彼岸、という場所は妖怪の山の裏にある。
正確に言えば、妖怪の山の裏に『中有の道』があり、その先に『三途の河』が、そして河を渡った岸に『彼岸』がある。
その場所はまぁ、分かりやすく言えば『死んだモノが行く場所』だ。
行くを『逝く』にすると二重の意味になったりするのかとちょっと考えたが、そんなしょうもない冗談は置いといて。
まぁ、先に『死んだモノが行く場所』とは言ったものの、もう少し具体的に言うならもっと違う表現になるのだとは思う。例えば『生きている者は行けない場所』だとか。でもこれはこれでじゃあ彼岸や地獄で仕事をしている住人は生きていないのか、みたいな話になるのでは……とかまぁ、そんなに詳しくない事を私が考えても仕方がない。
詳しい事は向こう側の住人に聴くべきだろう。
まぁ、聴くつもりはあんまりなかったりするけど。
なんて事をぐだぐだと考えつつ、私が歩いているのは中有の道。
一般的に死んだ人が河を目指す道で、道の両脇には地獄に落とされた罪人達が出店を何千軒と並んでいる。
道を通っている人のほとんどが霊体で、時たまふと、普通の人間が祭りをやけに楽しんでたりする。そんな中で堂々と歩いている私が、妖怪だとバレてないのはまぁ……地力の少なさが原因に間違いないか。
お祭り気分の中でそれなりに気分が低い状態で歩くというのは、祭りにも私にも悪影響を及ぼしてしまうとは思うけれど、今日ばかりは勘弁していただきたい。
先日の弟子の件と同じく、解決しなければいけない事柄がある。
でも、救世主なんて呼ばれてるのに、こんなダウナーな状態で逢って良いものだろうか、と思わなくもない。
まぁ、私がこんなにもテンションが低いのには実は理由が──────ある訳もなく、
詩菜として生まれて初めての風邪が原因────という訳でも決して無く、
天子が起こしたいざこざの際に小野塚さんとやらに逢った時から決めていたから、早い内に逢ってしまえ、と言う事であって……どうしてこうも、旧知の人物に久々に逢うというのにこんなにもテンションが低くならなくちゃいけないんだ、と思っているのは実のところ私の方だったりするのだけれども、まぁ、それもこれもどうしようもなくもなかったりして私という人物はやれるのにやらないという評判は的を得た表現だと感心しなくもなかったり、とか。
こんな事を考えていると道端で売っている良く分からないタコ焼きやらを買ってしまってそのまま日が落ちるまでボーッとしてしまった方が向こうにも私にも良い結果を残すんじゃなかろうかと考えてしまう。まぁまぁ、それでもここの中有の道まで来たって事は気分がそれなりに低いとは言えそこまで低くないという事の証拠にもなる訳で、こうやってウジウジと悩んでいるのは私らしくもなく私らしくもあるなぁ、と随分と話が脱線してしまったり、とか。
何やら考えている内に無意識でタコ焼きを買っていた。
果たしてこんな所で売っているタコ焼きは本当にタコを焼いた物を売っているのだろうか。少しばかり不安と好奇心が渦巻いてしまう。おや、気分が低いというのに心根はやけに激しく動いている、うぅむ、理解不能なり。
ん、美味い。不覚。
「……何やってるんだい?」
「ふんぐ、おのひゅか……あふ」
「いや、食べ終わってからでいいよ……」
聞き覚えのある声に振り返ってみれば、例の死神女が一人。
相も変わらず大きな鎌を持って恐ろしいものだ。いやまぁ、最近の刃物で言えば間違いなく緋想の剣が最も恐ろしい物になるんだけど。
熱々でも美味い物は分かるとばかりにアツアツ食い。禁じ手とは一体何だったのか。
……なんてまた、折角話相手が出来そうなのに思考が外れていく。どうしたもんかねぇコレ。
まぁ、いい。
「……や、お久しぶり」
「そんなに久々?」
「んー、一ヶ月と少しぐらい?」
「だろうねぇ。兄ちゃん、私にも一パック」
「あいよ」
新しくパックの中にタコ焼きが入れられている間に、少しばかり風を操ってタコ焼きに当てる。
