風雲の如く   作:楠乃

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 あんまりにも最近シリアスしか書いてないもんだからちょいと方向転換したかった。






魔風妖風愛風

 

 

 

 

 不思議な夢を見た。自分が生身のままで空を飛ぶ夢だ。

 この地では空を飛ぶという事自体はそれ程珍しいことでもなく、実力者であるなら飛ぶことはもちろん、自身を思うがままに動かすことが前提の遊びすらあるのだからどうかしていると思わなくもない。

 どうかしているのではないかと思いつつも、人間でなさそうな人間がいとも簡単、普遍普通のことだろうと当然の顔をして飛んで行くのを見れば歯痒く、単純に言えば羨ましく思うことなど日常茶飯事、とまでは言わないがふと考えてしまうことはよくあったりする。

 そんな私が夢の中で見た空を飛ぶ方法というのは「地に足をつけずに生きることだ。それなら飛べる」というものだった。仙人のようなそれでいて比較的若そうな雰囲気をした男が、いけしゃあしゃあと私にそんな事を宣った。

 私を小馬鹿にしているのか、地に足つけずに生きるなど常日頃からしている、などと憤って反論すれば、向こうも向こうでそれはおかしいとますます皮肉のように、うっすら笑いながら「そうかそうか」と笑ってくる。何が「そいつは失礼した」だ。

 

「これまで天狗をやってきた。が、些か年月そのものには勝てん」

「勝たれちゃ困る。けどまぁ、勝つ気もありゃしない」

 

 とか、そんな適当な言葉を返した気がする。

 どこかのバーらしき場所で、浴衣を着たその男は私のその返答を聞いて、これまた愉快そうにクックックッと笑い始めた。若干オレンジがかった液体をゆっくりと呑みながら、楽しげにかつ少しずつ流れているようなゆったりとした時間をのんびりと感じているようでもあった。

 そう言う私は私で、何故か日本酒の熱燗を呑んでいた。喉を通る度に焼け付くような、それでいて心地良い痛さが胸に広がっていく感覚に、これは夢なのかどうかも怪しい気がしてくる。

 いや、多分夢であるとは思う。隣に座るこの男性は一度も見たことがないし、そもそも誰であるかも知らない。当然のように隣に座り当然のように話を進めてしまうこやつは一体誰なのだろうかと考えて、まぁ、夢ならどうでもいいかな、と考えた所で「私も貴女を知らない」との声が掛かる。どうやらまた声になって出ていたらしい。そんな癖は一度も宴会で出たことがなかった気もするけど。

 

「さて、話を戻そう」

「戻す話なんてあったかしら?」

「それはそれ、これはこれだ」

「なるほど」

 

 酔っているのかどうかと問われれば間違いなく酔っているに違いない私の思考に、その男はケラケラと笑い始める。

 話を戻すということだったが、何の話をしていたのだったか。そもそもこいつとの出会いはどんなものだったかすら思い出せない。いや、そもそも夢の中での出会いなんてものすらあることがおかしいような気もする。

 

「空を飛びたい、とのことだが、コツを掴まねば無理だ」

「人間が十数年で掴むコツなら私に出来ない筈がないんだけどね」

「うんん、それは君。君自身が飛びたいと思ってないからではないかね?」

「否定はしない。肯定もしない」

「結構。コツは先の通り、『地に足つけずに生きた自分を想像する』というものだ」

「地に足を付けて生活なんか出来ないよ。頭がオカシイと言われそうだ」

「オカシイのではないのか?」

「オカシイんだろうね」

 

 そう言えばゲラゲラと笑い出す男。何が可笑しいのだろうか。オカシイのだろう。自身を天狗という人間だ。そう考えてみればオカシクないわけがない。これは誠に奇々怪々。あまりにも可怪しい人だ。ヒトではなく。

 発作でも起こしたのという風に腹を抱えて笑う隣人に、何だこいつはと冷たい視線を向けても効果がない。どうやら先程のやり取りが何故かツボに入ったらしく、涙を零してまで笑っている。人として大丈夫なのだろうか、と思わなくもない。

 まぁ、だからといって名も知らぬ隣人を心配するほど私も人間ができているわけではない。人間だった時期もあるけど、今は妖怪なのだから。

 

