらおかしいような気もするが。

 

 それをいきなり訳のわからん奴が来て、唐突に『泊めてください』とは…その……い、色々とおかしくないか?

 

「いやいや、大丈夫。そんな気は毛頭、毛ほどもない。寧ろあっても困る」

 

 ……そこまで言われても、返答に困るのだが…ん…困る?

 ………………………男色?

 

「いきなり何を言うか!? そんな訳が…ぁ……」

 

 いや…否定しろよ。

 ……ていうか、本気でそうなのか? だとしたらそれなりに安心は出来るのだが?

 

「いっ、いやいや!? 違うからな!? ちょ、ちょっとイヤな夢想をしてしまっただけだ!!」

 

 どもるなよ。不信感が全身から溢れ出ているぞ?

 まぁ、そういう事ならば泊めてやろう。私もアイツ以外で鬼になる必要はないのだし。

 

 

 

「忍び込んだのならば間取は解るだろう? 居間で寝てくれ。そこしかないからな」

「……何か凄い間違いを犯したような気がする」

 

 自業自得だろ。

 …しかし、嫌味のつもりで『忍び込んだ』と言ったつもりだったのだが……あっさりと流されるのも何だかなぁ……。

 

 さて、今日は結局、コイツに起こされ中途半端にしか寝ていない。

 男色のコイツならば襲ってはくるまい。安心して寝る事にしよう。

 

「ちげぇよ!?」

 

 うっさい。安眠の邪魔をするな。

 

「り、理不尽な……」

 

 

 

 


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