冷まし過ぎたタコ焼きはあまり食べたくないけどねぇ。熱すぎて話すら出来ないのは今のテンションじゃあ致命傷になっちゃう。
そう待つ事もなく、タコ焼きを手に持った小野塚さんが少し先導して歩き始めた。
私としても彼女が居るなら目的地もそれほどない。いや、別に牡丹に逢いたくない訳でもないんだけどね……まぁ、今は付いて行くけど。
「ここから少し道を外れた所に良い所があるんだ。そこで食べない?」
「良いんじゃない? どれくらいの距離?」
「いや、距離はない」
彼女がそう言い切った直後に、周囲の景色が一変した。
さっきまでは祭りの中といった感じであちこちから声が響いていたものだけど、一歩踏み進んだ途端に、辺りは草原と森の境へと変わってしまった。遠くに見えていた妖怪の山も、少し前まで見せていた面が少し変わっている。
まぁ、この調べ方も私しか出来ないと思うけど、先程まで聞こえていた喧騒は近くに感じず、遥か遠くで似たような衝撃が出ているのが分かる。
少し外れた所にあるが距離はない。なるほど。何がどうなったかのかは分からないけど一気に飛んだらしい。
それにしたって、この場合は『飛ぶ』よりも『跳ぶ』の方が合うかもしれない。
どうでもいいけど。
まぁ、
「何が『少し道を外れた所』だか、随分と跳んだねぇ」
「おや、驚かないね」
「驚いてるよ。驚くのを止めるくらいには」
「驚いてないじゃないか」
「そういう能力でね。小野塚さんとやらも、さっきのはそういう能力でしょ?」
「……まぁね。さ、目的地はあの休憩所だ」
そう言って指差すのは、ボロボロな廃墟と言っても良いような建物だ。西洋風の
中に入ってみれば予想外に椅子と机は綺麗なままだった。小野塚さんが誘うって事は、それなりに死神達とかも使ってるのかな?
……いや、妖夢がサボり魔とか言ってたし、一人で隠れて整備してるのかもしれない。
まぁ、予想以上に涼しくて静かな所に案内された。
廃墟ってだけでそれなりにテンション上がったりもするけど、逆にこれは平静過ぎてそのまま寝てしまいそうだ。
秋口という頃合いもあってか、風の音が心地良い……。
「……良い所だね」
「だろう? 私もお気に入りなんだ。さぁて、タコ焼きタコ焼き♪」
「テンション高いねぇ……」
「そういうお前さんはやけに静かじゃないか、中有の道で見た時は別人かと思ったよ。髪型もそうだけど……何と言うか、雰囲気が、さ?」
「ん、まぁ、ちょいとね。今は鬱な気分なの」
「ちょいと、って……」
ひらひらと手を意味もなく振りつつ、私も自分のタコ焼きを頬張るとする。適度に冷めてて丁度良かった。
何処かに移動するって聞いてたら風を当てたりして冷ましたりしなかったんだろうけど、結局そんな移動するにしても距離をないと言い切った小野塚さんが居るなら、冷ます必要もなかったんじゃないかと思わなくもない。
まぁ、向こうも何か食べながら適当に話したいとでも考えているんだろう。多分。
「で、牡丹に逢いに来たの?」
「ん〜、ん、そのつもりだったんだけどね」
「だった?」
そんな私の言葉に、タコ焼きを口元に運ぶ動きが止まる。
なんだろね。なんか違和感がある……気がする。
まぁ、どうでもいいけど。
「いんやぁ、こんなテンションで逢いに行っても良いものか、ってね。どうにも気分が乗らなくてねぇ。人に逢うのに会うテンションじゃないのは場面に合わないし向こうにも遭わせるのもアレだし合わせて貰うのもなぁ、と」
「なんだいそりゃあ……」
そんな要らない言葉遊びも一人でやりながら、先んじてタコ焼きを食べ切ってしまった。まぁ、小野塚さんと一緒に買った訳でもないし、仕方のない事なんだろうけど。
そのまま、ぼんやりと机に頬杖を突いて、外を見る。
遠くに今日通ってきた中有の道らしきものが見える。その向こうには丘が見えて……って、アレもいつぞや行こうと思っていた場所じゃないか。
どうにも行こうと思っていて行けてない場所が多すぎる。