 そこまで考えた所で、頭の天辺から引っ張られるような感覚が起き始めた。

 上を向いても何ら天井に異常はない。未だにつむじが突かれるような、髪の毛が折られていくような感覚がある。けれども皮膚に異常はないし、当然髪の毛が踊るような動きもない。

 

「はあはあ、ふぅ……お客人、暇が途切れたようだ」

「お客人はそっちでなくて?」

「どちらでも結果は変わらん。先に出て行く方が客人だ」

「なるほど。ではまた今度」

「今度はないだろう。カゼの神様」

「あらそう。じゃあ良い旅路を」

「うむ、そちらも良い夜を」

 

「こうして出遭ったのも」

「何かのご縁」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 そうして、眼が覚めた。

 

「お? 起きたわよ彩目」

「おはよう詩菜、腹は減ってないか?」

「……妙な夢を見ていた」

 

 重い目蓋を開き、視線を動かせば枕元に私のメガネを掛けて遊んでいる文が居た。

 何をしているのかと手元を見れば、私の蔵書を勝手に読んでいたらしい。

 オイそれ外の本だぞ。と手を伸ばして奪おうとした所で、彩目に手を掴まれた。

 ゆるりと視線を動かせば、心配そうな娘の顔が見える。

 

「お前が夢と言うと、嫌な予感しかしないな……具合はどうだ?」

「ん、まぁ、大丈夫、でしょ。お腹は、空いてない」

「そうか……何か食べた方が良いとは思うが」

 

 落ち込んだような顔の彩目と反比例するかのように、小説を読む文の顔は段々と面白い物を見つけた、という風に輝いていく。後でどうにかして奪うとしよう。

 

 

 

 それにしても、

 

 

 

「私が風邪を引くとは!!」

 

「そんなに悔しそうに叫んでも結果は変わらないわよ?」

「喉もおかしいんだから、そんなに叫ぶな」

 

 

 

 げほごほと咳をした所で、弟子は何一つ心配してくれりゃしない。

 代わりに娘の方は慌てたように額に握った手の反対の手を当てて熱を測り、私の手をギュッと握ってくれている。

 何だコレ。過保護と無関心が同居してる気がする。何だコレ。

 出来れば君等二人が合体して一人になって、その看病と付き添いを半分半分にしてくれないもんかね?

 

 いや、まぁ、色々と居てくれるのは嬉しいけどさ……。

 

 看病されるなんていつ以来……いや、怪我とかなら看病された事も最近あったけど、病気で看病されるなんていつ以来だろうか。

 少なくとも、妖怪の病気に掛かったことなんてこれまで一度もないのだから、一四〇〇年ぐらいは久々だろう。

 

 

 

 ………………あ、お兄ちゃんにマムシのエキスとか騙されて栄養ドリンク飲まされた事件思い出してしまった。くそ、許さん。

 

「おのれ許すまじ」

「は?」

「あ、いや、ごめん。なんでもない」

「お、そ、そうか……本当に大丈夫か?」

「多分……へえっきし! 大丈夫」

「凄い大丈夫じゃなさそうよね」

「否定はしない」

 

 どうしてこう、クシャミをした後は身体が火照るのか。

 息を思い切り吐き出した後、こう熱が上がって行くのが分かる自分の肉体というのは、どうも奇妙であって、何処かいじらしい気もしなくもない。自分の身体だけど。

 

 それにしても、やはりクシャミをした後は熱が上がる所為か、ボーッとしてしまう。

 

 

 

「はぁ……ま、何かあれば文に言ってしてもらえ。私は夕飯作るからな? 何が食べたい?」

「………………林檎のすりおろし」

「……似合わねー……」

「文、病人だぞ」

「いや……彩目も否定してよ。今ちょっと、何かボウッとしててテキトーな事言っちゃったけどさ……柚子うどんとか、そういうので良いよ。食欲もあんまりないけど、食べないとね」

「柚子かぁ……ちょっと季節ではないが、まぁ、楽に食べられるもの、だな?」

「ん、お願い」

 

 急激に上がった熱で思考が衰えたのか、油断して林檎のすりおろしとか言ってしまったけど、私は多分食べたことがない。

 記憶が無いから食べたことがない、と言っているだけで、もしかすると人間だった時に頂いたかもしれないけど。まぁ、覚えてない。

 

 分かった。と言って彩目は私の部屋の戸を閉めて出て行った。耳を澄ませば水を鍋に入れるような音が聴こえて来るから、本当にうどんを作ってくれるのかもしれない。

 

 ……ん?

 

 まさか小麦粉から、一から全部作ったりは、しないよね……? いや、別に良いんだけど……。

 

 

 

 まぁ、色々考えても仕方ない。

 

 溜息を吐いて枕の位置を調節しようとすれば、両手が届く前に文の足で枕が動く。

 寝てる間に出掛ける魂の帰還目印とか言われている枕を足で蹴って位置調整するとか、枕返しかお前は。こっちに視線もくれないとか、くすぐってやろうかその足。

 師匠を舐めてんのかコイツ。と思わなくもないけど、上手く心地良い位置に変わったので良しとする。師匠に何してんだコイツ。

 

「……その本、外の本だし、あまり読まない方がいーよ?」

「別に何かネタにしようとかは考えてないわよ。暇潰しよ暇潰し。面白いし」

「まぁ、いーけどさ……後メガネ返せ」

「寝てるアンタがメガネ付けるの? ま、良いけど」

 

 興味なさげに閉じられたメガネが私の枕元に置かれる。そのまま裸眼で……まだ本を読むのか。いや、別に良いけどさ……。

 

 外について思いを馳せなきゃ結界も越えられないと思うし、まぁ、八雲一族が制止してこなけりゃなんとでもなるでしょう。多分。

 子供が病気で寝ている時、親や話し相手が居るだけでも睡眠の深さは段違いだという話をどっかで見たような気もしたけど、まぁ、文が居るだけで少なからず寂しくはないしね。

 

 うーん……随分と可愛らしい思考をしてしまう。

 志鳴徒にでも変化してやろうかしら……いや、この体調で変化できるとは到底思えないし、良いかな。

 

 

 

 変な夢をそういえば見たけど、気付けばもう夕方だ。

 完全に秋になりつつあるこの時期、もう外はほぼ真っ暗だし……私どれくらい寝ていたんだ? 記憶が定かなら……朝に一回起きたぐらいか。え? じゃあ私丸一日寝てたの?

 うわぁ……なんだろう、このもったいない感。一日を無駄に使ってしまった感が凄い。いや、病気なんだから仕方ないとはいえ、凄い無駄遣いしてしまったような気がする……いや、別に健康体でもぬこと遊ぶぐらいしか予定は何もなかったけどさ。

 

 ん、そういや、

 

「ぅ、っごほん。ぬこは?」

「あの猫なら縁側で寝てるわ」

「薄情者め……」

「呼び寄せればいいでしょうに……それぐらいの命令は出せるでしょ?」

「やぁよ。そういうのは何も言わずとも、一緒に居てくれるからこそ嬉しい、ってもんでしょ」

「あー、はいはい、そうね。風邪引いてもそういう所は変わらないのね」

 

 せんせー、あやがつめたいです。

 こちらに一回も視線向けないままページをペラペラめくってます。冷たいです。

 

 不安定な能力を使って衝撃を探知してみれば、確かに縁側で誰かの心臓の音が聴こえる。音が二つ、って事は……これ、天魔の音か。

 見舞いに来て相手の眷族の猫と遊ぶって……。

 

 ………………何してんの、天狗の長。仕事しろよ。

 いや、それ言うなら文もだけどさ。

 

「……ぬこが天魔相手に遊んであげてるし、あの子本当に胆力あるよね」

「逆じゃないその関係? ……ま、アンタとは違って肝っ玉の持ち主よねぇ」

「せんせー、文が病人の私をイジメてきます」

「ちょっとやめてよ、彩目が来たら追い出されるじゃないそれ」

「本読んでるだけなのに、っっくしぃ! 彩目に追い出されない時点で凄いと思うがね」

 

 ふぅ、と息を吐いて呼吸を整える。あ、体温が跳ね上がるような感覚……。

 息が長い、なんて言われているのにどうしてこう病気になった途端に、文章を言うだけの肺活量を維持できないものなのだろうか。そういう病気なのかな?