いやぁ……こういう気分の日は自宅に篭もるのが周囲に対しても自分に対しても良いと思うんだけどね。行動しなけりゃって決めたもんだから困る。
「……何か、テンションでも上げれないかね」
「あたいに相談されてもねぇ。屋台で酒でも買うかい?」
「お酒は弱いんでね。ってか恩人が酔いながら逢いに来た、ってどう思う?」
「あ〜……じゃあ、何か好きな物とか探すかい?」
「屋台で? 子供じゃあるまいに」
「詩菜も子供じゃないか。あ〜……外見は」
「否定はしないけど、だからと言って変化したら向こうが気付かないし」
志鳴徒に変化しても良いんだけど、そしたら牡丹と面識なくなっちゃうしね。嘘で塗り固めたままで死神や閻魔に逢うのも……まぁ、それはそれで面白そうではある。
どうせ、地獄行きは決定してる身分だ。
人間も妖怪も沢山殺してきたし、果てには自分自身すら外道へ追いやってるんだから。
ああ、いかん。これはこれでイケない方のテンションになりそうだ。
「まぁ、今から逢いに行くって、こっちにも都合があるだろう」
「ん、まぁ、それもそうだろうけど」
「第一、妖怪の賢者でもないお前さんが、三途の河を超えれる訳でもないだろう?」
「……んー」
そうか、三途の河がそもそもあったか。
生きてる者は渡れぬ。死んだモノが行く場所との境目。
……まぁ、賢者の能力を借りてる身だし、人間というカテゴリから抜け出すという意味で一度は転生、死んだとも言えそうなものだけど。
何にせよ、それならやっぱり日を改めるべきだろう。
理屈的にも、感情的にも。
「んじゃ、それなら伝言頼める?」
「引き返すのかい? ああ言っといてなんだけど、逢わせてやりたいんだがね」
「今、逢ってもね……互いの為にならないと思うし」
それなら、向こうへと辿り着けれる死神さんに伝言でも頼んで、まともな気分の日に逢った方が双方よろしい、ってものだろう。
……幾ら私の性格が『気分屋』だとしても、逢いに行く途中で逢う気を無くして言伝頼んで帰るってのは、中々に卑怯でチキンな気もするけどね。
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「んじゃ、またね」
「あいよ」
中有の道に戻った所で、小野塚さんとは別れた。
まぁ、言伝も私の家の場所を教えたのと、人里なら端にある喫茶店に行けば逢えるかもしれない、というものだ。
ここで引き返すのも……まぁ、彼女に対して、少し申し訳ないような気持ちを覚えるけどね。
「────ああ、そうだ」
「ん?」
少し離れた所から、小野塚さんの声が聞こえる。
振り返ってみれば、霊体で時折彼女の姿が見えないぐらいには遠い距離だ。私も能力がなければ聴こえず、振り向いたりして気付かなかったかもしれない程度に、遠い距離。
「最近、山に新しい住人が住み着き始めてないかい?」
「……んー、新しい住人って言われても……今はそんな上の立場って訳でもないし、それほど詳しくないよ。最近出入りが増えたってなら、天界のお嬢さんぐらいだと思うけど」
「そうか……まぁ、それなら良いんだ。じゃあね」
私の返答を待とうとすらせず、小野塚さんは能力を使ってか一瞬にして消え去った。
ふぅん……?
「私の能力、教えた記憶ないんだけどねぇ……」
牡丹にも具体的な説明をした覚えはないんだけどね……記憶を見られたなら兎も角、あの子がそこまで私の事を誰かに話すかしら?
いやまぁ、私自身、神代牡丹の性格を完全に把握している訳でもないけど……。
少なくとも私の能力の詳細を知らないと、この距離で話し掛けたりはしないと思う。
周囲は祭りの喧騒でうるさく、隣でもない限り人の声の区別は難しい。
「怪しいは怪しい……が」
そこまで疑ってちゃ人生、行きていけない。ってね。
まぁ、人間じゃないけど。
あー、久々に自室で日本酒呑んでる気がする。でもこれ常温保存してた所為かすごい味が落ちてる希ガス。
そしてここ前後の話を書いたのは大分前になるけど、今にしてみると伏線散りばめ過ぎじゃないかと不安になる_(:3」 ∠)_