 

 ま、本来なら永遠亭にでも行って薬でも何でも貰うべきなんだろうけど……あんな、あんな妹紅に格好付けて話した直後にこんな姿見せたくないし!

 いや別に格好も付けてねーけど! ちょっと過剰表現したけど!

 格好良く別れてなんてねーけど、ちょっとそんな表現したら彩目が『お、おう……』とかいう反応しちゃったから後に引けなくなっただけなんだけど!

 

 

 

 

 

 

 とか何とか、また変な方向へ考え事をしていると、今度は頭が動く。

 というか、優しく持ち上げられて、降ろされた。

 

「はいはい、じゃあ何かすれば良いんでしょ?」

「え、なにそれ、何急にデレてんの?」

「でっ、デレてないわよ! 元からよ!」

「せんせー、文ちゃんがデれた!」

「呼ぶな! ってかちゃん言うな!」

 

 文ちゃんが膝枕してくれた!

 何だ、やっぱり枕返しかコイツ。

 ツンデレ? ねぇねぇ、ツンデレ? 

 

 

 

 とは言え、枕が変わると何となく寝心地も変わってくる。

 足の血流は悪くなっちゃうだろうなぁ、とか、若干膝の骨がゴツゴツしてて完全に気持ち良いという訳でもないんだなぁ、とか考える。

 

 けどまぁ、こうして文の若干赤い顔を下から見上げる、というのも乙なもの。

 お嬢さんお嬢さん。本で隠しきれてませんよ耳。赤いですよ。

 

「……何よ」

「声掛けちゃう辺り恥ずかしいと見える」

「誰かが弄ってくるからでしょうが!」

「いにゃ、でもまぁ、可愛いなぁ、と」

「……アンタ、風邪の時はそういう事言っちゃうのね」

「後で恥ずかしくなるのは私だろーよ」

「それも言っちゃうの……?」

 

 

 

 

 

 

「でき────文がデレてる」

「彩目ぇ!? アンタまでそんな事言うの!?」

「……はっ、誰の娘だと思ってるんだ。あ、じゃあ器渡しておくぞ。私はぬこと客人と共に食べてるからな」

「えっ? いやっ、ちょ、渡されても!? って、お粥?」

「ああ、麺がなかったからな。で、散蓮華はこれな。じゃあ、あとは……ごゆっくり……」

「待ちなさいアンタ!? 何よその意味深な笑み!?」

「文、動かれると困る。気持ち良いのに」

「アンタも何私の腕握ってんのよ!? ってか何言って、あっ、ああ……嵌められた……!」

 

 スーッ、と戸を閉める直前に彩目が親指をグッと立ててきたので私もそれを返しつつ、今日は彼女に心から甘えるとしよう。うへへへへ。

 次いつこうなるか分かんないしね!! 甘えるときには甘えちゃおう!!

 例えこの後、このハイテンションが治まって健康体になって恥ずかしくなって顔も合わせられなくなったとしても知らんなぁ!! わっはっはっは!!

 

 

 

「文ちゃん」

「……何よ」

「食べさせて♪」

「………………アンタ、後で覚えておきなさいよ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 そういえば、あの浴衣の青年が言う飛空術は何一つ効果が出なかった。

 もう出遭うことはないと言われたけど、出遭ったら一つぶん殴ろうと思う。

 

 

 

 後日、私の寝顔を使った『文々。新聞』が天狗の新聞大会で珍しくランキングに乗ったらしい。

 ま、その頃には風邪も無事治っていたし、実際にあの時を思い出すと恥ずかしくもあったので、肖像権ほか云々は何も言わないことにした。でもアイツとの駆け引きでいつかこの時の事を使ってやろう、とは思ってる。

 その時の結果がどうなるかは、まぁ、その時決まるでしょ。多分。

 

 

 




 


 方向転換……してやった……(ドヤ顔
 タイトルや序盤の描写で何のリスペクトか分かった人は私と握手。



 あ、ブログの方、更新しました。テキトーに描いた詩菜の絵があります。お暇でしたらどうぞ。



 追記 2016年4月3日 午後8時38分

 そういや200話目でした。随分と遠くまで来たような……いや、ストーリー的にはまだまだ中盤ですね(
 今後共『風雲の如く』を宜しくお願い致します。m(_ _)m



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